51SegtXRLYL


1: 人間七七四年 2007/07/04(水) 22:31:57 ID:hfF8u4+E
嘘はいけないね








2: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/04(水) 22:39:19 ID:q0GIc5rP
大内の多々良とか、島津の頼朝とかかな

4: 人間七七四年 2007/07/04(水) 22:56:16 ID:hfF8u4+E

徳川氏(新田氏族)→本姓加茂・在原?
織田氏(桓武平氏)→本姓忌部?
島津(清和源氏)→本姓惟宗?

ここらへんは真相は判らずとももう語りつくされている感があるが、
例えば、坂東平氏に代表されるような
武家としては比較的古い家柄ですら怪しい
中世武家の系図は我々が考えている以上に
詐称・仮冒が多いのではないか?

そんな疑惑を追及していくスレです

5: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/04(水) 22:58:28 ID:q0GIc5rP
>>4
織田は藤原氏と判明したんじゃなかったか?
本人が書いてたと思う。

8: 人間七七四年 2007/07/04(水) 23:26:16 ID:hfF8u4+E
>>5
本人・先祖ともに藤原姓を称している時期があるだけで、判明はしていないのでは?

9: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/04(水) 23:48:59 ID:q0GIc5rP
>>8
本人が平氏と称する前に、藤原信長と書いているはず。
本人が意識せず?書いてたぐらいだから多分事実だろう。
あと誰だか忘れたが、織田家の祖先も藤原織田と書いていたと思う。

10: 2007/07/04(水) 23:50:06 ID:q0GIc5rP
>>8
祖先と書いてたな。申し訳ない。

13: 人間七七四年 2007/07/04(水) 23:59:00 ID:hfF8u4+E
>>10
まさか意識していないってことはないだろうさ~

坂東平氏ですら怪しいのに武蔵七党とかはどうなんだべ

119: KowLoon ◆8Dxo02Kui. 2007/09/29(土) 01:43:52 ID:0AVdbG+4
>>4
織田氏は、越前国丹生郡織田郷の織田剣神社の神官家の出自で、元々は伊 部という一族で、それが後に忌部氏を名乗り、それが尾張に行き織田氏になったというのを読んだ事があります。

確か、この丹生地域は名前の通りの水銀や鉄の産地で古代から採掘などが行われ、後に朝鮮から渡ってきた技術者が定住するようになったらしく、織田剣神社は豪族がスサノオを奉り、後に伊部氏が剣を奉り以後剣神社と名乗るようになり伊部氏が神主になった。と

この伊部氏の伊部は鋳部から転じたとも言われ、その字の通り製鉄絡みの渡来系の氏族という説もあるそうです。

まぁ、この伊部氏が忌部氏となり、社伝によると1281年の元寇の時に剣神社神主だった忌部親行が出陣し功を立てて御家人に取り立てられ、以後一族が織田荘の地頭を代々務めた。と。

さらに、忌部親行の6代子孫にあたるのが尾張8郡の守護代となった織田常昌でこの常昌の11代子孫に当たるのが織田信長である。というような感じだったかと。

まぁ、かなり昔に読んだ本なのでよく覚えてませんが・・・

122: 人間七七四年 2007/09/29(土) 13:15:32 ID:YweAazXj
>>119
大田亮氏もこの忌部説をとっておりますが、織田系図はいつもあって、それぞれにどこか違うらしいのです。織田氏の出自がはっきりした決め球になる信憑性のある文献は無いのだそうです。

『織豊興亡史』に詳細に書かれているらしいです。
織田・豊臣に興味ある方には面白いかもしれませんね。

7: 人間七七四年 2007/07/04(水) 23:25:15 ID:hfF8u4+E
仮冒疑惑の有名氏族一覧

・千葉氏(称桓武平氏)→古代豪族多部氏? 知々夫国造?
・長尾氏(称桓武平氏)→相模国造?
・三浦氏(称桓武平氏)→相模国造?
・執権北条氏(称桓武平氏)→相模国造一族宗我部氏?
・三好氏(称小笠原氏流)→???
・蠣崎氏(称若狭武田氏流)→南部氏流?
・太田氏(称多田源氏)→???
・陸奥石川氏(称清和源氏)→白河国造?
・信濃村上氏(称清和源氏)→科野国造?
・伊東氏(称藤原南家)→伊豆国造? 相模国造?
・相良氏(称藤原南家)→物部氏? 和邇氏?
・伊達氏(称藤原北家)→毛野国造?
・上杉氏(称藤原北家)→榎本宿祢? 穂国造?
・肥前大村氏(称藤原北家)→葛津立国造
・宇都宮氏(称藤原北家)→毛野支族韓矢田部造?

