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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 01:00:44 ID:uT6HoMBK
戦国時代の食事 








8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 02:10:22 ID:9xJPTpFR
前スレの>>973がちょっと気になる。
「味醂が高級酒」であった当時の記述があればよろしくお願いしたいです。

あとアルコール添加が行われたのは江戸時代からですね。

973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 03:44:35 ID:BK8YuNuz
味醂は清酒が出来る前(つまり戦国期)に好んで飲まれいた高級酒なんだよ。 
白酒や御屠蘇の材料でもあるよね。 

醸造過程のアルコール発酵の初期の段階で焼酎や醸造用アルコールを加えることで 
アルコール発酵を抑えるので甘味が残るんだね。 
お米を使って糖分を作る方法の一つでもある。 

なんか作り方は紹興酒と同じなんだそうな。 

10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 02:46:09 ID:fIqNtNur
>>8
味醂で検索すると、その情報はかなり多くヒットする。
一応ここを
ttp://www.kokonoe.co.jp/about/history.html
※リンク切れ

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 03:14:01 ID:9xJPTpFR
>>10
ありがとうございます。

リンク先を見て”練貫酒”の存在を知りましたが、焼酎の方を調べると、記録に残る最古の”焼酎”の文字は、1559年鹿児島県大口市の神社の落書き?になってるんですけど、1466年の練貫酒の製法に焼酎って書かれてるんでしょうか?

…もし焼酎じゃないのなら、練貫酒と味醂の製法が同じかどうか疑問の余地がありますねぇ…
戦国時代に泡盛は輸入されてたから、それをつかったのかなぁ…

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 04:03:31 ID:fIqNtNur
>>11
当時の味醂は今ほど甘くなかったようです。
醸造過程で加えるアルコール分が少ないと、酵母によるアルコール発酵の押さえがあまり利かなくなるので甘味が減るのかもしれません。

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 04:22:40 ID:UpxR9wlI
焼酎の最古の記録はザビエルの残した文献で、日本人が蒸留酒を常飲していたことが記録に残ってます。焼酎は戦国期には普及していたみたいですね。
1559年の大口市の神社の落書きの内容は「焼酎もおごってくれないけちな主だ」というもので、この頃には普通に流通していたことを示しております。

17: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 16:49:51 ID:K4l8bYmS
そういや漫画『へうげもの』の本能寺の前、家康接待の場面で出てた田螺が異様にデカかったように見えたんだけど、当時の田螺てあんなにデカかったんだろうか…

46: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 16:22:57 ID:dnCIpbkm
>>17
日本在来種のタニシは殻高70mm程度までに大きくなります。それ以上は…

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 19:36:53 ID:9EiY3oP7
このころは、
豆腐、味噌汁、梅干、魚の塩焼き、のり、ごはん、猪の肉あたりを食っていたのかな

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/13(月) 21:50:17 ID:UshQzEVu
栃、栗、蕎麦、粟、黍、麦、稗、蕨、薇、桑、犬枇杷、当時からある収穫量の多い作物だけでもこのぐらいはあるな。
栄養面は問題ないんだが、アクが強くて味が悪いといった難点がある。
野草の類も入れたら食べるものは結構多いと思われる。野草の食べる食べない種類は地方にもよるけど。

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 04:08:31 ID:bzgxVpUH
戦国大名の多くは米食ではなく麦食なんだよね。
別に米が食べられないわけではなく、公家どもは普通に米食・白米食をしてたが武士はあえて麦食や玄米食を好んだらしい。老後の秀吉は食が細くなって麦などは食べず白米をさらに細かくしたものを食べてたらしいけどそんなのは例外みたい。

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 09:24:53 ID:3Kw94ZRJ
>>32
麦食っつたって、混ぜご飯だろ。
米8麦2くらいか?

