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1: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 01:06:57 O
17~18世紀頃に新大陸に黒人奴隷がいたのは知っているけれど、そもそも中世から近世ヨーロッパでは、黒人ってどう認識されていたのかな?
また、アラブ人はイスラムだから敵視されていたんだろうけれど、ヨーロッパに住んでる人っていなかったんだろうか。
カトリックになった黒人やアラブ人がヨーロッパ国内で生活してたりとかっていうのはなかったの?

それともヨーロッパ国内でも奴隷として生活してたりしたのかな?
調べてもわからなかったので、詳しい方、教えてくださいませ。








2: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 02:11:22 0
イスラム時代のアンダルスにはいたんじゃないの?
そこから更に売られてフランスやイギリスに行くとかありそう。
アル=アンダルスとは、イスラーム世界において歴史的にスペインのアンダルシア地方を中心とするイスラーム勢力統治下のイベリア半島一帯のことを漠然と指す呼称。

6: 1 2010/06/13(日) 10:00:40 0
>>2
確かにアンダルスにはいましたよね、きっと。
明らかに敵と認識されていたアラブ人や奴隷として扱われている黒人がいた中で、英仏などでの国内での認識の仕方を知りたかったもので。

3: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 07:48:27 0
その昔、シェークスピアという人がオセロという作品を書いてな...

375px-Othello_and_Desdemona_in_Venice_by_Théodore_Chassériau


『オセロ』は、ウィリアム・シェイクスピア作(1602年)の悲劇で5幕の作品。

ヴェニスの軍人であるオセロ(ムーア人)が、旗手イアーゴーの奸計にかかり、妻デズデモーナの貞操を疑い殺すが、のち真実を知ったオセロは自殺する、という話。


6: 1 2010/06/13(日) 10:00:40 0
>>3
なるほど、盲点でした!
ざっとwikiで見ましたが、これで見ると対等(場合によってはそれ以上)の立場としてして扱われていたってことでしょうか。
宗教には触れていないというのが気になります…。

時代的には1602年ということなので、黒人奴隷貿易は始まっていますよね。
かたや人を物として扱う人々がいるのと同時に、貴族として扱われている人々もいたということなのでしょうか。
私の中で疑問が広がってしまいました(苦笑)

もし詳しい方がいましたら、ご教授ください!

5: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 09:50:38 0
デュマ将軍

7: 1 2010/06/13(日) 10:13:55 0
>>5
知りませんでした、ありがとうございます!
彼はハーフなようですが、父親に奴隷として売られたり、その後認知されたり…。父親の複雑な感情を感じますね。

かつては奴隷を増やすために、混血の子を作ることが多かったようですが、そこには自分の子供に対する愛情は感じにくいように思います。
しかし彼のように認知される人もいるということは、本土でも混血は少数ながらいたということですかね。

また、黒人奴隷も本土にいたということなんでしょうか。。。

8: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 11:18:00 0
プーシキンが黒人の血を引いていたそうだ

12: 世界@名無史さん 2010/06/16(水) 22:08:16 0
アブラム・ガンニバル

300px-Meller-Zakomelski

アブラム・ペトロヴィチ・ガンニバル
(1696年 - 1781年5月14日)は、ロシアの軍人、貴族。ロシア皇帝ピョートル1世によってアフリカから連れてこられ、少将、軍事技術者、タリン総督となった。詩人アレクサンドル・プーシキンの曾祖父としてよく知られている。


17: 1 2010/06/24(木) 02:34:42 O
>>8
ロシアの方では、比較的黒人や、黒人の血を引く方もいるんですかねえ。
アブラム・ガンニバルという方は初めて知りました。

10: 世界@名無史さん 2010/06/13(日) 21:02:33 0
>>1が聞いてるのは大航海時代より前の時期かと思ってたんだが、「近世」と書いてるな。
確か黒人の奴隷が初めてポルトガルに入荷したのが1444年だったと思う。

17: 1 2010/06/24(木) 02:34:42 O
>>10
私が気になっていたのは大西洋で奴隷貿易などを行って黒人を人間と認めないような事を行っていた時に、ヨーロッパ本土では黒人に対してどういう扱いをしていたのかが気になっていたのです。
大航海時代以前からの流れも気になります。
例えば中世では単に肌の色の違う人々という認識だったのが、途中から人間以下と見るようになったのか。
それとも、最初から偏見の目で見ており、1444年以降にそれが決定的になったのか。
そもそも、ヨーロッパ本土では黒人は激レアで、見かけることなどほとんどなく、伝聞や書物の中で見かける程度だったのか…などということです。