もう上げたらキリがないので、↓を参照
http://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihumokuji.htm
※リンク切れ

11: 人間七七四年 2007/07/04(水) 23:50:46 ID:EmgCnHeT
>>7
もうほとんど全部だなw
とりあえず疑っとけみたいな
とりあえず古代豪族の子孫ってことにしとけみたいな

14: 中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2007/07/05(木) 00:02:09 ID:oY4A6DuP
逆に秀吉の出自に関する記録の方が気になる。萩大納言、町民、土豪、足軽、草草の輩
ついでに気になるのは桶屋の子市松とか鷹匠の子本多佐渡とか

15: 人間七七四年 2007/07/05(木) 00:05:02 ID:ZDXMTbUn
>>14
六角氏ともなんらかの繋がりがあったなんて説もあるしな


20: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/05(木) 18:46:59 ID:SS01hage
毛利家の血筋はすごいな。
武家系譜編纂書『寛永諸家系図伝』を記した太田資宗が驚くほど。

21: 人間七七四年 2007/07/06(金) 20:05:34 ID:9og4f9J4
↑どうすごいの?

22: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/06(金) 20:19:54 ID:Y8Rd6xqM
>>21
遠祖に天穂日命、相撲の名手野見宿禰、歌人大江千里、大学者大江匡房、大江広元(藤原氏からだが・・・)、
あと、平城天皇第一王子阿保親王の子を懐妊していた宮女が、大江本主にさげわたされたため、誕生した大江音人は皇室の血を ひいていることになる。このため毛利家では家系は神別、血統は皇別と自称している・・・
「ルーツを探る」参照。

23: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/07/06(金) 21:07:43 ID:RIlQ41VU
(注)
菅原・秋篠・大江の三氏が土師氏の後であることは、日本書紀以下の六国史や新撰姓氏録などで明らかである。にもかかわらず、その所伝を伏せるかのように系図の上で上世の部分が詳らかではない。
 尊卑分脈や菅原氏系図・大江氏系図などがいずれもこの点確かでなく、特に大江氏の場合は、本主を平城天皇の皇子阿保親王の子としており甚だしい仮冒といわなければならない。

~~引用:『古代豪族系図集覧』より 近藤敏喬編 東京堂出版~~

24: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/06(金) 21:14:23 ID:8dt8O5SF
大江氏の出であることは確かなんだがなあ…
やはり神別は創作であったか。

>>22の文の続きには「明治元年11月23日近藤芳樹および近藤清石の建言を容れ、毛利家が神別の家系を正式に採用したと伝わる…」
とあった。
言葉足らずで迷惑をかけ申し訳ない。

6: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/07/04(水) 23:01:05 ID:uuJVNw2W
前田家の仮冒の潔さは秀逸。

27: 人間七七四年 2007/07/07(土) 00:16:22 ID:HwfNrGyC
みんなが嘘つきまくりの中、朝倉氏が日下部姓なのは潔さを感じる

32: 人間七七四年 2007/07/08(日) 02:44:49 ID:gGiGjyYQ
長宗我部の秦氏ってのは嘘くさいな。

33: 人間七七四年 2007/07/08(日) 02:45:57 ID:OIG1lChi
まぁ名前を見ると蘇我氏の領民だからな

34: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/07/08(日) 02:51:42 ID:imHi/gZL
資料上の初見が南北朝時の11代信能だからな。
それ以前は全く不明だし、やはり秦氏説は疑わしい。

同じ土佐の七豪族安芸氏は、先祖が平家物語に登場してたりするんだが。

37: 人間七七四年 2007/08/02(木) 04:48:35 ID:7vFWojNU
系図詐称は平安からあるしね~

38: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/08/04(土) 17:19:26 ID:OipfNpdx
宇喜多氏は名字発祥の地が見当たらない珍しい家系。

