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1: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 16:11:38.38 0
正統カリフ時代のイスラム帝国から現在のイスラム国まで
イスラム王朝について総合的に語りましょう








4: 世界@名無史さん 2016/03/10(木) 10:28:45.16 0
開祖時代はすでにスレがあるからなあ
セルジューク朝やブワイフ朝のようなあまり話題に出てこない王朝とかメインがいいな

16: 世界@名無史さん 2016/03/23(水) 12:35:51.89 0
>>4
セルジューク朝やブワイフ朝は高校世界史でも必ず名前を覚えさせられる程度にはメジャーな王朝なのに、いかんせん他のイスラーム王朝に比べて、日本で語られることが少ないよな。
アッバース朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン朝あたりが良く語られているイメージ

18: 世界@名無史さん 2016/03/26(土) 04:18:03.57 0
>>16
西欧を圧倒したかどうかでしかアジアの偉人を評価する脳を持ち合わせていないから。
アジアの歴史を増やすことで西欧中心主義を克服した!なんて自惚れているが
結局、日本人は永久に西欧中心主義から抜けられないんだよ。

19: 世界@名無史さん 2016/03/26(土) 15:13:03.30 0
>>18
オスマン朝、アイユーブ朝あたりは確かに西洋諸国との絡みで好印象もたれてるな。
どちらも西洋の勢力を打ち破ったから語られている感じだ。

23: 世界@名無史さん 2016/03/30(水) 00:34:39.80 0
>>19
アッバース朝も、千夜一夜物語に出てくるハールーン・アッラシードといわゆるイスラム科学(実際の担い手はキリスト教徒やゾロアスター教徒だが)がネタの全てだな。つまり欧米への影響ありき。
イスラームの戒律、伝承がこの時代に本格的に整備されていったことやシーア派の本格的な分離は「ムスリムのどうでもいい内部事情」に過ぎないから絶対に語られない。

24: 世界@名無史さん 2016/03/30(水) 14:19:52.09 0
>>23
確かになぁ。知恵の館とかのイメージがどうしても強い。
イスラームの宗教的内容についてはあまり語られていない印象

25: 世界@名無史さん 2016/03/30(水) 14:46:40.86 0
>>23,24
イスラーム神秘主義の出現は重要だぞ。シーア派も本来、イスラーム神秘主義の一種だ。
時代がクルアーンとハディースに対する解釈変更を必要としている時に、理論を圧倒する権威づけとして神秘主義が必要なのだ。
そもそもクルアーンとハディース自体が数理的な理論の通じないものである以上、置き換える労力も大きいということだ。

シーア派やバハイやアハマディアは、メンヘラが思い付きで興したのではなく、預言者の言葉を打ち消す必要に迫られて神秘主義で解釈変更の権威づけにしたのだ。

26: 世界@名無史さん 2016/03/31(木) 01:15:25.87 0
神秘主義はイスラームの拡大に貢献している面が大きいな。
中央アジアや東南アジア、インドにまでイスラームが広がったのは神秘主義教団の布教による面が大きい。
ヨーロッパのキリスト教における宣教師のような役割を神秘主義教団が果たしたと言える。

27: 世界@名無史さん 2016/03/31(木) 09:02:02.43 0
土着の民俗信仰と習合し易いのがシーア派。
アラウィーだかなんだかしらんが出自も教義もイスラムとして怪しいのがあまりに多すぐる。

そういえば、チェチェン紛争での神秘主義派と原理主義派の対立もあったよね。

28: 世界@名無史さん 2016/03/31(木) 09:30:11.06 0
イスラム研究家のウマール=アブダラー博士によれば、アラウィー派は元々フェニキア人の一部族で、太陽神バールと月神イシタールを崇拝してきた部族の末裔なのだそうです。

つまりアラウィー派とは、正確にはアラウィー族という部族の名前だ、というわけです。

syrezmap9世紀ごろ、シリアがイスラム化したことで彼らはバールをムハンマド、イシタールをムハンマドの娘婿アリに置き換え、崇拝したことでイスラムの一派であるとみなされるようになりました。

アラウィー族はほとんど農民で、その歴史の大半は貧しく、そして搾取されてすごしてきました。彼らは豊かで、彼らの富を掠め取るダマスカスやハマのスンニ派からの独立と復習をずっと願ってきたのです。

30: 世界@名無史さん 2016/03/31(木) 09:35:52.36 0
チェチェンの人々は、イスラム教徒。ただ、この地域にイスラム教が入ってきたのは18世紀ごろで、それまで信仰されていた地元の宗教儀式と混じり合った、「イスラム神秘主義(スーフィズム)」になる。
厳格な従来のイスラムと違う点は、偶像崇拝をタブーとするイスラムに対し、スーフィズムは修行を続ける聖者たちを崇拝し、聖者は「奇跡」を起こすとされ、宗教儀式の踊りや音楽などもあり、人々を恍惚とさせて宗教意識を高める。

シャイフ(shaykh)と呼ばれる聖人を中心に、その弟子たちが各地の村々の指導者となり、宗教的な強いつながりが、チェチェンの氏族社会の特徴。
また、同族的なつながりに加え、山の民としての自尊心の強さがある。

結局のところ、イスラム原理主義とは相性が最悪だということだ。

6: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 09:35:19.89 0
>>1
イスラム国は王朝なのか?

