518jSm0BO9L



1: 1 2006/10/01(日) 03:29:25 ID:EMAYDy7Y
地政学で見た場合の戦国大名の戦略
攻防を語りましょう








3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/01(日) 03:35:38 ID:EMAYDy7Y
http://geopoli.exblog.jp/5546133/

山梨というのは地政学的に見れば明らかにランドパワーなのですが、その例にもれず、武田信玄もランドパワーらしい動きをしておりました。

甲州と言うのは四方八方を山に囲われている盆地なんですが、地理的にも「囲まれてしまう!」というエンサークルメント(Encirclement)の恐怖を感じやすい地形なんですね。

その例にもれず、武田信玄もよく対外遠征をしておりまして、外からの侵入にそなえるために、あえて逆に外に攻撃的に出ております。戦前のドイツや最近のイスラエルの動きとけっこう良く似たことをしているわけです

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/01(日) 03:48:05 ID:EMAYDy7Y
当時の大大名たる武田氏や上杉氏は、農業生産力や鉱物資源(佐渡や甲府の金山)を基盤にしたランドパワーであった。
それに対抗した信長は商工業の自由化(楽市楽座)や堺の直轄化にみられる南蛮交易の独占といったシーパワー戦略をとり、ポルトガルと結ぶことによって覇権を握ったのだ。
要するにランドパワーに対してシーパワー戦略で対抗したその象徴が長篠の戦である。
 
この戦いの後、安土に築城する。安土は、琵琶湖の水運を利用して京都へ半日で到達でき、かつ堺にも近く、港の支配を通じて覇権を握るシーパワーの戦略に合致している。
さらに、この戦略の延長上に、彼の後継者秀吉による大坂城築城がある。瀬戸内の海運、フィリピンやマカオとの交易にはこの大坂城は戦略拠点になる。要するに、シーパワーの観点から、大坂や堺といったリムランドを支配したのだ。
 
信長は、日本史上は異端児の革命家と評価される。
しかし、彼を同時期のスペインやポルトガルと比較すれば共通点が見られる。フロイスを始め、イエズス会宣教師が彼の参謀役を果たしていたことは間違いない。
 
絶対王政は、1.常備軍、2.官僚制、3.重商主義、などを特徴とするが、これらは、信長が実行したかまたは実行しようとしたことである。

http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls010.html
※リンク切れ


10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/02(月) 19:59:55 ID:90TshmmZ
島津→ランドパワー
大友→シーパワー
大内→シー
毛利→シー
尼子→ランド
三好→シー
織田→シー
徳川→ランド
上杉→ランド
武田→ランド
北条→ランド
伊達→ランド

こんな所かな?

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 12:35:42 ID:1MmhG/uW
上杉の収入のほとんどは貿易じゃなかったか?

14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 12:39:09 ID:1MmhG/uW
そもそも当時の越後に農業生産力なんてないし。
だから冬季略奪ツアーしてたわけだから。

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 14:05:14 ID:r7OxsAis
>>14
なんか匈奴みたいだなw

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 06:28:19 ID:8CFUzY9f
たとえば秀吉の統一事業なんかも
四国→九州→関東って順だけど
これも地政学的な意味があるのか?単に近い順か?

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/05(木) 00:45:01 ID:tArluU1z
>>12
四国は近いからだが、関東征伐が先に行われる可能性は、北関東諸将の要請というか悲鳴もあって、結構高かった。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/05(木) 01:38:54 ID:KzBdIMYw
>>12
秀吉は家康と講和したことで関東を八方塞がり(奥州方面は開いてるけどこの場合上方に向けて、ということで)の状態にできたから無理して攻める必要はなかった。となると本拠地大坂に近い順に平定して行くことは地政学的にも理にかなってるね。
しかも瀬戸内と紀伊水道の制海権を取った時点で四国はほぼ平定。九州も上陸への足がかりになる大友氏(立花、高橋の踏ん張りは地政学的にはかなり重要)が秀吉に味方してる時点でもう平定したようなもの。
島津もさすがで秀吉が来る前の九州平定を急いでいたから地政学的な軍略は持っていたんだろうね。

後の戦いは関白の威勢を知らしめるというのと、褒賞の領地を得ることが目的なので地政学的には対島津戦の意味はあまりないかな。

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 14:50:37 ID:vwiLg4CZ
ま、地政学を見てというか普通に河口流域や、盆地などが一番重要な地域になるのは明白なので、必然、そこを押さえた武将が天下を取るのは当たり前なわけだが
日本の首都で見てみても平城京、平安京、鎌倉、京、大坂、江戸
全て盆地か河口流域にある訳で、それは当たり前だな


