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1: 日本@名無史さん 2017/04/23(日) 19:47:20.41
ヨーロッパの中世史は人気があるが、日本の中世史は人気がないのはなぜなのか?








5: 日本@名無史さん 2017/04/23(日) 23:16:27.89
日本人は悲劇の判官びいき(義経、楠木正成、真田幸村、坂本龍馬、西郷隆盛など)か一代で天下を取ったような風雲児(信長秀吉家康)が好きだから

権謀術策で天下を制した北条や天下を取ったかどうかあやふやな寄り合い所帯の足利では、すっきりせんのですよ

まあ楠木正成や北条時宗は例外として

6: 日本@名無史さん 2017/04/24(月) 01:38:52.54
判官びいきも疑問だなあ。
実際には勝ったやつをひいき目に見て、勝者を正当化する傾向のほうが強いのじゃないかと思う。
要は負けたやつが悪く言われる。

戦前日本
赤穂浪士(吉良上野介が)
関ヶ原(石田三成が)
小田原評定(北条氏が)
北条高時
承久の乱(後鳥羽院が)
壇ノ浦(平家が)
大化の改新(蘇我蝦夷・入鹿が)

平将門は、よっぽど皇国史観に染まったやつ以外は悪く言わないか。
弘文天皇(壬申の乱で天武天皇に敗れる)も悪く言われることないと思うが…マイナーだからか?
足利直義も、マイナーなのか、あまり悪く言われないのは、本当に悪事が少ない真面目な人だったのかもな。
古典太平記では、護良親王殺害の因果応報で滅んだとされてるが。

9: 日本@名無史さん 2017/04/24(月) 19:12:30.09
>>6
将門の場合は関東地方最大の怨霊になってしまったから、悪く言うと祟られそうと思われてた可能性が高そうだ

弘文天皇は、少なくとも日本書紀とかの古い史料では悪く書かれてたはず

10: 日本@名無史さん 2017/04/24(月) 23:44:40.01
>>9
鎌倉時代に将軍様が将門の絵物語を製作させたというんだな。だから関東では将門人気はあったと思われ。強い武将ということで、後には安産の神様にもされた。これをほじくり出して逆賊認定なんて皇国史観のなせる業か。

弘文天皇は漢学の素養があり、懐風藻の筆頭を飾る五言絶句が彼の作品。
なので、まあ彼を破った天武の子孫が奈良時代の皇統を占めてたとはいえ、何せ治世の短い人でもあったし、よくも悪くもイメージは希薄だったのではないかと思う。
懐風藻は政争に敗れた大津皇子や長屋王関連の作品も多く、編者に興味が行く。

22: 日本@名無史さん 2017/04/28(金) 21:43:21.80
鎌倉南北朝室町でとっつきやすい小説が少ないな。
戦国や幕末は腐るほどあるのに。

23: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 00:41:38.08
義経もんはいくらかあるんじゃないかねえ。
鎌倉時代もんでは永井路子と相変わらずの吉川英治『私本太平記』なのかな?
吉川死んで30年ぐらいして大河ドラマだもんな。
新田次郎の『新田義貞』、直木三十五『楠木正成』などもある。
直木の小説はなかなかおもしろいから、再評価を希望します。
大河ドラマ『平清盛』を見ても、実在の登場人物が知られていなくて、視聴者もつらかったろうと思う。
アニメ『一休さん』に親しんだ人は足利義満と蜷川新右衛門をよくおぼえているだろう。
鎌倉・室町の武家は滅亡したのが多いので、いまいち親しみを感じられないのかも知れないね。

29: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 11:24:36.76
>>23
北方謙三さんが 尊氏 義貞 以外の南北朝の人物を書いている。
後書くとすれば、護良親王と高師直あたりかな?

