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1: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 22:56:20.34
3人とも同タイプの武将








3: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 23:02:58.68
三人を評するなら直情径行

5: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 23:27:47.58
3人とも悲劇の武将や

6: 日本@名無史さん 2017/06/04(日) 14:08:55.96
義経義仲は自業自得やろ

11: 日本@名無史さん 2017/06/06(火) 12:40:12.76
木曽義仲は宮中に突入して公家をぶっ殺してるんだっけ

13: 日本@名無史さん 2017/06/06(火) 23:28:12.62
義仲はどう考えても悪役だろ
義仲にしても義経にしても統治能力が無さ過ぎる

15: 日本@名無史さん 2017/06/07(水) 00:00:28.00
ただし楠木正成は木曽義仲こそ大将の鏡だと評してる

16: 日本@名無史さん 2017/06/07(水) 10:47:59.13
いまいち楠公さんのイメージと合わないなあ

24: 日本@名無史さん 2017/06/14(水) 11:48:01.04
義経に限らず源範頼とか悲劇的な顛末を辿る源氏兄弟は多い
希義は土佐で戦死してるし

26: 日本@名無史さん 2017/06/16(金) 16:52:59.45
>>24
義経の次兄義円も尾張で戦死だったね

27: 日本@名無史さん 2017/06/16(金) 20:18:34.72
生き残った阿野全成も源頼家によって殺されているね
勝者である源氏も悲劇的だ

28: 日本@名無史さん 2017/06/16(金) 21:17:57.42
政子の妹婿たちも悲惨

29: 日本@名無史さん 2017/06/17(土) 07:14:42.61
志田義広、新宮行家も頼朝にころされて為義系は全滅。

23: 日本@名無史さん 2017/06/13(火) 21:36:26.85
いったい松尾芭蕉と芥川龍之介は木曽義仲の何が気に入ったのだろうか?

25: 日本@名無史さん 2017/06/14(水) 12:40:14.86
確か松尾芭蕉の墓は木曽義仲の隣

39: 日本@名無史さん 2017/06/19(月) 22:47:29.94
今井兼平との最期は悲壮美に満ちているからな
判官贔屓なのでは

40: 日本@名無史さん 2017/06/20(火) 08:30:52.28
しかし頼朝の政治力はずば抜けてるな
武田、木曽、義経、範頼、奥州藤原、おまけに承久の乱後の西国
順当に拡大してる
北条をうまく抑えられてさえいれば神扱いだったろうな

41: 日本@名無史さん 2017/06/20(火) 11:38:01.74
甲斐源氏は一枚岩ではないから。
分裂の芽を見つけてつけこんだのが巧妙だよな。

42: 日本@名無史さん 2017/06/20(火) 22:58:14.44
源範頼は軍事でも政治でもかなり優秀なイメージがある
立場的に衝突は不可避だっただろう

43: 日本@名無史さん 2017/06/21(水) 01:42:48.98
頼朝は前半期にえらい苦労してるから根回しの重要性が身についたんだろう。

51: 日本@名無史さん 2017/06/26(月) 21:54:16.26
頼朝以外で政治力が高いのは源範頼と阿野全成ぐらいか
新宮行家はトラブルメーカーだし

52: 日本@名無史さん 2017/06/28(水) 19:10:07.24
政治力をカリスマという意味でとらえるなら範頼も全成もアカンな。
二人は行政官としては優秀だろうけど総大将になる器とは違うよね。
治安を維持する能力なら意外にも義経は優秀だったが将の将になる人ではなかった。

53: 日本@名無史さん 2017/06/28(水) 22:08:54.61
処世術に長けていたんだろうけど、範頼は敢えて法皇の護衛任務を辞退したり頼朝の顔色を伺っていたような感じ

54: 日本@名無史さん 2017/06/29(木) 18:37:55.25
範頼は結局頼朝に配流され現地で死亡(暗殺とも)
顔色伺った甲斐もなく処世にたけてもいない

55: 日本@名無史さん 2017/06/29(木) 20:40:35.38
院や甲斐源氏とも近い微妙な立場
頼朝にとっては可愛い頼家を脅かす存在に見えかねないからな
兄弟は反目しあう運命

67: 日本@名無史さん 2017/07/28(金) 23:45:04.78
源氏は親子兄弟、叔父甥で合戦ばかりしてるからなぁ。
名門意識が極めて強い上に、当主・棟梁への権威が集約されておらず、それぞれが領地持ってるから、争うのも仕方ないのかね。

68: 日本@名無史さん 2017/07/29(土) 00:50:58.62
木曾義仲はもちろんのこと、武田信義も頼朝と肩を並べる源氏の棟梁としての自負があったから頼朝もそれらを牽制する為に冷徹に為らざるを得ない

