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1: 世界@名無史さん 04/02/23 23:59
日本にも北方領土問題があるが、

ロシア(ソ連)と国境を接している国は少なからずひどい目にあってるんだよね。
中国、モンゴル、ルーマニア、フィンランド、スロバキア、ポーランドなど。

唯一領土を広げたのはアメリカぐらいか?








3: 世界@名無史さん 04/02/24 00:09
>唯一領土を広げたのはアメリカぐらいか?


アラスカ買収のこといってるのね。
関連記事ロシアはなぜアラスカをアメリカに売ったの??

7: 世界@名無史さん 04/02/24 02:13
アラスカもロシアの領土だったんだからね。
売っていなければシアトル近くまでロシアの領土か。

4: 世界@名無史さん 04/02/24 00:20
現在の領土でも日本の45倍もある。
帝政期やソ連の時代は55~60倍ぐらいか?

5: 世界@名無史さん 04/02/24 00:34
ソ連のアフガン侵攻の理由はナンですか?

アフガニスタン紛争

アフガニスタン紛争(1978年 - 1989年)では、アフガニスタンで断続的に発生している紛争のうち、1978年に成立したアフガニスタン人民民主党政権に対するムジャーヒディーンの蜂起から、1979年にソビエト連邦が軍事介入を行い、1989年に撤退するまでの期間を扱う。

日本のメディアでは、ソ連軍の侵攻以降の局面はアフガニスタン侵攻などと呼ばれる事も多い。ソ連・アフガン戦争と呼んだ場合、アフガニスタンの反政府組織や義勇兵とソ連軍の間で発生した戦闘を指す。ソ連軍のアフガニスタン国内での戦闘は、1979年の出兵から1989年の完全撤収まで約10年に及んだ。

ソ連側は1万4000人を超える兵士が戦死し、アフガン側はその数倍の戦死者を出す結果となった。


6: 世界@名無史さん 04/02/24 01:43
>>5
ブレジネフの思いつき。
アラビア海に港を持ちたいから、伝統的な南下政策を採った。
ランボーと格闘したかったから、など諸説あるかと思う。

11: 世界@名無史さん 04/02/24 02:40
>>6
なるほど。そういうことですか。
あと、中東の石油資源の確保と言う面はどうなんでしょうか?

14: 世界@名無史さん 04/02/24 09:01
>>11
中東地域については、イラクをはじめとするアラブ諸国とはつながりが深かった。
ソ連は石油をほとんど自前で調達できていたことから、石油目当ての侵略政策を採るより、アメリカや西側諸国がアラブの石油資源にエネルギーの大半を依存することから、冷戦の対西側戦略上、アラブとの連携・協力が重要だったと思われる。
 
しかし、イラン革命やアフガン侵攻の泥沼の中で、イスラム原理主義勢力が旧来の親ソ支配層に代わって台頭したことが、ソ連の中東政策の破綻へとつながっている。これはアメリカのそれと大きく似通っている。そんなな中で、アメリカ・ソ連とも中東の狂犬・フセインタソに期待するところが大きかったのだろう。
まあ、中東に対する大国の政策は歴史的に見ても成功したことは無いがね。

42: 世界@名無史さん 04/02/24 21:41
>>5
当時のアフガンのアミン政権はソ連のコントロール脱却を試み、西欧や対米に接近、ソ連を苛立たせていた。アメリカはこの状態を利用して一計用いた。
アミン政権を暗に支援し始めたのである。

ソ連政治局は焦った。もしアフガニスタンが米国の手に落ちれば言わば米同盟国と南部国境と直接接することとなる。南部は欧州、極東の防衛体制に比するとかなり劣り、万が一の際は防衛は困難である。

かくしてソ連は衛星国アフガニスタンからアミンを排除し、アメリカ勢力を駆逐するために侵攻する。

こうしてソ連はアメリカの破局の罠に落ちていった。

51: 世界@名無史さん 04/02/25 00:45

12: 世界@名無史さん 04/02/24 08:11
中国の人は、沿海州をとられて腹立てていないのだろうか

22: 世界@名無史さん 04/02/24 13:14
>>12
中国の右翼の中には清朝の最大領土+α=中国の固有の領土って発想の連中が非常に多い。

外モンゴル、沿海州~外興安嶺、ウリャンハイ、アルマトィ、台湾、琉球、これら全てを回収するべし!って奴ですね。

まあ極右(極左も)が領土欲旺盛なのはどこもかわらんのだけどロシアや中国は桁違いにそれが強いのが困りものです。

15: 世界@名無史さん 04/02/24 12:13
満州国が中国の神聖な領土で、沿海州はロシアだとする理屈が理解できんな。

23: 世界@名無史さん 04/02/24 13:21
旧ソ連から独立した国の国名について教えてください。
「ウクライナ」とか「ベラルーシ」ってのは、どういう意味を持つ名前なのでしょうか?
元々、この2国ってロシアと同じ民族なんじゃないのですか?
あと、「白ロシア」はどうして「ベラルーシ」に改称したのですか?