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 10:18:13 ID:VSvq7E+j
>>35
家康は麦8、米(玄米)2だけどな

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 12:06:09 ID:HlEDfvYO
そんなもん食えたもんじゃないぞ
家康も余程の物好きだな
消化器が弱かったらしいのに身体によくない事してたんだな

41: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 14:15:29 ID:VSvq7E+j
>>37
米=財産 だから少しでも蓄財して軍備を高めようと必死だったから。
鷹狩にはおにぎりと味噌を持って行ったけど、食べ残した場合はそれを夕食にしたりした。

余りに節約するから、小姓が気を使って麦の下にこっそり米を多めに持った所、大激怒した逸話もある。
また、信長が冬に贈り物として桃を送った所「信長様と自分では立場が違う」と食べもせずに庭に投げ捨てたりもした。
もし自分が桃を美味しそうに食べれば領民達が米より果物に力を入れるようになり、引いては国力が衰えるのを恐れたんだとか。
無茶してたんじゃなくて、自分に厳しく生きてたんだと思うよ

183: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/16(木) 01:23:31 ID:G2Yl+Uiq
>>37
「俺はケチだから麦食ってるんじゃない、倹約して軍備に金を回すためにあえて麦食ってるんだ!」
と30代の頃の家康は言ってたそうな(文献あり)

78: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 20:00:15 ID:WkdUAORz
そういや三国志の頃、曹操は米の備蓄の為に、酒の製造を禁止したらしいんですが、日本の戦国期には似たようなことした人っていなかったんですか??
普段から質素倹約して備蓄に努めた家康なら、こういう話聞いたらやりそうなんですけね。

79: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 20:28:16 ID:pFx0Zuu2
>>78
戦国時代のどこかの国の話で兵士にいっぺんにまとめて米を渡すと勝手に酒を造るヤツが出てくるからその日食べる分を毎日支給したとかいう話があった

170: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/15(水) 20:27:42 ID:TFOe1qxx
戦国時代の酒の肴は主になんですか?
謙信が塩をつまみにしていたと聞いたけど実際やってみるとつまらなかったです…。

178: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/15(水) 21:07:18 ID:yybao333
>>170
謙信は梅干しや焼き味噌を酒の肴にしていたようですね。

179: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/15(水) 22:05:37 ID:KJ9KrNBE
>>170
真の酒飲みは塩だけで飲むよ。まあ、そこまで行くと飲兵衛でしかないけど。

180: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/15(水) 22:40:53 ID:qt3dbUC4
そうね、飲兵衛は塩だけで飲むね。

なんでも、酒を呑みつづけるとだんだんと酒がうまく感じなくなってくるらしいが、その感覚をクリアするのに塩がいいって、NHKの番組で見たことがある。
だから酒のつまみは塩っけのあるものが多いんだとかないんだとか。

182: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/16(木) 01:22:12 ID:GTKy0nyX
当時にイカの塩辛やスルメはあったのでしょうか?
くぎ煮や佃煮はありそうな感じですが
エダマメが無いってのは結構驚いた…

謙信のような重度の飲兵衛じゃない人は普通に塩っけのあるおかず、総菜とか漬け物でしょうか

269: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/17(金) 20:19:41 ID:ApETVO5P
ところで荒木村重のほおばってる饅頭は・・

270: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/17(金) 21:06:53 ID:dEdnwmvq
饅頭は室町時代の初期に中国から伝来したものらしい。
奈良の林神社に日本の饅頭の始祖が祀られてるみたいだよ。
伝えたのが僧侶だと言う事、当時既に善哉が誕生していた事から、中の餡も肉などではなく、日本風の甘い餡子だったと思われる。

とここまで書いたが、>>269は何が訊きたかったんだろうか。

272: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/17(金) 22:48:15 ID:ApETVO5P
>>270
なぬ、甘いあんこが入ってたかもしれないのか( ・`д・´)
その甘味は輸入の砂糖かなんか?
とするとほおばり饅頭はかなりの高級品だったのか

276: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 00:19:22 ID:wbw6x3ZZ
>>272
砂糖の生産は江戸時代に入った直後からだから、当然輸入物。
かなりの贅沢品だろうね。
少なくとも信長が家臣の前で食ってるぐらいには。

277: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 00:31:22 ID:ImUOAaR5
>>276
甘葛とか蜂蜜、ひょっとしたら黒蜜までは使ってそうだけど?
干し柿も餡代わりになるよね

280: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 01:23:01 ID:+XkSw4+x
>>277
水飴の存在を忘れてるぞぅ

275: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/17(金) 23:49:46 ID:WpOZ2P8A
話を広げるとしたら味噌の話だな。
以下ブログから転載

