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1: 世界@名無史さん 04/12/02 23:12:37
インディアン、嘘つかないのインディアンたちの歴史








2: 世界@名無史さん 04/12/02 23:14:58
先生。
「リトルビッグホーン」って地名は、なんだか矛盾していると思います。

10: 世界@名無史さん 04/12/03 00:27:39
>>2
ビッグホーンってのは、長角羊のことで、「小さな長角羊」ってこってす。
ちなみにインディアンはここでの決戦について「リトルビッグホーン」とういう地名を使わず、「グリージーグラス(油染みた草)川での戦い」と呼んでいます。

4: 世界@名無史さん 04/12/02 23:23:04
西部劇に出て来るみたいに馬に乗ってるのは、実はスペイン人が新大陸に馬を持ち込んで以後、という話。

8: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 04/12/02 23:44:21
>>4
始めは長弓を使用していましたが、馬上使用が増えてくると短弓に移行したそうですね。かつての北米には馬も狸もいましたが、有史時代には絶滅していたので、知らなかったのも無理は無い。

3: 世界@名無史さん 04/12/02 23:17:11
インディアンって差別用語にされてなかったっけ?

5: 世界@名無史さん 04/12/02 23:23:06
ネイティブアメリカンがいまの一般的呼称。

11: 世界@名無史さん 04/12/03 00:30:50
>>5
それと、この呼称も白人が使ってる呼び名。「ネイティブアメリカン」とするとアメリカの一民族に埋没させられる恐れがあるから、あくまで「インディアン」と自称する。

12: 世界@名無史さん 04/12/03 00:54:06
アメリンドってことばは、数年前にあったが、今はないのかな。

13: 世界@名無史さん 04/12/03 00:58:14
ファーストアメリカンという呼び名もあるね

14: 世界@名無史さん 04/12/03 01:03:17
>>13
カナダ国内では「ファーストネイション」と称してもいますね。
ただ、「インディアン」の範疇に通常入らないエスキモーまで混同されることがままあり・・・

6: 世界@名無史さん 04/12/02 23:36:24
ウィグワム(枝小屋)やティーピー(テント小屋)の住居を始め、獣や魚を取るワナ作り、軽く丈夫なモカシン靴など、野外生活技術は非常に効果的なもので、その多くがグリーンベレー(米陸軍特殊部隊)を筆頭にアメリカ軍のサバイバル技術に取り入れられている。

16: 世界@名無史さん 04/12/03 01:33:07
アメリカ映画「ダンス・ウィズ・ウルブス」で、ケビンコスナー演じる主人公が同化していくスー族の敵役として、狂暴な部族として描写されるポーニー族は、実はかなり早い時期から白人側に恭順した部族で、
(映画のラストシーンでも、ポーニー族が騎兵隊の雇われ斥候“インディアン・スカウト”として登場する)
大陸横断鉄道建設の際も、警備に当たったポーニー族にメダルが授与されている。

当時の彼らポーニー族にすれば、彼らなりの部族生き残りの苦渋の道だったのだろうが、お陰で白人には走狗扱い、インディアンからは裏切り者扱い、で、挙句の果てには100年後の映画でイイとこ無しの敵役。
何ともやるせない話ではある。

18: 世界@名無史さん 04/12/03 11:18:38
>>16
ポーニー族は捕虜の心臓をえぐったりして、いけにえを捧げる習慣があったからね。
別の意味で、ちょっと回りの部族から怖がられてた。

17: 世界@名無史さん 04/12/03 11:11:05
ダスティン・ホフマン主演の「小さな巨人」て映画があったね
いい映画だった あれは。
インディアンの歴史を調べてみてアメリカが来る前に既にスペインやフランスと交易していて、銃などを手に入れていたとしって驚いた。詳しくは忘れたけど

19: 世界@名無史さん 04/12/03 12:02:13
三島由紀夫君が「アメリカ白人はインディアンにたいして黒人にたいするような差別意識は持っていない。精悍なインディアンに劣等感を持っている。」みたいなこと言ってたけど本当かな~!?
むしろアメリカって白人>>>>>黒人>>>>インディアンみたいなかんじがするけど
ミシマ君が生きてた当時は違ったのかしらん?

