51MUvrNKqAL







4: 人間七七四年 2009/10/17(土) 00:57:25 ID:AMiHmEt6
宝くじを買うみたいに、損を覚悟で夢を買ってみただけじゃね

7: 人間七七四年 2009/10/17(土) 07:42:17 ID:vpF8M1dk
肖像画だけは猛将みたいで凛々しいんだよな。
ほんとは小早川秀秋の肖像画が輝元じゃないの?

Terumoto_Mouri


8: 人間七七四年 2009/10/17(土) 14:43:36 ID:g+g1oLuo
>>7
吹いたわw
確かにあの顔なら家康も、
「このオサーンに喧嘩仕掛けちゃ超やばい」思うだろう

9: 人間七七四年 2009/10/17(土) 15:14:01 ID:WzRZ/As9
姜沆は、『看羊録』の中で輝元について
「つつしみ深く、ゆったりと大らかで、わが国(朝鮮)人の性質によく似ている」と記している

凡庸なイメージとはかけ離れているが、輝元が粛清・暗殺した人間は非常に多い。

熊谷元直 - キリスト教信仰を理由に殺害。
天野元信 - キリスト教信仰を理由に殺害。
杉元宣 - 妻を奪うために殺害された。
吉見広長 - 謀反の企てがあるとして追討させられた。
内藤元珍 - 佐野道可事件に連座して、自害させられた。
粟屋元豊 - 佐野道可事件に連座して、自害させられた。
鵜飼元辰 - 元猿楽師で小早川隆景の家臣だが、その死後に殺害された。

283: 人間七七四年 2009/11/24(火) 15:17:27 ID:rsmr/aBt
上杉・島津と長宗我部や長束、増田のことを考えればやるだけやってみてもよかったと思う
常識的に考えたら広家の打算は無難だったとも思うけど、やっぱり三流だね
常識を超える発想や読みの深さがない
輝元・広家ともに三流以下の凡将

288: 人間七七四年 2009/11/24(火) 20:56:15 ID:nUAJafFP
>>283
確かにその面子なら勝てたかも知れない。
だが、総大将の輝元が腑抜けで、吉川は家康と内通する卑怯者。
始めから腑抜けの毛利を廃除し、宇喜田や長曽我部・島津や上杉を 総大将にし徳川と対峙していれば、今頃勝てていたかも知れない。
全部毛利一門の卑怯な振る舞いや腑抜けのせいで、関ヶ原は敗北したと言えよう。

284: 人間七七四年 2009/11/24(火) 17:59:12 ID:noLGiUYX
どっちにしろどうせ負けたら30万石に減封されるだけなんだから、天下をかけて戦えば良かったのに戦わずして惨敗とか無能すぎ。家康は戦わずして毛利に楽勝だったな。

287: 人間七七四年 2009/11/24(火) 20:39:17 ID:0HNTLJz6
余りに大石の大名だと取り潰しにしちゃうとそこで雇われてた侍が一斉に無職になり
それが社会の危険分子になり行く行くは反乱でことに繋がるから30万石くらいで存続させておいた方が善いと判断されたんだろうね
実際、大坂の陣で集まった浪人たちは関ヶ原で潰された大名家の出身者がほとんどだったわけで

毛利、上杉、島津クラスともなると少しくらい大目に扱った方が徳といえる。

290: 人間七七四年 2009/11/24(火) 22:08:48 ID:qOl/3I74
家康「輝元と兄弟のように思う」
輝元「家康を父とも兄とも思う」
この関係で家康をぶっちぎるとは勿体無い
前田上杉の次だと思ったんだろうが
利長のように擦り寄るべきだった

三成を初めから無視それでも兵を上げたら輝元が三成をボコって家康は上杉をボコるのに専念
これなら加賀100万石どころじゃなかったな

291: 人間七七四年 2009/11/24(火) 22:33:38 ID:V40R3TOo
>>290
どさくさにまぎれて、宇喜多をフルボッコにして、中国統一を実現するべきだった。