>味噌を携帯する方法としては,干すか焼くかして味噌玉にしたものを,
>他の食料と一緒に竹の皮や手ぬぐいで包,、腰に下げるのが一般的でした。
>また,干菜や干大根などを味噌で塩辛く煮詰め,それを干し固めて携帯し,
>陣中ではそれを水に入れて煮ればそのまま味噌汁になる,即席味噌汁の
>ようなものも考え出されました。


ふきのとうの味噌よごし
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/f6/6fecdd42c60713d47b50bba8bc72f70a.jpg
大根の田楽
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/8c/1a5b84164bfb3d6034d00ceee292c247.jpg

278: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 00:33:45 ID:gd+g+oQh
>陣中ではそれを水に入れて煮ればそのまま味噌汁になる,即席味噌汁の
>ようなものも考え出されました。

この手のは、散々話題に出てきたが、今の保存食(即席味噌汁とか即席ラーメンとか)
水を入れて、お湯を入れて3分みたいなやつのルーツはこの頃からなんだね。

そういやフランスにある偽日本食店で味噌汁飲んだ人が、出しの入ってない味噌汁はノンだ。って言ってたけど、この戦国時代の即席味噌汁だと、味噌をお湯で溶いた物あから、きっとダシ入ってないよね。そもそもこの頃の味噌汁にダシを入れるって概念はあったのかな?

281: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 01:40:41 ID:yazsnufd
ルイス・フロイスの著書にて

「ヨーロッパ人は焼いた魚、煮た魚を好む。日本人は生で食べることを一層よろこぶ。」

とあり、また
「ヨーロッパでは猪の肉を煮て食べる。日本人はそれを薄く切って生で食べる。」

とある、ちなみに鳥や魚の肉を生で食べることは古くからおこなわれ、戦国時代にも生物(なまもの)と称して普通におこなわれ、また刺身もすでにあった。

…、というのはこのスレの方々ならば周知の事実だろうと思いますが、『日葡辞書』には

「サシミ ある種のソースをつけて食べる生の魚の食品」とある。

確かに醤油は当時の日本で量産化されてなかったかも知れないが、輸入物の中国製醤油や醤油の前身である「たまり」を使っていたのかも…?

283: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 02:25:27 ID:8qnjQVll
>>281
1535年には和歌山県湯浅から大阪に向けて醤油が出荷された記録があります。
戦国時代の関西では醤油はもう一般的だったかと。

285: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 02:44:20 ID:yazsnufd
>>281だが、やはり戦国時代にも刺身には醤油(或いはたまり)だったか。

いや、味噌にはかなりこのスレで議論がなされていたがイマイチ醤油については些かおなざりな扱いだったように感じだったからね。

すると、煮貝(アワビの煮付け)等は醤油で煮しめていた可能性が大だな。

286: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 04:43:25 ID:8qnjQVll
文献に見える甲州名物の「煮貝」という記述は江戸時代になってからで、戦国時代にはなかった可能性が大きいかもしれません。 

ttp://www.the-kaiya.com/aboutnigai/2page.html 
↑によると信玄はアワビを食べたらしい(元わからず)のですが、それが煮貝かどうかはわからないようですね。 
干しアワビをつかった中華風の料理だったのでしょうか…
287: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 05:15:15 ID:8qnjQVll
あと、刺身につける調味料ですが、
「煎り酒」(日本酒に梅干しを入れ煮詰めたもの)
というものが戦国時代ごろに考案され、江戸時代にかけて使われてたようです。
>>281の記述だと、こっちのほうが醤油よりソースっぽく本命かも?

つか、ワザビ醤油っていつ頃から使われるようになったんだろう…

288: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 08:14:12 ID:L8Ye3wc3
>>287
わさび醤油は昭和だね。寿司は保存の理由で使われていたけど、庶民はカラシを使っていた。
意外とこれが刺身に合う。今でも河岸だとカラシ醤油で食べる通もいるよ。

282: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 02:14:00 ID:ac3CkzTP
中国製の醤油が多くにいきわたるほど輸入されていたとは思えない。
やはり溜まりを使っていたと見るのが妥当であろう。

岩手の山間部では戦前のころになっても醤油はハレの日にしか使わず、日ごろは豆味噌か「たまり」で味付けをしていた。

295: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 22:03:44 ID:QlKgcA2I
うちの御袋が言うには、子供の頃、山葵なんて無かった。 
だそうだ。

