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1: 日本@名無史さん 2007/10/12(金) 01:33:58
世界史では人間イエスの生涯についての研究がされていますが、日本史でイエスのように謎の多い人物といえば弘法大師空海ではないかと思います。

私はいくら唐の長安がコスモポリタンな都市であったとしても、当時は未開な遠方にある島国から来た私費留学生で、しかも日本でも無名であった僧が実質的に一年弱で密法の最高位である阿闍梨位を授けられるとは常識的には信じられません。
彼の持ち帰った経典やその後の日本での業績から、弘法大師がかなり秀でた人物であるのは間違いないとは思うのですがどうも腑に落ちません。

なにか弘法大師の入唐時の業績について中国側の資料等は残っているのでしょうか?









3: 日本@名無史さん 2007/10/12(金) 18:17:43
腑に落ちないって何が落ちないんだろ?
空海の入唐までの生涯はよくわからんにせよ、入唐後2年くらいで帰ってきてしまったのは明確な事実。 また仮に多少の誇張はあるとしても、かなり高位に登ったのはまさに>>1のいうように、持ち帰った品やその後の業績からみても間違いない。
だとすれば、それだけ空海は並はずれた天才で、しかも既に真正の宗教体験を得ていたということと、当時の中国仏教には国籍や年数ではなく、実力で人を評価する自由な風土があったということが明らかに帰結されると思うが。

4: 日本@名無史さん 2007/10/13(土) 00:51:44
>>3
密教ですからチベット密教の活仏制度のように、師の恵果が空海を自分の死の生まれかわりだと思って厚遇したとかいう考えもありますが、もし空海が厚遇されたのならなにか現地側に資料は残っていないんですかね?
そういうのがあったら私も知りたいです。

5: 日本@名無史さん 2007/10/13(土) 01:15:08
>>3
>それだけ空海は並はずれた天才で、
>しかも既に真正の宗教体験を得ていたということと

そういう超人性を排除して現実的な一人の人間と考えている研究が知りたい。

6: 日本@名無史さん 2007/10/14(日) 00:12:16
>>5
空海の場合現実的に考えて、それ位の超人だったと思わざるを得ない、ということだと思うが。

入唐までは全く無名の乞食坊主だったのが数年にして天皇の圧倒的な支持を得る。
しかも仏教家で書道は素人に過ぎないのに、当時の天子と並んで三筆の一人で、日本史上最大級の書家でもある。

中国側の文献には残ってないのか、っていうのは確かに興味あるがどうなんだろう。

7: 日本@名無史さん 2007/10/14(日) 02:18:42
でもさ宗教の世界って一体何がどう凄かったら出世するんだろうね?

そも、実績の基準ってのが分らん

8: 日本@名無史さん 2007/10/14(日) 08:24:40
師匠に気に入られたからとか家柄が良いから出世するって人も勿論いるんだろうし、本当に仏教に対して深い認識を持っていることがみんなに認められて出世するって人もいるんだろう。
六祖慧能は寺で下働きをしていたが、ある時師匠の問いに対する高弟の答えを見て、自分ならばこう答える、と答えを示した。それが認められて、高弟たちを差し置いて嗣法を認められた、とある。

それから>>5さんはきっと、
現実的な常人には悟りなど開くことはできない、という前提で話しているんだろうが、実際には密教徒や禅仏教徒では深い悟りに達したとされている人はかなり多数存在する。 (悟りとは「悟り」というものが存在しないと悟ること、なんだがまあそういう話は置いておいて。)
日本仏教史上最大級のビッグネームである空海が悟りに達していなかったとしたら、寧ろその方がかなり非現実的。

24: 日本@名無史さん 2007/11/02(金) 09:42:46
空海の母方の叔父阿刀大足は、桓武天皇が晩年最も寵愛した皇子伊予親王の学問の師だった。空海もまた叔父の阿刀大足から学問を習った。
空海が桓武天皇に愛され、出世はおろか、平安京東寺さえ与えられたのは、伊予親王によって桓武天皇に推挙された縁によるところかも。

26: 日本@名無史さん 2007/11/02(金) 16:25:09
空海が日本に同性愛を持ち込んだという説がある。

34: 日本@名無史さん 2007/12/07(金) 17:22:04
>>26
だいたい、男は寺、女は尼寺と厳格に分けられ、不犯を宗とする僧たちの間では、性欲処理の方法として同性愛が自然発生したんじゃないのか?