294: 人間七七四年 2009/11/25(水) 06:38:17 ID:lG5zPf8M
輝元・広家が非難されるなら、安国寺も非難されても良いかも。
宇喜多が騒動でボコボコになり、更に家康は前田・上杉を屈服させようと武力介入しようとする、この状況を見れば次は毛利か、ならばやられる前に…
と思うのは当然だろうし、総大将ともなれば戦後の影響力増大は間違いなく、うまく行けば毛利の天下掌握も見えてくる。そんな計算があったんだろうが、結果的に輝元や重臣連に事後承認を取る形になったのは頂けないだろう。
広家同様スタンドプレーに走り過ぎだ。

勝った時のメリットはデカいが、負けた時のデメリットも劣らずデカいんだし。
事実、結局負けて自身は斬首・毛利は大減封となった。

301: 人間七七四年 2009/11/25(水) 14:40:45 ID:Mt7EK0nd
冗談抜きで輝元が大阪から打って出て一門全員西軍につけば家康アウトだっただろ
そうすりゃ実質の天下は輝元のものだった
天下を取れる大一番でやってもうた

302: 人間七七四年 2009/11/25(水) 17:59:07 ID:OQGaFe8I
大坂城には4万5千いたからな。
1万残しときゃ十分で3万5千が遊んでて敗北したんだから輝元は無能すぎる。
3万5千も必要ないが輝元が出陣して南宮山部隊に山下りて東軍背後襲わせればあっけなく勝てたんだがぼっちゃんは大坂城で遊んでましたと。

309: 人間七七四年 2009/11/25(水) 22:23:20 ID:UHvuYCDs
>>302
輝元が出られなかったのは増田が裏切るかもしれないからじゃないか
それに仮に輝元が来たのなら家康は秀忠の部隊を待つだけだと思う
そもそも実際の東軍と西軍の数は東軍の方が多かったとされているし
背後を突けば簡単に勝てるとかいってるけど南宮山には押さえの兵がいるわけで
その兵力に無傷の徳川部隊を足せば南宮山の部隊よりも多くなるから簡単には勝てない
むしろ負けるかもしれないぞ

303: 人間七七四年 2009/11/25(水) 18:46:29 ID:zYoZRBpO
豊臣からのバックアップを受けてる正規軍の東軍と違いほとんど協力を得られず、武力で不法占拠してる西軍だからな
豊臣旗本の七手組とか黄ぼろ衆が今一どうなってるか分からんから1万で充分か、4万じゃ多いとかは分からん
伏見だってそら篭城するような城でないとはいえわずかな内応で速攻落ちたし
毎回徳川の重要な戦に総大将として参陣する家康と違って誰もが必ずしもそういうタイプじゃ無いってのもある
普段来ない奴が来ても困惑混乱するだけだし
輝元はその後者のタイプ

316: 人間七七四年 2009/11/26(木) 06:28:10 ID:6ul0WW4T
>それに仮に輝元が来たのなら家康は秀忠の部隊を待つだけだと思う
>その兵力に無傷の徳川部隊を足せば南宮山の部隊よりも多くなるから簡単には勝てない
>むしろ負けるかもしれないぞ

そうとは限らないんじゃないか?
秀忠隊が合流する頃には、西軍も大津や田辺に回してた諸隊(合わせて三万)が合流してたろうし、そうなれば互角だろ。
そこに輝元の毛利本軍が合わされば数の上では西軍が勝るんじゃね?

317: 人間七七四年 2009/11/26(木) 07:07:46 ID:IJXvMOjq
むしろ戦力を輝元が温存しておいたからこそお取りつぶしを避けることができたという見方はできないか

318: 人間七七四年 2009/11/26(木) 07:56:21 ID:bBvGnIKE
東軍は南宮山に程近い赤坂にも堀尾、中村など合計一万三千を残している。
対する西軍の大垣城兵は七千五百。
これらを考えれば南宮山方面は兵力的に以外と拮抗している。
西軍が不戦だった代わりに、同じように東軍にも不戦部隊が出来たので、無駄だったともいえない。

329: 人間七七四年 2009/11/26(木) 21:25:34 ID:N/WbrDpd
毛利側から見ても関ヶ原の時点は毛利の天下取りの絶好のチャンスだったのにな
天下は取らなくても発言力UP
領国加増の絶好のチャンスだわ
有能な指揮官、リーダーがいれば一方的に負けることはなかった

330: 人間七七四年 2009/11/26(木) 21:30:25 ID:m4nDQRJn
毛利と言えば織田の属国扱いの徳川なんかより格上で織田の強敵だったのにそれがボンクラ大将のせいで1戦もせず土下座降伏。
30万石なんていう屈辱受けるぐらいなら関ヶ原で自分から積極的に動けばよかったのに。
結局毛利って元春、隆景がいないと機能しないんだよ。
三成が負けたらどうなるかぐらい想像しなかったんだろうか?

