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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/20(日) 19:27:51 ID:R4FAQGmO
英雄色を好むといわれ同時代の名高い武将の多くが何人もの妻妾を持ったのに対して謙信公は妻妾を一切持たず、子供を一人も作らず、それらとは正反対の生き方をしました。
子種を残すのが第一の戦国時代で彼は何故生涯不犯を貫いたのでしょう?








4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/20(日) 19:32:33 ID:eDRsVSYo
性的不能だったから

これが一番現実味があると思う。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/20(日) 19:56:25 ID:yhYgXua2
実は隠れてヤってた説が有力なんだけどな

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/20(日) 20:40:32 ID:EA2gFxtv
近衛前嗣の書簡に夜、足利義輝と上洛中の謙信が「華奢な若衆」を連れて押しかけてきたうえ、死ぬほど大酒飲んで「若衆好きです」と言って帰った。

ってあるから、多分真性ゲイだったんじゃないか?
それかもしかしたら女かどっちかだろう。

あの時代、側室も設けなかったら、家臣団が一斉に「頼むから世継ぎ作ってくれよ」と泣きついてた筈なんだがそういう記述もないしなあ。

14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 02:23:58 ID:Koz/Bdk2
宗教心から邪淫戒を守ろうとしたんじゃないの

17: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 02:40:11 ID:DUEtQZlS
>>14
確かに幼少の頃は林泉寺で育ったし僧の稚児文化みたいなものは目の当たりにしてたはずなんだよなあ。仏門では女色は禁じたが男色は禁じてないし。法名やら位階やら貰ってるから仏門の影響で女犯を冒さず稚児とのみ性交渉したのかもな。

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 02:38:47 ID:8yaI3rLp
謙信は兄と争った事を、ずっと後悔していたらしい。
妻帯しなかった理由には、兄に対して筋目を通そうとしたこともあげられるのではないか。

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 02:45:08 ID:nvCT7aNA
>邪淫戒

数ある謙信の願文に、このフレーズが皆無なところに真言密教の「邪淫戒説」は危ういんだよな。同じく、飯綱権現の女色忌避説も、謙信の願文にまったくはないし。
飯縄権現(いづなごんげん、いいづなごんげん)とは、信濃国上水内郡(現 長野県)の飯縄山(飯綱山)に対する山岳信仰が発祥と考えられる神仏習合の神である。一般に戦勝の神として信仰され、足利義満、管領細川氏(特に細川政元)、上杉謙信、武田信玄など中世の武将たちの間で盛んに信仰された。特に、上杉謙信の兜の前立が飯縄権現像であるのは有名。

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 02:51:37 ID:DUEtQZlS
じゃあ、やはり近衛前久の言うとおりただ単に稚児が好きだっただけなんかね。
それも無名の。

愛人やら恋人と目された女性説との交渉説は全てフィクションだし、逆に謙信の稚児だった人間の名前は信玄と高坂昌信のように具体的にはあがってないし、本当に謎の性癖だよな。
ゲイだったのか、不能だったのか、半陰陽だったのか、女だったのか、どれとも取れる。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 04:07:22 ID:Koz/Bdk2
謙信は24歳の時に紫野大徳寺に参禅し、宗九禅師から三帰五戒を授かり、『宗心』という僧名をもらっています。

そして律儀な謙信は、本気で戒めを守ろうとした。その証拠に、三年後、突如出家を発表しています。武将としての人生を捨てて、一回の僧として余生を送ろうとした。越後国内は動揺して、家臣の説得により思いとどまりますが。

出家できなければ、殺生戒は守れない。それならば、せめて邪淫戒だけでも守ろうとしたのでは。

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 07:42:01 ID:92JxpNiX
景虎、御館の乱で死亡した時も26歳の若さだったし養子に来た時は17歳か。ウホッと思ったかもしれんね。
しかし、自分の名を与えるわ、妻まで斡旋しちゃうわと物凄い厚遇振りだな。

26: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 08:10:45 ID:92JxpNiX
景虎は13歳で北条幻庵の娘と結婚して越後に来るために17歳で離縁しているから可哀相とでも思ったんだろうね。自分の姉の娘を嫁がせたんで絆が深まるし。
「それはそれ。これはこれ」だったんじゃないだろうか。

嫁はん、たまったもんじゃなかったかもしらんが。

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 10:22:29 ID:01RaQZJa
景虎優遇は普通に自分の作った子供がいないからそのぶん養子といえど我が子のように愛し養っただけだろう。

