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1: 人間七七四年 2008/07/23(水) 17:57:19 ID:UuHhDR+h
乱世の華、高橋紹運の子に生まれ、雷神と呼ばれた養父・道雪の跡を継いだ男
忠義剛勇鎮西一、西国無双など様々な異名を持つ戦国のサラブレット・立花宗茂を語りましょう。
立花家、高橋家、妻の立花誾千代や九州一帯の諸説など、関係ある話題もおkです。 







11: 人間七七四年 2008/07/26(土) 13:20:39 ID:JS8QGCSE
立花宗茂の兜のレプリカほしいけど、俺のこずかいじゃ無理っぽい
http://www.muneshige.com/17dai/vol06.html

14: 人間七七四年 2008/07/29(火) 00:15:19 ID:vNRjNv52
立花宗茂の兜のわっかから腕を出し入れしてハハハこやつめって笑われた後に拳骨喰らいたい

16: 人間七七四年 2008/08/04(月) 21:13:04 ID:VAEcalrL
本多忠勝と比せられることが多いが、一軍の将としては立花の方が上だよね?

24: 人間七七四年 2008/08/05(火) 19:03:08 ID:WauzKbvg
>>16
簡単には立場の違いだよ
忠勝はより当主に近い位置にいる人間
宗茂はそういうのはないよね
戦ってきた土壌も全然違う
だから厳密な比較は出来ないと思う

25: 人間七七四年 2008/08/06(水) 10:52:02 ID:TR7Mvc72
>>16
武では甲乙つけ難いと思う。
ただ、幕府が安泰となると、武功派の忠勝は冷遇されてるけど、宗茂は将軍家の相談役として重宝されてる。

18: 人間七七四年 2008/08/04(月) 22:05:50 ID:eLPTN3Rl
まあ、10倍以上の敵軍に5回も勝ってる武将っていうと相当凄いんだけどね。

20: 人間七七四年 2008/08/04(月) 22:41:26 ID:9aAB6xXD
質問があります! 自分は鍋島も好きなんですが、宗茂と直茂や勝茂との
関係ってどうゆうもんだったんすか?主ら知っとるけ?!

57: 人間七七四年 2008/08/08(金) 21:50:04 ID:nzFzjoWC
>>20
宿敵、というより腐れ縁。宿敵は島津義弘(後に和解したが)

60: 人間七七四年 2008/08/09(土) 00:09:34 ID:p+TC9f8N
>>57
人物叢書の『立花宗茂』によると、島津義弘とは結構親しかったみたい。
庄内の乱のときに、出兵を打診してたりする。

あと、筑後チーム(宗茂、直次、秀包、広門)は大体行動を共にしてるよね。

26: 人間七七四年 2008/08/06(水) 18:34:57 ID:+bw9NA59
ところで、そんなに目立った戦績って無いよね?
対島津防衛戦では確かに歴史に名前を残したけど

28: 人間七七四年 2008/08/06(水) 19:26:59 ID:+bw9NA59
>>26
やっぱり時代とか地理的な部分でこれぞ!というのは多くはないね
1世代早く生まれてたら全然違ってたかもしれん

30: 人間七七四年 2008/08/06(水) 20:32:55 ID:NfaJqS9u
あえていうなら朝鮮の役全般なんだが諸事情で大々的に押せないし

34: 人間七七四年 2008/08/06(水) 21:53:16 ID:x870TLXX
碧蹄館の戦いって、もっと知名度高くても良さそうなんだけどな。

碧蹄館の戦い

碧蹄館の戦い(へきていかんのたたかい)は、文禄・慶長の役における合戦の一つ。文禄2年1月26日(1593年2月27日)に朝鮮半島の碧蹄館(現在の高陽市徳陽区碧蹄洞一帯)周辺で、平壌奪還の勢いに乗り漢城(現ソウル)めざして南下する提督李如松率いる約20,000の明軍を、小早川隆景らが率いる約20,000の日本勢が迎撃し打ち破った戦い。


37: 人間七七四年 2008/08/06(水) 23:22:46 ID:/hwsQ2nS
>>34
朝鮮は失敗戦略だから全体的にはあまり知りたがらないんではないか
地名も見慣れてないからどこでどんな戦いかも分かりづらいし
戦いごとに活躍した武将のヲタだけがその戦いを知ってるぐらいで