26: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 01:07:59.28
頼朝ファンはいっぱいいるだろうにな

27: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 08:33:40.04
頼朝、義経あたりの源平合戦世代がやっとなんだよな。
頼朝だって曽我兄弟事件までしか知られてないし。
承久の乱あたりのドラマはずーっと大昔まで遡るのか。

30: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 13:13:43.53
いっそ後醍醐天皇主役が欲しいな

33: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 18:27:04.29
>>30
後醍醐天皇主役でやると、リアリティ出せば荒れるし荒れないように頑張るとリアリティ欠如で売れないだろ

どんな内容で書いてもほぼ炎上疑いなしの素材だから、簡単には出せないはずだ

60: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 10:50:02.31
>>33
天皇家の血筋で荒れるってのが理解できないんだよなあ。
そりゃあ今の皇室は北朝の血筋だけど、それは歴史の流れであって、南朝を主人公にすることが今の皇室を冒涜することにはならんと思うよ。

61: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 10:55:54.45
そもそも北朝の天皇だって足利氏が担いだだけで、尊氏は天皇に対し忠臣とは言えないし、それどころか正平一統でないがしろにするくらいだ。
天皇しかも今の皇室の血筋上の先祖に対する忠誠心を問題にするなら、それこそ平安時代にまでさかのぼらないとドラマは作れんでしょ。

34: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 20:59:32.31
同族が分かれて争うことが多くてわかりにくい
皇統ですら割れた

36: 日本@名無史さん 2017/04/30(日) 00:09:09.37
>>34
いや、逆だろ
皇統が割れてたから南北朝の争いが起きたわけだし、公家たちの家の多くは両統に別れての争いの中で分裂していったんじゃん
分裂が進みつつも抜本的な対策を取れなかった中で南北朝となったのであって、争いの結果として分裂したわけじゃない

37: 日本@名無史さん 2017/04/30(日) 00:28:00.66
結局「政治家一族だから」ってことだったと思うんだな。
社会が血統で決まってたから、貴種は利用できるという発想になるのは自然かと。

40: 日本@名無史さん 2017/04/30(日) 23:03:56.99
>>37
上皇方がヘタレすぎて戦闘そのものは一瞬だろ。
話の種にはならないし、人気だって話も聞いた事はない。
単に成功したクーデターってだけっしょ。

41: 日本@名無史さん 2017/05/01(月) 02:41:46.83
>>40
後鳥羽院に与したのはけっこうそうそうたる連中だぞ

一条信能・尊長(一条能保の子)
藤原秀康
三浦胤義(義村の弟)
大内惟信(信州平賀氏)
後藤基清
佐々木経高(阿波などの守護)
河野通信(伊予河野氏)
大江親広(大江広元の長男)
山田重忠(尾張国人で、沙石集でも知られる)

↑を見ると、勝敗はわからなかったと思われ。
あと承久記はなかなか面白い。
岩波書店の刊本があるので一読されたし。
後鳥羽院が政治家として擁護できない点は同意。

44: 日本@名無史さん 2017/05/02(火) 00:09:10.40
>>41
御家人の仁科盛遠も上皇側

35: 日本@名無史さん 2017/04/29(土) 23:29:52.18
勝者なしの時代だ。
ハマるやつはハマるが、興味のないやつはどうでもいいだろう。
鎌倉時代は元寇以外は小規模な政変以外、話題が無いしな。

43: 日本@名無史さん 2017/05/01(月) 07:21:50.12
小説十八史略みたいに通して学べて入り口になる娯楽作品が欲しい

45: 日本@名無史さん 2017/05/02(火) 15:09:27.50
>>43
確かに

46: 日本@名無史さん 2017/05/03(水) 15:48:10.61
しょぼい城としょぼい戦いしかない

48: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 03:12:10.99
どっちかというとこの時代の方が合戦の規模が大きいような
戦国時代の地方領主による土地の奪い合いと違って、政争→大規模に兵力を動員して合戦っていうプロセスだし

特に南北朝の動乱は初期は全国単位で動員をかけて合戦してるせいでやたらとスケールがデカイ

50: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 11:46:09.24
>>48
全国規模の広域的な戦争という意味では信長晩年以後ぐらいの時期の戦争じゃないと南北朝の頃のとは比較にもならないけど、動員人数で比べたら戦国時代中期頃から互角規模の戦闘が頻出する気はするな

桶狭間あたりの規模でもわりと互角な感じがする

51: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 12:46:09.11
奥州軍が京都まで行ったり来たりしてスケールは大きいように見えるけど実際の動員兵力は数千ってとこじゃないかな
奥州軍が通過した後は草木も生えなかったとか書かれてるけどそれでも兵站が賄いきれない

53: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 18:54:19.63
動員人数に関しては絶対数より人口との比率も相対的に加味しないとあかんのやないの

57: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 20:37:56.38
太平記の兵数の多さは三国志に影響を受けたというのは本当なんだろうか

58: 日本@名無史さん 2017/05/05(金) 20:59:06.03
>>57
年代的にどうだあ?