22: 世界@名無史さん 04/12/04 13:18:06
ベトナム戦争のときはインディアンは既にアメリカの一部として認められ始めていたと聞いたことがあるが。

23: 世界@名無史さん 04/12/05 13:12:28
黒人と一緒で捨て駒に過ぎない。退役して国に帰っても無視されるだけ。
ところで第二次アメリカ・イラク戦争で英雄扱いされたジェシカ某の同僚は殉職したが、彼女はホピ族。

24: 世界@名無史さん 04/12/05 14:46:47
アメリカのマジョリティ、WASPなどの白人社会から見たインディアンの位置づけや評価は、かなり分裂したもので単純ではない。入植者による自国の歴史がほとんどないに等しいため、考古学の対象となる遺跡などはインディアンのものしかないのと、自然と同化したライフスタイルと独自の文化を持つ集団だったと考えられている。アメリカの少年達、特にボーイスカウトなどにとっては、インディアンというのは研ぎ澄まされた五感を持つ、神格化された存在となっている。

その一方で、50年代までの映画や大衆文学の中で、インディアンは共存不能の野蛮人として描かれてきた。また、現実に生存しているインディアン達はアル中の怠け者であり、侮蔑の対象でしかない。
つまり、黒人が抽象的にも具体的にも差別の対象であったのに対してインディアンは抽象的存在としては評価され、具体的な存在として差別されていたということになる。

25: 世界@名無史さん 04/12/05 16:18:58
>>24
強烈な意志を持って北米大陸先住民の存在を矮小化させてきた結果なのだ。
軍隊で包囲して居住地を何度も変えさせ、消滅に追い込んできた。
援助と称して自立手段を取り上げ、麻薬酒に溺れさせて搾取をはかるものを政府、公的機関が援助してきた。

26: 世界@名無史さん 04/12/05 18:10:37
>>25
とても昂奮して書かれたレスであることは解るが、何を主張したいのかがいまひとつ理解できない。

> 強烈な意志を持って北米大陸先住民の存在を矮小化させてきた

これは「陰謀論」なのか?主語がないので、「誰」がそうしたのかが全くわからない文章だな。
それと、インディアンは実態として17世紀の段階でも採集狩猟文化か、せいぜい初期農耕文化しか持たない「原住民」であったことは事実なんだが。

> 軍隊で包囲して居住地を何度も変えさせ、消滅に追い込んできた。

これは歴史的事実だが、そのことが今日のアメリカ人のインディアン観にどのような影響を与えていると言いたいのかわからん。

27: 世界@名無史さん 04/12/05 18:13:03
>>25
> 援助と称して自立手段を取り上げ、麻薬酒に溺れさせて搾取をはかるものを政府、公的機関が援助してきた。

アメリカ歴代政府が、インディアン搾取を支援してきたという主張だが、一部にはそのような傾向はあっても、アメリカ政府が一貫してインディアンを搾取する白人事業者を援助してきたというのは事実ではないと思う。むしろ、民間人や入植者のほうが悪質だったと思うが。

28: 世界@名無史さん 04/12/05 19:15:26
>>27
1887年に出来たドーズ法というものがあって、それは保留地をインディアン家族単位に細分化させて、白人がより盗みやすいように整えさせるものだった。4000㎡を50㌣で買い叩いたり、年100ドルで100年間借り上げる、とか言うようなやり方で保留地の9割はすでに白人のもの。

食糧支援も、間の役人がちょろまかして、ずっと餓死寸前の追い込みだった。種牛まで食べざるを得なかった。「何が来たかと思ったら、鶏の肛門だった! 肉はみんな白人が取っちまってたんだ」という逸話がある。

30: 世界@名無史さん 04/12/05 20:16:39
今でも民族が残っているだけでもありがたいと思えと考えてる白い人はたくさんいると思う

47: 世界@名無史さん 04/12/14 17:17:46
イロコイってどんなもんなんでしょうか?
他の諸族にない残虐性で恐れられてたとありますが、合衆国の根幹に関わる部分があったりとようわからん。

48: 世界@名無史さん 04/12/15 01:10:47
フランス語で「恐ろしい奴ら」というイロコイというのは、6つの部族が相互連携したもの。
アメリカ南東部から北上してきた定住農耕部族。北東部にいた部族は移動型狩猟生活だったので、軍事同盟国家イロコイに蹴散らされた。イギリス側についたりした。

59: 世界@名無史さん 04/12/29 21:12:39
コロンブスのアメリカ大陸発見時には今のアメリカ合衆国の地には約2000万の先住民が暮らしていたが、その後200年も経たない内に、主に疫病のため約100万人に減少した。

61: 世界@名無史さん 04/12/30 00:21:22
>>60 
民族浄化ですな

あと、先住民の多くは大型家畜を持たなかったので、疫病に対する免疫がなかったらしい

62: 世界@名無史さん 04/12/30 06:44:13
ちなみに民族浄化の原語はユダヤのホロコーストの専売特許となっていて先住民を含む他の虐殺には使わない事が暗黙の了解となっている。

