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1: ゴナ16級 02/08/16 13:22
海戦のワンサイドゲームの定番。
しかし、二つの戦いの陣形は全くの反対。
トラファルガーでは勝者であるイギリス軍がT字の縦の部分。
日本海海戦では日本軍がT字の横の部分で勝利しています。
これは一体どういうことなのでしょうか?

時代が違うといえば、それまでですが、
戦術的・技術的にどこまで違い、
その違いがどのように海戦の形を変えるのでしょうか?
活発な意見をお願いいたします。
(戦略的考察はなし)








5: 世界@名無史さん 02/08/17 16:13
>>1
あえて言えば、射程距離が全然違うなかで俯瞰図だけ見て「逆だ」という方がかなり無理があるな。

共通する点の方が多いんじゃないか。

1>どちらも、勝った側の方に不退転の決意があり、負けた側は可能ならば海戦を避けようとしていた。
2>どちらも、勝った側の方が訓練量で断然負けた側を凌駕していた。
3>どちらも、勝った側は敵に突破されれば国家の破滅であり負けた側はそうではなかった。
4>どちらも、負けた側は怖いから密集していたのに対し、勝った側は敵を打倒するために密集していた。

まだまだありそうだ。

7: 世界@名無史さん 02/08/18 10:09
>>1
もっと勉強しな…日本海海戦でのT字作戦は創作話しです。
実際は敵前回頭して並行に航行し、下瀬火薬による火焔でロシア艦隊が戦闘不能に陥ったのです。

10: 世界@名無史さん 02/08/19 21:46
>>7
まだまだ勉強不足。

            ◎←三笠
   ○       
          ○    おすらぁびあ
   ○            ↓
        ○       ■   ■ ←すうぉろふ   
   ○   
      ○         □   □
    ○       
    ↑           □   □
  ここで左300度回頭。いわゆる東郷ターン。
                □   □              


このように、優速を利用して敵の進行の頭を押さえる戦術のこと。
この結果、ロシア艦隊の先頭艦に対して集中攻撃を行った。
なお、ロシア艦隊総旗艦は「スウォロフ」だが、敵の左側の列が弱そうだと言う偵察報告を受けて左側の隊列に相対するように操艦したという。

この、「敵の頭を押さえる」戦術をさして「丁字戦法」と呼んだ。
文字通り「丁」の字になることを言うのではない。

11: 世界@名無史さん 02/08/19 23:03
>>10
大勘違いされてますよ。『丁字戦法』というのは黄海海戦前に考えられた頭を抑える戦法の事です。実際黄海海戦で実施してます。ところが敵が右回頭したため遠方での並列戦闘となってしまい旅順艦隊に決定的ダメージを与えられませんでした。(ラッキーだったのは旗艦チェザレウィッチの艦橋に砲弾が直撃し、舵をきったままになった事)そこで日本海海戦では敵艦隊とすれ違った後に斜めに斬り込む戦術を採ったのです。

ロシア艦隊は3列陣形だったため新造艦4隻を急いで前に進め第二戦隊と第三艦隊は速度を減速しました。この状態で砲撃を開始、2分後減速したロシア艦隊に対して日本側が砲撃を開始します。減速した艦隊は直ぐには速度が上がりませんので先に回頭していた日本側が艦隊を追い抜き頭を抑えます。それに対してロシア側が面舵を取り即座に取り舵を取った。

これに対して日本側も取り舵で対応(第一戦隊戦列離脱)、第二戦隊が増速して進路妨害を行った。ロシア側は慌てて面舵を取るが艦列が大きく乱れる結果となります。

13: 10 02/08/20 20:53
>>11
>大勘違いされてますよ。『丁字戦法』というのは黄海海戦前に考えられた
>頭を抑える戦法の事です。

ええと、通説では、日露戦争前、明治34年の海軍大学校にて講演された山屋他人(やまや・たにん)中佐の講義が、いわゆる「丁字戦法」の最初とされています。
これがのちに、名参謀として名高い秋山真之少将(日本海開戦時中佐・連合艦隊先任参謀)の功績とされ、一般的にはこのように誤り伝えられています。