296: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 22:19:48 ID:JExFbeAk
>>295の母親が住んでた土地には無くとも、日本各地で栽培・出荷・利用されてるしな。 
歴史的には奈良時代から主に薬用として利用されていたが、1600年頃になってからようやく静岡で山葵の栽培が始まったようだ。


289: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 11:26:00 ID:yazsnufd
>>286 
確かに煮貝というのは戦国時代にはなかったかも知れないが、当時の合戦前の出陣式にて「三献の儀」を行なう際、酒肴として、一杯目には勝栗、二杯目には打鮑(うちアワビ)、三杯目には昆布を用いて「打ち勝って喜ぶ」と縁起をかついだと資料にある。 

(参考資料:青春出版社・刊 「戦国時代の舞台裏」 より) 

まさか、打ち鮑を干物の状態でかじっていた訳ではないだろうし、やはり水で戻して煮付けてから使ったのだろうか? 

290: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 13:59:41 ID:NduWTfUm
>>289 
そうそう 
対中国輸出で干し鮑や干したフカのヒレ等の干した海産物ってのは室町からずっと輸出しつづけてるものだからね。国内でも干した海産物を戻して食べる方法があったはず。 
水で戻して刺身にするとかなのかね? 
煮込むとなるとしょうゆは貴重だから味噌煮込み?

292: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 16:39:18 ID:987UOWfl
>>290 
さすがに、水で戻したら刺身って言うのはw

293: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 17:24:06 ID:yazsnufd
>>290 
水で戻した打ち鮑を塩茹でにし、適当な厚さに切って醤油(たまり)や味噌ダレで食べた可能性は有り得るかも? 

あと、打ち鮑の煮付けは醤油(たまり)だけでなく、塩や味醂も使用したとは考えられないだろうか? 

醤油だけで煮付けた場合、味がくどくまた醤油臭くなってしまうが、基本的には塩で味付けし、醤油は風味及び色付け程度に使用していたとするならばどうか? 

297: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 22:38:00 ID:FHxKbi6r
三献の儀で使われた鮑は干した物を伸ばした物らしいからスルメみたいにかむかむして食べたんじゃなかろーか。

298: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/18(土) 23:13:50 ID:yazsnufd
>>297 
おぉ、そのテがあったかw 

しかし、鮑のスルメ・バージョンとはなんとも豪勢な話だなwww 

301: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 04:14:48 ID:ZxZSFx9V
他スレより天才 


【郷土食が支えた最強の島津軍団】 

戦国時代、勇猛で強い軍団といえば、武田信玄の甲州軍団、上杉謙信の越後軍団、三河武士(徳川軍団)があげられるが忘れてはならないのは命知らずの島津軍団である。
秀吉、家康でさえ島津と戦う事を避けたほどだった。 

島津一族を強力な戦闘軍団につくりあげたのが、島津中興の祖、島津日新斎忠良である。 
日新斎は、古代国家の頃、その荒々しさで都人に恐れられた熊襲の子孫、隼人族(猛人ともいう)を家臣としてとり立てて、軍団の核としていた。 

この島津軍団の兵糧のひとつに「ちまき」がある。ちまきは本来保存食で、兵糧などの携帯食料として使用されていたが薩摩のちまきは一風変わっていた。 

(中略) 

薩摩のちまきは、灰汁でつくることから「あくまき」呼ばれる。ゆうに二,三ヶ月はもち、しかも高カロリーなのだから、理想的な食料だったのだ。 

また鹿児島の特産品「かつお節」も高タンパク、ビタミンB郡を多く含み、保存性の高さはピカ一。「武教全書詳解」にも「かつお節は、薬にあらずといえども、時にして飢えに及ぶときには、これを噛めば性気を助け、気力を増し、飢えをしのぐのみならず、役に立つものなれば必ず用意すべき事なり」とある。 

鹿児島県では、豚や鶏は、歩く野菜といって食べてきた。これら古代以来の野趣に富んだ郷土食が、薩摩武士の体力を強靭にし、最強の島津軍団を支えたのだ。

303: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 10:19:13 ID:+i//CFNl
>>301 
ここで挙げてる、かつお節って江戸初期頃に太平洋のどこだかの島から伝来したものなんだよね。 
それを戦国の島津君の強さの秘密みたいに言われても・・・・コピペにイチャモンつけるのもなんだけどw

