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1: 日本@名無史さん 2014/07/02(水) 21:37:11.30
日本の食文化の歴史全般について語りましょう。








150: 日本@名無史さん 2015/03/16(月) 22:28:48.25
皇室の料理番みたいな人の日記が最近発見されたらしいけど
それによると明治天皇って仔牛やトリュフや卵や牛乳みたいな明治時代の庶民にはお目にかかれない様な食材使ったフランス料理を晩餐会や誕生日に食べてたみたいだね。

152: 日本@名無史さん 2015/03/16(月) 23:17:24.67
江戸時代の皇族貴族からみても羨ましい話だろうな

156: 日本@名無史さん 2015/04/10(金) 00:04:35.44
>>152
少なくとも幕末の天皇はそんなに貧しい食生活ではなかったようだよ。塩鮭をおかずに、晩酌もできたようだし。

161: 日本@名無史さん 2015/04/18(土) 10:11:07.07
京で鮭とは贅沢ではあるだろな。

162: 日本@名無史さん 2015/04/18(土) 13:52:42.24
鮭が気楽に食べれるようになったのは割と最近な気が

164: 日本@名無史さん 2015/04/18(土) 20:25:59.68
>>162

鮭の値段が上がったのは、冷戦期。顕在化したのは年代で言うと昭和52年頃
200カイリ経済水域の各国の主張教化、サケ・マス類の母川国主義の主張、日米貿易摩擦の制裁で、アメリカ、カナダ・ソビエトの三ヶ国の漁場から締め出しを喰らった

165: 日本@名無史さん 2015/04/19(日) 02:44:46.50
>>164
最近という言葉が指している時期が違いすぎる気がするな。
いずれにせよ、貯蔵と輸送の技術が発達するまではそんなに気軽に食えるものでもなかったし、近海漁業も含め外洋で魚を大量にとれるようになったのも、たかだか100年かそこらのことだね。

166: 日本@名無史さん 2015/04/19(日) 18:45:57.55
三角形の握り飯の具に塩鮭というのが、陸軍の歩兵の行軍食だからだろ
戦争・兵役で普及した食べものだ
樺太とか千島とか確保したり日露戦争で沿海州の陸の際まで漁業をする権利とか握ったりで、鮭鱒取り放題だったから

168: 日本@名無史さん 2015/04/20(月) 20:00:24.84
塩鯖、塩鰤、塩鰯、身欠き鰊、鰹のナマリ節なんか京に運び込んでいたようだけれど、幕末に塩鮭なんか運び込んでいたの?

169: 日本@名無史さん 2015/04/20(月) 21:00:23.65
平安時代から献上されてたし
幕末ぐらいになるといろんな藩が献上してたんじゃなかったか。

170: 日本@名無史さん 2015/04/20(月) 22:22:11.72
献上っても毎日あるわけじゃないし
たまにしか食えなかったろうね


177: 日本@名無史さん 2015/05/01(金) 18:27:55.54
当時の酒は腐敗しやすいから樽廻船で運んだと言うけど、火入れしても駄目なのかね?

火入れ(ひいれ)とは搾った酒を加熱して、火落菌(ひおちきん)と呼ばれる貯蔵中の酒を白く濁らせ、味の劣化を招く恐れのある乳酸菌の一種を殺菌したり酒を搾った直後でも勢いがあり、熟成を進み易くしてしまう酵素の働きを止めるため行う加熱殺菌のことを差します。

日本酒の豆知識

178: 日本@名無史さん 2015/05/01(金) 20:06:30.31
江戸時代の技術で完全な火入れは難しかったのでは

179: 日本@名無史さん 2015/05/01(金) 21:42:10.61
小泉先生の本によると、結構緻密な火入れの調整の記録があるようです。

雑な技術しか持たない業者もたくさんいそうですけどね。

181: 日本@名無史さん 2015/05/11(月) 02:22:03.79
そもそも、缶詰めみたいに完全密閉してないんだから火入れしても後から菌がはいったら普通に火落ちするだろ。

