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1: 世界@名無史さん 04/06/15 14:33
現代は占いの類は当たるも八卦当たらぬも扱いで科学扱いされていないが、古代、科学に等しい扱いを受けていた。彼等はペテン師だったのか?
どう考えても星の動きで、政治に役立つようなことは分からないと思うのだが。








3: 世界@名無史さん 04/06/15 14:47
陳さんの小説とかだと、迷信深い奴等を説得するための手段として使われてるな。現実的な手段で情報を察知して。

4: ディスティ・ノヴァ 04/06/15 15:15
占星術を信じていない占星術師のわたしがこのスレで発言しないわけにはいかないな。
占星術は科学としては誤りだが(統計データでアウト。実はこれに対する反論もそのまた再反論もあるが、結論として科学的検証に耐えるレベルに至っていない)
占星術師及び占星術が人を動かし得るのは事実なわけで、星を見て世界の兆候を読み取らんとする人間心理は普遍的と言える。
逆に星の兆候を読み取って行動する人間の裏をかき出し抜く事やはり可能である。
占星術師を否定すると言う事はつまりこれだね、レビ記。
「すべての星占い師らは…殺されるべし」

5: 世界@名無史さん 04/06/15 19:34
占星術は西洋でも東洋でもありますよね。

7: ツバキ 04/06/15 19:40
日本の大安、仏滅、赤口、友引のこと?

10: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/06/15 20:10
>>7
主に使われるようになったのは明治になってからですが。
日本では陰陽師が星を見て占いましたが、星座は見ませんでしたね。
有名な例は「白虹日を貫く」。『史記』に出ている事で有名な現象で、
我が国でも平治の乱の前などに出現したとか。
また太陰(月)は太陽の天子に対して皇后を象徴するといい、上下
に葬列のような雲がかかると崩御が近いと言われました。

8: 世界@名無史さん 04/06/15 19:47
占星術が成立した時期と現代では、星座の現れる季節が大幅にズレてるんだそうだ。

12: ディスティ・ノヴァ 04/06/15 21:01
近代でもナチスドイツは占星術、ことにゲベルスはノストラダムスの予言をプロバガンダに利用している。
つまりは信じ込ませる手段としての占星術、と言う事だ。
占星術を未来予測に使ったのではなく、自らの行為の正当化が占星術。
逆では無い。
聖書でレビ記に「占いや呪術を行なうもの…霊媒、神の名を語るもの、他の神の名を語るもの…は殺されるべし」
とあるのは決して偶然ではない。
科学なき時代の理性と自然信仰の対立なのだ。
そしてそれはいまも形を変えて受け継がれている。

13: Ryuju ◆RlujhF6VrA 04/06/15 21:31
そうは言っても昔は天文学と占星術は未分化で、今では天文学の管轄になっている分野(星の公転周期とか)を占星術師が調べたりもしていたらしいね。

恐らく錬金術が化学の発達に役だった程度には、占星術も貢献しているだろうと思う。
ガリレオ(1642年死去)の生存中に三十年戦争が起き、ヴァレンシュタインが占星術を利用したとされていることを考えれば、17世紀はまだまだ未分化の時代だったろう。

14: ディスティ・ノヴァ 04/06/15 21:55
未分化される前だから当然、と言ってはなんだが、初期占星術は殆ど天文学だった。
あの星がこの星座の区間に入った、いやよくみろまだ入ってない、とか自らの行動、推測をきちんと天体観測して(笑)主張したわけだ。
それが時代が降るに連れ天文学と占星術がわかたれ、占星術師は実際の星も見ずエフェメリスを使うようになり、ホロスコープも簡略化された現代に至る。
考えてみれば星を観ない占星術師なんて無茶苦茶な話だ。
ノストラダムスのホロスコープも当時観測が難しかった水星の位置がズレていたり、手抜き作成で月の位置がズレてたり…。
ホロスコープ(horoscope、チャート)は占星術における各個人を占うための天体の配置図。惑星、黄道十二宮、十二室、角度の4つの要素で構成される。1世紀頃のローマの詩人マルクス・マニリウスの著作『天文(アストロノミカ)』に十二宮の作用分野、ホロスコープの決定法などについての言及がある。

