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Portrait_of_Dangun


檀君


檀君(だんくん)は、13世紀末に書かれた『三国遺事』に初めて登場する、伝説上の古朝鮮の王。『三国遺事』によると、天神桓因の子桓雄と熊との間に生まれたと伝えられる。『三国遺事』の原注によると、檀君とは「檀国の君主」の意味であって個人名ではなく、個人名は王倹)という。





337: 世界@名無史さん 2006/07/25(火) 23:51:24 0
以前韓国のテレビ見たら「檀君は神話か、歴史か」というテーマで大激論してたよ。
ちなみに「檀君は神話」説を主張していた方は某キリスト教系大学の教授だった。

韓国ではキリスト教徒は概ね「檀君は神話的存在に過ぎない」という見方をしているらしい。それはいいのだが、あちこちで檀君像を破壊したりとか逆方向に過激なんだよなあ。

338: 世界@名無史さん 2006/07/26(水) 00:02:30 0
『三国遺事』は由来があやしい文献を使ってるというのは本当。
つか、そもそも題名通り遺事だし・・・

韓国には他にも卵生神話など複数の建国神話が存在してるので、そのうちの北方系神話の一つとして壇君神話は理解されることが多い。

三国遺事

『三国遺事』(さんごくいじ)は、13世紀末に高麗の高僧一然(1206年 - 1289年)によって書かれた私撰の史書。大部分の撰述の時期は1270年代後半から1280年代中頃であり、一然の没後に弟子の無極(宝鑑国師の混丘)が補筆・署名し、刊行されたと見られる。朝鮮半島における現存最古の史書である『三国史記』(1145年完成)に次ぐ古文献ではあるが、由来の怪しい古書を引用するなど、史書としての問題点は少なくない。



402: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 20:53:07 0
明石書店の三国遺事読むと、魏書からの引用とあるけど、この部分は注釈がない。わざと外してるとしか思えんかった。 
どうも参考文献から捏造してるようだな。

444: 世界@名無史さん 2006/08/02(水) 00:28:16 0
>>402 
>明石書店の三国遺事読むと、魏書からの引用とあるけど 

手持ちの『三国遺事』によると 

北斉の魏収が王命をうけて著した114巻の書。曹氏の魏と区別するために『後魏書』ともいう。 
(李民樹訳『三国遺事』乙酉文化社、p.45 注釈より) 

ということらしい。

454: 世界@名無史さん 2006/08/02(水) 19:59:17 0
>>444 
後魏書とは北魏書の事。しかしそれにも該当記述が見つからないらしい。 
395: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 18:32:33 0
壇君神話は、高句麗系の北方的要素が強い神話だが、成立自体がモンゴルに対する抵抗運動というのはどうかね。

大体こういうのはもとがある。何もないところから湧いてはこない

400: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 20:43:34 O
>>395
知らないのか?
壇君神話は高麗の僧が蒙古の屈辱的な支配から民族的自覚を持たせるために作ったんだ
古事記とかを一部参考にしてる。


404: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 21:07:37 0
>>400
へー、古事記から作ったというのはどの当たりの話をモチーフにしているのかな。

私の知識では、壇君神話は高句麗などの北方諸民族に多く見られる神話群の一つというものだったのだが。(その点、モンゴルとも共通性があるが、これはモンゴルだけの専売特許ではなく、北方系遊牧民・狩猟民に広範に見られる神話のかたち)

ていうか、それ以前に当時の高麗の僧侶は古事記が読めたの?
変体漢文でかなり読みにくいし、日本の古語も大量に入っているんだけど。

409: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 21:21:50 0
>>404
三国遺事の引用基として、日本帝紀というのがある辺り、日本側資料を一然は読んでいたとは思われる。
それが古事記なのかどうかは、一然本人に聞かん事にはわからんが。

416: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 22:09:54 0
>>409
日本帝紀というのがあるということは、古事記かどうかは別として何かは読んだんだろうね。朝鮮や中華圏の資料に帝という字を日本に使うとはおもえんし。
面白い。もし本当なら、高麗側も日本の文献が輸入されていたと言うことになるからな。

でも、クマが祖先という話の祖型になるような神話が日本にあったかな。クマソ?あるいは東北地方に住んでいた蝦夷の神話?日本の天皇家に関わる話にはなさそうな気がするが。

