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2: 人間七七四年 2009/08/20(木) 17:16:58 ID:9eGU0gxL
豊臣には普代の家臣がいなかった
身内に頼ることになった

3: 人間七七四年 2009/08/20(木) 18:57:00 ID:BrOVCxhJ
底辺から大名まで引き上げてもらった加藤らは「豊臣」や「羽柴」ではなくて「秀吉」個人に仕えてたんだろうな

4: 人間七七四年 2009/08/20(木) 21:02:53 ID:SwsQiwe3
豊臣の衰退は秀吉が甥一族皆殺しとかDQNなことやった
報いだよ。

5: 人間七七四年 2009/08/20(木) 21:11:57 ID:wmHE739K
まじめな話をすると秀吉には、どういう社会を目指すかという国家観が、まったく存在しなかった。
具体的な社会、国家像を持って、むしろその実現のために権力を欲した観のある家康とは
その部分で大きく違う。

12: 人間七七四年 2009/08/21(金) 00:07:11 ID:U1YQhSue
>>5
太閤検地や刀狩で身分統制や兵農分離を完遂させたのは秀吉で、家康もその基本政策は引き継いでるけど?日本の近世封建制を完成させたのが秀吉というのは常識でしょ
逆に言えば家康がしばしば非難される身分固定がなされた閉鎖的社会を作った罪、実は秀吉にも責任が有ったりするわけだけど

13: 人間七七四年 2009/08/21(金) 00:15:16 ID:ObHl9u+t
>>12
太閤検地は家康や毛利のやった、惣国検地を真似した物
刀狩は東北や九州の大規模一揆のあった地域のみに出された、ただの対処法令
兵農分離が成立したのは徳川家光の時代

秀吉の政策はそれまでの慣習をそのまま受け継いだに過ぎないものがほとんど。

あと、江戸期が身分固定の時代というのはもうかなり古い考え方だと思うぞ。
近代以前という制約の中では、かなりの流動性のある社会だった。

25: 人間七七四年 2009/08/21(金) 11:52:43 ID:d4QJqVe+
一族や子供に恵まれたかどうかの差じゃない?
息子一人に弟一人、あとは姉の血族やら奥さんの血族頼みの秀吉に
息子は大勢いて十八松平のように一族もたくさんいた家康の違い。

27: 人間七七四年 2009/08/21(金) 15:04:44 ID:mAqLZq7l
家康は自分より上の秀吉や信長がいたら天下をとりにいかない

秀吉が死んで
怖いものがなくなったから天下を取りに行った

徳川が長く続いたのは
順番に恵まれた
譜代がいた
豊臣は秀吉一人の政権

28: 人間七七四年 2009/08/21(金) 15:55:43 ID:ol1lCUbe
>>27
徳川と豊臣の能力の差は長く続くような準備をしたかしないかの差じゃないか?
無駄な海外遠征をしたり秀次を殺したり自滅した感じ。
豊臣と徳川の順番が逆なら徳川の世が続いて豊臣の出番は無い。

29: 人間七七四年 2009/08/21(金) 20:58:27 ID:1crzTdbX
秀吉は、織田の武将たちを完全には抑えられなかったんだよね
(小牧・長久手でも)。
恩賞にはやる武将たちに恩賞をやるための朝鮮出兵という一面もあったんじゃないかと思う。

30: 人間七七四年 2009/08/21(金) 22:32:09 ID:g/3JFsqI
よく秀吉が家康を抑えるために、旧織田系武将の筆頭として、前田利家を厚遇したと言われるが、むしろ秀吉は利家を始めとした織田系武将を抑えるために、外様である徳川や毛利といった諸侯に大きな権力を与えたように見えるんだよな。


53: 人間七七四年 2009/08/25(火) 11:42:08 ID:knBZWzs0
秀吉はどうやって国を平定するのかについては抜群にアイデアがあったけど
どういう国家にしたいのかについてはあまり伝わってこない
対外戦争や豪華な建造物ばかり作っていたイメージしかない

54: 人間七七四年 2009/08/25(火) 12:05:06 ID:HxtKg3T3
秀吉の国家観の無さは、多くの研究者が指摘してるな。

57: 人間七七四年 2009/08/25(火) 12:59:41 ID:KjZNoDuP
研究者とは違うと思うが、山内昌之がそんな事言ってたな>秀吉の国家観の無さ

58: 人間七七四年 2009/08/25(火) 16:43:34 ID:ONicsfSu
秀吉が信頼していた大名って家康が一番じゃないか
たとえ自分の死後家康が天下をとっても別にいいと
どうせなら死ぬ間際に徳川に譲ってしまえばよかったんだよ