63: 世界@名無史さん 04/12/30 10:35:00
>>62
ということは、
アメリカ東海岸のネイティヴアメリカンを絶滅させたのは・・・・・
ヨシュアを英雄視する、旧約聖書を奉じる、あの方々という事か。

68: 世界@名無史さん 04/12/30 11:14:59
>>63
いやそれは関係ないんです。
ユダヤ人が移民してくるのは時代的に大分後のはなしだし、米大陸においてのユダヤ人迫害の歴史もずいぶん長い。

詳しくは中公新書で米国のユダヤ人迫害史でているから参考にしてみると良い。

特に、森林インディアン虐殺は初期の移民からすでにはじまっているけど、その頃ユダヤ系移民はほとんどいなかった。東部の虐殺の担い手は主に主に英国からの清教徒ですな。

64: 世界@名無史さん 04/12/30 10:37:03
普通は、東海岸のような恵まれた土地なら、先住民も集住していたはず。
それを証拠も残さず消し去るんだから凄い。

67: 世界@名無史さん 04/12/30 11:10:34
以前あったスレで「とてた」のレスを思い出したが、東部の森林インディアンは少数ながら生き残っているらしい
ただし、千人ぐらいとかそういう程度で、脅威にならない程度まで間引きしたという印象だね。

86: あみ~ご♪ 05/01/02 20:50:54
>>67
>以前あったスレで「とてた」のレスを思い出したが、東部の森林インディアンは
>少数ながら生き残っているらしい
>ただし、千人ぐらいとかそういう程度で

とてたの旦那が何を根拠に、どこで、何をおっしゃったかは知りませんが、「インディアン対合衆国の戦いのスレ」では、1990年現在、東部に14万のインディアンがいると書きましたぜ。内訳はメーン州5998人。バーモント州1696人。ニューハンプシャー州2134人。マサチューセッツ州12241人。ロードアイランド州4071人。コネチカット州6654人。ニューヨーク州62651人。ニュージャージー州14970人。ペンシルバニア州14733人。デラウェア州2019人。メリーランド州12972人。ワシントン特別区1466人。
「千人ぐらいとかそういう程度」と14万じゃ、二桁ちがうわな。一体、なにゆえに、
彼らの存在を小さく描こうとなさるのでございましょうか?

95: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/01/06 23:15:26
>>86
おそらくは南北アメリカIFスレの1スレ目か2スレ目とは思いますが…。
ちょとわからないです(汗)。

72: とてた ◆0Ot7ihccMU 04/12/31 09:37:47
東部地域の先住民社会の崩壊は、白人の殲滅作戦(フィリップ王戦争とかもありましたが)というよりも、疾病の影響が大きいような。
これも、白人漂着者からの感染が主で意図的な感染は無かったと思います。
(少なくとも植民初期では)

73: 世界@名無史さん 04/12/31 11:51:08
>>72
感染症による打撃は計り知れなく大きいが、全滅には至らず数十年レベルでは回復に向かう。

むしろ、感染症蔓延を好機として一挙に絶滅を図り、集落単位で全財産を略奪する集団があったと考える。比率としてはごく一部の白人たちだけで可能な事だ。つまり、各地域単位で、平行して進行した事だろう。

いったん味を占めた後は、意図的に事を進めるグループが出現しないと考えるのは不自然だ。最近のやり方からも類推出来る。宣教師が目的を知ってか知らずにか効果的に活用されている。もちろん最終結果を見ても、神の思し召しとして、つぎの活動をする訳だ。

北米は、中南米とは違い土地が使いやすく、わずかに残る原住民は追い立てやすかったのだろう。

74: 世界@名無史さん 04/12/31 12:23:00
>>73
ミシシッピ下流市域の先住民の大集落は1600年代にフランス人が移住する前に、ほとんど姿を消していたというから、白人の略奪というより、疫病の影響が大きいのでは。

80: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/01/01 23:09:43
>>73
うーん、どうでしょうねえ。
少なくとも植民初期には「意図した結果」としては為さそうですが。

そもそも先住民のみだった時代でも、カホキア文化は結核の蔓延で衰退してしまって、回復しませんでしたし。

89: 世界@名無史さん 05/01/03 01:58:28
病を治すメディスンマンが、白人由来の病には対応できず、値打ちを落として、部族全体の結束も揺らいでいったというのもあるかもね