175: 日本 2015/04/21(火) 19:39:30.01
鯉を食べると母乳の出が良くなると言われていますが、ここ西蒲原では、鯉の食べ方に特徴が有ります。鯉汁にして食べるのですが、小さめの鯉の頭とワタだけを取り除いて、まるまる一匹の状態で鱗を一枚も残さず食べるのです。
当地では鱗の事をコケと呼ぶのですが、鯉のコケの中のたった一枚にだけ母乳の出を良くする不思議な栄養分が詰まっているので、そのコケを食べ逃さないように全てのコケを食べなくてはいけないのです。

命がけで赤ちゃんを産んだ後に鯉のコケを食べさせられるなんて拷問みたいですが、お母さんたちは大事な赤ちゃんの為に鱗だらけの鯉を必死に食べたのです。
ああ、母とは何と偉大な存在なのでしょうか。お母さん、有り難う。
(小さめの鯉を良く煮てあるので鱗も柔らかくなってたそうです。また、若い世代の人の時は、鱗の成分が煮出してあるので、その汁を飲むだけでも効果が有るとされていたそうです)

176: 日本@名無史さん 2015/04/22(水) 02:25:56.66
>>175
す、すごい
大事な赤ちゃんの為に鱗だらけの鯉を必死に食べたお母さんたちすごい
お母さんたちよ、ありがとう

185: 日本@名無史さん 2015/06/05(金) 16:37:37.85
昼食はいつぐらいから全国的な習慣になったの?
平家物語の義仲上屋敷への中納言光隆の来訪のくだりからすると、東国では源平合戦の頃にはすでに昼食を食べていたようだけれど

186: 日本@名無史さん 2015/06/05(金) 17:48:53.87
一般的には江戸中期と言われてるがね。『枕草子』を見ると宮中に工事に来た大工が昼飯を食ってるし、よくわからん。

227: 日本@名無史さん 2015/07/02(木) 11:30:55.40
>>186
>『枕草子』を見ると宮中に工事に来た大工が昼飯を食ってるし、

朝食を摂ってなかったのでは?
現代でも朝食抜きという人は結構あるくらい、朝は空腹を感じにくい
そりゃ食べ慣れていて朝食を抜けば空腹だろうけど
昔の百姓は朝起きて野良へ出て、一段落したら朝昼兼用の食事をとっていたと言う

187: 日本@名無史さん 2015/06/05(金) 17:55:35.88
古代ローマも一日二食のはずだが、畑に作業に行く農夫が種無しパンを持参したり、皇帝アウグストゥスが旅先から妻への手紙に「昼にパン一切れと葡萄二粒を食べた」と書いてたり、これまたよくわからん。

197: 日本@名無史さん 2015/06/24(水) 22:33:44.79
以前好まれたが今では食べる習慣が無くなった食材を挙げよう。
狸などがそうだな。兎は微妙。日本料理で使われることは滅多に無いが、フランス料理店などでは供されることもある。

209: 日本@名無史さん 2015/06/26(金) 20:51:41.23
>>197
旨いとされてたのはアナグマだそうな
でもタヌキと同じくムジナと呼ばれる

211: 日本@名無史さん 2015/06/27(土) 00:04:10.38
>>209
食べる地域では今のアナグマを昔はタヌキと呼んでいてタヌキの方をムジナと呼んでいた。
食べない地域ではどっちもタヌキと呼んだり、どっちもムジナと呼んだり、逆だったり、総称と個別に分けて言うときで違ったり
要は混乱していた。
明治の頭の東京では、食べない地域で、どっちも「タヌキ」、武家向けに毛皮の需要があったので、毛質の良い今のタヌキの方が馴染み深かった。

198: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 12:57:12.76
鯉、鮒、タニシ、などの淡水棲生物全般

