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1: 世界@名無史さん 2012/01/24(火) 09:58:01.62 0
このスレは世界史の良い話を書くスレです。









484: 世界@名無史さん 2014/02/12(水) 14:23:15.20 0
マリア・レティツィア・ボナパルトはナポレオンの母であり貧しいながらも女手一つで5男3女を育て上げた烈女である
ナポレオンが皇帝となった後、皇太后となり富と名誉を与えられてもほかの家族はナポレオンを含め贅多な生活を送る中、本人は財に手をつけず質素な生活を続けていた
ナポレオンがエルバ島に流罪となり皆没落した時、それまでナポレオンから与えられた富に初めて手をつけ惜しみなく与えたという

493: 世界@名無史さん 2014/02/18(火) 18:50:39.66 P
国際連盟が創設された時、会議では各国代表の演説が延々と続くので皆居眠りするのが普通だった。

その中でスウェーデン代表だけはいつも真面目に演説を聞いていたのである時イタリア代表からメモが回ってきた。

「君は確実に不眠症にかかってるから医者に見てもらいなさい」

784: 世界@名無史さん 2015/09/23(水) 02:04:15.03 0
>>493
いい話、なのか…?

495: 世界@名無史さん 2014/02/27(木) 17:22:03.74 0
福沢諭吉に会いに来た人が掃除をしていた門番に「福沢先生はいるか」と尊大な口調で訊いたところ門番は「いらっしゃいます」と言って邸の中に案内した。
福沢に会いに来た男は部屋に通された後、少しの時間待たされる。
そして、憧れの福沢先生といよいよ対面した男は穴があったら入りたい心境にまで羞恥心に駆り立てられることになる。
何故なら最初にあった門番が(以下略

499: 世界@名無史さん 2014/03/03(月) 16:21:39.64 0
>>495
学園漫画にそういうのしばしばあるな。
用務員や警備員が実は理事長だとか。

504: 世界@名無史さん 2014/03/19(水) 22:43:01.34 0
ナポレオンがオーソンヌにいた時、その住まいの近くに理髪店があった。
同僚の士官たちはしばしばその店に行ったが、その理由は店に艶妖な美人がいたからである。
ところが、ナポレオンは理髪の用事以外はまったくその店に行かず、軍務の余暇は一日中一室に閉じこもって読書にふけり、婦人に関心を示さなかった。その為、彼女はナポレオンを頑迷だと忌み嫌った。

後年、ナポレオンは第一統領となり、大軍を率いてマレンゴに進んだ時、たまたまオーソンヌを過ぎた。彼は昔を懐かしんで件の理髪店に行き、婦人に問うた。
「あなたは私を知っているだろうか。私はボナパルトだ」

婦人はとても驚いた。

「はい、憶えています。当時のあなたはいつも一室に籠って、私と語るのを嫌って避けていました」

ナポレオンは微笑して言った。

「もし当時の私があなたの言葉に応じていたとしたら、今日の地位を占めることはなかっただろう」

505: 世界@名無史さん 2014/03/23(日) 07:12:44.04 0
前漢の李広には程不識というライバルとして比べられた同僚がいた。
李広が弓の名手、悲劇の名将として有名なのに対して程不識はほとんど知られてないけど、良い対称関係をしてる。

厳格な程不識の軍は規律が厳しく、細かい軍律で兵士たちは縛られていた。
しかし規律と統制がとれた程不識の軍は当然強かった。

対して大らかな性格の李広軍の規律は緩やかで、兵士たちは自由にのびのびとしていた。
しかし李広は兵士を大切にして苦難をともにしたから、李広軍の結束は強く、やはり戦いではとても強かった。

程不識は李広についてこう言った。
「李広の軍は軍律が緩いから、匈奴の奇襲を受けたらひとたまりもないが、兵士たちは彼の為に争って死ぬだろう。対して私の軍は厳しいが、だからこそ匈奴の攻撃を受けても動じないのだ」

509: 世界@名無史さん 2014/04/06(日) 04:10:43.81 0
1967年頃、ソ連の彫刻家ヴィクトール・ゴンチャロフは、モスクワの床屋で帽子掛けに使われていた大理石像を見て仰天した
それは、フランスのウードンという彫刻家の作品のディアナ像で、ナチス・ドイツがフランスを降伏させた後に接収されてドレスデン美術館にあったものを、さらにソ連が接収しが、接収と輸送のドサクサで行方不明となっていた(おそらく関係者の誰かが横領・売却してしまった)ものだった
その時点での所有者の床屋はその価値をわかっていなかったので、ゴンチャロフはわずか3ルーブル払うだけでそれを購入、貴重な美術品を保護することができた

510: 世界@名無史さん 2014/04/07(月) 19:26:39.11 0
460 :名無し三等兵:2011/12/19(月) 12:47:27.71 ID:???