7: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 10:01:35.96 0
カリフの地位がアブー・バクル・バグダディから彼の親族に継承されれば王朝といえる。
だが、まだカリフ継承を一度もしてないので今のところは王朝とはいえない。

8: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 13:45:17.07 0
王朝(おうちょう 英: Dynasty)とは、同じ王家に属する君主の系列、あるいはその系列が支配する時代を指す。「朝」は朝儀 に由来する[1]。

通常、王朝は血族による世襲で継承されるが、養子縁組による相続で継承が行われたり、マムルーク朝のように実力者が跡を継ぐ体制の例もあった。
王朝の存在時から、その王朝名で知られている場合もあるが、ほとんどは後世の歴史家の研究によって命名されて一般に認知されたものも多く、そのため王朝とみなすか、いつを王朝の区切りとするかなどは、後世の歴史家の判断によっては定まらない場合がある。

9: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 15:19:09.73 0
トンブリー王朝も1代しかないけど王朝扱いだしね
カリフは選挙制ではないだろうからイスラム国は王朝でいいんじゃね

11: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 17:22:34.80 0
>>9
王朝扱いじゃないね。英語版Wikipediaだと
アユタヤ・ダイナスティ
トンブリー・キングダム
チャクリー・ダイナスティ

51: 世界@名無史さん 2016/09/26(月) 03:41:05.91 0
>>11
United Kingdom の、ウィンザー家とかハノーファー家とかスチュワート家とかランカスター家とかのKingを頂いてる国体は、王朝ではないんかい?

12: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 19:23:10.32 0
トンブリー王朝
Koenigreich Thonburi ドイツ語
Regno di Thonburi イタリア語
Reino de Thonburi ポルトガル語

アユタヤ王朝
Koenigreich Ayutthaya ドイツ語
Regno di Ayutthaya イタリア語
Reino de Ayutthaya ポルトガル語

13: 世界@名無史さん 2016/03/18(金) 07:49:25.33 0
トンブリーは前後があるから王朝と言えなくもないが、イスラム国はないから言えないね

14: 世界@名無史さん 2016/03/18(金) 08:54:00.90 0
現在のところイスラム国を王朝と断定するのは厳しいけど年数が経てばそういえるかもね
マムルーク朝も世襲ではなかったし1代で終わった王朝もいくつかあるしね
王莽の新 李自成の順 とか

15: 世界@名無史さん 2016/03/23(水) 11:20:20.14 0
1代で終わった王朝は、トンブリ―朝や李自成の順みたいに、東アジアや東南アジアには例が見られるが、
イスラム圏だと意外に見当たらないな。だいたいどの王朝も2代以上続いている。

17: 世界@名無史さん 2016/03/24(木) 13:15:16.90 0
イスラム王朝で一代で終わったのはないかな
よく語られる王朝はアッバース、オスマン、ムガルぐらいだね
次点でウマイヤ、アイユーブ、マムルーク、サファヴィーぐらいかな

21: 世界@名無史さん 2016/03/27(日) 12:51:33.23 0
インドのデリー・スルタン朝5つはマイナーなのか・・・
ムガル帝国までの中継ぎだけどインド史においては重要

22: 世界@名無史さん 2016/03/28(月) 10:54:09.27 0
>>21
インド・イスラーム史においては重要だけど、日本ではマイナーなのは否めないね。
多くの人にとっては、世界史の授業でとりあえず名前だけ覚えさせられる王朝、って感じでは。
個々の王朝を見てみると、奴隷王朝のラズィーヤとか、ハルジ―朝のアラーウッディーン・ハルジ―とか、なかなか個性的な人物もいたりして興味深いんだけどね。

32: 世界@名無史さん 2016/04/17(日) 23:35:32.35 0
イフリーキヤやマグリブのイスラム王朝も無名といえば無名

29: 世界@名無史さん 2016/03/31(木) 09:32:49.99 0
世俗主義のバース党のアサド体制を同じシーア派ということで宗教国家イランが支援し、イスラム原理主義の危険があるスンニ派の反乱軍を、社会主義色の強いバース党よりましということなのか、アメリカやトルコが支援しているという構図で本当に訳がわかりません。

31: 世界@名無史さん 2016/04/17(日) 22:48:10.40 0
イランは国家としての建前はともかく社会の実態はイスラム色は強くないよ。
イスラム教が宗教主流派の国家の世俗色の強弱は、女の姿を見ればわかる。

33: 世界@名無史さん 2016/04/18(月) 13:57:55.03 O
>>31
フランスのエマニュエル・トッドが言ってるな。
「キリスト教と同様、イスラム教にも世俗化を押し留める力は無い」
「将来起こるイスラム世界の世俗化は、トルコでなくイランから始まる」
と。

トッドは好きだが、これが本当なのかは半信半疑。

35: 世界@名無史さん 2016/04/18(月) 23:34:19.19 0
インドネシア・マレーシアのほうが世俗化がよっぽど進行してると思うんだけどね。
まあシーア派は信仰の体系より個々人の信念重視という点ではプロテスタントに近いか。

39: 世界@名無史さん 2016/09/02(金) 20:13:07.90 0
ウマイヤ朝=アラブ人のための国家
アッバース朝=イスラム教徒のための国家

この認識でおk?

