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1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 2017/07/14(金) 18:25:27.66 ID:CAP_USER9
誰もが知っている歴史上の英雄たちには、英雄に相応しい武勇伝が常に存在するが、中には創作が混ざり込んでいることもあるようだ。

武田勝頼率いる騎馬軍団を、織田信長が打ち破った長篠の戦い(1575年)。信長は3000挺もの鉄砲を揃え、1000人ずつ3組の鉄砲隊に入れ違いに連続して撃たせた。いわゆる「三段撃ち」だが、歴史研究家の井手窪剛氏はこう説明する。

「当時の鉄砲は火縄銃で着火部分が露出している。3人の人間が火のついた鉄砲を持ったまま、狭い場所で入れ替わり立ち替わり撃ち続けるのは引火のリスクが高すぎる。現実的ではなく、後世の創作だと考えられています」


以下略


全文は
※週刊ポスト2017年7月21・28日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170714_585547.html?PAGE=1#container









5: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:28:05.21 ID:tETBZhT50
たまに信長は運が良かっただけ、とかいう説を見るけど、最近かえって凄みが増してる感
運とかもう才能や努力ではどうしようもない。主人公補正かよ

13: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:29:55.89 ID:M/PPrJaD0
>>5
これ
最期までドラマチックで本当に主人公感ある

16: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:31:07.99 ID:RpPXU7MR0
>>5
だな
英雄には雑魚の考えなんて及びもつかない天運が付いて回ると

68: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:41:59.71 ID:dVkCQMBc0
>>16
あと一歩のところで運使い果たすけどな

74: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:43:29.45 ID:dtWTqeZ00
>>68
だから、歴史にこんだけ残ったんじゃね
源義経もまた然り

257: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:07:20.57 ID:4d93O1WH0
アレクサンダー大王なんかは、常に騎兵の先頭に立って敵陣に突撃かけてて、部下の騎兵がバタバタ死んでいく中、涼しい顔して毎回生還してるからな

425: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:26:02.62 ID:kTfRzuiC0
>>257
アレクサンダーも始皇帝も信長も一代限りってのがな・・・

468: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:31:05.55 ID:IgtMbuI40
>>425
完全能力主義の独裁者は自分の死後まで永続する組織を作れません

11: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:29:42.32 ID:cBZdkStO0
んじゃあどうやったんだってばよ?

27: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:34:51.01 ID:xkU0ql1g0
>>11
単純に兵力差で勝った
やらざるを得ない状況だったとは言え自軍の3倍の兵力でしっかりと野戦築城してる織田勢にさしたる工夫もなく騎馬突撃を仕掛けた武田勢に勝ち目は乏しかった

58: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:40:51.39 ID:IZD8vsJr0
>>27
武田は何故3倍の織田に突撃したのだろうね。
織田兵は弱いと思い込まされた?
ここで信長を討たねばジリ貧あるのみ、と思っていた?

132: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:52:06.83 ID:5qfy8krl0
>>58
家臣団が勝頼の言う事聞かなかったから。
この時期、武田の重臣達と勝頼の関係性は悪化の一途。
つーか、勝頼では武田家臣団の統率は無理。
勝頼が悪いというより、血統の問題。
典厩が生きてて、勝頼の後見人として目を光らせてたら違う結果になっただろう。

339: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:15:57.33 ID:A98ZRfaB0
>>58
野戦築城した織田本隊に武田本隊が接近するに合わせて別働隊に山を迂回させて、武田の背後の長篠城を解放したんだよ
仮に武田が引き返せば、背後から追撃され→やがて長篠勢と挟み撃ちされる悪夢コース

更に、織田本隊は高めの土地に布陣し野戦築城した防衛ラインは前方の低地に設けることで武田からすると、目線の関係で織田本隊全体でどのくらいの兵数が居るか見えないようにしていた

完全に武田の戦術的敗北だね

15: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:30:53.63 ID:UeBYG5Hk0
実は当時すでに短時間で次の弾を装填できる早合というものが発明されていたので、三段撃ちをしなくても連射できたのだよ。