27: ぴーす ◆u0zbHIV8zs 2007/11/02(金) 19:30:43
説っていうか単に留学僧が持ちこんだってだけじゃない?
その代表が空海ってだけで。

51: 虚飾を廃した空海伝(訂正) 2008/01/03(木) 05:56:33
空海(俗名佐伯真魚 宝亀5年(774年)生)は先祖が蝦夷の地方豪族の出で、普通15歳で入る大学に18歳で入った。
同級生は中央貴族の権門の子弟が多く、真魚は、詩文の才はあったものの田舎出の自分が大学を出たところで、官界・政界での出世は望めないと悟り、虚しさを感じ大学を捨てた。今でいえば、学校に出席せずするあてもなく下宿で本ばかり読んで過ごしたというところか。
そこで仏教に出会い、とりわけ密教が真魚の心を捉えた。仏教のこの宗派はまだ日本には広まっていない。俺がこれを広めたら。と、真魚の脳裏に光明がひらめいた。
そしてまずは頭を良くする(記憶力を高める)ために虚空蔵求聞持法を修し、何がしかの手応えを得た。しかしやはり正式に密教を学ぶには唐に渡って師に付かねばならぬ。そうでなければ箔もつかない。

真魚は来るべきその時に備え、唐語の会話を唐人に付いて学んだ。
29歳にして出家得度して空海となった真魚は、つてを頼り翌年の遣唐使の随員に留学生としてもぐり込むことができた。空海の乗船した遣唐船は難船し、唐の南部に漂着した。
そこの官に怪しまれ一同どうなるか分からなかった時、空海の達文により皆救われた。
唐の長安に入ると異国から来た名文家・能筆家として空海の声望は高まった。
空海は満を持して密教の継承者である青龍寺の恵果和尚に取り入り、たちまち愛弟子扱いされるようになった。
2年と経たぬうちに恵果から法を授けられた空海は、もはや唐にいる必要なし、さっさと帰国すべしと、多数の仏経・仏像・仏具を携え、定められた20年の留学期間を切り上げ帰国した。
勝手に帰国してきた空海は問題視され、しばらく九州に留め置かれたが、そこで地方官に色々運動して京に入る許可を得た。空海は洛北高雄山寺にしばらく腰を落ち着け、教勢拡大に努めた。留学仲間の橘逸勢が空海の声望を朝廷に広めた。空海は嵯峨天皇の知るところとなり寵愛を得た。また最長のように奈良仏教に敵対するようなことはせず、うまく立ち回り東大寺の別当にも任命されたりした。
そして密教道場にふさわしい土地を探し求め、高野山にそれを見つけ、賜り、金剛峰寺を開いた。また京の東寺(後の教王護国寺)も任された。

52: 虚飾を廃した空海伝(訂正) 2008/01/03(木) 05:57:17
さて、空海と同じ遣唐使に入って唐で天台を学んできた最澄は、奈良仏教界を堕落していると批判し後の延暦寺の元となる寺を比叡山に設けた。
最澄は唐に渡る前から名僧として名が知れていたが、唐で天台は学んだものの仏教の新潮流であった密教については、地方の傍流のものを帰国直前に慌ただしく学んだだけで、自らも足らぬことを感じていた。
そこに、空海が正統派の密教の法を受け、多数の密教教典を持ち帰っていると知るや、仏教界では自らが先輩であるのに空海に師弟の礼を取り、教典の拝借を願い入れ、拝借した教典で密教を勉強した。
空海はそこに陥穽を用意していた。
やがて最澄が密教の深奥とも言うべき教典の拝借を願うと、空海は拒否し、密教の神髄は言葉や書物では伝わらぬものだから、知りたければ俺の教団に入門し修行せよ、という。
最澄は自分が立場上そういうことはできないから、愛弟子を空海のところに預け密教を学ばせていたのだがその弟子までが空海に寝返って最澄の元へは戻らなかった。
これにより最澄と空海は喧嘩別れした。

