61WNHC83BSL



1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/12(日) 15:38:20 ID:rDKH6xpZ0
魏朝の武帝曹操についてあれこれ語れ。








3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/12(日) 16:38:50 ID:n3hPPXChO
うまい酒の醸造法を秦上したり詩を詠ませたら最高だったり。
まさに東洋のダ・ヴィンチだな。

631: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/15(水) 23:07:19 ID:eInVM3fi0
なんで日本人は曹操よりも劉備のほうが好きなんだろうな
どうみても曹操のほうが遙かに↑に感じる

634: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/16(木) 12:17:55 ID:RjlHtMnQ0
超端的にまとめたら
エリートのボンボンがほぼ天下とったって話だからな
日本人に人気出る話じゃないだろ

635: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/17(金) 15:11:08 ID:4bu7vHS10
親父は大臣クラスのボンボン。実家は大金持ち。
おまけに勉強でも運動でも成績抜群。
そんなやつが順調に出世。
明らかに嫌なヤツじゃないかw

638: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/17(金) 21:13:48 ID:kVXx33fOO
ボンボンつっても、袁紹みたいな良家のボンボンじゃなくて、宦官の孫で銭で太尉を買った奴の息子だから、コンプレックスを持って成長したことは容易に想像できるよね。

こうゆう陰が曹操になくて袁紹みたいな奴だったら、陳御大も興味をおぼえず、小説を書かなかったかもしれん。


639: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/17(金) 21:50:53 ID:OUsbdlew0
>>638
袁紹も相当屈折した人生を送ってきてると思うが。
妾の子に生まれ、若死にしたおじの家に養子に出され、長く仕官することなく侠客と付き合い、反政府運動に協力し、一族の長老に叱られて、やっと官僚への道を歩み始めたわけだからな。

640: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/17(金) 23:14:18 ID:kVXx33fOO
袁術との確執の遠因となったいきさつね。
それでも四世三公の袁家だもんなぁ~
権勢はあっても侮蔑される宦官の孫ってのとは大きく違うと思うんだが。 

641: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/18(土) 02:49:31 ID:VygcPChm0
宦官の孫って言っても、爺さんは珍しく清流派名士にもうけがいい宦官で、その人脈が曹操にもかなり生かされたようだし、言うほどマイナスの要素だったわけではなさそうだよね。
総合的に見れば、プラスの面の方がはるかに大きかったように思える。

劉備や孫堅に比べると、恵まれすぎたスタートなのは確か。

「三国の祖が、それぞれ不利なスタート地点にもかかわらずその実力で群雄割拠の中、頭角をあらわしていった」
なんて、物語的に綺麗に盛り上げるためにも曹操も周りに合わせて、ハンデが大きかったかのように、強調されすぎているのでは?と思った。苦労が大きいほど英雄性が強調できるという仕組み。

642: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/18(土) 03:00:39 ID:VygcPChm0
つまり、曹操も宦官の孫という出自による、周囲の儒者官僚たちの冷たい視線に耐えながらも、己の実力で乱世に頭角を現し、旧勢力を駆逐し、新時代を切り開いていった。

そんな分かりやすい、逆境に耐えた英雄の物語という設定のため、宦官の孫と言うデメリットのみが大きく強調されすぎたのだと思う。

結局、曹操を英雄視する場合も、悪党として侮蔑する場合も、どちらにしろ、宦官の孫という出自は過度にクローズアップしたほうが人物描写が分かりやすく、面白いものになるということが考えられる。

679: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/08(土) 19:37:48 ID:eOf2RD740
魏の正式な首都ってギョウ・洛陽・許昌のどれ?

680: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/08(土) 19:51:31 ID:YxpaHIoL0
>>679
魏王国の都はギョウ
魏王朝の都は洛陽

681: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/08(土) 20:18:18 ID:SXwNLXBE0
>>680
後漢朝の魏王府としての治所があるのが鄴で、大魏帝国の京師(みやこ)は洛陽。
曹操が丞相していた頃の後漢の京師は洛陽から遷都された許昌。
こんな感じ?

