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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:01:08 ID:QFjT5duy
童子切安綱
●国宝● 太刀、刃長79.9cm、反り2.7cm、銘『安綱』、作者安綱.。

鬼丸国綱
●御物● 太刀、刃長78.2cm、反り3.2cm、銘『國綱』、作者國綱。

三日月宗近
●国宝● 太刀、刃長80cm、反り2.7cm、銘『三条』、作者宗近。

大典太光世
●国宝● 太刀、刃長65.75cm、反り2.7cm、銘『光世』、作者光世。

数珠丸恒次
●重要文化財● 太刀、刃長81.1cm、反り3.0cm、銘『恒次』、作者恒次。


戦国時代を問わず武士の命たる刀。近世まで行方不明だった数珠丸を抜かせば
足利家の宝物として集められ、信長、秀吉、家康の手にも回った大名物。
このスレは天下五剣をはじめとする戦国の象徴たる名刀を語るスレです。









3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:11:17 ID:QFjT5duy
鬼丸国綱の云われ
鎌倉幕府五代執権北条時頼が招聘した粟田口六兄弟の末弟である国綱が打った刀。
鬼丸の号の由来は「太平記」にあり、それによれば初代執権北条時政が毎夜、毎夜
夢の中で子鬼に苦しめられていた。ある晩、夢の中に翁が現れ、、「自分は太刀国綱である。
ところが汚れた人の手に握られたため錆びてしまい鞘から抜け出せない、
早く妖怪を退治したければ早く自分の錆を拭い去ってくれ」と言ったという。
時政が翁の言うとおり、錆を拭き去ったところ、立掛けておいた国綱が倒れ、
近くにおいてあった火鉢の足を斬った。見るとそれは銀で作られた鬼の形をしており
それ以来、時政は夢の中で子鬼に苦しめられることがなくなったと言う。

ただし国綱は前述したとおり、五代執権北条時頼の時代の人物で
あるのでこの話は時系列的におかしなことになる。

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:16:37 ID:QFjT5duy
鬼丸国綱は足利幕府13代将軍義輝が二条御所での死闘の際に使った刀であり、その後、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に渡った。 新田義貞の佩刀であったとも言われ、天下五剣の中では最も多くの血を吸った刀だと思われる。

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:14:13 ID:7GPbHwYf
徳川家に仇なす刀といわれ、帯用がはばかれるようになった村正だが、島津のような徳川に反感を持つ外様大名は逆に村正の力を歓迎し、密かに所持したという。

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/17(土) 17:34:18 ID:D0NaUdfd
>>4
単純に刀工村正が三河の近くの伊勢桑名の人で切れ味抜群だから三河武士もよく使った。
だから村正で怪我する人が多かっただけらしいね。

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:19:58 ID:QFjT5duy
童子切安綱
平安時代初期、最古の刀工、大原安綱作の太刀。
清和源氏嫡流源頼光が丹波国大江山の酒呑童子の首をこの刀で切ったことから童子切と呼ばれる。
元禄年間、町田長太夫という試し切りの達人によって試し切りに使われた際は
六体の死体を切り通し、さらに下の土壇まで切れ込んだという。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:22:13 ID:QFjT5duy
三日月宗近

平安時代京都洛中の名工、三条宗近作。
刃紋に三日月の打除けが数多くみられることによるものとされる。
その重心から斬り合いには向かず不殺の剣として
豊臣秀吉の正室高台院(寧子)が所持し、
その遺品として徳川秀忠に贈られ、
以来徳川将軍家の所蔵となっていた。
現在は東京国立博物館に所蔵されている。

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:41:00 ID:q8wDMrw0
大般若長光(備前長船長光)
備前福岡(現岡山県瀬戸内市長船町)の長船派二代長光の作
長光は光忠の子であり、父を継いで長船派本流の二代となる。
同時代の刀工の中では最も多くの作品を残している。長光は精良で澄んだ地鉄を鍛え、「牡丹映り」と呼ばれる明瞭な丁子映りがある。
長光の刃文は、物打ち辺りから穏やかになったり、直刃になったりする傾向があり、帽子は「三作帽子」となる。
現在では、東京国立博物館に所蔵されている。


