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1: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 00:29:19.64 0
最近学び始めたんだが、奥が深い。もっと見聞を広めたい。
世界史板なら詳しい人もいるだろうと思って。

興味あるけどよく知らないって人には分かる範囲で俺が答える








2: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 00:31:00.18 0
アルバニアってコソボを併合しようとするみたいな仲間意識はないの?

207: 世界@名無史さん 2014/04/21(月) 18:28:00.39 0
>>2
アルバニアはコソボを承認している、いるのだが、バルカン諸国の中ではセルビアと並ぶ出生率で他と比べて高い
大アルバニア主義は微妙に生き残っている、という気はする

3: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 00:38:21.86 0
ウスタシについて詳しい日本語の本って全くないんだよな
誰か訳してくれないもんかね

ウスタシャ

ウスタシャは、クロアチアに存在したファシズム政党・民族主義団体。第二次大戦中にドイツと同盟を結び、大量虐殺を行ったことで有名である。

アンテ・パヴェリッチを指導者とし、クロアチア人による独立国民国家の樹立を目指した、農民を主体とする反資本主義を政治綱領に掲げていた。しかし反資本主義を目指していながらも私有財産制は認められており、ローマ・カトリックの思想を強く受けているのが特徴である。


4: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 00:44:17.52 0
ウスタシャに焦点を当てた本がないだけじゃなく、あのあたり全て邦訳された資料が少なすぎるんだよな

言語的にしょうがないのかもしれないけど

5: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 00:48:34.23 0
ウスタシの残虐行為とかけっこうなもんなのに日本じゃ全然知られてないもんな

6: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 01:14:24.31 0
プリンツィプの同志で冷戦崩壊後まで生存してた人がいたらしいね

7: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 12:31:05.13 P
>>1
ユーゴスラビアって、現在の7つの国以上に分解する可能性はもうないの?

10: 世界@名無史さん 2012/01/10(火) 15:54:30.43 0
>>7
たぶんそれ以上はないと思う。たとえしても国際的な承認は得られないだろう
理由は土地や人口の規模が小さすぎるし、人種も入り混じりすぎてる
あとなによりも歴史上国家を持ったことがないってのがな

13: 世界@名無史さん 2012/01/11(水) 11:33:35.96 0
あの辺の国ってなにが基幹産業なの?

14: 世界@名無史さん 2012/01/11(水) 12:00:09.40 P
>>13
ボスニア・ヘルツェゴビナは林業と鉱石、モンテネグロはサービス業、セルビアは鉱石など、加工したりする機械類とかは少ないと思われる。
貿易は、どこも輸出は少なく、輸入が大きい。
そして、失業率は2桁(10%以上~コソボは50%ぐらい)でやっぱり高い。
戦争がまだ最近あったし、また海がない内陸国だからね。

旧ユーゴでもっとも発達してるのは、たぶんスロベニア。
理由は、旧ユーゴの玄関に当たり、ドイツやイタリアとかに近いから。

15: 世界@名無史さん 2012/01/11(水) 12:20:05.98 O
あとはクロアチアからダルマチアとスラボニアが独立すれば完璧だな。
実際、第二次大戦後にダルマチアやスラボニアをクロアチアから切り離して別共和国にする案もあったらしい。
仮にそうなってたらセルビアとモンテネグロのように今頃は別々の国になってただろうね。
スラヴォニアとは逆Uの字になっているクロアチアの東部の地域であり、ダルマチアの反対側に位置する。中央クロアチア、ダルマチア地方、イストリア地方と共にクロアチア共和国を構成している。


ダルマチアは、クロアチアのアドリア海沿岸地域一帯のこと。

17: 世界@名無史さん 2012/01/11(水) 16:09:20.09 P
>>15
クロアチアの場合は、紛争でセルビア人は国外に逃げて、現在は国内に5%しか残ってない(クロアチア人は90%)ので、分離する理由は無いと思います。