682: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/08(土) 20:22:08 ID:YxpaHIoL0
>>681
そう。
あと厳密には許昌っていうのは魏になってからで都だったころの名前は許。

685: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/10(月) 05:54:58 ID:uDLEJuiS0
魏武註孫子とか和訳されて売ってないもんかな

687: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/11(火) 21:12:06 ID:TLHtVRkrO
>>685

> 魏武註孫子とか和訳されて売ってないもんかな

売ってたよ。立ち読みしたけどほかにも欲しい本あったから後回しにした。 

686: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/10(月) 18:33:42 ID:6AG8xROJ0
自慢話が書いてあるやつだっけ

689: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/14(金) 10:47:55 ID:BgOxef+T0
>>686
魏武註孫子に曹操個人の自慢話は1箇所とかしかないんだけどな
あとは本当に真面目に註釈に徹してる

690: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/15(土) 03:49:26 ID:kAqJR27F0
城攻めは10倍の兵が要る(俺は呂布攻めた時、2倍で勝ったけどなwwww)
こんな感じだっけか

699: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/27(木) 17:26:13 ID:Kiea7OG40
人生の後半は慢性的な頭痛に悩まされた曹操。
呂布との抗争の際、頭部を負傷したらしい。兜の上から鈍器で殴られたとか。
頭痛と関係あるのかな?

700: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/27(木) 22:48:19 ID:aINkOwx30
>>699
外傷性の慢性頭痛とかも、あるにはあるよ。
激しい脳震盪を起こすと、脳挫傷とかはないのに
頭痛とかがずっと治らない、脳震盪症候群というものもあるし。
曹操の場合、いつから頭痛があるのか分からないから何とも言えないけど。

703: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/28(金) 19:06:41 ID:Rs9Ev0lP0
漢中攻略で前歯が欠けたのは演義だっけ?

704: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/31(月) 22:16:27 ID:6qlF5DAjO
うん

709: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/01/02(水) 22:00:18 ID:WZjXDIcx0
いくら調べてもわからんので、誰か助けて・・

曹操が洛陽を支配したのはいつごろ?
書籍やwikipediaを散々みたが、どこにも書いてない。
「たぶん」でもおk。

710: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/01/02(水) 22:17:29 ID:9CQ2sdqW0
196年7月から9月の間。

マジレスすると、氾濫してるガイドブックの類を20冊集めるよりちくま三国志一揃えの方が10倍役に立つよ。
趣味のレベルならこれを片手にネットうろつくだけであとは何もいらない。

718: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/09(土) 11:41:21 ID:CcbjA5/90
曹操の軍を代表する五将とやらは、一体どこから沸いた設定?
演義かいな?

李典、楽進、徐晃、張遼、張コウだったような気がするが。

719: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/09(土) 12:53:08 ID:QB79mGMY0
三国志魏書張楽于張徐伝第十七陳寿評

720: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/09(土) 14:47:44 ID:hU5+y91s0
于禁も入れてあげて下さい

721: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/09(土) 15:27:29 ID:CcbjA5/90
これは失礼、李典じゃなくて于禁が入ってて、この5人で等格扱いだったのか。

722: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/11(月) 05:30:36 ID:bXPszgRr0
曹操はあるとき行軍の際に、麦畑の中を通りました。
そのとき
「麦畑を荒らしてはならない。違反者は死刑だ」というお触れを出しました。
そのため、騎兵はみな下馬して徒歩で行軍しました。

ところが、曹操の乗っていた馬が跳ね上がり麦畑の中に踏み込んでしまいました。
曹操は自分が禁を犯したため、主簿にその罪を判断させたところ、「尊貴な者には刑罰を加えないことになっている」という答えが返ってきました。

「自分で定めた禁令を自分で犯しては部下の統御はできない。かといって指揮官の自分が自殺するわけにもいかない。」というわけで、曹操は自分の髪を剣で切ったのです。

723: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/11(月) 11:41:04 ID:+OXAU9Xp0
さすがは曹操!

自分に大甘。

726: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/11(月) 13:42:47 ID:9lWCCnvj0
>>723
当時髪の毛をバッサリやるのは今で言うと、テレビで記者会見して土下座を何時間も放映するようなもんで、髪と言えど親から貰った体なので無闇に切るのは物凄い恥辱だった

730: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/12(火) 23:38:39 ID:edlIBz2h0
>>726
でも他の人なら死罪適用なんでしょ?
それを髪で済ますなんて明らかに甘すぎじゃないの。

731: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/12(火) 23:45:13 ID:IMxqGlQK0
>>730
コン刑っていうのが昔から中国にはあるんだよ
髪の毛を切って罰になる文化なんだから甘過ぎじゃない

725: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/11(月) 12:04:35 ID:y8Sgxhch0
良君の逸話なんだけどね、これ。

