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1: 韓流まんせー 2005/06/17(金) 10:55:46 0
伝統がありそうでない韓国料理。
その源流を語り尽くせ。 







3: 世界@名無史さん 2005/06/17(金) 12:50:46 0
白菜のキムチは戦後から。白菜を半島で栽培できなかった。
石焼きビビンバの歴史は30年くらい。
ビビンバの歴史はもっと古いかな?

おかしいと思うのは、戦前に朝鮮人がたくさん移民してきたのにかかわらず、朝鮮料理が日本に伝わってこなかったこと。

2: 世界@名無史さん 2005/06/17(金) 11:37:45 0
とりあえず焼肉は日本で生まれた料理。

日本料理を朝鮮に献上してやるとは、もったいない話である。

8: 世界@名無史さん 2005/06/17(金) 18:05:11 0
>>2
焼肉の原型は半島でないの?
戦後に在日のばあちゃんが現在の形にしたって聞いたけど?
昔の焼肉は、カルビとかロースとかの分類なくて単に、適当に肉をさばいて焼いてタレつけて食うだけのものだったとか。まあ、そんな料理は世界中どこ行ってもあるだろうから原型が半島というのもおかしいかも知れないけど。
現在の形にしたばあちゃんが原型にしたのが、自分の故郷の食事方法だったということで。

日本の豊かさや余裕があってこそ現在の形に出来たんだろうけど。

39: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 11:37:39 0
>>8
半島には「七輪」みたいな焼肉のできる調理器が、日本が統治するまで存在しなかったらしいよ。

37: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 06:04:32 0
これは、どっちが本当なんだ?純粋に気になる。
焼肉屋とか行くとチシャバとかコチジャンとか半島っぽいメニューがあるから普通に向こう発祥だと思っていた。

49: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 23:20:26 0
>>37
多分、両方間違いじゃないと思う。
>>8の言う原型があまり洗練された物ではなかったんでしょう。
>>39さんの言う七輪云々も同じ。
ぶつ切りを焚き火であぶっていたような物だったのかも。
それにたれをつけてたんだろうけど、そのたれが韓国式なんじゃない?

9: 世界@名無史さん 2005/06/17(金) 18:37:14 0
肉を薄切りにして焼く料理法はあまりない。

10: 世界@名無史さん 2005/06/17(金) 23:36:59 0
肉を薄切りにするというのはスキ焼きから来た日本の発想らしい。
それと無煙ロースターで焼肉は日本起源が揺ぎ無くなる。

16: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 00:46:55 0
別スレで面白い表現を見かけた。

「中華料理」-「揚げる、炒める」=朝鮮料理

確かに言われてみればそうかも。
ごま油はふんだんに使うから、食用油脂が乏しかったせいではなさそう。

13: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 00:24:25 0
韓国料理に欠かせない唐辛子が日本から伝わったという史実はナイショだ。

21: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 10:58:49 0
唐辛子が日本から伝わったというのは韓国でも公に認められている。
しかし、豊臣秀吉が朝鮮侵略した時、日本軍が朝鮮人を毒殺するために唐辛子を持ち込んだが、朝鮮人は逆にそれを利用して食膳を賑わしたと伝えられている。

唐辛子って毒だったんですねえw
日本でもうどんに七味唐辛子入れたりするんですけど。

483: 世界@名無史さん 2005/10/16(日) 23:06:32 0
>>21
寒かったから足袋の中に入れて防寒に使ったんだ。
毒殺できるもんならやってみやがれ。

23: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 11:50:36 0
理論武装の一つとして書いておくが、唐辛子が日本から朝鮮半島へ、と言うのは異説がある。どちらを取るかはともかく、言い返された時の事を考えれば知っておいた方が良い。

25: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 12:11:28 0
>>23
異説を詳しく

26: 世界@名無史さん 2005/06/18(土) 13:11:03 0
手元の資料はないんで、webのWikipedianや同web版世界大百科辞典の唐辛子の
項目を読んでください。