で、その2次大戦後の時の独立案が民族自決が理由なら、負け側のドイツ人など(1次大戦まではオーストリア・ハンガリー帝国なので多かった)が追い出された後、残りのセルビア人とクロアチア人という区分の、紛争時のクライナ・セルビア人共和国(スラボニア東、中央クロアチア南~ダルマチア北)とクロアチア共和国(それ以外の地域)という区分に似た感じなのかな?と思います。

19: 世界@名無史さん 2012/01/11(水) 21:03:55.40 O
ダルマチアの人達は自分達をクロアチア人ではなくダルマチア人と主張してる人も多いし、
クロアチアからの独立を画策する野心家の政治家が現れたら面白い。

あと100年くらい前まではスラヴォニアにいるセルボクロアチア語話者でカトリックの人々はソクチ人と呼ばれて、クロアチア人とは別民族だった歴史がある。

21: 世界@名無史さん 2012/01/12(木) 15:51:19.59 P
>>19
ダルマチアは、トリエステ(現在、スロベニア・クロアチア・イタリアで分割)で、ユーゴスラビアとイタリア(米英冷戦の対立)がもめた話に通じる、イタリア関係のことかと思ったけど、また違う話なんだな。


20: 世界@名無史さん 2012/01/12(木) 00:01:36.15 0
アレクサンデル1世からペータルへ王位が移ったあたりの経緯がよく分からないのですが。

21: 世界@名無史さん 2012/01/12(木) 15:51:19.59 P
>>20
1934/10、アレクサンダル1世は、外遊先のマルセイユで狙撃手に暗殺される。
よって、暗殺された国王の子供、ペータル2世、当時11歳が即位。
23: 世界@名無史さん 2012/01/12(木) 20:45:09.08 0
>>21 
すいません。私の書き方がいけなかったのですが、セルビア王アレクサンダル1世からペータル1世への継承についてです。 

全然違う家系ですよね。

24: 世界@名無史さん 

1903、5月クーデタ(May Overthrow) 

背景 
・オブレノヴィッチ家(o家)の現国王アレクサンダル1世(a1)は、オーストリア・ハンガリー帝国(AH)と同盟している。 
・カラジョルジェヴィチ家(k家)のペータル1世(p1)は、AHのライバルであるフランス・ロシアがスポンサー・後ろ盾。 

経緯 
k家のp1の父親も王だったけど、いろいろあって国外へ逃亡。 
そんな父親の関係で、k家のp1は外国フランスで過ごしてた。 
その一方で、o家のa1は独裁的で人気もなかったので、何者かの手引きで侵入したテロ組織により、ベオグラードの宮殿で嫁と共に銃で暗殺された。 
で、p1は急いでセルビアに行くことになった。 
o家のa1には子供がなく、o家の後継候補がちょっと遠い親戚でもあった。 
で、o家のライバルk家のp1が、この政争によって王になった。



29: 世界@名無史さん 2012/01/24(火) 16:59:15.90 0
クロアチア人はホルヴァト族で、もともとポーランドのシレジア地方から出てきた
セルビア人はセルプ族で、東ドイツのソルブ族から分派して南下して落ち着いた
ポーランド人とソルブ人はもともと中世前期までは同じ集団だから、もとはクロもセルも全部同じ

40: 世界@名無史さん 2012/02/02(木) 21:43:00.87 0
しかしまあ、クロアチアもボスニアもセルビアも喋り言葉は通じるレベルだったのだろう?
人によっては関西弁と標準語ほども離れていないと言うレベルだったのだろう?
宗教が違うと言うだけで、あそこまで殺し合いができたのだからな

44: 世界@名無史さん 2012/02/07(火) 18:50:13.71 P
>>40
そうだね、自己申告しないかぎり、見分けはつかないような人達らしいね。
そのため、変な事(事件に巻き込まれたりする)にならないように、自己申告(アピール)などもしないし、どの民族かを人に聞いてはいけないらしいね。