9: 世界@名無史さん 04/06/15 20:07
ナンシー・・・今度は星になった僕を占っておくれ・・・

15: 世界@名無史さん 04/06/15 22:20
レーガンはナンシー夫人が占星術に凝っててその御告げどおりの政策を実行した結果、歴代最高級の大統領と言われるようになった

20: 世界@名無史さん 04/06/15 23:12
>>15
確か補佐官か誰かから内部告発したんだよな。わが国の意志決定の最高機関が占星術師だって。考えてみれば冷戦中だったわけで、占星術でやばい方向に決められてたら大変な事になりかねなかったな。

22: 世界@名無史さん 04/06/15 23:49
>>20
外遊のスケジュールだろ
それほど方向が変わらんとも思うが。

16: 世界@名無史さん 04/06/15 22:28
ところでタイ王室には専属占星術師が召し抱えられているそうだが。
王族の命名から公式行事・私事の日程に至るまで占星術師に伺いを立てるそうな。

26: 世界@名無史さん 04/06/16 20:35
ネパールの現王室にも専属占星術師がいるそうな。
かつてのチベット王国でも占星術師がいたようだから
インド文化圏の王国に共通の文化なのかも。

23: ツバキ 04/06/16 13:47
先輩で東京の一流の結婚式場が仏滅料金半額だというので執りおこなった。
結果、飲むたび「俺の結婚は失敗だった」とくだまく。子供4人、ただ月給運ぶだけ。
これ占星術が当たってるのかしら?

24: 世界@名無史さん 04/06/16 14:42
六曜を占星術と呼ぶのはカナーリ乱暴な気がするが・・・

日本の皇室を含む王室では今でも使われているようだけれど、 聞く所では「名前を決める」「日取りを決める」ときの補助手段としてのようだね。未来がこれだけラッキーになる日はこれだからこの日にしましょうという一種前向きな使い方ではなくて、過去不幸がおきなかった日のパターンがこれだから、同様なこの日にしましょうという、一種後ろ向きな使い方。

「未来予測の手段」を捨てる占星術…ってのは、こういうのをいうのかしら?
未来の予測ではない、過去の幸運をなぞる、あるいは不幸を避ける術としての。

25: 世界@名無史さん 04/06/16 14:52
六曜もシステマチックに数理化されてるだけでもともとは占星術じゃないか?

31: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 04/06/20 23:34
六曜は元々時刻占いだったものが、日の占いに転用されたものらしく、星占いとは違います。
創始者は唐の李淳風説がありますが、疑問視されており確実な証拠は有りません。
日本では寺島良安の和漢三才図会に記載があるのですが、大安以外の名称が悉く現行の六曜と異なっており、現在の名称・内容になったのは明治以降と見たほうがよいですね。

36: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/21 17:17
世界史板で占星術の話をするなら、ピコ・デッラ・ミランドラの『予言占星術駁論』
"Disputationes adversus astrologiam divinatricem" に触れないわけにはいかないでしょう。

フィチーノが、人間を、星辰の影響下にある存在、すなわち「神」を最上位においた宇宙的ヒエラルキアの中の「中間物」とみなしたのに対し、ピコは、人間そのものが「ミクロコスモス」であるとして、宇宙的ヒエラルキアの外部にあると考えました。
ピコによれば、人間はそれぞれの「自由意志」によって星辰の影響から脱し、神や天使、星辰そのものの意識を持つことさえできる特別な存在ということになります。
占星術は、その人間を構成している性質やバイオリズムを知るための手段にすぎず、占星術による予言は、必ずしも当たるものではない、としたピコの思想は、優れて現代的なものであったように思います。

以下に、『イタリア・ルネサンスの霊魂論』(三元社)より、クリステラー(Kristeller)
の見解を引用しておきます。(P100-101)