謙信はけっこう世話好きなやつだから純粋にこういった感じだったのではないかと思います。

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 12:38:55 ID:+XY8jNvK
マザコン説を唱えてみる。
海音寺潮五郎にすっかり騙されて謙信の母の虎御前は謙信が幼少のうちに亡くなったと思っていたんだが永禄十一年(1568年)、謙信三十九歳まで存命している。

宗教心に篤くなったのも母親の影響のようだしマザコンのゲイというのは現代でも一つの典型としているよな。三島由紀夫だったり、アンディ・ウォーホルだったり、パゾリーニだったりと。

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 12:50:35 ID:EUDoaMBQ
(●ω・`)
男色説、片想い説、不能説、子に家督を譲らない為説、女性説、あるが有力説は信仰説とある
飯綱の法と言う術が使える様になるからだとある
戦国武将 闇に消されたミステリー からより

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/21(月) 12:56:09 ID:+XY8jNvK
それ忍術紛いじゃんw
つか信仰説の場合、当時の僧は皆不犯のために稚児を寺に囲ってたわけで男色説とは全く矛盾しないよ。

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/07(木) 18:39:14 ID:03uOnj5O
種無しは理由にならないと思うぞ。

今と違って医学的に診断できないから何十年も子供がなくて初めて可能性が認識される時代だったわけで、判明する以前に結婚しておかしくない。


60: 名無しさん 2006/11/02(木) 01:19:19 ID:TrsD9+3/
男色の可能性が一番強いと思うぜ
普通ならEDでも性欲はあるから女くらいはべらすよ
まして当時の女は殿様がEDでも外部に漏らしたり文句は言わないからな

114: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/06(水) 04:55:54 ID:4KH8RKWZ
やっぱり謙信は女性だったんだろう
真実は闇の中だ
これから先も真実が解き明かされることはない
永遠に

116: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/12(火) 23:54:33 ID:PftbQMDm
そもそも女武将などいない

118: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/13(水) 22:32:25 ID:Jei9J5Ix
>>116
大祝鶴姫とか成田甲斐姫、立花道雪の娘(ギン千代)とか、知らんの??
井伊直虎(井伊直政の叔母で井伊家の当主)も有名だポ

141: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/06(土) 12:45:17 ID:u+5aq0ZI
謙信は生母にも実姉に愛された、すなわち肉親の女性の愛情に恵まれて幸福な一生を過ごした男である
このような環境にいた謙信は肉親以外の女性の愛に溺れないばかりかその存在をさして必要とはしなかった

165: 仙台藩百姓 2007/02/25(日) 16:10:34 ID:cPncQH5r
妻を持たなかっただけで童貞だったかは分からないんでしょ?
何にしろ変人にはかわりない

188: 人間七七四年 2007/03/26(月) 07:17:21 ID:EstMkqC1
女だったなら知らないが、男だったなら誓願とかじゃね?

たとえば、天下取りが成るまでとか幕府再興が成るまで女性に触れないってしたとか。

仏教ってか、幾つかの宗教や説話は、何かを得るのには何かをその間我慢するとか、何かと引き替えにするって話があるよね。

足を得る為に声を失った人魚姫や、知識を得るために片目を失ったオーディン、神仙になるために女性に触れないようにしたのに触れてしまって神通力を失った久米仙みたいに。

謙信も毘沙門天の力を得て、毘沙門の化身になるために女性に触れない誓願を立てたんじゃあない?

189: 人間七七四年 2007/03/26(月) 09:13:36 ID:LfG/bk4j
>謙信も毘沙門天の力を得て、毘沙門の化身になるために女性に触れない誓願を立てたんじゃあない?

残されている謙信の願文には、まったく書かれてないんだがな。
願いがかなったらお礼に観経をすると、具体的にどのお経をあげるかも述べてるにの。

191: 人間七七四年 2007/03/26(月) 12:23:38 ID:rt3jNMUw
でも毘沙門天って吉祥天が妻とされることあるよな? 妹の場合もあるけど。
あれは後世の民間信仰で仏教としては無関係なんだろうか。

198: 人間七七四年 2007/04/03(火) 04:27:59 ID:Slb0IYVW
個人的には不犯より未婚の方が気になる。

前者はまぁバレなきゃ個人の主義って事でどうとでもなるが、後者は家中の人間にとっちゃ跡目関係でもめる可能性が高いし(実際もめたわけだし)、気が気じゃないだろうに周囲は何も言わなかったんだろうか。

225: 人間七七四年 2007/07/03(火) 06:57:30 ID:3GS/FGQ+
謙信女性説は意外と信憑性あるんだよなぁ
義清のために信玄と戦ったのは義清に惚れてたためか
でも女だとしたら絶対ばれるし、なんかの文献には残るよね?