両者の結論はまったく逆だけども、いずれにせよ、知っておいた方が良いと思う。
個人的には学者の間ではどちらが主流か知りたいが。

日本から朝鮮への伝来

1613年の朝鮮文禄『芝峰縲絏』には「倭国から来た南蛮椒には強い毒が有る」と書かれ、1614年の『芝峰類説』では「南蛮椒には大毒があり、倭国からはじめてきたので、俗に倭芥子(倭辛子)というが、近ごろこれを植えているのを見かける」と書かれており、イ・ソンウ(李盛雨)が『高麗以前の韓国食生活史研究』(1978年)にて日本からの伝来説を示して以降、それが日韓共に通説となっている。伝来理由としては朝鮮出兵のときに武器(目潰しや毒薬)または血流増進作用による凍傷予防薬として日本からの兵(加藤清正)が持ち込んだものである。

『花譜』や『大和本草』(貝原益軒著)などには「昔は日本に無く、秀吉公の朝鮮伐の時、彼の国より種子を取り来る故に俗に高麗胡椒と云う」などと朝鮮から渡来したことが書かれている。これは一見相反するが、日本に唐辛子が伝わった当初は、西日本を中心にしか広まっておらず、その後、豊臣秀吉の朝鮮出兵に従事した兵士により日本へ唐辛子が逆輸入された事で、朝鮮から日本へ来たものと考えた日本人がいた、という解釈がある。


27: 世界@名無史さん 2005/06/19(日) 11:48:34 0
茶の栽培も時代を追うごとに廃れていったそうですが、やはりノウハウが断絶したせいですかね?
雑草茶だの雑穀茶だのがえらく豊富なのはその代替なのだろうか?

28: 自転車小僧 ◆IBmI/K76EY 2005/06/19(日) 12:42:48 0
>>27
李氏朝鮮時代に儒教が国教化され仏教文化と見なされた茶は排斥されました。
しかしながら、民間からの欲求により茶に代わるものものとして雑穀や薬草を使った茶のような物が考案されたり、中国から移入され広まりました。

29: 世界@名無史さん 2005/06/19(日) 13:26:17 0
直接茶が排斥されたと云うより、茶畑を荘園に持っていた仏教寺院が排斥されることで自動的に飲茶もすたれた。
41: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 13:31:38 O
茶道で用いる焼き物茶碗のルーツが朝鮮であると昔テレビでやってた。 
なんでも侘び寂を追求する利休が朝鮮庶民の粗末な食器に目を付けたんだとか。 
確たるソースがないのでsage。

44: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 13:58:24 0
朝鮮に喫茶の風習はない 
利休が傾倒したのは中国の風流人陸羽 
46: 朴なにがし 2005/06/23(木) 14:14:58 0
日本・韓国・中国でのお茶の嗜み方はそれぞれ全然違う。 
茶を急須から直接湯呑に注ぐのではなく、やや大きめの器に注いで混じり物を沈殿させてから湯呑に入れるのが伝統的な韓国式。

47: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 15:48:52 0
>>46 
朝鮮宮廷の茶の作法。 
ttp://plaza.rakuten.co.jp/saurabi/diary/20050321/ 
なぜか日本の裏千家に伝わる日本製の道具を使用。 
あきらかに朝鮮が日本の物真似をした形跡が伺える。

32: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 01:07:32 0
あの鉄の箸とスプーンって歴史が浅いの?

33: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 01:09:33 0
鉄じゃなくて、本来は銀で箸や匙や食器を作るんだよ。
銀は砒素に触れると色が変わるので、毒殺予防のために銀の食器を用いた。

34: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 01:18:40 0
銀製は富裕層のものでしょ?
庶民の食器はなに製だろう。木や竹は乏しかったのだろうか。

38: 自転車小僧 ◆IBmI/K76EY 2005/06/23(木) 09:03:38 0
>>34
陶器や木の碗や皿もあったし、真鍮の食器もあった。箸や匙も木製、竹製、真鍮製といろいろな材質で作られている。

36: 世界@名無史さん 2005/06/23(木) 06:04:09 O
朝鮮料理-(牛肉、唐辛子)=蒙古、女真料理
と何かに書いてあったなぁ。それは北京料理とも共通する要素だと。