41: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2008/08/06(水) 23:47:10 ID:qMVC2PsQ
立花宗茂は秀吉の名門分断政策で拾い上げられた面があるからねえ。
戦績は立派でも大名復帰の段で持ち上げられた部分が否めないんだよな。

43: 人間七七四年 2008/08/07(木) 00:32:21 ID:F1qb7S1g
>>41
後世に語り継がれるにはそうなった背景があって当然だろ。
んな事言い出したら有名な武将は大抵そうなる。

44: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2008/08/07(木) 00:36:23 ID:LHIfR9Es
後世に語り継がれるのではなく、後世に家を遺せたかどうかだな。
それでいて勝ち組になったのが命懸けで救った弟の家系という皮肉。

51: 人間七七四年 2008/08/07(木) 11:26:20 ID:bZY/gCiW
弟の統増は武将としての器量はどうだったの?

52: 人間七七四年 2008/08/07(木) 20:08:12 ID:6hd7nm+m
>>51
唐入でも兄ちゃん助けに頑張ってる

どうしても、島津の策にまんまとはまったイメージのせいでパッしないけど
あれは、本人よりも周りに問題あるとおも

53: 人間七七四年 2008/08/07(木) 20:10:17 ID:1lsGe64r
太閤立志伝プレイしたら頼りなげなグラフィックの統増くんでした

62: 人間七七四年 2008/08/09(土) 12:04:10 ID:aHEI6lh8
対島津のときは篭城戦をやったのに
なんで関が原後は開城しちゃったんだろう

65: 人間七七四年 2008/08/09(土) 15:11:08 ID:jPrxdWUu
>>62
条件が全く違う。
もともとは、豊臣家の恩顧に報いよとの大坂方の呼びかけに応じて戦っていただけ。
その肝心の豊臣家が家康と戦う気を無くした時点で、自分達が戦う理由がなくなった。
宗茂自身、徳川家に敵対心を燃やしていたわけでもない。

大坂城で篭城戦を主張したときの豊臣家のヘタレぶりに、むしろ嫌気がさしていた
と思うよ。

66: 人間七七四年 2008/08/09(土) 17:32:36 ID:p+TC9f8N
>>65
それに対島津戦は、豊臣勢がもう近くまできているという希望要素があるし、大友の陪臣から豊臣政権の直臣へクラスアップという芽もあった。

一方関ヶ原後は輝元にもはや戦意はないし、長期的に見て勝てる要素がない。

67: 人間七七四年 2008/08/10(日) 15:48:13 ID:US5eg6x+
伏見早く落とせなかったのが悔やまれる

68: 人間七七四年 2008/08/10(日) 19:08:24 ID:Gm2kRIl4
それなら大津城も
城攻め、下手?

69: 人間七七四年 2008/08/10(日) 20:58:20 ID:66+3EKXB
堀埋めてから2日間の攻撃で開城させてるんだから、下手というわけじゃないだろう。

74: 人間七七四年 2008/08/19(火) 17:05:46 ID:pgqMZwap
そういや宗茂の武術免許って何種類だったっけか

76: 人間七七四年 2008/08/19(火) 22:22:49 ID:gH9MRWA5
剣術・・・タイ捨流免許
弓術・・・日置流免許
鞠道・・・紫組之冠懸免許

あと家臣に楊心流柔術(薙刀術)を開かせたくらいかな。

86: 人間七七四年 2008/08/27(水) 22:12:46 ID:TC8LMvcJ
戦国後期の若手って各地が落ち着きだしちゃった頃からの活動だから
親以前の世代の武将みたいな感じの働きは少なくなってるのは当たり前といえば当たり前
あちこち入り乱れての戦いとか外交戦略とかが無くて

もしも話はアレだが、宗茂がそういう戦乱の時代にいたら合戦・内政・外交でどこまでできたか考えるのは興味深い

87: 人間七七四年 2008/08/27(水) 23:52:58 ID:rq2GyopP
>>86
外交力はそんなに無いだろう。
道雪ですら筑後勢をうまく懐柔できなかったからな。
あまりにも一本気すぎる。

外交はその道のエキスパートが近くにいてノウハウを吸収しなければ難しい。
黒田親子しかり、毛利(小早川)親子しかり、家康=雪斎しかり

88: 人間七七四年 2008/08/28(木) 00:44:19 ID:nu9sd2VY
外交出来て猛将と言うと井伊直政って思い出すけど、こいつが優遇されたのは、家康とアッーな関係なだけじゃなく、外交面も出来たからでしょ?