227: 人間七七四年 2007/07/03(火) 20:58:09 ID:4xw4t4sp
>>225
信憑性ねえよ。義経ジンギスカン説と同レベル

235: 人間七七四年 2007/07/30(月) 22:19:32 ID:w+/hoGHY
本物が早くに戦死か病死して影武者立ててた説とかありえる?
影武者の子に後継させるわけにもいかないから表向きは結婚もしなかたっとか
ただの妄想だけど

263: 人間七七四年 2007/09/14(金) 21:42:41 ID:Wk6VGHik
男色は無かったの?

266: 人間七七四年 2007/09/15(土) 00:15:42 ID:ZLhTxU9i
>>263
同時代で衆道を嗜んでいた武将達は
「間違いない」とする証拠が残っているけど
謙信には無いからねぇ
大崎義隆、伊達政宗、武田信玄、織田信長、徳川家康、大内義隆、足利義輝らの寵童は判明してる
上杉景勝も
しかし謙信の相手だけは判っていない

275: 人間七七四年 2007/09/15(土) 12:15:18 ID:GejzdjXZ
>>266
近衛前久が知恩院に当てた書簡に、

「謙信がイケメン若衆集めて酒池肉林」
(ムチャクチャ意訳)

と記載が残っているよ。
どうも、一人に執着した訳ではなく、コロコロ変えているっぽいな。

ここいらからも、女性説が根強い理由なんだがな。

277: 人間七七四年 2007/09/15(土) 12:43:20 ID:/sAnxbBm
>>275
わざわざ意訳って断わってまで嘘つかなくていい
「謙信が」若衆を集めた訳でもなければ
「肉林」なんて意味はどこにもない
近衛が付き合えなかったくらい「酒池」では有ったようだが

280: 人間七七四年 2007/09/15(土) 18:01:22 ID:QjZc2qlz
義輝お気に入りの小姓を侍らせて酌させただけだしな
太田資正の謙信評に「若輩をよく育み~」ってのが有るから義輝の小姓にも合戦の話、所持してる刀剣(竹俣兼光)の話、馬術の話、琵琶の話などなど、懇切丁寧に教えてやってたのかも
それを見た空気を読めない近衛が「小姓が好きなようだ」と勘違いした

271: 人間七七四年 2007/09/15(土) 05:15:03 ID:vwEGUvCk
謙信公はオマイラと同じようになんとなく童貞のまま歳をとったんじゃなかろうか

273: 人間七七四年 2007/09/15(土) 08:41:03 ID:W02RQr2V
>>271
それはない
謙信が上洛した際、遊び人の公家衆と妖しげな場所に出かけておる記録がある
まあそういった意味では、素人童貞かもしれんね

291: 人間七七四年 2007/09/25(火) 12:41:44 ID:O+O8iA0y
けどあの時代の大名が妻帯しなかったのは異常でしょ
家臣が何か言ってたとか記録はないの

296: 人間七七四年 2007/10/06(土) 13:45:49 ID:vLRESeJL
山形県米沢市の上杉神社に伝わる謙信の恋歌「祈歌」

「つらかりし人こそあらめ祈るとて 神にもつくすわがこころかな」

生涯独身で禅僧同然の暮らしをした謙信に思われた女性が、本当にいたのであろうか。恋歌の裏付けは難しいが『松隣夜話』という史料には、珍しい謙信の恋が記されている。

相手の女性は、上野の平井城主、千葉采女(うねめ)の娘、伊勢。謙信とむつまじい仲となったが、重臣たちが策を巡らせ、二人を遠ざけてしまった。伊勢は、年明けに青龍寺という寺で尼となる。謙信に仕えていた伊勢の叔父は話を聞き、他の家臣らと春日山から伊勢を迎えに行くが、時遅しというわけである。

寺の老尼の話では、17歳で髪を切った伊勢は、寺坊に閉じこもり時折、涙を流していた。翌春、里帰りした伊勢は、桜の木陰で頭も上げられないほどに打ちしおれ、一日泣き崩れていたが帰途、