54: カラジチ ◆mWYugocC.c 04/02/25 22:15
>>23
「ベラルーシ」の「ベラ」は白って意味なんで、「ベラルーシ」=「白ロシア」。同じ意味ですよ。
ベオグラードの「ベオ」と同じです。

26: 世界@名無史さん 04/02/24 14:33
ところで、
「内モンゴル」「外モンゴル」の読み方って、
「ないもんごる」「がいもんごる」?
それとも、
「うちもんごる」「そともんごる」?

「白ロシア」「黒ロシア」の読み方は、
「はくろしあ」「こくろしあ」?
それとも、
「しろろしあ」「くろろしあ」?

27: 世界@名無史さん 04/02/24 14:36
うちモンゴル そとモンゴル
はくロシア こくロシア

30: 世界@名無史さん 04/02/24 15:03
「内モンゴル」「外モンゴル」は「うちもんごる」「そともんごる」

「内蒙古」「外蒙古」は「ないもうこ」「がいもうこ」

32: 世界@名無史さん 04/02/24 18:01
てゆうか、黒ロシアって何ですか?
ロシアの中央黒土地帯のこと?

35: 世界@名無史さん 04/02/24 18:15
>>32
黒ロシア=ポーランド だったような記憶。

41: 世界@名無史さん 04/02/24 21:07
>>35
ポーランドがルーシに領土を持っていた時期は長いがルーシの一部であった事はない
ちなみに現在のポーランドは歴史的ルーシの土地はほとんどない
サノックとかプシェミシルとかヘウムはもともとはルーシであったがポーランドの支配に入って既に700年

52: 世界@名無史さん 04/02/25 01:05
>>32
黒ロシアはネマン(ネムナス)川中流域で、現在のリトアニア南部からベラルーシのフロドノ州にかけてがそう。 たしか今はリトアニアに同化されて残ってないはず。

あと色モノとしては赤ロシアがあって、これはウクライナ西部のリヴィウ(リヴォフ)、イヴァノ・フランキフシク(イヴァノ・フランキフスク)、チェルノピリ(テルノポリ)のガーリチ地方3州が、現在はそう呼ばれている。

読み方は白は「はく」だけど赤は「あか」だし、黒は音訓どっちなんだろう?

54: カラジチ ◆mWYugocC.c 04/02/25 22:15
>>52
白・黒・赤が中国の
白=西
黒=北
赤=南
に由来するという噂を聞いたことある。嘘くさいけど。

39: 世界@名無史さん 04/02/24 20:21
フィンランドはかつては北極海に港を持っていたのに、ソ連による侵略によって領土を奪われて文句を言わないのかね。

中国も日本海への出口を封鎖されて、満洲の経済発展に多くの支障が出たんじゃないの?


47:   04/02/24 23:07
>>39
フィンランドやドイツを始め、ヨーロッパ諸国はみんな領土奪われて泣き寝入り。
日本だけが粘り強く返還要求している。

48: 世界@名無史さん 04/02/24 23:14
>>47
フィンランドは講和条約で承認させられたし、ドイツの場合は大量のポーランド人が移住していて返還は現実的に無理だからだろう。

64: 世界@名無史さん 04/02/29 16:49
ウラル山脈以東はモンゴロイドが住むアジアなのにロシア領。

66: 世界@名無史さん 04/02/29 16:54
今じゃウラル以東のシベリア・極東でもロシア人の人口の方が多いんじゃねーの?

74: 世界@名無史さん 04/03/02 00:53
>>66
実はシベリアの自称ロシア人の大半は、血統的には本当はウクライナ系らしい。

75: 世界@名無史さん 04/03/02 01:00
つーかコサック連中が中心となって辺境へ展開していったんだからドン河やアストラハンやクリミア付近に祖先がいた連中はそりゃおおいでしょ。
ただ、血統的にウクライナ系かしらんが、祖先たちの帰属意識としてはやっぱ属するコサック集団にあるんじゃないの?ウクライナにそれほどこだわっていたとおもえんし。

77: 世界@名無史さん 04/03/09 03:20
どう見ても同種のトルキスタン系やナナイ系を方言レベルで別民族にしといてなんであんだけ雑多なロシア人が「ロシア」人なのかが良く分からん。

分割キボン

84: レリン ◆0UjkSmThNE 04/03/16 02:56
>>75、77
詳細はよく分からないが、コーカサスのテレク・コサックの一部は固有の「民族」として認定されることを要求しているらしい。ただ、本当にロシア人としての民族意識を有していないが為に認定要求しているのか、あるいはコサック再武装等の自治回復運動の一環として行われている単なる政治パフォーマンスなのかは分からないが(個人的には後者だと思うけど)。

87: 世界@名無史さん 04/03/25 01:48
>>84
それって新ロシアとは違うの?