199: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 18:23:50.03
>>198
私は茨城県水戸市の出身。
田螺は私も食べたことが無いな。鮒は水戸ではおせち料理に甘露煮が入っていて正月にだけ食べていたし、鯉は全く食べなかった。
だが古河市に引っ越したら、鮒の甘露煮が名物で一年中売っているし、鰻屋さんに行くと肝吸いか鯉こくかを選ばされて大変驚いた。

200: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 19:26:47.57
ウナギと鯉こく一緒に食べたらえらい精力つきそうww

205: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 23:17:23.60
>>200
中田(古河市南部)には明治の頃まで遊郭があったそうだから、鰻に鯉こくというのは今から女の子のところに行く人向けのスタミナ食だったのかも。

201: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 21:01:03.04
>>197

戦時中に一時復活したけれど

ドングリ
縄文時代は主食、弥生時代に禾本類の穀物に取って代わられた
204: 日本@名無史さん 2015/06/25(木) 23:14:58.37
>>201 
薩摩には「えのころ飯」という、子犬の腹に米を詰めた料理があったそうだね。 
チキンやターキーの腹に詰め物した料理があるのだから子犬を使う料理があってもおかしくはないが、確かに今では全く見ないね。

213: 日本@名無史さん 2015/06/27(土) 00:50:25.49
>>201
粟のような雑穀は、健康食や菓子として細々ながら生き延びているのに、ドングリはついぞ聞かないね。せいぜい「縄文食復元」なんて時に食べてみたという程度。
よほど不味いんだろうか。

214: 日本@名無史さん 2015/06/27(土) 01:36:13.73
>>213
椎の実は炒って食べると美味しいよ

215: 日本@名無史さん 2015/06/27(土) 10:02:37.03
どんぐりはアク抜きしないと食えないからねえ。

子供がどこからか拾ってきたのが椎の実だったんで、食って見せたら嫁が驚いてた。

219: 日本@名無史さん 2015/06/28(日) 20:58:34.97
椎の実は、嫁の実家がある北九州では普通に食うらしい。
炒ってから塩を振ったものは、夏祭りの夜店では定番だそうです。

220: 日本@名無史さん 2015/06/28(日) 20:59:12.00
柏やナラの普通のどんぐりは渋くて食えない。
しいの実は炒って食うとうまいが、生でもほんのり甘い。

216: 日本@名無史さん 2015/06/27(土) 22:12:46.46
江戸時代にはヘチマも食べていたらしいね。
沖縄では「ナーベラー」といって今も食べるが、本土では廃れちゃったね。

223: 日本@名無史さん 2015/07/01(水) 17:27:53.20
>>216
ヒョウタンの漬物は普通に食えるね

224: 日本@名無史さん 2015/07/02(木) 03:37:43.63
>>223
食用瓢箪というのがあるそうだね。
「瓢箪なら何でも構わないだろう」と児童に食べさせて腹を壊させた小学校教師が居たらしいが。

225: 日本@名無史さん 2015/07/02(木) 09:12:02.50
江戸時代のお饅頭は砂糖ではなく塩味のあんこが主流だったと聞いた

234: 日本@名無史さん 2015/07/04(土) 11:40:09.64
>>225
大福でその話きいたことあるよ
興味深いよね

たしかに砂糖はかなり貴重品だったはず

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塩あんびん
(しおあんびん)は、砂糖を用いずに塩で味付けした大福である[1]。加須市・久喜市など埼玉県北東部で古くから食べられ、今日も一部の和菓子屋で販売されている。貧しい農村で砂糖の代用として塩を用いたのがはじまり、という説もある。


235: 日本@名無史さん 2015/07/04(土) 11:42:50.09
塩味の餡の大福って、おにぎりに味噌みたいな感じなのかな?