9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:47:47 ID:QFjT5duy
大典太光世
承保年間、筑後の刀工三池典太光世の作。
典太(伝太とも)は光世の通称、他の刀工にも伝太や光世と
名乗る者もいたため区別するため大の字を冠したという。
典太はもともと室町幕府の足利将軍家の家宝であったが、
足利家の没落により流出し豊臣秀吉のものとなり、その後
豊臣秀吉から前田利家に贈られ、加賀前田家三種の神器。
江戸千住の小塚原で行われた試し切りにおいて、幕府の
御様御用首斬り役山田浅右衛門吉睦が大典太光世を使った
試し切りを行い、積み重ねた死体の二体の胴体を切断し
三体目の背骨で止まったといわれている。
現在は前田育徳会が所蔵している

11: 勇魚 ◆Cl39TXJnDE 2006/06/11(日) 22:13:48 ID:V9nVPyG9
柳生十兵衛の典太は別物でしょうか?

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 22:20:48 ID:QFjT5duy
大典太は三振り伝わると聞く
柳生十兵衛三厳の大典太と天下五剣の大典太とは別物
大典太光世は刀匠の名から来た銘
他の4剣のように号+銘でないので呼び名では区別がつかない

13: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/06/11(日) 22:22:14 ID:q93WqSSK
へー。
そっち方面全然ダメなんだけど、量産版だと思えばいいのかな。

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 22:26:48 ID:QFjT5duy
量産版じゃない。
大典太が打った刀でもっとも出来がよかったのが天下五剣の一つ。
刀匠が一生に打つ刀が一振りなわけがそもそもない。
気に入った刀にだけ銘をつけて、駄作は無銘という刀匠も多かったらしいので
雑兵が持った無銘の刀の中にも出来がいいのが混じってたそうな

16: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/06/11(日) 22:30:05 ID:q93WqSSK
ほう。一流の刀匠の作が雑兵の持ち物だったりもするのか。

なんとなくすごいな。

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/12(月) 10:32:09 ID:AGfzPTLB
足利義輝って天下五剣の何を持っていたんだっけ?
義輝(に限らずどの大名もだけど)ってかなりのコレクターだったよな・・・

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/14(水) 10:23:21 ID:xSHJgsPA
童子切安綱と鬼丸国綱じゃね

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/15(木) 02:46:40 ID:3sIX223k
圧切長谷部のエピソードはゾッとした。

96: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/13(水) 22:07:07 ID:7vVSJCFk
織田信長に無礼を働いた茶坊主がおり、信長の怒りを避けて棚板の下
に逃げ込み、そのまま出られなくなった。信長はその棚板の上からから茶坊主
の胴をへし切ってしまった。これがへし切りの名の由来である。

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/15(木) 13:45:15 ID:MXA4IBc9
名刀の産地は。
相模、美濃、山城、備前、伯耆。
で良い?

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/16(金) 18:48:26 ID:yqYk420d
産地といっていいのかは分からんが、
とりあえずその五つが、その地に秘伝として伝わってる。

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/18(日) 00:36:44 ID:qh0Opq5u
今現在、美濃伝以外はほぼ消滅したのか?
伯耆は途絶えて、備前は川の氾濫で消滅。
あとはどうなった?

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/18(日) 04:29:02 ID:bUnCfsJR
とりあえず、長船には刀剣博物館ていって、常駐の刀工がいる所ならある。
小刀作らせて貰った。
備前長船と銘が彫ってあるのは作ってた。
しかし、かつての備前伝は絶えてると見たほうがいいんだろうね。
伯耆には当時の栄光を偲ぶものなんか何一つ無い有様。まともな刀工がいない。
美濃伝も継がれてはいるが、町が寂れてるよね。現代に於いては刀工さんはいろいろ難しいんだろうね。

34: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/20(火) 22:12:05 ID:nlCxe46N
名刀を好むのはよくない。高価な刀一本を求めるよりも、その金で槍を100丁買ったほうがいい。

朝倉孝景

40: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/22(木) 22:58:43 ID:c4rwt249
>>34は朝倉孝景十七箇条のものだね。

36: 公孫参 2006/06/21(水) 10:37:18 ID:xbfVWnPh
さすが教景ですね

でも高価な茶道具買うよりいいようなw

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/22(木) 03:09:25 ID:T3mupXOO
刀工と槍の関係ってどんな感じ?
この前蜻蛉切りを見て感動したんだが

41: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/23(金) 11:47:25 ID:jNQSWHq/
基本的に槍は消耗品扱いなので数打ちが普通。
ただ、実用目的ではない(婚姻の記念など)ものには名工が打ったものもある。

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/24(土) 21:55:03 ID:RRkh3DAO
雷切は創作?