村上水軍などの戦法を研究していた秋山参謀が真っ先にこの「丁字戦法」の利点をつかんだとしたら、大いに考えられることであり、断固とした実戦論者で柔軟な思想を持っていた東郷提督もこの戦法の大ファンになったとのことです。

秋山参謀の功績とされた理由は、当時の明治の軍人達は功績を他人に譲ることを当然の美徳と考えていたため、様々な功績が若くして亡くなった秋山少将にすべて譲られる格好になったとか。

東郷提督は、日本海海戦に先立つ数度の海戦において、何度も「丁字戦法」を試み、完全な成功にいたってはいませんでした。まあ、これが結果としてはすばらしい練習台となり、日本海海戦においてほぼ完璧な成功を見たわけですが。

>>11さんは、「黄海海戦」で過去に試みられたことがある、という記述をお読みになって、日清戦争時の黄海海戦と日露戦争のそれとを混同しているものと思います。

15: 世界@名無史さん 02/08/20 21:42
>>13
砲撃戦開始何分前にロシア艦隊の頭を押さえたのでしょうか?
また>>11の黄海海戦は明治37年8月の黄海海戦(チェザレウィッチの記載から判断)と思われますが?少なくとも>>11の記載から判断すると砲撃戦の最中に減速した敵艦隊を追い抜いたから頭を抑えたとしか考えられませんが?
>>11の記載ではほとんど併走していたように感じられるのですが?

16: 13 02/08/21 22:06
>>15
はいっ! 仰るとおり。>>11さん、失礼しました。「日露戦争時の黄海海戦前」ということではその通り。

ただし、>>11さんの
>大勘違いされてますよ
というのはそれこそ大勘違いではないかと思っていますが。



17: 世界@名無史さん 02/08/23 11:45
日本海海戦って実は日本艦隊敵の装甲を貫通できてなかったと言う説もあるがどうだろ。鋭敏な伊集院信管と下瀬火薬を使った砲弾が敵の舷側装甲を破壊したせいで沈んだって話だが、まあ大した話でもないけど。
日露戦争の時は政治家と軍人が協調したおかげで講和できたからな。
太平洋戦争の原因は増長した陸軍軍人だからなぁ。

23: 02/08/23 12:50
>>17
信管の過早作動というのは当時どこの列強もかかえていた問題。
戦訓の調査でそれに気付いた独逸あたりは大遅動信管を開発してWW1では有効に活用してる。実際ほとんど主力艦の砲弾は「撃沈」には貢献してない(仏系欠陥戦艦相手を除く)。
では過早に作動する信管の徹甲弾でどうやって露西亜戦艦を沈めたかというあたりですが、本来「撃沈」は戦略、戦術、作戦といった「自らの意思を相手におしつける」という意義からいうと、イベントにしか過ぎません。上部構造物をなぎ払い、火達磨にすればそれで本来充分なのです(ただし、かの時は、浦塩艦隊の大暴れ後でもあり、特に「撃沈」が望まれる異常事態でしたが)。

結果、露西亜主力艦群は昼間戦闘で戦闘力を事実上喪失し、夜戦で雷撃を受け壊滅しました。
因みに先にも少し触れましたが、ボロジノ級とオスラビアが仏系欠陥戦艦に該当しますが、このへんの仏系戦艦は、顕著なタンブルホーム(船体を前後から見ると洋梨のような下膨れで必然的に
それより上の甲板面積が小さくなる船型)を有するが為復元性能(ローリングした時もとにもどる能力。起き上がりこぼしを想像してもらうとわかりよい)が悪い。それは何故かといえば、タンブルホーム上部の甲板面積が狭いという事は上部構造物を上に積み上げていく事になり重心の上昇をまねく為です。それゆえ重い舷側装甲の装着範囲が高さ的に足りないという状況を生ずる(例えば喫水線上2mほしい装甲の高さが1mしかとれないとか)。

そしてそういう個所なら当時の主力艦主砲で充分貫通できた。そういった個所からの浸水(当日の天候は承知のとうり波タカシです)が復元性能の限界を超えた時、艦全体を横転沈没に至らしめたと思われます。