89: 人間七七四年 2008/08/28(木) 01:07:20 ID:EyrXuONN
>>88
Wikipediaによれば

>後北条氏との交渉で徳川方の使者として政治的手腕としての実力を発揮し
更に直政の武力・政治的手腕は、豊臣秀吉にも高く評価され

とか

>関ヶ原の戦いの後は西軍の総大将を務めた毛利輝元との講和、山内一豊の土佐入国の援助、徳川氏と島津氏の和平交渉の仲立ち
とある

猛将は戦場以外ダメというのは意外と少ないから宗茂も育ち方・素質によればいいとこいった可能性はもちろん有り
柳川復帰のときに領民から迎えられたみたいなことがあったようだから内政は普通に上手くできてたんだと

93: 人間七七四年 2008/08/28(木) 08:51:54 ID:Lkug1Ctq
なんで、宗茂が猛将タイプになるのかわからん。

宗茂が領民に慕われていたのは、彼らが田中時代に立花家をひそかに援助していたことからもあきらか。
もともと地元の武将でもないし、朝鮮の役で領地不在が多かったことを考慮すればこれは凄いことだよ。

94: 人間七七四年 2008/08/28(木) 10:38:25 ID:SV9jY+z7
家臣に石高割きすぎて江戸時代通じて慢性的な赤字だけどな

95: 人間七七四年 2008/08/28(木) 12:04:13 ID:Lkug1Ctq
江戸時代の話するなら、立花藩はほとんど一揆おきてないのに、隣の有馬藩は一揆起きまくりですたい。
飢饉の時なんかも矢部川を挟んで天国と地獄ぐらいの差がある。
有馬藩の財政難は深刻。

104: 人間七七四年 2008/08/28(木) 23:55:19 ID:AewmDIS5
立花藩は干拓しまくって耕作地を増やしまくったからな…
実質の石高は有馬藩より多かったじゃないのかね。

119: 人間七七四年 2008/09/04(木) 11:13:05 ID:W9ngr3/K
宗茂は剣術と弓術が免許皆伝の腕前だった。
誰に対してもえこひいきしないで穏やかな性格だったから多くの人に好かれたみたいだね。
本多の稲姫みたいな嫁とのエピソードが少ないのが残念。

120: 人間七七四年 2008/09/04(木) 21:44:24 ID:24AInSDk
宇喜多秀家に
「立花とか一軍の将が死んだってなんてこたぁないじゃん」
って言われても
「ちょっと頭にきたけど若いから仕方ないね」
っで済ましちゃうし。
関ヶ原でも宇喜多のいる西軍だし。(宇喜多のせいで大津に?)

この時代にしては懐がでかいわ

123: 人間七七四年 2008/09/19(金) 03:00:05 ID:zuYdB2lj
>>120
蔚山の救援の時に小早川秀秋に言われたんじゃなかったっけ?

124: 人間七七四年 2008/09/20(土) 02:02:01 ID:0MDJzMCz
宗茂の悪口を露骨に言う動機があるのは秀家くらいじゃね?
両家臣同士の喧嘩で恥かかされた秀家が「立花? へ、イラネ」とほざくのも頷ける。

130: 人間七七四年 2008/10/03(金) 22:07:26 ID:KI5pvLDu
宗茂ごときはどうでも良いから道雪様を語ろう!
道雪様補正がなければ宗茂なんてただの婿養子に過ぎん!