50: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 00:20:46 0
今のような焼肉の歴史は意外に浅くて1970年代初頭までは朝鮮料理と呼ぶのが普通だった。肉片や内臓を焼いて食べるものを焼いて食べるのを焼肉と言うなら朝鮮起源 。

一方、内臓食こそないものの薄切りの羊肉を焼いて食べるジンギスカンという調理法が日本にはあった 。モンゴルや中国内蒙古自治区では羊肉のぶつ切りを焼くのではなく湯通しして食べるシャブシャブの原型のような料理が一般的 。

薄切り肉を焼くという発想は日本起源だと思う
明治の牛鍋もぶつ切りだし一体誰がどこで薄切りを編み出したのか

53: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 01:23:41 0
>>50
>薄切り肉を焼くという発想は日本起源だと思う
>明治の牛鍋もぶつ切りだし一体誰がどこで薄切りを編み出したのか

ふぐ刺しとか薄作りの技術を応用したものが起源なんじゃないかなーと思う。
ソースきぼんとか言われても困るけど

112: 世界@名無史さん 2005/07/03(日) 11:09:06 0
>>50
モンゴルにはしゃぶしゃぶのような料理はない。
ホルホグはあるが、それは羊肉の塊をゆでたもの、火鍋は中国料理。

118: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 00:00:32 0
>>50

ジンギスカンの起源

http://homepage3.nifty.com/fromNAICHI/GENGHIS/origin/origin.html
リンク切れ

しかし、ジンギスカンの発祥は東京であった。一九三六(昭和十一)年、農林省出入りの食肉商・松井初太郎がジンギスカン料理専門店「成吉思荘」を開く。これがジンギスカンの夜明けである、彼は当時、特許まで取得していたのだが、その後起きた戦争のどさくさで更新しなかったらしく、その権利は放棄した形となった。気の毒な話ではあるが、もし特許が長年続いていたら、いまのジンギスカンの繁栄はなかったかもしれない。
特許問題がどう処理されたのかは不明だが、東京に「成吉思荘」ができた一九三六(昭和11)年、札幌の狸小路に「横綱」という店のメニューにジンギスカンが登場している。
 
ここでジンギスカンの起源説を終わらせたいところなのだが、満洲鉄道の公主嶺農事試験場畜産部が作り出し、ジンギスカンと名付けたのは後の満洲国の総務長官、当時の満鉄調査部長駒井徳三さんであったのではないかという説もあるから、ジンギスカンの発祥となるとそう簡単にはいかない。確実にいえそうなのは、大正時代に中国北部から伝わった羊肉料理を大戦後に発展させたのが現在のジンギスカンであるということだけである

54: 37 2005/06/24(金) 06:04:10 0
適当に切って焼いてたれつけて食う→朝鮮半島
薄切りで焼く→日本或いはどこかの国(モンゴル辺り)のやり方

と把握したけどたれは朝鮮発祥なの?
食文化とか中韓が意地を張ってアピールしてくるのでなにが本当なのかわからないのです。。

84: 朴なにがし 2005/06/27(月) 02:27:09 0
>>54
>たれは朝鮮発祥なの?

遅れすでスミマセン
焼肉をたれをつけて食べるのは日本で始まったことです。
韓国での焼肉はさまざまな材料を混ぜて作った薬味(ヤンニョム)を揉み込んで焼く前に味をしみ込ませておくか、塩味、あるいは生のままで焼くのが普通です。

55: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 06:34:23 0
唐辛子は防寒材として日本が持ち込んだ。
この植物はどんなところでも生える。

それを朝鮮人が食料の防腐、保存剤として利用した。
背景には塩の生産量が日本に比べて低かったことがある。
江戸時代になると日本は製塩技法を発達させ、ますます塩に困る事はなかったが、朝鮮においては近代に至ってもなおそれは貴重品であった。
今日にいたる唐辛子まみれの朝鮮料理の原点はそこにある。

