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1: 日本@名無史さん 2016/11/14(月) 04:46:10.45
まーふつうに考えれば幕府はオランダとかから世界情勢を把握していた
当時の世界はイギリスとロシアの2強状態だった
この2国と開国やら条約を結ぶより先に当時新興国だった雑魚のアメリカ相手に開国をした方がマシな条件で条約を結ぶことができる
つまり先に日米和親条約という有利な条件を結んだことでイギリスロシア他の列強国はこの基準で交渉しないといけなくなった








2: 日本@名無史さん 2016/11/16(水) 22:52:22.90
幕末の外交官はよく頑張ったと思うね。最近見直されつつある。
明治維新が過大評価されすぎたからねえ。来年は明治150年だし、歴史を再検証する良い機会だ。

186: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 12:42:36.33
>>2
過大評価というか、現代に繋がるわけだから絶対肯定されてるよな

13: 日本@名無史さん 2016/11/28(月) 14:47:42.80
駐在英国人瑞国人仏国人曰く
庶民は非常に意欲的且つ勤勉
幕府姦僚や武士わ無能で横柄

14: 日本@名無史さん 2016/11/30(水) 10:03:14.55
明治政府に登用された旧幕臣の数からみても、幕府は人材豊富だった。 明治政府じゃなくても、幕府主導の近代化はある程度は可能だったと思う。反論は認める。

まあ、結論を言えば、トップがしっかりしていれば問題無いということ。
幕府滅亡の原因はトップに人を得なかったことに尽きる。

15: 日本@名無史さん 2016/11/30(水) 10:46:59.21
将軍が有能でも幕臣が無能だらけじゃどう仕様も無い
明治政府からして凡百と無能官僚の集いで少数の有能な人間が居たに過ぎず朝令暮改連発や非効率な施策に於いて無能官僚のゴミっぷりを度々露呈してる

17: 日本@名無史さん 2016/11/30(水) 15:59:41.46
硬直した官僚機構はダイナミックな変動には弱いってだけ

21: 日本@名無史さん 2016/12/08(木) 16:09:43.42
外交ではよくやったと思うわ
問題は内政だろうね

それまでは主従という封建的権威で国内を統治してきたけどそれが通用しなくなったときの新しい秩序作りで一歩遅れを取った

24: 日本@名無史さん 2016/12/15(木) 15:32:38.03
ペリーが来て江戸へ向けて大砲ぶちかましたからだろ
本当は江戸幕府は日米和親条約も結びたくなかっただろうに

29: 日本@名無史さん 2016/12/18(日) 22:16:35.62
>>24
これがそもそもおかしいわけよ
黒船4隻で日本を制圧することができるかって話よ

そしてペリーより7年前にビッドル艦隊が浦賀に来ているわけね
これで艦隊の実力はだいたい分かっているし、米関係者と幕府は接触してアメリカの目的も分かっている
そもそもオランダから黒船の情報とか入っているでしょう。ビビっていたのは庶民と下級武士だけ

アメリカの要求は、太平洋横断汽船航路開設と捕鯨船の補給港の確保。
だから幕府は日米和親条約を結ぶ必要はなかったし、アメリカは中国進出で列強を出し抜くために近所の日本を拠点にしたかった。

つまりアメリカは太平洋を渡って単独で日本を制圧するほどの実力はなかった。アメリカとの交渉は日本側からもアプローチがあったと考えるのが妥当。
鎖国解除の口実にアメリカを利用したと。

33: 日本@名無史さん 2016/12/19(月) 11:10:29.25
>>29
わかっとらんな
ペリー艦隊に日本全部を占領できる戦力はないよ

でも江戸城や江戸がペリーの砲撃で炎上してしまう恐れはあった
将軍は無事に脱出できたにせよ、阿部正弘以下老中らの責任を問われてしまう
場合によっては切腹改易になる可能性もある

28: 日本@名無史さん 2016/12/18(日) 07:22:23.33
少なくとも下田の奉行は有能だったと思う

君沢型帆船の建造で日本もロシアも桁外れの利益を得る事が出来た

https://ja.wikipedia.org/wiki/君沢形

・ロシアは乗艦が津波で撃破されたが帰国手段を入手した
・日本は巨額の予算を要する筈の西洋帆船建造技術をタダ同然に入手した

30: 日本@名無史さん 2016/12/19(月) 01:41:40.33
明治政府にも榎本武揚はじめ、多くの有能な旧幕臣登用してたからなぁ

34: 日本@名無史さん 2016/12/19(月) 14:03:56.01
幕末の幕府の情勢を見ていると、慶喜より前の将軍のリーダーシップ力が欠如していることがわかる