728: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/11(月) 15:53:37 ID:XDaqYS7N0
その逸話を記述したのは、たしか曹操の悪口を集めた書だったはず。
篇者としては、曹操の悪知恵と詭弁振りを示す話のつもりで載せたのだろうが。

734: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/13(水) 02:38:05 ID:jw0Vg/q40
髪を切るのは意外と重い刑だったりする。

735: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/13(水) 04:37:21 ID:ru6acMQl0
コン刑は一応肉刑の中では最も軽いが、他が左足切断とか目を潰すとかなんでなんとも。
上に「テレビで土下座中継」ってあったけどその通りで、髪は生えてくるまで時間かかるので結構恥は続くぞ。
ましで現場にいなかった人間にとってはただの罪人にしか見えないわけだし。
とにかく価値観が違う世界だから気軽に罪の軽重は語れないよ。

736: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/13(水) 23:11:21 ID:0tFKCMMk0
確かに現代の価値観では語れないが、この話って呉起が病気の兵士を介護して兵の忠誠を得たエピソードの同類でしょ
儒教的理念で語るのは見当違いじゃないのか

737: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/13(水) 23:26:54 ID:qp3HgGdy0
>>736
勘違いしてる

儒教的背景を理解してコン刑が物凄い恥辱だから美談になるんだよ

738: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/13(水) 23:34:51 ID:0tFKCMMk0
髪を切るのは恥辱であり不孝(というのが一般の認識)
曹操が罪を犯そうが部下が言ったように自分を罰する必要はない
でも曹操は自分の髪を切って死罪の代わりにした
兵士「うわあ凄い曹将軍は法律をここまでして遵守するのか。俺たちもちゃんと法を守らねば」
このエピソードを収録した奴「曹操は兵士に法を守らせるためには親不孝なんてへっちゃら。ヒドイ奴」

こうか

760: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/27(水) 20:38:27 ID:7bknWxpC0
流れきってすいませんが、人材マニアの曹操が誘いをかけて断れらた人材って誰がいますか?

甘寧と諸葛謹は分かっているのですが。

762: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/27(水) 21:29:37 ID:7guLuHNQ0
>>760
甘寧と諸葛瑾ってそんなエピソード有るの?


太史慈の「当帰」を送られたエピソードとか。

761: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/27(水) 20:43:48 ID:/ha/5CKD0
沮授とか

763: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/27(水) 21:59:27 ID:29ddy+Zz0
司馬仲達にも断られたと言えるかな。
結局は強引に登用したけど。

764: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/27(水) 23:58:27 ID:gf6D7or/0
張紘や関羽は、一時とは言え仕えたからその範疇には入らないかな?
まあ両方ともその後すぐに帰ったけど。

765: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/02/29(金) 01:42:46 ID:l8/yOfWs0
投降を呼びかけたけど城を枕に討ち死にした連中も入るんだろうか。

767: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/05(水) 16:43:00 ID:ZAQe8IGi0
義理堅いというか乱世には適さないな

768: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/05(水) 17:06:36 ID:+U2EQi5T0
感情的に、曹操には従えないということかもしれん。義理堅いというより。
まあ、そんな心情の結果かもしれない場合もあるかもしれんということで

769: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/05(水) 17:57:35 ID:bs67IaRa0
諸葛亮が言ったみたいに「北には人が多いから出世できんよ」みたいな感じで中原に戻ろうとしなかった連中とか。呉とか結構多そうな気がする。
でも張昭とか北方名士連中は赤壁あたりまではいつか戻れるつもりでいたんだろうか。

770: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/06(木) 12:36:07 ID:n2t7rgO80
曹操が袁紹を打ち破ったとき、袁紹の元に有った自分の部下の手紙を中身を見ずに焼き捨てた、ってエピソードが有るけど、光武帝にも後漢書にほぼ同じエピソードが有るんだよね。
状況も河北の王朗を倒したときだから似ている。

この手の手紙焼き捨てエピソードって名君にありがちなものだったのかな。
それとも范曄が(あるいは陳寿が)似たようなエピソードを仕立てた?

