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1: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/05/31(日) 22:48:47 0
タイトルの通り、「22世紀の大国」ことブラジルと愉快な仲間たちのスレです。
アンゴラ、モサンビーク、カーボ・ヴェルデ、ギニア・ビサオ、サン=トメ・プリンシペ、東チモール、マカオなどがこのスレで語られる国々になります。

ポルトガル語圏アフリカや東チモールは情報がほとんどないので、少しでも語られれば、特にアフリカン・クレオールの話題が出ればこのスレの意義は大きいでしょう。

で、従来の研究でブラジル研究の争点は
1.植民地時代の実相。特に家族制度や人種制度など(ジルベルト・フレイレ=「人種民主主義」などの影響か)
2.第二帝政と奴隷制廃止運動の諸相、及び奴隷制廃止後のブラジル社会、特に有色人種の実相(ここもポストフレイレ的状況)
3.ヴァルガス以降の開発政策と、中進国世界代表としてのブラジル。
近年のBRICSの一角としてのブラジルの開発とは(カルドーゾやその他構造学派、従属論的アプローチ)
4.移民研究。日本においては特に日系ブラジル人の移民と日本への再移住について。
5.音楽、特にボサノヴァやノルデスやその他アフロ・ブラジル音楽が強調される。

と簡単に上がるのはこんな感じですが、ここから漏れたテーマ、
例えばブラジル文学(食人主義運動とか面白い)とか、ラテンアメリカ統合におけるブラジルの役割とか、日系人の十倍近いの人口を保つアラブ系ブラジル人の存在と役割、あるいは近年俄かに国際的水準に達してきたブラジル映画など、従来っぽくない話題や情報が集まれば良いのですが、 余り気にせず気楽にサウダージしましょう。








4: 世界@名無史さん 2009/05/31(日) 23:28:50 0
ポルトガルではブラジルのドラマなどテレビ番組がバンバン流れているらしい。

8: 世界@名無史さん 2009/06/01(月) 12:52:53 0
>日系人の十倍近いの人口を保つアラブ系ブラジル人

移民統計からはとてもこのような人口は推定されないのだが。
昔から不思議でならない。

18: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/06/02(火) 01:35:25 0
>>8
全く実証されてない思いつきの仮説だけれど、ブラジルにイスラームを伝えたのはセネガンビアのマンディンゴ人とサヘルのハウサ人で、19世紀に入ってから奴隷反乱を起こせるぐらいにイスラームを覚えてたみたいだから、もしかしたらそういうちょっとアラビア語とイスラームの知識を持った黒人が自分のことを「アラブ人」と申告してるのかも。
全くの思いつきだけど。

9: 世界@名無史さん 2009/06/01(月) 12:56:14 0
アラブ系ブラジル人はキリスト教徒だし「white」として扱われてるし
ヨーロッパ系whiteと混血する確率も高いから統計とるの難しいんだよ
カルゴスゴーンもアラブ系とヨーロッパ系の混血でしょ

10: 世界@名無史さん 2009/06/01(月) 13:00:21 0
http://www.brazzil.com/2004/html/articles/sep04/p118sep04.htm

ブラジル人口の7%がアラブ系らしい

11: 8 2009/06/01(月) 15:01:03 0
これはブラジルに限らず、他の中南米でも同様。
多産ではあると思うが、そもそも移民統計自体があやふやなのかも。

12: 世界@名無史さん 2009/06/01(月) 15:44:43 0
ブラジルって今現在イタリア系とポルトガル系のどっちが多いの?

13: 8 2009/06/01(月) 20:39:39 0
もちろんポルトガル系。
イタリア系は「正味」2000万人ぐらいだと思います。
ポルトガル系は近代移民の子孫でもそれと同数ぐらいで、それに独立前の移民が加わりますから。ただし、独立前のポルトガル系はかなり混血していますけどね。
ブラジルの移民と人種構成も遺伝子研究の結果、だいぶわかるようになってきましたね。

19: 世界@名無史さん 2009/06/02(火) 01:43:21 0
新大陸に渡った連中にはモリスコ=隠れムスリムが多く含まれていたのでは?