将軍が天下に広く「今から大胆な政策を大老老中が行うが、それは将軍の命令と同じだと心得よ!!将軍が大老老中を、その政策のために、罰することはない!!」
と宣言して身分を保証しないと大老や老中は大胆なことができない

安政の大獄で、譜代筆頭の井伊が大胆なことをやったが、直弼が暗殺されるや、井伊家は10万石没収のうえ、重臣が切腹。
これでは他の譜代大名も、
「どうせ徳川家のために何かやっても、後日罰せられるのでは」
と疑心暗鬼になってしまう
譜代大名は井伊以外は数万石から10万石代で、私兵が外様大名より少ないから

35: 日本@名無史さん 2016/12/19(月) 15:28:17.29
>>34
失政をやったら誰かが責任を取らないといけない
じゃあ、将軍が全責任を背負って辞めるのか?という話だ

天皇家も徳川将軍家も官僚政治で天皇や将軍は政治責任を負わないんだよ
権威として存在しているだけなので長く存在できる
実際に政治を行う大老以下は失政を行えば当然首を挿げ替えられるし処分も受ける
天皇や将軍は政治権力から超越した存在だったから長続きした

36: 日本@名無史さん 2016/12/19(月) 16:09:02.24
だから誰も責任を取らないから徳川幕府は滅んだでしょ

天皇は宗教的権威が長く続いたから別として

81: 日本@名無史さん 2016/12/26(月) 00:49:26.02
幕府の政治が上手く行かなかったのはここまで急速に情勢が変化するとは思わなかった
つまり、尊皇攘夷が広まり、水戸学が流行するとかね

必殺仕事人の世界とか幕末に見えないだろ?
このドラマの世界観を一気に壊して近代化させたのが水戸学の流行なんよ
この早さに幕府は対応できなかった

82: 日本@名無史さん 2016/12/26(月) 01:28:59.91
将軍家茂が若すぎてリーダーシップを発揮できなかったからだ

せっかく安政の大獄で幕府権威が高まったのに、井伊が討たれると、彦根藩を10万石没収してしまう朝令暮改をしてしまった

これでは心ある幕臣らも幕府のために働こうとしなくなる
後からはしごを外されたら大変だからだ

83: 日本@名無史さん 2016/12/30(金) 22:50:32.81
>>82
素直に14代を慶喜しておけばねえ

84: 日本@名無史さん 2016/12/30(金) 23:01:42.29
あの時代に幕府主導で近代化するには小栗の言ってたように、朝廷に喧嘩売って孝明天皇を島流しにして幕府の操り人形になる天皇に挿げ替える承久の乱の再現しか無かったんだろうな

孝明天皇がいる限り、改革派の幕府官僚にとっちゃ慶喜や会津も政敵かつ改革の邪魔者になるんだからどーにもならん

88: 日本@名無史さん 2017/01/02(月) 08:27:43.81
幕府官僚からしてみれば、いっそのこと孝明天皇は長州びいきの討幕派であった方がやりやすかったんだろうな

総論は賛成だけど、各論の政策はことごとく反対する味方なんて敵より始末悪いもん

89: 日本@名無史さん 2017/01/02(月) 14:02:22.01
勅許を求めたからおかしくなった
開幕以来初めて大愚策

90: 日本@名無史さん 2017/01/04(水) 23:57:36.90
あの時は勅許を求めないと、官僚の必殺技
「自分の任期中は何もしないで後任に丸投げ」
が出来なくなっちゃうから仕方ない

99: 日本@名無史さん 2017/01/16(月) 15:26:22.51
井伊直弼大老さまは、素晴らしく有能で国際情勢を読みきっていた。
1早く開国できたのは、井伊直弼大老さまのおかげ。

103: 日本@名無史さん 2017/01/16(月) 21:20:31.02
井伊再評価(笑)に関しては福沢がねーよと呆れるぐらいには明治には既にあった底の浅い話なんだよな
岩瀬井上辺りは一橋派ダカラーという派閥ネタで煙に巻けるけど松平忠固に関してはそれすら無理という…

105: 日本@名無史さん 2017/01/17(火) 03:56:12.67
直弼が開明的ですすんで条約締結に踏み切ったって話は井伊家の現当主がちゃんと史料出して否定してんだから無い
過剰に持ち上げる動きには子孫はむしろ迷惑してる

106: 日本@名無史さん 2017/01/17(火) 07:05:14.32
本来幕府は有能って方向に持っていきたい奴ほど井伊を嫌いそうなもんなのにな
教科書で不当に悪役にされてるとか言って持ち上げる奴いるけど自分は教科書の記述を逆張りしてるだけの馬鹿ですと言ってるようなもん