11: 世界@名無史さん 2010/06/14(月) 09:57:03 0
アラブ人についていえば、中世には南イタリアのルチェーラにアラブ人の共同体があって、シチリア王国軍のエリート弓兵隊だったそう。

18: 1 2010/06/24(木) 02:39:13 O
>>11
アラブ人はイスラム系ということもあって、見方が異なっていたんですかね?
このエリート弓兵隊はキリスト教徒だったんでしょうか。


14: 世界@名無史さん 2010/06/18(金) 01:03:30 0
というか古代から地中海沿岸とかめちゃめちゃアフリカンの血が混じってるし
ヨーロッパと言ってもラテンの国々は白人の国とは言えないでしょ

18: 1 2010/06/24(木) 02:39:13 O
>>14
ありゃ、そんなに地中海沿岸では混血が進んでいたのですか。
ということは、偏見の目で見るようになったのは大航海時代以降なんですかね。それとも直接奴隷貿易に関わっていないヨーロッパ本土の人々からすれば、単に南方の国から来た肌の黒い人をたまに見かける、という程度のものだったんでしょうか。

32: 世界@名無史さん 2010/06/29(火) 10:21:14 0
>>14
先史時代のイタリア半島には黒人がいたらしいな
グリマルディ夫人という名前の人骨化石が発掘されている
彼女の骨格を見ると、黒人の特徴を如実に表していた

34: 世界@名無史さん 2010/06/29(火) 23:44:48 0
>>32
確か、古代ローマの支配を受けていたころのイギリスの上層階級らしい女性の骨を発掘したら、アフリカ人の特徴があったという記事を読んだ記憶あり

36: 世界@名無史さん 2010/07/01(木) 03:39:41 O
>>32
あれは遺骨がぶっ潰れていてネグロイドのように見えただけで、そうではなかったらしいよ。遺伝学が今ほど進歩していなかった形質人類学中心の時代だったとは、あまりにお粗末な研究とその発表だったそうな。

15: 世界@名無史さん 2010/06/18(金) 02:00:26 0

21: 1 2010/06/24(木) 19:33:55 O
>>15であげていただいたURLも頑張って読んでみましたが、どうやら想像以上に中世~近世イギリスにも黒人が住んでいたようですね。
奴隷として扱われている同胞もいたということは、やはり偏見の目で見られていたんですかね。。。うーーーん。

16: 世界@名無史さん 2010/06/19(土) 00:10:48 0

バクリー
「黒人たちは人間よりも動物に近く、彼らはもっぱら物欲に興味を持ち、しばしば食人を行い、ほとんど羞恥心を持たない」

イドリースィー
「黒人たちは最も堕落した人々であるが、子供を生む能力は最もすぐれている人々である。彼らの生活はまるで動物のようで、彼らは物と女以外の欲求以外になんの関心もしめさない」

イブン・バットゥータ
「彼らの教養の無さや白人に対する無礼な態度をみて、つくづくこんなところまで来てしまったことを後悔した」

イブン・ハルドゥーン
「黒人の大半は洞穴や密林に住み、草を食い、野蛮のままで社会的集団生活をせず、たがいに殺して食べる。黒人は一般に軽率で興奮しやすく、非常に情緒的な性格で、メロディを聞けばいつでも踊りたがり、また、黒人はどこにおいても愚か者とされている」

18: 1 2010/06/24(木) 02:39:13 O
>>16
なるほど、イスラムの方からは明確に差別の目で見られていたということですね。
ということは、イスラムにも黒人奴隷がいたということでしょうか。
19: 世界@名無史さん 2010/06/24(木) 03:15:06 0
>>18 
>イスラムにも黒人奴隷がいたということでしょうか。 

アッバース朝では大量の黒人奴隷(ザンジュ)が使われている。

21: 1 2010/06/24(木) 19:33:55 O
>>19 
なるほど。まあこれだけ差別の目で見られていたら、当然ですよね。 
逆に奴隷じゃない黒人もいたんですかねえ。 


20: 世界@名無史さん 2010/06/24(木) 07:43:51 0
なんかフリードリヒ大王の幼少期の絵に黒人が書かれていた気がする。
幼い大王と姉が描かれていて、黒人の少年が傘をさしている様な絵。
URL忘れたからソース出せなくてすまん。

21: 1 2010/06/24(木) 19:33:55 O
>>20 
色々調べたら出てきました。
http://dogactually.nifty.com/blog/2009/12/post-e105.html
リンク切れ

こちらですね。
18世紀プロイセンには普通に召使として黒人がいたということですね。
22: 世界@名無史さん 2010/06/25(金) 02:58:35 0
>>21 
王子と王女、それも次の国王の王子(兄二人が早世して実質長男)の側に仕えているってことはそんな蔑まれてもないんかね?

