1: スレ建ての奇行師 2009/01/06(火) 06:20:05 ID:8ar+GZa40
じゃね?

関連記事なぜドイツでは財閥解体と農地解放しないの?







3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/06(火) 12:25:02 ID:ZJiZEk8p0
20世紀における非共産政権による地主の土地収用&耕作者への配分って日本と蒋介石の台湾だけか?

4: 辺無宇叫 ◆eaYqa3SeLE 2009/01/06(火) 14:05:39 ID:7l/RAs3gO
ペルーのベラスコ改革、メキシコのサパタ、カルデナス改革。
どっちも左がかってるけどギリギリ共産主義じゃない。

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/06(火) 15:22:50 ID:ZJiZEk8p0
蒋介石も大陸で農地改革やろうとしたらしいけど国民党幹部が田舎の大地主ばっかりで出来なかったらしい
日本と戦争しなかったらあるいは実行されてたかも

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/06(火) 17:48:37 ID:Mr/XMqZc0
まぁ大失敗だな。
弱小零細農家だらけにしただけ

小作人は2次産業、3次産業に行けばいいだけ。

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/06(火) 19:56:57 ID:psk+rKXV0
というか日本の農業を破滅させる為にやったことだろ。

9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/06(火) 20:05:50 ID:mUoy73190
欧米では機械化・農薬・化学肥料とかで大規模近代化してるのにな
日本では小規模化
まぁ、当初GHQは日本を弱小農業国にしようとしてたからw

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/07(水) 00:43:30 ID:RYDOuNFQO
日中・太平洋戦争は小作人が原動力となって引き起こしたものだから、連中を大人しくさせるために農地解放には意味があった。

13: 辺無宇叫 ◆eaYqa3SeLE 2009/01/07(水) 23:51:27 ID:FRAWjHpw0
戦前の土地所有形態に問題がったのは事実だと思うけど、GHQがやったようなミニフンディオ(零細土地所有)大量生産じゃなく、資本主義的農地利用を可能にするような改革案は無かったのかなあ。

14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/08(木) 10:35:20 ID:0KtwZ1Gb0
農地解放はGHQの権威を借りて、日本の農政官僚(改革派?)が企画・実行したことと読んだこともあるが。

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/18(日) 17:11:05 ID:QV51HgOj0
今の日本の農業がヤバいのはこれが原因か?

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/19(月) 01:59:04 ID:CqIprhvA0
>>16
そうだね。零細兼業農家だらけにしたからな。
農地改革なんて馬鹿やらなかったらもっと大規模にやっていただろう

消費者も大迷惑。

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/19(月) 06:54:14 ID:zlMj51Yl0
カネ持ち(地主)をカネがあるだけで一方的に悪と認定し、奪って貧乏人に分け与えるのだから共産主義と大してかわらん。

22: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/20(火) 10:10:10 ID:KE3qikrJ0
>>20
寄生地主、不在地主制と言われていたものを是正したのが農地解放の趣旨だろう。
農地も奪ったのではなくて補償は出ていたはずだ(強制買い上げ)。現在で言えば高利貸しの金利規制みたいなものだ。
寄生地主制

寄生地主制は、田畑など農地の所有者である寄生地主が、小作人と呼ばれる農民に土地を貸し出して耕作させ、成果物である米や麦などの農作物の一部を小作料と言う名の地代として徴収する制度。地主に小作料を支払って田畑を借りて営農することも小作と言った。

寄生地主の多くは小作料に依存し、あたかも小作人に寄生するかのような印象を与えた事から批判的意味も含めて寄生地主と言われるようになった。もちろんどのような賃貸業でも所有者が賃貸料に依存するのは変わらないが、小作料は高額なことが多く、農村内に豊かな寄生地主と貧しい小作人と言う貧富の差を生み出すことになった。


33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/24(土) 20:56:27 ID:zM2eSDp40
>>22
地主ってのは農業法人のようなものなんだよ。
農業の進歩を担い、堆肥や農具などの改め、近代的な農法に進歩させたんだけどね。