とは言っても、これは3種類の民族(ボスニア人・クロアチア人・セルビア人)が混じってるボスニア・ヘルツェゴビナだけの話かもしれないけど。

61: 世界@名無史さん 2012/02/21(火) 19:57:39.09 P
結構、連邦の時代は民族(少数民族も含め)の平等を守るためがんばってたらしいよ。
とはいっても、どこかで間違ってしまったんだろうけど。

62: 世界@名無史さん 2012/02/21(火) 23:16:43.44 0
>>61
87年、コソボでミロシェビッチが「もうセルビア人に涙を流させない」
と宣言したのが、きっかけとして大きかった。

64: 世界@名無史さん 2012/02/23(木) 21:22:45.40 0
モンテネグロやマケドニアはセルビアから見ても経済的にお荷物。こういう国は割と独立しやすい。スロバキアが大した混乱もなくチェコから独立したのも同様。

スロベニア、クロアチアは経済的にドル箱だったから、犠牲が伴った。

68: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 06:21:43.58 0
>>64
そうとも言い切れない。
ボスニアは貧しかったが、一番犠牲が伴ったし。

69: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 10:13:53.00 O
たしかにそうだな。
スロベニアは旧ユーゴ諸国の中では経済水準がズバ抜けて高かったけど、大きな犠牲を払う事なく短期間で独立してる。
それと旧ユーゴ時代、セルビア北部とクロアチアのダルマチア地方やスラヴォニア地方の経済水準は似たようなレベル。

70: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 14:20:06.63 0
ボスニアは場所が悪かったとしかいいようがない
逆にスロベニアはクロアチア防壁のおかげで楽に独立

71: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 21:57:51.22 O
スロベニアに関してはセルビアを中心とするユーゴ連邦も独立を阻止するポーズを見せただけで、はじめから暗黙の了解で独立やむなしというスタンスに見える。
スロベニア独立時に進攻したユーゴ連邦軍の司令官がスロベニア人だったり、独立を許すと言わんばかりにわずか10日間で連邦軍を引き揚げてる所を見ても。
スロベニア側も独立が大規模な紛争に発展する事がないと分かった上で行動を起こしている感じ。
無理な独立が泥沼の殺し合いになると予測したら、独立という選択肢はとりあえず留保して賢く別の方法を模索した気がするね、スロベニアの場合。

72: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 23:15:43.59 0
蛇足だが一番難なく独立したのはモンテネグロ。
当時セルビアはコソボのことでそれどころじゃなく独立するなら勝手にしろという感じ。今もそうだが。
次がマケドニア。
武装解除が条件というミロシェビッチの脅迫はあったが、武力衝突は起こらず。
そしてスロベニア。
衝突はあったが小競り合い程度で終結。
クロアチアとボスニアは双方が連動し、かつ泥沼化。
特にボスニアは死者20万人と最悪の事態。

止めは、ユーゴ紛争の発端にして、今もなお最後まで燻るコソボ。死者は1万数千といわれるが、全く打開の目処が立っていない点は、最も難しいと云える。

73: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 23:35:24.84 0
>>72
じゃあヴォイヴォディナが独立という話になったら住民が全滅するくらいの惨事になるかな?

74: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 23:43:12.44 0
ボイボジナはユーゴ紛争当時、ミロシェビッチがハンガリー系を取り込んだためクロアチアとの国境付近を除いて目立った紛争は起きなかった。
現在も北部でハンガリー系の自治を求める動きがあるが、独立運動にはなっていない。

75: 世界@名無史さん 2012/02/25(土) 04:49:01.64 0
ヴォイヴォディナ独立っていうけど、規模的にやっていけるの?