「諸共に見しを名残の春ぞとは けふ白川の花の下かけ」

との歌を筆に残して寺に戻ったという。

309: 人間七七四年 2007/10/17(水) 22:43:04 ID:x1W4aqnG
新入社員当時、上越の高田に配属になってたことがあって、その時地元出身の先輩社員から「謙信は生涯不犯とか言ってたけど、この道を通って女の所に通ってたんだ」とあまり業務と関係の無い事を教えてもらったが…地元にはそんな伝承が残ってるのかね?
もう記憶も定かでないんだが、あれは単なる冗談だったのかな。

311: 人間七七四年 2007/10/25(木) 22:25:12 ID:KHwfbPky
ちょっと間が開きましてすみませんでした。

寮は直江津にあって、高田の営業所までバスで通ってたわけですが、その道路だったような記憶が。たしか春日山の近辺でした。
上越出身ではないので、この程度の記憶しかないですが、もし当時の先輩と連絡がつく事があったら確認しときます。

313: 人間七七四年 2007/11/03(土) 00:53:24 ID:IpgcvU/l
戦傷不能説だろう
個人的には、女性説がいい

353: 人間七七四年 2008/02/06(水) 11:20:26 ID:1j3mYxsx
実は女というのは無理な話だと思うが
今で言う性同一性障害くらいならあるかも知れない

355: 人間七七四年 2008/02/07(木) 07:24:03 ID:sfqyvieF
普通に側室ぐらいいたんじゃないかな。
後の上杉家が謙信を神格化するために「生涯不犯」て言い出しただけで。

謙信が女性で、それを隠してるんだとしたなら、偽装結婚ぐらいするだろうし。

356: 人間七七四年 2008/02/07(木) 12:40:40 ID:I/IaDOf3
隠していたとは限らないし、隠す必要性は特にない。

358: 人間七七四年 2008/02/07(木) 17:32:57 ID:IZ//uJ5n
当主が女であることがお家の失点に繋がるのであれば、敵がその点を全然指摘しないのはおかしいな

359: 人間七七四年 2008/02/07(木) 17:38:25 ID:sfqyvieF
隠してないんなら、もっとたくさん記録に残るだろ?
女性大名なんて珍しいんだから、それこそ全ての記録にウザイぐらい書かれてるはず。

隠してるんなら徹底して隠蔽工作はするだろう。手始めに偽装結婚ぐらいはしてるよ。

女性説は面白いけど無理だと思うな。

361: 人間七七四年 2008/02/07(木) 18:35:09 ID:WnuUChrd
大名とまではいかなくても女当主は結構いた。つまり女大名もなんら不思議ではない。現代の感覚と当時の感覚は一緒に出来ない筈。
もしかしたら他にも、男だと思ってたら女だったって武将がいるかもね。

それに、女だと分かっている人間をいちいち女だったなんて書くかな?男だったなんてのも残っていない訳だし。もしズバリ「女」と書いてある書状があったとしても、後の上杉家によって処分されているかもしれない。これからそのようなものが見つかる可能性もある。
でも、女性のような形容が書いてあるのはいくつかあったと思う。

まあ、生涯不犯の話から外れるなら女性説スレに参ろうか。

362: 人間七七四年 2008/02/07(木) 19:25:36 ID:sfqyvieF
>>361
女性説は無理があり過ぎる仮説だとは思うが、スレ違いでは無いだろう。
ていうかホントに女性なら女嫌いの若衆狂いも納得いくしね。

女武者は確かにいるし、女当主もいなくはない。
だが彼女らの誰も上杉謙信の例を引き合いに出さず、自らを例えるのに巴御前や北条政子の例を出すのは謙信=女性が衆知の事実だったなら不自然じゃないかな?

436: 人間七七四年 2008/07/18(金) 22:00:45 ID:DLXXVDHD
もっと若い時期に政略結婚させられなかったのは何故だろうとか考えてる。
父か兄が「この状況を打破するため○○家へ婿養子に入ってくれ」って言い出しそうな気がするし、そしたら反抗できるわけないって気もする。

自分は性器欠損説かなあ。相手の家から文句言われることを嫌って養子に出すのを遠慮したとか。後はよっぽど政治的にこじれていたか。
あと、女性説も否定しないな。



引用元: ・☆上杉謙信が生涯不犯を貫いた理由☆




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