寄生地主、不在地主ってのは関西型の地主のことだろうが、それは手があまった小作や自作農が、借り受けたケースだよ。これを小作の所有地にしたのは、ドロボーもいいとこだよ。個人の所有権を否定するなんて、近代国家とはいえん。

あと金利の規制ではない。
借金をしているものに、明日からこれはお前の金だ、とか無茶苦茶やって、貸し手にはその何分の一保証ですませた(ちなみに補償金なんてインフレで紙くずになった)
徳政令をだして、借金を帳消しにしたのとかわらんよ。

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/25(日) 00:13:30 ID:xJA9b5kV0
>>33
それは地主にとっては徳政令のような悪政だが、小作人にとっては善政だった。敗戦後という非常時に社会主義政党主導の農民革命が起こるのがよかったか、農地解放して小作人を保守化沈静させるのがよかったか、の選択になる。

社会主義政権ができていたらどっちみち農地の国有化とか農地解放のような政策が実行されただろう。

明治維新のときにも版籍奉還で大名は領主でなくなり、武士は秩禄公債を受け取って平民と同じになったようなもので敗戦と同じ運命を甘受している(不平士族の反乱があったが)。

こういう時代に経済取引原則をもちだしてもしょうがない政治の時代だったとしか言えない。

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/31(土) 19:40:32 ID:s8Fbh8m60
>>36
GHQが言論統制しているのに、そんなことが起きるわけないじゃん。
徹底的に弾圧するに決まっている。
当時アメではレッドパージの真っ最中。

そして保守鎮静化というが、それが売買すら困難で、彼等を守るということで、既得権益化し、生産性も下がる一方。戦前の農業のほうがまだ将来性があったよ。
小規模農家に分散させても、農法の発展とは無理に決まっている。
農協はクソだしな。

42: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 20:20:40 ID:VkYQd0/+O
>>38
結果として弾圧せずに民主化を成し遂げ、保守の地盤を固めた点を見れば、解放は正しいと言わざるを得ない
弾圧なんかしたら、それこそ選挙で共産系が大勝してしまうじゃないか
農業が駄目になったとか既得権益化したとか言うけど、地主制度こそ既得権の親玉みたいなもので農業が良くなる保証はどこにもない
むしろ安い賃金で地主大儲けの超格差社会になってたはず

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 21:04:50 ID:NjBHbvRs0
>>42
先祖からの相続財産である地主と、規制による保護を一緒にすんな。
あれは先祖代々の努力で維持されてるものだ。

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 21:31:22 ID:VkYQd0/+O
>>44
最初に財を成した人は確かに努力の結果かもしれない
しかし、その後は明らかに搾取だよ
借金のカタに土地を取り上げて、高い小作料で働かせる
後は、地主は集めた金を別の農民に貸し付け→土地を取り上げ→別の農民に貸し付け→土地を取り上げ

一度小作になればほぼ回復は無理で、地主に富が集まり続ける
地主は法に従っただけだから罪はないけど、法の不備を正す意味では必要な犠牲

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/21(水) 00:09:20 ID:56eRKDn00
寄生地主制をなんとかしないと農民が共産主義に洗脳され、国民の大多数が農民だった時代だから議会で社会主義、共産主義などの無産階級政党が政権を取るおそれもあったので、支配層側から先手を取って、農民に土地を与えて保守化させる狙いがあっただろう。

つまり共産化を防止するための施策が農地解放だったんだ。

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/01/24(土) 21:48:13 ID:pNHVkXoz0
あの時点での農地解放には意義があっただろう。
零細とはいえ、敗戦後ならそれで食っていけるくらいの農地が配分された。
貧農層を安定した自作農に転化したことで、国内の混乱が抑えられた。
農地解放しなけりゃ社会党左派と共産党の連立政権が樹立されてた可能性もある。

これは防衛問題と同じで、占領下の非常措置をそのまま持続したことが間違い。
農業を補助金漬けにして競合品の輸入を制限、法人の参入制限で農民を自民党の支持基盤にした。
こういうアホな政策を持続してなければ、日本なりに採算の合う農業が育成されてたはず。

