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1: 2005/04/19(火) 23:55:24 0
高句麗の頃はまともな方だったと思いますが明らかにダメになってますね
いつからこうなったんでしょう?








2: 世界@名無史さん 2005/04/19(火) 23:57:04 0
檀君の頃からですかね

6: 世界@名無史さん 2005/04/20(水) 19:18:08 0
日本が明治維新で強くなった頃から

7: 世界@名無史さん 2005/04/20(水) 19:24:50 0
栄光の歴史って煬帝を撃退したぐらいしか思い付かん
隋の高句麗遠征

隋の高句麗遠征は、598年から614年まで4回にわたって行われた、隋による高句麗への遠征である。


第1次遠征


598年、高句麗の嬰陽王が遼西を攻撃した。隋の文帝は、30万の大軍で陸海両面で高句麗に侵攻したが、周羅睺が率いる海軍は暴風に遭い撤退した。陸軍も十分な戦果を挙げられないまま、伝染病や補給不足のため撤退した。

第2次遠征

612年正月、隋の煬帝は、60万の大軍で高句麗に侵攻した。高句麗の将軍乙支文徳は、隋軍の内情を探るため、降伏すると見せて隋軍の陣に入り、補給に問題があることを知ると、脱出して高句麗軍に戻った。乙支文徳は、焦土作戦を取りながら、わざと退却し続け、宇文述が率いる隋軍を深く引き入れ、補給線を延びきらせた。乙支文徳は、薩水(清川江)で、疲労と補給不足に陥った隋軍を包囲してほとんど全滅させた。これを韓国では、薩水大捷という。隋の大軍のうち、帰ることが出来たのは、わずか数千人だったという。

第3次遠征

613年、隋の煬帝は再び高句麗に侵攻したが、隋の国内で楊玄感が反乱を起こしたため、隋軍は撤退した。

第4次遠征


614年、隋の煬帝は三たび高句麗に侵攻した。高句麗は度重なる戦争で疲弊していたため、楊玄感に内通し高句麗に亡命していた斛斯政を隋の将軍来護児に引き渡した。隋も国内が乱れていたため和議を結んだ。高句麗は和議の一つであった隋への朝貢を実行せず、これに隋は激怒し再度の遠征を計画したが国内の反乱のため実行することはできなかった。



8: 朱由檢 2005/04/20(水) 19:36:08 0
>>7
散々既出と思うけど、高句麗は朝鮮民族の王朝じゃないから。

13: 世界@名無史さん 2005/04/21(木) 12:47:06 0
李成珪が儒教重視の政策をとってからでないの?
高麗時代はそれなりの戦力があったと思うけど

李 成桂

李 成桂(り せいけい、리성계、太祖 康献大王、忠粛王4年10月11日(1335年10月27日) - 太宗8年5月24日(1408年6月18日))は、元(モンゴル)の武官、1357年から高麗の武官、李氏朝鮮の創始者にして初代国王。

仏教弾圧

朝鮮に国号を改称した李成桂は新たな法制の整備を急ぎ、また漢陽(今のソウル)への遷都を進めた。崇儒廃仏(儒教を崇拝し、仏教を排斥する)政策をとり、儒教の新興と共に仏教の抑圧を開始した。しかし、この政策は李成桂が晩年仏門に帰依したため一時中断され、本格的になるのは李成桂の亡くなった後の第4代世宗の時代になる。仏教弾圧の理由には、前王朝高麗の国教が仏教であったということが大きな理由の一つとして挙げられる。



14: 世界@名無史さん 2005/04/21(木) 19:20:17 0
高句麗、高麗はまだマシだったような気がするけどな

17: 世界@名無史さん 2005/04/21(木) 22:19:13 0
朝鮮青磁はきれいだと思った。
パクリなのかどうかは知らんが、あれだけの物を作れるのは凄いと思う。

18: 朱由檢 2005/04/21(木) 23:08:30 0
>>17
うん、美術工芸はかなりいい線いってた時期あるよね。

でも、朝鮮はブランコがあるのに揺り篭がないとか、秀吉の朝鮮侵攻時に日本式銃の模造を行っていたのにそれ以降兵器として製造を続けないとか、かな~り歪な技術史なのがひっかかるんだけど。

24: 世界@名無史さん 2005/06/10(金) 08:23:06 0
李成桂が引き篭もった時から。

27: 世界@名無史さん 2005/07/06(水) 18:38:37 0
漢の四郡の頃までは良かったが、それ以後特に新羅からアウト!