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/25(日) 00:11:44 ID:xXlOTU/j
千鳥から改名したのはそうだろうけど
実際問題、雷神斬ったてのは創作だ罠 >雷切

46: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/30(金) 19:38:43 ID:NWYF5afx
胴田貫正国

胴田貫(どうたぬき)は、肥後の刀工一門のこと。転じて打った刀のこともさす。

一門の中では特に胴田貫正国が有名である。
胴田貫の由来は、田んぼに死体を横たえて胴を切ると、胴を貫(ぬ)けて下の田んぼまで
切り裂いていくところから。
戦国期においては「折れず曲がらず同田貫」と言われ実用刀として人気が高かったという。

かつて明治天皇の前で撃剣興行を主催した榊原健吉が、明治20年(1887年)11月11日、
明治天皇が伏見宮邸に行った際、これを用いて兜を三寸五分(16.5cm)斬り、割ったという逸話がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E7%94%B0%E8%B2%AB

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/08(土) 02:36:43 ID:xq/lO9hs
名刀って実戦で使われたかな?
あくまで飾り物って感じじゃないの?

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/13(木) 06:25:18 ID:u3r0nT93
>>48
刀は実戦で使う物じゃなくて、あくまで護身用と飾り
実戦での使用は義輝が殺された時くらいでは?

81: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/31(木) 06:40:37 ID:E6qK3qvg
>>48
飾りっつーより人と家とを穢れから守る「護り刀」としての意味合いが強かったんじゃねーかな?
人を斬って血脂にまみれると神刀としての呪力を失うけど
人が死ぬと悪霊除けのために刃物を胸の上に置いたりするじゃん 

55: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/13(木) 07:13:33 ID:eowXj7qN
打ち刀じゃなくて、長巻とか大太刀なら戦場で使うやつはいたみたいだけど、
それらはほとんどガッツ剣もどきだからなあ…。

56: :名無しさん@お腹いっぱい 2006/07/15(土) 02:43:33 ID:L295vzrQ
義輝だって槍があったら槍を使ったと思う。

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/18(火) 05:11:29 ID:zb2GuJkF
大体、戦国期の刀って何のために有ったの?
馬上でも徒歩でも槍のほうが使いやすいじゃん。

59: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/18(火) 10:49:01 ID:BB2s+duO
>>57
・首を切る用途
・城など室内戦
・槍を紛失した場合の予備

やや上の身分の場合

・馬上で使う
・将としての身分の誇示

他補足よろ

62: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/18(火) 19:13:47 ID:ZDqcoX6u
>>59
臣下に対する知行以外の褒美代わりってのもあるな。名前の一文字とか茶器とかと同じ?

71: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/29(火) 00:52:16 ID:lAwppPJX
戦場では、弓・鉄砲>槍>刀だったらしいからね…
刀は首取る時や城内戦くらいしか使わなかったとテレビで言ってた。

72: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/29(火) 00:57:24 ID:bMw723v9
まあ冷静に考えると、リーチの短い刀を振るっていても
槍に突かれちゃひとたまりないし

73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/29(火) 11:46:16 ID:nnFNFiL/
でも知名度から言えば、刀の遣い手>槍・弓・鉄砲なんだよな
宝蔵院だとか稲富とかは遣い手でもマイナーだ

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/30(水) 04:04:45 ID:ccfbeOVU
この手の話で良く出るのは一番活躍したのは幕末、ってやつだよねえ。戦国時代は
殆ど首を切り取るだけ(重要な行為だが)の用途。でも業物はそれ以前から大事に
されてた所みるとやっぱ何らかのステータスだったんだろうねえ。