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 20:39:26 ID:Krl1SBk70
農地解放は農家の働き手を戦争に駆り出して、結局敗戦になったことに対する大日本帝国の農民に対する国家賠償という性格もあるだろう。

土地を与えるから革命を起こさないでくれ、という取引で、地主に犠牲になってもらったものだ。敗戦後に革命騒動が起きるのは、フランス、シナ、ドイツ、ロシアでもあったことだし。

52: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 22:13:42 ID:hB63nR9Z0
農地解放は適切な措置だった。
その後の零細農家保護施策が不適切だった。
結果として採算ベースに乗らない、補助金と保護漬けの細切れ農家が残った。

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/06(金) 22:30:04 ID:XmFiwFmI0
とりあえず、東京圏の都市計画にとっては非常に大きなマイナスだったことは間違いない。


65: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/07(土) 17:47:42 ID:KCmqoeZyO
農地の所有権を地主にしたまま小作人に農業をやることを条件に永代無償貸借でよかったんじゃねえの?農業辞める時は土地返納か特例の安価格で買い取りとか。

114: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/10(火) 22:00:31 ID:YiyV+Xhk0
・農地改革はGHQによるものである→間違い
まず農地改革に着手したのは幣原内閣の農相に就任した松村謙三であった。松村は就任後ただちに農地改革の原案作りを指示し、農林省も即座に原案を作った。松村就任後わずか4日間の話である。これは、そもそも農林省内に農地改革への熱意があったことをしめしている。農地改革に対するGHQの覚書が出されるのはこの法案が国会に提出された12月になってからなのであり、農地改革への動きはまず日本側からはじまったのである。
吉田茂は戦後の共産革命を恐れていた。近衛文麿は1945年はじめ「この戦争はそもそも共産主義的な人々により主導された」「敗戦よりもそれに伴う共産革命が恐ろしい」と上奏したが、この上奏文は吉田茂の家で書かれたもので、近衛のこの認識は吉田と共通していたと考えるのが自然だ。吉田が農地改革に踏み切った背景にはこのような革命への恐れがあったのだろう。
吉田は農地改革のために農林官僚出身の石黒忠篤のもとを訪ねた。石黒は戦前に農林省をリードして「石黒農政」という一時代を築き、 近衛内閣、鈴木内閣で農相をつとめたが彼の真の目標は農地改革にこそあったのだった。石黒は松村の下で農林局長となっていた和田博夫と学者の東畑精一を推薦した。和田は社会主義者で、戦中に『アカ』として投獄されたこともあった。
対する吉田は社会主義嫌いだったが、農地改革の必要性から、嫌がる和田を強引に勧誘して農相にすえた。自由党も社会主義嫌いなので和田を嫌い組閣に反対したが、ワンマン吉田は自由党の反対を押し切った。
こうして農地改革は進められたのである。

・農地改革が農業をだめにした→間違い
1867年に約3400万人だった日本の人口は1936年には約7000万人にまで膨れ上がっていた。このような状況では当然食料生産は追いつかないので、戦前の日本は米も輸入に頼っていた。明治の末から昭和のはじめまで、日本はビルマ、タイなどから米を輸入しており、多いときで500万石(500万人分)だった。昭和からは台湾米(蓬莱米)、朝鮮米を輸入するようになった。ビルマやタイなどからの米は外国米といい、台湾や朝鮮からの米は外地米と呼ぶ。しかし1939年に水不足による飢饉が起こると外国米を1000万石を輸入しなければならなくなった。
翌年も外国米は500万石輸入された。
ところで、1950年の池田勇人の「貧乏人は麦を食え」発言は正確には「所得の少い人は麦を多く食う(ことが)…経済の原則」だったが、このようにこの頃まではみんなが白米を食べるのが原則だったわけではない。高度経済成長以前、農家の常食は麦飯、大根飯などで、白米は贅沢だった。高木兼寛は軍が白米とたくあんだけをたくさん食べているのを見てこれこそ脚気の原因だと考えたが、この食事は高度経済成長以前の日本人にとっては極めて魅力的なものだったのである。私たちが国産の白米をたくさん食べられるようになったのは、農地改革のあとなのである。
1955年は史上最高の大豊作で、これ以降日本は米の自給が出来るようになった。
1955年といえば高度経済成長のはじまりの年とされるが、物価急上昇を伴わない好景気はこの米の豊作によるところが大きく、農村活況は輸出ブームと共に高度経済成長の柱となった。食料自給率は(はじめて統計を取った)1960年には79%だったが、これの転落はその後の政策の問題である。