300px-Wojtek_the_bear


ポーランド第2軍団第22輸送中隊のシンボルマークは"砲弾を運ぶクマ"である

その由来は第二次世界大戦中、イランで拾われたクマを引き取り部隊に"正式に"編入させた事から始まる

そのクマはヴォイテクと名付けられ他の兵士達と同様にテントで寝たり、トラックの荷台に乗って移動したり、ビールやタバコを楽しんだりした

ポーランド第2軍団が激戦地である南イタリアのモンテ・カッシーノに投入された時、ヴォイテクも自らの"任務"を忠実に遂行して戦った

持ち前の怪力を活かして補給所から前線までを往復し、重い砲弾や弾薬箱を一人で輸送して大活躍したのである

戦後、ヴォイテクは1947年に"除隊"して息を引き取る1961年まで動物園に勤務する事になったのだが、なぜか見物客の中にタバコを檻に投げ入れる者が続出した

もちろん彼らはヴォイテクの好物を知っていたかつての戦友たちであった事は言うまでもない

511: 世界@名無史さん 2014/04/07(月) 19:43:23.48 0
あのクマかわいいよな

512: 世界@名無史さん 2014/04/08(火) 13:09:52.27 0
♪僕はクマ、クマ

514: 世界@名無史さん 2014/04/09(水) 23:47:29.90 0
あるところに、お釈迦様が多くの人たちから尊敬される姿を見て、ひがんでいる男がいた。
「どうして、あんな男がみんなの尊敬を集めるのだ。いまいましい」
男はそう言いながら、お釈迦様をギャフンと言わせるための作戦を練っていた。

ある日、その男は、お釈迦様が毎日、同じ道のりを散歩に出かけていることを知った。
そこで、男は散歩のルートで待ち伏せして、群集の中で口汚くお釈迦さまを罵ってやることにした。
「お釈迦の野郎、きっと、俺に悪口を言われたら、汚い言葉で言い返してくるだろう。その様子を人々が見たら、あいつの人気なんて、アッという間に崩れるに違いない」

そして、その日が来た。
男は、お釈迦さまの前に立ちはだかって、酷い言葉を投げかけた。
お釈迦さまは、ただ黙って、その男の言葉を聞いておられた。

弟子たちは悔しい気持ちで、
「あんなひどいことを言わせておいていいのですか?」
とお釈迦さまに尋ねた。

それでも、お釈迦さまは一言も言い返すことなく、黙ってその男の悪態を聞いていた。

男は、一方的にお釈迦さまの悪口を言い続けて疲れたのか、しばらく後、その場にへたりこんでしまった。
どんな悪口を言っても、お釈迦さまは一言も言い返さないので、なんだか虚しくなってしまったのだ。

その様子を見て、お釈迦さまは、静かにその男に尋ねた。

「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は一体誰のものだろうか?」

こう聞かれた男は、突っぱねるように言った。

「そりゃ、言うまでもない。相手が受け取らなかったら贈ろうとした者のものだろう。わかりきったことを聞くな!」

男はそう答えてから直ぐに、「あっ」と気が付きました。
お釈迦さまは静かにこう続けられた。

「そうだよ。今、あなたは 私のことを酷く罵った。でも、私はその罵りを少しも受け取らなかった。だから、あなたが言ったことは全て、あなたが受け取ることになるんだよ」

515: 世界@名無史さん 2014/04/10(木) 20:32:36.85 0
イエスを試すために、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来た。律法では石打ちの死刑に値する。
イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言った。
これを聞いて誰も女に石を投げることができず、引き下がった。
また、イエスも女の罪を許した。