77: 日本@名無史さん 2017/08/09(水) 06:39:42.82
頼朝の兄弟、親族、近臣たちだけじゃなく、息子や孫もほぼ皆殺しにされてるよね。

78: 日本@名無史さん 2017/08/09(水) 12:04:57.59
頼朝の息子たちを除けば頼朝の死後も生きていたのは全成くらいか。
範頼の息子、全成の息子は辛うじて生き残ったんかな。

79: 日本@名無史さん 2017/08/10(木) 10:52:18.59
土佐吉良氏は源希義、吉見家は源範頼の系統だな

80: 日本@名無史さん 2017/08/12(土) 15:30:07.07
>>79
土佐吉良氏はかなり怪しいけど

83: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 07:32:07.72
昨日、木曽谷を電車で通って来たが、現代でもあの状態なのに、平安末期以前によくあんなとこに人が住んだものだなとつくづく感心するw
いくら分け入っても山と谷と木々だらけ…

84: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 08:25:04.62
木曽の山猿と呼ばれてたとか

85: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 09:23:49.45
>>84
だよなあ。
サルでもなきゃ、あんなとこに住まないよねw
俺だったら一生あの樹海から出られないと思っちゃうよw

86: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 11:03:50.52
ただ木曽の景色は日本最高級の絶景
交通網が整備されてる21世紀の今だから浮かれた事を言えるのかもしれないが

88: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 11:06:28.37
あの時代の山中の教育とかどうなっていたのか本当に気になる
縄文時代とさほどから変わらないんじゃないかと

京の都の人から見たら宇宙人が侵略してきたような感覚かもしれない

90: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 16:45:59.30
>>88
たしかに木曽義仲が京都入りした時に朝廷の貴族連中は宇宙人と交渉する感覚だったかもよ。
いくら平家が横暴でも貴族のしきたりは理解してる。

89: 日本@名無史さん 2017/08/15(火) 13:45:16.53
昭和の頃でさえ都会と田舎では落差が激しかったからね。
戦時中の東京っ子が疎開先で見る世界は未開の地だし、近世以前ともなれば異境というより異界、下手すれば地球外惑星ほどの感覚なんだろうな。

99: 日本@名無史さん 2017/08/18(金) 07:27:57.16
京育ちの義経や貴公子然とした頼朝と比べたらかなり異質に見えるかも知れない

100: 日本@名無史さん 2017/08/18(金) 08:07:52.86
義経も褒められたものじゃないぞ。
頼朝も伊豆で幽閉生活が長すぎて貴公子とは呼び難い。

101: 日本@名無史さん 2017/08/18(金) 11:49:36.00
義経は京育ちでもないだろ
鞍馬山にいたんだから
そのあとは放浪生活で平泉での時代が一番マトモ

103: 日本@名無史さん 2017/08/18(金) 18:25:40.65
近藤好和
義経にしても『平治物語』(下巻)によれば、騎射を行うのは鞍馬を出てからである。
つまり義経は下総を根拠とする坂東武者である陵助重頼を語らってその手引きで鞍馬を出る。
その重頼を誘う義経の言葉の中に「物射て遊ばん」というのがあるが、義経は鞍馬を出て近江の鏡宿で自分で元服した後、
重頼に弓箭と馬を用意させ、東国への道すがら、重頼に「馳挽、物射」(つまりは騎射、歩射)を習いながら下ったという。
その後、義経は下総で一年ほど過ごすが、そこで狩猟をしていたことが記されている。
いずれにしろ義経が騎射術を習得したのは、鞍馬を出てからと考えるのが妥当であろう。

106: 日本@名無史さん 2017/08/19(土) 08:28:03.08
>>103
平治物語の義経奥州くだりは史実ではないけど、近藤氏はどこまであれを本気にしてるんかな。

111: 日本@名無史さん 2017/08/21(月) 16:26:34.73
>>106
平家物語はともかく史実ではどうなってるの?

115: 日本@名無史さん 2017/08/21(月) 23:51:15.90
>>111
『平家』ではなく『平治』な。
義経が鞍馬から奥州に行くところの史実なんて文献がない以上「不明」としか言いようがない。

104: 日本@名無史さん 2017/08/18(金) 22:34:08.26
頼朝にとっては伊豆での幽閉生活自体は平穏そのもので、ある意味幸せなひと時だったのかも知れん

105: 日本@名無史さん 2017/08/19(土) 00:38:55.29
伊東によって実子をコロされたり悲惨なこともたくさんあったけどね。

107: 日本@名無史さん 2017/08/19(土) 17:52:28.00
頼朝息子は川に、義経息子は海にそれぞれ沈められ、義仲息子は首チョンパ。子供にもエグい時代だなぁ。

108: 日本@名無史さん 2017/08/20(日) 03:59:33.60
なまじっか情けをかけると後々「頼朝」や「義経」となって牙をむくんだから仕方ない
とはいえ現代の感覚からするとそこまでせんでも・・・と思ってしまうわな

