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1: 日本@名無史さん 04/11/27 22:32:41
マターリと語ろう








2: 日本@名無史さん 04/11/27 23:14:21
にいたか‐やま 【新高山】
台湾の最高峰、玉山(ぎよくざん)の日本統治時代の呼称
標高は3952メートル

5: 日本@名無史さん 04/11/28 07:37:44
1624、オランダ上陸
1635、オランダ人の支配確立
1662、鄭成功(明再興派)侵攻、オランダ降伏、台湾から撤退
1683、清の台湾領有
1874、日本軍の台湾出兵
1894、日清戦争
1895、日清講和条約、領有権は日本に
1945、終戦

6: 日本@名無史さん 04/11/28 15:41:11
当時の日本

1614-15、大坂冬の陣、夏の陣
1634 出島構築
1637-38、島原の乱
1641、オランダ人を出島に移転
1687、生類憐みの令
1702、赤穂事件

7: 日本@名無史さん 04/11/28 15:59:30
当時のオランダ

1568-1609 オランダ独立戦争(スペインより)
1588、アルマダ海戦・・・スペインの無敵艦隊、英海軍に敗北
1602、オランダの東インド会社設立
1618-48、30年戦争(新教徒 対 旧教徒)
1648、ウエストファリア条約、オランダの独立承認
1652-54、第1次英蘭戦争
1664-67、第2次英蘭戦争
1667-68、南ネーデルランド継承戦争(ルイ14世)
1672-74、第3次英蘭戦争
1672-78、オランダ侵略戦争(ルイ14世)
1701-13、スペイン継承戦争(英蘭墺プロイ 対 仏スペ)

17: 日本@名無史さん 04/11/30 23:03:38
>>7
オランダってナポレオンに占領された時代、イギリスと方々でドンパチやってるね
(例:フェートン号事件

18: 日本@名無史さん 04/11/30 23:51:03
フェートン号事件、クグッてみますた。

1808年(文化5),イギリス軍艦フェートン号が長崎に侵入し,暴行をはたらいた事件。長崎市中騒動となり,長崎奉行松平康英は責任をとって切腹自殺した。

↑何も、死ななくても・・・

8: 日本@名無史さん 04/11/28 16:25:51
ヨーロッパ内の戦争で国力消耗しなかったら、オランダはきっと・・・

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

9: 日本@名無史さん 04/11/29 00:43:29
>>8
ポルトガルと一緒で人口少なすぎて日本を征服するのは不可能。産業革命以降なら兵器の性能の格差で何とかなろうが19世紀半ばまでなら下手したら日本のほうが強いかもな。

12: ササキ 04/11/29 20:45:17
昔樟脳の木がたくさんあり樟脳の一大産地だった。ヨーロッパでは毛織物が虫に食われないよう需要が多かった。オランダ東インド会社はそこに目をつけ占領した。
かなり儲かったみたい。
   

21: 日本@名無史さん 04/12/02 00:14:38
そもそも台湾は中国領なのか?
魏呉蜀の時代とかさ。

22: 日本@名無史さん 04/12/02 00:53:27
皇帝の威光が及ばない蛮族の棲む未開の地だ。化外の地だったかな?

24: 日本@名無史さん 04/12/03 23:51:06
しかしそんなこといったら、江戸時代に北海道は日本領なのか?
という話になる。

27: 日本@名無史さん 04/12/04 20:04:46
>>24
江戸時代には日本領だろ。それ以前は微妙だが。

31: 日本@名無史さん 04/12/05 00:36:21
>>27
正確には「一部」日本領だろうな。

32: 日本@名無史さん 04/12/05 03:25:49
>>31
択捉まで日本領ではなかったか?

34: (・(ェ)・) 04/12/05 16:13:12
>>32
それは幕末時点での話だぽ。
それ以前、例えば江戸時代初期なんかは松前藩の勢力範囲は北海道の下の方だけさ。

26: 日本@名無史さん 04/12/04 19:11:34
唐~明の頃の台湾は、中国本土とは別国で、「琉求」と呼ばれていたらしいね。
琉球と一体だった、てことか?

35: 日本@名無史さん 04/12/06 00:10:21
あの時代、台湾が「化外の地」と清が言ったのは責任逃れの方便に過ぎず、あまり突っ込んでも仕方がない。

36: 日本@名無史さん 04/12/06 16:40:22
統治に責任を持たないでいいい領地なんてあるのか?

41: 日本@名無史さん 04/12/07 12:05:57
>>36
統治に責任を持つ「領地」という考え方は近代西欧のもので、近世までのシナでは普遍的なものでななかった。かつてのシナや日本で一般的だった「版図」ということばには、「大体自分達の影響下にある地域」ぐらいの意味しかなかった。
属国や朝貢してくる部族は版図に入る。しかし統治してるわけではない。

現在日本や中国では、「版図」は「領土」の意味で使用されることが多くなったので、混同なきよう

37: 日本@名無史さん 04/12/06 23:00:05
清が中国なのか、という問題もある。

44: 日本@名無史さん 04/12/08 23:02:25
台湾に、日本統治時代の遺跡ってまだありますか?