18: 世界@名無史さん 02/08/23 11:52
スペイン艦隊はドーバー海峡までの数ヶ月の航海で散々に疲弊していた。
バルチック艦隊も日本海までの数ヶ月の航海で疲弊していた。

24: 世界@名無史さん 02/08/23 18:11
>>18
おいおい、スペイン艦隊はカディスから出てきたばかりだろ?
目の前だよ。それにフランス艦隊のおまけだし。
ナポさんに強引に同盟国にされていやいやついてきたようなもんだ。
艦隊の総司令官はフランス海軍のヴィルヌーヴ提督。

疲弊していたとすれば、イギリス艦隊に海上封鎖されていて、ろくろく訓練もできず修理機材も亡く、食糧も不足がちだったからじゃないか?

19: 世界@名無史さん 02/08/23 12:05
>>1
簡単な話だ。ネルソンの戦列艦と連合艦隊の戦艦装甲巡の構造を見れば一目瞭然。

ネルソンの時代の軍艦は両舷に砲がずらりと並んでいる。
一方、連合艦隊のフネは回転砲塔だ。
どうすれば一度に多くの火力を敵に指向できるか考えれば到達する結論は一つ。

21: 世界@名無史さん 02/08/23 12:26
>>19
それじゃネルソン艦隊
T字の縦の部分にいるのは大損じゃないの?
前向かって打てないんじゃ

22: 世界@名無史さん 02/08/23 12:29
>>21
T字になるのはあくまで過程だ。最終的は敵中に突入を目指すわけだ。
それだと2倍の火力が使える。当然リスクも大きく、ネルソンさん死んじゃったけど。

27: 世界@名無史さん 02/08/23 23:24
>>22
ありがとうございます
でも当時の三笠などの軍艦も副砲は両弦についていたので三笠も同じように突入すればもっと多くの大砲を使えたのでは?と言う気も

素人ですいません

29: 世界@名無史さん 02/08/24 09:42
>>27
射程距離と速度の問題はどうかな?

トラファルガー海戦時の戦列艦の速度は、2~5ノット(マジだよ)つまり時速3.6~9キロ。
下手をすると人が歩く速度より遅い。
戦列艦同士の艦隊決戦では、7年戦争時の記録だが、早朝敵仏艦隊の堂々たる艦列を発見し、
お互い闘志満々で接近を開始し、実際に砲火を交えたのは午後も遅くであった、という冗談の
ような記録もある。英仏共に大艦隊で身動きがとれなかったんだが、せいぜい1~2ノットしか
出せなかったらしい。
射程は、命中率と効果が期待できる距離だと50~200ヤード。近似的に同じメートルでいいな。

日本海開戦時、三笠の要目上の最高速度は18ノットだが、戦闘時は日本艦隊は15ノット、ロ
シア艦隊は平均10ノットぐらい。射程距離は、2000~5000メートル。

>三笠も同じように突入すれば
 

と言っても、速度が違いすぎるし効果的な射撃ができなくなるから、敵艦隊の戦列に突入すると
いうのは無理があると思うな。

33: 世界@名無史さん 02/09/21 11:14
>>29
それなら体当たり戦法もあながち使えないわけじゃないな。
ラム(衝角)は第一次大戦より少し前位まで軍艦にあったんだっけ?
H・G・ウェルズの宇宙戦争にもそんな描写あったな。

43: 世界@名無史さん 02/10/21 18:27
>>33
>それなら体当たり戦法もあながち使えないわけじゃないな。

無茶を言うなよ。
帆船のイメージを頭に描いてほしい。船の一番前にあるのはなにか?
いわゆる「バウ・スプリット」(日本丸では「ボー・スプリット」といったな。)という、細い桁が突き出ている。そこにもロープが張り巡らされ、三角帆がついているよね?まぁ、つける必要のあるときは、ついている。ジブとかステイスルとかだ。場合によっては、あそこに横桁(ヤード)を取り付け、四角の帆をつけることさえある。

つまり、帆船の舳先は、構造上ぶつかって耐えられるようにできてはいない。
ちょっと引っかけただけで下手をすると操船不能になりかねない。

ラム(衝角)攻撃が考案されたのは、蒸気船の時代になってから。

45: 世界@名無史さん 02/10/24 11:39
>>43
でも、ガレー船の時代にはあったぞな。

46: 世界@名無史さん 02/10/24 20:26
>>45
話題はトラファルガー海戦時代だと思うが?