30: 世界@名無史さん 2005/07/07(木) 22:19:28 0
二重朝貢していた時代もあったんだよな。明末清初も。
属国の負担と苦労は想像を絶するな。
毎年貢女3000人というのは国内の人口構成までゆがんできそうだが。

34: 名無しぃ時ー! 2005/07/30(土) 23:49:38 0 BE:254560477-
韓国と北朝鮮に別れたときからじゃないの???

35: 世界@名無史さん 2005/07/31(日) 17:09:26 0
李成桂が引き篭もらずに政治に専念してればもう少しマシになってた。

36: 世界@名無史さん 2005/08/05(金) 21:32:08 0
つか、儒学中心でメガネインテリ状態になったとこからだな。

それと、高麗はさすがに朝鮮族の王朝といっていいだろ。
高句麗の場合は、まだ現在で言うところの朝鮮は出来上がってなかったので、ルーツのひとつでしかないけど。

43: 世界@名無史さん 2005/09/16(金) 13:23:18 0
マジレスすると
高麗の武臣政権が倒れた辺り
武臣政権

武臣政権(武人政権とも書く)は、朝鮮半島における高麗王朝の統治下、1170年(明宗元年)から1270年(元宗11年)の100年間にわたり、国王や文臣ではなく武臣が朝廷の政治を掌握していた時代、およびその政権形態を指す。


46: 世界@名無史さん 2005/09/16(金) 16:57:25 0
没落っていうか日本に散々恵んでもらって築き上げた今が朝鮮史上最高の状態なのでは?

55: 世界@名無史さん 2005/09/22(木) 23:23:16 0
中国の植民地の帯方郡になったり、日本の任那日本府になったり、一時は日韓併合もされててみんな日本語しゃべれるまでなったてたのに、隆盛といわれてもなぁ・・・

日本や中国は何度となく、叛乱鎮圧に派兵したり、朝鮮出兵とかしてるけど、韓国人が日本に攻めてきたのは、元寇で蒙古人のザコ扱いで来た位だし。それもみんな対馬海峡の底で魚の餌だ。

隆盛って意味さえ、多分あの民族は知らないと思うけど。

56: 世界@名無史さん 2005/09/22(木) 23:32:18 0
西郷隆盛で知ってるよ

59: 世界@名無史さん 2005/10/23(日) 17:36:51 0
>>56
ホットミルク吹いちまったじゃねぇか!バーロ!

67: 世界@名無史さん 2005/12/27(火) 00:46:07 0
磁器の技術はいつごろから廃れたんでしょうか?
ヒデヨシはあまり大きな要因ではなかったんでしょうか。

74: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 16:16:47 0
李氏朝鮮支配で17世紀以降、徐々に貧困化。

日本統治期にはインフラ建設、されど農村は負債で米も碌に食えなくなって戦時動員も加わり、人口が国外に拡散。


76: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 16:24:06 0
満州国も含めて。

韓国の農村が飢餓から脱出したのは、
朴政権末期のこと。

80: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 18:26:37 0
朝鮮つっても古代三国に代表される扶余系と今につながる朝鮮系は気質も違うからなぁ
どちらにしろ、大国中国と北方民族・日本に囲まれてたらなかなか伸張もできんし

51: 世界@名無史さん 2005/09/22(木) 21:56:43 0
高麗王朝までは日本よりはるかに文化的には上なのでは。世界初の金属活字や大蔵経の編纂、高麗青磁等。
しかし、モンゴルによる侵略が30年間続き(大きい侵攻だけ6回、小さいものは数知れず)朝鮮全土が廃墟となったころを境に没落。

83: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 18:51:54 0
文化的っつってもなー
印刷術の萌芽も無かった時代から現代でも読まれるキケロやカエサルの名文を生み出したローマに比べれば技術だけあって何やってたの?って感じだな
文学も無ければ名著も無いようなところが文化とは笑わせてくれる