【『演説』においてピコは、フィチーノをいくつかの点において凌駕している。
……ピコは、人間の普遍性よりもその自由について強調している。人間に宇宙的
ヒエラルキアにおける特権的ではあるが、しかし固定した地位を割り当てる代わりに、人間をこのヒエラルキアから完全に離して置いている。そしてピコは、人間が自己の選択に従って、最下位のものから最上位のものまで、いかなる生の段階をも得るとができると主張している。】

41: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/21 20:18
占星術の歴史が、複雑で混沌とした様相を呈しているのは、予言としての占星術が正しいことを証明するためにやっきとなっていた占星術師やその党派が存在していたことにも原因があります。
面白い話があります。

1484年11月25日の天蠍宮における木星と土星の大会合を予測した占星術師たちは、その影響について、様々な予言をしたのです。まず1484年12月、ウルビーノの司教パウル・フォン・ミッデルブルクが『今後二十年の予測』"Prognostica ad annos duratura" という本を著しました。その著作によれば、大会合の影響によって、予言者が1503年に生まれ、19年間活動するとなっていました。しかしその後、ドイツ人の占星術師リヒテンベルガー(ヨハンネス・デ・クララ・モンテ)は、より具体的に予言者の生誕を予言しました。その予言は以下のようなものです。(工作舎『ルネサンスのエロスと魔術』より)

【余は預言して云う。蠍の徴のもとにある国(ゲルマニア)においては、一人の預言者生まれ、事前には天空に奇兆奇瑞現れんと。さりながら、地上においてはそれがいずこになるか、南なるか 北なるかは学者のさまざまに分かれるがゆえに、断ずることは不可能である。アルブマサルはこれは南のかた宝瓶宮ならんといい、他方、大方の占星術師は北の方角ならんという。そのいずれにもせよ、預言者は穏和にして湿気多き土地に生まれんとメッサハラはいう。】

ミッデルブルクは、これは自著の剽窃であるとして、1492年にその著『預言術
(Practica)』において
リヒテンベルガーを非難しました。しかし、民衆は、預言者が1484年に生まれるとした、リヒテンベルガーの予言を熱烈に支持しました。そして、マルティン・ルッターが現れると、彼こそはリヒテンベルガーが予言した予言者に違いない、と確信したのです。ルッターは、実際は1483年11月10日に生まれたようです。
しかし、人々は、ルッターの生誕日を大会合のあった1484年11月であると、長い間、信じ込んでいたのです。

(補足:アルブマサルは『大会合の書(Liber magnarum coniunctionum)』の著者)

70: 世界@名無史さん 04/06/22 03:58
洋の東西を問わず占星術というものが存在し、歴史的にも一定の影響を及ぼした。
そのテの占いなどへの信仰がいまだに根強く生き続ける国こそが日本という国。

毎朝星占いとか血液型占いを欠かさずやってる。
心霊ネタのTV番組が一定の視聴率をとる。
家建てるときには風水、ガキができたら姓名判断。
なんて信心深い民族でしょ。

87: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/22 11:58
スレタイは「役にたったのか?」ですから、異教のものである占星術を何とか役立てようと頑張っていたキリスト教の人たちの話をしましょう。

どなたか「キリスト教天界地図」というのをご存知ですか?
それによると、黄道十二宮の獣帯はそれぞれキリスト教に関係のある聖人になっているようです。

双子宮→使徒ヤコブ、 巨蟹宮→聖ヨハネ、 獅子宮→聖トマス 、 処女宮→小ヤコブ、 天秤宮→ピリポ、 天蠍宮→聖バルトロメウス

上記は、『天界地図、あるいは大宇宙の調和 "Atlas Coelestis seu Harmonia Macrocosmica"』 アンドレアス・ケラリウス(1661年)にあるそうですが、手元の資料には上に書いた宮のことしか書いていないので、全部はわかりません。中途半端でごめんなさい。
また、ユリウス・シラーの『キリストの天空の星 "Coelum stellarum christianum"』(1627年)では、雄牛をイサアクの犠牲の獣、双子をヤコブとエサウとしているそうですし、その他にも小熊座のかわりに聖ミカエル、大熊座には聖ペテロの舟を配しているものなどがあったそうです。

無理やりこじつけてでも占星術を使いたかったのですから、やはり占星術は役に立っていたのかも、と私は思います。

88: 世界@名無史さん 04/06/22 12:04
ケラリウス?人文主義者の?

