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1: 世界死 2001/07/29(日) 10:18
おしえてください









649: 世界@名無史さん 03/05/27 20:03
ブレスト・リトフレスク要塞、守備隊の一ソ連兵。
「俺は死ぬ、降伏などするものか、さらば祖国よ。」

彼らは孤立無援のまま、何ヶ月にもわたって戦い続け、地下室にこのような遺言を残した。

651: 世界@名無史さん 03/05/27 20:11
>>649に追加
ブレスト守備隊の遺言には他にもこんなのがある。

「戦友は皆死んだ。ドイツ兵は城門を突破した。手榴弾は、あと一発。だが決して降伏はしないぞ!」

「情勢は不利だが、我々は勇気を失わずに死ぬ。1941年7月。」

彼ら国境警備隊の戦意は非常に旺盛で、独ソ開戦初日に攻撃が開始されたにも関わらず、ベラルーシの首都ミンスクが落ちたあとも抵抗を続けていた。

654: 松下政経塾 03/05/27 21:56
清河八郎。幕末の尊王攘夷派志士。文武塾を開き、幕府の浪士隊を結成したあと江戸に戻されたところを後の見廻組組頭佐々木只三郎によって陣笠を手にかけた瞬間一刀両断のもとにタタッ斬られる。

656: 世界@名無史さん 03/05/28 00:08
日本代表なら大塔宮護良親王の名が挙がっていないみたいだけど。
風流でお上品に育つ公家や親王さんたちとは違い、武芸と鍛錬が好きで鎌倉幕府軍と戦う。足利尊氏との政争に敗れて幽閉。ドサクサ紛れに刺客に襲われた時に硯で太刀を受け、さらには口で刃をへし折った。刺客は首をとったが親王のあまりの形相に恐ろしくなって捨てちゃったとか。個人的には楠木正成や息子の正行も推したい。

660: 世界@名無史さん 03/05/29 19:22
足利義輝

三好家の謀叛により室町御所に攻め込まれ 畳に銘刀と言う銘刀を突き立て孤軍奮闘
刀が折れれば、刀を変え戦いつづける
最後は力尽きたところに障子を被いかぶせられ滅多刺しにされる
剣豪将軍に恥じない最後

664: 永遠の青 ◆V9k1yZSe4M 03/06/27 03:30
中国の春秋時代のことです。
晋の名門趙氏の一族が、政敵の屠岸賈によって滅ぼされた時のことです。
趙氏の当主趙朔の親友だった程嬰と、食客の公孫杵臼は、まだ赤ん坊だった趙朔の遺児趙武を連れて地下に潜伏しました。しかし、屠岸賈の敷いた包囲網はどんどん狭まっていきます。彼らが逮捕されるのも、時間の問題でした。

そんな中、公孫杵臼は程嬰に一つの質問をします。
「生き延びてお子さんを守り抜くことと、ここで死ぬのと、どちらが大変かねえ?」
程嬰は「そりゃ、生き延びる方が大変に決まってるさ」と答えました。
すると、公孫杵臼は「殿様はあんたと仲良しだったから、難しい方を頼むわ。俺は楽な方を引き受るから」と言って、程嬰と趙武を脱出させるために、おとりになって殺されました。

それから15年後、屠岸賈は失脚して一族皆殺しになり、ようやく趙氏を復興する時がやってきました。趙武が正式に趙氏の跡目を継いで、成人の儀式を終えたのを見届けると、程嬰は「私の役目は終わりました。あの世に行ってお父上と公孫杵臼に報告してきます」と告げ、趙武の制止を振り切って、命を絶ちました。

程嬰と公孫杵臼、どちらも惚れ惚れするほどの漢っぷりです。

666: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/06/28 01:28
『金枝篇』のフレイザー。1941年に夫人とともに爆死している。

667: 蘭太郎 ◆h1A8iHzIDo 03/06/28 18:09
中国の戦国の時代、韓の大臣である厳仲子は、 同僚侠累の専横を見咎め、事ある毎に衝突していました。
ある時厳仲子は、朝廷で侠累に罵られ、それが元で国から追われてしまいます。
厳仲子は恨みを忘れず、聶政という義士と名高い男を探し出して復讐を依頼。
聶政は悩みましたが、自分を男と見込んで頼んでくれる厳仲子の礼に応える為に、ついに苦心の末、単身敵地に乗り込んで、首尾よく侠累を討ち果たしました。