あの時代にもフランスには若干はガレー船があったらしいが、誰だったかの本に書かれていたごとくまったくの無駄・役立たずだったらしいね。ガレー船で衝角戦法をするためには、相手もガレー船でなくてはならないんだが、敵対するどの国にもガレー船はなかった。よって衝角戦法は行われなかった。

情けない話だな。

なんでガレー船が帆船に衝角戦法をとれないのかというと、ガレー船が自由に動けるような風がなく潮流や波が穏やかな海面には、大型帆船は近づかないから。

38: 有効射程の違い 02/10/02 03:16
ネルソンの時代は大砲は至近距離でしか当たらなかった。また仏西連合艦隊は自軍の大砲の錬度の低さでは英艦隊にかなわないことは知っており、マストからの狙撃や斬り込みに重点をおいていた。しかし、至近距離で艦の前後に両舷斉射を食らった連合艦隊はかなりダメージを受けた。また発射速度も英が二倍近くはやかった。そしてπ字戦法によって分断されたため、前8艦は戦闘に参加できなかった。

44: 世界@名無史さん 02/10/21 20:08
黛サンだっけ? 戦後の著作の中で、旅順港閉塞作戦として衝角によって沈める戦法を考案していたな。

衝角戦法が実際役立った戦場はリッサぐらいかな?
だいたい物騒で効果のないやけくそ戦法だよね。

49: 世界@名無史さん 02/11/06 11:52
>>44
リッサ海戦でテレゲートフのアボルダージが大戦果だったので各国共新型戦艦にラムをつけたのだが…

47: 世界@名無史さん 02/10/24 22:50
衝角が役に立った例なら第一次世界大戦であったな。
イギリスの戦艦ドレッドノートがラムでドイツの潜水艦沈めた、というのが。
戦艦が潜水艦を沈めた、おそらく唯一の例、かもな。
というか、近代海戦でラムが役に立った唯一の例、かもな。
(南米三国の海戦ネタは禁止。)

54: 世界@名無史さん 02/12/05 21:44
>当然リスクも大きく、ネルソンさん死んじゃったけど。

説明不足。ネルソン提督の致命傷は接舷したフランス戦列艦ルドゥータブル号檣上の狙撃兵によるものです。ネルソンズ・タッチ自体は大成功で、これは両舷の大砲を同時に稼働できたから(とはいえ、そのために艦上は著しい人手不足で、狙撃兵を檣上に配置できませんでした)。

三笠の時代は旋回砲塔なので、一方の舷にしか指向できませんでした(小口径砲は両舷同時に発射できたけど)。

グリニッジの海洋博物館で「ネルソンの後継者たち」(うろ覚え、原語忘れた)と題したコーナーに東郷提督のお姿が……タメイキ。
57: 世界@名無史さん 02/12/22 18:54
>>54
>>当然リスクも大きく、ネルソンさん死んじゃったけど。
>説明不足。ネルソン提督の致命傷は・・・

別に>>22氏の言うことに間違いはないと思うが?
ネルソンズ・タッチってのは何をさすのか、明快になっているんだっけ?
昔に読んだ本では、はっきりした戦術や戦法ではなく、ネルソン自身のカリスマ的な熱気の中でいつの間にやら作られた言葉だとあったような。
命名したのははっきりしているが、何をさすのかははっきりしていないとあったような記憶がある。

58: 世界@名無史さん 02/12/22 19:39
狙撃されたのはネルソンの性格にもよる罠。
自己顕示欲の強い、成り上がりもの。
150cmちょっとの短躯をカヴァーするかのように常にキンキラキンの勲章をイパーイ身につけていた。
結果、格好の的になってアボーソ。

59: 世界@名無史さん 02/12/22 20:53
成り上がりものと言われてはなぁ...