18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/04(水) 17:21:50 ID:WarRGNdR
家康の親藩、譜代の配置の仕方は地政学的にかなり意義がある。

というか戦国の群雄割拠してる状態すべてを地政学で俯瞰するのは無理だよ。
地政学的にみた上杉、武田、織田などとそれぞれの大名に焦点を当ててみるのが地政学。

22: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 10:50:20 ID:iYJFhG+b
北条はランドパワーとシーパワー両方併せ持つ
小田原港には明の貿易船が寄港し黒潮での人的・物的交流も大きい
水軍の将の出身地は多彩だし

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 13:30:29 ID:sPBDr5Oy
地政学名言集
「優れた陸軍大国が同時に海軍大国を兼ねることはできない。その逆も然り。」

24: テンプレとして「地政学名言集」 2006/10/06(金) 16:25:37 ID:sPBDr5Oy
一、隣接する国は互いに敵対する。
二、敵の敵は戦術的な味方である。
三、敵対していても、平和な関係を作ることはできる。
四、国際関係は、善悪でなく損得で考える。
五、国際関係は利用できるか、利用されていないかで考える。
六、「優れた陸軍大国が同時に海軍大国を兼ねることはできない(その逆も然り)」
七、国際政治を損得で見る。善悪を持ちこまない。
八、外国を利用できるか考える。
九、日本が利用されているのではないか疑う。
十、目的は自国の生存と発展だけ
十一、手段は選ばない
十二、損得だけを考える。道義は擬装である。
十三、国際関係を2国間だけでなく,多国間的に考える。
十四、油断しない
十五、友好,理解を真に受けない
十六、徹底的に人が悪い考えに立つ
十七、科学技術の発達を考慮する

「国家に真の友人はいない」 キッシンジャー
「隣国を援助する国は滅びる」  マキャべリ
「我が国以外は全て仮想敵国である」チャーチル
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
長く深淵を覗く者を、深淵もまた等しく見返す」 フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)


25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 20:20:28 ID:9OkEpCWP
地政学的に戦国時代の日本は明らかにランドパワーに属する。

貧弱な外洋航海術しか持たず、陸戦が主体で海戦は限定的。
つか、海戦で勢力分布を決定づけたのって戦国時代にあったっけ?

地政学的に見た場合、唐入りは無謀過ぎる上に、李舜臣の戦術はランドパワーを破る正攻法と言える。

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 21:33:38 ID:9OkEpCWP
いや、戦国時代の日本にシーパワーの大名はいないんじゃないかと。

海挟んで対立したのは余りないし、里見対北条、大友対毛利ぐらいだし、どちらも海戦で勝敗を決したんじゃないからシーパワーとはとてもいえない。

基本的に隣国は地続きで、隣国程度なら、言葉・風習・気候はおろか各国の制度、兵装に到るまでほぼ同じ。
これではランドやシーとかの分類は無理だと思う。

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 01:54:37 ID:q3DkbFLG
>>27
里見に関しては、制海権を北条に取られた事が講和の決定打になったと言っても良いと思うが。

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 21:57:07 ID:JQUu39NS
地政学ってそのランドパワーとかシーパワーとかいうやつが基本なの?
概要がよくわからんのだけど
単に地理的要因が政治的戦略的情況に影響を与えるという事ではダメなのかな?

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/06(金) 22:32:05 ID:9OkEpCWP
そもそも地政学は近代国家の地球的規模からみた戦略論でしょ。

地理的要因による政治経済制度や得意とする軍事行動を分析し、それに基づく取るべき外交、戦略指針を予測、仮説なりをだす。

その地理的要因(気候、海洋or大陸)が国民の風習、気質に影響を及ぼし国家の制度、軍事的に傾向作るなら、同一風土、制度をもっていれば、その中での地政学的には差異は殆ど無いと言わざるをえない。

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/07(土) 22:10:18 ID:K209zpe+
ハウスフォーファだっけ?なんか、むかし読んだことある。
中国と朝鮮の関係が面白かった。半島国家はつらいね。
里見さんもつらかったと思うよ。

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/08(日) 03:48:26 ID:itfTw66U
イギリスが香港や威海衛みたいに港だけを租借したのもシーパワー戦略なんだな
中国大陸(含む半島)とのかかわり方ではあれがベストなんだろなぁ

65: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 02:37:26 ID:5f5Wk1jB
戦国時代の制海権争いってみようよ

67: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 15:14:46 ID:erLjlgwa
ていうか制海権争い瀬戸内海でしかおこってなくね?