76: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/30(水) 09:31:35 ID:2Ze+JDNi
名刀とは歴史のバトンなんだよ。
権威ある者が所有した刀を新たな権威ある者が受け継いできた。
そういう過程が名刀を生んだ。

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/30(水) 09:47:49 ID:2Ze+JDNi
黒漆大刀(坂上宝剣、標剣)
no title


最初は標剣(しるしのつるぎ、そはやのつるぎとも)と呼ばれた無銘の直刀。
征夷大将軍坂上田村麻呂がエミシの蕨手刀に対抗するために作らせた細身で重ねの厚い剛刀であり、これを愛刀にして田村麻呂はエミシを征伐した。
田村麻呂の死後は天皇家の御剣となり坂上宝剣と呼ばれ、今は鞍馬寺に黒漆大刀として所蔵されている。
一時は国宝であったが現在は重要文化財に指定されている。
雷が鳴るとひとりでに鞘走るという伝説が残る。

79: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/30(水) 13:32:43 ID:OtPSrjLy
「刀なんて合戦じゃ役に立たねぇ!」    仙石権兵衛秀久

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/30(水) 14:38:48 ID:X76Egs+A
「仙石権兵衛秀久なんて合戦じゃ役に立たねぇ!」 豊臣秀吉

82: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/03(日) 16:30:42 ID:FpGnpkmT
俺就職して配属先が金沢だったんだけど
何しろ加賀前田家の名刀とか色々見たいなと思ってワクワクしてたら
みんな東京にあるんじゃねえか氏ね。
と思いました。

83: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/04(月) 14:28:04 ID:JKJ9feQl
名刀を佩くのは自分の権威を高める、見せ付けるのが目的だね。
名器が権威の象徴になる前から、実際に佩く事で見せ付けれる名刀は権威の象徴だった。
秀吉の佩刀に一期一振という名刀があるが、秀吉は二尺八寸三分の刃長を二尺二寸八分に詰めさせてる。
なぜかと言うと自分の身の丈に合わせるため。
秀吉はそこまでしてこの名刀を佩刀にし、自身の権威を見せ付けたかった。

>>82
前田家といえば前田家三種の神器のひとつ、天下五剣にして現国宝の大典太光世だね。
まあ僕は前田家三種の神器では静御前の薙刀を見てみたい。

84: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/06(水) 17:37:48 ID:S/syC9Mf
一つ聞きたいのですが
日本で最高の剣はどの剣なのでしょうか?
やはり天下五剣のうちのどれかですかね?

85: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/07(木) 03:33:18 ID:P0VpuSST
最高の定義がよくわからんが、天叢雲ではないのか?

86: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/07(木) 08:22:50 ID:Sux3fUV6
>>85
俺も思ったが、もう海の底だから、本物はとっくの昔に朽ち果てているだろう。

87: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/07(木) 09:02:56 ID:je2uyz/p
一説には尾張の長を懐柔する時に差し出したとかで
海の底のはレプリカっていう説もあるらしいね。

本物は熱田神宮にあるとか、ないとか。

89: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/07(木) 22:47:38 ID:Sux3fUV6
もしそれが本物であってもレプリカであっても、どんなものかは知りたいよねえ。
なんだかんだいって枝分かれの青銅製のものであっても。でも鉄器で、輝いていたり
したら垂涎ものだろうなあ。(紛れ無き千数百年もの、という条件で)

94: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/09(土) 02:38:01 ID:L/FTTZCK
高橋六朗左衛門に攻められた吉田一祐は大友宗麟から賜った「月山の長刀」で
80人以上を斬って討ち死にしたってゆう伝説があるが、まあ誇張されてるんだろうな。
大分県人としては結構泣ける話ではあるが

99: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/13(水) 23:24:40 ID:V72z2kvN
宝剣のたくさんある家ベスト3

1位 紀伊徳川家
2位 前田家
3位 黒田家?
将軍家は除いてね

102: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/27(水) 00:33:14 ID:REmGAGVb
妖刀といえば村正が有名だけど、こんなのも…