132: 人間七七四年 2008/10/04(土) 11:44:14 ID:NZB630qq
>>130
そういう考えの人多そうよね。ゲームとかでもだいたい道雪>宗茂だし。
個人的には道雪・紹運の完成・進化系ってイメージなんだけど。

131: 人間七七四年 2008/10/04(土) 03:05:25 ID:hnL9kzGw
しかしこれほど三位一体な親子も珍しいよな
誰か一人でも欠けたら残りの二人もほとんど語れなくなっちまう

139: 人間七七四年 2008/10/06(月) 15:26:54 ID:Bpsl2Txs
宗茂についてこれからお勉強したいと思ってるんですが、
良い本ありませんか。
研究本・小説とわずで。
アマゾンで検索したけれど、小説なんかどれが良さそうかさっぱり。
地元の柳川でしか手に入らないような小冊子とかないでしょうか。

140: 人間七七四年 2008/10/06(月) 15:33:01 ID:uKBhvrK7
>>139
これがいいと思う

立花宗茂 人物叢書 新装版
http://www.bk1.jp/product/01967166

141: 人間七七四年 2008/10/06(月) 23:20:59 ID:+7XtEi3i
>>140
宗茂の事績が端的に記されていて非常に勉強になるがいきなりだとちょっと退屈かもよ。
小説なんかから入った方がすんなり受け入れられるかも。
まぁ、好みの問題だけど。

142: 人間七七四年 2008/10/07(火) 00:22:19 ID:caQyWuTM
小説だと、童門冬二の「小説 立花宗茂」かなあ?
正直総花的な感じがして個人的にはちょっとアレだがw

153: 人間七七四年 2008/10/10(金) 00:07:43 ID:rh3YlgEB
童門小説の誾千代が死ぬ所は泣いちまったよ
148: 人間七七四年 2008/10/08(水) 18:55:52 ID:2i9UK5Qs
史実を研究するなら、>>140だけど最初に読むには味気なさすぎ。 
あと、海音寺の小説が面白かったけど、入手がむずい。 

>地元の柳川でしか手に入らないような小冊子 
むかし「立花記」というのを見たことがある。柳川市の図書館にならあるかも。 

しっかし童門がよかったという人は、他のどの本読んでもおもしろいんじゃねw 

157: 人間七七四年 2008/10/10(金) 16:38:40 ID:kX3DGRJs
前スレでは 志木沢 郁(著) 文庫 学習研究社が人気だったな
http://www.muneshige.com/book.html

158: 人間七七四年 2008/10/10(金) 19:22:16 ID:jnI7d8ei
あとは滝口康彦の「立花宗茂と立花道雪」(旧題は乱離の風 若き日の立花宗茂)や、 音寺潮五郎の「武将列伝」と「剣と笛」くらいかな。

162: 人間七七四年 2008/10/11(土) 21:47:16 ID:vQDKMRqb
道雪は生涯、戸次姓を使って、立花姓を名乗らなかった(名乗れなかった)らしいけど歴史学上は、どれを正式名称とするべきなのかな?
立花道雪?戸次道雪?戸次鑑連?

163: 人間七七四年 2008/10/12(日) 12:20:05 ID:L9+kwic3
道雪は号であって名前じゃないぞ。

165: 人間七七四年 2008/10/12(日) 13:47:57 ID:NkI7ew4r
>>163
その辺は武田信玄とか大友宗麟とかあるので置いとくとして
「立花」姓が正しいのかどうなのかってところが気になって。
wikiで論争になってるから

166: 人間七七四年 2008/10/12(日) 15:47:14 ID:MkOmk0GW
>>163
現在の立花家では初代を宗茂として、道雪は立花と呼ばないって十七代目のホムペに書いてたよ^^

169: 人間七七四年 2008/10/12(日) 20:51:45 ID:1vCKW2Xb
血のつながりはないが現在の立花家の土台を築いた人、という感じかな
忠義な家臣団なんかはごっそり受け継いだわけだしね

170: 人間七七四年 2008/10/12(日) 21:05:31 ID:NkI7ew4r
うん、だから実質的に引継ぎ、隆盛させたという意味では影響あっただろうけど、実際には立花氏のはじまりは宗茂の代から、って認識でいいのかな?