ヴォイヴォディナ

ヴォイヴォディナ自治州は、セルビア北部に設置された自治州である。ヴォイヴォディナは多民族混住の地であり、少数民族の権利擁護の為に数多くの施策が実施されている。26を超える少数民族が居住しており、6つの公用語が存在する。


77: 世界@名無史さん 2012/02/25(土) 07:51:51.52 0
>>75
ボイボジナの人口や面積はスロベニア、マケドニア並み。
経済水準は、現在は落ち込んだが制裁前はクロアチア並み。
成りで規模的には問題ないが、民族構成がセルビア系、ハンガリー系、クロアチア系、スロバキア系、ルーマニア系、ウクライナ系、・・・とユーゴの縮図のような地域なのでその点でやっていけるかの方が疑問。 
79: 世界@名無史さん 2012/02/26(日) 06:28:09.80 0
>>77
そう考えるとセルビアは未だ問題を抱え続けてるんですね・・・
コソボはもちろん北もややこしいとは。
近い将来、この地域でまた紛争が起こる可能性ってあるのでしょうか。

82: 世界@名無史さん 2012/03/03(土) 23:17:43.45 0
ボスニアはなんでエンティティを3つに分けなかったの?ボスニア人とクロアチア人は同じエンティティだよな? 
83: 世界@名無史さん 2012/03/03(土) 23:38:15.28 0
ボスニア人とクロアチア人はモスタルで抗争を起こしたが、そのほかは基本的に協調路線だったため。
これは第二次大戦期のクロアチア独立国(ウスタシャ)にも云える。

88: 世界@名無史さん 2012/03/04(日) 09:04:01.18 0
>>83の追伸だが、
ボスニア人とクロアチア人で組まないと、軍事的にセルビア人に対抗できなかったということもある。

89: 世界@名無史さん 2012/03/04(日) 10:03:13.08 0
ずいぶん違うと思うぞ。
ボスニア人の領域はセルビア人やクロアチア人とかぶりまくりで、あっちからもこっちからも攻撃を受ける状況になったが、クロアチア人の領域とセルビア人の領域はBiHではあまりかぶってなかった(ポサヴィナ・ポケットとかぐらい)ので、BiHではセルビア人とクロアチア人が直接衝突する前線はあまり多くはなかった。
1993年にはモスタルだけじゃなく、BiH西部の幅広い地域で、クロアチア人によってボスニア人に対する民族浄化作戦が行われているし、むしろセルビア人とクロアチア人のほうが協調路線だった。


1994年ごろのボスニア人の大攻勢でクロアチア人が敗退したあと、アメリカとかが仲介して無理やりボスニア人とクロアチア人をまとめさせた。

90: 世界@名無史さん 2012/03/04(日) 12:25:02.91 0
最初はセルビア勢力対クロアチア・ボスニア勢力だったが、その後クロアチアとボスニア勢力が分裂し、最後はまたまとめさせられた。
結局、ヘルツェグボスナ共和国(クロアチア勢力)は潰され、スルプスカ共和国(セルビア)のみが残されるという、クロアチア人にとっては不満の燻る結果となり、今もこれがボスニア政局の大きな不安定要因になっている。

92: 世界@名無史さん 2012/03/04(日) 21:59:30.76 0
1974年以降のユーゴスラヴィアでは、自国を構成する主要民族のひとつと「Musliman」という名前の民族が規定された。
当の本人たちは「その民族名はおかしい、俺達はボスニア人だ」と言っていたが、憲法とか国勢調査とかでもMuslimanがひとつの民族名として書かれてしまったんだから仕方ないだろ。「ムスリム」という名前の民族名が法律で定められちゃったんだから。。。

イスラム教徒でもアルバニア人などは、「大文字で始まるムスリム」と呼ばれるこの「ムスリム人」には含まれない。

94: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 06:15:59.36 0
ボスニア人だと、構成三民族全てを指すこともあるから、ボシュニャク人が、より正確な言い方。

95: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 19:47:52.56 P
ボスニア人は、行き場(後ろ盾)が無い人かな。

セルビア人は、セルビアと一緒になりたいと思っている立場。
クロアチア人は、クロアチアと一緒になりたいと思っている立場。
イスラム信仰の人は、どちらにも属せない(宗教が違う)立場。
だから、無理やりボスニア人を名乗って立場を表明した。

そういう立場なので、最も苦しくて悲惨だったと思われる。

96: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 22:04:12.44 0
そういや、オシムって3つのうちどれに属する人なんだっけ?