331: 人間七七四年 2009/11/26(木) 22:41:00 ID:H8HEBmxj
>>330
>結局毛利って元春、隆景がいないと機能しないんだよ。

朝鮮出兵の時に隆景いなくても普通に機能しているけど
また関ヶ原の本戦が始まるまでの城攻めでは西軍として城を落としているぞ

>三成が負けたらどうなるかぐらい想像しなかったんだろうか?

だから広家は内通したんじゃないか
またこの関ヶ原の戦いに関しては毛利家は相談を受けていない
このまま仮に三成が勝てばこの作戦を立てた三成の株が上がり
毛利が三成の命令に従ったといういやな前例ができてしまう
広家からすればこのままいけば毛利家は三成にとって都合のいい兵隊でしかならないと思ったんじゃない
三成の性格からしても勝てば俺のおかげみたいな態度をとるだろう

335: 人間七七四年 2009/11/27(金) 02:27:48 ID:uFbqChna
三成は勝っても発言力は持てない様になってたと思うぞ。
最終的にあんだけ色々頭下げてたからな・・

それも覚悟しながら、徳川に意地でも対抗したかったんだろう。
豊臣政権<三成の意地

337: 人間七七四年 2009/11/27(金) 05:51:59 ID:uAXx4jyU
>>335
>最終的にあんだけ色々頭下げてたからな・・
そういった事をしておきながら結局は前と同じ態度で行動しているのが問題なんだよな
関ヶ原の本戦は三成が自分で思いどうりの戦いができる唯一の戦いだったんだと思う
このまま待てば大津組がくるだろうし、輝元も増田の問題が形がつけば来てくれるだろうし
そうなれば仮に勝ったとしても毛利の発言権が増すだろうだからその前にけりをつけたかったんじゃないか

344: 人間七七四年 2009/11/27(金) 22:26:47 ID:ZR1V6Wey
大阪城に残ってる毛利本体合わせて5万人の動員力はあったよな?
一致団結して戦えば家康には勝てたわい
輝元はアフォ
元就なら喜んで決戦に応じたべ

345: 人間七七四年 2009/11/27(金) 22:35:43 ID:ZR1V6Wey
総大将が城にこもってるんじゃダメだよな
家康は関ヶ原にいたしね
これが3代目のボンボンと一代でのし上った家康との違いかな
349: 人間七七四年 
>>345
総大将の輝元は、関ヶ原に出陣せず大阪城に篭る
その後、大阪城を家康に明け渡すなど、失態だらけ
一門も纏めあげれないばかりか、まるで根性無し
輝元みたいな役立つを総大将にしたのが、そもそもの間違いだった
毛利一門は、後世に語り継がれるヘタレ集団である事は間違い無い

357: 人間七七四年 2009/11/28(土) 03:24:59 ID:AqT/Fgzc
>>349
>輝元みたいな役立つを総大将にしたのが、そもそもの間違いだった

そもそも輝元が総大将でなかったらあんだけの兵も集まらんだろうし簡単に鎮圧されるだろう

353: 人間七七四年 2009/11/28(土) 00:07:32 ID:UByzbwKE
関ヶ原の戦いが凄まじい惨敗になったのが不味い。
無論これは毛利家の統率力の無さや、輝元の暗愚っぷりが際立つが。

惜敗や長期戦になればまた違うんだろうが

368: 人間七七四年 2009/11/28(土) 09:16:35 ID:JL1MT+n1
関ヶ原で勝っても、毛利に専横状態にはなるかな?
いくら総大将とは言え、「同格」である筈の大老の上杉や宇喜多がいる。
戦勝後はあいつらの領土や発言力も増しただろうし。増田・長束ら奉行もいる。
結構拮抗するんじゃないの?