92: あみ~ご♪ 05/01/04 14:20:21
>>89
>病を治すメディスンマンが、白人由来の病には対応できず、値打ちを落として、部族全体の結束も揺らいでいったというのもあるかもね

確かに、恐ろしい疫病に対処できなかったためにメディシンマンの威信が失墜し、部族の人たちの伝統的信仰に対する信頼が揺らいだ側面はあったようだね。

その結果、キリスト教に改宗する人たちもいたみたいだ。といっても、キリスト教の教義を理解して、とゆうよりも、「メディシンマンよりも、伝道師の方が、強力なメディシン(霊力)を持ってるようだぜ」なあんて発想だったみたいだけどね。

95: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/01/06 23:15:26
>>92
そのあたりはオセアニアの島々でも同様ですね>宣教師のご利益

91: あみ~ご♪ 05/01/04 14:19:27
【マーチンの仮説】
タラ漁師などとの接触によりカナダ大西洋岸のインディアンに伝えられたヨーロッパの疫病は、次第に内陸にも広がり、猛威を振るった。つまり、カナダ内陸のインディアンは、欧人の影も姿もみないうちに、病魔に襲われたわけだ。従って彼らは、その病魔を、欧人がもたらしたものとは露も思わず、「毛皮獣の親分(守護精霊)がインディアンに呪いをかけたせいだ」なあんて思い込んだ。
そんな風に思っている所へ、欧人がやってきて、毛皮交易が始まった。すると、「毛皮獣との戦争状態」にあったインディアンたちは、競ってビーバーなど毛皮獣を殺戮した。

つまり、インディアンが、毛皮獣の「資源回復可能量」を超える過剰な殺戮に走った裏には、「疫病の流行は、毛皮獣の守護精霊がインディアンに戦争をしかけた表れ」とする考え方があったのだ。
このように解釈しないかぎり、長年の経験から「資源の回復が可能な量を超える捕獲をしてはならない」ことを充分に心得、かつ、西洋の商品を切実に欲しているわけでもないインディアンたちが、毛皮獣の過剰な捕殺に走った動機が見つからない・・・・。

随分乱暴に端折ったが、以上がマーチンの仮説の大筋だ。詳しくは
Calvin Martin, "Keepers of the Game ; Indian-Animal Relationships and the Fur Trade", 1978 University of California Press を読んでおくれ。

92: あみ~ご♪ 05/01/04 14:20:21
また、>>91で紹介したように、「疫病の流行は、毛皮獣の守護精霊がインディアンに戦争をしかけた表れなんだ」みたいな「合理化(もっともらしい理由づけ)」を行い、伝統的信仰に対する不信感を別の方向に逸らした可能性もある。

それから、メディシンマンが、疫病退散のための新興宗教を始めた例もある(オジブワ族のミディウィウィンなど)。

さらに、時代が下って、居留地内、もしくは付近の町に病院など診療施設が建つと、ヨーロッパ起源の病気はそういう白人の施設に任せ、メディシンマンはもっぱら"伝統的な病気"を引き受ける、って具合に「役割分担」する例もあるらしい。

いづれにしても、伝統的な世界観の枠組みの中で解決を図ろうとしたようです。 
97: 世界@名無史さん 05/01/09 00:59:00
そういえば、インディアンと白人の交渉の席では意思疎通はどうやったのでしょうか?
通訳を立てたのか、いずれか側が相手の言葉で話したのか、それとも有名な手話で?

99: あみ~ご♪ 05/01/09 07:48:59
>>97
スクオーマン(squaw man)って、聞いたことあるかな? インディアン女性(squaw)と結婚した白人男のことだぜ。squawは「蛮婦」みたいなニュアンスがある差別語なんで、今じゃ使わないけどな。
「リトルビッグホーン」でも知られるラコタ族(平原スー族)などの場合、猟師や交易商でインディアン女性と結婚し、嫁の親族と行動を共にする野郎が何人もいた。奴らは、母語の英語(or仏語)はもちろん、奥さんの部族語もぺらぺらだから、チーフらは、白人との交渉でこういう奴らを通訳に立てたようだ。奴らは、言葉だけじゃなく、白人の政治制度なんかにも詳しいから、不案内な白人世界への対応を迫られるチーフの、政治コンサルタントとしても重宝されたんだ。

それと、インディアンと白人との間に生まれた子供は、赤ん坊の頃から両方の親の言葉を聞いて育ってるんで、これまた優秀な通訳になりえた。「通訳」を意味するラコタ語「イエスカ」が、「混血児」をも指すのは、こういう事情からだろうな。