39: 人間七七四年 2007/08/07(火) 14:24:09 ID:BTA1e32k
>>38
浮田の地名は、宇喜多氏がいたから付いた地名ってこと?
沼に浮田小学校とかあるけど。

40: 人間七七四年 2007/08/07(火) 19:53:49 ID:ETXdJLE3
俺も浮田に佳字を当てて宇喜多にしたんだと思ってたんだけど

41: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/08/07(火) 21:00:00 ID:1AiQBOcp
嘉永4年(1851)完成の「野史」を参照すると、
「高徳子高秀。住宇喜多因爲族稱」とあり、本とかではこの説に従う事が多いが、備前に浮田という地名は見られず、浮田村誕生は明治22年。

43: 人間七七四年 2007/08/08(水) 08:46:04 ID:fyLbpqgc
仮冒間違い無しとされてる家系でも、案外、いくつかの系譜は本物かも。

44: 人間七七四年 2007/08/08(水) 21:16:25 ID:cowngwb3
まあ、系図詐称も相当多いだろうが宝賀の“あれも仮冒これも仮冒”ってのもこれまた行き過ぎな気がする。なんか戦後日本人の「とにかく歴史上の人物・一族なら引き下げろ」みたいな嫌らしさを感じるんだよなぁ。

51: 人間七七四年 2007/08/10(金) 10:54:56 ID:4YbafOxh
吉良氏庶流、平姓、または国造末裔など系譜には諸説あるのか

55: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/08/12(日) 02:52:53 ID:NiwlkExk
>>51
本山氏は八木伊典以前は八木姓を名乗ってたらしいが、出自までは判断できんな…

52: なおはる ◆cqvR7Qa3Og 2007/08/10(金) 11:32:50 ID:duzBHFsU
土佐山内氏は藤原秀郷流氏族なのだろうか。
盛豊が岩倉織田家家老で黒田城主であったのを鑑みると
鎌倉時代に数百箇所へ地頭職として赴く→その内の一家の小豪族だと考えても不思議ではない。
それともそれ以前に別の氏族だと思われる説があるのだろうか。

57: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/08/16(木) 21:36:13 ID:LvdqGYy+
盛豊─ 一豊 という山内家は首藤氏との所縁をどこに求めていいのか全然掴めないな。

58: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/08/20(月) 20:47:28 ID:AvV2MX1i
備中・信濃三村氏の出自について、小野淑夫先生は祢津氏説を挙げられている。

59: 人間七七四年 2007/08/21(火) 23:24:06 ID:bdQ00qog
滋野3姓も祢津だっけか?

61: 人間七七四年 2007/09/01(土) 01:14:33 ID:4kuXXQxL
しかし伸びないね、このスレ
上でも何度かネタを振られているが
もう少しメジャーな氏族で語ってはどうか

63: 仙台藩百姓 2007/09/01(土) 02:05:33 ID:29pYHf+M
有名な家系で胡散臭いのなら家康の系図はどうかお( ^ω^)

64: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/01(土) 08:18:32 ID:tC0tY9Xt
百歩譲って親氏まで認めてもその先が・・・なのをみんな知ってるから触れないんだろな。

66: 人間七七四年 2007/09/01(土) 21:29:12 ID:R40wVXq2
そもそも親氏の苗字は何?

徳阿彌という時宗の放浪僧としい三河に流れ着き、土地の豪族の松平家の婿養子になって松平親氏と名のるが。

67: 人間七七四年 2007/09/02(日) 10:28:27 ID:7TB3FXju
世良田じゃないのか?
むしろ松平信重なる人物が全くの架空なのか、モデルとなる人物はいたのか

69: 人間七七四年 2007/09/02(日) 15:33:09 ID:xusdCDN8
>>67
世良田は、親氏より後の人間が、世良田の子孫ということで名のっただけでは?
松平郷の松平信重は実在した人物だろう。三河土豪の松平家はその後も存在するから。

68: 人間七七四年 2007/09/02(日) 14:08:57 ID:fCmi6ekb
山岡荘八が親氏の流浪は父子連れで、親父の名は長阿弥有親と語ってるな。
こいつも結局よくわからん奴なんだが。
姓はどうなんだろ。清康は一時期、世良田二郎三郎清康と名乗ってるらしいが、単に親氏が世良田郷出身だからとも言えるし。