さて、高野山や東寺の運営も軌道に乗り、嵯峨天皇の信も厚く空海はまさに人生の絶頂であった。文筆活動においても難解極まる仏教論書はじめ漢詩文集など多数の著作をものし能筆を讃えらた。また民間教育機関を設けたり満濃池の修復など社会活動も行った。 教の呪法で雨を降らせてみせるなど法力も讃えられた。

しかしそんな空海でも勝てぬのが病魔だ。癰という悪性腫瘍をもたらす病気が命取りになり60年の生涯を閉じた。承和2年(835年)没。
空海は火葬され高野山の奥に葬られたが、死後百数十年ほどして、奥の院で生けるが如き姿で定に入っているという噂がいわれ始めそれが今日まで続いている。

55: 日本@名無史さん 2008/01/04(金) 14:53:36
空海が最澄への経典の貸し出しを拒否したのは、当然だと思うけどね。
密教にしても禅にしても、本当の悟り(真理)というのは「言葉で言い表せるものではない」という立場でしょ。だから最澄に密教の経典を全て読ませて「密教の奥義を会得した」なんて勘違いされちゃったら困る… って事で空海が断ったんじゃなかったかな。

夜空にある月を真理(悟り)とするなら、経典というのは月を指し示す指に過ぎない…というね。 だから、密教も禅も師から弟子への「面受」という形で奥義を伝えて行く…って聞いた事があるけど。

56: 日本@名無史さん 2008/01/05(土) 07:32:47
仏教の真髄は言葉では伝えられない。
ゆえに修行における神秘体験によってそれに接近しようとするのが空海の密教。
もっと究極的にして神秘体験も要らない、修行(坐禅)こそ即ち如来の境地としたのが道元の禅。言葉では表わせられないとしながら、二人とも相当に理屈っぽくて、難解な仏教論書を著している。

60: 日本@名無史さん 2008/01/16(水) 12:56:36
最澄は生真面目でどこまでいっても学者タイプの人。
それなりの魅力はあるが、空海とは次元が違うような気がする。

空海には宗教家になるべくしてなったような、天性とでもいえる何かを感じる。自分の人生をほぼ完璧にコントロールしたように思えるし、死に方さえも。そして、死後 自分がどういう存在になるかさえもあらかじめ知っていたような気さえしてくる。

61: 日本@名無史さん 2008/01/16(水) 18:22:32
全て自己顕示するために計算計画された行動であり人生だった。
仏教密教についても純粋に信仰心があったというよりもこれも己を宣伝するための道具にすぎなかった。本邦男色の祖と言われる人だから、僧になっても禁欲で苦しむこともなかったろう。

63: 日本@名無史さん 2008/01/17(木) 12:21:14
清濁併せ呑むようなところがあるね。
それが昔の日本人には結構心地よかったのかもね。
今でもそうだと思うけど。
それは強みであり、弱点でもある...と

91: 日本@名無史さん 2008/02/10(日) 13:56:18
俺の知り合いの中国人(台湾の)の人がいうには日本人の仏門で悟りを開いたとみなされているのは空海と道元だけだそうだ。

92: 日本@名無史さん 2008/02/10(日) 14:16:49
中国に渡って中国人の師匠につき当時の中国仏教を直輸入した、としてそういう評価なんじゃないの

94: 日本@名無史さん 2008/02/10(日) 15:03:04
禅というか道(タオ)を理解して極めたのは空海と道元だけだと言っていたな。

102: 日本@名無史さん 2008/03/30(日) 08:43:35
>>91 >>94
なんでその台湾人にそんなことがわかるんだ?
日本に来て直接古今の僧侶を調べたわけじゃないだろ。

現在のその台湾人が属している集団内ではそう見做されている、というだけならあっそうですか、と聞いておけばいいだけの話だが。
中国にしろ台湾にしろ、少なくとも禅と密教に関してはもう何百年も前に衰退しているから、日本より遙かにレベルは下がっているという状況は認識すべき。

っていうか道(タオ)って言ってる以上、仏教僧でななくて道教関係の人なんだろうな。
日本の新興宗教関係者が
「中国の僧侶で悟りを玄奘三蔵と天台智顗だけ」とか言ってるのと同じだな。
別に新興宗教関係者だって卓越した判断を持っている可能性も否定はしないが。