46: 日本@名無史さん 04/12/09 02:21:56
日本の植民地経営で採算がとれたのは台湾だけ

>>44
総督府があるって「大使閣下の料理人」に描いてあった

1280px-Presidential_Building,_Taiwan_(0750)

49: 日本@名無史さん 04/12/09 23:10:32
ttp://www.tabitabi-taipei.com/more/2003/0620/
台湾総督府交通局鉄道部

大正8年(1919年)台湾総督府の森山松之助技師の指導の元、鉄道部の本部ビルとして建設
57: 日本@名無史さん 04/12/26 04:13:13
崩れかけた瓦屋根の建物結構あるな

74: 日本@名無史さん 05/01/14 22:25:58
昔から住んでいた台湾人は中国人(漢民族)なのだろうか?

75: 日本@名無史さん 05/01/14 22:36:59
高山族(高砂族)はマレー系では?

76: 日本@名無史さん 05/01/14 22:59:36
嘉義農林は甲子園で準優勝。
高砂族と日本人の混成チーム。

77: 日本@名無史さん 05/01/15 00:15:36
昭和6年(1931)の台灣代表ですな

96: 日本@名無史さん 05/03/01 23:13:10
国民党一味とその子孫たちと、戦前から台湾に住む支那系や高砂族などの割合は、どれくらいですか?

97: 日本@名無史さん 05/03/02 17:35:26
国民党の連中を外省人と呼び、日本統治時代から住む支那人、原住民を内省人(本省人)と呼ぶ。
現在、外省人の割合は約1割5分で内省人が圧倒的多数である。

99: 日本@名無史さん 05/03/05 15:57:05
台湾人と話したら、彼女の母親はハーカーで原住民の言葉を話すらしい。
ハーカーとは高砂族のことか?

100: 日本@名無史さん 05/03/05 20:00:07

101: 日本@名無史さん 05/03/06 13:55:53
>>100
サンクス。ハッカとは、ぐぐっても無いはずです。
訛りの独特な中国語を話すと言う点からも同じ気がします。
中国の部族は本当に複雑なんですね。全然知らなかった。
今度聞いてみます。でも次に会う予定が無いんだよね・・・。

111: 日本@名無史さん 2005/05/23(月) 23:11:46

歴代台湾総督

1. 樺山資紀 1895.05.10 - 1896.06.02
2. 桂 太郎 1896.06.02 - 1896.10.14
3. 乃木希典 1896.10.14 - 1898.02.26
4. 児玉源太郎 1898.02.26 - 1906.04.11
5. 佐久間左馬太 1906.04.11 - 1915.05.01
6. 安東貞美 1915.05.01 - 1918.06.06
7. 明石元二郎 1918.06.01 - 1919.10.26
8. 田 健治郎 1919.10.29 - 1923.09.02
9. 内田嘉吉 1923.09.06 - 1924.09.01    
10. 伊澤多喜男 1924.09.01 - 1926.07.16    
11. 上山満之進 1926.07.16 - 1928.06.16
12. 川村竹治 1928.06.16 - 1929.07.30
13. 石塚英蔵 1929.07.30 - 1931.01.16
14. 太田政弘 1931.01.16 - 1932.03.02
15. 南 弘 1932.03.02 - 1932.05.26    
16. 中川健蔵 1932.05.27 - 1936.09.02    
17. 小林躋造 1936.09.02 - 1940.11.27
18. 長谷川 清 1940.11.27 - 1944.12.30
19. 安藤利吉 1944.12.30 - 1945.10.25

112: 日本@名無史さん 2005/05/23(月) 23:38:29
伊藤博文はいないんだね

118: 日本@名無史さん 2005/06/04(土) 20:16:56
>>112
伊藤博文は朝鮮初代総監

116: 日本@名無史さん 2005/06/04(土) 09:56:43
乃木希典総督が一番素敵だった

130: 日本@名無史さん 2005/06/07(火) 18:25:21
台北第一師範学校校歌  作詞 安東正次  作曲 一条真一郎

一 天津日高照る現御神(あきつみかみ) 仰げばかしこし 御代の光
  高砂の島も 普天の下  教化はあまねし 率土の浜

二 檳榔の朝かげ 道を説くは  皇運扶翼の 高き使命
  蕃山のゆふべ 教を布く  任こそ重けれ 邦家の為

三 聖勅かがやく 神の御国  匂うは桜の はなのかざし
  大屯やまの 岩が根なす  心身明なれ 吾等の友

四 智徳を学びの 窓の練れば  み空に理想の光うごき
  淡水の河の たきつ瀬なす  操持清かれ 吾等が友

五 たふれて已まむの かたき誓い  南風薫ずる 芝山巌の
  殉国の御霊 しろしめさむ  心のかがみは 曇らぬ月

引用元: ・(オランダ領) 昔の台湾 (日本領)




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