116: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/10(火) 23:07:37 ID:gkPmjlQ10
>>114
農地改革なんて全く不要だな。

EUと比べてすら1農家あたりの農地面積が1/10以下という零細兼業農家だらけにした元凶

大量生産、自給は農薬、化学肥料、機械化により楽勝です。

117: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/10(火) 23:24:11 ID:Pmoayn720
>・農地改革が農業をだめにした→間違い

長いだけで、具体的にどう解釈したら成功なのか述べていないのだが?

130: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 18:19:30 ID:Hkkymcxi0
>>116>>117
農地改革失敗論者はほとんど転換期である高度経済成長以前の問題を農地改革のせいにしているものばかりだ。しかもその高度経済成長だって農村の好況あってのもの。日本農業の転換期となるのが高度経済成長のさなかの1960年。この年までは農地面積、農業就業人口、農家戸数の三つは殆ど変わらなかった。
しかし高度経済成長によって農業よりもずっといい働き口が見つかるので農村の労働力はかきだされ、専業農家は10年で半減した。このようななかでの自民党の票田確保のための米価政策が零細兼業化の要因だ。ちなみに零細というのなら明治初期~1960年までの農地面積、農業就業人口、農家戸数で見ても充分零細で、和田博雄や東畑精一ら農地改革の主導者は農地改革の後は零細農家構造の改革をやるべきだと農地改革の最中から言っていたが和田が政治家として傍流に追いやられたために失敗し、和田は後でそれができなかったことを悔いている。

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 19:07:51 ID:I2HXZkeZ0
>>130
好況なんてありません、多額の補助金と関税で守っていただけです。
それだけ守れば、どの産業でもやっていけます。
それまでそういう保護によらずとも産業として成立していた農業を、そういうお荷物に変えてしまっただけです。

そして農業では生産性が低かったので、農業で養える雇用が減っただけですよ。
つまり産業としてどんどん衰退していっただけです。

120: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 11:45:45 ID:aX91SQIQ0
農地改革がなかったら60年安保の頃に日本は親ソの社会主義国になっていただろう。

121: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 12:04:58 ID:I2HXZkeZ0
ありえねーよ。
農民はそんなにいねーし。
そうなったら選挙干渉するに決まっている。
岸がどういう人間かわかっているのかお前は。

165: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/15(日) 22:02:13 ID:21dlnqWx0
>>121
>岸がどういう人間か

岸が大学のときに書き写すまで影響を受けた北一輝だって農地改革と同じことを主張している。

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 19:07:51 ID:I2HXZkeZ0
>>130
>好況なんてありません、多額の補助金と関税で守っていただけです。
それだけ守れば、どの産業でもやっていけます。それまでそういう保護によらずとも産業として成立していた農業を、 ういうお荷物に変えてしまっただけです。

そして農業では生産性が低かったので、農業で養える雇用が減っただけですよ。
つまり産業としてどんどん衰退していっただけです。


126: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 14:45:26 ID:aX91SQIQ0
http://www.nn.iij4u.or.jp/~logos/muraoka.nougyousaisei.html
※リンク切れ

農家総戸数は、1960年に606万戸が、2000年に312万戸に半減した。農家人口は、同じ時点で3441万人が1346万人に、農業就業人口は、1312万人(人口比30%)が299万人(人口比5%)に激減した。