60: 人間七七四年 2009/08/25(火) 17:09:01 ID:y7OSZT/7
いや、秀頼のことお頼み申すって頼んでるやん、
あくまで五大老と五奉行に秀頼を支えてって欲しかったんだよ。

67: 人間七七四年 2009/08/25(火) 20:25:59 ID:+EKRSOPW
>>60
本当に秀頼を身を案じているならば、朝鮮出兵なんてさっさと止めるべきだし大老制度だって生前から運用を始めて実務面を詰めるべきだろう
面倒なことは何もせずに全て丸投げしておいて秀頼を支えろと言われても家康だって困り果てるよ
何もしないなら豊臣政権の存在価値なんてないのだから

86: 人間七七四年 2009/08/26(水) 03:47:11 ID:guMCZBTW
豊臣は親族と親族待遇、譜代大名が無能すぎバラバラすぎ

88: 人間七七四年 2009/08/26(水) 09:45:21 ID:BGxoxLuq
秀吉は「組織」というシステムを構築しなかった。
個人の力量に頼り過ぎた。

102: 人間七七四年 2009/08/26(水) 20:43:03 ID:ZRiDBNe+
秀吉と家康の差は生殖能力の差

114: わんこ ◆tOct3QvkpQ 2009/08/28(金) 02:24:35 ID:GA6cJJv5
サルは譜代が少なすぎた。
戦国を代表する出世頭だがそれが逆に仇になった。
出自はごまかせてもそこはどうしようもないからな。

逆に普通に大身の武家にでも産まれて結果天下取れてたなら付け入られる隙があっても防げたろうに。

俺は秀吉と家康の差は家臣とみとる。

118: 人間七七四年 2009/08/28(金) 13:04:11 ID:hrMUvraX
足利も豊臣も力で天下取ったけどその後のビジョンが見得てこないんだよ
豊臣の世が続いても室町時代みたいに各大名が勝手なこと始めて太平の世にならなかったと思うぞ
やっぱりブレーンの核に宗教家、学者を据えて日本のあるべき国家を真剣に考えていた家康は偉大だ

183: 人間七七四年 2009/09/06(日) 20:07:15 ID:zJRcT7Gz
秀吉に二十歳過ぎの跡取りがいれば問題なかったろうに
そうすれば、家康も野心を持たずに豊臣政権の大老で終わってるはず

184: 人間七七四年 2009/09/06(日) 20:11:32 ID:20fNIjqc
後継者のいない権力者って駄目だよね

185: 人間七七四年 2009/09/06(日) 20:22:53 ID:/z/lvNdB
秀吉は自分でその後継者をぶっ殺したからな。自業自得。

187: 人間七七四年 2009/09/06(日) 23:22:49 ID:/z/lvNdB
つーか、秀吉の死後、実質的に既に家康の天下だった。
官位一つとっても政権内どころか、豊臣家の誰よりも上だし。

198: 人間七七四年 2009/09/08(火) 05:06:08 ID:fykd8XBt
淀殿に現を抜かした時点で豊臣家は詰んでた

207: 人間七七四年 2009/09/13(日) 14:45:09 ID:AF/zMFqP
秀次を殺してしまったこと
蜂須賀、前野を遠ざけたこと
秀吉があと十年長生きしていれば問題なかった
朝鮮出兵をしないこと

208: 人間七七四年 2009/09/13(日) 16:13:57 ID:F6OuATZQ
>>207
朝鮮出兵は武将達への恩賞として土地を得るという一面もあり当時拡大していく織田政権の方針を受け継いだ政権として仕方なかったのかなと思う。
その点、徳川はうまくシフトチェンジしたし、織田信長じたい領地ではなく茶の湯をステイタスにしたりしていたので、彼が生きていたら日本はうまく中世から近世に変わっていたと思う。

209: 人間七七四年 2009/09/13(日) 16:41:01 ID:wvEif2f3
>>208
武力があり余っているから外征を始めてみるというのは悪くない
悪いのは、行き詰りが明らかになっても手を引かずに死ぬまで続けていたこと
せめて後継者が幼児になると決まった時点で朝鮮の領地獲得を諦めるくらいは決断しないと駄目だよ

210: 人間七七四年 2009/09/20(日) 13:12:54 ID:bRWLtWIt
家康は天下のことを考えていた。しかし秀吉は自分のことしか考えていなかった。

211: 人間七七四年 2009/09/20(日) 13:55:04 ID:VmDEz1NH
本当に天下のことなんか考えてたら、とてもじゃないが関が原や大坂の陣のような大乱は起こせない。

212: 人間七七四年 2009/09/20(日) 19:02:15 ID:YAGREETr
逆だろ

天下のことを考えていたから、無用有害な豊臣などというものを、武力を用いてでも排除せねばならなかった。

227: 人間七七四年 2009/09/21(月) 04:07:10 ID:bLGx+VJk
秀吉に恩を感じてる大名なんているのか?
宇喜多くらいしか思いつかない