そもそも、本当に西軍の発起人・首謀者は三成だったのか?
秀家の挙兵に乗っただけで、三成が挙兵を計画したんじゃないんじゃないだろうか。

370: 人間七七四年 2009/11/28(土) 10:56:00 ID:VdLDW+75
輝元にはあんまり野心ないだろうしな

関ヶ原後に助けを求めてきた小西の息子を殺したってことからも
小心者ぶりが見て取れる

372: 人間七七四年 2009/11/28(土) 13:07:25 ID:eiv57fpN
それより本能寺で動かなかったのがもったいなかった。
あそこで追撃かけてりゃ播磨まで制圧できたのにお人よし過ぎる。
秀吉の中国地方領併合すればどのくらい石高いっただろう。
100万石は+されてたはずでそうすりゃ250万石。
勢いに乗れば織田についていた豪族連中も毛利に味方して畿内もとんとん拍子で併合できただろうにアホすぎる。
元春の方がよっぽど先が見えてた。
隆景は無能。戦略眼ないよ。

381: 仙台藩百姓 2009/11/29(日) 23:14:17 ID:S6e19Pnm
>>372
一体どうやって追撃すると言うのだお( ^ω^)
高松城を救援に行くのすら躊躇って愚図愚図していたのに宇喜多や秀吉の諸城を踏み潰しつつ、異常な速さで進む秀吉勢に追い縋るなんて輝元がニュータイプでガンダムでも乗らなきゃ無理だお( ^ω^)
せいぜい城の一つか二つ落としたぐらいで秀吉が戻って来て返り討ちにされるのがオチだお( ^ω^)

382: 人間七七四年 2009/11/29(日) 23:18:56 ID:ED1iOR/V
>>381
追いかける方法はある。
船。
しかし勝算のない危険な特攻作戦になるが。

400: 人間七七四年 2009/11/30(月) 20:28:21 ID:9tyNQfSj
元就も輝元の無能を見抜いてた。
家のバランス上担がれてるだけの飾りに過ぎない輝元が天下を狙ったのが運の尽き

401: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2009/11/30(月) 20:44:47 ID:yJwswXJz
そこまで担がれっぱなしの神輿なら、関ヶ原んときの担ぎ手が悪かったんじゃないのか。

403: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2009/11/30(月) 21:04:39 ID:yJwswXJz
無能と評されつつも、家中での権力は保ち得たわけだ。

404: 人間七七四年 2009/11/30(月) 21:05:44 ID:9tyNQfSj
爺の七光りですね。わかります

405: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2009/11/30(月) 21:11:13 ID:yJwswXJz
実力の世にあって亡爺の威光があったのなら、それが叔父のおかげであったとしても
体制の上で泳ぐ器量はあったということだ。

406: 人間七七四年 2009/11/30(月) 21:35:11 ID:9tyNQfSj
ずる賢さと逃げ足だけは一流の器量

佐野道可事件

大阪の陣で万が一に豊臣が勝利した時の保険として佐野道可こと重臣内藤元盛を入城させる

その際、下記の誓詞を与えた
※大阪入城の件を引き受けてくれた恩は生々世々忘れない。約束した事は必ず守る
※嫡子の本家は勿論、その兄弟の分家まで将来とも見捨てず取り立てるから安心してほしい
※この件は極秘裏に進め、現場の一切は元盛に任せる

落城後、元盛は個人的な豊臣の恩義により入城したとして自刃
また事情を知る息子二人も父親の独断と主張し輝元を庇ったため輝元は事なきを得る

取調べが決着したにも関わらずうろたえた輝元は口封じのため息子二人を粛清

非道を訴えでた元盛の妻に逆切れし内藤氏は取り潰し

元盛の2人の息子も自刃したことを知った取調官柳生宗矩は
嘆き、切腹を悼む旨の書状を宍戸元続・都野惣右衛門の両名に送ったといわれている。


407: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2009/11/30(月) 21:47:33 ID:yJwswXJz
乗り切ってんやん。
あと狡賢さとかに対して器量という語句を使うのはヘン。