56: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 06:42:48 0
すなわち、誰も好き好んであのような食材を大量に使用しはしない。
せいぜい薬味程度である。
日本人がわらじの中に塗りこんで足を暖めていた材料を、かれらは口の中に入れたわけだ。
大量に食せば内臓に負担のかかる不健康極まりない食材を異常に使用するしかなかった。
それが繊細さを欠く今の民族性をもはぐくんだのだろう。
その哀れさをふと感じてしまう。

57: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 06:50:16 0
なぜに朝鮮において塩の生産量が低かったか。
それは木材資源に乏しかったからだ。
燃料となる木材を切り出しても植林もせず放置したから禿山となった。
一方、日本ではそれでなくても豊富な木材資源を植林によって保ち製塩という面においても木材燃料を使用しない塩田法を開発した。国力の差は益々広がり、近代を迎える事になる。
唐辛子まみれの朝鮮料理にはそのような背景がある。

59: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 14:44:23 0
日本人は唐辛子が持つ刺激性から、それを毒物だと短絡的に断定した。
後にアジア全域で最も好まれる事になる香辛料を、考察力の不足によって食文化から排除してしまった珍しい民族である。

日本人は、自称「刺激性の毒物」をただの防寒用にのみ用い、さらに、それを戦争での殺戮にも使えると考えた。傍から見ると滑稽だが、日本人は真面目にそれを信じ、16世紀後半の李朝・日本間の戦争に持参した。
半島にばらまかれた唐辛子は、それを毒物だと信じる日本兵の意に反して、朝鮮民衆に冷静に受け止められ、食膳を飾る優れた香辛料であると認められた。

しかし、朝鮮半島への唐辛子の伝来には諸説があり、それ以前にすでに独自のルート(貿易など)から伝わっていたとする見方もある。

74: 朱由檢 ◆MfD.4zQt1. 2005/06/25(土) 23:06:50 0
>>59
やあれそおれとんがらし♪ ひりりと辛いは山椒の粉♪ すいすい辛いは胡椒の粉♪
…って、唐辛子売りの節回しが残るぐらいたくさん消費してたんだけど、唐辛子が日本の食文化から排除したって主張するソースを提示してもらえないかな?

60: 世界@名無史さん 2005/06/24(金) 14:47:01 0
>さらに、それを戦争での殺戮にも使えると考えた。

これの根拠なんですか?

488: 世界@名無史さん 2005/10/19(水) 04:18:40 0
>>60
唐辛子の葉をいぶして目潰しの毒ガスだったはず。

65: 世界@名無史さん 2005/06/25(土) 00:23:14 0
秀吉の朝鮮攻めのとき、唐辛子を焚いた煙で敵兵に「毒ガス攻撃」した、という話はあるね。
実際、唐辛子を焚くととんでもない刺激臭がする。前に興味本位で七味を火鉢に振り掛け、
酷い目にあったことある。

73: 世界@名無史さん 2005/06/25(土) 19:46:57 0
豊臣軍が唐辛子を焼いて毒ガス攻撃を行ったならば、戦国時代にすでにそれをやっていなくてはおかしいのだが。


85: 世界@名無史さん 2005/06/27(月) 12:20:31 0
元タイトル:韓国の伝統食べ物シリーズ切手発行

郵政事業本部は、韓国の伝統食べ物を素材にした五番目のシリーズ切手の最後のシリーズ
4種を15日に発行すると明らかにした。
郵政事業本部は、去る2001年から毎年伝統食べ物を素材にしたシリーズ切手を発行して来ており、今度発行された切手が最後のシリーズ。
切手額面価格は220ウォンで、全国の郵便局で購入することができる。
全紙は一枚20枚(5X4)で構成されており、発行量は各70万枚ずつ総280万枚。
今度発行された切手は、88ソウルオリンピック及び2002ワールドカップサッカー大会切手などをデザインしたキム・ヒョンさんがデザインし、15日昼12時から1時間の間 光化門郵便局で「切手デザイナーサイン行事」に参加する予定。
 