40: 世界@名無史さん 2016/09/02(金) 22:45:29.78 0
アッバース朝=アッバース家のための国家

41: 世界@名無史さん 2016/09/02(金) 22:58:27.20 0
ムハンマドが天国から見たらムアーウィヤとか絶対許さん気がする
それが最大勢力スンニ派だから皮肉

42: 世界@名無史さん 2016/09/03(土) 13:35:51.29 0
いまさらバーナード・ルイスの『イスラム世界の二千年』読んでるんだけど
イスラム史って意外と日本の歴史と似ている気がしてびっくりしましよ。
まだ3分の1ぐらいしか読んでないけど
実権を握っていたカリフが次第に武官に実権を奪われて、宗教的権威に納まったり
セルジューク族が既存のカリフを、据え置きにしてカリフとは別にスルタンを名乗って
軍人たちに土地を分配して封建制を採用した話とか、朝廷ー幕府の関係みたいで
中国・朝鮮の歴史よりも、なんか親近感が沸いた

いまはベルベル王国っていう国の存在がすごく気になってる
なんか国名かわいいし

44: 世界@名無史さん 2016/09/04(日) 03:48:04.01 0
>>42
西欧の皇帝と教皇の関係にも似てるな
日本に限らず、普遍的な事だと思うが
政治と宗教は手に手を取り合ってだよ

52: 世界@名無史さん 2016/09/26(月) 09:05:53.55 0
>>42
カリフの宗教的・精神的な権威は低いからなあ。
メッカの守護者の方が格が上。

ファティマ朝とかマムルーク朝とか、カリフ? そんなのまだ居たの? 自称だろwwwwみたいな感じ。
そこそこの礼遇はしても、政治に参与させたり経済的な援助をしたりは無い、徳川時代の、喜連川(足利家)とか織田家のようなものだろ。

56: 世界@名無史さん 2017/01/12(木) 16:13:31.98 0
>>52
ファーティマ朝はアッバース朝に対抗して主君がカリフを名乗ったんじゃなかったんじゃないでしょうか?
後ウマイア朝とならんでカリフ三鼎立時代の中カリフ国なんて言われていますが?
マムルーク朝は江戸幕府における調停みたいにモンゴルに滅ぼされたアッバース朝の生き残りをあえて傀儡に擁立したんじゃなかったんじゃないでしょうか?カイロ・アッバス朝かな?

49: 世界@名無史さん 2016/09/08(木) 03:50:05.49 0
スルタン=カリフ制は、公武合体みたいなものか
当時の日本とトルコはどちらも列強諸国の外圧にさらされていた

53: 世界@名無史さん 2016/10/23(日) 21:34:28.13 0
ロシアにあったカザン・ハン国とかなにげにイスラム王朝なんだな
もっとも北方にあるイスラム王朝か?
いまでもあの辺りは◯◯スタンって名の共和国があるよな

59: 世界@名無史さん 2017/01/30(月) 14:14:18.54 0
>>53
なにげにて、タタールの軛の時代、ロシア全域がトルコ・イスラム王朝のジョチ・ウルスの属領だったんだぞ。

60: 世界@名無史さん 2017/02/14(火) 14:55:42.45 0
ジョチ・ウルスの後継国家はバラバラに分裂した、カザンハン国、アストラハン国、クリミア・タタールハン国
サライ中心の大ハン国、シャイバニー朝、カザフ・ハン国、シビル・汗国などに分裂し結局、ツァ―リ・ロシアに
確固撃破されていった、モンゴルのルーシー侵攻は1240年代だがモスクワ大公国に
サライの大ハン国が大敗したウグラ川の戦いが1480年、大ハン国は急速に衰退し
1502年にクリミア・タタール・ハン国に滅ぼされる、エカティリーナ女帝時代に完全に
クリミア・タタール・ハン国が滅ぼされたのが1783年、かくしてジョチ・ウルスは完全に消滅

74: 世界@名無史さん 2017/11/19(日) 10:21:18.81 0
ロシアの領内にハン国がいくつもあったことに違和感を禁じ得ない。

64: 世界@名無史さん 2017/06/30(金) 10:19:50.04 0
ムワッヒド朝良かったのにな
もっとイベリア半島を支配して欲しかった

引用元: ・イスラム王朝の歴史



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