69: 人間七七四年 2007/09/02(日) 15:33:09 ID:xusdCDN8
>>68
長阿弥は坊主になった時の名前で苗字でもないのに長阿弥有親とは。
するとその子の親氏は、徳阿弥親氏になるのかね。

70: 人間七七四年 2007/09/02(日) 22:45:06 ID:fCmi6ekb
>>70
名字でないことは知ってるよ。観阿弥清次、連也斎厳包みたいな感じで書いた。
まあ、使い方の妥当性は本題とはあんまり関係ないと思うんでそんな突っ込まんでくれ。

71: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/02(日) 23:00:20 ID:cGa5EGCd
親氏の存在を疑うと酒井氏の発祥がグラつくオプションがもれなく。

松平郷時代の親氏・泰親・益親・信光らの関係が諸説あってまとまってない。
奉公衆だった益親・信光はともかく、親氏については神話みたいだと思えばいいやな。

72: 人間七七四年 2007/09/03(月) 19:51:44 ID:0HOJiDO8
松平氏発祥の地・松平郷は、親氏の庶子・信広が継いだとされる
この松平郷松平氏は代々太郎左衛門を称し、現代に続いている
「太郎左衛門」の仮名と「信」の通字から推測するに、
松平郷松平氏こそが、元来の松平氏の宗家たる地位にあったのは十分に予想される

3代信光の代になって、松平氏の本拠は安祥に移ったと言われる
この時に松平郷松平氏と安城松平氏に分かれた
松平氏の足跡が知られるようになるのは信光の代からである
この信光という人物こそ、何らかの形で宗家を乗っ取ったのではないか?

また松平氏は「十八松平」と言われるように、別家が非常に多く、
それらの多くが3代信光、4代親忠を祖としているのは注目すべきところだ
これは、信光の代から松平氏が急速に発展したことを物語っているのか?
それとも系図改竄の跡なのか?

73: 人間七七四年 2007/09/03(月) 19:59:48 ID:0HOJiDO8
すまん、信は通字じゃなかった…

74: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/03(月) 22:16:44 ID:LRBbN8am
太郎左衛門家が本家だってのは幕府も嫌々ながら認めてるな。

75: 人間七七四年 2007/09/03(月) 23:17:24 ID:0HOJiDO8
・松平郷松平氏が松平宗家である
 (太郎左衛門の通称を後世まで受け継いでいることに、重要な意味合いがあるかも)
・後の安祥松平氏は、伝承のように他家から来た一族である
 (流れ者を始祖伝承にもってくるのは、それが史実であったから?)
 (または系図改竄のために、あえて始祖を流れ者にした?)
と仮定した場合、

1:松平郷松平氏の初代信広は、親氏の庶子ではなく、信重の嫡子だったのではないか
2:または親氏が信広を養子として送り込み、松平氏を乗っ取ったのではないか
3:または信光が松平家中で頭角を表し、松平氏を乗っ取ったのではないか
4:「十八松平」とされる支族の多くが、実は松平郷松平氏の別家であり、
 信光らに系図を繋げているのは後世の系図改竄ではないのか
 (後世の系図では、別家の乱立が信光や親忠の子孫とするものがあまりに多く、やや不自然に映る)
5:たびたび起こった松平氏内訌は、上記のような歴史があったからではないのか

という疑問が出てくる

76: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/03(月) 23:32:34 ID:LRBbN8am
幕府に出仕している信光から始まる松平家は、安祥家も含め佯りようがないだろうけどね。

79: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/08(土) 21:04:33 ID:pxMaeW/R
補足と言うか雑記。

世良田を名乗ったのが家康の祖父・清康。
徳川を名乗っていないのに、寛永諸家系図伝などで後付けで徳川氏初代にされてたりする。
ところで清康が家督を取ってから死ぬまで後見したのがその祖父の長親。

松平長親は「安祥殿」と云われたことはあっても、世良田も徳川も名乗った事がない。

80: 人間七七四年 2007/09/09(日) 23:03:04 ID:2f3WMq+n
家康が葵紋を使い出したのは義貞が後醍醐天皇から故事を調べたからなのだろうが・・・
清康が世良田を名乗ったは世良田一族の誰かが三河に流れてきたのを知っていたからでは
家康の系統は松平本家と血のつながりのはあったのか疑問に思える、あっさりと改姓しているし