癬丸[あざまる]
盲目になった平氏の武将悪七兵衛景清が所持していたという太刀。
持ち主に祟りをなすと言われており、熱田大宮司の千秋季光は加納口の戦いで戦死、
次の持ち主陰山掃部助は戦で両目を次々に潰され、
その次に持ち主となった丹羽長秀も眼病に悩ませられたという。
「信長の親衛隊」より

95: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/11(月) 21:30:22 ID:FMvICsPY
英雄の名刀
坂上田村麻呂…黒漆太刀
源義経…薄緑
楠木正成…小竜景光

105: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/10/04(水) 21:12:10 ID:jmoX0Gw1
>95
近藤勇・・・長曽根虎徹
土方歳三・・・和泉守兼定(二代目)
沖田総司・・・菊一文字則宗

全部伝説臭いけど

106: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 22:29:55 ID:ByDtCVpN
>>105
虎徹の偽物で清麻呂ってな噂もあるね。
今じゃ清麻呂の方が・・・・。
後、沖田総司の刀は村正だってな噂もあるよ。

伝説といえば・・・。
昔から分不相応な刀を持つと刀が持ち主を認めず、
持ち主が刀を抜くたびに持ち主の魂の胸を切りつけるってな事を言われるね。
分不相応な刀を持ってる香具師は胸の病で無くなるものが多い・・・。
正宗凡工論者の(確か)伊藤博文だったかと思うが、
明らかに分不相応な老人に五郎入道正宗を譲り、
胸の病で没するか否かを見極めたってな話も有る。
結局、その老人は胸ではなく老衰で天寿をまっとうし、
正宗は名刀ではなく凡工であると言ってた。

108: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/05(木) 04:45:13 ID:NwCzTfIY
常識的に考えりゃ、なんで沖田が菊一文字もってんだよと思うのが普通だが
沖田の愛刀を菊一文字に設定したのって司馬遼太郎だっけ?

122: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/11(土) 17:47:20 ID:qC80YTfw
>>108
菊一文字は細身の刀だからとうてい実戦にはむかないって話をどこかで読んだ気がするんだよね。
どこで読んだか思い出せん…

123: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/11(土) 19:47:37 ID:ZmYBG4ZZ
>>122
則宗で着飾り、兼定で切るんですよ。
それが戦国武将の粋。
菊一文字は細身。
というか、鎌倉位の2尺後半~3尺位の大振りの刀をそのまま縮小した刀が多いからね。
綺麗に縮小コピーしてるのもあって面白いよ。
鎌倉などの長いのは細身で長いからまんま縮小すると余計に細くなる。

141: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/18(月) 17:42:00 ID:Gk/ODLTh
>>123
鎌倉期の刀は実際はもっと太く肉厚だったと聞いた事がある。
どうしても研ぎは必要だから細くなったと。

そういや相州正宗ってまだ襲名?続いてるね
今の方で二十四代だって

109: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 17:11:25 ID:27NmvNrY
まあ新撰組なんてなしょっちゅう刀で斬り合いしてるような連中なんだから
いい刀を求めても不思議は無いんじゃね 流石になまくらじゃ業務遂行できないしょ
つーか鬼丸とか鬼切りとかって実在すんだね ちょっとびっくりだわ
是非実物を見てみたいね

112: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 21:35:40 ID:KZbhfP19
つーかさ、>>109の理屈なら食い詰め浪人の小集団より
曲がりなりにも武家で幕府の直属である大集団の京都見回り組や
実質的に京都を守ってた会津藩兵2千人の方が良い刀もってるということにならないか?

113: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 22:53:40 ID:27NmvNrY
>>112
食い詰め浪人の方が見回り組みなんかよりも武士に対する憧れが強いから
無理してでもいい刀買いたがるのよ
会津藩兵とか見回り組みとか所詮仕事だから支給品使ってそう
まあ菊一文字使ってたかどうかは知らんけど

111: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 18:28:37 ID:Jtug2zYV
ちゅうか、今で言う名刀は歯こぼれしやすかったりするよ。
焼き幅の広い刀なんかは折れやすかったりする。
戦国時代の名刀持ちの武将や大名ですら、
戦場に打って出る場合は焼き幅狭い細直刃の刀を持って行ったりしたそうだ。
それ位はいくら江戸末期でも分かってるだろ。
家伝来の刀しか無く戦闘用の刀が買えない家は、
良い刀で切りあったようですが・・・。
今、美術刀剣としての名刀と名を馳せてる刀は、
戦国時代でも美術刀剣だった事が多いよん。