20: 世界@名無史さん 2009/06/02(火) 01:50:07 0
イスラーム原理主義によって居づらくなったアラブ人・キリスト教徒が移民しているんだよ。

25: 世界@名無史さん 2009/06/02(火) 22:30:56 0
キリスト教側に捕まったイスラム教徒は植民地奴隷におくられたこともあった。

26: 世界@名無史さん 2009/06/03(水) 00:11:06 0
ブラジル独立時に、ポ本国との条約で「他のポ植民地と合邦しない」旨がわざわざ定められた。アンゴラ[生まれのポルトガル人?]に、ブラジルに呼応して合体しようという動きがあった。

30: : 2009/06/03(水) 07:16:48 0
ブラジルは人種の坩堝って言われるくらい、ごっちゃ混ぜなんですよね。ムラートって表現はブラジルだけでしたっけ?
ほかの中南米諸国ではメスティーソ(フィリピンも確か同じだったはず)ですよね。
ムラートは、ラテンアメリカおよび北アメリカでヨーロッパ系白人と、アフリカ系の特に黒人との混血を指す言葉である。


メスティーソは、白人とラテンアメリカの先住民(インディオ)の混血である人々。Mestiçagemなど原語では、人種の違うもの同士での婚姻や交配を意味し、転じて混血児全般を表す言葉になった。特に白人とインディオの混血のことを指すことが多い。


31: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/06/03(水) 07:28:08 0
>>30
ムラートじゃなくてパルド(褐色)ですね。
メスティーソみたいな概念を表す言葉にはカボクロ(農村部の住民のみ)とか、マメルーコ(たぶんもう今は使わない)とかがあります。
ムラートは大概イスパノアメリカや北米で使われる言葉です。

39: 世界@名無史さん 2009/06/04(木) 19:50:42 0
アルゼンチンには「アングロ」というイギリス系アルゼンチン人がいるが、ブラジルにはそういうのはいないのかな。

40: 世界@名無史さん 2009/06/04(木) 23:21:45 0
ブラジルの白人は、父親はほぼ白人だが、母親が白人は4割しかいない。他はインディオと黒人。つまり、ブラジルの白人とは、7割が白人の血ということ。
だから、浅黒いのが多いのは当然だよ。

43: 世界@名無史さん 2009/06/05(金) 08:43:48 0
ポルトガル語圏の国々は意外にイギリスと関係が深いね。

モザンビークは英連邦に加盟しているし、ナポレオン軍がポルトガルに侵入した際にはポルトガル王室そのものがイギリス海軍に守られてブラジルに亡命し、1810年に対英通商条約が結ばれてからはブラジル市場はイギリスが独占。さらにブラジルが独立してからも、イギリスは奴隷貿易を廃止するように猛烈な圧力をかけてきた。
ポルトガル本国は、1846年にマリア・ダ・フォンテの乱がスペイン・イギリス軍の介入によって終結し、ポルトガルはイギリスに対して自国の農産物の輸出と引き換えに工業製品の輸入を認め、これによって17世紀後半以来続いた対英従属が決定的になる。

49: 世界@名無史さん 2009/06/06(土) 11:12:35 0
ポルトガルのサッカー国内リーグにはかなりブラジル出身が多い。
言葉とか文化の違いが少ないからだろうね。
ポルトガルから政治的に亡命するのもブラジルが多いし。
少々暑いのさえ我慢できれば住み心地は良いだろうね。

50: 世界@名無史さん 2009/06/06(土) 12:00:58 0
ポルトガル人とブラジル人の労働観について。

19世紀、ポルトガル王室がリオに亡命して開港してからは、ヨーロッパ、とくにイギリスの商品が続々と輸入されるようになった。
その品質の高さに驚いたリオの商人たちは、「どんな奴隷がこれを作るのだ?」と尋ね、イギリスには奴隷がいないと聞くと、「では貴国では誰が働くのだ」と驚いた。
奴隷制が長く続いた社会というのは、人間社会のモラルを変えてしまうらしくて、貧しい者も奴隷を持ち、奴隷のいない生活というものが想像できなくなり、「働くのは卑しいこと」という考えが奴隷にまで浸透し、奴隷は自分の代わりに働く奴隷を買うことまで考えるようになる。
(ブラジルでは、奴隷が奴隷の身分のまま金を貯めて、その金で自分の代わりに働く奴隷を買ったことが実際にあった)

こういう労働観は、今ではもう変化したんだろうか?

