605: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 13:11:40.09 0
ローマ文明が崩壊しなかったら紀元1000年までに宇宙時代が到来してたって見方もあるし今頃は太陽系銀河系で人類が醜く、いがみ合ってたかも知れない

そう考えると一旦文明退化したのは幸運とも…

606: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 13:25:33.02 0
火薬、羅針盤、活版印刷が中国から届かなかったらどっちにしろ無理だろ
近代化はギリシャ産の論理的思考+中国産の発明によって生まれたのだから

607: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 15:51:45.06 0
生産・経済基盤についてもローマは2世紀で完成に達してあれ以上伸びなくなってたしな
やっぱりどこかの段階でローマ文明という殻をブチ破らないと産業革命にはつながらない

608: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 16:42:19.85 0
米大陸から富と貴金属を収奪為捲って資本蓄積されたのが産業革命の主要因だしね

609: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 16:47:33.56 0
>>608の理屈でいくと、むしろカルタゴが存続した方が産業革命に近かったのかもしれない
カルタゴは米大陸に到達してたと言われているので

611: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 17:35:23.47 0
>>609
ローマの二世紀の成長限界って征服してたっぷり開発したカルタゴ含んだ上でのものだからあんまり変わらないと思う

614: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 17:43:06.72 0
>>611
造船技術・海運技術はちゃんと引き継げたのかな?

618: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 17:50:53.82 0
>>614
基礎技術はひととおり吸収していてなかでもローマは海運システムをそこからさらに発展させて地中海帝国構造を支える大事な一要素になってる

ただ冒険航海分野についてはカルタゴと違ってローマは消極的だった

620: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 18:03:50.13 0
ローマは地中海文明として完結した構造なのも産業革命に繋がりにくいところだね。
完成度が高いのと引き換えに拡張性が狭まってる。

634: 世界@名無史さん 2017/10/07(土) 23:51:06.05 0
東ローマ最盛期はローマ帝国復活すら予感させるものがあったが、後期は唐末期みたい

イタリア人にとって西ローマは滅ぶのが早すぎた為、帰属意識は長らくローマではなく自分が属するコムーネにあった
17世紀まではイタリアはいかに他の西欧諸国が台頭しても欧州の文化の最先端の中心であると自負していただろう
またローマ時代に比べていかに困難でも地中海貿易は止めず、外敵がイタリア人にいかに脅威を与えても国家統一をする気もなかった
イタリア人がローマ人の末裔を強調するようになる事はコムーネが領域国家にならないとやっていけない状態になった事、つまりイタリアが文明の中心地域から周縁地域に転落した事を意味すると思う

642: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 00:26:25.69 0
>>634
商売の大規模化が進むとスペイン王国やフランス王国や北海諸王国の国家意思に大きく左右される様に成ってヴェネツィアやジェノアが没落したもんね

654: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 13:33:57.08 0
>>642
それまでオリエントやアラブとの貿易の窓口になっていたコンスタンティノポリスがオスマン帝国に陥落させられたのも大きいんじゃないかな?
ここを窓口に貿易の仲介をしていたジェノヴァやベネチアなんてそれを境に独占的な貿易ができなくなるわけだし
まぁコンスタンティノポリスの陥落から50年経たずして新大陸への航路が開拓されて西欧がアフリカ南端周りでインドアジアへ向けた貿易航路を開拓してくわけだし。
オスマン帝国側も西欧との貿易の窓口の役割を果たしていたコンスタンティノポリスを陥落させたのは間違いだったと一部声が上がるくらい陥落以前と陥落以後じゃ西欧の貿易航路が変わるわけだし
コンスタンティノポリス陥落から100年で日本に南蛮船が到達する
そもそも古代以来地中海からボスポラス海峡そこから東西南へ開ける人と物の流通をすっ飛ばして西の大海原に向けて逆回りでインドと貿易してやろうって考えで開拓したのが南北アメリカ大陸への航路だしね。
そのきっかけになったのもコンスタンティノポリスの陥落でイタリア諸都市は防衛に大した手を貸さなかったんだから没落は自業自得なんだよな。


657: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 15:21:32.53 0
ローマ滅亡後のバイキングが、ローマとの交易が減って英仏を荒らし、一部は米大陸にも到達してたのに大航海時代を拓けなかった
東ローマ滅亡後のスペイン・ポルトガルは大航海時代を拓けた

この決定的な差を生んだ要因ってなんだろう?
羅針盤?