では、無能な貴族階級に祖国の危機を救った人物がどれだけ出たのかを考えてくれよ。
もちろん、ウェリントン公爵とか、貧乏貴族からはい上がって救国の英雄になった人がいるのは承知しているが。


40: 総督 02/10/06 23:24
今、『ナイルの海戦』読んでるけどネルソンはいい奴だ
サンヴィセンテ岬の海戦での勇姿には萌えた

12: 世界@名無史さん 02/08/19 23:09
ネルソンって片腕なかったってホント?

14: 世界@名無史さん 02/08/20 20:56
>>12
トラファルガー開戦時には、ホレイショ・ネルソン提督は片目片腕でした。
若く華奢で小柄な同提督でしたが、決して運と女のスカートだけで出世したのではありません。歴戦の負傷傷は全身にあったそうです。

73: なぁ 02/12/29 08:38
やっぱり、この時代は戦闘で負傷すると麻酔無しで肉切り包丁で手足を切り落とされるの?
ネルソンも?よく感染症にならないね。

74: 世界@名無史さん 02/12/29 13:20
麻酔の歴史はしらんが、やっぱ19世紀初頭に常備も普及も発明さえもされてないんじゃないかな。

16世紀~19世紀まで外科手術はナイフで切開、繰子錐(くりこぎり)でぎこぎこ切断。動脈さぐりあててカンシ(原始的なクリップ)で止血。

ハンス・フォン・ゲルスドロフHans von Gersdorffの野戦医療マニュアルFeldtbuch der Wundartzney(1497)をもって欧州軍外科本は嚆矢とするらしいとかジェフリー・パーカーの本で読んだけど、それほどかわってないんじゃないかな
http://www.collectmedicalantiques.com/military.html

75: 世界@名無史さん 02/12/29 13:41
ネルソンの時代、麻酔はまだないだろう。
少なくとも実験室以外には。
また、理論的に存在しても、安全性に問題があっただろう。

感染症による壊疽が、将兵の死亡率のかなりを閉めていたのは事実。
ネルソンのような高級士官なら、比較的きれいな器具で手術してもらえたからまだましだろうが、消毒と言ってもおまじない程度にラム酒をぶっかけるぐらい。一般将兵に至っては、糞尿にまみれた器具で切り刻まれる事になりかねないので、死亡率は恐ろしいものだった。

76: 世界@名無史さん 02/12/29 13:46
華岡青洲とかその方面は疎いが、

ここ読むと世界最初の麻酔手術のデモは1846/10/16のマサチューセッツにおけるジエチルエーテルらしいけど、その20年以上前から野戦軍医はBite Bullet(なにこれ?芥子粒??)の麻酔作用は知られてたとか
ttp://www.collectmedicalantiques.com/civilwar.html
ttp://www.nms.ac.jp/nms/anesth/anesguide/01-1.html

ちなみにネルソンは
1794年コルシカ西岸カルヴィ要塞攻略戦で右目失明
1797カナリア群島サンタ・クルーズ上陸戦で右腕喪失
1798ナイル河口海戦で前額部負傷
だけど、まあこの程度はこの時代の軍人の標準だったんだろうかね?

77: 世界@名無史さん 02/12/29 13:59
>75
なんかね。18世紀のクックとかの世界周遊記の類よむと一応、衛生の観念(船内を清潔にすれば熱病は防げる。壊血病はレモンで予防)あるみたいだけど、戦時の戦闘艦はまた別の世界なんだろな

78: 75 02/12/29 14:24
>>77
当時、健康面では将兵にレモンジュース、ライムジュース類を飲ませることは 義務化されていた。イギリスの水兵は、今に至ってもその名残で「ライミー」と呼ばれる。
艦内の燻煙消毒なども頻繁に行われていた。

でもこれは、人道的と言うよりは、当然ながら軍隊を維持するための効率的な処置だった。
ちいさな学校の校舎を考えてみよう。三階建て、教室が横に5室ぐらいかな。この大きさで、窓が全てなく、一階は食糧倉庫、三階は士官室が半分占めているとする。(厳密には下士官・候補生の部屋は下だが。)このスペースで、天井までの高さが今より1メートル低く、部屋の4分の1は大砲が占めている。
この中で600~1000人が何ヶ月も暮らす事を想像したまえ。