410: 人間七七四年 2009/11/30(月) 23:43:10 ID:+yDhpIZ2
晩年の輝元は一国を保つ力量を持った人間にまで成長した

411: 人間七七四年 2009/12/01(火) 01:14:35 ID:K/KDFdgO
関ヶ原後の処世術ったってあれ家老がやっただけだろ上杉みたいに。
上杉と違って毛利はリストラしてるし褒めすぎ。
減法喰らったんだからそりゃ生き残るためなら誰だって必死になる。
無駄使い止めよう。特産品作ろう。
こんなもん誰だって思いつくわ。

412: 人間七七四年 2009/12/01(火) 07:07:05 ID:iDUQaLRw
そりゃ西軍だってそこまで統率取れてなかったろうさ。
総大将の輝元も、副将格の秀家もそんなリーダシップ発揮したとは言い難いしな。

でも東軍だって似たようなモンだろ。家康は西軍の指導者達よりは、多少リーダーシップがあったかも知れないが、完全では無かった筈だ。実際小山の段階では皆去就を迷ってたみたいだし、その後も迷ってた連中は多かったろう。
大して西軍と状況は変わるまい。

そもそも西軍には「東軍に付く気だったがやむを得ず西軍に付いた」とか、
「密かに東軍に内通していた」とかいう武将がかなりいたようだが、
実の所東軍にも「西軍に付く気だったがやむを得ず東軍に付いた」とか、
「密かに西軍に内通していた」とかいう武将は結構いたと思う。
東軍が僅か一日で勝ったから、内応するタイミングが見出せなかったり、
「元々東軍に付く気だった」と後から主張したりしただけだろう。

413: 人間七七四年 2009/12/01(火) 10:44:09 ID:7Eb34OzP
統率ってのはカリスマ性とかじゃなくて知行宛行権があるかいなか 
戦後にちゃんと恩賞を保障してくれるひとにしか付かんよ 
戦国の基本は土地を保障してくれるかいなか

419: 人間七七四年 2009/12/02(水) 03:19:55 ID:x88/79Yp
広家はどういう青写真を思い描いてたんだろうな?
単に東軍の方が勝ちそうだから、とかその程度なんだろうか・・・・

420: 人間七七四年 2009/12/02(水) 14:47:10 ID:MpFgorQW
輝元も広家も結果論から言うならすごく馬鹿な選択だったと言われるが実際違う選択肢を選んでいたらどうなったかな?

421: 人間七七四年 2009/12/02(水) 14:55:37 ID:OxzRiD5U
広家はそんな間違ってないと思うけどね。
どっちみち家康に大幅削減か、下手すりゃとり潰しだと思うよ。
反抗しようとしても、もう家康に敵対する奴居ないから単独になるだろうし。

434: 人間七七四年 2009/12/03(木) 08:53:05 ID:7dGLnaUc
>>421
どっちみち大幅削減なら戦えばよかったのにって意味で広家も間違いなんでしょ
上でも言われてるけど関ヶ原後の諸大名(上杉島津増田など)への家康の処置を見ればやるだけやってもよかったと思う
しかも広家は安国寺との政争という私的な部分もあるし少なくとも完全に褒められる選択ではないはず

436: 人間七七四年 2009/12/03(木) 20:38:28 ID:snSq995L
>>434
戦えば普通に滅ぼされるんじゃないか
そもそも戦っても大幅削減されるだけで済むなんてことなんてありえるのか
それに上杉は徳川本隊とは戦ってないし、三成と共謀したという証拠もないからあれだけで何とか済んでる
島津はもともと東軍に付こうとしていたし、当主は忠恒、領地は九州と攻めようとすればいろいろと面倒だからと思う
増田は命だけ助かって改易されている

427: 人間七七四年 2009/12/02(水) 20:29:17 ID:PXWSw0TH
でも毛利家でいちばん魅力的な時期は 関ヶ原の頃

個人の魅力では元就

431: 人間七七四年 2009/12/03(木) 03:56:02 ID:k93haBvD
武田勝頼が輝元の立場におったらもっと活躍したと思う

452: 人間七七四年 2009/12/15(火) 23:14:51 ID:tI63YWPN
関ヶ原の戦いは毛利VS徳川の天下取り合戦にも出来た筈だ
主と家臣が著しく間抜けだったから醜態さらしただけ