51: 世界@名無史さん 2009/06/06(土) 12:45:57 0
ブラジルでは日系人は信頼できるとしてその地位は極めて高い。
ブラジルに移民して苦労して地位を築いたのに第二次大戦で敵性国民としてすべてを失った。しかしそれでも戦後地道に努力し農業等の分野で卓越した貢献をし現在の地位を築いた。 ブラジル地デジ日本方式採用の裏にもこのような信頼感が暗に作用していると思う。

52: 世界@名無史さん 2009/06/06(土) 17:07:07 0
日系人だけでなくマイノリティの自由移民はどこでも高学歴化(南米は極端な学歴社会)して経済的に安定して犯罪率も低くなるのは普通だから
ブラジルはしらないけどアメリカでは日系人はマイノリティのなかでは低学歴 白人に比べれば高学歴だけどね

63: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 19:11:43 0
ブラジル南部にはドイツ人などの小世界が第二次大戦まで残されていた。昔からそれに大変興味を持っていたが、最近インターネットのおかげでいろいろ知ることが出来て嬉しい。

64: 世界@名無史さん 2009/06/08(月) 08:10:23 0
↑のような「民族の腫瘍」はほとんど同化させ
ブラジルは多民族だけど単一言語国家。

65: 世界@名無史さん 2009/06/08(月) 08:12:17 0
トゥピー語を公用語にすべき。
アマゾン奥地のひとつの自治体だけが「国語」にしたらしいが。

66: 世界@名無史さん 2009/06/09(火) 20:40:42 0
ブラジルの右翼にはトゥピー語の呪文を叫ぶのもいたらしいね。

67: 世界@名無史さん 2009/06/09(火) 22:12:31 0
ドイツ語圏は復活の兆しがあることはある。
でも、ポルトガル語が日常言語であることは確かだけだけどね。

99: 世界@名無史さん 2009/06/19(金) 18:48:20 0
no title

「ペドロ・アルヴァレス・カブラルのポルトセグーロへの上陸」

ポルトガルの若い貴族(フィダルゴ)、ペドロ・アルヴァレス・カブラルは、1500年3月9日、リスボンのテージョ河口を13隻からなる艦隊を率いて出発した。
(当初の目的地はインドだった)。
この艦隊は、カボヴェルデ諸島を通過したあたりで西へ進路を向け、アフリカからどんどん遠ざかり、やがて4月21日、後にブラジルとなる陸地を見つけた。その日は短時間上陸しただけで、翌日、艦隊はバイーアの沿岸部、ポルトセグーロに投錨した。

100: 世界@名無史さん 2009/06/19(金) 20:44:44 0
植民地時代のブラジルはオランダと戦ったことがあるんだが、こういういことはほとんど知られていないよな。

オランダ西インド会社は、ポルトガル領アメリカの砂糖生産地域の占領と奴隷供給の支配を目指し、1624年にサルヴァドールを占領した。ただし、オランダ人はわずか24時間余りでサルヴァドールの占領を完了したものの、事実上、市の境界から外へは進めなかった。
市参事会を構成する名望家たちは、サルヴァドール近郊の大農園に避難し、彼ら自身が選んだリーダーの下に抵抗運動を組織。ゲリラ戦法を用いて戦い、ヨーロッパからの援軍も到着して、激戦の末、オランダは1625年5月に降伏し、占領は1年で終わった。

155: 世界@名無史さん 2009/07/24(金) 20:17:53 0
>>100
そのあとブラジル出身軍がアンゴラでオランダと戦ってたり。
ここら辺もっと研究したら環大西洋史的に面白いと思います。

101: 世界@名無史さん 2009/06/19(金) 23:12:23 0
よく新大陸側の方が変化がストップして、より古い形を残していることがありますが、ブラジルとポルトガルのポルトガル語、どっちがより古い形式を残しているんでしょうか?

102: 世界@名無史さん 2009/06/20(土) 07:56:50 0
アメリカ東海岸や、オーストラリアではほぼ純血で移民社会が形成されているからそのパターンが維持されているようだけど、ブラジルはかなり混血が進んでいて本国よりもかなりブロークン状態だとか。

103: 世界@名無史さん 2009/06/20(土) 10:55:29 0
>>101-102
確かにブラポル語はアフリカ(特にアンゴラやナイジェリア)とインディオの語彙が結構入ってますが、発音面などでは中世の葡語を残してるようです。
アフリカの葡語はイベリアポルトガル語に近いと葡語の先生が仰ってました。
105: 世界@名無史さん 2009/06/23(火) 00:25:42 0
本来の地主であるインディオの話がほとんど出てないなw
かわいそうな存在だな、まだ純血がいるのか知らんが。

106: 世界@名無史さん 2009/06/23(火) 09:20:45 0
ブラジルは先住民の人口[割合]がとても少ない(0.1㌫ほど)。
殖民地時代にパウリスタが内陸部を奴隷狩り・資源探査遠征隊でもって荒らしまわり、人口の大きいまとまった、めぼしい先住民共同体はあらかた破壊しつくした。