多少の衛生観念があっても、戦闘ともなれば吹っ飛んでしまう。

92: つーか 03/01/26 00:05
有名な「英国は各員がその義務を果たす事を期待する」はネルソンが即興で考えたものです。
最初は「期待する」ではなく「信じる」であったのですが一連の語句を信号旗にして掲揚しようとした所信号係から「信じる」に該当する信号旗がないとの報告があり、かわりに「期待する」という語句に変更されました。このエピソードから本当に即興であった事がうかがえます。

しかしZ旗で有名な「皇国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよ」の方はかなり以前から参謀とかの方で用意していたもののようです。なぜかというと各艦艇に配備されていた信号簿に「Z旗が掲揚されたら、皇国の興廃~が発令」という事が載っており、三笠に掲揚されたZ旗を視認して各艦が艦内に発令したからです。

ちなみに元々のZ旗の意味は「曳船キボン」だったりします。

114: 世界@名無史さん 03/06/28 00:07
世界的に有名な海軍の将といえば
東郷 ニミッツ ネルソン の3人ですか?

142: 世界@名無史さん 03/10/13 22:10
>>114
ニミッツは東郷を尊敬していたらしいな。
戦後日本海海戦の記念艦の三笠がボロボロに荒らされて放置されていたのを知ってニミッツが怒って文芸春秋に「三笠と私」という手記を投稿して、三笠を復元するためのお金も寄付したらしい。
個人的にすごく好きな提督なんだが、なぜかマッカーサーのが有名なんだよなー。


124: 世界@名無史さん 03/10/12 23:37
砲術家ナポレオンはフランス海軍の艦載砲が、イギリスに10年遅れを取っているのを認めていたらしいね。

英国の勝利は

1.3層砲甲板艦による近接戦闘時の俯瞰射撃

2.カロネード砲装備による、これまた近距離砲撃の絶大な破壊力。

3.1803年ホーム・ボッパム提督考案の改定された手旗信号方式の採用。これにより、英国海軍は迅速な艦隊戦闘を行えた。 トラファルガル海戦当日は、カジイス沖で哨戒中のフリゲート艦から送られた手旗信号370番「敵艦隊出港中」は、じつに2時間半かけて50海里先の洋上にいたヴィクトリー号艦上のネルソンに届けられた

128: 世界@名無史さん 03/10/13 02:39
>>124
ちょっと待て!

ナポレオンは、海上戦闘のことなど何もわかっていないし、まともな解説などしていない。
風下の港にいる我が艦隊が、敵封鎖艦隊のいなくなった時になぜ出航できないか理解できなかった例もある。

英仏西共に、3層の超大型戦列艦は持っていた。フランスの造艦技術は、イギリスを上回っていた。
スペインの「サンティシマ・トリニダット号」は、当時世界最高の大きさを持った戦闘艦だった。

カロネード砲は、あの時点でどちらも装備していた。

新規の信号方式とは、旗流信号だ。数字を示す旗を組み合わせ、暗号化し、意志を伝えたもの。
370という数字が、信号担当士官の持つ信号表で解読され、命令として伝達される。
手旗信号? 何を言っている?

大丈夫か、おい?

130: 世界@名無史さん 03/10/13 05:22
>ナポレオンは、海上戦闘のことなど何もわかっていないし、まともな解説などしていない。
>風下の港にいる我が艦隊が、敵封鎖艦隊のいなくなった時になぜ出航できないか理解できなかった例もある。


そこまで無知な人間でも餓鬼の頃は海軍士官に憧れたのであった。

125: 世界@名無史さん 03/10/12 23:43
トラファルガー広場と関係あるのか

126: ACE ◆Z7a1IZ9GTI 03/10/12 23:54
>>125
ネルソン記念塔があります、でも高い位置にあるからあらかじめ知っている人以外は、だれも気づかない。

132: 世界@名無史さん 03/10/13 12:26
金ぴかの勲章が、狙撃兵のカッコウの的になったというのは本当。
戦闘時もあの服で、勲章つけてたの! 提督!

133: 世界@名無史さん 03/10/13 16:29
まあ正装ですから。
カッコ付けであるには違いありませんが、戦火のさなかに正装した司令長官が悠然と立っているの見れば、それはそれで絵になりますな。

狙撃兵の的、と言う解釈はありますが、しょせんマスケット銃ですよ。
条件が良くても100ヤード先の人の頭を撃てるかどうかでしょう?