93: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/22 12:49
>>88
そうです。人文主義者のアンドレアス・ケラリウス (Andreas Cellarius)です。
ルネサンスという時代は、教会の権威や神中心の世界観から脱し、ギリシア・ローマの文化を学び、人間の尊厳を確立しようとした時代です。しかし、革命や改革を起そうとするものは、旧勢力からの激しい弾圧を受けざるを得ません。ケラリウスも、占星術を学び、その知識を広めたいとは思うものの、ギリシア・ローマの神々や英雄を配した天界図では、さすがにまずいと思ったのでしょうね。キリスト教は、多神教ではありませんから・・・。

先駆的存在であり、『占星術魔術論』を著したジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno)は、異端として1600年、火刑に処せられ、人間を神と同列に置いた前述のピコ・デッラ・ミランドラの思想も異端の宣告を受け、彼はフランスへ逃亡しなければなりませんでした。ケラリウスが、占星術をキリスト教の教義に則ったものに作り変えようとした努力も納得できます。

98: 世界@名無史さん 04/06/22 13:14
>>93
しかしまぁ、そのころだと既にウィリアム・リリーの時代ですよね。
彼は(イギリス国教会など作ってローマ法王庁と対立していた)イギリスの人だったのが幸いしたのかな。イタリアではまだカソ リック側に理解を求めるため、あれやこれやしなくてはならなかった…ってことなのでしょうね。

101: 世界@名無史さん 04/06/22 13:52
>>98
ウィリアム・リリーですか。1602年5月2日生まれですね。この時代のイギリスは一大占星術ブームでした。それというのも、1603年にサー・クリストファー・ヘイドンが「占星術は王侯のためのものである」と宣言しちゃったから・・・。
しかもこの年、天上では木星と土星が大会合、地上ではエリザベス女王が崩御し、チューダー朝が消滅。さらに1618年、妖しい彗星が出現したとき、世間は大パニックに襲われたそうです。30年戦争は始まるし、内乱は起こるし・・・。
そんなわけで、ウィリアム・リリーが1641年に占星術師としてデビューしたところ、中流階級の主婦が彼のもとに殺到したということです。

でも、リリーもちゃんとキリスト教との調和をはかっていますよ。
1641年、リリーは『キリスト教占星術 "Christian Astorology"』を発表し、キリスト教と占星術は背反する原理ではないということを説き、「人の運勢は天体の十二宮の全てに関係している」という理論を公開しました。
このリリーの著書が約200年もの間、英国の占星術師の教科書として尊重されてきたのです。
再版されたこの本の販売部数、当時としては驚異的なものですよ。

1646年 13,500部
1647年 17,000部
1648年 18,500部

数字だけ見るとたいしたことない、と思うかもしれませんが、1642年に第1次内乱勃発、1646年、王の敗北で内乱収束、1648年第2次内乱勃発、1649年チャールズ一世処刑、という激動の時代では大変なものだったと思います。さらに1659年には3万部を超え、聖書の出版部数をはるかに上回っていたということです。

107: 88,98 04/06/22 14:46
>>101
そんなに売れていたのですか。歴史に名を残すわけですね。

108: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/22 16:14
>>107
もちろん占星術は政治上、おおいに役立つことになります。特にこの英国の大内乱時代には占星術師の果たした役割は非常に大きいものでした。当時、王党派にも議会派にもそれぞれ、おかかえの占星術師がいました。
王党派の占星術師はジョージ・ウォートン、議会派の占星術師がウィリアム・リリーだったのです。内乱が始まり、議会派が優勢となるにしたがって、リリーの株はどんどん上がっていきました。