97: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 22:18:27.50 0
オシムは一応クロアチア系と云うことにされているが、あまり本人は意識していないみたいね。努めてそうしているのだろうけど。
あと親父さんが軽いムスリムだったと著書で述べている。

98: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 22:49:09.61 0
>>97
そうか・・・THX。
オシムにかぎらず、セルビアやクロアチアならともかくボスニアで民族意識をたぎらせても、害多くして益少なしってのは、多数派になりつつあるんだろうなぁ。しこりは残るだろうが。

101: 世界@名無史さん 2012/03/10(土) 10:39:55.26 0
オスマン帝国やハプスブルグ帝国が強引にバルカン人としてバルカン半島の民族を統合していればここまで揉めなかった気もする。
ギリシャもあそこまで舐めた国家運営しなかっただろう。

104: 世界@名無史さん 2012/03/10(土) 20:35:57.66 0
>>101
今でも一部にはあるが、
それこそ連邦時代は「ユーゴスラビア人」という民族概念がわりと普及していた。

105: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 05:17:42.77 0
当時はセルビア人もクロアチア人も「ユーゴスラビア人」と認識してたってこと?

106: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 08:50:25.06 0
もちろん当時からセルビア人、クロアチア人だったが、一部の人、たとえばオシムとか、ノーベル賞作家のアンドリッチ、そしてチトー元帥、などは「ユーゴスラビア人」という意識を持っていた(いる)。

107: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 08:51:33.49 0
あとは映画監督のエミール・クリストツァ、そのほか複数民族の混血や少数民族出身者などもそうだな。

108: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 08:54:00.20 0
あとは発明王のニコラ・テスラ。
彼もセルビア系の家系と故郷のクロアチア、両方に誇りを持つと言って「ユーゴスラビア人」に肯定的だった。

109: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 11:37:09.04 0
サッカーの代表レベルの選手とか、トップ大学に所属する知識層とか、いわゆるエリート階層。
そのへんはチトー時代にユーゴスラビア人という自意識を持っていそうだな。
難しいのは、山間の町とかで生活する一般人たちの意識を変えることだったろうな。

113: 世界@名無史さん 2012/03/16(金) 11:06:51.83 0
ボスニアの人は、姓でムスリムであることが分かる場合もあるよね。

ムラトビッチ(ムラト)、ムスリモビッチ(ムスリム)、フセイノビッチ(フセイン)等…
サッカー選手のイブラヒモビッチはボスニア移民のスウェーデン人だっけ。

115: 世界@名無史さん 2012/03/16(金) 22:20:49.63 0
ムスリムはわかりやすいが、クロアチア人とセルビア人を名前で判別できるようになったら上級だ

116: 世界@名無史さん 2012/03/16(金) 22:35:50.15 0
セルビアが○○ビッチで終わる人が多いのに対して、クロアチアはそうでもないね。
全くテイストの違う名前か、○○ッチで終わる人か多いかな。

144: 世界@名無史さん 2012/04/30(月) 02:19:20.10 O
ユーゴスラビア紛争関連資料読む。(ユーロがまだ荒れていなかった頃)

英仏独「お前ら!俺たちが何百?年前に始末つけた事柄で、今世紀で内紛とかしてんじゃねーよ!!!
今時民族自決とか、カトリックだのムスリムだの民族虐殺だの…
俺たちの古傷痛むだろ!!!」

とか見えた自分は駄目かもしれない。うん。

165: 世界@名無史さん 2012/09/15(土) 12:54:25.27 0
>>144
実際は文明(武力含)という概念で結び付いていた強大勢力に対して、”民族”の均一化した一致団結で対抗した選民思想が民族自決だからな。

日本という国を解体したければ、関西弁と東京語とを別言語と定義して徹底分析すればよい。おのずと何々宗派関西系・◯◯宗派は関東系とか政治制度が異なったとか、歴史経緯的に別族との認識、とかいろんな解釈が生まれて来る。

そこに付け込んで支配する為の植民地目的の思想が本来の民族自決の目的ですよ。

151: 世界@名無史さん 2012/06/02(土) 05:23:02.77 0
やっぱチトー時代みたいにまとまってたほうがよかったなって人は今各国にいるの?