110: 日本@名無史さん 2017/08/20(日) 15:04:12.86
平家方の伊東にとっては平家の目を恐れるとともに、頼朝を庇護しようとする北条家と確執があったから
頼朝を貴種として担ぎ上げる勇気はない

124: 日本@名無史さん 2017/08/29(火) 00:05:17.14
頼朝が嫡流とはいえ、義平が亡くなったのは頼朝にとって結果的に幸運だったのかも知れん

126: 日本@名無史さん 2017/08/29(火) 06:39:16.21
脳筋義平生きてても、戦場で酷使されて最後に頼朝に謀殺される最期しか想像できない。嫁は負け組新田からだから、後ろ楯は期待出来ないし。

127: 日本@名無史さん 2017/08/29(火) 23:47:36.79
新田が負け組になったのは頼朝が勝ち組になったからだね。
義平がいたら義経って活躍の場を失っていたのでは。
あるいは義経はおとなしく行政担当になって生きながらえていたとも。

128: 日本@名無史さん 2017/08/31(木) 08:47:12.56
義平さんは義経並みの軍略家なのだろうか。どっちがいうと義仲とイメージかぶる。

129: 日本@名無史さん 2017/08/31(木) 22:44:35.97
義仲よりも視野が狭くて、合戦の最前線で太刀ブン回してるイメージしかないw

143: 日本@名無史さん 2017/10/25(水) 02:07:29.77
芥川龍之介と松尾芭蕉と楠正成は木曽義仲の大ファン

源義経が大衆好みなら木曽義仲は玄人好み

144: 日本@名無史さん 2017/10/26(木) 04:15:38.53
やはり悲劇性の強い人が好まれるんだね

150: 日本@名無史さん 2017/11/03(金) 19:18:06.02
義経が目立つけど、源氏の兄弟は全員悲劇的な顛末を歩んでるし

151: 日本@名無史さん 2017/11/07(火) 13:40:19.63
たしかに木曽義仲と源義経は似すぎているなw

152: 日本@名無史さん 2017/11/07(火) 13:40:38.02
キングオブKYコンビ

154: 日本@名無史さん 2017/11/09(木) 21:18:56.65
似た者同士の義経と義仲は直接対決したが、義仲の父を殺した義平もまたこの二人と似ている。
さらにいうと三人にとって叔父にあたる為朝も性格的に似ている。
為朝と義平は同世代だけど絡みがなかった。二人が共闘していたら面白かっただろうなぁ。

155: 日本@名無史さん 2017/11/11(土) 01:18:38.00
松尾芭蕉
「死後は義仲のそばで眠りたい」

こう言わせる何かが木曽義仲にはある

木曽義仲=玄人好み
源義経=大衆好み

158: 日本@名無史さん 2017/11/15(水) 02:16:18.37
義仲も義経も奇襲戦法だけは天下一品

159: 日本@名無史さん 2017/11/15(水) 23:37:07.82
稀代の戦略家である頼朝と稀代の戦術家の義経

160: 日本@名無史さん 2017/11/16(木) 09:29:39.77
間に挟まれ注目されない範頼かわいそう

162: 日本@名無史さん 2017/11/20(月) 03:10:31.72
>>160
範頼が総大将だったからな
軍事面でも政でも優秀だったと言うのに

167: 日本@名無史さん 2017/11/25(土) 03:59:28.33
範頼は法皇の警護を敢えて辞退したり、かなり頼朝に対しては配慮してたな

168: 日本@名無史さん 2017/11/25(土) 13:37:20.71
でも義経追討を命令された時はゴモゴモってなったんだよな

169: 日本@名無史さん 2017/11/25(土) 14:36:07.51
義経に同情的というか擁護していたらしいね

170: 日本@名無史さん 2017/11/26(日) 12:33:06.43
実は義経と戦うのが怖かったり

171: 日本@名無史さん 2017/11/26(日) 15:07:23.99
すごいとこリアルで見ちゃってるからね

176: 日本@名無史さん 2017/11/28(火) 00:10:25.10
木曽義仲が覚明の進言を受け入れてそのまま起用してれば信州幕府は誕生していた。

177: 日本@名無史さん 2017/11/28(火) 00:18:48.43
せっかく征夷大将軍に任命されたんだから。
生まれ故郷の信濃に幕府を擁立して天下三分の計にすべきだったのに
自信過剰になり覚明を追い出したのが痛すぎたね

184: 日本@名無史さん 2017/11/30(木) 08:29:32.00
>木曽義仲が覚明の進言を受け入れてそのまま起用してれば信州幕府は誕生していた。
>自信過剰になり覚明を追い出したのが痛すぎたね

まるで木曽義仲はカイ通の天下三分計の進言を聞かずに追放した韓信みたいだ。

引用元: ・木曽義仲と源義経と畠山重忠




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