428: 世界@名無史さん 2006/08/01(火) 00:53:44 0
>>416
世宗の頃の人物で、日本への使臣も勤めた事のある申叔舟という人物の書いた海東諸国記という日本と沖縄の事情を著わした本見ると、神武天皇からの天皇の名前と略史が網羅されてる。神功皇后も新羅征伐はスルーしてるけど、一応名前だけは出てる。
思ったより朝鮮側にも日本側資料は結構流出してると思われ。

436: 世界@名無史さん 2006/08/01(火) 22:57:15 0
>>428
李朝期の儒者が知っていると言うことは、基本的な知識を学べる本はあったのだろうな。
(まあ、だからといって古事記の神話を取り入れて壇君神話ができた、というのは発想が飛びすぎだけど)

高麗時代はまだ仏教が国家の保護を受けていて民間にも強い影響を持っていたようだから、やはり僧侶の交流が基礎になってるくさいね。

この辺りの研究、できないんかね?入宋した僧侶の研究は結構進んでいるはずなんだが。

420: 世界@名無史さん 2006/07/31(月) 22:26:40 0
そもそも、遺事の壇君神話だと、壇君は帝釈天の孫と言う事になるから、高麗僧の創作がかなり入ってるだろうね。

446: 世界@名無史さん 2006/08/02(水) 01:20:08 0
>知らないのか?壇君神話は高麗の僧が蒙古の屈辱的な支配から民族的自覚を持たせるために作ったんだ
古事記とかを一部参考にしてる。

檀君神話が10世紀以降の捏造神話であり、古代朝鮮と何の関係もないということは確かですが、古事記を真似したってのは違いますね。

451: 檀君 2006/08/02(水) 02:24:04 O
>>446
ええ それを書いた後に
他の人から日本の書物を参考にした可能性はあるが古事記かどうかは確証がないとの説明を受けました
その点は訂正します。

457: 世界@名無史さん 2006/08/03(木) 22:27:34 0
壇君の基としては、三国史記の高句麗本紀に王検という名の神仙が平壌の地に住んでたというのがあり、中国資料にも平壌に王検城という城があったとある。
これに何を付随して遺事の壇君説話を完成さたのかが議論を呼ぶだろう。
以前、ハン板の古いスレで、当時の高麗で白頭山の白壇信仰なる山岳信仰のようなものが流行っており、これが壇君説話に繋がるのではないかとの話もあったが、これの確認は取れず、何とも言いがたい。

460: 世界@名無史さん 2006/08/04(金) 00:55:33 0
>>457
箕氏の説話は史記にありますが、当然、檀君など出てきません。
そもそも史記の朝鮮が今の半島だという証拠も当然ありません(たぶん違うでしょう)。
当然、高句麗の神話にも檀君など出てきません。
これらから1000年以上たって、しかも正史である三国史記にすら出てこないわけですから、それ以降の捏造神話と考えるのが妥当です。

461: 世界@名無史さん 2006/08/04(金) 17:35:57 0
>>460
三国史記に於いても、王検なる何らかの伝説上の人物を編者は知っていたのだろうけど、壇君という古代国家の建国者など聞いた事もなかったんだろう。
これに何が加味されて三国遺事の壇君説話が完成したか、当時の高麗の社会情勢にヒントはないだろうかね?

463: 世界@名無史さん 2006/08/04(金) 23:48:43 0
>>460
確かに、現代の日本の神道のように古さを装いつつ(確かに天皇という存在は古いけど)、実際には新しい教義体系が生まれることはあるわけだが、それにしても何かの話の種があったはずなんだよな。

クマを先祖としたり神と見たりする風習はアイヌにもあるわけで、恐らく何かそういうものがトーテミズムが元ネタなんだろう。

それとうろ覚えなんだが、中国の古代にもこういった動物を祖先と考える集団がいたと書いてる本を読んだ記憶がある。そう言うことを考えると、巫女の風習が残っていた朝鮮半島にトーテミズム的な神話があってもおかしくはないんじゃないか。
壇君神話がどの程度その原型を止めているかは、解らないが。

505: 世界@名無史さん 2006/08/06(日) 10:19:40 0
>>457
檀君神話にでてくる太白山は「妙香山」のこと。
白頭山(長白山)とは関係ない。
檀君と白頭山にこじつけたのは近代以後の新興宗教。