68: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 15:21:15 ID:uxhSpNtd
マジレスすると
豊後水道・紀伊水道・伊勢湾・駿河湾・東京湾などでは水軍と言えない程度の漁民による小競り合いは多発していた。
制海権と呼べるようなものではないな

69: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 17:52:32 ID:woM9UJAj
近代以前の航法って地文航法で岸からほとんど離れる事は出来なかったんでしょ?
そんな状態で制海権も糞もないと思うんだけど、どうなのよ。
つーかそもそも制海権って、それなりの情報力も発達した近代的な国家と海軍運用のもとでしか発生しないんじゃねーの?よくわかんねーけど。

70: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 18:42:28 ID:6gsC0qVa
戦国時代くらいなら海を越えるのに安全に兵や物資を輸送できれば、それを制海権ってよんでいいんじゃない?

72: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/14(土) 21:31:04 ID:woM9UJAj
ちょっと戦国時代の海の話はおれもよく知りたいところなので、話してみようかな。
まず俺は戦国時代に制海権なんてものはないと思っている。

制海権というのは、空母とその航空戦力によって成し得るもので、敵対する勢力の港湾の情報とかを知る事によっても維持するもんだと思うんだけど。違うかな?
敵方の艦船が平気で少なくとも公海上に出てこれるなら制海権をもっているとはいえないからね。

んで戦国時代の大名なり領主が、敵対する勢力の港の情報を知っていたかというと、明らかにそんな事はないわな。例えば二回目の木津川の合戦で勝利した織田が、瀬戸内海を九鬼水軍に闊歩させて敵対勢力の港を監視させる事が出来たかというと、それはどう考えても無理だ。あるいは北条が里見方の港を監視していたかというと、それもないだろう。
お互いの港の状態を知る事が出来ないので、ある意味海上は航行し放題だったわけだ
(もちろん二、三日程度に一度は寄港しなくちゃならないけど)。

相手の勝手な航行を止めさせるためには(つまり相手の「制海権」に歯止めをかけるためには)最低でも相手の港を押さえなければならないわけで、それにはその地域を勢力下にしたり同盟者にしたり必要があるわけだ。でもこれって戦国時代の普通の陸の争いと同じじゃない?
それを制海権って呼んでもいいけど、普通に土地の所領化、勢力の家臣化、目下の同盟者化のようなことで説明できることなんだよね。

長くなったが最後にもうひとつ。
1585年頃佐竹を初めとする北関東の領主はかなりの数の鉄砲を所有しているんだけど、これはどう考えても上方から手に入れたものなんだよね。当然海をつたって来た船から買った物で間違いないんだけど、これはつまり北条はその船を止められなかったってことになる(北回りで来たとは思えない)。
他勢力と他勢力の通商を確実に止められなかったという点でも、当時の制海権というものに
激しく疑問なんだよね。

73: 白馬青牛 2006/10/14(土) 22:16:11 ID:d4BVe3Sv
瀬戸内海は、小型船の世界じゃったし、織田が九鬼水軍に船自体を武装する戦法は瀬戸内水軍の発想は無かった。浄土真宗の安芸門徒が、石山本願寺に物資の救援が難かしゅう、なったと云えるけどね。黒潮は死の海で流されたら、遭難するか、米国まで行って仕舞う。
太平洋側の黒潮地帯で、やたらと海上交易や海上勢力を強調できんと思うよ。鎌倉期の北条氏(千葉、三浦氏も含め関東海岸地帯)は、網野善彦氏の指摘するよう、海船を持ち、海上交通路の支配に、意欲を示したんであろうが。
>>72氏の云われるよう、港市の拠点を制覇せんと、制海権確保にはならん。
航空戦力の時代じゃないけどね。戦国期は、西日本でも、点と線の拠点支配より、面の領土支配の構図じゃないか。

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/22(日) 20:06:07 ID:jTx3cU4s
戦国初期の大内(博多商人)vs細川(堺商人)は海上圏をかけた戦いだったと思う

78: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/24(火) 18:07:07 ID:2cYHd+Nm
交易「権」を争う、ついでなら対外的正当政府争いとも言えそう>大内-細川

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/30(月) 02:48:54 ID:zF1xZBGP
隅っこの方でちまちまとやりあってたとは言え結構な動員力同士で争ってた、北条VS里見もたまには思い出してください。

85: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/11(土) 17:46:26 ID:ZxEwCxx5
西日本について。
九州から東に攻め上るコースと関東や機内から西に攻めるコースはどちらが優位なのだろう。
神武天皇は、西→東のコースだったね。
源義経は、東→西か。
足利尊氏は、西→東だったよね?
豊臣秀吉、東→西
明治維新、西→東か。
どちらとも言い難いか。

ランチェスターの戦略論では、西→東説が有力だが。

86: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/11(土) 18:30:03 ID:11yc+lB7
>>85
というか北→南が世界で一般的だろう。
例外は日本とイギリス。

87: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/12(日) 00:06:37 ID:d8/e1wT6
北方民族は勤勉で南方民族は怠惰になりやすいということかな?