310: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 17:03:35 ID:ZxZSFx9V
>>303 
現在の燻製されている鰹節ではないだろうな。 

正確には干し鰹だったんじゃないか? 
室町時代には削り節が存在していたようだし

304: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 10:28:04 ID:VNCqg549
黴付けまでした現代の鰹節にいたっては、土佐の発祥だしな。

302: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 08:07:25 ID:nWO/qJB9
>>301 
薩摩って米あまり取れないらしいからねえ。 
やっぱ、異質だよね。

311: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 17:21:19 ID:Lj3/1UUL
薩摩で米があまり取れないって 
気候より、むしろ桜島の影響で土が悪いせいだろうか?

312: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 18:16:44 ID:ZxZSFx9V
そもそも米があまり取れないという前提は確かなのか?

320: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 02:16:59 ID:OeEoiWL1
>>312 
米には水田で作られる水稲、畑で作る陸稲があり、それぞれうるち米もち米用の品種があります。 
だから”水田が作れない”=”米がない”ではありませんが、連作障害の出る畑作では二毛作も広まっていた毎年作れる水田の米生産力とは比較になりません。(太閤検地でも畑は水田の下に分類されていたようです) 
ですから畑が多い薩摩では米は標準的な作物ではなく、あくまで換金軍事物資扱いだったのではないでしょうか?

313: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 18:29:33 ID:ghKFMMO+
桜島の火山灰が積もってる地域は火山灰の粘度が低くて濡れると簡単に崩れるから水田にはあまり適していないんだよね

316: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 21:03:34 ID:+i//CFNl
もしくは重税だったとか

317: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/19(日) 23:52:48 ID:aA8Gj2/j
重税になったのは江戸時代以降 
急膨張で拡大しすぎた家臣団を支えるため悶絶の8公2民だったといわれているが・・・ 

で、サツマイモ伝来以前に何を主食として食ってたのか分かる史料はあるのか? 
隣国の肥後が麦だから、薩摩・大隅も麦のような希ガス

318: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 01:35:20 ID:qAEAfsoD
1600年付近は当時統治下にあった奄美で米と黒糖を交換してたようだから(米を作る代わりに黒糖を作らせた) 
その20年前後においては、そこそこ米も取れてたと思われ。 

主に農民は麦・大豆・アワ・ソバ等の雑穀等に加え足りない栄養素を海産物で補っていたようだ。 

裕福なものの間では焼酎も浸透していたそうな。

319: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 01:51:25 ID:yhhYWroq
薩摩藩がさつまいもを導入したのは薩摩藩が人口に対して米の収穫量が低く慢性的な食糧不足だった事とさつまいもが薩摩のような栄養分の少ない荒れた火山灰の大地でもよく育つからと記憶してるけど米が必要な分だけ収穫出来てりゃさつまいもを大々的に取り入れたりしないでしょ 
同じように現代の北朝鮮では米を作る事を半ばあきらめた地域で最初はじゃがいもを作らせていたけど色々と問題があって今ではさつまいもに切り替えて作らせてるよ

322: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 08:45:38 ID:4mcwN6DA
熊本って麦が主食だったのか。 
知らんかった。

324: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 14:59:17 ID:M1A6KqPZ
>>322 
つか米作より麦作の方が主力だったんよ>肥後国 
加藤清正はこの麦をばんばんマカオとかマニラに輸出して蓄財し 
その結果税が軽くなった 
いまだに地元では名君として神様扱いされている理由の一つ 

325: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 16:30:25 ID:YL1tcGg+
>>324 
そういえば、加藤清正の事を「清正公(きよまさこう)」と呼ばず「せいしょこさん」と今でも地元の人々(とくに年輩の方)は呼んでるらしいね。 

326: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 16:34:02 ID:+BReNNBz
>>325 
年配の人に聞くと地元の豪族がどんな政治してたかよく分かるね。 
ちなみに長野じゃ武田勝頼は諏訪様と親しまれてた。信玄は・・・・・・まあ、武田厨が発狂するからやめとく。

330: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 20:16:34 ID:f8lpSLl4
北海道帯広市の老舗菓子屋「柳月」では、「きなごろも」という信玄餅そっくりの菓子を出している。 

331: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 21:11:36 ID:SNNCub+x
信玄餅をきなこをこぼさないで食べるのは、難しい

332: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/20(月) 21:24:47 ID:dQlPz6WJ
そういえばきなこは戦国時代にはなかったの?