132: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 18:30:44 ID:KLd+Bo+YO
色々、農地改革失敗論の理由は読んだが、全く納得できない
それほど大地主制が優れた制度なら、なぜ戦前に経済大国にならなかったのか
その優れているはずの大地主制を除去した後の方が、日本が飛躍的に発展したのはなぜなのか
これに全く答えていない
農地改革しなければもっと発展したはず、と言うタラレバばかり
ちなみに、戦争中に工業力が伸びたように見えるのは、女子供を動員し、釜や鐘まで集めて生産に集中させるから増加して見えるだけの事
学業は勿論、他の分野を犠牲にした上での生産向上なので、国力が向上した結果では無い

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/11(水) 19:07:51 ID:I2HXZkeZ0
>>132
女性の労働力化も立派な近代化ですが?
また除去した結果発展したのではない。
除去しなければもっと発展したいたのに、お荷物を増やし足を引っ張ったんだよ。
つか君の言っていることは、論理に飛躍がありすぎて、その間を証明していない、中身が入っていないよ。

142: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/12(木) 14:43:11 ID:s1oD4COR0
>>132
>その優れているはずの大地主制を除去した後の方が、日本が飛躍的に発展したのはなぜなのか
これに全く答えていない

はぁ?戦後の高度経済成長に農地改革なんて殆ど関係ないだろ・・・

無駄に零細農家を作っただけ

154: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/15(日) 07:51:45 ID:L3ae+DW00
>>142
前提がおかしいよ。

>はぁ?戦後の高度経済成長に農地改革なんて殆ど関係ないだろ・・・

農地改革による自作農の創出が農村全体の個人消費を増大させた
そして兼業農家の増大による労働力の創出が工業生産にも寄与した
安価で良質な労働力を工場は手に入れたわけだ

この両輪がなかったらとても高度経済成長なんて見込めなかったよ

それに小作時代と比べて格段に農業生産力は増えた。
これは生産意欲の増大によるものでどうみても農地改革のおかげでしょ

162: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/15(日) 20:15:52 ID:ZzC7yJVP0
>>154
>農地改革による自作農の創出が農村全体の個人消費を増大させた

全く関係ありません。政府が補助金を出せば、労働者の所得を下支えすることは可能です。それで個人消費の拡大っていっても意味ないよ。
政府支出を増大させればいいだけなんだから。

>そして兼業農家の増大による労働力の創出が工業生産にも寄与した

農業で食っていけないものが、都市部にでてくるのは江戸時代からあったはなし。
いや戦国時代でも彼等が都市部にでて、都市の労働力は武士の付き人になっている。
だから何時の時代でもあることなので、関係ないですね。

145: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/12(木) 20:55:00 ID:4hWvq9rg0
>>132
>その優れているはずの大地主制を除去した後の方が、日本が飛躍的に発展したのはなぜなのか

あの戦争の結果、自由貿易体制が確立され、植民地の朝鮮(日本の大幅赤字)・台湾を放棄(満州も大赤字)し、米国から工業技術も入手できたという点を無視している。
農家が豊かになった背景にも、農地改革以前に朝鮮米の流入が止まったという事実がある。

2.米の飢餓移出
5.日本より少なかった税金
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/sakushu.html

146: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/12(木) 21:34:11 ID:0ImoNFLf0
だから外地米の輸入制限を主張した石黒忠篤も零細農家構造の改革を試みた和田博雄も農地改革推進派なんだけどね。
米価政策も補助金も高度経済成長以降の問題。

147: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/13(金) 02:31:42 ID:l9FQwH2iO
自分が中高学校で習った感じでは、戦後の政府とGHQが、民主化の維持と既得権破壊の為に断行した象徴、としてのイメージを持っていた
ところが農地改革を調べてみて、何が一番驚いたかって言うと、既に戦前の日本政府が小作の解消に乗り出そうとしてた事
現実としては戦争と終戦で実現しなかったけども
戦前の農業が国の保護なくやっていけたのも、結局は小作の犠牲の上に成立していただけ
戦前の政府の対応や法令を見れば、大地主制は既に破綻に近づいており、戦後政府は、戦前から考えられていた農地改革を少し過激に行ったに過ぎない

引用元: ・農地改革は間違いだったんじゃね?