237: 日本@名無史さん 2015/07/04(土) 12:05:24.91
>>235
むしろおにぎりに塩?
慣れればうまい

238: 日本@名無史さん 2015/07/05(日) 07:57:47.19
赤飯のアズキも塩味だが
あれはあれでうまいな

240: 日本@名無史さん 2015/07/05(日) 11:29:33.86
江戸時代の蕎麦も塩味で食べたりするよね

243: 日本@名無史さん 2015/07/08(水) 14:45:17.21
『武家の女性』に田舎の大庄屋の家に行ったら塩餡のおはぎ出されてとても食えなかったというエピソードがあったなあ。
その後は甘いおはぎを出してくれたそうだけど。

245: 日本@名無史さん 2015/07/08(水) 15:45:46.48
塩餡って砂糖全く入ってないの?
だとすりゃ、そりゃ嫌だなぁ、ほんのり塩味のは美味いけどさ

246: 日本@名無史さん 2015/07/09(木) 00:25:06.78
あの大御所様こと徳川家康も
島津か南蛮人かどこからか黒砂糖の塊もらって飛び上がって喜んだというから
砂糖の貴重さがよく分かる
しかしさすがに江戸時代後期ともなると一般にも普及していたのかな

247: 日本@名無史さん 2015/07/09(木) 00:32:54.37
砂糖が国産されるようになったからな。

248: 日本@名無史さん 2015/07/09(木) 13:07:59.35
輸入もガンガンしてたからな。
どんだけ砂糖好きなんだよ

250: 日本@名無史さん 2015/07/09(木) 15:01:18.95
和三盆はいいね

263: 日本@名無史さん 2015/07/12(日) 00:06:54.40
和三盆の話に戻すけど竹糖ってサトウキビの中で最も北で栽培される品種だとか
サトイモはタロイモの中でも最も北で栽培される種類だし
北海道みたいな亜寒帯でヤマイモや水稲作ってるのも日本くらい?
他にこういうのある?

265: 日本@名無史さん 2015/07/12(日) 01:28:24.34
>>263
亜寒帯?年間平均気温からするとまあ亜寒帯だけれど、冬季の気候は稲作に関係ないしなー
ついでに、『にがい米』のポー川流域は、北緯44度~45度。日本の稲作の北限の遠別町が43度 近場なら、中華人民共和国の東北三省は稲作地帯になっていて黒竜江仕様牡丹江市が北緯44度ら辺、面積だけ比較すると、黒竜江省の稲作作付面積だけで日本の水田面積よりも大きい。
同じく北緯44度~45度付近、トランスオクシアナのアラル海に近いところ、イリ河下流域、バルハシ湖の周囲ははソビエト時代に大規模に稲作が開始されている

277: 日本@名無史さん 2015/07/25(土) 22:09:57.17
随分前にこのスレで江戸時代の庶民はほとんど肉を食べなかったとか肉を食べるのは恥ずかしい行為で人に言える事じゃないとかって書き込み見た記憶あるけど
今日テレビに出てた大学教授の話によると鴨南蛮そばは普通に蕎麦屋のメニューにあって庶民も食べてたみたいだね。

278: 日本@名無史さん 2015/07/26(日) 01:33:35.07
>>277
鳥はOK

両国とかでは肉料理普通に食べられてたみたいだよ

280: 日本@名無史さん 2015/07/26(日) 14:33:00.10
両国の「ももんじや」という店が1718年創業らしいな

281: 日本@名無史さん 2015/07/30(木) 18:44:17.16
領国と麹町に店舗があったみたいだな

283: 日本@名無史さん 2015/08/01(土) 14:03:33.36
江戸時代に肉を食べる行為って
現代で言うとコイ科淡水魚を食べるのに相当するくらいのマイナーさじゃなかろうか

284: 日本@名無史さん 2015/08/01(土) 14:32:49.37
田舎は普通に食べるし江戸っ子も食べる
大阪や京都は知らん

285: 日本@名無史さん 2015/08/02(日) 09:21:49.86
あのね
食べることができないでなく
食べる機会がほぼないといってるの

害獣退治に狩りは合ったけどね

そんなに頻繁にくえない

287: 日本@名無史さん 2015/08/03(月) 21:51:17.30
>>285
そんな頻度だとすると、ももんじ屋みたいな常設店舗はどうやって肉を仕入れてたんだろうね。