30: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:35:00.54 ID:Ox4EEtgv0
>>15
つっても連射つらいぞ。
タールが銃口内や、点火用の穴に詰るし、連射すると、銃身が熱膨張するので、口径が変るし、面倒なんよ。

20: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:32:18.10 ID:VQmuXphK0
新説を唱えたモン勝ちだもんな歴史研究家なんてこの手の話有象無象いくつあるんだか

706: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 20:01:45.71 ID:LGfFetRN0
>>20
ちゃうで古い記録は今まで秘蔵されてあまり公開されていなかったけど
昔の本は写本で原版にちかいものが公開されて研究がここ近年進んだのよ
あと昔は読める人間も場所も限定さえていたけどデジタルアーカイブで
多くの研究者が簡単に出かけて公開お願いしなくても読めるようになったのも大きい

23: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:33:31.55 ID:JxFL/Cno0
だけど、戦国末期から江戸時代初期の各藩の備(そなえ・部隊編成の事)は、鉄砲足軽は三組編成が主流なんだよね、戦国末期から江戸時代初期の大名って、織豊系の大名で、織田家の軍事編成も、鉄砲足軽は三組編成が主流だったろうって思われてる。 三段撃ちしないなら、三組編成にする必要性がないんだよね。槍足軽の備は三組編成じゃないし、弓足軽もそう。鉄砲足軽だけが三組編成になってる。
そこらへんに対するコメントはないんだよね、三段撃ちを否定する人ってそこはスルー

263: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:08:03.20 ID:hOfik1Ju0
>>23 
当時の絵では、鉄砲衆は必ずヨコ一列にならんで射ってる。
後方からは射てないんだよな。
だから、3組というのはそのまとまりかもしれないね。

29: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:35:00.03 ID:jIsnZvsN0
「狭い場所で入れ替わり立ち替わり」って・・・そんなことする必要ないやろ・・・

撃つ人、弾を込める人、掃除する人の三人一組で銃を受け渡しして、それぞれの担当分を繰り返せばいいだけ

454: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:29:34.80 ID:wzPR84ED0
>>29
銃の管理が軍なのか個人になってるかでできるかできないか変わってくるな

780: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 20:09:34.77 ID:Ox4EEtgv0
>>454
織田徳川あわせて1000丁くらいで、徳川軍は独自運用。
織田軍も留守番舞台やら配下全部からとりあえず鉄砲足軽だけかき集めて連れていっったので錬度もまちまち。ムリゲーッすよ。
とりあえず五人鉄砲奉行を任命して預けたらしいけど。

512: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:37:11.77 ID:8p3VRBFl0
>>29
この説はNHKのヒストリアかTBS-BSのTHEナンバー2で再現してたな、俺もこの説派だが。
当時、ロクに訓練するヒマがなかったので、「撃つのが上手そう?」な奴を寄せ集めたらしい
そのため腕に覚えがある射手なんて(ヘタをすると撃っただけとか)最前面の1000人が精々で
その射手列の後方二列の2000人は弾込め係、火付け係という分担制というもの。

46: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:38:22.08 ID:ebVESIY90
> 狭い場所で入れ替わり立ち替わり撃ち続けるのは引火のリスクが高すぎる。現実的ではなく、

入れ替われる程度のスペース作ったら問題ないだろ。
現実的でないってこいつのただの妄想じゃないか。

55: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:40:25.13 ID:pTJa3NTK0
馬防柵の前で撃っては引き、後ろに控えていた次の撃ち手が同様に撃って引き
ってな繰り返しじゃないのかね
弾込め速度も個人で差があると思うし

59: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:40:56.13 ID:woqqbYb60
3人の1組を1000組作ったと思うが

60: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:41:04.26 ID:U1AJZB3j0
火縄銃じゃなくてもあの時代に3000人もの兵隊を規則正しく動かすのは無理だろ

61: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:41:16.43 ID:pl5eHrba0
そもそも圧倒的多数で待ち伏せしてたしなあ