102: 世界@名無史さん 05/01/13 00:38:47
>>99
どんなかんじで愛を育んだんだろね

103: あみ~ご♪ 05/01/13 02:52:44
>>102
インディアン女性と交易商との結婚について、カナダの事例だけど、「カヌーとビーヴァーの帝国」(木村和男、山川出版社、2002年)が、手に入れやすく読みやすいだろう。同書の「3 多くの優しい絆」には、「白人男性の交易者はインディアン女性との間に、両性の対等な立場での合意と、社会的認知とにもとづく永続的な家族関係を、少なくともある時点まで、広く成立させた。この点こそ、毛皮交易を世界史上でもきわめてユニークなものとしている」なんて書いてある。
ま、これだけじゃ何のことかわからんだろうから、詳しくは同書を読んでみておくれ。

インディアン女性と交易商の結婚、実際には、「愛しちゃったのよ、ら ら らんらん♪」なあんて感情よりも、お仕事のパートナーとして必要だっていう感じみたいだし、交易商と娘さんの父親との間で話が決まっていたり、他部族にとっ捕まって奴隷としてこきつかわれてる娘さんを交易商が買い取ったりする場合もあったから、必ずしも木村さんが書いてるみたいに「両性の対等な立場での合意」だったとは思えないんだけどね。
でも、お見合いで結婚したカップルみたいに、とりあえず結婚して、一緒に暮らすうちに、愛が芽生えるってことは、充分ありえただろう。

104: あみ~ご♪ 05/01/13 02:53:47
そうそう、交易商と結婚したインディアン女性といえば、ショショーニ族のサカジャウェアが超有名。1804-06年のルイス&クラークの探検隊に随行した、フランス人交易商トゥッサン・シャルボノーの嫁さんだ。
探検から200周年ということもあって、アメリカじゃしばらく前からルイス&クラーク探検史とサカジャウェアがちょっとしたブーム。たぶん、ポカホンタスを別にすれば、世界一有名なインディアン女性だろうね。日本でも、彼女を主人公にした小説なんかがいくつか翻訳されて出てるぜ。

彼女は実に有能で、いろんな局面で探検を助けたみたいだ。インディアン部族と交渉する場合の通訳なんかも、多くは彼女が務めた。もっとも、シャルボノーとの結婚生活は幸福なもんじゃなかったみたいだけどね。

107: 世界@名無史さん 05/01/14 00:13:35
アパッチ族や平原部族が、メキシコ女性や白人女性を略奪して妻にすること(部族外婚)自体は昔っから普通におこなわれてたようだね

109: あみ~ご♪ 05/01/16 08:53:24
>>107
米墨国境付近に住むアパッチが、メヒコのセニョーラやセニョリータ、ニーニョ(お子ちゃま)をかどわかしてくることは十分ありえただろうね。あと、アパッチの東隣に広がる南部大平原の覇者、コマンチなんかもね。
例えばコマンチの超有名な指導者、クアナ・パーカー(1845-1911)の母ちゃんは、シンシア・アン・パーカーって白人女性で、1836年5月19日、9歳の時にコマンチにさらわれた。で、その後コマンチに仲間として迎え入れられ、コマンチのクアハディ・グループのチーフ、ペタ・ノコナと結婚。クアナが生まれたってわけだ。シンシアは1860年にとっ捕まり、もとの白人家庭に戻されたけど、1年後に死んじゃった。すっかり馴染んだコマンチの仲間からむりやり引き離されたのが、よほど辛かったんだろうね。

まあ、こんな風だから、アパッチや南部大平原の部族がメヒコやグリンゴの娘さんを略奪して、その娘さんが後に誰かの嫁になることはあったようだ。でも、それは部族のメンバーとして迎え入れての結婚だから、「部族外婚」とは言えないだろうね。

これが北方大平原だと、大勢のグリンゴが女連れてやってくるようになった(おっと、「グリンゴのご婦人方が、野郎同伴でお越しになるようになった」と言った方が適切かな?)のは、19世紀中頃以降だし、そのあと暫くしてグリンゴに敵対するインディアン部族はすっかり平定されちまうから、グリンゴの女性をかどわかして嫁にすることが「昔っから普通におこなわれてた」とは言えんだろうな。

117: あみ~ご♪ 05/01/19 07:22:27 0
さて、インディアンの手話だが、北米での本場はやはり大平原だろうね。
何しろ大平原には、スペイン人が持ち込んだウマが周辺に行き渡って以来、いろんな部族が押し寄せてきた。