173: 人間七七四年 2008/10/26(日) 23:28:37 ID:T8o1SsJW
紹運の詳しい戦歴を誰か教えてくれ

179: 人間七七四年 2008/10/27(月) 22:35:32 ID:Q4l8k/+W
>>173
細かい戦歴を全部書くのは面倒だからしないけど
岩屋城の玉砕以前にも、散々数で上回る秋月勢を幾度となく打ち破ってる。
間者を使って援軍到着の虚報を流して撤退させたり偽援軍の旗を立たせて、撤退させたり・・・

まあ、秋月勢が策にひっかかり過ぎってとこもあるけど。
完全に筑前で孤立した中で秋月・筑紫・宗像・原田らの攻勢を退け続けたのは道雪と紹運のおかげ。

当時の勢力(石高)は、およそだけど
秋月 30万石
原田 5万石
宗像 5万石
筑紫 5万石

立花 6万2800石
高橋 3万石

だそうです。

181: 人間七七四年 2008/11/04(火) 20:01:06 ID:8qFI1QD7
質問が2つ。

1・蒲池宗磧=角隈石宗?

吉永正春著・「筑前戦国史」にて(吉永氏の他の著作にもよく出てくるんですが)大友家に仕え、宗茂の軍学の祖に当たる軍学者として「蒲池宗磧」なる人物が登場します。
耳川の合戦で戦死し、その直前に秘伝の軍学書を焼き捨てた、とありまんま事跡が角隈石宗と被ります。
両者は同一人物でしょうか?
「蒲池宗磧」の方だと検索しても何も出てこないもので。

2・安東家忠について

立花四天王の1人で武勇絶倫・・・とあるにも関わらず詳細な事跡について情報が乏しいです。
彼の子・連忠(雪貢)や、孫・連直も立花家に仕えているのでかなりの人物であったと思うのですが、具体的な生没年や事績などわかりませんでしょうか?
同じく、子・孫の事績についてもわかりましたらよろしくお願いします。

204: 人間七七四年 2008/11/13(木) 15:25:30 ID:UxUmkzsH
>>181
蒲池宗磧とは、大友義統全盛期の筑後国人で15城の筆頭大名だった柳川城主の蒲池鑑盛(蒲池宗雪)です。

183: 人間七七四年 2008/11/05(水) 19:07:55 ID:nNzwOZ+s
安東紀伊介家忠、又名宗忠。

家忠の長子は、永祿十年寶宝満山合戦戦死の安東連実だよ、次子連善、三子連忠(雪貢)
連直は連実の子...

連忠、連直は道雪歿後、家老衆を昇上(家忠隱居?)、この点を推測で、家忠は立花四天王最年老...

192: 人間七七四年 2008/11/10(月) 23:04:47 ID:D14bcbZX
ところでこのスレタイなんとかならないかな…
血筋が良いわけじゃないのにこれはな…
猛将とか色々と合うのがあるのに。

193: 人間七七四年 2008/11/11(火) 02:59:31 ID:x6LeOiFX
高橋氏も立花氏もかなり血筋としては良い方だぞ。

201: 人間七七四年 2008/11/13(木) 01:25:09 ID:ysJugEBi
>>193
高橋、立花の血筋が良いとするとどこの家も譜代家臣はだいたいサラブレッドになっちゃうよね。
ガチで足利流の国人もいたくらいだし、先祖が疑わしいのに血筋を云々と言うのは違和感あるなぁ。
大友も含めてだけどさ。

195: 人間七七四年 2008/11/11(火) 07:17:39 ID:llX9bPtt
う~ん血筋と言ってもなぁ
元は大友から別れた一門とは言え別れて数代たった陪臣だからなぁ
大名の頭首を実父と義父に持つと言うのならサラブレッド感高いが同じく陪臣から大名となった黒田や竹中同様成り上がり感は否めない

196: 人間七七四年 2008/11/11(火) 07:32:39 ID:fqIye9f5
スレタイのサラブレッドってのは純粋な血筋というよりも武将として双方から受け継いだものとかそんな感じなんじゃないの?

197: 人間七七四年 2008/11/11(火) 18:23:59 ID:z31K7nLG
麻生総理大臣も立花の血をひいてるね。弟の直次の血筋だけど。

引用元: ・【紹運】戦国のサラブレッド立花宗茂総合スレ2【道雪】




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