23: 1 2010/06/25(金) 05:57:33 O
>>22 
ですよねえ。 
当時の人々の心情はどんなもんだったんでしょうか。 
実は奴隷という表現が悪いだけで、それほど酷い差別でも無かったんでしょうか…。

24: 世界@名無史さん 2010/06/25(金) 06:56:42 0
そういえばプロシアはアフリカに植民地持って商売してたな。
奴隷売買はあったのか知らないけど、現地に街も作ってドイツ人の移住もあったとかなんとか。
もっとも大王の父親の時代に売っちゃったらしいけど。

25: 世界@名無史さん 2010/06/25(金) 07:01:11 0
ああ、あの絵はまだ大王が小さいから父親の即位直後の頃か?
ならこの頃はまだあったかもな。

26: 世界@名無史さん 2010/06/25(金) 12:18:54 0
十字軍の開始によって、地中海商業圏が形成されて物産には宝石、絹、香辛料がもたらされたのは有名だけど、その中に象牙と黒人奴隷が物産に含まれてたはず。
ってことは12C末期にはいたのか。
でも、スペインなら黒人の小作農民ぐらいいたのかな?

27: 世界@名無史さん 2010/06/27(日) 20:07:38 0
アンダルスにはいてもおかしくない。
ムラービト朝(11世紀末にアンダルス進出)が西サハラ起源の王朝で、セネガル附近の黒人部族も従えていたからね。

28: 世界@名無史さん 2010/06/27(日) 21:04:19 0
このスレの対象外だけど古代ローマ時代にも当然いた

33: 世界@名無史さん 2010/06/29(火) 19:53:34 0
そういや映画「アレクサンダー」のプトレマイオスが口述筆記させているシーンで 筆記を担当していたのが黒人じゃなかったっけ?

あれって史実の考証ではどうなんだろうか?

43: 世界@名無史さん 2010/07/04(日) 23:37:42 0
>>33
口述筆記できるほどの学識があるってことは奴隷じゃないんかね

44: 世界@名無史さん 2010/07/06(火) 22:23:36 0
>>43
優秀な人材を奴隷として買うんだから、その表現は見当違いかと


38: 世界@名無史さん 2010/07/01(木) 18:48:16 0
アブハジアの黒人コミュニティは未だに健在だよ
アブハジアは、カフカースの一地域。国際的にはジョージア(グルジア)の一部とされている。

40: 世界@名無史さん 2010/07/03(土) 04:51:23 O
>>38
それは聞いているけども、彼らはアブハジア人・グルジア人と混血した人の末裔が多いのかな?今度PCでググれば英語版wikiあたりにありそうだけど。

グルジア・アブハジアやロシアの黒人奴隷はオスマン経由やペルシア経由が大半だったそうだけど、エチオピア・エリトリア・ソマリアあたりの出身者が多かったのかな。もっともアラブ人・トルコ人・ペルシア人・ユダヤ人はアフリカで手広く奴隷取引をしていたから、マグリブ南部や西アフリカの黒人もコンスタンティニーエに連れて行かれたようだけど。

42: 世界@名無史さん 2010/07/03(土) 21:22:11 0
アブハジアニグロは黒人趣味だったグルジア貴族の奴隷が解放されて住み着いたもの
しかしアブハジアの黒人の話は古本屋で見つけた1958年刊のガンサーの本以外見たことないけどネットの時代だと検索で一発だからなあ
全く便利な時代だよ
39: 世界@名無史さん 2010/07/02(金) 18:50:39 0
ポーランド王アウグスト2世 の数多い(庶子300人以上)愛人の中には黒人がいたらしい。 
トルコ人女奴隷もいるし、好みが幅広いな
68: 世界@名無史さん 2010/08/06(金) 18:55:36 0
18世紀のフランスでは黒人の子が可愛がられていたと言う話があったな。
ペットのように愛玩されその間に子供の父親は鞭打たれているというブラックな話だったが。

引用元: ・中世~近世ヨーロッパに黒人はいなかったの?




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