338: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 04:43:43 ID:dA+OQCwb
>>332 
安倍川餅のようなきな粉をまぶした餅が記録に残るのは江戸時代のようですが、きな粉を水飴に混ぜた”すはま(豆餅)”は鎌倉時代から作られていた、といわれています。 
京都に創業1657年のすはま専門店がありますから、戦国時代に”すはま”は関西では一般的だった、つまりきな粉は一般的食材だったとと考えて良いかと思われます。

339: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 16:41:24 ID:dA+OQCwb
ついでに現在でも喰ってる当時の食材などを… 

素麺 …もともと禅宗とともに中国からやってきたものですが、室町時代には酒のつまみとして一般化しました(職人歌合に素麺売有り)。 
食べ方は煮込むにゅうめんと冷ソーメン、現在と変わらなかったようですね。 

蒲鉾 …1522年の献立にのっているのは竹輪か笹蒲鉾らしいですが、秀吉の時代には板蒲鉾も一般に広まっていました。 

納豆 …御伽草子の中に擬人化された納豆太郎糸重なるものがあるので、糸引き納豆は普通に食べられていたようです。 

豆腐 …田楽豆腐の調理法は室町時代に記述があり、そのころ油揚げも一般に食されるように。 
ただ、冷や奴、湯豆腐の記述は江戸時代までないようです。 
戦国時代には豆腐は加工して食べるものだったのかもしれません…

340: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 16:50:00 ID:dA+OQCwb
う、しまった。 
湯豆腐は「日葡辞書」にのってますね。訂正を…

341: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 19:25:30 ID:k948AriE
>>339 
確か、素麺の薬味は芥子(カラシ)や唐辛子を使ってたんだよね。 

それで湯豆腐の薬味とつけ汁は? 

やはり、つけ汁は生醤油のみだったのか?

342: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 21:21:15 ID:7uvL2DvU
江戸時代初期は、胡椒を薬味にして饂飩を食っていたというよ。 
当時はまだ唐辛子が普及していなかったから。

344: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/21(火) 21:43:37 ID:k948AriE
>>342 
ルイス・フロイスの著書「ヨーロッパの文化と日本の文化」で素麺を「彼らは芥子や唐辛を使って食べる。」とある。 
おそらく、唐辛とは唐辛子の事だと思うのだが、どうだろう? 
あと、朝鮮出兵の折、目潰しとして豊臣軍陣営が唐辛子の粉末を使用し、この粉末を口に入れた現地の朝鮮人が、様々な料理に唐辛子を用いる様になったと昔見たテレビでやっていたなぁ…。 

366: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/23(木) 01:43:27 ID:5mLRV6bs
>>344 
唐辛子は日本伝来当初は観賞用だったので、すぐ食用として使われたわけではありませんから、もしかすると山椒などと勘違いした可能性もあるかもしれません。 
つかヨーロッパには”薬味”なんて概念ないですしねぇ…ちゃんとわかってたかどうか… 

ちなみに湯豆腐も「ソースをつけて食べる、薄く切った豆腐料理のひとつ」としか 
記述がありません…  >日葡辞書 

349: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/22(水) 03:57:37 ID:4GrY7Qu7
てゆうか唐辛子が伝わるまでの朝鮮料理ってなんだったの? 
まともな調味料はなかったのか。

351: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/22(水) 06:14:54 ID:eb378M1W
>>349 
現在の韓国でも「韓定食(ハン・ジョンシク)」と言う料理があるが、ほとんど唐辛子が使用されていない事から、おそらく唐辛子が日本から伝わる前の上流階級はこういった料理を食べいたのかも知れない。 

350: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/22(水) 05:51:24 ID:yNK3jtpS
漬物(泡菜)は早くから食べてたらしいよ。 
中国から既に伝来してた。 
基本調味料は明から下賜される塩だった。 
朝鮮国内で塩を作る事は宗主国から固く禁じられていて宗主国の言い値で塩を買う事を義務付けられた。そのため朝鮮人参や銀や女や虎の毛皮・睾丸などの漢方薬材料などありとあらゆる物を代金として徴収されていた。 
五穀は一応あったと推定され雑穀の粥や漬物などを主食としてたようだ。 