ところで、インディアンの何百っていう言語は、「語族」ってのに分類されている。違う語族に属する言語同士は、まるで中国語と英語ぐらい違うんだぜ。当然、話なんか通じねえわな。北極周辺はエスキモー語族、その少し南の、北極と同じくらいちゃっぷいちゃっぷい亜極北では、西部はアサパスカ語族、東部はアルゴンキン語族に属する言語が中心だ。そして、アメリカの東海岸から五大湖にかけてはアルゴンキン語族とイロコイ語族、アメリカ南部はマスコギー語族に属する言語が多かった。
こんな具合に、大体地域ごとにまとまってるんだ。同じ語族に属する言語でもフランス語とスペイン語ぐらいの違いはあったろうが、ご近所の部族の言葉は概して覚えやすかったんだろうね。

ところがところが。大平原には四方八方からいろんな部族が流れ込んできた。当然、いろんな語族の雑多な言語が入り乱れ、言語戦国時代になったわけだ。そうなると、他部族の言葉なんて覚えて、いちいち覚えてらんねえ。
そんな乱世を生き抜くために(?)、共通語としての手話が、他の地域にもまして普及したというのは、あり得るだろうね。


118: あみ~ご♪ 05/01/19 07:23:59 0
太平洋沿岸一帯も、いろんな語族の言語が密集している。しかも、交易(物々交換による商い)の盛んな地域だった。ここでは、違う部族同士の意思疎通には、手話よりも「チヌック商業語(Chinook jargon)」っていう共通語が使われたようだぜ。

119: 世界@名無史さん 05/01/21 16:20:33 0
チヌーク・ジャーゴンは白人もよく交易に利用してたとか。

125: あみ~ご♪ 05/02/05 09:01:01 0
>>119
>チヌーク・ジャーゴンは白人もよく交易に利用してたとか。

>>118ではjargonを便宜上「商業語」って訳したけど、正確にゆうと"(pigin Englishみたいな)混合語"のことなんだ。欧人がインディアンに出会ったとき、いろんな言語が密集した地域では、どれかの部族の言葉を単純化した混合語が生まれた。チヌックジャーゴンもそのひとつ。だから、「白人もよく交易に利用してた」というのはその通りなんだが、「白人との交易の中で生まれた」と言った方がより正確かもな。

同じような混成の通商語(lingua franca)としては他に、東部で使われたピジン・デラウエアや、南東部のモービリアン・ジャーゴンがある(・・・・なあんて、エラそうに言ってるが、実はピジン・デラウエアなんてものがあるなんて、知らなかったぜ)。

122: 世界@名無史さん 05/02/04 21:51:17 0
コロンブスの身長は150cmそこそこだったが、当時、インディアンの平均身長は180cm近かったとどこかで読んだのですが、本当でしょうか?

127: あみ~ご♪ 05/02/05 09:03:43 0
>>122
>コロンブスの身長は150cmそこそこだったが、当時、インディアンの平均身長は180cm近かったとどこかで読んだのですが、本当でしょうか?

当時のインディアン全員に身体検査を実施して平均値を出したとは思えない、ってゆうか、そんなことはあり得ね~ので、本当とはいえないだろうね。
・・・・ってゆう突っ込みはともかく。
一口に「インディアン」って言っても、いろんな民族が含まれているってことは知ってるよね。インディアンは、部族によって文化や言語が違うだけでなく、体格や身長にもかなりばらつきがあるらしい。身長は、男と女とでも違うし。
確かに、男子の多くが180cmを超える、なんて部族も多かった。でも、小柄な人が多い部族もある。たとえば、ズニ族なんかは、小柄だって言われている。まあ、印象でいうと、体格の立派な人たちが多いようだけどね。

128: 世界@名無史さん 05/02/05 10:12:26 0
インディアンって風呂とかどうしていたんですか?

129: 世界@名無史さん 05/02/05 13:03:47 0
南部での話し→毎朝、川での行水を欠かさなかった。(氷が張ってても平気で入ってた)
北部森林での話し→雨が降ったときに外へ飛び出し、身体を洗った。
一番一般的なもの→発汗小屋(スウェットロッジ) 屋外簡易サウナ
それ自体が清めの儀式でもある。

131: 世界@名無史さん 05/02/05 15:54:00 0
>>128
ロッキーから太平洋にかけての山間地では温泉に入る地域も多かったそうな。

139: 世界@名無史さん 05/02/07 02:48:53 0
あみーごさま、
インディアンの衛生観念のほうはどうなってたのでしょうか?