ちゅうか、新撰組があれだけ勢力を拡大し人数を増やし、
そしてあれだけ切りあったのであれば、
お抱えの刀工と砥師が居たと思うよ。
そうでないと業務は遂行できない。
研ぎぐらいはもしかしたら最終的には自分らでやってたと思うが、
多分、名も無い刀工の弟子なんかは抱えていたと思います。

115: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 23:28:58 ID:/7mhFFtT
新撰組の給料って確かすごい多かったんじゃなかったけ?

117: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/16(月) 04:25:56 ID:ZUApDh4S
新撰組は金持ってたかもしれんが、隊士は貧乏だっただろ?
金銭の横領で粛正受けた奴もいたし。

118: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/16(月) 15:43:22 ID:RJbCWv9X
何回か言われているが「名刀」と「実戦刀」は異なる。むしろ
刀にこだわる人は無闇に名のあるものを求めず自分にあった物
を探し回るもの。

幹部連中は外交上名刀を差す必要に駆られたかも知れんが。

151: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/29(金) 21:15:20 ID:eFmWEakU
あの宮本武蔵には、名刀所持の伝説はあるのでしょうか?
坊ちゃま剣士ではない武蔵にそのイメージは薄いのですが。

156: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/30(土) 22:14:36 ID:x+lCzpzf
>>151
伝説どころか本当に持ってた。
武蔵はむさい浪人のくせに金と刀には困ってない。というか恵まれてる。

佩刀は伯耆安綱(超名刀)
五郎正宗(これも。通称武蔵正宗、後に徳川慶喜→山岡鉄舟→岩倉具視)
上総介兼重(武蔵の紹介で藤堂家お抱え)
無銘金重(伝吉岡斬り。ほんまかいな)

全部殿様クラスで兵法者風情の持ち物ではない。

157: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 02:10:34 ID:4N8HOf9X
でも小次郎と戦うときは木刀なのね
まあ安いし刃コボれしないし手入れもいらんし
使い手にパワーさえありゃ木刀最強かもねw

160: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 08:39:08 ID:iM5pwudt
>>157
荒木又右衛門も鍵屋の辻の決闘で敵が打ちかかってきた木刀を受け損なって銘刀伊賀之道 金道』をへし折っているしなw

158: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 06:56:06 ID:qyJHmYaA
武蔵ほど高名な剣術使いなら、名刀をプレゼントするお大尽や好事家
も結構いたと思われる。録も道場もない武蔵がそんな名刀を手に入れ
る手段なんて、プレゼントしかないだろう。

161: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 13:20:55 ID:6pt7z/Y6
>>158
普通はそうなんだけどね、それにしても良すぎる。
設楽ヶ原合戦で死ぬ思いして長篠城守った奥平貞昌への褒美が大般若長光だったり
七将に襲われた時、三成が護衛の結城秀康への礼に切込正宗あげたり
それクラスを平気で持ってるってなんだかなー。ある意味特殊技能。

162: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 14:54:14 ID:qyJHmYaA
>>161
武蔵の完成期は戦国が本当に終わる時期と重なっている。
名刀も武神や家運の象徴ではなく、単なる貴重な趣味の品になったのかも。
廃藩置県の際、大名家出のお宝がバカ安で流出したみたいな事態もあったと思う。
だから武蔵も手に入れられたのではないだろうか。

163: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/31(日) 22:26:27 ID:pOBcJZBl
つーか、武蔵と本阿弥光悦が親しかったことを考えると、名刀にかかわる機会は普通に多かったのでは?

166: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/10(水) 12:28:28 ID:/qq6Du6r
鞍作ったり良い絵描いたりしてるし、
ある意味才人というか芸道の人だったのかもね。
プレゼン天才的で腕はそこそこ程度な武蔵ってのもありっちゃありか。

引用元: ・【天下五剣】名刀を語るスレ【武士の魂】

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