517: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2014/04/11(金) 22:10:06.97 0
フランス革命前夜、若い侯爵が王妃に口笛を吹いたかどで不敬罪に問われた。
通常なら鞭打ち数回の上に禁固数年であったが、弁護により精神異常ということにされる。それならばと専門の施設に入れられそうになるが、流石は貴族、身内が手を回して施設を新設し中にある書庫と向かい合うことが許された。

元々古代ギリシャ・ローマの研究を趣味としていた侯爵は書籍にのめり込むことに。それから革命が起きて身内も国外や泉下の人となるが、名目上は「施設」であったために手続き上は国に管理されることになり、侯爵の生活費は国が負担し続けた。

そして「口笛事件」から50年後、間違っても不敬罪に問われないようにと、侯爵は完成した本に献辞をつけた。
「フランス及びナヴァラの王、ルイ16世陛下に捧ぐ」

以下、これを見た書店主とのやり取り。

「ルイ16世陛下の思い出に、となさるべきかと存じますが……」
「なんと、崩御されたのか!それではルイ17世陛下宛てで」

「17世も亡くなられました」
「おお、すると今の国王陛下はどなた様だね?」

「ルイ・フィリップと申されます」
「その方は16世陛下のお孫様かな?」

こんな感じで改めて侯爵は「外」の世界の情報を聞き、楽しんだ。
そして改めて公判が行われ、釈放。
老侯爵は特に悔やむこともなく、残りの人生を自著の補訂に奉げたという。

518: 世界@名無史さん 2014/04/11(金) 23:53:03.87 0
?だれだろう

521: 世界@名無史さん 2014/04/21(月) 21:06:50.56 0
>>518
サン・ペルヌ侯爵だよ

520: 世界@名無史さん 2014/04/18(金) 20:09:56.61 0
フランクリン・ルーズベルトは愛人に看取られて亡くなったという
その愛人を手引きしたのがルーズベルトの娘だったとか

エレノア夫人「あの人があんたに頼んだのかい?」
娘「お母様、私には夫と子供がいます。私はお父様の孤独を埋めようとしましたが、ダメでした。私ではダメだったんです。でも彼女はお父様のことを大切にしてくれているし、お父様も彼女に依存していました。二人は愛し合っていました。お父様のことを考えると、私にはこれがベストな選択だと思えたのです」

これにはさすがのエレノア夫人も「ああ、そうかい。悪かったねぇ・・・」と答えるしかなかった

524: 世界@名無史さん 2014/05/11(日) 18:51:14.17 0
28. 名前:ゴンベイさん 投稿日: 2013年08月08日 21:50 ID: bUIfSpN60
ユージン・サーナンの自伝読んだら、ジェミニ計画の宇宙遊泳何回目かでやっぱり膨らんでハッチから入りにくかったらしい。
屈強な宇宙飛行士2人がかりで「ギリギリ」戻れた。

地球に戻ってエド・ホワイトに聞いたら「うん、そうよ」って。

「なんで報告しねえんだよ!」と言ったら「戦闘機乗りが弱音吐けるかバカ」と返されたそうで。
同じ理由で「宇宙酔い」もアポロ9号まで誰も報告しなかった。

さすがのネイビー魂

526: 世界@名無史さん 2014/06/16(月) 21:08:14.30 0
天智2年(663年)白村江の戦いの戦いで大敗を喫した倭国・百済連合軍

その敗残兵の中に大伴部博麻(おおともべのはかま)という倭国兵がいた
博麻は捕虜として唐の長安に連行されることになる
ところが遠方ゆえの事なのか交通事情が整っていない古代ゆえの事なのか捕虜としては各段に扱いが緩く長安を比較的自由に出歩くことができたようだ

そんな時

「唐が倭国に攻め込む」

との噂を聞くことになる。
博麻は居てもたってもいられず同じく捕虜となっていた土師連富杼、氷連老、筑紫君薩夜麻、弓削連元宝児の四人に対して

「私を奴隷として売りその金で帰ってこのことを伝えてほしい」

と提案
四人は博麻の言う通りにし旅費を調達して倭国へ向かい天智10年(671年)に対馬に到着
唐が攻め込んでくるかもしれないという情報は大宰府、そして朝廷へと伝えられた

博麻はその後も唐にとどまることになるが持統4年(690)、知人の唐人に誘われ倭国に帰ることとなった
30年近くもの年月を経て帰ってきた博麻を当時の朝廷も讃え勅語や階位、土地など褒美を与えたという

527: 世界@名無史さん 2014/06/16(月) 23:50:02.24 0
>>526
正に憂国の士、素晴らしい

それにしても、古代というのに国民意識がしっかりしている事に驚き
やはり島国だからかな?