リリーは、何故議会派に与することを決めたのでしょう? もちろん彼の顧客に議会派の有力政治家が多かったということはあるようですが、彼自身が国王の運勢を占い、王党派の不利を知っていたからだという説があります。1645年6月に国王のホロスコープが、火星とスクエア(90度)の不吉な角度となることを、占星術師であるリリーは当然知っていたのでしょう。果たせるかな、1645年6月14日、ネーズビイの戦闘で、国王軍は壊滅的なダメージを受けます。

内戦の間、リリーの予言は議会派の軍の心の支えとなっていたようです。
「大預言者リリーが勝利を予言している」と言って、兵を鼓舞する将軍もいたそうです。一方、王党派は、リリーを買収することさえできればと、リリーに接近したようですが、肝心の国王自身がリリーの著作を読んでその予言を信じ、絶望に陥っていたようですから、どうすることもできなかったのでしょう。

1647年、リリーは、黄金20枚と引き換えに、チャールズ一世を国外へ脱出させる方法を密かに王党派に教えましたが、国王は彼の指示に従わず、悲劇を招く結果となります。1648年、王党派の占星術師ジョージ・ウォートンが逮捕され、処刑されようとしたとき、リリーは議会派の有力者に働きかけ、彼を釈放させました。この行為は、後に議会派が敗北し、王政復古が成就した際、リリー自身の命を助けることになります。一旦逮捕されたリリーは、罪に問われることもなく、すぐに解放されたのです。

1649年から年金生活を送っていたリリーは、1660年の王政復古の後も、混乱に巻き込まれることもなく、アルマナクを毎年編纂・発行し続け、1681年に安らかな死をむかえるまでの平和な余生を送ることができたようです。

120: 世界@名無史さん 04/06/23 23:47
占いして欲しいという人はたいてい何か悩み事があるから占い結果を信用して行動することによってなんらかの状況の変化が現れる。
これは一応役に立つといってよい。

123: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/24 03:20
>>120
悩み事があるというよりも、野望を実現するために占星術を大いに活用した人がいます。
アドルフ・ヒトラーです。占星術師のエリック・ヤン・ハヌッセンは、1932年暮れ、ヒトラーに呼ばれて翌年の運勢を占うよう求められました。占いの結果、ハヌッセンは、ヒトラーの運勢が順調に上昇気流に乗っているものの、権力を獲得するには多少の障害が残っているということを伝えました。
障害を除くにはどうしたらよいか、というヒトラーの問いに、ハヌッセンは古来からあるという呪法を教えました。その呪法とは、「満月の夜に自分の生まれた町へ行き、その町の肉屋の庭に生えているマンドレーク(人の形をした木の根)を掘り出してくる」というなんだか馬鹿馬鹿しいものでした。にもかかわらず、ヒトラーは顔色一つ変えず、その奇妙な呪法を行うよう、ハヌッセンに懇願したのです。

1933年元旦、ハヌッセンは、「満月の夜にヒトラーの故郷の肉屋の庭から密かに掘り出したマンドレーク」を持参し、自作の予言詩を添えてヒトラーに献呈したといいます。
マンドレークの呪法の効果があったのかどうかはわかりませんが、1933年1月30日、ヒトラーは首相に任命されました。ハヌッセンの予言は見事的中したのです。

占星術も、奇妙な呪法も、ただの暗示や気休めにすぎないのかもしれません。しかし、ヒトラーがまさに>>120さんのいう「占い結果を信用して行動」し、権力を握ったことには違いありません。
そう考えてみると、ハヌッセンの予言は「役に立つ」というよりも、全世界にとっては迷惑な予言であったように思います。

129: 世界@名無史さん 04/06/24 21:23
>>123
その話は本当かどうか怪しいんだよ。
それこそ事後予言じゃないのかと言う。
ヒトラーの占星術に関するエピソードで割と有名なのはアレだ。
ヒトラー出生時ホロスコープから彼の権力の興隆を読み取ったと言う奴。
これは一応調べたところウラが取れた数少ないエピソードなのだけれど、一般に信じられているのとは違いなんか皮肉混じりだね。
とにかくヒトラーネタはガセが多いから、もう片端から疑った方がいい。