92: レリン ◆0UjkSmThNE 04/03/26 00:10
>>87
違う。
「新ロシア」はウクライナの一部だけど、テレク川はカスピ海からコーカサス中部に流れてて、その辺のコサックの呼称が「テレク・コサック」。 

85: 世界@名無史さん 04/03/16 23:05
俺も後者だと思う。
いやロシア史に特に詳しいわけではないが、船戸与一のロシアものをみているとコサックとしての自治回復運動の延長線上にあると思う。
このスレの住民が船戸を評価するかどうかはしらんけど。

89: 世界@名無史さん 04/03/25 19:05
ロシア帝国は何が楽しくて、ウラル山脈以東の不毛の大地を征服したのでしょうか?
埋没資源を利用するすべもなく、居住人口も極端に少なく、寒いだけ。
下手に植民都市を建てても光熱費など、維持するだけで赤字になりそうです。
それぐらいならいっそのことオスマン・トルコ打倒に国力を注いだほうがなんぼかましだった気がします。

90: 世界@名無史さん 04/03/25 19:28
毛皮目当てだろ。

91: 世界@名無史さん 04/03/25 21:29
そう。あと実現しなかったが中国征服の足場として

98: 04/03/27 02:11
ピョートル大帝がオスマン帝国に亡命した点から見ると必ずしも勝てるか不明な戦争より無政府状態の地域の占領が楽だったからじゃない?違う?

99: 世界@名無史さん 04/03/28 01:03
カザフステップやモンゴルの遊牧連中を介さずに中国と直接交易できると考えたからかも

110: 世界@名無史さん 04/03/28 20:51
日露戦争をせずに、朝鮮半島をロシアに渡して、日本は樺太かカムチャツカをもらうとすればよかったな

111: 世界@名無史さん 04/03/28 21:08
>>110
タダでロシアが領土をくれるわけないだろ。

112: 世界@名無史さん 04/04/01 07:13
スターリンだかが、フィンランドに「血であがなった領土は一寸たりとも渡さない」って言ってるしな~

まー、ソ連邦崩壊のどさくさがチャンスだったんだけど、日本がボケてる間にプーチン体制になっちゃったし。

113: 世界@名無史さん 04/04/07 23:28
樺太を千島列島と交換した日本は馬鹿だな。

115: 世界@名無史さん 04/04/09 04:27
>>113
あれは、日本がロシアの圧力の前に屈した不平等条約。
当時の日本の国力ではやむを得なかった。
ただ、本来ならタダで分捕られるところだったのをわずかではあるが千島という代償を引き出せた。
一方的な割譲ではなく、交換条約という体裁に持っていった当時の日本政府首脳は、良くやったと思う。

125: 世界@名無史さん 04/04/24 04:13
>>113
そうなの?
千島列島を抑えてロシアが太平洋に出るのをブロックするためだと思っていたんだけど

126: 世界@名無史さん 04/04/24 07:24
>>125
というか、もともと日本領ともいうべき、中、北千島をようやく取り戻したというところ。日本はウルップ島まではなんとか和人の施政が届いていたが、それより北はアイヌではあるが、自由な人々でカヌーでカムチャツカから北海道まで交易していた。日本がのんびりしていた頃、カムチャツカからラッコを求めてコサックを先頭に侵入してきた。

137: 世界@名無史さん 04/05/11 01:12
>>126
ロシアが他国から領土を奪うやり方って、いつも同じパターンだよね。
一旦、共同統治的な地域にしてその後に併合。

1.得撫島
高田屋嘉兵衛事件&ゴローウニン事件の事後処理協定(1813)で、日露の中間地帯。
→日露和親条約(1855)で、ロシア領。

2.樺太
日露和親条約(1855)で、界を分かたず日露雑居。
→樺太千島交換条約(1875)で、ロシア領。

3.沿海州
愛琿条約(1858)で、清露共同統治。
→北京条約(1860)で、ロシア領。

138: 世界@名無史さん 04/05/11 14:53
>>137
樺太の場合、1855年の日露通交条約で混住地とされたが、この時点でロシア人定住者は1人もいなかったこと。プチャーチンは「蝦夷(アイヌ)の定住しているところは日本領と認めると言ってたのに、条約締結直前に蝦夷島と書き換えるうように主張、蝦夷島とは北海道のことで、樺太アイヌにならないので結局文言が消えた。
南部が日本領となるはずだったが、このことは、ポーツマス条約締結直前にウィッテが賠償金を払わないとごねたことと酷似する。