三国志(史書) 三国時代(220~280)の後、陳寿が編纂。
三国志平話(小説) ↓演義に先行する小説。元代、日本でいう鎌倉時代には完成してたらしい。
三国演義(小説) これが一般にいう三国志。明代(1368~)に原型がほぼ完成し、清代(1644~1911)に手が加えられた。

日本書紀にすでに後漢書の影響があるらしいし、中国の数字・表現がとかく過大なのは特に限ったもんではない。
平話と演義は白話に通じてないと読めない(つまり、普通の漢文の素養じゃ読めない)。
八犬伝には演義の影響があるというけどね。

76: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 20:16:12.43
南北朝時代をもうすこし科学的に考えてみたい

・南朝の実態に謎が多い
・武士の没落がけっこう激しく(例:高師直)、次の時代に続かない
・華やかさに欠ける
・制度がよくわからないので、武士の「横領」「乱妨」と書かれてもピンと来ない

そもそも論で、実名レベルでわからない、生没年未詳=年齢不明が多いから、人物に感情移入もしづらい。
正義(苦笑)のはずの南朝が多く没落するし

本郷和人(アイドル追っかけ家)さんは「南朝が北朝に屈したことで、日本の歴史が終わった」というのが水戸学の思想と言ってるけど。

え?俺?俺は、乱世なんで武士が武士らしく思えるので好きですよ。
江戸時代の武士は、りっぱな人が多かったのだろうけど、武人の面はあまり見られなくなってしまうし。
お公家さんも、最後の文化的黄金期じゃないかな(勅撰和歌集は、南北朝までは多く、足利義教の時代に終わってしまう)。

77: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 20:45:26.22
そうだよね

武士らしい荒々しさがどんどん減って、武士が上品になっていく時代だよね南北朝ごろって戦国時代に少し荒々しさが復活するけど、江戸時代になると再び上品な武士に。

武士が上品な感じになって公家の仕事を横取りするようになったから公家文化が衰退したのかな
武士と公家の境界線が曖昧化するきっかけを作ったのが建武時代、後醍醐帝の時代だよね

80: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 22:40:07.19
>>77
公家が衰退した印象を受けてしまうのは、彼らの経済状態も大きかったんでないかと思う。
室町の皇室は行事のたびに幕府に泣きついてたけど、これも鎌倉時代までだったら…
鎌倉時代に全国800か所に及んだといわれる皇族の荘園(女院領なども含まれるので、単純に収入に直結しないにせよ)が実態を失ったのか?
南北朝和解の時も国衙領が話題になってたけど、これなんか当時も実態はどんなだったのやら。

勅撰和歌集は足利義教の時代で途絶えてしまうけど、これは結果的にそうなっただけで、義政の時代にも編纂の発議はあったけど「乱世だから」との理由で延期され、以後復活しなかった。最後の勅撰集『新続古今和歌集』の編者は飛鳥井雅世だけど、同集の解説でも「まさか最後になるとは思ってもみなかったろう」とのこと。
公家の政治的・経済的後退と文化はまた分けて考えるべきだと思う。

後醍醐は武士も相応に遇しようと考えていたのかもね。
当時の価値観では、北畠親房・顕家父子のような人が地方に赴任し、鎮守府将軍になるのはすごく変だったろう(平安途中まではともかく)。
公家一統というのも、ある程度は公家に武士の仕事をさせようってことだったかも。
公家と武家の境界があいまい…というよりは、根は同じと考えるほうが当たってるかも。

