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1: スタス ★ 2018/06/30(土) 18:09:52.77 ID:CAP_USER9
「浦和のうなぎを育てる会」がPR活動を続ける
ウナギのかば焼き発祥の地は浦和--。江戸時代から続くとされる、かば焼きの伝統を守ろうと、さいたま市浦和区などのウナギ料理店などが「ウナギのかば焼き発祥の地」としてPR活動に力を入れている。発祥地には諸説あるが、関係者は「ウナギに興味を持つきっかけになれば」と意気込んでいる。【畠山嵩】


(略)


ウナギのかば焼き発祥の地については諸説ある。「日本の伝統産業 物産編」(1978年、通産企画調査会刊)には、浦和のかば焼きについて「宝永年間(一七〇四)、旅人に提供し好評を得たのがはじまりで、蒲焼(かばやき)発祥の地といわれる」との記述がある。中山道・浦和宿を行き交う旅人に提供し、消費地と生産地が直結していたためウナギ店が増えたとみられる。埼玉県立文書館所蔵の古文書「会田真言家文書」(1827年)にも、江戸時代に浦和から江戸・紀州藩邸にかば焼きを献上していたと記されている。
 
一方、世界各地の珍しいウナギを展示する堺市の「うなぎミュージアム」の亀井哲夫館長(70)によると、社会風俗を題材にした小説「好色産毛」(1692~97年)の京都の路上を描いた挿絵に「うなぎさきうり同かばやき」と書かれており、上方が発祥の可能性もあるという。ただ、亀井館長は「浦和には川も沼地もあり、交通の要衝だった。かば焼き発祥の地というのは的外れではない」と話している。

全文は
https://mainichi.jp/articles/20180630/k00/00e/040/238000c








2: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:10:38.62 ID:lp4pPS+O0
埼玉県民だけど、浦和がうなぎ推しとか初めて知りました

38: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:23:52.89 ID:5Wa4yU/t0
>>2
俺も50年前から埼玉育ちだけどはじめて知ったw

84: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 19:06:05.97 ID:x2dkiHLJ0
>>2
浦和駅西口にうなぎキャラの銅像あるだろw

195: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 20:57:46.65 ID:9wYLvTGE0
>>2
わたしも埼玉県民だが、浦和に太田窪(だいたくぼ)って所のウナギが旨いと北大路魯山人と西園寺公望が言ってたよ 
ドジョウは越谷市のが旨かったとか。こらも戦前に魯山人が言ってた

221: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 21:24:57.86 ID:frpkNkL30
>>195
氷川大社から南にあった三沼でいい鰻が獲れたらしいね
聖地駒場も三沼があったところに建ってるけど
なんで浦和で旨いうなぎ屋が多いのか不思議だったので聞いたことがある

5: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:11:22.65 ID:8QFR176h0
一般的にはどこになってんの? 浜松?

48: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:29:14.92 ID:ZUQEAHnI0
>>5
京都

68: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:44:46.70 ID:12zH/u8E0
>>48
京都の茶人・嘯夕軒宗堅が書いた『料理網目調味抄』(享保13~15年(1728~30年)刊)の調理法が現在の「鰻の蒲焼」の調理法とほぼ一緒の調理法の、文献上の初出だよね

『料理網目調味抄』(※左ページの「鰻」の項目内の記述)(「国立国会図書館デジタルコレクション」より)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557795/19

24: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:17:26.44 ID:KqeDN6rD0
浦和にうなぎなんかいるの?

55: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:32:50.91 ID:ZUQEAHnI0
>>24
東浦和の見沼たんぼとか西浦和の荒川沿いじゃない?
さすがに浦和駅周辺にはいないだろう
浦和って東西に広いからド田舎がまだ残ってる

196: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 20:58:26.54 ID:+345wNC70
>>55
昔は別所沼の周辺が広い沼地だったらしい

31: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:19:52.93 ID:hBj796NK0
”かばやき”という言葉の語源と初出はどうなの?
うなぎ以外にも昔から、かばやきが有るのかな?

200: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 21:04:00.79 ID:JTqJdKCB0
>>31
蒲焼きは今のような形ではなく、長い状態のウナギを串に刺して焼いたものだったらしい
姿形が蒲の穂に似ていたことから名前が着けられた
ちなみに蒲鉾も元々は竹輪

45: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:25:53.70 ID:Wv4JEZGx0
蒲焼の作り方は、古いところでは室町時代のものといわれる『大草家料理書』に次のようにあります。「宇治丸かばやきの事。丸にあぶりて後に切也。醤油と酒と交て付る也。又山椒味噌付て出しても吉也。」
このように丸のまま串にさして焼いた形が蒲の穂に似ていたのが、蒲焼の語源といわれています。



足利将軍家料理人、大草氏

大草氏
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/okusa_k.html
>家伝によれば、三郎左衛門尉公経が足利尊氏に仕えたとあり、公経をもって始祖にしている。
>三河国額田郡大草(三河県岡崎市)を領して、大草を家号にしたと伝える。

大草流庖丁道
https://ja.wikipedia.org/wiki/大草流庖丁道

49: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:29:43.22 ID:hBj796NK0
>>45
なるほど~ かばやき自体は背開き腹開きとは関係のない串焼きなんだね

うなぎのかばやき も最初は串に刺しただけなんだろうし
問題は、いつの時代から、今のような開いたものを焼くようになったかだな~

66: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:39:20.57 ID:p5tUzNpn0
うなきは世界中で食べられてるけど、大体どこもぶつ切り
あれを最初に開いてさばくことを考えた人は天才的だわ

77: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:55:25.17 ID:NO2fVsya0
蒲焼きの文字を見ればわかるだろ

93: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 19:16:20.63 ID:0AeGlpwG0
>>77
それは「蒲」の文字の中に「浦」が含まれてるから浦和発祥って説だっけ?

ウナギをブツ切りにした「ウナギの蒲焼き」そのものは1399年の京都で書かれた本に初めて出て来てるから
「浦和が発祥だから蒲焼き」という説は時間軸的に有り得ないようなw

そうではなくて今みたいに「ウナギを割いて開いて串を打ってタレで食べる調理方法」の発祥地の話では?

78: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:55:33.80 ID:6dtODUWu0
昔は屋台や辻売りが串焼きで売ってたらしいね
ジャンル的には滋養食であまり旨くはなかったみたい

79: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 19:00:31.80 ID:OxYQOj4d0
中山道は山がちで鰻の食い納めの宿と言われていたのは確かなようだが・・・。

82: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 19:04:08.43 ID:427FU1sT0
あの鰻の蒲焼きのタレを最初に作った人は本当にすごいと思う

101: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 19:29:55.49 ID:1p7sagyP0
蒲焼きはあくまでも野田や銚子の濃口醤油の発達とセットでしょう

文化文政年間に大ヒットしたわけだが、その発端はいまいちわかってない

151: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 20:20:04.63 ID:c/0OoS9r0
浦和には江戸時代からうなぎの養殖池があるし、浦和のすぐ北の街の川越が「うなぎの食べ納め」と言われる街で、その先は暫く出す店がなかったからな。
 
江戸を出て最初の宿になる、中山道の浦和宿と言えば、昔から酒とうなぎだ。
良い水が出るので酒も盛んだった。

34: 名無しさん@1周年 2018/06/30(土) 18:21:00.81 ID:gFJACunJ0
こういうのはだいたい諸説ありますってコメントがつく

引用元: ・【さいたま】うなぎ「かば焼き発祥は浦和」と主張 江戸時代文献基に宣言 ※諸説あり




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