85: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 18:59:42 0
世界最古の小説といわれる源氏物語ですら平安時代中期だもんな…
ギリシアやローマ辺りと比べると、東洋のそれなんてはるかに貧弱
民衆文化と呼べるものを見るなら、中国ですら宋代あたりを待たなきゃならない

92: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 20:26:07 0
>>85
源氏物語が世界最古の小説って、誰がいっているのでしょうか?
はじめて聞きました。
そうすると、「エティオピア物語」「黄金のロバ」「サテリコン」など、邦訳もあるローマ時代の小説はどうなってしまうのでしょうか。これらは戯曲ではなく、筆写され、ローマ帝国内の教養人に読まれた「小説」です。
因みに近代的な意味での小説とは少し異なりますが、「教訓物語」のようなものだと、シュメール・エジプトの古代からあります。一応情報まで。源氏物語を世界最古の小説というにはちょっと苦しいのではないでしょうか。そもそも源氏は民衆文化ではないし。
とはいえ、世界文学に列挙されるものであることは確かで、確かに朝鮮史上で世界文学ってなにがあるのか?と思ってしまいますね。

また、東洋の方が西洋と比べて民衆文化について貧弱という件については、ほぼ同意

109: 世界@名無史さん 2006/01/05(木) 12:02:57 0
「ハングルつくろうぜ」とか言ってた、李氏朝鮮中期は文化的に良かったんじゃねぇの?


源氏物語が、最古の小説と言われるのは、軍記モノや神話の類を抜かした、長編小説というカテゴリーでの話だと思った。

110: 世界@名無史さん 2006/01/05(木) 12:19:23 0
文化的に良かったのは高麗青磁だろ
86: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 19:08:41 0
つうか高句麗までは中国の地方政権でしょ
歴史問題に敏感な韓国が結局黙っちゃったってことは認めたんだよね?
で、以降も属国状態だから中国の一支地域と見るのが名実ともに正確じゃないか?


高句麗論争

高句麗論争は、かつて朝鮮半島北部から満州南部を支配した高句麗が「朝鮮史」なのか「中国史」なのかという帰属をめぐる論争。また、韓国・北朝鮮の研究者は、698年に建国した渤海の支配層が高句麗人であり、そのため渤海は高句麗の継承国であり、北の渤海・南の新羅が鼎立した南北国時代から、高麗によってはじめて朝鮮は統一したと主張しており、したがって、韓国・北朝鮮の研究者が称しているところの高句麗の継承国の渤海が、「朝鮮史」なのか「中国史」なのかという論争もおきている。


89: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 19:20:56 0
>>86
いや、正直なところ高句麗をどう見るかは微妙だと思うが、支那の地方政権というのもかなり一方的な見方なのではないだろうか。地理的には旧満州や沿海州から北朝鮮にかけた国家だし、文化や民俗を継承しているわけでもないから、今の朝鮮との関係も微妙なところで、朝鮮の前身とも言いにくい存在だ。
直接的には、渤海が高句麗の後継国家にあたると思うが、古代の日本とは関係の深い国だったね。

90: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 19:46:18 0
>>89
ツングース系だっけ?ツングースだったら満州国の系統なので漢化して中国に入るぞ

91: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 20:03:42 0
>>90
いや、ツングース系なら満州族で支那に包摂されたというのは乱暴すぎる。
満州族になったのは女真で、高句麗・渤海は靺鞨でも、女真系の黒水靺鞨ではなく、扶餘系の粟末靺鞨ですな。実態としては、女真・満州族とは別系統でしょうが、まとまった民族集団としては現存していないのでは。
むしろ、扶餘系の末裔は百済を通じて少数が日本に同化していると考えたほうが正しいのでは。
まあ、渤海国や百済の時代はともかく、今日の日本にとってはあまり縁のない土地ですがね。

94: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 20:46:48 0
>>91
つまり

民族集団が現存していないので地域的に見て玉虫色の解釈をしましょう

て訳ですね


引用元: ・●●朝鮮はいつから没落したか?●●

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