111: 日本@名無史さん 2017/01/19(木) 15:11:24.00
「安政の大獄」でぐぐってみると「尊王攘夷派」を弾圧したって書いてるの多いなあ
橋本左内を攘夷派と言い切ってる予備校の動画なんかもある

112: 日本@名無史さん 2017/01/19(木) 15:29:52.96
実際は主義主張や派閥では到底まとめられないぐらい色んな人物がターゲットになってるのになぁ…
そうやって近視眼な連中を粛清しただけって事にしないととても正当化出来ないんだろうけど

114: 日本@名無史さん 2017/01/20(金) 07:30:10.61
面白いのは明治の薩摩側史料を読むと安政の大獄で弾圧されたのは
「公武合体派」って書いてあるんだよね
彼らの言う公武合体とは阿部正弘がやったように朝廷や雄藩大名の意見を聞く政治のこと
将軍継嗣問題や戊午の密勅はその延長線にあったが幕府専制を望む井伊は弾圧した
幕府が和宮降嫁を公武合体と言い出したのは問題のすり替えであるという説明

115: 日本@名無史さん 2017/01/21(土) 16:53:57.97
>>114
江戸の幕府官僚は「まぁ雄藩の意見聞いてやろうか」程度だったのに気が付いたら、何するにしても天皇の決済が必要になっていてしかもそれを強力に主導しているのが一応味方の一会桑という始末

そりゃ幕府gdgdになりますわなあ

118: 日本@名無史さん 2017/02/09(木) 15:52:57.56
明治政府に出仕した旧幕臣は、徳川慶喜を見捨てて明治天皇に乗り換えた不忠忘恩の輩

119: 日本@名無史さん 2017/02/09(木) 16:17:30.50
朝敵慶喜なんて見捨てて当然だろ

120: 日本@名無史さん 2017/02/09(木) 21:29:12.20
>118
幕府が倒産したのちに新会社に転職したのだから問題はない。

>119
たしかに慶喜のヘタレぶりはアレ過ぎるが、考えようによっては東北戦争以前、江戸無血開城までの政権交代がいわば「無血革命」だったことは慶喜の功績と言える。
実際にこの「無血革命」の功績により慶喜は後年 公爵・勲一等に叙せられている。

君らは本当に「薩長史観」に洗脳されすぎている。

122: 日本@名無史さん 2017/02/12(日) 09:54:24.40
慶喜本人が不本意だったと思うのならそういう皮肉じみた持ち上げ方はやめろと思う
後、今のネットは薩長史観とやらよりも幕府こそが正しかった史観の方が強く見えるけど

123: 日本@名無史さん 2017/02/12(日) 10:02:45.03
慶喜は明治政府(天皇?)に許されて泣いて喜んだって話だよ
明治政府の立役者として不本意どころか大喜びだろう

もともと水戸学の徒だし母親は皇族だし、幕府にたいして思い入れもなさそうだし

124: 日本@名無史さん 2017/02/12(日) 10:18:57.18
ホントは自分がトップに立って側近と考えていた近代化構想をやりたかったのに薩長にやられて嬉しい訳ないだろ
明治天皇の件に関しては朝敵認定された事を許された事であって明治政府万歳って話じゃねーよ

125: 日本@名無史さん 2017/02/13(月) 11:48:21.81
慶喜は勝海舟と同じく自己弁護が巧い。後年の回想では幕府の滅亡は不可避と見て、鳥羽伏見敗戦後の混乱回避のため敢えて兵士を置き去りに東帰したとかナントカうそぶいている。
(本当は錦旗を見てパニくっただけなんだが。)
それはともかく、後年 明治政府から「維新の功労者」にカウントしてもらったことは慶喜にとっては面子も立ち、まんざらではなかったろう。明治政府側の政治的意図・思惑が一致した。

近年小栗上野介が「近代化の父」みたいに再評価されてきているが、明治政府に致仕した旧幕臣たちの業績にも焦点をあてて明治前期を再検証することは大きな意義がある。
個人的には武田斐三郎 郷純造 西周などに興味がある。

126: 日本@名無史さん 2017/02/13(月) 11:59:14.91
このスレもちょっとそうだけど回顧談とか読むと幕府では挙国一致は無理だったってのは本当だなと思うわ
有能なら出身どこでもいいやという元藩士の上司といちいち旧幕臣は素晴らしい田舎者はダメだという旧幕臣の部下