143: 世界@名無史さん 04/05/11 23:49
>>138
それなら樺太に限らず、得撫島や沿海州だって最初の条約が結ばれた段階でロシア人の定住者などいなかっただろう。

239: 世界@名無史さん 04/06/20 15:49
>>143
ゴローヴニンの「日本囚幽記」によると、19世紀初頭の段階で、千島アイヌ自身が、「得撫島以南は日本領、新知島以北はロシア領」と認識していたらしい。

117: 世界@名無史さん 04/04/18 10:58
ゴロヴニンの日本幽囚記って、日本紀行本の中じゃ最高峰じゃない?

118: 世界@名無史さん 04/04/18 22:15
江戸時代の漂流日本人はかなりいたんだろうね。
記録に残らなかった者も含めれば相当いたのかも。

121: 世界@名無史さん 04/04/23 06:23
1806年、1807年にロシア人のフヴォストフ大尉、ダヴィドフが樺太および択捉を襲い、日本人を拉致する事件が起こり、その報復に日本がゴロウニンを捕まえたが、1813年、リコルド指揮のディアナ号はその解決のために函館に入港し、イルクーツク長官の親書を提出しゴロウニンの釈放を求めた。その親書には、「6年前オホーツクの商館長フヴォストフ等が日本の諸島を侵略したので、ロシヤ政府は彼を捕まえて罪を正した。この暴行はロシヤ政府の意志でないことが諒解されるであろう」とあった。つまり樺太、択捉を日本領と認めていたのである。

124: 世界@名無史さん 04/04/24 03:46
>>121
少なくとも、樺太と南千島(得撫島あたり)までは、18世紀の段階で、明らかに日本人が活動していたからね。

139: 世界@名無史さん 04/05/11 15:27
『サハリン島占領日記 1853‐54―ロシア人の見た日本人とアイヌ 』
ブッセ,ニコライ【著】・秋月 俊幸【訳】 東洋文庫

によると、ロシアはアムール川を下ってオホーツク海に出るルートを確保するという戦略をある軍人が着想していて、そのために北樺太確保を目指していたそうだ。つまり、ロシア人が住んでいようがいまいが、日本側によほどの覚悟がない限り、いずれロシアに奪われるのは確実だっただろう。

171: 世界@名無史さん 04/06/08 16:07
ところで、ロシアってあんなに領土が広大なわけだけど、ロシア語には方言差ってどのくらいあるの?

172: 世界@名無史さん 04/06/08 17:57
あの広大さのわりにほとんど通じる程度の差しかないそうな。

176: 世界@名無史さん 04/06/08 20:45
>>171 >>172
南北アメリカにも言えるけど、方言が分化する間もないほどロシア人の拡散が急だったということか。
もっともこれから方言が成長してゆくのかも知れんが。

180: 世界@名無史さん 04/06/09 10:28
シベリアのほうなんかは、ロシア人の拡散が急激だったから方言の分化なんてあまりないかも知れないけど、ルーシ族の現住地だったヴォルガ以西でも、方言の分化はないの?
シベリアに方言の分化がないっていうだけなら、日本でも北海道に方言の分化がないのと一緒だから納得できるんですが。

182: 世界@名無史さん 04/06/09 17:30
>>180
道民じゃないけど、道は市町村ごとに移住してきた地域がちがうから方言丸出しだと近隣市町村と意思疎通難しいせいもあったかも。
文化は市町村ごとに全然ちがうらしいけど。

181: 世界@名無史さん 04/06/09 10:49
モスクワの人よりレニングラードの人の方が
会話を聞いてみると少し優しい感じがするのよ
とロシア語の先生(レニングラード出身)が言ってた。
たいして離れていない2都市でも
現地の人は分かる違いがあるとのこと。
「優しい」ってのが、発音がきつくないことなのか、
早口じゃないことなのかは聞かなかったけど。

211: 世界@名無史さん 04/06/13 19:20
そういえば、ロシア革命のときに、革命政府が北樺太を日本に売却するとかいう交渉を持ちかけたらしい。
今から思えば、多少の出費はあっても購入しておくべきだった。
少なくとも、何の国益にもならないシベリア出兵をするよりもさ。

217: 世界@名無史さん 04/06/13 20:53
>>211
レーニンは、サガレンは帝政ロシアが日本から奪ったものだから、返還すると革命時に言っていた。
革命後、日本側が打診したら、とんでもなく高い値段を示したので日本はツンドラが果てしなく続く北樺太を不毛の土地として購入を断念し、豊かな南樺太の開発に専念した。

212: 世界@名無史さん 04/06/13 19:27
>>211
どうせ終戦時にふんだくられた気が

213: 世界@名無史さん 04/06/13 20:23
無謀な太平洋開戦して無きゃなあ

218: 世界@名無史さん 04/06/13 23:56
レーニンが北樺太の日本への返還に言及した著書のタイトルってわかりますか?