疫病などとあわせ興味を持ちました是非教えてください

140: あみ~ご♪ 05/02/07 07:37:02 0
>>139
「衛生観念」ってゆうのが、「身なりをさっぱりする」ってゆう意味なら、マンダン族やオマハ族、スー族など平原インディアンが身奇麗にするのに結構気を使っていたってゆう記録はいくつもある。Sr.>>129も書いてるように、朝晩川での水浴を欠かさなかったそうだ。冬には、川に張った氷を割ってまで水浴したそうな。もちろん、中には無精者もいただろうけどね。石鹸やシャンプーにはユッカ(糸蘭)の根を使った。細かく砕いて煮出すんだ。
それと、蒸し風呂があるわな。若木でこさえたドーム型の骨組みに、毛布や毛皮を被せて、すっかり覆ったやつだ。中に人が入ったあと、真っ赤に焼けた石を何個も入れる。その後、水をかけるんだ。スー族の蒸し風呂を使わせてもらったことがあるけど、熱いの何の。日本のサウナなんて目じゃないね。でも、終えた後は、身も心もすっきり爽やか! 蒸し風呂は、いろんな病気の治療にも使われた。

ただ、「衛生観念」が、「日本で(特に都会で)"ばっちい"とされるようなことをやんない」ってゆう意味なら、インディアンに衛生観念が発達してたとは言えねえだろうね。そんなこと気にしてたら、生きていけないもの。
歴史的な話とは違うけど、インディアンたちと遊んでいて、車のタイヤに小便されたことがある(小便したのはクロウ・ドッグってゆう名のメディシンマンだった)。ムカついて、「やめろよ!」って怒鳴ったら、「白人みたいなこと言うな!」って怒鳴り返された。なるほど、俺たち「清潔に!清潔に!」って気を遣いすぎなのかもね。
伝統派を自認するメディシンマンの言葉だけに、妙な説得力があったよ。

141: あみ~ご♪ 05/02/07 07:37:57 0
さて、本題の「衛生観念と疫病」。
「衛生」っていっても、並みじゃなく、無菌状態にしておけば、疫病にも罹んないだろうね。でも、そんなのムリ。衛生観念が発達したといわれる今の日本でも、インフルエンザや麻疹(はしか)やお多福風邪にかかるのはやむをえないわな。しかし、それで死ぬようなことは滅多にない。それは、日本人に衛生観念が発達してるからじゃなくて、日本人の体にそういう病気の病原体に対する抗体があるからなんだ。

でも、インディアンがインフルエンザや麻疹に罹ると、致命的だった。インディアンの体には、ヨーロッパやアジアの伝染病に対する免疫が全くなかったからだ。もちろん、彼らのご先祖様はアジアの住人だった。氷河時代、陸続きだったベーリング海を渡ってアメリカに来たんだね。ところが、アメリカに着いたばかりの頃、彼らが暮らしていたのは、東西を大陸氷河に挟まれた、冷蔵庫の中みたいにちゃっぷいちゃっぷい環境だったんだ。そのため、アジアの病原体はすっかり死んじゃった。お陰で彼らは疫病しらず。そのため、南方じゃ人口が増えて、農耕が始まったとも言われている。

他方で、免疫を失った所へ、ヨーロッパやアフリカからの病原体が入ってくると、それこそひとたまりもなかったってわけだ。伝統的な療法である蒸し風呂に入れたため、却って病気が悪化した例もあったそうだ。

150: 世界@名無史さん 05/02/14 01:15:15 0
日本人やローマ人にとっては、風呂は身体を清潔にし、同時にゆったりと楽しむための施設である。

さてインディアンにとっての風呂(蒸し風呂)は、身体を清潔にする意味もあるが、熱気による苦しみを「苦行」として身体鍛錬に用いたり、蒸気を病気治療に用いるものであった。ベーリング海峡沿岸のエスキモーは半地下の穴倉の中で火を焚き、部屋の熱気を病気治療に用いた。 ニューメキシコのブエブロ族やサンフランシスコのポモ族の風呂も、このように穴倉で直火を焚くものである。
ナバホ族やオレゴン州のモドック族は、木で組んで獣皮や木の皮で密閉した小屋の中に戸外で焼いた石を持ち込み、これに水をかけて蒸気を出す。


143: 世界@名無史さん 05/02/08 11:59:48 0

ルイス&クラーク探検隊にロッキー越えの道を案内したサカジャウェアの話は有名ですが、インディアンの社会ではロッキー山脈を越えて東西を結ぶ行き来がすでにあったということでしょうか?
古くから交易か何かですでに道が知られていたのでしょうか。
ご教示おねがいします・・・