771: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/06(木) 12:42:00 ID:4rIb4WO+O
曹操の方は手紙を検閲したという話も残ってるよ
李通伝注だったかな

772: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/06(木) 12:58:14 ID:jRZVO29MO
曹操の光武帝オタっぷりは、今更言うまでもない位有名でしょ
つか、後漢の士大夫は程度の差はあれど、ほとんど光武帝オタ

774: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/06(木) 15:35:27 ID:mAHXw6Tc0
>>772
光武帝オタっていうか光武帝は後漢の創始者だから、後漢朝に仕えてる士大夫連中は
そりゃ光武帝に関して変なことは言えないでしょう。
曹操だけじゃなく後漢末の群雄達は皆光武帝のこと意識してたでしょうね。
後漢末の群雄争覇時代から見れば、新末後漢初の動乱は最も直近の参考例だから
その成功者である光武帝の事跡を真似ようとしたくなるのも仕方ないことかなと。

775: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/06(木) 15:52:16 ID:n2t7rgO80
>>772>>774
まあ真似したってのが妥当なんだろうけど、執筆時期自体は三国志→後漢書の順だということとか、あんまりにもそのまんますぎる点が気になった。

798: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/08(火) 22:46:24 ID:YLlC786P0
たぶん本土でもイメージは分かれてると思う
まー三国志自体日本ほど人気があるかわからんが

799: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/09(水) 18:37:40 ID:0YY/x+xY0
関羽、諸葛亮のみがぶっちぎりの人気なだけかもしれんしな

801: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/10(木) 22:01:07 ID:5CLkkqMj0
しかし、三国志やその注なんかを見る限りでは、曹操(というか曹氏)は当時から既に多くの名士からは微妙な距離を置かれていて、司馬氏が天下を取ると早くもこき下ろされ始めている(やけに醜聞が残っているのはそれが一因だろう)
曹操の扱いが悪いのは中国の伝統

802: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/10(木) 22:59:27 ID:FQlJBUHe0
まあ曹操もそのじいちゃんも要はなり上がりだからな。
やっぱ由緒正しい名士には煙たがられてたのかもね。
つーか正史のなかですら商鞅の如しとかって言われてるくらいだからなあ…

803: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/11(金) 00:16:09 ID:aVtfhR6v0
一時代の王としても領地が中途半端で不義簒奪の輩だしな。
しかも、漢朝といえば周朝に次ぐ超長期政権。
後漢末の時代が幾ら衰退した王朝の時代とはいえ、400年も続いた王朝に幕を降ろしてしまったのだから取り返しの付かないマイナスイメージを残しちゃったな。
その上、自分の子孫達が立てた王朝はたったの45年で崩壊。

これじゃ後世でどうぞ叩いて叩きまくってください、と言ってるようなもんだな。

804: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/11(金) 18:25:38 ID:SfBtCsF80
不義簒奪もクソも当時の群雄は漢朝に帰依しようとか思ってないし歴代の王朝みんな似たようなもんだけどな。
無能な皇帝に治めさせるくらいならYOU皇帝になっちゃいなよってのは儒教でも言われてる事だし。
グズグズに腐りきった王朝なんぞ滅ぶべくして滅んだようなもんだし。勝てば官軍だよ。

自分で獲得した領土だけだったら劉裕あたりと互角だし、歴代の王朝と比べてもなんら遜色ない。烏丸を始めとした北の有力な異民族も従わせてたからな
これで統一さえ出来てれば言う事無かったんだけどなあ。

赤壁でコケた親父もそうだが、息子ももう少し長生きしてれば呉を倒せてたかもしれない。かなり押し込んでたからな。後一押しが出来てねーんだよな。
曹氏は天下を取れない家系なのかねえ。

811: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/11(金) 21:54:27 ID:iCQomk5M0
>>804
呉を押しているように見えても結局勝てず、それ以降は呉を攻めれば蜀が動き出し、蜀が引っ込めば呉が元気になる、の繰り返し
結局一瞬でも天下統一を果たせなかったんだから、魏は「勝てば官軍」の「官軍」になりきれなかったってことなんだよ
不義な簒奪だったことじゃなく、実力を示すことが出来なかった点が問題なんだ

812: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/07/11(金) 23:19:15 ID:SfBtCsF80
>>811
ホントにねェ。結局勝ちきらなきゃ後世にはパッとしないイメージが付いちゃうからな。
統一してればそれこそ簒奪者とか冷血漢とか言われなかったろうし、マイナス部分もここまでこき下ろされる事は無かっただろうな。
でも統一されなかった時代だからこそ創作物とかの対象になってメジャーになったんだと思うと複雑だな。

引用元: ・【治世の能吏】 曹操 【乱世の姦雄】




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