658: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 16:04:07.76 0
当時のヴァイキングの造船・航海技術はかなり進んでいたけどそれでも大西洋を挟んで植民地を維持できるだけの輸送網を形成できるような水準にはまだ達していなかったってのも大きい

もしこの問題もクリアしていたら人員を安定供給できるようになって現地基盤固められて定住失敗せず米大陸にヴァイキング国家が成立してたかも

661: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 16:49:06.51 0
技術的要因としては、ヴァイキングには羅針盤と、大西洋を一直線に横断できるほどの造船技術がまだなかった。

663: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 17:15:30.96 0
それと地球規模の温度の差というか。
ヴァイキングってたしかに中世アイスランドやグリーンランド、北米のニューファンドランドまで出て行ってるけど寒冷化とともに食い扶持求めて南下したのがメインで南伊一帯を占領して国作ったりドニエプル川やドン川遡って黒海辺りまで荒らしまわったりしてるし貿易のためじゃなく生存権の拡大というか
もちろん技術的な面で無理があったのが1番なんだろうけど。

664: 世界@名無史さん 2017/10/08(日) 17:19:26.13 0
大外洋を横断できる構造の大型船技術が固まるのって14世紀ごろからだっけか?
ヴァイキングは早すぎたんだな

680: 世界@名無史さん 2017/10/10(火) 17:14:59.73 0
ROMEってドラマを見たら、なんか太ってるおじさんが元老院で決まったことを大きな声で布告してたんですが
こういう役割の人って実際にいたんですか?

681: 世界@名無史さん 2017/10/10(火) 17:37:22.56 0
布告官でしょ
それはいた

682: 世界@名無史さん 2017/10/10(火) 17:39:08.89 0
あの人好きだわーwあの人のシーンだけでももっかい見たくなってきたあとオクタウィアの裸

708: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 16:12:34.12 0
今ユルスナールのハドリアヌス帝の回想を読んでるんだが
「型紙(裁縫に使うアレ)」だの「ガラスの実験器具」だのという単語が普通に出てくるけどローマがいくら先進都市だったからって、こんなものまで当時存在したの?

710: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 16:45:18.66 0
こういう奴じゃないですかね
no title


http://h7.alamy.com/comp/J7W6EA/ancient-roman-glass-vessels-from-cyprus-1st-3rd-centuries-ad-cesnola-J7W6EA.jpg


化粧瓶かも知れないけど、化学実験にも使えそうだね

型紙は普通にありそう

711: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 16:53:36.54 0
>>710
うっわ。この時代のガラス技術ってもうこんなレベルにまで到達してたのか……
やっぱローマ文明惚れるわー。ありがとー

712: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 17:17:46.28 0
ガラスって意外に全体が同じ厚みになるような板ガラス作る方が難しいんだよな。

715: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 17:56:42.63 0
実用性は全くないけど4世紀のケージ・カップ


no title


カゴ状の部分(ケージ)と本体を合体ではなくて、まるまる透かし彫り。

no title



>>712
だから水銀の上に浮かべるフロート法が画期的だった

714: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 17:43:04.42 0
ローマの板ガラス(おそらく貴族邸宅の窓用)
https://www.flickr.com/photos/museumoflondon/1890556756/

no title
windows glass


723: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 22:19:23.97 0
ローマから東方への主な輸出品だしねガラス製品

724: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 23:10:04.19 0
ローマ時代にガラス窓が実現していたのか

727: 世界@名無史さん 2017/10/12(木) 23:52:19.31 0
ローマンガラスなら日本でも発掘されてるぐらいだしな
新羅ルートで手に入れたとみられるのだが不思議なことに百済と高句麗では出土してない
これも経路がよくわからないのだがケルト剣の柄も新羅の遺跡から見つかってる
Cirkusbæger-fra-Varpelev_DO-2608_original

ローマガラス

ローマガラスとは、ローマ帝政開始(B.C.27年)から帝国の東西分裂(395年)までの約5世紀間に、ローマ帝国内で製造・流通したガラス製品の総称である。「ローマングラス」とも呼ばれる。

ポンペイ遺跡からは2通りの方法でローマガラスを知ることができる。1つはもちろんガラスの出土品であるが、もう1つは壁画に描かれたガラス器である。ポンペイからのガラス器出土は、東西に走るフォルトゥーナ通りだけでも壷250点、コップ30点、皿4点、大型コップ6点に及ぶ。高級品も日用品もある。壁画の方では、果物が盛られた椀やゴブレット、液体が入ったスキフォス(両取っ手付の杯)や壷を見ることができる。