83: 人間七七四年 2007/09/12(水) 00:14:02 ID:K+zXuwRi
親氏以前の松平氏周辺の人物として伝わっている者に、

【賀茂在信】
造酒司。松平信盛の父とも。

【松平信盛】
在原信盛。後宇多天皇(1267-1324)に仕える公家だったという。
松平郷を開き、松平館を築いたとされる。
後に養子として信重を迎えたという。

【松平信重】
通称太郎左衛門。尾張の豪族・荒尾氏(在原姓か)の一族とも言われる。
荒尾氏は室町幕府の奉公衆を務めていた。
後に養子として世良田親氏を迎えたという。

81: 人間七七四年 2007/09/11(火) 21:43:02 ID:7MDsVUNk
松平太郎左衛門信重の父が公家の在原信盛とは定説となっているのか?

82: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/11(火) 22:51:38 ID:x/5rsOj/
在原氏が美濃や尾張にいたのは知ってるが、いつの間に三河を侵食してたんだろう。

85: 人間七七四年 2007/09/12(水) 01:10:52 ID:0Dv5yqLy
>>82
菊池氏の一族とされる兵頭(兵藤)氏なんだけど、兵藤通俊と兵藤隆経の二家が兵頭を称しているんだけど細川家臣の兵頭直政と鳥取の兵頭源六はそれぞれどっちの家柄なんだろうか。
代々の系図か何かを収録しているものがあれば分かり易いんだけど、ぷらっとでも分からない?

90: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/09/12(水) 23:40:32 ID:NqElxepR
>>85
宗像大宮司の庶流に兵藤氏市がいるね。武藤資頼の義兄。
兵頭源六の祖らしいんだけど。

このくらいしか調べようがない無力な私をお嗤いください。

92: 人間七七四年 2007/09/13(木) 00:31:13 ID:heJTcArP
>>90
ソースお願いします。
自分は名字が兵動だから気になる

94: 85 2007/09/13(木) 20:52:59 ID:y2ETXKfB
>>92
兵動なら平民か初期段階で没落した貴族の可能性が高い(前者だと思うが)
兵藤なら自称藤原氏の可能性が無きにしも非ず
兵頭ならほぼ平民。通字で続いているなら別、
愛媛県の出身者だけど、そういう人物は近所には一人も居なかったなぁ。

88: 85 2007/09/12(水) 02:27:20 ID:0Dv5yqLy
兵頭氏は肥後菊池氏分流→地蔵ヶ嶽城主宇都宮家臣→水上城主で
その為、南伊予には宇都宮・菊池・兵頭姓が多いと聞いたことがあったのでそう思っていたんだが。
菊池武正一族と共に下向し、地蔵ヶ嶽城主宇都宮氏の支援で武正も石棟城主となれたらしいんだけど。
もしかして西園寺家臣とは別の人のことかな。
でも初めは頼方という名前なのに途中から土居・大野・河野など越智系の一族に共通する「直」の通字を名乗りだしたのも気になる。
個人的には尼子家臣の因幡兵頭氏の方が気になるんだけど。

93: 人間七七四年 2007/09/13(木) 12:06:56 ID:HDRM2XsZ
ひょうどうの字は兵頭だったのを「藤姓の兵部官」=「兵藤」と仮冒して藤原氏になったんだよな
宗像系図に載ってたはず

95: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/09/13(木) 22:06:13 ID:E3r3K26R
兵頭姓は愛媛県に多く、
兵藤姓は東海地方に多い。

出自は違うみたいだ。

100: 85 2007/09/16(日) 01:06:37 ID:ajCIlGe+
兵頭源六の筑前兵頭氏は宗像氏分流で間違いないのでは?
藤原道隆流というのは先ず仮冒、土居氏分流も恐らく仮冒。
土居氏の方は越智系の一族が四国の土豪だった為、仮冒したのではと邪推する。
まあ家康の関東統御の為の新田源氏への仮冒に似たようなものかと。

引用元: ・【仮冒】疑惑の系図【自称】




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