今度の切手の伝統食べ物の素材には、ノビアニ(味付け焼き肉)とピンデトック(お好み焼き)
ジョンゴル(すき焼き)及びファジョンなど4種類。 (※ファジョン=花チヂミ)
一方、次に発行される切手は「高句麗シリーズ(最初のセット)」切手2種で、来月1日に発行される。

ソース:innofile モバイルニュース
http://contents.innolife.net/news/list.php?ac_id=3&ai_id=44044
no title
86: 世界@名無史さん 2005/06/28(火) 01:58:57 0
>今度の切手の伝統食べ物の素材には、ノビアニ(味付け焼き肉)とピンデトック(お好み焼き)
>ジョンゴル(すき焼き)及びファジョンなど4種類。 (※ファジョン=花チヂミ)


元祖は全部日本。
それを伝統と信じて満足する。
おめでたい人たち。

88: 世界@名無史さん 2005/06/29(水) 15:16:25 0
いや、少なくともピンテドクは日本起源ではないよ。
日本のお好み焼きもピンテドク起源ではないが。

89: 自転車小僧 ◆IBmI/K76EY 2005/06/29(水) 22:35:50 0
日本のお好み焼きの起源は千利休が茶会の席で出した小麦粉を練って焼いたものに味噌を付けた”麩の焼き”だと聞いたことがある。千利休自体が茶会に出したものは朝鮮半島の民衆の料理を参考にしたものが多いとも聞くから朝鮮起源とも言える。
しかし、今一般的に食べられているお好み焼きの直接の起源は明治時代ころから食べられるようになった「洋食焼き」が起源で小麦粉、ソースと言う今のお好み焼きと同じ要素を持っています。

朝鮮半島のパジャン、ピンデトク、チヂミと言ったものは小麦粉を使いますが生地に具を混ぜて焼きますし、ソースは使いません。

108: 世界@名無史さん 2005/07/02(土) 01:38:09 0
http://www.botejyu.co.jp/botejyu/kigen.html

お好み焼きの起源

1. 興りは江戸中期に生まれた麩(ふ)の焼です。
・水で溶いた小麦粉を薄く焼き、ミソを塗って食べる仏事用菓子です。
2. 江戸末期から明治にかけて、ミソの代わりに餡を巻く助惣(すけそう)焼に代わり、東京・大阪で大流行しました。
3. 大正12年の関東大震災に、主食的位置を占めました。
・東京ではソースを塗って食べる文字(もんじ)焼が食料不足を補う方法としてもてはやされました。
・同時期に大阪ではコンニャクや豆の具を入れ、しょう油味で食べるベタ焼、チョボ焼が誕生しました。
4. 昭和10年ごろソース味に統一され、洋食焼の名がつきました。
5. お好み焼の命名は同じく昭和10年ごろでした。
・当時メリケン粉を水で溶いて焼き、単に味付けしただけの大衆品でしたが、次第に豚や玉子などいろいろの具を好みで入れ始めましたのが語源となりました。
6. お好み焼のソース味から、さらにマヨネーズとからしで味つけをする嗜好は昭和21年に当店が開発した独自の味付けでございます


チジミの起源は???

106: 世界@名無史さん 2005/07/02(土) 00:53:31 0
盛岡冷麺

http://www.odette.or.jp/citykankou/ka_c_ea_i4/ka_c_ea_i4.html
※リンク切れ

冷麺の生れ故郷は、朝鮮半島北部。冬はマイナス20度を越える、 寒さの厳しい地域で食べられた
「冬沈漬冷麺(トンチミネンミョン)」が元祖とされます。 冬沈漬(トンチミ)とは、この地域で盛んに作られている、冬の水キムチのこと。 ヨーグルトからしみ出る水分のような、ほのかな発酵臭とさわやかな酸味が特徴のこの水キムチの汁をスープにして、 ソバ粉やデンプンなどを練った押し出し麺を食べたのが、冷麺の始まりです。 そして冬沈漬キムチを作らない地域では、牛や鶏のスープで代用していました。