292: 日本@名無史さん 2015/08/07(金) 11:58:24.08
>>287
庶民が頻繁にくえないといってるの

三ツ星れすとらんでキャビアは提供されてるよね
それを持って庶民が頻繁に食ってるという主張するのは変でしょ?
しかもこの時代は獣肉に忌避感あった時代なので需要もすくない

猪は猟師がつるか専業でない猟師のような存在である
幕府などに特許もらって銃を保有してるものなどが狩った

296: 日本@名無史さん 2015/08/17(月) 03:13:15.01
>>292
なるほどね。
因みに哲学者の内山節によると、たとえ獣害が発生しても山村の人々は晩秋以外に猪を狩ろうとはしないそうだ。
理由は2つ。1つ目は晩秋以外の猪の肉は不味くて食肉の価値が無いから。2つ目はそれとも関係するが自分たち人間と同じく山で生き、かつ人間よりも強い力を持つ動物(猪に限らない)に対して仲間意識と畏敬とを併せ持つので単に命を奪う(食料にしない)ことに嫌悪を抱くから。

これは現代の山村住民についての見解だが、昔のことについても妥当するのかもね。

298: 日本@名無史さん 2015/08/17(月) 20:21:46.69
>>296
三毛別の話で知ったんだが
クマは胆のうはしとめた人間がとり、肉はみんなで分けるそうな

供養になるという説明
ただ大変不味いそうな


これも命を奪うからには肉を食うという思想かもね

294: 日本@名無史さん 2015/08/15(土) 14:43:00.48
ネタを投下

「余計な話になりますが、昔は天保一枚で鰻を食つて、舟へ乗つて、芝居を見て、女を買ふと云う事が出来た。全体どうするのかと云へば、連雀町辺に屋台のすし屋がある、三ツで八文位、其の隣りに鰻のすしがある。それが十二文位、それを食つて今戸の渡しあたりを渡る、渡し賃が二文、芝居と言つても大したものでは無いが、奥山あたりのおでこ芝居で、其の木戸が十二文。女を買ふと云つて、夜鷹だが、兎も角女は女だ、それが二十四文。お湯銭の六文に、蕎麦を食つても十二文、それで未だ残つてる。
成る程、すしも食ひ、鰻も食ひ、舟に乗つて芝居を見て、女を買つて、お湯に入つて、蕎麦を食つた訳だ、 こりゃ間違がない。
昔はその様に物価がやすかつた。私の親なぞ、旅行好きで、旅などへ出ると一晩百六十文と云ふのに泊まつた。極く上宿で、昼弁当までつく位、」


清水晴風 「江戸の春の思ひ出」 
書画骨董雑誌 明治45年、第四十五号より

295: 日本@名無史さん 2015/08/15(土) 16:00:56.66
>>294
天保一枚って言ったら八〇文。
全体的に見積もりが安すぎ。かなり下の下で間に合わせてる。
江戸後期から幕末にかけては物価が騰貴してるし、話半分だな。

300: 日本@名無史さん 2015/08/17(月) 23:02:02.79
>>297
鮨も鰻も、回転ずしに(高騰前の)中国産うなぎというレベルのものから、目の玉が飛び出るような値段の高級鮨や上司・長老への礼物として使われる名店の鰻折まで千差万別だね。

301: 日本@名無史さん 2015/08/18(火) 16:04:47.77
>>299
体売ってもソバ2杯分にしかならないのが
現代人から見ると悲しいな

308: 日本@名無史さん 2015/08/19(水) 08:48:43.36
>>301
それ川柳にもなってるよ

夜鳴き蕎麦食ってまた一仕事みたいな歌だった
ただ歌の中では二杯以上の値段だったはずだが 
313: 日本@名無史さん 2015/08/20(木) 19:56:02.38
「客二つ つぶして夜鷹 三つ食い」だった
客二人とって蕎麦三杯ってこと
二杯以下でした、記憶違いすまん

引用元: ・食物と酒、嗜好品の歴史@日本史板 2皿目




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