164: 日本@名無史さん 2017/02/20(月) 12:44:35.22
>>1
最近 小栗上野介が再評価されてきているが、岩瀬忠震も評価されるべきですな。
日本が植民地にならずに済んだ理由の一つに岩瀬の働きを挙げても良かろうと思う。

明治維新の偉大さをsageるつもりはないが、江戸幕府の功績を無視してきたのがこれまでの日本史学界だった。
これまでの維新史は幕府とも断続性を強調するばかりで連続性には触れることはなかった。
明治新政府の最大の「藩閥勢力」が旧幕臣だったことも注目するべきであろう。

166: 日本@名無史さん 2017/02/20(月) 13:40:32.76
岩瀬忠震を出すと安政の大獄にも触れなきゃフェアじゃないな
幕府はせっかく有能な幕臣を抱えていたのに多くの人を潰してしまったあと明治になってようやく活動できた旧幕臣を並べて幕府は有能だったと言うのも何か変だしね

幕臣に有能な人がいた≠幕府は有能だった

167: 日本@名無史さん 2017/02/20(月) 15:55:12.95
岩瀬と井上清直、そして松平忠固
この辺の知名度に関しては明治政府云々より井伊直弼を開国の父と美化する上で最高に邪魔な人物達という彦根事情の方が強く感じるんですけど…

168: 日本@名無史さん 2017/02/20(月) 19:54:50.39
何ですか一体、その「彦根事情」とやらは?
今年、真田を超える井伊ブームを企む勢力と関係あるのですか?

169: 日本@名無史さん 2017/02/20(月) 20:18:52.11
たとえば明治時代に旧彦根藩が提出した史料に大幅に改ざんがあって条約締結は井伊の英断であることに変えられていた
横浜の眺望のいい土地を旧彦根藩士が購入し開国の父として井伊の銅像を建てた際に伊藤博文や山県有朋が本当の功労者は岩瀬井上松平だろうと反論したが強行したなどなど

182: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 10:09:10.14
幕末の最後の最後には老中じゃなく総裁を置いたから内閣制度だっていう人いるけど
メンツ同じまま役職名を変えただけの改革ってどこか間違ってる気がする

183: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 12:04:17.12
最後の最後は下級旗本が総裁・副総裁になってるから幕府も捨てたもんじゃないぞ。
大政奉還後、「大君」新政府でも案外近代化やれただろうよ。←明治政府ほどではないが。

184: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 12:31:59.48
最後の最後じゃもう遅いだろ
幕府って夏休みの宿題を9月半ばにやってる感じ

187: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 12:56:14.55
鳥羽伏見の戦いで負けたのが痛い。あそこで勝ってたら 徳川主導の近代化は達成できただろう。
だが、実際には惨憺たる敗北を喫したということは、幕府は人材豊富だったが上手に活用しきれていなかった、ということだろうな。薩長との差はそこだった。

188: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 13:01:49.77
つか鳥羽伏見の戦いを起こしちゃった時点で終わり

190: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 13:41:54.69
そのへんが不思議なんだが鳥羽伏見の戦いは旧幕府軍が京に上らなきゃ起きなかったのに
なぜ世間では薩長から仕掛けたかのように話を持っていきたがるのであろうか

193: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 13:48:15.52
>>190
薩摩藩士たちが江戸で暴れてたからやんか。知ってるくせに。

194: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 13:54:02.12
それも妙な話で薩摩藩邸を焼き討ちされた後に薩摩から何か言われて蜂起したんなら分かるけどさ
旧幕府の皆さんが勝手に熱くなって大阪にやって来ちゃうんだよね
風が吹けば桶屋が儲かるじゃあるまいし、そこまで予知して計画できませんって

195: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 15:55:38.87
>>194
大坂城の旧幕府軍が勝手に熱くなったのはそのとおりだが、江戸で薩摩が暴れていたのは、
王政復古のクーデターが失敗して慶喜が新政府の議定になったからでしょ。
追い詰められた薩長側が旧幕府を挑発するために江戸狼藉を起こすわけで。。
合戦に敗れた時は天皇を山陰までしょっぴく段取りもしてたし。
こういう薩長側の事前準備が、後世に「薩摩が仕掛けた戦い」と取られたわけでがんす。

196: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 16:12:24.93
その辺が冷静に考えりゃ変じゃね?と思うわけ
結果から見ると鳥羽伏見の戦いが起きちゃったけど幕府がまともに機能してたら江戸騒擾の首謀者とっ捕まえた後はそれを政治利用して薩摩を追い込む方が誰が見ても得策なのに江戸で騒乱を起こせば必ず京で戦が起きると予知していたと決めつけてるのが意味不明