79: 日本@名無史さん 2017/05/06(土) 21:32:15.93
江戸時代だって剣術は盛んだったし、さぞかし武勇に秀でた人も多かったのだろうけど、いかんせん、そっちで評価されるような戦いが少なかったからねえ。

武士の長い歴史でも、室町期(南北朝~戦国)が武士の黄金時代という気がしないでもない。
本当に戦乱だったから、勇将が多く出たし、武士の教養も前代に増していたと思われ、文武両道の人も多い。
大内、赤松、今川は文武両道だったし、あまり人気がないかも知れんが畠山や山名は勇将が多かった。
高師直もまさしく文武両道の人物。
細川、能登畠山は文化愛好家が多かった。
土岐はあまり冴えなかったかも知れんが、土岐頼遠は北畠顕家を食い止めた勇将(後に光厳上皇への非礼で処刑)。
上杉は、後に謙信(長尾氏)に替わられるせいかあまり良いイメージないかも知れないが、歴代には討ち死にが多く、勇将の家系と言えるだろう。
てなわけで、戦国期に没落しちゃう守護家にも俺はわりと好感を持ってる。

もっとも、文化面に関しては、江戸時代と比べるとどうしても教養に偏り…というより教養人が少なかったろうけど。
けっこう偉い武士でも「読み書き出来なかったろう」と言われる人がいたりするので。

やはり戦いが多いと、武士は本来の機能である武勇を発揮しやすい。
平安時代の武士だと、まあ数が少なかったということだろうけど、日本全体の支配者というにはまだ物足りない。
武士の完成期は鎌倉~室町時代で、江戸時代はたまたま平和が続いた、いわば惰性の時代だったということなんだろう。

85: 日本@名無史さん 2017/05/07(日) 13:06:38.45
北畠顕家主役にした大ヒット漫画でも出れば一瞬で太平記の範囲は大人気になるのが今の時代やろなあ・・・
ちょっと踏み込んでみればライト勢でもおもろいと思える要素はちゃんとあるわけだし

92: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 03:02:41.55
>>85
太平記は敗者にドライとも言えて、北条高時、後醍醐、新田義貞、護良親王など愚者のように描く。
後醍醐なんか阿野廉子の寵愛が叩かれてるんだから、見ようによっちゃ南朝全否定だ。
楠木正成はそういうネガティブな面は描かれてないが、没後に怨霊となる。
顕家は何と言っても2度目の長征が

「元来無慚無愧の夷共なれば、路次の民屋を追捕し、神社仏閣を焼払ふ。総じて此勢の打過ける跡、塵を払て海道二三里が間には、在家の一宇も残らず草木の一本も無りけり。」

当時の合戦なんて略奪当然だろうに、特に顕家に言及されてるのは、後の敗死を因果応報とするためかも。
顕家は短命だったわりに当時の人としちゃ資料を残してる人なんで、やろうと思えば物語は作れるだろうけど…
正成…義貞より人気がないかも知れないねえ。

96: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 12:28:16.68
>>92
個人的にはその奥州軍の行いの描写は、顕家というより結城宗広の地獄堕ちに関わる描写じゃないかと…

それは置いといても太平記での顕家、ひいては奥州軍の描写っていうのはかなり偏った描き方をされてるからなぁ
そもそも義良親王の下向が無かったことになってたり、ほとんどの諸本では伊勢転進以降がカットされたりで顕家自身は一次史料だけで本人の足跡を辿れるくらい史料が豊富な人物なのに

97: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 12:56:01.57
北畠はオヤジがアレなせいで息子も資質を疑う奴いるけど、顕家は名将だよな。
新田と合流しなかったのは見下したからじゃないと思う。
新田息子が従軍したんだし。

98: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 14:17:24.95
>>97
顕家の二度目の上洛戦って顕家・義貞双方色々言われるけど、一番の問題は「とにかく上洛!」しか考えてなかった南朝中枢の戦略ミスが根本にあるからね