228: 人間七七四年 2009/09/21(月) 04:28:44 ID:iqKN01d3
子飼いの大名もいれたら結構いるだろ。豊臣につくか徳川につくかは別にして

229: 人間七七四年 2009/09/21(月) 04:33:04 ID:I3MMsRUj
豊臣と徳川の差は、冒険思考と安全思考の差。
後者に飛躍の可能性は無いけど長期政権は望める。

230: 人間七七四年 2009/09/21(月) 09:48:45 ID:f1wtmsc0
天下統一した後も、博打思考であった秀吉に問題がある

233: 人間七七四年 2009/09/21(月) 12:18:53 ID:y2Ru3xDb
秀吉は戦国バブルの象徴だな
どんどん敵を倒して領地を拡大して、その協力者には恩賞をばらまく
このバブル的手法は敵がいなくなった(天下統一した)段階で破綻する
天下統一後の秀吉に見るべきものがないのも道理
朝鮮出兵にこだわり続けたのはバブル思考から抜け出せていないから

237: 人間七七四年 2009/09/21(月) 16:49:48 ID:rSuADWco
出自の差はでかいよ、家康は一応大名の息子なので諸大名も納得しやすかっただろうし

244: 人間七七四年 2009/09/21(月) 21:18:32 ID:I3MMsRUj
なぜ差がついたか?
そんなの決まってるじゃん。

長男:羽柴秀勝(夭折)
次男:豊臣鶴松(夭折)
三男:豊臣秀頼

VS

長男・松平信康(母:築山殿)
次男・結城秀康(母:小督局)
三男・徳川秀忠(母:西郷局)
四男・松平忠吉(母:西郷局)
五男・武田信吉(母:お津摩)
六男・松平忠輝(母:茶阿局)
七男・松平松千代(母:茶阿局)
八男・平岩仙千代(母:お亀)
九男・徳川義直(母:お亀)
十男・徳川頼宣(母:お万)
十一男・徳川頼房(母:お万)

249: 人間七七四年 2009/09/21(月) 23:43:24 ID:MYQO4jEq
>>244
ちょっと待て。7・8男は夭折だし、長男は既に死亡。次男は秀吉のもとに出されたし若くして死亡。
4・5男も若くして死亡。6は長生きしたがろくでなし。
実質、三男と9~11男の4人だな。しかし9~11は幼いが。

263: 人間七七四年 2009/09/23(水) 19:53:52 ID:s2SQXB0S
秀吉が死んだ後豊臣家を支えるはずだった秀次を殺して外様で固めた大老で豊臣家動かしたからだろ。

264: 人間七七四年 2009/09/24(木) 00:22:13 ID:tKN+cYR1
>>263
確かに。
5大老の制度は大失敗だったよな。
せめて清正や行長などを畿内に呼び戻して、秀頼を補佐させるべきだった。

331: 人間七七四年 2011/08/15(月) 21:47:02.80 ID:gflFXL9M
小牧長久手で、最終的に講和に持ち込むにせよトラウマになるくらい家康に一度大打撃を与えとかなかったのは失敗だった
早く天下人になりたいという焦りがあったんだろうが詰めが甘かった


332: 人間七七四年 2011/08/16(火) 11:44:55.63 ID:tAq5cS+Q
>>331
やろうとしたが大敗し、逆に秀吉のほうがトラウマになった

334: 人間七七四年 2012/01/05(木) 13:20:06.86 ID:W8LCrAWX
まあ小牧・長久手は局地戦では大勝利だけど
戦略的にはボロ負けだからなあ。
秀吉はもっと石川数正みたいに徳川から引き抜き工作しかけるべきだった。

405: 人間七七四年 2013/10/13(日) 10:25:11.95 ID:GSq8Fif4
家康は身内に大領を持たせず細かく分割統治し統率力を保った
秀吉は気に入った身内に大領を持たせ、結果、統率を失い内部から崩壊した。

406: 人間七七四年 2013/10/13(日) 12:19:38.86 ID:DQ/8Yera
"徳川"に従っていたか"秀吉"に従っていたかの違い

411: 人間七七四年 2013/10/13(日) 18:20:58.75 ID:GA0Nw/of
秀吉という下から実力で這い上がった人間が結果的に武家官位制という概念の世界の力に頼ろうとしたのはなかなかに面白いのではないかね。
そんなもんでは家康どころか子飼いの加藤や福島あたりさえ縛れなかったわけだけども。
政治の世界は結局パワーゲームなんだよな。



引用元: ・豊臣と徳川、なぜ差がついたか。慢心、環境の違い




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