528: 世界@名無史さん 2014/06/17(火) 03:28:54.34 0
国民意識かもしれないが単に主君にたいする忠誠だったり
故郷にのこした家族のことを思ってのことかもしれないけどね
しかし朝廷がそれをたたえたのはすごい
30ねんだと間違いなく政府要人が入れ替わってるので
代々伝えたか記録がきちんと残ってるのか
平均的な成人になってからの寿命は50か60くらいだろうから
40代で政権の機密にかかわっても70代なので当時の事情知ってる人はみんな死んでるだろう

539: 世界@名無史さん 2014/07/15(火) 09:23:54.16 0
三十年戦争のさなかのこと
ティリー将軍は、ローテンブルクの街が降伏するまで、さんざん手こずらせてくれたことに腹を立てていた
市の参事たちは全員処刑してやる、それから街を焼き払ってやると宣告した
ローテンブルクの元市長ヌッシュが、ティリーの機嫌をとり、せめて町だけでも救おうとして接待する
その時にでっかい3リットル以上も入るジョッキを出し、そのジョッキいっぱいのワインを自分が一気に飲めたら
街を焼くのは撤回してくれませんかと頼み込んだ
どうせできないだろうと思ったティリーはまあいいだろうとやらせてみた
ヌッシュはみごとにワインを飲みほした
街を救おうという元市長の心意気と飲みっぷりに感心したのか、ティリーは街も、参事たちの命も助けてやった
ヌッシュはぶっ倒れて眠ったが、命に別状はなく、その後天寿を全うしたらしい

540: 世界@名無史さん 2014/07/15(火) 23:44:33.06 0
>>539
漢だな

541: 世界@名無史さん 2014/07/16(水) 04:00:36.69 0
落語なら、そんなに飲めるかどうか自信なかったので、直前に裏で試しに同じ量を飲んでいた、ってオチがつくのに

542: 世界@名無史さん 2014/07/20(日) 01:12:44.81 0
>>541
その落語の題名 なんだったけ?

543: 世界@名無史さん 2014/07/20(日) 07:09:47.90 0
「試し酒」って奴だな、元ネタはイギリスとか中国とか諸説あるらしい

546: 世界@名無史さん 2014/09/05(金) 21:53:18.50 0
鎧を着た聖職者と言われたティリーがそんな程度で皆殺し令とかだすわけないだろ
作り話はもっと人物調べて作れよ

547: 世界@名無史さん 2014/09/06(土) 05:25:38.95 0
>>546
話の内容がフィクションか史実かはともかくとして、ローテンブルクという都市でそのように伝えられていることは事実だ
その都市には、その場面を再現する祭りや仕掛け時計もある
「ローテンブルク 一気飲み」でググってみ?
あと、ティリーがしようとしたのは、「皆殺し」ではなく、参事の処刑と、町を焼くこと(住人はその前に退去することができる)だ

570: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 19:23:31.58 0
1853年、アメリカのレストラン
ある食材の揚げ物について、「切り方が厚すぎる、作り直せ」と客に言われて頭にきたシェフが、嫌味のつもりで「そんなに薄いのが好きならこれでどうだ」と、その食材をおもいっきり薄く切って揚げ、その客に出した
ところが、客が試しに食べてみると、パリパリした触感で、予想外に美味かった
こうして生れたのが、ポテトチップスである

581: 世界@名無史さん 2014/09/23(火) 01:07:33.98 0
1940年、パスツール研究所の門衛をしていた老人に、パリを占領していたドイツ軍がパスツールの墓を開けろと命令した
老人は毅然として拒否し、自殺した
その老人こそ、1885年に、パスツールによる狂犬病ワクチン接種の初の成功例となり命を救われたジョセフ・メイステルだった

589: 世界@名無史さん 2014/09/25(木) 20:13:33.38 0
>>581
自死の是非はともかく、この門衛の老人には畏敬の念を抱くな。

590: 世界@名無史さん 2014/09/26(金) 09:46:08.66 0
>>589
自殺はしたそうだが自宅でだそうだよ
でもドイツへの抗議の自殺ではあるようだ