しかし多勢に無勢、暗殺には成功しても、とても逃げられそうにありません。
「もし自分が誰であるか分かれば、依頼主の厳仲子や、たった一人の肉親である
姉にまで罪が及ぶかもしれない」そう思った聶政は、己の人相を隠すため、手にしていた刀で自分の顔の皮を剥ぎ、目玉をえぐり出し、腹を掻っさばき臓物をつかみ出すという、凄まじい最後をとげます。
オーバーアクションにもほどがありますが、その死に様に死体が晒されても一向に正体は分からず、感嘆した人々は、この壮烈な勇士の名が知られぬことを惜しみました。

この事件の噂はたちまちにして広まり、隣国にいる聶政の姉、榮の耳にも届きます。噂を聞いた榮は、「もしかしたら弟かもしれない」と直感して韓に赴き、
晒されている死体を見て、それが紛れもない弟のものであるのを知ると、「これは私の弟、聶政という名の勇者です」そう人々に向かって叫び、懐剣を取り出して喉を突き、弟の死体に折り重なって息絶えました。

ただ一人の肉親として、この勇士の名が世に知られぬままなのは不憫、かといって誰か分かれば肉親の自分も死罪、そう思い自ら死を選んだもので、この弟にしてこの姉あり、洵に鬼神をして哭かしむの概があります。

668: 世界@名無史さん 03/07/04 20:57
>>667
いい話なんでageておく。

669: 世界@名無史さん 03/07/06 05:39
最近読んだとある本で知ったのですが、ヴェネツィアのブラガディンという御仁。

1571年、オスマン・トルコに包囲されたキプロスのヴェネツィア植民都市ファマゴスタの司令官。1年以上に及ぶ包囲戦をほぼ孤立無援で戦い抜く。
しかし、最後には兵糧弾薬も底を尽き、援軍の可能性も絶望的、という状況で、トルコからの降伏勧告を容れる。

開城の条件はブラガディン配下のヴェネツィア人以下全ての住民の安全な退去だったが、トルコの司令官ムスタファ・パシャはこの条件を守ろうとはしなかった。

全てのヴェネツィア人は様々な方法で残忍に嬲られた挙句、斬殺。その他のギリシャ系住民も、老人子供は殺され、他の人々は奴隷に売られる、という悲惨な結末でファマゴスタ包囲戦は幕を引く。

ブラガディンはこれらの全ての場面に立ち会わされた後、生きたまま全身の皮を剥がれ、その体のまま何度も何度も海に突き落とされる、という責めを受ける。それでもなお息絶えなかった彼だったが、最後には首をはねられる。

剥がれたブラガディンの皮は、詰め物をされ、頭部を縫い付けられて人形のように仕立てられた後、首都コンスタンティノープルに送られ、広場でさらしものにされた後、見世物として帝国の各地を巡行したとのこと…。

壮絶と呼ぶに相応しい最期ではないかと…。

675: 世界@名無史さん 03/07/23 06:44
>>669

いや、それは自業自得だと思うな。
イスラムは、ヨーロッパとの戦争で捕虜を殺されるどころか、住民皆殺しにされてるからね。その後の戦闘でも、白人は身代金を取っておいて、首を送り返すのはデフォだった時代もあったし。
そんな事してたから、イスラムも敵は皆殺しなんて暴挙に走る連中も出た。

中世以前のイスラムの戦争は、王族は殺されるけれど、民と兵は吸収する、ヨーロッパ以上に陣取りゲームだったし。

724: ◆JBLouujzww 03/11/23 22:44
>中世以前のイスラムの戦争は、王族は殺されるけれど、民と兵は吸収する、ヨーロッパ以上に陣取りゲームだったし。

コーランに、イスラム教国の都市を攻略したときは、略奪・住民虐殺は行ってはならない
と定められているからね。

非イスラム教国の都市なら、三日間なら略奪してもよい。コンスタンティノープルはこれで破壊された。

670: 世界@名無史さん 03/07/06 23:57
アラモ砦の守備兵たち。

最高位の少尉が撃たれ、「お前ら忘れるな、死ぬんだぞ」と言って息絶える。
その言葉を守って一平卒に至るまで砦を枕に全員討ち死に。

682: 世界@名無史さん 03/07/25 00:12
やっぱ神聖ローマ帝国 皇帝バルバロッサじゃないかな!
十字軍遠征途中、コンスタンチノープルは急襲するわでいいイメージないけど...
サラディンと戦わせたかったよ!獅子王リチャードはかっこよかったけどね!