そもそも義貞は新田一族と南朝に付いた越前の在地勢力だけで斯波高経+αを相手にしてる訳で、多少戦局が有利になろうが、顕家と共同作戦に出るような余裕は元からない
対して顕家も青野ヶ原での合戦後に疲れ切った大軍を率いてるんだから、情勢が安定せず天候にも不安がある越前に向かわず親父が抑えている伊勢に転進するっていうのはある意味あたり前の行動だし

それに加えて、顕家も伊勢転進で終わってしまった訳じゃないしね
上で書いたように太平記では以降の顕家の足跡がカットされてるから世間でのイメージが悪いんだろうけど、畿内での戦いでも結構な激戦を繰り広げてたりする
特に高師直が有名な分捕切捨の法を出したのは、顕家との畿内での合戦に勝つためだったりするし

100: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 16:20:27.12
京から奥州まで出兵要請が来てそれに応えて上洛しようとするって事自体が時代考えるとシームレスにいくわけがないんだよな

101: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 16:56:02.59
古典太平記が北畠大勝と描いてるだけで、実際は青野原を突破できなかったんだから引き分けといった所で、小学館版太平記では「足利がそんなに劣勢だったわけではない」と注釈してる。これは多々良浜合戦も同様。
岡野友彦は北畠親房の伝記(ミネルヴァ書房)で「(青野原を破らないと)越前に行けない」と書いてる。

顕家は2度の長征しか目立った戦績がないので、正成・義貞みたいに大衆人気に結び付かないんだろう。楠木正行は(桜井の駅と)四條畷合戦と如意輪堂の和歌「返らじとかねて思えば梓弓なき数に入る名をぞとどむる」があるけど、古典太平記の顕家はそういうエピもない。公家が衰退してゆく時代ゆえもあってか、お公家さんは人気になりにくいのかねえ?
もっとも、顕家の弟の流れの浪岡北畠氏(顕信)、伊勢北畠氏(顕能)はともに顕家の末裔との伝承もあるそうなので、顕家の名も一定の声望は伴っていたとは思う。
ただまあ古典太平記でも、顕家のパートはそんなに面白くもないしなあ。

102: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 17:25:28.74
北方謙三は顕家の上洛強行軍の悪行をきれいになかったことにしてたな
破軍の星は漫画読んでるみたいですごく面白かったけど義貞を朴訥で生真面目な武将として書いてるのが興味深かった
能力あるけど天然って事だから義貞好きな人には受け入れられないだろうけど

103: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 21:35:06.58
>>102
ちょっと興味を引くのは、略奪なんてどの軍もやってたことだろうに、顕家だけ特記されてる点。
今までの史学者は「よほどひどかったんだろう」としか言ってないけど、誇張あると言え、それだけ大規模な略奪・破壊を続けたなら、意図的にやったと見ていいんじゃなかろうか?関東~東海は特に旧鎌倉幕府の勢力が強かった地域なんで、打撃を与えるためだったろうと。

義貞は人間性を伝える資料が太平記以外にあまりないからか(生年も不明)、子息ともども太平記でイメージがほとんど作られちゃってる。義興も都から来た令嬢への愛に溺れ、滅んだと書かれてる。そのイメージだって、勾当内侍なんか実在すら疑われてるんだから、ずいぶん造られたものだろう。
鎌倉攻めでも、実際どれぐらい義貞が貢献してるかは難しい所ではないかと思う。 義貞の戦績で一番わかりやすいのは、実は赤松攻めの時ではないかと思わなくもない。城攻めが大変なこと、赤松円心が知将であることを考慮しても、義貞はそれほどは戦上手ではなかったんでないかと思う。
逆に、越前での戦いも、彼が無能だと結論づけられるほど解明されてもいないだろう。
結局、新田父子はあまり足利に勝ててないので、すばらしく天才的な武将ではなかったのだろうけど。

88: 日本@名無史さん 2017/05/07(日) 20:57:53.89
足利尊氏からして
北朝を立てたのに南朝に下ったり
弟や長男と戦争してみたり
もめごとのもとになる鎌倉公方を置いたりでよくわからない

89: 日本@名無史さん 2017/05/07(日) 21:05:43.01
尊氏が積極的に動いて開戦した戦いが見当たらない時点で
何らかの形で戦わざるをえない状況になるまで戦端を開かないのが建国者としては特殊すぎる