354: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/22(水) 11:18:15 ID:4GrY7Qu7
すげえ、塩の製造が宗主国ににぎられていたのか。 
それで、庶民は唐辛子ってことか。 
中国、えげつなすぎる。

368: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/23(木) 02:02:37 ID:lcVt91Z6
>>354 
朝鮮は属国扱いだったからね。 
塩は人間の製造に不可欠だから、権力の象徴とされていた。だから作っていいのは皇帝直属の塩田のみ。 
腐らないしね。 
日本でも塩は専売制をつい最近まで敷いていたしね。 
水滸伝の梁山泊の連中も「塩賊」上がりの連中とか居るね。 
宋代以降、反乱を起こす連中はだいたい塩で銀資金を得てるし。

415: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/27(月) 01:49:44 ID:4Kutb3zu
関が原後、三成が生米食って、下痢ピー逃走した件について。

419: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/27(月) 23:20:06 ID:hVUNnX/S
>>415 
でも、干柿は食わないんだよな。 
変なの。

420: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/28(火) 02:39:46 ID:gl5y3DW0
そりゃ刑場にさらされるときに縄で縛られてる状態で干し柿なんか食ってる姿見られたらみっともないと思われるからじゃないかな?三成なりに意地を通したつもりだったのでは? 
長曾可部盛親も大阪夏の陣の後捕らえられたとき足軽が出した。強飯と赤鰯を出されて「戦に負けて捕らえられるのは恥では無いが、かのような物を出すとは無礼なやつめ、早く首をはねよ」って言ったというから、捕まって殺されるにしても自分の惨めな姿は出来るだけ見せたくなかったんだろうな

421: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 03:17:54 ID:Bc0l4EsW
干し柿ってそんなに体に悪い食い物か? 

ま、湯を所望されて干物を出すほうが間違いだが。

422: ストロング・ちょんまげ・マシ‐ン 2006/11/29(水) 04:28:33 ID:gqv3aOfV
石田三成曰く、「柿は腹を冷やすからいらん。」と断ったそうだ。 
ちなみに最後の食事に腹を壊しているのでニラ雑炊を所望したとか。

426: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 11:28:55 ID:eMbUo9jn
日々の兵糧は多目に持たせなかったという資料を見たことがある 
米を余分に持たせると酒を作ってしまうからそうな 
なかなか興味深い話だ。しかし今の御時世、同人誌は合法でも同人酒は違法というのがどうも

431: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 13:24:17 ID:Tp78E55G
>>426 
同人誌には同人税なんてかけられてないが、酒には酒税がかけられてるからな。 
みんなして自家生産しちゃったら税収が減るべ。

440: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/30(木) 11:07:55 ID:qEhLlPKy
>>431 
明治中期までは同人酒は誰でも酒税さえ納めれば認められた。 
だが、日清日露の両戦争で臨時増税やった時に増税の見返りに酒税の規則を厳しくして同人酒を禁止した。 
まあ、当時はまともに税金がとれるのがまだ酒税しかなかったからな。

441: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/30(木) 17:54:15 ID:WA4IubGN
>>440 
塩の専売と、日露の時は煙草の専売も初めて戦費を稼いでたぐらいだし。

427: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 11:48:07 ID:rC8Dxkhw
工業用アルコールとの分別が無くなっちゃうからなぁ。 

飲酒用なら、人に販売しなければ明るみに出る事なんてないし勝手に作ればいいじゃん?とも思うけども。

428: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 12:07:16 ID:fwFN5xFj
>>427 
それで失明するヤツもそれなりにいたらしい

429: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/29(水) 12:38:46 ID:azO9kGWh
工業用アルコールには、”燃料用アルコール”というメチルもありますが、引用可能(?)なエチルアルコールもありますよ。 
某化学工場から某種類製造大企業にタンクローリーで週3回出荷されてます… 

スレ違いだけど、ニトログリセリンも甘いので、酒のつまみに食われて量が減る、ってことが煩雑にあったようです。 
食(酒?)欲はこわいですなか…

引用元: ・戦国時代の食事・2





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