落馬して水深十数センチの川で溺れ死んだ!壮絶な死だよね

686: 世界@名無史さん 03/07/25 01:49
始皇帝暗殺請負人、荊軻かなぁ。以前のレスで挙げていたのは一名のみだが。
―風蕭々として易水寒し、壮士一たび去って復た環らず
侠客にして詩人だとやはり映える。

彼を推薦した田光先生、彼に首を提供したハン於期将軍も、友人の高漸離もどこまで事実なのかわからんが、みな壮絶だ…。

693: 永遠の青 ◆V9k1yZSe4M 03/08/02 02:21
フランス革命期の政治家ダントン。

「切り落とした俺の首を民衆に見せてやれ、その値打ちはある」と処刑台の上で言い放った後、処刑されました。

695: 世界@名無史さん 03/08/02 04:11
スパルタ王レオニダス
テルモピレーの隘路で部下と玉砕

696: 世界@名無史さん 03/08/02 23:06
1863.4.30 
金塊輸送隊を護衛したフランス外人部隊ダンジュー大尉率いる中隊がメキシコ軍2000以上と戦い全滅

以来、フランス外人部隊では、4.30はカマロン記念日となる。
前進か死か!絶対に逃げない証として。

704: 世界@名無史さん 03/08/24 23:11
自ら虎の餌になった坊さんがいたような。
国・時代・背景失念。

705: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/08/24 23:17
>>704
「捨身飼虎」ですか。オリジナルにあたる釈迦の前生譚とは別ですか。

754: Cipher 04/02/11 13:02
>>704 705
昔、読んだ「自殺のススメ」みたいな本で北海道の熊牧場に身を投げ入れた熱心な仏教徒のおばさんの話が載っていた。
熊に全身、貪り食われて死んだそうだ。

710: 世界@名無史さん 03/09/18 23:14
琉球の義賊 運玉義留。
沼に追いつめられ身を隠すが、役人たちは槍を沼に突き刺す突き刺す。
しかし血が流れてこないため、役人たちはあきらめ沼を去る。
実は槍は義留の身体を何度も何度も貫いていた。
槍が突き刺さるたび、泥を傷に塗り血の一滴も流さなかった。
しばらくして遺体は浮き上がり、村人たちに埋葬される。

伝説の人物ですが。

714: 世界@名無史さん 03/10/13 21:29
>>710

読み方教えて。

717: 世界@名無史さん 03/10/14 01:54
>>>714
ぐぐったら「んたまぎるー」「うんたまぎるー」っぽい 
719: 世界@名無史さん 03/10/15 15:12
>>714,717
沖縄出身者ですが「ウンタマギルー」であってます。
彼の名を冠した「運玉森(ウンタマムイ)」って地名もあります。

715: 世界@名無史さん 03/10/14 01:14
イスラム国家ホラズムの地方知事。
チンギスハーンの通商使節の首をハネて物品をかっぱらった為に怒りを買い、モンゴル軍に占領された後、溶けた銀を目と鼻と口と耳から流し込まれて処刑された。

716: 世界@名無史さん 03/10/14 01:21
つかぬことをお伺い致しますが、「憤死」とは一体どのような死に様なんでしょうか?

718: 世界@名無史さん 03/10/14 03:01
>>716
激怒→頭に血がイパーイ→脳溢血→あぼーん

かな?

736: 世界@名無史さん 03/12/08 23:33
李朝の学士 成三問。
幼い王を廃し王になった首陽大君を王と認めず、火攻めの刑に処せられる。
焼け鏝で足・腕を焼かれると「鏝が冷えてしまったではないか。もっと熱くしろ」。
腹部・胸を焼かれると「私の全身が焼けてなくなろうとも、この胸の真心はなくならない」。

739: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 03/12/10 23:34
武宗の廃仏に反対した静アイ(くさかんむりに謁)。『続高僧伝』によれば自ら体を切り刻んで憤死したという。

742: 世界@名無史さん 03/12/20 12:06
斉の桓公ってどうよ?