107: 世界@名無史さん 2009/06/23(火) 13:59:09 0
ブラジルの先住民は、継続的な労働、つまり今日の生産性と呼ばれているものには無縁であった。 生存を保証するのに必要なだけ働いたのであり、彼らのエネルギーと想像力の多くは、儀礼や祝祭や戦争に費やされていた。

109: 世界@名無史さん 2009/06/28(日) 20:03:29 0
インディオも人口の数%はいるみたいだね。
田舎のカボクロとかね。

ただし、白人や混血に分類されている連中も、母親のルーツがインディオというのはかなりある。男と女で現代への遺伝子の残し方が違うというのは中南米共通のようだ。
インディオの男は哀れとしかいいようがない存在だ。

115: 世界@名無史さん 2009/06/30(火) 17:07:09 0
ブラジルには「白人女は妻にして飾っておくもの、黒人女は仕事をするもの、モレーナ(混血女)は抱いて寝るもの」という卑俗な諺があり、実際、農場主はしばしばこの諺を実行していた。

110: 世界@名無史さん 2009/06/28(日) 20:47:51 0
このスレっていつも人種ネタになるんだなあ・・・

116: 世界@名無史さん 2009/07/01(水) 02:41:11 0
人種抜きに中南米は語れないよ。

125: 世界@名無史さん 2009/07/09(木) 06:31:45 0
アラブ系ブラジル人の人口増加率は異常。
誰か解明して欲しい。

126: 世界@名無史さん 2009/07/09(木) 15:51:52 0
最初にイベリア半島から来た連中の多くは、隠れアラブだったのでは?

127: 世界@名無史さん 2009/07/09(木) 15:53:26 0
ブラジル帝国の時代まで、教会はモスクのようにへたり込んで礼拝していたらしい。

128: 世界@名無史さん 2009/07/09(木) 15:55:24 0
意識的にヨーロッパ化政策をしなかったら、ブラジルは今でもインドネシアのような風情だったはず。

130: 世界@名無史さん 2009/07/09(木) 22:19:35 0
インドネシアのようにならなかったのは、資源があったからだな。
特に金は大きいよ。

136: 世界@名無史さん 2009/07/11(土) 22:51:14 0
ブラジル人の白人化への願望は凄まじいものがあったようですよ。
だから19世紀から20世紀にかけて、あれだけ多くのヨーロッパ移民を導入したわけです。

137: 世界@名無史さん 2009/07/11(土) 23:14:51 0
>>136
アルゼンチンモナー

138: 世界@名無史さん 2009/07/12(日) 09:41:53 0
アルゼンチン「我々は欧州の一部だ。君達土人と一緒にしないでくれたまえ」

139: 世界@名無史さん 2009/07/12(日) 09:44:44 0
だからアルゼンチン人は中南米の中で浮いている。

142: 世界@名無史さん 2009/07/12(日) 14:32:06 0
アルゼンチンは、当初はイギリス系の白人を希望していたが、カトリックが強く、スペイン語が主要語のアルゼンチンはアメリカに比べ人気がなく、代わりにイタリア人が大挙してやってきた。

148: 世界@名無史さん 2009/07/13(月) 23:15:07 0
>>142
やっぱ南欧系というのは北欧やゲルマン系に対するコンプレックスがあるんだろうね

144: 世界@名無史さん 2009/07/13(月) 15:19:22 0
シモン・ボリーバルは「黒人の蜂起はスペインの侵略よりも千倍も有害だ」と書き、「有色人支配」を極度に警戒し、黒人の軍人を相次いで処刑し、人種的均衡を回復するために非アフリカ系(ヨーロッパとアジア)移民の導入を示唆した。

156: 世界@名無史さん 2009/07/25(土) 10:06:04 0
ブラジルの「パルマーレスの反乱」は、黒人奴隷たちが農場主の虐待に耐えかねて、農場から逃亡し、1630年から1695年までの65年間「キロンボ」という黒人王国をつくったが、最終的に政府軍に鎮圧された。

そのほかにもペルー副王領で起きたトゥパック・アマルー2世(コンドルカンキ)の反乱、ヌエバ・グラナダ領のソコッロで起きた「コムネーロスの反乱」(これはクリオーリョによるもの)など、けっこう中南米では反乱が起きている。

引用元: ・【アンゴラ】ブラジルとポルトガル語世界の歴史




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