盛岡冷麺とは、牛スープ+辛味無しの「平壌冷麺(ピョンヤンレンミョン)」と、 スープ無し+辛味ありの「感興冷麺(ハムフンネンミョン)」のミックスに、 「ソバ粉をいれない」「麺が太い」などのオリジナリティーが加わったものと考えるとよいでしょう。

(中略)

昭和29年に、朝鮮半島の北部咸興(ハムフン)で生まれた青木輝人氏が「食道園」を開業、盛岡で初めて冷麺が提供されました。 透明で、いわゆるゴムのような麺は青木氏が修行していた東京数奇屋橋の店 (現在は閉店)で既に出されていたそうです。 が、レシピはなく、地道な研究と舌の記憶のみで現在の麺を作り上げたのだそう。

119: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 00:06:06 0
>>106
冷麺は冬沈漬(トンチミ)使ったものがうまい。
最近、うちの近くに韓国の総菜屋できて、冷麺を売ってるので買ってきて食べたら、汁が酸っぱいだけで、冬沈漬(トンチミ)の汁とは程遠かった。

109: 世界@名無史さん 2005/07/02(土) 02:07:54 0
クッパも気になるなあ。というか雑炊と何が違うんだw

110: 世界@名無史さん 2005/07/02(土) 23:48:47 0
クッパは、直訳すれば「汁ご飯」。スープに飯をいれたものである。
煮込んだものではないので、雑炊とは違う。

114: 世界@名無史さん 2005/07/03(日) 13:13:15 0
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%AF%E3%83%E3%91_(%E6%99%E7%86)
wikiにクッパの説明があった。

まあ汁に米を入れたくなる気持ちはわからんでもないw

115: 世界@名無史さん 2005/07/03(日) 13:35:41 0
味噌汁に飯をぶっこんで食うとンマイからなw
お茶漬けもンマイし。

116: 世界@名無史さん 2005/07/03(日) 19:03:14 0
かつての日本では、木こり、鉱山労働者、牛方、猟師といった危険な肉体労働に従事するものは、とにかく汁かけ飯を忌み嫌った。南部の国では、牛方や馬方のキャラバンが朝飯を取っているとき、うっかりでも汁かけ飯にして食ったものがいるとその日は出発を見合わせ、滞在費は汁かけ飯をしたものの負担となった。
仕事に「味噌をつける」からとも、汁かけ飯は消化が良すぎるからともいうが、理由ははっきりしない。
ただ、「汁かけ飯」ではなく、「飯を入れた汁」は食っても良かった。

128: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 19:55:45 0
朝鮮出兵の際、日本の大名達が陶器の職人達を根こそぎ連れて行ってしまったので、一時半島では陶器がまったく作れなくなってしまった。
                      ↓
仕方がないので、金属の椀で代用することにした。
                      ↓
金属の椀に飯を盛ると、熱くて手で持てない。
                      ↓
で仕方なく、飯を粥状に炊いて、匙ですくって食べるようになった。
                      ↓
匙だと、日本の丼物みたいに具を箸でちぎって食べるというわけにいかない。
                      ↓
それで具をあらかじめ細かく切っておき、食べる前にぐちゃぐちゃかき混ぜるという、奇妙な食事スタイルが定着した。

らしいんだが、これって本当か?

130: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 20:08:37 0
>>128
陶工がいなくても陶器くらい誰でも作れる。
それに陶器職人を根こそぎ連れて行くなんて不可能だし。

136: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 22:03:43 0
>>130
土器なら作れるかもしれないが、陶器は窯作り、土選びから始めなければならないので、熟練がいる。

137: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 22:10:21 0
>>136
陶窯も作れない連中が、銀鉱石を採掘して精練して器に加工できたんですか?

140: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 22:57:19 0
韓国の食器は、磁器、鉄器、真鍮製、土鍋などが多い。
なぜか「食器は重いもの」と決まっているらしく、軽い瀬戸物や木製の食器はほとんど使われない。

「食器を手で持ち上げてはならない」という食事マナーのせいだといい、なんでそんな作法があるのかはよく知らないのだが、それでも朝鮮出兵うんぬんは捏造だと思う。

143: 世界@名無史さん 2005/07/13(水) 23:53:01 0
鉄は錆びるし臭いがつくから、食器には向かないんじゃないのか?
銀の間違いじゃ?