揺れるミズンマストのトップで、海面を隔ててどしんとぶつかり合う敵艦の艦尾甲板の敵将を識別し、狙撃できるものかと。

狙撃直後、怒り狂ったイギリス兵がぶっ放した葡萄弾で、ミズントップのフランス兵は全滅していますしねぇ。

134: 世界@名無史さん 03/10/13 16:38
敵の狙撃兵からネルソンまで15mくらいしか離れていなかったらしい。
それくらいなら何発も撃てばあたるんでないの?

135: 世界@名無史さん 03/10/13 16:44
何発撃てたか、というと、揺れるマストの上だからな
弾込めって、せいぜい一分に一発ぐらいかな?

155: 世界@名無史さん 03/10/16 02:03
大まじめな話、
戦いに全艦隊数のうち何割が参加してたの?
結局、比率が高ければそれだけ重要な戦いと判断できるでしょ?

163: 世界@名無史さん 03/10/18 18:26
>>155
当時、イギリス海軍は全世界で200隻ぐらい戦列艦を保有していたはず。
トラファルガーでは地中海艦隊の27隻が参加した。

だからといって、戦略的に小さい海戦ではないよ。

地中海艦隊司令官のネルソンは、その時点で33隻の戦列艦を持っていたが
6隻はどうしてもやむを得ない食糧補給と補修のため、手放さざるを得なかった。
その結果、艦隊の第3の指揮官であるルイス提督は、海戦に参加できなかった。

164: 11 03/10/19 15:07
>>163
ネルソン指揮下の27隻全て戦列艦ですか?
当時の編成だとフリゲートやスループと混ぜて編成していたのではないかと

165: 世界@名無史さん 03/10/19 15:47
いえ、フリゲート艦は別にいました。

フランス・スペイン連合艦隊
戦列艦33隻
(フランス側80門艦4隻、74門艦14隻)
(スペイン側140門艦1隻、112門艦2隻、100門艦1隻、80門艦2隻、74門艦8隻、64門艦1隻)
フリゲート艦7隻

イギリス艦隊は戦列艦27隻
(104門艦1隻、100門艦2隻、98門艦5隻、80門艦1隻、74門艦15隻、64門艦3隻)
フリゲート艦3隻

ちょっと間違ってるかもしれません。

166: 世界@名無史さん 03/10/19 17:53
>>164
資料にあたってみないとわからないが、ネルソン麾下のフリゲート艦数は、>>165氏の資料より、正式にはもっと多かったと思う、しかし、トラファルガー会戦時に限って言えば、そのくらいかもしれない。

フリゲート艦の不足については、ネルソンは常に嘆いていた。
探索、信号中継、郵便物の伝達、航路の安全確保、通商破壊など、あらゆる点でフリゲート艦及び小艦艇は必要とされたが、ネルソンが要求する数が満たされたことは一度もなかった。
(むろん、ネルソンが常に不足について不満を言う人物だったことは否めないが。w)

艦隊編成について、確固たる基準があったわけではないが、海戦時に戦うのは戦列艦のみ、というのが当時の常識。全力での砲撃による叩き合いの時、戦列艦以外は役に立たない。
また、当時の「礼儀」として、フリゲート艦などの補助艦は、戦列艦同士の戦いの中でも戦闘に参加せず、海難救助と連絡に使われるという暗黙の了解があり、海戦の中でも戦列艦から砲撃されることはなかったという。

まあ、この「紳士協定」も、時代が経つに従って崩れていったが...