583: 世界@名無史さん 2014/09/23(火) 13:34:36.94 0
恐妻家で有名な中国ネタ

昔、中国の将軍が精鋭部隊を作るとととなり、全国から一騎当千の勇者500人が集められた。
兵営前の広場に整列した勇者達に恐妻家の将軍はこう宣言した。

「これから隊長を決める。自分の女房が怖いものは 列からはずれ、広場の右手にに移動しろ」

ほとんどの勇者は右手に移動してしまったが、列の後方に一人だけ留まった者がいた。
将軍はその男を隊長に任命し、こう尋ねた。

「女房が怖くないのは本当か?」

男は照れくさそうに答えた。

「実は、将軍の話がよく聞こえなかったんです。 で、『他の人とは違う行動をとれ』と女房に言い渡されていたもので」

584: 世界@名無史さん 2014/09/23(火) 14:32:13.86 O
???
内助の功?

586: 世界@名無史さん 2014/09/24(水) 06:44:46.76 0
>>584
はやく始末したかったんじゃないだろうかww

585: 世界@名無史さん 2014/09/24(水) 00:00:52.91 0
カミさん最強ということだよ

601: 世界@名無史さん 2014/10/12(日) 20:04:16.74 0
景公が酒宴を催した際に、晏嬰と共に現れた晏嬰の妻を見て、愛娘が晏嬰に嫁ぎたいと願っていた事を思い出して、

妻はずいぶん老けてしまっておるな。
私の愛娘は若くて器量良いなので貰う気は無いか?

と晏嬰に尋ねると、晏嬰は、

今は老けましたが、若くて器量の好い頃もあったのです。
人間は最初にこういう風になる後々のことまで約束いたします。
わたしも一度約束した以上はそむくわけにはまいりません。

と言って断った。

602: 世界@名無史さん 2014/10/12(日) 22:02:26.49 0
戦国時代の魏の国で西門豹という男が知事に任ぜられた
彼は地元の農民達を集め、どんな苦難があるか聞いた。当時鄴では地元に伝わる迷信で、毎年河に住む神(河伯)に差し出すため、若い女性と多大な財産を巫女や三老と言われる長老や儀式を管理していた役人に差し出し、それらを河に沈めるという人身御供の儀式がしきたりとなっていた。これにより集められた金銭は膨大なもので、民衆の生活が困窮するほどであったが、儀式に使われるのは一部で、残りは巫女達が山分けしていた。また年頃の娘がいる家は逃げ出し、その田畑は荒れ放題となっていた。

これを聞いた西門豹は「横取りされているのが解っているならば、止めればよいではないか」といったが、
農民たちは「そんなことをしたら河の神のお怒りを買います」と恐れた。西門豹は「なるほど、わかった」と答えた
西門豹は巫女・三老・役人が迷信に付け込み肥え太り、農民達が困窮したので土地が枯れたと考えた。更に灌漑が必要だが、迷信ある限り河に手を付けられないと判断し、まずはこの一掃に着手することにした 

儀式が行われる日、河辺には巫女達と多数の見物人がいた。そこへ西門豹は見学したいと護衛の兵士を伴って参加した。 
そして生贄の女性を見せられるや、「これでは器量が悪すぎる。『もっと良い娘を連れて行きますので待ってください』と河の神に伝えられよ」と言い、「お怒りを買わぬためにも、使者には最も河の神と親しい者がよかろう」と巫女の老婆を河に沈めた。 
しばらくして「巫女が帰ってこない。様子を見てこられよ」と言い、弟子の女性たちを河に沈めた。更に「弟子達も帰ってこない。女では河の神への願いが難航しているようなので、次いで河の神に貢献している三老に手助けをお願いしよう」と言い三老を河に沈めた。