檀君説話は雑多な要素を寄せ集めて作った創作。
夫餘系の天神降臨神話も入ってはいるがこれは満州系の神話。

高麗時代には、仏教が栄えて、仏教系の白檀信仰が盛んだった。
白檀の木が熱病に効くというので大いに流行しており
妙香山の寺院仏閣も当時の仏教の中心地。妙香山は今でも
香木の生い茂る森林に覆われている。
高麗で流布していた白檀とは実は白檀ではなくこの妙香山の香木。
この白檀を扱う商人が崇めていた神が「檀君」。
「~君」というのは道教の神号で三段階のカミガミの最下位の称号。
豆腐屋が「お豆腐様」を祀るようなノリだと思えばよい。
「王倹」とは平壌の古地名「王険」から。
平壌の土地神で「王倹仙人」というのが信仰されてた。
仙人というのは当時の高麗語では妖精とか精霊とか妖怪のようなもの。
山ごもりして修行してる人間のことではない。
この檀君と王倹仙人が習合してできたのが「檀君王倹」。

510: 世界@名無史さん 2006/08/06(日) 12:43:21 0
>>505
神檀樹って香木のことだったんだ。

511: 505 2006/08/06(日) 19:58:39 0
>>510
「神檀樹」は具体的には妙香山の香木のことだけれどもこの香木の正体はよくわからない。
今でも北朝鮮の観光旅行ではコースになってる仏教寺院がありそこで名物の香木で作った細工物がお土産で売ってるが、調べようにも伝手がない。
一応、「オノノレカンバ」という樺の木の一種(算盤などの材料)という説と、ヒノキの一種らしいという説があるがよくわからない。

ただ「神が天から降りてくる御神木」という観念は満州にも日本にもあり、半島原住民にもあったと思われるからそういう要素もあってできたのが「神檀樹」でしょう。

518: 505=511 2006/08/07(月) 18:49:38 0
檀君説話(檀君神話ではないw)にも古い要素はあるよ。
「桓因」という天神の子「桓雄」が天降ってきたという話。
桓雄はまた夫餘神話にでてくる「解慕漱」と同じで、古い時代の神の名の痕跡らしい。
でもその子の名が檀君だとか、天降った山が妙香山だとかは13世紀のこじつけで古代とも神話ともぜんぜん関係ない。

540: 世界@名無史さん 2006/08/08(火) 14:47:41 O
檀君神話って李朝時代はどういう扱いをうけてたんですか。
「怪力乱神を語らず」ってことで蔑まれていたか存在自体忘れ去られていたんでしょうか。

541: 壇君 2006/08/08(火) 15:34:58 O
李朝時代ならもう神話も
定着してたんじゃない?

543: 世界@名無史さん 2006/08/08(火) 16:20:26 0
三国史記はともかく三国遺事は李朝時代には無視されていたはず。

547: 世界@名無史さん 2006/08/08(火) 19:47:49 0
李朝時代は古朝鮮の始祖として尊崇されてたのは箕子であって、壇君はほとんど無名だったらしいよ。

548: 世界@名無史さん 2006/08/08(火) 21:04:50 0
現代韓国人の壇君熱の元ネタは太白教という宗教団体から出された桓檀古記という古史古伝物。韓国教科書に壇君朝鮮建国がBC2333とあるのもこれが根拠になってる。
この本がただのトンデモ本なのは、ちょっとググってみるなりすれば簡単にわかるんで一々説明はしないが、もちろん韓国のまともな学者はとんでもないと猛反発し、教科書に載せるなど言語道断であるとしてるが、民間研究者の珍説のほうが大衆受けがいいらしく、すっかり定着してしまってる。

551: 518 2006/08/08(火) 21:58:06 0
檀君説話の新しい要素(捏造・追加部分)は「檀君王倹」という名前と妙香山の土地設定、
紀元前2333年という時代設定。
これら以外の基本ストーリーはかなり古い神話の面影が残っているといえると思うよ。

553: 世界@名無史さん 2006/08/09(水) 06:59:11 0
ありがとうございます。
ということは檀君神話とは発祥こそ古いものの、実際は近現代になって一般化した新しい創世神話である、といえますね。

古いといっても13世紀のもので、古代朝鮮とは全く関係ありません。

>檀君説話の新しい要素(捏造・追加部分)は檀君王倹」という名前と妙香山の土地設定、紀元前2333年という時代設定。
これら以外の基本ストーリーはかなり古い神話の面影が残っているといえると思うよ。

これは、ウソですね。全部13世紀のものと考えるのが妥当です。
違うというなら、そのような古い神話の原型が伝承された文献上、考古学上の証拠が必要ですが、そういうものは全く存在しません。