743: 世界@名無史さん 03/12/20 12:31
>>742
桓公は死に方が壮絶と言うより、死後の扱いが壮絶という気が....

748: 世界@名無史さん 04/02/05 00:15
中国で凌遅刑に遭った人たち。
生きたまま身体を寸刻みにされていく。
どっかで写真見た。
執行人も執行が終えるまで生かさないといけなかったからかなり技術が要ったそうな。

763: 世界@名無史さん 04/02/29 22:33
ベトナム戦争に反対して焼身自殺した坊さん
どっかの映画監督が再現映画を作ったら、あまりに本物っぽくて本物として流通してるんだっけ

765: 世界@名無史さん 04/03/10 10:11
>>763
ティック・クアン・ドク師のことか?
ベトナム戦争反対じゃないくて、時の政府の仏教弾圧に抗議しての焼身じゃなかたっけ
フエでそう聞いたぞ

764: 世界@名無史さん 04/03/06 12:09
火がついてからもずっと座禅組んだままで、
最後にそのままの体勢で後ろにひっくり返るやつ?

767: 世界@名無史さん 04/04/11 21:19
田横は既出かな?
韓信に騙し討ちにされて何とか小島に逃れる。
人望があったらしく、大勢の人物が食客として彼の元に殺到。これを知った劉邦は警戒し、「罪を全部許すから都に来い」と命令した。田横は即座に罠と悟って来なかった。
「私は嘗て、陛下の使者であるレキイキ(漢字が出ない)を殺しました。陛下の部下のレキ商殿は彼の弟ですから、どんな事をされるかわかりません」
という理由で。劉邦は、仕返ししたら一族皆殺しだと命じておいたから来い、としつこく命じる。
死を覚悟した田横は従者を連れて都に向かい、宿に到着した所で、「私の首を陛下にお見せしろ」(だったか?)と食客に言い残して自刎。従者がそれを届けた。そして、その従者もまた死んだ。
これに驚いた劉邦は、田横の見事な死に様に感銘し、食客を呼び寄せる様に命じたが、数百人居た島の食客がこの事を知ると、殆どの食客が田横の後を追って死んだという。
事実かどうかはともかく、凄まじいな。

768: 世界@名無史さん 04/04/12 02:06
スパルタクス
古代ローマの大奴隷反乱の指導者。緒戦でローマ軍を撃破、奴隷を解放し貴族から略奪しながら大軍団を結成し移動、イタリア北部から脱出すると思われるも引き返し、ローマを席捲、しかし最後はイタリア半島南部でローマ軍に包囲され、殲滅される。
スパルタクスは劣勢の中、ローマ軍将を狙い敵陣に切り込むが味方は全滅、独りになっても闘い、戦死。死体はバラバラに切り裂かれていたという。

769: 世界@名無史さん 04/04/12 03:43
シモーヌ=ヴェイユ
ユダヤ人のフランス女性哲学者。人の苦しみに病的な敏感さを持ち、教職をとったが追放され、自虐的と見られるような工場労働者としての生活をし、必要最低限の食物しか摂らなかった。
スペイン内戦が起こると人民政府軍に参加。しかし失望する。
戦中はナチスの侵略下、イギリスで亡命生活を送りつつ戦後フランスの構想に加わるが、もともと虚弱な体質が重労働で衰え、肺結核を悪化させ、病院に入院中支配下の自国民を思い断食を頑なに決行、餓死する。わずか34歳であった。

その至純さが賞賛されるが、持病の激しい頭痛、数学者だった兄への学力的コンプレックス、強迫的とも言える真理の追究と失望による消滅願望、それらの中で必死に求道し、いかに生きるかに苦しみ続けた人生であったといえる。

772: 世界@名無史さん 04/04/12 22:40
もとは鳴り物入りのワルで人殺しまでするが改心して出家、自分の目玉や睾丸までを抉り出す苦痛を伴う
自傷行為によって飢饉が終わることを祈願し、最期は飢餓による即身仏となった鉄門海上人も壮絶だな。

776: 世界@名無史さん 04/05/29 10:41
そういや孔子の弟子の一人は殺されたあと塩漬けにされて食卓に上ってるな

777: 世界@名無史さん 04/05/29 15:33
子路のことか。

778: 世界@名無史さん 04/05/30 11:15
>>776
食卓に上ったの?膾にされたとはあるけど当時の人は食べたの?
「死体を膾にする」の膾は料理の膾とイコールなんだろうか。