197: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 16:34:00.63
>>196
チャウチャウ。必ず上方で合戦が起こると予知していたんじゃあない。
大政奉還で武力倒幕の口実を失った薩摩が、あれこれ動乱の種を蒔いたということ。 
大政奉還後 西郷が益満休之助らに命じて江戸で騒乱を起こさせた。
開戦のきっかけ作りね。これに大坂の幕府軍が食いついた。こういう構造。

予知していたとか、知っていたとか そういう話じゃない。薩摩が流れを作ったとういうこと。
あとは歴史本読んでちょ。

202: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 22:29:44.77
話を戻すと
不平等条約を結んだ幕府は無能だという歴史教育はおかしいわけよね

普通に考えれば、丁髷で袴で草履を掃いていた当時の日本が列強国と対等な条約や同盟を結ぶことができるか?って話
結局、近代化をしないといけなかった。つまり当時の幕府は近代化するために40年程度の時間稼ぎをするのに成功したわけよ。

この辺をちゃんと教えないといけない。映画のラストサムライを見れば外人が日本をどう見ていたのかよく分かる
教養のあるインディアン扱いをしていたとw
ラストサムライは、まんまインディアンを未開の地の日本人にした西部劇

203: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 22:42:01.66
ログ見てないだろ
その条約結んだ功労者を安政の大獄で潰しちゃったから幕府は無能って言われてるんだが
あとラストサムライを見れば当時日本に来る外国人なんてドロップアウトばっかともわかるはず

207: 日本@名無史さん 2017/02/21(火) 23:24:09.91
安政の大獄で消えても幕府の外交は成功だから歴史的には幕府有能でいいんじゃないの?
要は組織よ

つーか、いつこれで幕府無能って結論で決着がついたのか

214: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 07:14:38.44
慶喜の手腕が限りなく怪しいんですが…
開明的な構想さえあれば実行に移して成功出来る訳じゃない

215: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 07:15:58.22
外交担当者が次々と脱落してって最後はグダグダになるからな

216: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 11:27:12.89
>>214>>215
兵庫開港問題のことを指して「ぐだぐだ」と言うのもわかるけど、少し慶喜を無理やり弁護してみると、開港問題は=政局問題 雄藩との主導権争いの側面があったしそこは観ておく必要がある。
グダグダといえば、何と言っても鳥羽伏見戦前後の行動だが、あの信長でさえ、最後は人事管理能力ゼロ・危機管理能力ゼロの挙句に本能寺の変だから、ある意味信長も最後はグダグダだ。
慶喜はあの若さで政治家としての能力は当時ずば抜けていたと思うね。
だから、歴史IFにおいても「明治維新なくても徳川大君政府で近代化は出来たかも」と
慶喜ヲタならずとも歴史ファンの創造力を掻き立てるわけだ。

>開明的な構想さえあれば実行に移して成功出来る訳じゃない

という指摘は日本三大過大評価の筆頭 坂本先生にこそ当てはまるのだが、そこは言わない約束。、
その坂本先生不朽の名著「船中八策」(←A4一枚)で伏字で新政権の首班になぞられていたようですから、当時としては慶喜は有能な政治家として見られていたわけだ。

218: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 12:13:50.24
慶喜の最大の弱点は身分が高くて頭がいいので下々の連中の扱い方がわかんないことだと思うよ
幕末は特に上の方で理想論かかげて何かやっても下っ端がついてこれなくて暴走し失敗する
保科正之みたいなのが会津藩主だったらそのへんフォローできたんだけどねえ

219: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 12:25:18.47
幕府のトップである慶喜について行く人間と慶喜個人について行く人間は別だからな
薩長という敵がいたからまだしも国内に大勢力の敵がいなくなった後に慶喜の方針についていける人間がどれだけいる事か

221: 日本@名無史さん 2017/02/22(水) 14:05:10.99
慶喜の下に土井利勝や知恵泉がいたら、全然違ったろう
個人の力だけでどうにかなるわけではない

235: 日本@名無史さん 2017/02/23(木) 23:27:05.96
幕府側が勝ったら慶喜が大久保が士族を処分したように、旗本譜代を処分することになるが、慶喜が大久保のような果断な処置ができるのか?と言えば疑問。

237: 日本@名無史さん 2017/02/24(金) 00:09:43.14
幕府が勝ったとすると薩長主導の新政府よりも
膨大な贅肉を抱えていてスリム化にかなりの時間と労力が割かれたものと思われる。

238: 日本@名無史さん 2017/02/24(金) 01:25:51.40
幕府主導だと借金の踏み倒しが出来ないから
最初から財政破綻だよ

引用元: ・幕末の徳川幕府、実は有能だった説




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