555: 551 2006/08/09(水) 18:25:42 0
檀君説話ってのは、あくまで13世紀の創作ではあるが「寄せ木細工」でなのであって、要素に分解することは可能。まったくのゼロ・無・空白から作った100%デタラメの妄想だとか一々の要素まで細かく創作されたというわけではないぞ。

ストーリーそのものは文化人類学の中の比較神話学では古代神話として容認されてるよ。
文献でいっても夫餘の天神降臨神話そのままのパクリで神名までいっしょだぞ。

558: 世界@名無史さん 2006/08/11(金) 00:35:55 0
>>555
>檀君説話ってのは、あくまで13世紀の創作ではあるが「寄せ木細工」でなのであって、要素に分解することは可能。
まったくのゼロ・無・空白から作った100%デタラメの妄想だとか一々の要素まで細かく創作されたというわけではないぞ。

どこまで証明できるかは知りませんが、どっかの説話を寄せ集めた可能性はあるでしょう。

>ストーリーそのものは文化人類学の中の比較神話学では古代神話として容認されてるよ。
文献でいっても夫餘の天神降臨神話そのままのパクリで神名までいっしょだぞ。

古代神話の人物や構想を借りてきて尾鰭をつけるというのは捏造神話・伝承の定番ですね。竹内文献、富士文献、上記、物部文献の古史古伝の類はもちろん、江戸時代の大成経等みんなそうです。  

当然ですが、こういうものを「古代神話」と呼ぶことはないですね。単なる偽書であり、学問的価値(古代史の研究には)はないという扱いです。

559: 世界@名無史さん 2006/08/11(金) 01:01:41 0
よく読めよ。
檀君説話そのものがイコール古代神話だなんて一言もいってないって。
古代神話「も」その素材に使われた寄せ木細工(=捏造・創作)だといってるだろ。

560: 559=557 2006/08/11(金) 01:24:17 0
すでに説明したように檀君ってのは13世紀に流行した神で古代神話とは関係がない。しかしこの新しい神はもともと白檀という商品を神格化しただけだから神話らしい神話が伴ってなかった。
そこで一然という坊さんが、夫餘神話をもってきてくっつけた。

檀君説話の前半はほとんど夫餘神話のまま。
ただし檀君にこじつけるため「桓雄(=解慕漱)」が天降ってきた山を妙香山に設定している。この桓雄(=解慕漱)が「熊女」を娶ったところまではほぼ古代神話。
本当なら、そこで生まれるのが「金蛙」で、この金蛙が「河伯」の娘「柳花」を娶って「朱蒙」を生む。この朱蒙が夫餘族の建国の初代王。
(ここまでは比較神話学的に原型を保持した古代神話と認められているが檀君説話はこの神話の前半だけを切り貼りしたもの)

しかし金蛙というのは満州(夫餘)の伝説上の王だから、金蛙まで書いてしまうと半島の神話にならない。だからそこで生まれたのを金蛙じゃなくて檀君だとした上で金蛙以後の夫餘神話の後半を切り捨て、以下のようなまったく別の話に作り変えている。 (檀君説話には、金蛙以下の夫餘神話の後半はまったくあらわれない)
当時は半島の始祖は箕子だとされていた。そこで辻褄を合わせるため箕子がきた時に、檀君が箕子に国を譲った、という話にした。でもこれは元は、「桓雄(=解慕漱)が天降ってきた時に、地上を支配していた夫婁という神が、解慕漱に国を譲って去ったという話を流用・改造したもの。

567: 世界@名無史さん 2006/08/11(金) 19:51:01 0
結局、壇君説話が作られたのは元帝国の圧政下に於ける民族主義に起因するもの?
元の高麗支配はダルガチに国王が叩頭拝礼を強制されたり、元の官僚が白昼堂々と高官を撲殺してもお咎めなしなぐらい酷いもんだったそうだけど、そんな時代背景が古代のヒーローを作らせたのかね?

568: 檀君 2006/08/11(金) 20:45:56 O
俺はそう思う。
屈辱的な状況だから何か民族的誇りが必要だったかと

605: 世界@名無史さん 2006/08/13(日) 00:07:24 0
>>568
民族的な誇りが必要なのに、なんで夫余神話を題材にする必要があるんだ?
その説明はあまり説得的ではない。

高麗時代にはそれほど民族主義的な意味合いはなかった可能性の方が高いんじゃないか。

後世、『三国遺事』が新たに読まれる中で、「発見」され意味づけされていったと見る方が自然だろう。

引用元: ・高麗・李朝スレ その3




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