133: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/25 00:58
>>129
>ヒトラー出生時ホロスコープから彼の権力の興隆を読み取ったと言う奴。

アドルフ・ランツの話ですね。しかし、ランツ自身はハヌッセン以上に怪しげな人物ですよ。 1907年、ランツは、ユダヤ人の血の混じっていない、ゲルマン系の人種のみの結社、新聖堂騎士団を創設しています。ヒトラーが、1909年にこの結社に参入したところ、ランツは彼の天空図を占い、将来の予言をしたという話ですが、私の持っている資料では、ランツは「いつの日か、世界を震撼させるような事件の主役になるだろう」と言ったとなっていますね。
反ユダヤ主義のシンボルである鉤十字は、もとはといえば、この新聖堂騎士団の教団旗であったといいます。シンボルを奪った上、後にヒトラーは新聖堂騎士団を弾圧、ランツは1941年に不穏分子の疑いをうけて逮捕されています。

実際、ヒトラーに関しては、異様な話が数多く残されています。霊界と通信していたとか、5人の占星術師を雇い、それぞれ別個に占わせ、5人のレポートを比較検討して考えを固め、政治的決定を下していた、などという話が残されています。

ヒトラー自身は、占星術師を常に身辺においていましたが、実は誰の予言も心底から信じてはいなかったのではないでしょうか? むしろ、自分の野心を満足させるために、都合のよい予言だけをとりあげ、まるで予言があたったかのように、…すなわちそれが神の意思であったかのごとく行動に移していったのでしょう。

前述のハヌッセンの呪法や予言詩も、1933年1月4日のケルンの銀行家宅での秘密会談を、人為では避けがたい必然の結果であったかのごとく装うための布石だったように思います。事後予言説があるのも当然と思います。
ヒトラーについて「占い結果を信用して行動した」と書いてしまいましたが、「占い結果を信用したかのごとく装って行動した」という方が正しいのかもしれませんね。

145: 129 04/06/25 02:51
>>133
違う。
一九二三年九月三日のエルズベート・エーベルティンの年鑑記事。
確実にウラが取れてるのはこれだけの筈だ。

158: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/26 03:21
>>145
>違う。
>一九二三年九月三日のエルズベート・エーベルティンの年鑑記事。
>確実にウラが取れてるのはこれだけの筈だ。

1923年の占星暦に掲載された彼女の予言は、こうなっています。
「1889年4月20日生まれのある行動家が極めて慎重さに欠ける行動で、自分の肉体を危険に曝し、制御しがたい危険の引き金を引くだろう。しかし、この人物がドイツで指導的役割を果たすようになるだろう」

これは、占星術の予言が当たった「ウラがとれている」希少な例であるということになりますね。「占星術に好意的」な私としては願っても無い、占星術支持派に有利なエピソードです。
占星暦年鑑という史料があり、事件が起こったのは、明らかに予言がなされた日付より後の1923年11月8日だったからです。この日、トランジットの土星がアセンダントと合であり、第7室の太陽とオポジション、トランジットの火星は天王星と合、しかもこの日は新月でした…、といっても何が何だか分からないと思いますが、つまり、ヒトラーが軽率な行動を起こし、11月8日から9日にかけて惨憺たる運命にあるという予言なのです。

事実、この日起こしたミュンヘン一揆は大失敗、ヒトラーの師、ディトリッヒ・エッカルトは死に、
労働党に入党していたヒトラーは、逮捕投獄されてしまいます。獄中でヒトラーは、『我が闘争』を執筆しながら「ああ、予言を信じてもっと慎重に行動すればよかった!」と「慎重さに欠ける行動」に出てしまった自分を責めたことでしょう。そして、「ドイツで指導的役割を果たすようになる」という残りの予言が実現することを夢見たことでしょう。ヒトラーが、生涯、占星術にこだわったのは、この予言が的中したことがトラウマになった結果ではなかったかと思います。