更にしばらくして「おかしい、三老も帰ってこない。更に次いでとなると、多額の金銭を集めた役人であろうか」と役人達を沈めようとしたが、役人達は「その任は何卒お許しください」と平伏して詫びた。 
その顔色は血の気が引きすぎて土のような色で、額を地面に打ちすぎて流血するほどであった。西門豹はしばらく待った後、「どうやら河の神は客をもてなして帰さないようだ。皆も帰るがよい。もし誰かが儀式をやりたいならば、私に話すがよい」と言った。役人も民衆も度肝を抜かれ、これ以降生贄の儀式は行われなくなった。西門豹は河の神を信じている風にして、儀式の中心人物を反論できなくしたまま一掃し、迷信も一掃したのである。
 
この結果、貢物を搾り取られなくなった民衆は貧しさに苦しまずに済み、年頃の娘がいる家は逃げなくなった。迷信と権力者達は一掃され、役人も民衆も西門豹の言うことに従うようになったのである。


605: 世界@名無史さん 2014/10/12(日) 22:38:25.26 0
古代中国の伝説の大盗賊「盗跖」の話

9000人もの部下を率いてあちこちを荒らし回り、盗みを働くときは壁を壊すなど荒っぽく、女はさらい牛馬は奪いとやりたい放題で、彼らが近づくと皆砦へ逃げてしまうほどであった。
それでいて大変に知恵の働く人物でもあった

あるとき盗跖の部下が彼にこう尋ねた。

お頭、聖人君子になるためにしなければならない道はありますが、盗人にもあるんですかい?」

すると盗跖が答えて言うには、

「もちろんあるとも。君子と同じように盗人の五徳といって、それぞれ"聖"、"勇"、"義"、"智"、"仁"がある」

「それはいったいなんです?」

「聖とは盗むものをよく吟味することだ、金にもならないものを盗んでは儲けにならない」
「勇とは盗みに入る度胸のことだ。これがなければもちろん物を盗むなんて出来はしない」
「義とは仲間を先に逃し、自分が最後に逃げることだ。自分が真っ先に逃げるような奴に仲間はできない」
「智とは盗めるかどうか判断することだ。警備が厳重になったのに無理に盗もうとして捕まっては無意味だ」
「仁とは盗んだものを仲間と公平に分けることだ。独り占めをしたり不公平では、仲間に恨みを持たれてしまう」

「君子も盗人も、五徳を持って道に従わねば立派にはなれない」と語った。

606: 世界@名無史さん 2014/10/13(月) 00:40:39.26 0
イイハナシカナー!?

627: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2014/12/19(金) 19:05:27.85 0
新羅王が唐の太宗に女楽二名を献じてきた際、太宗は言った。
「以前林邑から鸚鵡が献じられたが、それすら故郷に帰りたいと口にしている。
ましてや人が故郷を思わぬということがあろうか。」
女楽二名は新羅に帰ることが出来た。

ペルシャから献じられた獅子を「故郷に返してやれ」と皇帝が使者をつけてペルシャに送ったが、途中で世話が大変なあまり使者は獅子を殺してしまった。
しかし、使者は任務の過酷さから皇帝に罰せられずに済んだという話もありましたが、詳細失念。『洛陽伽藍記』にあったと思うのですが。

811: 世界@名無史さん 2015/10/18(日) 12:58:56.95 0
>>627
さすがは名将
何時いかなる時でも執るべき最善の行動がわかっている

657: 世界@名無史さん 2015/04/04(土) 23:57:52.14 0
ある寒い日に数人の兵士たちが工事で木材を積み上げていた。
しかし木材は重く、何度も後少しで落ちてしまう。
すると見ていた伍長が怒鳴る。
「何をしてる!もう一度だ!」

そこに外套を着こんだ男が通りかかった。男は兵士たちに加わって一緒に木材を持ち上げた。
するとようやく木材は上がった。

その後男は伍長に向かって言った。
「何故手伝わなかった?」
伍長は言った。
「貴様俺を知らんのか!俺は伍長だぞ!」

すると男は外套を脱いで言った。
「ならば私はただの司令官だ!兵士諸君、人手が必要ならいつでも言いたまえ!」

ジョージ・ワシントンの逸話。

660: sage 2015/04/05(日) 17:32:22.05 0
>>657
中間管理職の仕事やりにくくしたら、司令官の仕事にも差し支えが出るんじゃないか?
そこは、伍長の上司にさりげなく注意しなきゃ。

663: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 15:45:01.38 0
>>660
実社会ならそうだけど、
そうするとワシントンが普通の人になっちゃうだろw

引用元: ・世界史ちょっといい話




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