729: 世界@名無史さん 2017/10/13(金) 00:07:51.63 0
>>727
普通に南朝ルートでしょ
インド→南朝→日本とインド→南朝→新羅

730: 世界@名無史さん 2017/10/13(金) 00:19:02.81 0
それが南朝と北朝からも見つかってないんだな
恐らく中央アジアのソグド人から購入してたらしいが高句麗を通さずどうやって交易してたかナゾ

732: 世界@名無史さん 2017/10/13(金) 00:42:16.07 0
>>730
数多く見付かってるし西方からの交易品として玻璃も出て来るよ記録に華北から多く見つかってるから
ペルシャ経由のシルクロード逆ルートが主で南海交易が従だろうけど

760: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 00:59:50.82 0
ローマが中々フン族に勝てなかったのにササン朝がフン族にあっさり勝てたのはなぜだろう

765: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 06:07:41.58 0
>>760
イラン人はその多くが鐙無しでカタフラクトをやれたようだけどローマ領内で鐙無しでカタフラクトをやれたのはバルカン出身者だけだからバルカンがゴート族に荒らされるとローマは帝国全土に必要なカタフラクトを養成出来なくなったようだ
ガリアのフランク族出身の将軍が率いていたのはゲルマン式の歩兵軍で同じゲルマンのスエヴィ族とかを撃退する為の軍だった
カタフラクトは、古代末期のローマ帝国ないし東ローマ軍で考え出された複数の武器と重装甲を持った重騎兵。特に突撃の際に重要になる軍馬の前方のみに装甲を施した騎兵をいう。ギリシア語で「甲冑に囲まれた(もの)」に由来する。また、彼らと戦ったサーサーン朝ペルシャやその周辺国家の同様の重騎兵に対しても呼称する。

762: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 01:22:03.12 0
東西に分かれてどっちもぐだぐだなローマと全盛期満喫してたサーサーン朝
考えなくてもわかるでしょ

763: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 01:25:17.95 0
トラヤヌス期のローマならフン族相手にも勝てたかな?

766: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 07:30:27.67 0
>>763
北アフリカ産の大型馬に乗るローマ軍のマウレタニア騎兵がステップ産の小型馬に乗るサルマタイ騎兵を撃破したから冬でなければフン族にも勝てそうだね

764: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 03:12:25.05 0
2世紀ローマがダキアにやったような執念の全力戦争を行うならまず負けはしない
さすがにローマ側も疲弊するけどフンはそれ以上にボロボロになって最終的には従属か遠くへ逃げるかの二択しかなくなる

767: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 07:48:24.61 0
フン族が2世紀西方に現れた場合
最盛期ローマとの難しい戦いはさっさと切り上げ、もっと簡単な衰退期パルティアに矛先かえるって流れだろうな。

カフカスルートからの芳しくないササン攻めよりもローマ攻めに力入れた史実と同じく。

768: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 08:05:29.67 0
パルティアとササン朝はイラクを支配し続けていたからアラブ産の大型で速い馬を入手出来ただろうな
サルマタイやアラン族は同じイラン系騎馬民だけどステップ産の小型馬だからパルティアやササン朝に勝てなかったのだろう

769: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 11:06:20.22 0
モンゴル軍馬がステップの小型馬なんですがそれわ

790: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 15:58:49.88 0
ローマ軍は騎兵戦力が乏しかったから
負けずに戦う事わ出来ても勝て無いし

792: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 17:24:58.69 0
2世紀の頃ならロクソラニやイアジュゲスといったガチ騎馬民族相手にも、ローマはちょくちょく苦戦しつつも最後はちゃんと勝ってるんですけどね。イアジュゲス戦なんて反撃侵攻で徹底的に叩いて全面降伏に追いこんでるし。

あとカエサルらの内乱時代とは異なり、この2世紀の最強時代ローマは騎兵も補助部隊として5~6万ほど保有していて、戦時にはこれに東方の服属諸勢力からの同盟軍も参じるから、確かに「歩兵主体で騎兵少なめ」だったとはいえ全体としてはスッカラカンってわけではない。

「騎兵比率が少なめ」なのはあくまで40万に届くかというローマ軍全体を見た場合での話で、敵対勢力の視点からすると騎兵の数自体はそれなりに揃えられている。

793: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 17:40:17.27 0
補助軍の騎兵数が気になって軽く調べたところ
英板wikipediaではJ. Spaul氏の56,160騎、P. A. Holder氏の74,624騎という算出が載ってた
↓では68,500騎
https://www.knowtheromans.co.uk/Categories/RomanArmy/RomanAuxilia/