162: 水銀燈 ◆dkY08rSX7Q 04/06/26 04:12
>エルズベート・エーベルティンの記事

これは一応事実ですが、資料によって食い違いがあります。
エルズベート・エーベルティン夫人が上記のような「予言」をしたのは事実ですが、内容はヒトラーを遠回しに批判するものです。
(占星術師の常套手段として、かなり曖昧な書き方で、確かにヒトラーの興隆を予言したと読み取れない事はありません)
また、ヒトラーがこれを信じた、と言う肝心な部分でウラが取れてません。
この手の逸話は多いですが、ヒトラーはオカルトは利用こそすれ信はおいて無かったようです。

164: 水銀燈 ◆dkY08rSX7Q 04/06/26 04:30
その証拠に当時ナチスでは「宇宙氷説」と「地球空同説」と言う相反する学説が採用されています。それを疑問に思った部下が説明を求めたときもヒトラーは
「我々は首尾一貫した世界観を持つ必要はない」
としれっと答えていてこれはシオン賢者の議定書は偽書だ、との部下の進言に対し
「内容的に事実であれば偽書でも問題はない」
と答えたのとまったく同じ構図です。
利用さえできればヒトラーはなんでもいいわけで当時のナチスの事情を調べると、先程述べたハンス・ヘルビガーの説(宇宙氷説)も実にナチスに都合がよい説です。

175: モア ◆kb9mia0s8Y 04/06/27 01:26
>>162
我々は、史料として残っているものを見て、様々な判断をします。史料の解釈は人それぞれですから、誰の解釈が正しく、誰の解釈が誤っているのかは、どれほど論議しても結論は出ないでしょう。むろん、資料によって食い違いがあるのは当然のことだと思います。1923年9月3日に予言をした占星術師の名前の表記にしても、私の手元の資料では、エリスペート・エバーティンとなっています。これは、翻訳者のセンスによるところが大きいので、どちらが「本人自身の発音していた音」に近いかはわからないですね。

またこの占星術師が、ヒトラーを実際に知っていたかどうかについても議論が分かれるところでしょう。ヒトラーをよく知っていながら、わざと名前を挙げず、遠まわしに「1889年4月20日生まれのある行動家」と書いたのか、全く知らなかったのか、今となっては確認することができないのです。しかし、もう一人、こちらはヒトラーをよく知っていたウィルヘルム・ヴルフという占星術師は、エーベルティン(またはエバーティン)と時期を同じくして、ヒトラーに関して類似した予言をしています。

しかし、これらの予言を、ヒトラーが信じたかどうかとなると、どうにもなりません。本人以外は知る術もない事柄ですから、ウラがとれるはずなどありません。たとえヒトラー自身が「信じた」と誰かに語ったとしても、それが本心であるか、嘘であるか、確認することもできないでしょう。水掛け論は御免です。
私は、「ヒトラーは、占星術をある程度信じていた、だから、逆にそれを有効に利用しようとしたのだ」と思います。
あなたは、「利用こそすれ、信はおいて無かった」と思っていらっしゃる。・・・それでいいのではないでしょうか?

219: 世界@名無史さん 04/06/30 04:41
東洋の占星術と西洋の占星術はとうぜん起源が違うものですよね。
中国の占星術の起源はいったいいつのどのあたりに求めればいいんでしょうか。

モア氏でもお願い。

220: モア ◆kb9mia0s8Y 04/07/01 12:00
>>219
中国の占星術の起源は前漢の時代に宗教としての体裁を整えた道教にあるとされているようです。道教では、まず「混沌」から「太一」が生まれ、やがて「陰陽」に分かれ、「三気」が生じたとしています。
「三気」とは、「北極星」「太陽」「月」の三つの星辰から発する宇宙的エーテル(天体のエネルギー)を表しています。わかりやすく整理すると、道教の最高神「太一」は不動の恒星である「北極星」であり、二つに分かれた「陽」の気が「太陽」、「陰」の気が「月」ということになります。