146: 世界@名無史さん 2005/07/14(木) 01:15:04 0
近所の焼肉店でライスを注文すると、小学校の給食で使うようなステンレスの椀に盛って出してきやがる。
当然熱くて持ち上げられないんだが、そうか、あれは壬申倭乱の意趣返しだったのか。

160: 世界@名無史さん 2005/07/15(金) 03:17:42 0
>>146
>熱くて持ち上げられない

そもそも韓国料理では椀を持ち上げない。
卓に置いた椀の中の飯をスプーンですくって食べる。
汁もスプーンですくって飲む。
どっちがいいかは知らんが(多分日本式の方がいいが)韓国人は椀を持って食べるのを下品だと言うな。

172: 世界@名無史さん 2005/07/15(金) 21:09:45 0
実際には、白木の皿や椀を使っていたらしい。
金属器はアメリカの占領以降、ステンレスの供給が潤沢になってから。

145: 世界@名無史さん 2005/07/14(木) 00:29:27 0
飲み物といえば、シッケは庶民の嗜好品的飲み物だったのかな?


food-Sikhye-01


シッケ


シッケは朝鮮伝統の発酵飲料である。日本の甘酒に似る。炊いたもち米を麦芽粉から抽出した水に入れて発酵させてから砂糖を入れて短時間火にかけ、冷たくしてから、干しナツメ、松の実、柚子の皮、あるいは石榴の実を浮かべて飲む。


147: 世界@名無史さん 2005/07/14(木) 01:44:25 0
シッケは、韓国版の甘酒だよね?

148: 世界@名無史さん 2005/07/14(木) 03:02:33 0
>>147
シッケはアルコール分がないから酒とはいえないと思う。
韓国の食堂で食事すると、食後にシッケがでてくる場合がある。あれはなかなかうまい。
ちなみに、韓国では缶入りのシッケも売られているが、米粒の雑じった砂糖水って感じ。

149: 世界@名無史さん 2005/07/14(木) 05:59:17 0
醗酵させてないのなら、単なる砂糖入り米のとぎ汁なのではないのかと。

166: 世界@名無史さん 2005/07/15(金) 11:05:50 0
日本の中華料理屋ではキムチが出て、韓国の中華料理屋ではタクワンが出るという謎

168: 世界@名無史さん 2005/07/15(金) 11:19:58 0
朝鮮人にとって、漬物、キムチの無い食卓はありえない。

しかし朝鮮料理以外では、キムチと相性の悪いものもある。
だから代わりにタクアンをつけるんだと。

182: 世界@名無史さん 2005/07/17(日) 00:44:59 0
日本時代に日本に伝わった朝鮮料理がまったくない、というのが気に掛かる。
朝鮮料理がアウトオブ眼中以前に満足な朝鮮料理が存在しなかったのでは?

184: 世界@名無史さん 2005/07/17(日) 01:10:04 0
>>182
ちなみに、朝鮮にはほとんどオリジナルな菓子はなかった。
これだけとっても、文化レベルが知れるだろ?

187: 世界@名無史さん 2005/07/17(日) 01:52:42 0
韓国宮廷菓子を食べる

http://www.panaderia.co.jp/korea/
※リンク切れ

今に残る韓国の菓子(韓菓・ハングァ)の原型を作ったのは高麗時代(918~1392年)と言われていますが、なんと、その時代からほとんど変わらず今に残るという貴重な菓子がこの宮廷菓子なのです。
今回、韓国宮廷料理の人間国宝である黄彗性さんの作るチファジャの宮廷菓子をいただいてみました。その味は菓子の領域を超えた、歴史と伝統の粋を感じさせる典雅で滋味深い味でした。

(中略)