167: 164 03/10/19 18:12
>>166
当時、フリゲート2隻で戦列艦を拿捕したというよう話を読んだような記憶があったので、フリゲート艦の数も気になったのですが、おっしゃられるようなようなら、記憶違いかもしれません。

167: 164 03/10/19 18:12
>>166
当時、フリゲート2隻で戦列艦を拿捕したというよう話を読んだような記憶があったので、フリゲート艦の数も気になったのですが、おっしゃられるようなようなら、記憶違いかもしれません。

168: 世界@名無史さん 03/10/19 19:00
サンビンセント沖の海戦で、ネルソンは艦隊司令官の命令を無視して単独行動をとり、戦果をあげてナイトの称号をもらっているけど、当時のイギリス海軍て命令違反をやっても結果オーライだったのかな。

171: 世界@名無史さん 03/10/19 20:13
>>168
見敵必戦は彼らの伝統ですから。

169: 世界@名無史さん 03/10/19 20:02
やはりそれはその、成功した場合のみオーライであったかと。
ネルソンだってその時点ではペーペーだったわけでもなし、多少の無理もできたのでしょう。

独断専行も認める、と言った指揮官もあるが、原則としてイギリス人は石頭。
なかなか創意工夫は認められなかったと思われ。


といいつつ、歴史上一番創意工夫が目立っているのがイギリスなのはこれイカに?

172: 世界@名無史さん 03/10/19 20:17
見敵して、相手が自分の倍の隻数だったから戦いを避けたら、軍法会議で有罪判決を食らった提督が、当時おりましたな。

恐ろしい世界だ...

176: 世界@名無史さん 03/10/19 22:14
ネルソンってデンマーク沖でもエジプトのアブキール湾でも常勝将軍なのにね。

179: 世界@名無史さん 03/10/20 22:42
>>176
常勝ではない。
若い頃、パナマ地峡の開拓(運河)計画のために中米に行って任務に失敗して片目を失った。

ついでに言うと、将軍でもない。艦長→提督だ。w

188: 世界@名無史さん 03/10/21 05:14
>>179
片目を失明したのはコルシカ島でしょ。
中米では確か赤痢に罹ったんだよ。

189: 世界@名無史さん 03/11/29 00:51
ネルソンが戦死ししてなかったら政治家になっていたのだろうか?

190: 世界@名無史さん 03/12/05 00:35
ウェリントンと同じコースですな

191: 世界@名無史さん 03/12/05 06:59
むしろグラントに近い。
スキャンダルまみれになっただろう。

192: 世界@名無史さん 03/12/06 00:26
ネルソンは戦術家としては優れているけど、戦略家としては無能に近い。

そういう意味では、陸と海の違いはあるけど、ナポレオン配下の元帥連に多いタイプ。

>>191さんが言っているように、金と女にも汚そうだから、イギリスで政治家やるのは無理だろう。

193: 世界@名無史さん 03/12/06 01:09
やはりトラファルガーで戦死しておいた方が……。

197: 03/12/22 17:44
トラファルガーは勝った英国海軍もかなり被害を受け、負けたフランス側の艦隊もかなりの数が離脱に成功している。日本海海戦は勝った日本の被害は高波で転覆した水雷艇三隻のみで戦闘で失われた船は零。そしてロシア艦隊はほぼ全滅。史上類を見ないパーフェクトゲームで、有り得ないほどの完全勝利。
最初報道された時、新聞を見た英国市民は日本は自分の損害を隠して嘘をついていると思ってしまったほどだとか。
別に東郷>>>ネルソン 何て事を言いたいんでは無い。という事をあらかじめ言って置くけど。

198: 世界@名無史さん 03/12/22 19:27
>>197
うーん、
トラファルガー海戦の頃は大砲の威力がないし浮力のある木造帆船だから、火薬庫が燃えでもしないかぎり沈めることは難しかったからね。同列に語ることは出来ないよ。

アブキール海戦ではイギリス側のパーフェクトゲームに近いが、ほとんどは撃沈ではなく拿捕だった。

230: 世界@名無史さん 04/08/18 10:18
夕べ、ホレーショホンブロワーシリーズ「トルコ沖の砲煙」読んだよ。

ホンブロワがネルソンの国葬のうち、テムズ川の水上葬列企画立案して実行する下り、面白く読んだよ。そんだけ

151: 世界@名無史さん 03/10/15 22:35
ネルソンは、頭を働かせて、わら人形に軍服を着せて、おとりにすえばよかったな。
的の弾丸も奪えるし……。

152: 世界@名無史さん 03/10/15 23:50
>>151
釣られないぞ釣られないぞー

引用元: ・トラファルガー沖海戦と日本海海戦