91: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/15(水) 01:40:47 ID:gZvr+uKZ
>>87
冬は何も出来なくて暇だけど夏は冬の分の食料溜め込まなくちゃならんからな。

107: 人間七七四年 2007/03/01(木) 21:10:39 ID:0AHEaW1N
なんかの本で、飯の量・質等の悪い国の方が、飯の量・質等の良い国よりも強いってのがあったな。
たしか理由は、飯の量・質等の悪い国が良く頑張るらしいが

109: 人間七七四年 2007/03/01(木) 21:51:38 ID:AVaYy8kH
イギリスの食べ物が貧しいって話だろうw

110: 人間七七四年 2007/03/02(金) 00:36:25 ID:qxhj2FT7
別にイギリス人の食生活は貧しくないけどな。
そりゃフィッシュ&チップスは不味いけど不味い食い物なんてどの国にもある。

113: 人間七七四年 2007/03/02(金) 23:02:06 ID:nqfq/zvW
まるで三河武士

123: 人間七七四年 2007/04/15(日) 16:54:08 ID:He3JYPDt
毛利大友はまさに海洋国家の毛利が大陸に攻め込み最後は失敗する感じだな
そして毛利家は以降は陸続きの畿内に向けて攻め始めた

128: 人間七七四年 2007/04/16(月) 03:30:36 ID:dtqh3s9/
>>123
毛利大友は、半島国家の毛利が海の向こうの大友を攻めようとしたら、(大友の対毛利包囲網戦略により)大陸側からつつかれてそっちにかかりっきりになってしまったという所じゃね?

129: 人間七七四年 2007/04/16(月) 17:57:36 ID:RQJCkK0X
半島国家は勢力拡大するには有利だ

織田北条、毛利、島津はみんな半島国家
強い陸軍と海軍を持つのが特徴

世界史的にも半島から世界勢力になった国は古代ローマ、イスラム帝国、オスマントルコ、ヨーロッパ諸国

130: 人間七七四年 2007/04/16(月) 19:00:47 ID:4EG+mRKi
>>129
人類史上で繁栄した無数にある国家の中でたまたま半島出身の国を挙げただけじゃねーかw
半島じゃなくても拡大した国の方が遥かに数が多いだろ。

131: 人間七七四年 2007/04/16(月) 19:18:25 ID:KuhJHgaE
>>129
イスラム帝国は、地中海南岸を征服するまで海軍とは無縁
ヨーロッパは一つの国ではない。ちょっと論理に無理が無いか?

むしろキシュツの悪の論理に、半島国家は陸側からも海側からも攻められ、発展しにくいと書いてあったはずだが

132: 人間七七四年 2007/04/16(月) 19:51:26 ID:RQJCkK0X
ヨーロッパは半島国家だろ
大陸に当たる部分がロシア、海洋国家にあたるのがイギリスだと考えれば
ヨーロッパは一つの半島国家なんだが

世界帝国の殆どは半島だよ
他に世界帝国といえる国は
大陸では、モンゴル、ソ連、ペルシア
海洋では、大英とアメリカくらいかな

あとは大体半島国家だよ

134: 人間七七四年 2007/04/16(月) 20:10:00 ID:RQJCkK0X
地政学の発祥であるドイツが
自分たちをランドパワー(ソ連)とシーパワー(イギリス)に見立てた
半島国家と規定してたくらいだからドイツは半島国家じゃないか
ちなみにフランスはランドパワーがソ連でなくドイツになるが、結局これも半島国家になる
スペインポルトガルはイベリア半島を中心にした半島国家

160: 人間七七四年 2007/04/21(土) 19:07:19 ID:h7d1vBU3
>>134
> 地政学の発祥であるドイツが
> 自分たちをランドパワー(ソ連)とシーパワー(イギリス)に見立てた
> 半島国家と規定してたくらいだからドイツは半島国家じゃないか

