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1: 日本@名無史さん 2010/12/10(金) 17:07:50
実際のところ、当時の芸能人ってどういう社会的な位置づけだったんでしょうか。
浮世絵は歌舞伎役者や刺青の人物が人気なような気がするけど、、
一昔前のヤクザ映画みたいな感じで受け取られてたの?

今も芸能界と裏社会や在日とのつながりなんかが噂されるけど、そういうのは戦後でなく昔から?








3: 日本@名無史さん 2010/12/10(金) 21:56:53
河原者というのはもともと、河原に住んで牛の皮をはいだりする賎民のことだろう。

このところ大相撲の悪い話ばかりが出てくるけど、閉鎖的にやってるのは歌舞伎界もそうだろ。

4: 日本@名無史さん 2010/12/10(金) 23:21:51
歌舞伎役者らは伝統的に「河原者」(賎民)と区分され身分上差別された が、反面各地への通行に便宜を与えられた。
7: 日本@名無史さん 2011/01/01(土) 21:19:30
江戸時代の歌舞伎役者は賎民ではないがな

9: 日本@名無史さん 2011/01/16(日) 15:34:41
>江戸時代の歌舞伎役者は賎民ではないがな 


「勝扇子」判決以後はそう。しかしそれ以前は非常民。 
初代市川團十郎の親父は「菰の十蔵」と呼ばれてる。 
いわゆる「おコモさん」だ。 

市川團十郎 (初代)

初代 市川團十郎(しょだい いちかわ だんじゅうろう、万治3年(1660年) - 元禄17年2月19日(1704年3月24日))は元禄歌舞伎を代表する江戸の役者。

近世初期には長吏頭・弾左衛門の支配下にあった。しかし歌舞伎関係者は自分たちの人気を背景に弾左衛門支配からの脱却をめざした。宝永5年(1708年)に弾左衛門との間で争われた訴訟をきっかけに、ついに「独立」をはたす。江戸歌舞伎を代表する市川團十郎家は、このことを記念する『勝扇子(かちおうぎ)』という書物を家宝として伝承していた。

21: 日本@名無史さん 2011/02/23(水) 07:13:26.47
つまり海老蔵も、「勝扇子裁判」以前は、非常民だったわけだ。 

24: 日本@名無史さん 2011/02/28(月) 09:50:46.97
>>21 
明治維新後、四民平等になった時点で日本の士農工商の身分制度は崩壊しているのだから、この時点ですでに歌舞伎役者は非常民ではないわな。(えた・非人も否定) 
それから、歌舞伎役者は発生当初から無宿者ではない。 
ファンからもらうおひねりで結構裕福な生活をしていた。

52: 日本@名無史さん 2012/03/13(火) 06:38:53.51
弾左衛門支配の者を「玄人」と言い、それ以外の平民が「素人」だ。 

よく田舎で「素人芝居」「素人歌舞伎」ってあるけど、あれ非ベテランと言う意味ではなくて、「役者村者」以外の平民がやってる芝居って意味だろう。
17: 日本@名無史さん 2011/02/09(水) 18:51:48
昔から地方から流れ着いたものが無税であった河原に住みつき、京の鴨川の河原などでは売春を行い、芸も見せるという芸能者が住まいとしていた。出雲阿国なども四条河原で踊っていたらしい(勿論、売春もあったと思われる)。
江戸時代には幕府が河原者を厳しく規制、芸を行うには幕府の許可を得ること、売春するには幕府の許可を得ること、と厳しく定めた。さらには芸能者と売春の連鎖を断ち切るために、女性の芸能を禁じてしまった。そのために、やむなく男がときには女の格好をして男だけで芸能を始めたのが歌舞伎。
江戸時代に始まった歌舞伎は初めから幕府の許可制であったために、当初から上演場所は芝居小屋であった。歌舞伎役者が河原に住んだり、河原者と呼ばれた事実はない。
江戸時代の歌舞伎役者が士農工商に入らない最下層の者として見られていた事実はあるが、
多くのファンがついてもてはやされ、人気歌舞伎役者の浮世絵は飛ぶように売れたのだから、それほど悪い商売ではなかった。

11: 日本@名無史さん 2011/01/16(日) 23:10:51
江戸期の一般例として、飢饉や病気などで年貢を納められず、故郷を離れ町に流れた者が河原等に住み着く。河原は増水など不安定で無税の地とされてた。

その中で、里帰り政策に応じずに非人頭の管理下に置かれ、芸能を生活の糧とした者が、河原乞食とか言われてたんだろ。

18: 日本@名無史さん 2011/02/09(水) 20:10:58
人形遣いはどうよ?

19: 日本@名無史さん 2011/02/10(木) 07:13:00
傀儡と言って、その起源もむずかしい。
零落民がそんな技を生み出したのだろうか。

もっと組織的なものを感じる。
西宮の散所がルーツとも言われている。



25: 日本@名無史さん 2011/02/28(月) 22:00:47.91
歌舞伎に限らず興業の世界は、今でも非常民に牛耳られているだろう?
ヤクザなんか非常民、無宿渡世の極みだ。

江戸時代まで「役者村」「産所村」「三番村」なんてのが
西日本各地にあって、多くは役者、ことほぎ、地方の乞胸なんかが住んでた。


錦着て 畳の上の 乞食かな

45: 日本@名無史さん 2011/07/21(木) 08:49:18.20
>>25
日本に限らず芸能を担った階層はほとんどそうだろ
社会学的な問題なんだろうな

26: 日本@名無史さん 2011/02/28(月) 22:55:18.37
西国には寺中という芸能者町もある

39: 日本@名無史さん 2011/07/02(土) 03:47:57.67
まぁ、歴史的用語として河原乞食の話をすると、

もともとこの日本という国は、律令制以降
支配階級と、何かしらを生産する被支配階級から存在している。というのが建前で資本主義ならぬ農本主義なんですよ。
ですから、食糧を生産し年貢を納める農民や漁民、生活用品などを供する職人などは、何かしらを生産するという形で支配階層から認知されてきた。
しかし、芸能民や商人は目に見えて形が残る生産をしてはいない、つまり支配階層からすると何も支配階層に供しない者共と分類されるわけです。
しかも彼らは公分田の対象ではなく田畑とはなりえない河原を居住区にし、税を納める対象とはならずに居たわけです。
支配階層からすれば自らに税を納める対象ではなく、物質的ではない物を以て生活の糧とする『まつろわぬ者共』として蔑みの対象なので乞食と呼ぶようになり、
身分的には最下層民として扱われるようになって、それが明治維新まで続いた…

そんな感じ。

51: 日本@名無史さん 2012/01/08(日) 22:35:36.31
田中優子先生によると女優の岩下志麻は桂離宮で入場を断わられたらしい
カワラモノだからダメということらしい



63: 日本@名無史さん 2014/04/12(土) 13:05:21.73
欧州では今の芸能人にあたる人たちの成り立ちはどんなものだったんだろ
ギリシャやローマの時代から演劇があった地域だけど

引用元: ・河原乞食って?




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