 膾にするのにどういう意味があったんだろう。
ちゃんと葬礼が出来ないように死体を汚すという意味なんですかね。

日本だと保存のため塩漬けとか酒漬けにしますね。
(義経とか有名ですが)

779: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/05/30 11:29
日本でも奈良時代に、何をとち狂ったのか殺害した人の腿肉を膾にした王が配流されていました。大陸かぶれ?食べていたかどうかは忘却。

782: 世界@名無史さん 04/05/31 22:47
食べ方(うげげ)としては、いろいろあるわけで。
焼くなり、煮るなり。 
保存なら干し肉という手もありますよね。
膾ってユッケみたいな調理法ですよね?
保存性はなさそうですが。

膾にするということの意味に興味があったので質問してみました。
死体に対する侮辱なのかな。

783: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/05/31 22:51
あちらでは死体が損壊すると往生出来ないと言われていたからでは?
日本でも中世前期には「首を切られると往生出来ない」と言われていました。モンゴルでは「大地に地を流して死ぬと~」。

788: 世界@名無史さん 04/06/02 11:49
彭越も、輪切りのハムにして諸侯に配られ、みんなでそれを食べたとか。
食べながら、「自分も、いずれこうなるんだろうな」と思い、後で本当に
ハムにされた諸侯もいたとか。

789: 世界@名無史さん 04/06/02 12:58
キャプテン・クックとかはどう?
わざわざ地球を半周して殺されちゃったんで。

790: 藍染惣右介 04/06/02 23:37
マゼラン(?)だかなんかもフィリピンのラプラプ王に殺されたよな

792: 世界@名無史さん 04/06/04 02:24
最初に切腹した藤原保輔もなかなか.
慣習でなかったら腹を切るなんぞ思いつくかな.

794: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/06/04 02:50
袴垂と藤原保輔を同一人物とするのは後世の付会ですが、保輔も盗賊であったのは確かで、しかも兄の藤原保昌(和泉式部夫)が累代の武士(軍事貴族)の家の出でもないのに武芸に秀でて源頼光の弟と抗争を繰り返していたそうですから、無理もないか。
(当時の貴族は後世のそれよりも血生臭いもので、保昌サイドにいた清少納言の兄も、相手方の一員を殺害した報復に屋敷を襲撃されて殺されています。切腹が出て来るのも必然であったかも。)

795: 世界@名無史さん 04/06/06 20:14
>>794
この一家はなかなか凄まじい人たちが揃ってますよね。
保昌・保輔兄弟の父致忠は人を殺して佐渡に流されているし、致忠の弟陳忠は「受領は倒る所に土を掴め」の人だし、致忠・陳忠の父大納言元方は娘の産んだ皇子が春宮になれなくて、憤死して怨霊になっちゃったそうだし・・・

796: 世界@名無史さん 04/06/07 00:00
>保昌・保輔兄弟の父致忠は人を殺して佐渡に流されているし、致忠の弟陳忠は「受領は倒る所に土を掴め」の人だし、致忠・陳忠の父大納言元方は娘の産んだ皇子が春宮になれなくて、憤死して怨霊になっちゃったそうだし・・・

大納言の息子が受領で、孫が人の家の家司(摂関家だけど)、盗賊ですか・・・。

源氏も代を重ねるとあっというまに公卿クラスになれなくなるし栄枯盛衰以外と激しいですね、平安時代も。

803: 世界@名無史さん 04/06/30 22:03
ミシェル・ネイ

ナポレオンをして「勇者の中の勇者」と言わしめた人物。
ナポレオン失脚の際は王党派につくも、百日天下ではナポレオンにつく。
ワーテルローの後、銃殺されたが、最期に「私が号令を発したらまっすぐ心臓を狙え。
私はフランスのために百度戦ったが、一度として祖国に逆らったことはない」と言ったそうな。

しかし軍人や武将挙げたらきりないな。

805: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/07/01 01:07
護送中に自害を命じられ、左手で懐剣を押えて「切腹」し、それでも死ぬまで正気を失わなかったという今参局(足利義政乳母)もなかなか。

引用元: ・壮絶な死を遂げた人物と言えば?




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