どこで規定してた?ハウスホーファー?
大陸国家ではあるがそもそも半島国家というカテゴリーが地政学にあるなら参考文献を教えて欲しい。

150: 人間七七四年 2007/04/18(水) 01:25:54 ID:nXmikfPg
教科書暇があったら探してみた行けけど
確か冷戦時の項目で「西洋はWTOに睨まれた巨大な半島国家であるから…」
みたいな記述がうろ覚えだがあったような気がする

183: 人間七七四年 2007/05/23(水) 01:36:01 ID:PrDUaIJD
ほとんどがリムランドに分類できる日本で、シーパワーの拡充にあまり力を入れなかった織田・豊臣・徳川が覇権を握った。
これの意味するところはシーパワーなんて要らないじゃんでOK?

185: 人間七七四年 2007/05/24(木) 09:23:09 ID:KhKZcYVe
>>183
信長はシーパワーの人
もともと尾張の商業を重視し海洋的だった
家康は貧しい三河で大陸

186: 人間七七四年 2007/05/24(木) 21:22:05 ID:ZclOvDNR
>>185
重商主義≠シーパワー

184: 人間七七四年 2007/05/23(水) 20:51:31 ID:6ku2myfU
中世と現代ではかなり事情が違うんじゃないのか?

197: 人間七七四年 2007/11/06(火) 19:54:53 ID:GNK9CUyb
俺の戦国地政学
京(朝廷)と堺(商人)と紀伊(鉄砲)を押さえた奴が天下取る。
異論は認める。

198: 人間七七四年 2007/11/06(火) 22:05:26 ID:Vx54Vf3s
紀伊は後に国友へその座を譲ることになるけどね。

200: 人間七七四年 2007/12/12(水) 12:59:38 ID:WzUYCkA1
京に近い勢力と地方の勢力じゃ天下に対する意識が違うよね
辺境から天下を狙うって当時じゃ うつけ 扱いされたのかな

201: 人間七七四年 2007/12/12(水) 14:15:41 ID:iC9dZHVp
越後上杉氏が地政学的に有利な位置を占めている大名のうちの一つで、越後は奥州、関東、中部を抑える要衝で、しかも越後(55万石)、越中(36万石)、能登(21万石)、加賀(60万石)、北信濃(14万石)、上野(25万石)、出羽荘内(10万石)併せて200万石、総兵数6万、また、関東管領、鎌倉公方格、副将軍格として武田や北條ににらみを利かせたから、上洛など容易い

203: 人間七七四年 2007/12/12(水) 16:43:12 ID:5rG9apkQ
>>201
謙信の死後、本能寺の変までの四年間、織田家の北陸方面軍に負け続けて滅亡寸前まで追い込まれてるようではダメだろ。

202: 人間七七四年 2007/12/12(水) 15:01:56 ID:5z9fFzOG
雪さえなければな

204: 人間七七四年 2007/12/12(水) 17:48:36 ID:7IStt7XI
海(塩、海運)
平野(米)
河川(陸運)
資源(金山、銀山)
都(人口密集地)

205: 人間七七四年 2008/01/29(火) 21:58:34 ID:TbKICdH/
>>204
その全てを押さえていた大内が滅亡した件について

206: 仙台藩百姓 2008/01/29(火) 23:12:50 ID:de8L5lIf
つまり飛騨辺りは絶望的だと?( ^ω^)

207: 人間七七四年 2008/01/30(水) 03:43:41 ID:wRaMqCN2
>>206
飛騨は頑張ってどうにかなるレベル越えてると思う(´・ω・`)
雪も降るし。
海外で言えばブータンとかに近いかな?

208: 人間七七四年 2008/01/30(水) 13:31:56 ID:jaB1tUcT
つまり武田は絶望的で松平、今川より悪い大陸勢力だな。
畿内を押さえた、細川や三好は有利なはずだがなんでグダグダなんだろう。
関東押さえた後北条はどうかな。

209: 人間七七四年 2008/01/30(水) 20:42:08 ID:CKt1hOQS
北条は東側に武田・今川・徳川と大国が居続けるから、中国の大国・毛利が進行上に立ちはだかっている島津同様きついと思うぜ。

211: 人間七七四年 2008/01/31(木) 05:01:08 ID:OMw1fuRV
>>209
西だろ?
揚げ足とりだが。

210: 人間七七四年 2008/01/31(木) 03:14:54 ID:eyEEY5ZK
飛騨はどうにかならないどころか地震で城が地中に埋まってしまうようなところだからな

引用元: ・地政学で見る戦国大名



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