和菓子が江戸時代になってのち南蛮渡来菓子の影響を受けたりしながら様々な変化を遂げ、庶民層にまで浸透したのに対し、韓国の宮廷菓子はその種類の多さと作り方の複雑さ、素材の贅沢さから一般庶民が口にできるものではありませんでした。のちに仏教に変わり儒教の時代が来て、全てのお茶事が衰退してしまった時にも、幸い宮廷菓子は貴族の間で外に持ち出されることなく、そのまま宮中に残り今日に原型をとどめることになったと言われています。

188: 和菓子について(参考) 2005/07/17(日) 02:00:40 0
738 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2005/06/27(月) 22:15:51
>>733
菓子は元来「果子」のことで、木の実や果物を意味しており、江戸では「水菓子」、上方では「くだもの」といった。
砂糖菓子は室町時代から作られていたが、その量はわずかで、砂糖は江戸時代になってもまだまだ貴重品だった。
砂糖が甘味料として菓子に使用されるようになるのは、江戸中期以降である。
世はまさに天下泰平の食い倒れの時代で、新奇をてらって華美をつくした菓子が続々と誕生している。
元禄元年に京都で発行された『男重宝記』には、180余種の蒸菓子の製法が出ている。
江戸時代の菓子は、蒸し物(まんじゅうやもち菓子)、棹物(羊かんなどをさす、とくに上方で発達)、焼物、干菓子、雑菓子、飴類などに大きく分けられるほど、その種類は豊富だった。

190: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 2005/07/17(日) 08:41:34 0
>菓子は元来「果子」のことで、

狂言「ぶんぞう」に登場する「菓子」は、果物の事。
芋や椎茸を煮しめたものも菓子といい、干し鱧や鮑などを焼いたものを「茶菓子」と呼び、もち・饅頭を点心、羊羹の類を「羹」と呼びました。
一昔前は、お茶請けといえば漬物が出されましたが、菓子と呼んだやも?
18世紀を通して活躍した伊勢貞丈は、「古は、わざわざさとうようかんなどと 呼んでいたものだが、今は砂糖もよく見られる様になった」と記しています。
ただ焼いただけの様な煎餅は平安時代の産。南北朝時代に伝わった蒸し羊羹から、砂糖と寒天を使用した練り羊羹が生れたのは近世初期。
天保6年(1835)に出た『北越雪譜』には、「近年のもの」であるとして、それが地方でも食される様になったのは、まさに「太平の徳化」であると、感動を述べています。裏を返せば、19世紀まで地方は砂糖菓子とはほぼ無縁。他の地域もほぼ同様であるらしい、という事です。
19世紀の近畿の庄屋に関する記録を見ていると、カステラ、羊羹、それとは別に虎屋羊羹、煎餅、金平糖などが出て来ます。

奈良~平安時代には、油で揚げた唐菓子がありましたが、さして普及せず。
なお、朝鮮との比較に関しては、『日東壮遊歌』に、対馬で赤い飴を購入してみたところ、自国のものよりも甘くて旨かった、とあります。一個人の感想ではありますが。
彼らを接待した記録には、饅頭・羊羹・金平糖・カステラなどと並んで、果物や麺類も「菓子」として記載されています。

207: 世界@名無史さん 2005/07/20(水) 12:11:15 0
鶏肉の「タッカルビ」に関しては戦後と言われています。「冬のソナタ」で有名な春川(チュンチョン)だそうです。それを裏付ける証拠として北朝鮮や在日のレシピにはタッカルビがないとのこと。

211: 世界@名無史さん 2005/07/20(水) 22:08:25 0
>>207
本場の春川タッカルビは鉄板で具を焼くのではなく、鉄板の中央に固めて蒸し焼きにする。

タッカルビが登場したのは今から40年ほど前で、その頃は味をつけた鶏肉を網で焼いていた。
しかも当時は、値段が公務員の一般的な月収の三分の一という高価な馳走だったとか。

208: 世界@名無史さん 2005/07/20(水) 12:22:11 O
カルビ大好き!

209: 世界@名無史さん 2005/07/20(水) 12:40:44 0
カルビとは、朝鮮語で肋骨のこと。
痩せてガリガリな人の事も「カルビ」と俗称する。

引用元: ・韓国料理の起原




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