99: 日本@名無史さん 2008/03/29(土) 16:59:03
日本仏教史上に双璧をなすのは空海と道元だと思うが神格化され過ぎて実像(人間の部分)がよく分からなくなっている空海よりも巨大な思想とともに人間的弱さも伝わってくる道元のほうが親しみやすいね。

106: 日本@名無史さん 2008/04/10(木) 09:21:03
空海より最澄が個人的は好き。
理論体系は空海がしっかりまとめたかもしれないが仏法を求める姿勢は最澄に一途なものを感じる。

112: 日本@名無史さん 2008/04/21(月) 13:49:23
空海と道元は似てる。
方法は違うが、大衆の救済を目指すのではなくひたすら自分が悟りを得るための修行。

最澄は、学者っぽい。浅く広く教えを吸収して、弟子のために叡山大学を建てた。
そこの卒業生は、親鸞・道元・日蓮等たくさんいる。

113: 日本@名無史さん 2008/04/21(月) 14:10:45
空海の言う即身成仏と道元の言う自受用三昧は同じ境地を違う言葉で言ったのだろう。

132: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 18:42:22
法然のほうが理論的だし天才だと思うな。時代が違うけど。
空海は芸能人ってとこか。

137: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 19:16:58
世界宗教者会議と言うのがあって
世界中から徳の高い立派な宗教指導者達が集まってきて
さぞや円滑に会議が進むと思ったら、これが何一つまとまらない


水木しげる御大の名言

138: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 22:27:58
何で徳が高いと話が円滑にまとまるって思うのかな。
関係ないじゃん。

140: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 09:30:32
インドの歴史上の「徳の高い」仏教僧を見てみろよ。
ナーガールジュナやチャンドラキールティ、ダルマキールティなど、いかに他教に比べ、仏教が優れているかを示すための、激しい論争の生涯だよ。みんなで馴れ合って仲良くしましょう、なんていう世間常識的な考え方は、宗教とはあまり関係がない。

むしろ、そういう論理的な論争をしてこなかった、というのが日本の仏教徒の弱点。
日蓮なんてただ他宗の悪口言ってるだけで、あれは論争じゃないし。

143: 日本@名無史さん 2008/05/26(月) 17:10:50
>>140
日本での宗教論争と言えば、信長の時代に「安土宗論」というのがあるな。
浄土宗と日蓮宗の間で行われて、その時は浄土宗側が勝ったが・・

それ以前には、気に入らない宗派には武力行使で行われてたぞ。日蓮宗だけじゃなく叡山にせよ興福寺にせよ、本願寺や高野山でも僧兵を抱えて焼き討ちをかけたり、かけられたりの繰り返しだ。

自分達の利権を守るためってのもあるが、どこぞの宗派の原理主義者みたいなことをやってきてる。日本だけが特別って訳じゃないな。

141: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 11:02:09
最澄にしろ空海にしろ日蓮にしろ親鸞にしろ道元にしろ自分の境地が一番だといってるし
ウチはこうですけど、他所は他所でまた正しいです、なんて妥協的な態度の指導者には弟子はついてこない。

144: 日本@名無史さん 2008/05/30(金) 08:57:13
空海は庶民的イメージだけど
密教は常人は受け入れぬような
孤高の宗教のように感じる。

146: 日本@名無史さん 2008/07/03(木) 15:11:55
空海は荼毘に付された(火葬にされた)と史書にもあるのに高野山の非公式的見解だと生けるがごとき姿で入定しているという。
この矛盾をいかに解く?

147: 日本@名無史さん 2008/08/25(月) 09:36:14
空海は実は凄く孤独な人

148: 日本@名無史さん 2008/08/25(月) 11:12:53
三筆の残り二人と遊んだり、弟子を最澄から奪ったりしたのに?


176: 日本@名無史さん 2010/03/07(日) 12:00:40
空海は虚飾の部分をはぎ取ってしまうと結局単なる学僧に過ぎない。
もちろん学に秀でていることは立派なことだが。
それを神のような存在にまで祭り上げて民衆に浸透させた空海の無名の後継者たちの努力の方が実は偉大なのだ。

179: 日本@名無史さん 2010/04/16(金) 07:43:12
「あいうえお」の五十音表の元になった経典を持ち帰ったのはGJだな

引用元: ・人間空海について




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