148: あみ~ご♪ 05/02/09 00:31:56 0
>>143
ロッキー山ろくの西側の部族が、山を越えて大平原まで、野牛狩りのために遠征してたことはあったみたいですね。例えば、アイダホ州のネ・ペルセ(Nez Perce)族なんかがそう。ネ・ペルセ族は、ロッキー山麓に住んで、ヒナユリ(camas)の球根を掘ったり、鹿を狩ったり、鮭を捕まえたりしてたんだけど(今もしてるけど)、馬を育てるのも得意で、アパルーサってゆう品種を生み出したりした。そして、その馬ではるばる大平原まで出かけ、野牛を狩って、その皮でテント(ティーピー)を作ったりした。こんな風に、ロッキーを越えての行き来はあった。けど、必ずしも交易のためのものとは限らなかったようですね。

ルートについては、川がよく使われていたようだ。ロッキーの高嶺に降る白雪は、春になると融けて流れて川になって斜面を下る。東側ではやがてミズーリー川に合流し、ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流出し、西側の川はコロンビア川やスキーナ川に合流して太平洋に注ぎこむ。だから、川をうまくたどっていけば、東側の大平原からロッキーを超え、太平洋に至ることができるってわけ。ルイス&クラークもご多分に漏れず、ミズーリー川に沿って大平原を渡り、ロッキーをのぼり、分水嶺を越えて、今度はコロンビア川に沿って山を下り、太平洋に至っている。

ついでにゆうと、ロッキー超えに限らず、川は大切なルートだった。大きな川に沿って歩って行けば(馬で行ってもいいけど)、道に迷うことはないし、水だって不自由しない。
だから、スー族やシャイアン族なども、川沿いのルートを辿って大平原に進出したのであった。

146: 世界@名無史さん 05/02/08 23:44:40 0
ロッキーの尾根を境に東西両方を季節ごとに行き来していた部族がいたんじゃなかったっけ。ショショーニもそのひとつだったか。
西側でサケ、東側でバッファローを取ったりとね。

147: 世界@名無史さん 05/02/09 00:04:06 0
>>146 
クーダレン族ですな

149: 世界@名無史さん 05/02/13 00:46:27 0
あみ~ご氏のオススメ西部劇映画と本ってナに?

151: あみ~ご♪ 05/02/20 10:29:28 0
>>149
>あみ~ご氏のオススメ西部劇映画と本ってナに?

【西部劇映画】
時代劇ならやっぱり『ダンス・ウィズ・ウルブズ』だね。時代考証はかなり出鱈目だけど、インディアンを人間としてきちんと描いた上で、わくわくドキドキ厭きさせない展開。流石は、アカデミー最優秀作品賞に輝く映画だ。

1970年公開の『馬と呼ばれた男(原題"A Man Called Horse")』も、1830年代のスーの国を旅してるみたいなわくわく感があって好きだった。でも、今考えると、インディ アンを脳タリンの原始人みたいに描いてるのは問題だな。それと、一枚一枚の絵はカッチョいいんだけど、他部族の風習を無理やりスー族にくっつけてるのが多過ぎだ。

西部劇を「西部を舞台にしたドラマ」と解釈してOKなら、一推しは『荒野の絆』(原題"SKINS")だ。日本では2002年の東京国際映画祭で公開された。パインリッジ・スー族居留地が舞台の現代劇だ。監督のクリス・エアはインディアン系アメリカ人。それも、よくある"なんちゃってチェロキー"とかじゃない、正真正銘のインディアンだ。画面に漂う「居留地の空気」みないなもんは、非インディアンの監督じゃ出せないぜ。

こうしてみると、スー族ばっかだな。まあ、個人的なオススメなので、許してちょ。
あと、インディアン史のドキュメンタリーでは"500 Nations"(全8巻)がオススメ。インディアンそのものの歴史ってゆうよりも、主にインディアンー白人関係史だけどな。
ケビン・コスナーの案内で、メヒコも含めた北米全域の500年に渡るインディアンー白人関係史のおおよそのことがわかる。TVのシリーズ番組をまとめたものだ。
以上の劇映画とTVドキュメンタリーのビデオは、amazon.comで入手可能だよ。


155: サロメ ◆wHb3.gs/E2 05/02/21 11:26:03 0
>>151
映画なら『ウインドウォーカー』でしょ
低予算ですがよくできてる
こちらはシャイアンのお話

引用元: ・インディアンの歴史




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