この「三気」と呼ばれる宇宙エーテルは、「道」と呼ばれる宇宙の通路、「黄道」「白道」「赤道」を通じて人間と交流しています。地球から見て太陽が運行するように見える黄道上の天体観測を基とした西洋占星術と最も違う点は、宇宙の「太一神」(北極星)に匹敵する「太一真君」が小宇宙である人間の体内にあり、その人間の運命や輪廻転生といった神秘的な事象一切を司っているとされていることでしょう。

中国の占星術は大きく分けると、日月、五惑星の観測をもとにした「帝王の占星術」と、天体を運行しない恒星の観測をもとに個人の運命を占う「四柱推命」や「算命占星術」などの「個人の占星術」とに分かれます。
「帝王の占星術」は、国を治めるために必要な情報、すなわち、旱魃・洪水など、農作物に影響を与える天変地異を予測したり、外敵の侵入を予知するためのものであり、帝王となった者だけが独占する権利を有していました。日月と五惑星の運行を基にしているため、これはシュメール起源の西洋占星術とほぼ同様の体系を持っています。

中国の皇帝は、宇宙の「気」を感得し、「天命」によって帝王の地位を得るものとされていましたので、
「帝王の占星術」は、それぞれの時代、それぞれの皇帝によって、様々な様相を呈していて、それらを詳しく述べるには膨大な資料と時間が必要です。

262: 世界@名無史さん 04/07/20 22:29
世界の占星術のほとんどは、起源を遡るとメソポタミア発祥?
インドのもチベットのも間接的にはそうですよね。

293: 世界@名無史さん 04/09/07 19:03
>>262
インドやチベットのは少なくともそうかと。
中国については多少の影響はあると思われるが、基本的には独自の体系。

世界中にはもっと多様な星座体系があると思うが。

294: 世界@名無史さん 04/09/08 22:07
航海民族や砂漠の民は独自のがありそう。

304: パラケルスス 04/11/25 02:24:15
中世西洋占星術は十六世紀世紀を中心に医学世界では必修科目でした。
最大なる者は細小なる者に相似するという万物照応論が占星術の基本です。
つまり最大なるもの(惑星)の運行は、細小なる者(人間)とは相互に影響される為、患者のホロスコープと惑星の運行の関係を調べる事で、病気やその原因、対処法が分かるというものした。
今でも黄道十二星座には身体の各部分が配置されているのはこの時代の名残りです。
なお、当時の医師はレントゲンを撮るようにホロスコープを作成し、診療に役立てていた様です。

318: 世界@名無史さん 05/03/06 14:28:11 0
西洋占星術以外の、たとえばインドや中国の占星術はどんなでしょう。
ネパールやタイ王室では今も専属占星術師が重要な決断の際に占いを任されているようですが。

319: 世界@名無史さん 05/03/13 23:43:08 0
チベットの亡命政府も側近の僧侶が星占いで重要な判断を決めているらしいよ。

320: 世界@名無史さん 05/03/15 09:28:13 0
古代バビロニアですでに天王星・海王星が発見されてて占星術にも採り入れられてた。
という話は果たして信用していいモノなの?
後世の占星術師が箔付け目的に捏造したって事は考えられないか。

325: 世界@名無史さん 2005/04/13(水) 00:21:12 0
>>320
天王星は、一応、5.6等級くらいに見えるらしいから、当時の人たちの驚異的な視力(おそらく10くらいあったのでは)なら、十分見えたのではないだろうか。
モンゴル人は、普通に視力が6以上あるらしく、遠くをみて「飛行機が来る」といったあと、20分くらいして、ようやく日本人が双眼鏡で発見することができた、という話もある。
視力が10くらいだと、晴天の日中でも、3等級くらいまでの星が見える。

329: ヨハネス・ケプラー 2005/06/13(月) 10:21:55 0
占星術は本当に役に立ったのかって? 少なくともワシが生計をたてるのには役に立った。

引用元: ・占星術は本当に役にたったのか?




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