65: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:41:54.19 ID:JxFL/Cno0
ていうか、引火の危険性って当時の鉄砲は発射直前まで火蓋を切らないよ。
火蓋を切って、火薬を露出させるのは発射寸前。
そこらへんの対策はちゃんと火縄銃でもされてるよ

79: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:44:17.05 ID:/2s3D4o2O
長篠だけじゃなく、厳島も川中島も関ヶ原も色々創作が混ざっている

88: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:45:41.08 ID:ylwCwEkB0
火縄銃なんて100メートルくらいしか飛ばないから
馬でなくて人間でも20秒もあれば目の前まで来ちゃう。

銃の性能を知ってれば完全な創作だってわかるよ

140: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:52:50.10 ID:kDAhgPHv0
>>88
そう言うのはつべで検証しているアメリカ人も多いが、飛ぶのは400mぐらい飛ぶ
狙って当たる、狙った相手に命中を期待できるのが100mぐらい、それ位から弾がふらつく見たい

112: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:49:31.08 ID:OYwlSnEd0
>>88
まあそこは柵で時間を稼いだんだけどさ
それでも実際何か所かは陣を抜かれてるんだよね
なぜ勝てたかというとあらかじめ調略で武田側の片翼を日和見させることに成功したから
これで抜けた武将も前線で孤立して撤退せざるをえなくなった

845: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 20:16:51.17 ID:PhV2C+mi0
>>88
柵の手前にも空堀を張り巡らせている
開戦後は馬や兵士の死体も避けて突撃しないといけない

91: 相場師 ◆lXlHlH1WM2 2017/07/14(金) 18:45:56.22 ID:cnML7wAU0
てか武田軍、横から回りこめよw

154: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:54:03.61 ID:6tPzEPnG0
>>91
長篠ってのは細長くて両サイドが山なんだよ、中に川も流れていてその地形も織田軍は利用して妨害陣地を構築していた。

193: 相場師 ◆lXlHlH1WM2 2017/07/14(金) 18:59:18.42 ID:cnML7wAU0
>>154
そうだったのか・・・
ドラマとかだといつも広大な原っぱに鉄砲隊が並んでる画だからなぁw

242: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 19:04:59.72 ID:HYUHbodj0
>>193
地形も結構傾斜があって
鉄砲もった人間が3000人も
代わる代わる銃撃し続けられるよな地形では無いね

98: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:46:37.06 ID:jkFnXBYN0
へー、そしたらどういう戦術なんだろうね
戦場にいた人達には次々と撃ち込んで来たように感じた、という程度の話?

104: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:47:38.85 ID:v8xukNlw0
織田軍にもそれなりの死傷者が出てるから、常に馬防柵の後ろに射て鉄砲を撃ちまくっていたわけじゃない。三段で三連射したら、騎馬や足軽が馬防柵の前に出て、応戦してたんだろ。
形勢が不利になったら、一旦馬防柵の後ろに逃げ込み、追撃してきた相手をまた鉄砲で撃ちかけ兵力を弱め、それを機にまた、馬防柵の前に兵力を押し出すの繰り返し。
遠目には一進一退のように見えるから、武田軍はなんとか突き崩そうと兵力をどんどん押し出して、壊滅させられていった。

114: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:49:58.69 ID:y363qIBG0
>>104
柵の前に出たかは知らんけど、連続で3段撃っても全て殺せる訳じゃないから中まで突っ込んでくる奴もいるわな

123: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:50:49.34 ID:dtWTqeZ00
>>114
その為の柵では?

128: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:51:35.04 ID:Ts0NqHbZ0
まじかよ・・・
聖徳太子も最近は実在しなかったとか言い始めてるし、もはや近代史以前の歴史なんて信用できんわ

136: 名無しさん@1周年 2017/07/14(金) 18:52:19.59 ID:MuqxaEla0
最近は野戦陣地の強固な構築の方にウェイトが傾いているのかな

引用元: ・【長篠の戦い】「三段撃ち」 現実的でなく後世の創作か

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