222: 世界@名無史さん 04/06/14 21:14
>>218
言及してたか忘れたけど、「日露領土紛争の根源」草思社、「北方領土の真実」
南雲堂なんかどうでしょ。

233: 世界@名無史さん 04/06/18 19:27
つい最近北海道の半分をソ連が占領したがっていたと知りました。
この事がきっかけで自衛隊が誕生し精鋭部隊が北海道に配備されたと実際朝鮮半島をみていともアメリカに占領された方が結果的に良かったんですね。

234: 世界@名無史さん 04/06/18 19:32
>>233
というか、本州北部と東京東部をソ連が占領して九州四国は中国(中華民国)残りは米国というドイツみたいな分割統治がFルーズベルト時代に真剣に検討されてたみたいだね。
結局、蒋介石が辞退したのと、反共大統領トルーマンがソ連の北海道上陸を拒否したのでご破算になり無事になったが。

238: 世界@名無史さん 04/06/20 01:30
>>233
留萌と釧路を結ぶ線の以北をソ連に割譲するように、スターリンがトルーマンに要求して断られた。
スターリンがこの腹いせに日本兵のシベリア抑留を行った可能性があるそうだ。

242: 世界@名無史さん 04/06/26 23:40
>>238
ソ連のデマ。
1935年ごろからスターリンは奴隷労働を外国人にさせようと考えていた。
KGBの秘密文書にそう書いてある。
ドイツ人やポーランド人の例を見れば明らか。
我々日本人もその犧牲になった。

236: 世界@名無史さん 04/06/18 23:39
大戦後、中国東北部(旧満州)を、
ソ連に献上しようとした中共の政治家が居たんだってな。
最近始めて知った。

237: ↑\(○m○)アタリマエダ! 04/06/18 23:49
古来「満洲」は支那には属しない外地だから、ロシアにやったって惜しくないと思ったんだろ。
それにしても何て馬鹿な奴だろう。
結局、国共の仁義なき戦いの舞台になったわけだが…。

240: 世界@名無史さん 04/06/21 22:00
1834年、ロシア政府はシーボルトを招待し、サンクト・ペテルブルグに赴いた。そこでドイツ系のクルゼンシテールンに会い、樺太が島であることを示した間宮林蔵地図を見せている。クルゼンシテールンは一目見て己の負けを知り、「これは日本人の勝ちだ」(「日本人にしてやられた!」と訳しうる)と叫んだ。

243: 世界@名無史さん 04/06/27 01:04
クルーゼンシュテルンとかシュテラーとか ドイツ語風の名前の隊長が多かったのは一体?
ドイツから招いた人材?

247: 世界@名無史さん 04/06/27 13:53
>>243
クルーゼンシュテルンはエストニア出身のドイツ系。
ロシアがヨーロッパの列強だったというとイギリスやドイツと同じように考える日本人がいるが、ロシアは半ばアジア的な新興国家だった。近代国家の体をなしたのも日本と同じころだし、ドイツ系が多いのはエカテリーナ二世がドイツ移民を奨励したことや、海軍などなかったのでお雇い外国人の中にドイツ系が多かった。
ベーリングなんかも北欧からのお雇い。だからだいたいドイツ語をしゃべったんだよ。

249: 世界@名無史さん 04/06/27 18:04
結果論だけど、ロシアがユーラシアに広大な領土を持ったのは地球環境という一点で論じると間違いなくラッキーだろう。アラル海の愚行の件などがあるとはいえ、総じて広大な地域の自然環境が守られ、開発は控えめで、人口は増えていない。

特にロシア極東と言われる地域が中国の領土だったら想像するだけで恐ろしい。
おそらく、あのあたりに数億の中国人がわんさか住んで開発しまくるのだから、オホーツク海は汚れた海となり漁獲量もアムールの利用開発などもあって激減し、北海道や東北には酸性雨やら公害などが押し付けられると思われ。

引用元: ・ロシア(ソ連)の領土拡張の歴史


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