そうだな武田勝頼が毛利の総大将ならばもっと面白くなってたかもな
信長クラスでなくても勝頼クラスでも歴史は変わってたと思うぞ

454: 仙台藩百姓 2009/12/17(木) 12:09:57 ID:CYbBMUsn
>>452
それは無理だお( ^ω^)
家康の場合は自分で状況を造り、また周囲もそれに賛同した者が集まっているけど輝元はお飾りに持ち上げられただけで本人にも何の信念も感じられず、周囲も毛利の為に集まったわけではないお( ^ω^)
担がれた時点で毛利は終っているのだお( ^ω^)

455: 人間七七四年 2009/12/17(木) 12:59:32 ID:nOvx/nTm
じゃあ広島城に篭って中立保てば良かったのかと言うとそれも難しいよね

457: 人間七七四年 2009/12/17(木) 22:45:31 ID:j4d3zGmT
まさかの第三勢力として参戦。

458: 人間七七四年 2009/12/18(金) 10:05:41 ID:RHUGwz2Y
それはまた大迷惑な参戦ですね

459: 人間七七四年 2009/12/18(金) 10:47:24 ID:hlfskuPG
担がれるだけの名声があるわけだからやりようによってはなんとかならんでも・・・
とはいうものの
おそらく豊臣政権(五大老合議制)が持続可能であるという読み違いから来ているであろう
家康を仮想敵とした明確な戦略を持っていない様、石田に行動力・政治力で大きく水を
あけられ利用される様などをみるとやはりムリポか

元就であればむしろ自分から五大老制を骨抜きにしたりいろいろえげつない事出来そうですが。

460: 人間七七四年 2009/12/18(金) 13:40:00 ID:ykQjdu7t
>>459
>おそらく豊臣政権(五大老合議制)が持続可能であるという読み違いから来ているであろう

読み違えたのは豊臣家が家康を敵と思ってなかったことじゃないか
結果的に秀頼が出陣させることができなくて負けたわけだし

>家康を仮想的とした明確な戦略を持っていない様、石田に行動力・政治力で大きく水を
あけられ利用される様などをみるとやはりムリポか

輝元は長期的な考えをもってたと思うぞ
家康と戦うなら西日本をまとめてから戦おうと思ってたふしがある
だから四国や九州にも兵を出している

467: 人間七七四年 2009/12/19(土) 07:44:43 ID:eJeIdvj5
秀頼が出陣しても三成憎しの豊臣恩顧大名が三成や輝元に秀頼様が利用されてるとか言い出して余計に怒りだして火に油を注ぎ逆効果になるだけ。

468: 仙台藩百姓 2009/12/19(土) 09:16:03 ID:i9jkInIn
家康は豊臣正規軍の陣代なのだから秀頼が敵対する意味も理由もないお( ^ω^)
状況的に見れば賊軍は輝元の方だし( ^ω^)

469: 人間七七四年 2009/12/19(土) 10:24:52 ID:eJeIdvj5
遺令を違えて専横して豊臣大名たちに因縁つけまくって恫喝したり、詰問にもふざけた返答してたけどな

470: 仙台藩百姓 2009/12/19(土) 10:39:33 ID:i9jkInIn
とは言っても天皇と秀頼の公認を得ているのだから公的に見て大義があるお( ^ω^)

477: 人間七七四年 2010/01/11(月) 06:00:19 ID:Wtmah4JA
凡庸ではあるが無能ではないな
自らが率先するのではなく己の力量を見極め叔父や合議制を中心に領国経営していたわけだからな
関が原は吝嗇で保守的な家康が天下を取れば大毛利家が無事で済むはずがない理論で立ったようなものだしな

479: 人間七七四年 2010/01/11(月) 12:22:13 ID:MWvN3/iI
>>477
自らが率先する力がないのに天下分け目の大戦の総大将を引き受けたのが無能なんだろ

487: 人間七七四年 2010/02/11(木) 06:07:10 ID:Nj0d0le8
>>479
輝元より広家の暴走の方が影響大きいだろ

488: 人間七七四年 2010/02/13(土) 23:45:27 ID:+J3tYxST
輝元が一族を統率できないから広家を独走させてしまったわけで
だから総大将の器じゃないって言われてるんだよ

引用元: ・結局、毛利輝元って何がしたかったの?




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