152: 世界@名無史さん 2012/06/02(土) 12:47:48.27 P
>>151
たぶん、少数民族はそうじゃないかと思うよ。

例えば、ユーゴスラビア時代のテレビ番組では、全てではないかもしれないけど、20ヶ国語の字幕が流れていて、2・3%ぐらいしかいない少数民族のロマ人(ジプシー)のための字幕まであった。
要は、今では考えられないぐらいの、異常ともいえるぐらいの民族平等を心がけ、気を配っていたのが、その時代なんだよ。

だから、この種の平等は今は無いだろうから、たぶんそうじゃないかと思うよ。

160: 世界@名無史さん 2012/07/05(木) 23:43:06.61 0
>>152
でもセルビアだと地方ではスロヴァキア語やルテニア語(?)みたいなマイナー少数民族語字幕も希にあるとか聞いたことがあるけど、そう言った人達の場合もユーゴノスタルジーとかあるのかな。 
153: 世界@名無史さん 2012/06/02(土) 12:52:05.73 P
ごめん、字幕ではなくて、少数民族用のテレビ番組だった。

167: 世界@名無史さん 2012/09/15(土) 15:32:32.66 0
バルカンのモザイクはオスマン支配の解放の歴史だけど、実際はプロテスタントの発生やスラブの各国正教自体がオスマン出現に起因しているから、もしかするとオスマン支配がなかったら、キリスト教国も民族の概念自体も存在しなかったかもしれない。

168: 世界@名無史さん 2012/09/16(日) 03:26:25.92 0
まあブルガリアの正教はトルコが来る前から勝手に総主教立ててたけどな

169: 世界@名無史さん 2012/11/04(日) 20:09:36.94 0
セルビアも勝手に立ててなかったっけ

175: 忍法帖【Lv=5,xxxP】(1+0:8) 2013/02/03(日) 10:11:35.72 O
セルビアではオスマントルコの統治下に入ってから、有力者はイスラムに改宗したし、近代ナショナリズムに目覚める頃には「セルビア人」はほとんど農民だった。
そもそもカラジョルジュからして血統はよく判っていない。

188: 世界@名無史さん 2013/02/25(月) 16:45:12.63 O
>>175
19世紀半ばのセルビア王国成立までの時代、セルビア人の文化、経済、人口の中心はハプスブルク直轄領の軍政国境地帯(ヴォイヴォディナ・スラヴォニア・クライナ辺り)。
商工業をはじめ、軍人、学者などの職業につくセルビア人は多くいた。

カラジョルジェはモンテネグロの山岳地帯の部族出身。

190: 世界@名無史さん 2013/09/14(土) 22:57:43.24 0
>>188
カラジョルジェのカラってトルコ語の「黒」から来てるのかな

176: 忍法帖【Lv=5,xxxP】(2+0:8) 2013/02/03(日) 10:24:40.42 O
あと、オスマン統治下から衰退期にかけてのバルカンでのギリシャ人の存在は興味深い。
ワラキア等の太守はある時期からずっとギリシャ人だったし、バルカン全域にギリシャ商人のネットワークがあった。

「フィリキ・エテリア」で調べてみると面白いよ。

178: 世界@名無史さん 2013/02/08(金) 18:43:50.49 0
ギリシャ人の商人ネットワークは面白そうだな
ユーゴ域内を侵食していたならスレチじゃないでしょ、今のギリシャ人は古代の面影の片鱗も感じられないけど言葉だけは古代ギリシャ語の直系子孫だからなあ、

引用元: ・【ユーゴスラヴィア・南スラヴ】 について




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