90: 日本@名無史さん 2017/05/07(日) 22:32:07.48
尊氏の人格表現は吉川英治も苦労してるなあと思った

91: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 00:58:19.46
三国志の劉備をもう少し消極的な大将に変えた感じの性格に見える
我々の目では魅力の欠片もない人物に見えるが、時代によっては優秀な将と見られた可能性がある

99: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 14:49:48.70
還俗将軍とか
暗殺され将軍とか
権力基盤が弱すぎ

104: 日本@名無史さん 2017/05/08(月) 22:08:27.19
新田は死に様が阿呆過ぎる。
もうちょっと健闘してくれたらカッコよくなったんだが。

125: 日本@名無史さん 2017/05/18(木) 19:20:41.51
戦国も信長登場以前はまるで人気なし

126: 日本@名無史さん 2017/05/19(金) 04:42:28.84
>>125
信玄と謙信がいるでしょう。

127: 日本@名無史さん 2017/05/19(金) 10:36:19.02
信長と絡む奴はマシ。毛利元就や北条早雲は……

128: 日本@名無史さん 2017/05/19(金) 18:27:39.91
そりゃ信長以前はご当地大名人気が主流であって全国区で人気の大名は少ないけどさ、
武田上杉ぐらいは全国区の人気があると言えなくはないレベルだよな

146: 日本@名無史さん 2017/05/23(火) 00:01:41.43
信長以前の細川、大内、三好は将軍家を担いで畿内の覇者になったのは
日本版春秋時代って感じ

148: 日本@名無史さん 2017/05/23(火) 12:14:53.99
戦国がいつからかというのはともかく16世紀前半も室町と同じくらいマイナーなのは事実
もっと言えば信長秀吉家康が絡まないのもマイナー

151: 日本@名無史さん 2017/05/25(木) 03:47:35.47
信玄、信長の祖父の名すらあまり知られていない(武田信縄、織田信定)。
謙信は父の名が知られているかどうか。
北条は始祖が有名だから例外的に5代全員知ってる人も多いか。
北条早雲が滅ぼした三浦氏最後の半世紀も謎が多い。
尼子経久も実は前半生が不明。
三好は之長より前が謎。
長宗我部も実はなぜ土佐がああなったか謎らしい。それどころか四国統一も。
宇喜多は直家の祖父ぐらいまでしかさかのぼれないとかで、なぜか百済王の子孫を称してた(大内氏の影響か?)。
秋田安東・津軽・南部氏に至っては戦国末まで年代すら怪しい。
秀吉や加藤清正がファンタジーになるわけだ。

戦国を境に没落する家が多いからもあるんだろうけど…小説家や大河ドラマが好む時代ではないのかもな。
特に大河は最後を大団円にしたいだろうから…

192: 日本@名無史さん 2017/06/12(月) 08:14:00.81
あまり、劇的なスペクタクルが無いからぢゃないかな?

NHKの大河ドラマでも=戦国時代か幕末しか、テーマにしていない。
「朝廷から武家政権に移行」 とか 「江戸時代のタイクツな徳川家光や宗信の時代」 なんて
ドラマをやっても・・・あまりネタが無いので。

214: 日本@名無史さん 2017/06/17(土) 12:01:47.50
>>192
対外戦争である元寇が、歴史の授業で「神風が吹いたから勝った」という結論で終わらされているからね

西国武士が中心となって自力で撃退した史実が広まればもっとメジャーな時代になると思う

193: 日本@名無史さん 2017/06/12(月) 12:17:21.89
承久の乱とか鎌倉幕府滅亡からの建武の新政、そして室町幕府成立の流れとか凄く大河的スペクタクルだと思うけど
英雄伝も伴うしさ

194: 日本@名無史さん 2017/06/12(月) 12:31:36.95
登場人物の知名度が低いので視聴率が上がらない
メディアで取り上げられることが少ないので知名度が上がらない
このスパイラル

引用元: ・なぜ鎌倉時代室町時代は地味で人気がないのか2代目




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