平時は帝国中に散らばって配置されているもののトラヤヌス記念柱にも描かれているとおり大きな戦争だと各地から集められてそれなりの数になるとのこと

808: 世界@名無史さん 2017/10/14(土) 23:37:50.53 0
二次大戦の頃のイタリアにローマ帝国が健在だったら…というのはちょっと気になる
ゲルマンに味方することだけは無いだろうが

814: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 07:31:20.23 0
>>808
敬礼や旗の紋章にローマ帝国が残ってる
ナチスにパクられてそっちが有名になったけど

820: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 16:37:45.21 0
>>814
「ファシズムイタリアやナチスドイツの敬礼はローマ由来」ってよく言われるけど実は古代ローマがあれを敬礼として用いていた証拠はない

「マルクス・アウレリウスの騎馬像が典型例」などとも言われることあるけどあれ下から見上げてるからそう見えるだけでちゃんと正面や横から見ると明らかに俗に言われる「ローマ式敬礼」とは別物だとわかる

822: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 16:56:18.86 0
そもそものあの掌と腕をピンとする「ローマ敬礼」の初出は18世紀の絵画だという

824: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 18:22:53.34 0
ローマ式敬礼のもっとも根拠にされてるものはこのトラヤヌス記念柱の描写だけど

img_7056-web

062_Conrad_Cichorius,_Die_Reliefs_der_Traianssäule,_Tafel_LXII


このもっとも根拠にされる史料ですら全体的な共通点は単に「腕をあげる」ってところしかなくそれ以前にこれが形を定められた敬礼なのかどうかすらも怪しいというね
(「うおー!閣下ー!」なただの盛り上げ挙動と見たほうが自然)

また皇帝がよくとる腕あげポーズも根拠に挙げられてるけど掌開いてなかったりそもそも物持ってたりで後世のローマ式敬礼との共通点はやはり「腕をあげる」って部分しかない

augustus


https://www.akg-images.fr/Docs/AKG/Media/TR3_WATERMARKED/7/6/f/0/AKG596976.jpg

g5268

advent


826: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 18:38:36.62 0
こう集結して皇帝の演説聞いてる場で、掌と腕をピンとする仕草とってるの一人しかいないってのは、それこそがこの仕草が決まった軍礼ではないことを仄めかしてるよね。
ローマ敬礼の根拠になるどころか逆に反証に成り得る。

830: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 21:34:06.26 0
確かにこれとか『ローマ式敬礼』だとするのはどう見ても無理があるね

no title

no title

単に指導者として命令を放ってるあるいは群衆に応えてるポーズにしか見えない

835: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 22:38:59.30 0
とりあえず、ムッソリーニとヒトラーがよくやっていたいわゆるナチ式敬礼は彼ら自身は古代ローマで行われていた敬礼を現代に復活させたつもりだが実際の古代ローマであのタイプの敬礼で行われていたというのは疑わしい

って感じか

838: 世界@名無史さん 2017/10/15(日) 22:52:43.73 0
ルネサンス画家「これがローマ式敬礼だ!」
ムッソ「古代ローマ様式採用!ローマ式敬礼も復活採用!」
ヒトラー「かっけー!こっちも使お!」
ハリウッド「ローマ式敬礼はナチス連想させるのでダメ。映画内では胸叩く敬礼に変更します」
ローマファン「ファシスト・ナチスのせいでローマ式敬礼の描写できなくなった!」

古代ローマ「そもそも俺らはそんな敬礼していないんですが」

こんな関係かな

840: 世界@名無史さん 2017/10/16(月) 06:36:19.63 0
手をあげてるローマ彫刻多いし、著述でも手あげて誓ったり応じたりする描写あるけど、どれも形はてんでバラバラ
これらをローマ式敬礼だとするのは、現ドイツの人差し指挙手や額にかざす現代軍敬礼も範疇に入っちゃうから、確かにガバガバ定義だよなあ

851: 世界@名無史さん 2017/10/16(月) 17:55:29.41 0
「ローマ式敬礼」なんて幻想だとMartin M Winklerなどが切り込んだりしてるけどもはや浸透しきって既成事実化状態で焼け石に水というのが悲しい
「ローマ軍船の漕ぎ手は奴隷」などよりも遥かに訂正困難な固定観念と化してる

852: 世界@名無史さん 2017/10/16(月) 18:17:59.17 0
本来これを訂正するべきローマオタク層こそが
「ナチスのあれ実はローマの敬礼なんだよなあ」と率先して広めてるのが悲しいな。
(すんません俺もそうでした今後はちゃんと勉強します)

引用元: ・古代ローマを語ろう【ローマ人の物語】34




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