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1: 世界@名無史さん 2016/06/30(木) 19:07:43.22 0
南下、西進して中東、中央アジア、欧州、支那、満州、チベット、朝鮮半島地域に進入、カツアゲ、たこ殴りにしまくって暇があれば国、王朝、帝国作って困ったらアジア北方まで店じまいすればいいやという身軽さ
で上であげた地域のやつは北方行って戦争するほどの価値がないしそれ以前にできないし次から次へと雪崩打ってまた進入してくるし

中世中期までは文明度が低い民族のほうが強かったというか平気で混血、宗教、文明、言語を受け入れるから今のグローバリズムが子供のままごとに見える
ハチャメチャなウルトラグローバリストだったな









6: 世界@名無史さん 2016/07/01(金) 22:04:50.52 0
ユーラシア遊牧・騎馬民族系列の主な帝国・大都市を領有していた帝国
アケメネス朝ペルシア帝国 
アルサケス朝パルティア帝国
クシャーナ帝国
セルジュク朝トルコ帝国
モンゴル帝国
オスマン朝トルコ帝国
ティムール帝国
ムガール帝国
清朝
レーニン朝ソ連帝国w

帝国主義ってステップ気候の騎馬民族が作ったようなもんだろう
世界初の帝国っぽいと言われるアッシリアもどうせ騎馬民族でステップ気候原産だろうな
定住してる部族は拡大しにくいしな

56: 世界@名無史さん 2016/11/10(木) 23:57:55.09 0
>>6
いまさらだけど、アケメネス朝の中核は騎馬民族出身じゃないぞ
ペルシャ湾側のファールスがホームランドだし、馬は使っていても主にチャリオット
簒奪に近い形で征服したメディア王国のほうの傘下に北方騎馬民族がいたってだけ

9: 世界@名無史さん 2016/07/02(土) 17:54:23.71 0
>>6
>ティムール帝国
>ムガール帝国
>清朝


これはモンゴル帝国の一部分じゃないですかね

10: 世界@名無史さん 2016/07/02(土) 19:52:27.79 0
>>9
一部というか継承国とかそんな感じだな

7: 世界@名無史さん 2016/07/01(金) 22:31:54.97 0
ソビエト連邦はコサックを弾圧してたじゃん

8: 世界@名無史さん 2016/07/01(金) 23:14:17.35 0
>>7
レーニン朝ソ連帝国は冗談だよw
レーニンは父方がテュルク系、モンゴル系だからね
ブレジネフとかもテュルク、モンゴルっぽいよね
プーチンもわずかに入ってる感じはする

コッサクは帝政時代は戦争やシベリア進出、侵略で活躍したり反乱する分子もいたりバラバラで傭兵集団みたいなもんだ
ソ連時代はその通りだね

プーチン時代になってコッサクは愛国の鑑みたいになってまた重宝されてるね

13: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 01:29:20.31 0
ロシア人にだって匈奴の遺伝子は流れている

14: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 02:17:53.59 0
ロシアは自称ではバイキングのルス族のリューリク家を起源としている。

15: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 02:21:05.03 0
ブルガール・ハザール汗国はアケメネス朝やパルティアよりも純度の高い遊牧国家

16: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 02:30:41.60 0
純度の高い遊牧国家の定義とはいかに

17: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 02:38:38.95 0
アケメネス朝やパルティアは遊牧民国家というより遊牧民を起源に持つオリエント国家だが、ブルガール・ハザールは遊牧民が草原地帯に形成した国家

19: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 03:01:42.31 0
最凶の遊牧牙民・匈奴(フン) 
匈奴という漢字を見れば凶暴・凶悪だったことが明らかすぎる
冒頓やアッティラに通じる残虐性を露助は有している

20: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 03:38:29.55 0
冒頓やアッティラって常に陣頭で指揮していて暴虐ではあるが同時に豪胆な印象なのに比べ
イワン雷帝とか宮廷に引きこもっていて陰気な印象がある。

25: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 14:12:53.23 0
>>20
漢武帝も各将軍を派遣こそすれ全く前線に出て匈奴と戦わなかったな
対匈奴で武力行使がんばったという意味で武帝なんて名前をもらったが

24: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 09:27:30.21 0
厳密にいえば遊牧民が強かったのではなく、アッティラや冒頓が強かった。
有力な指導者のいない時代の遊牧民集団は逆に定住民側の国家に劣勢だった。
指導者の能力で優位でないときは人口や経済力の差が出てくる。

26: 世界@名無史さん 2016/07/03(日) 20:55:25.15 0
>>24
モンゴル帝国時代のモンゴルって人口がたったの200万人くらいって言われてるよ
版図や帝国を広げるには求心力のある指導者が必須でしょう

支配されるれてるときはただ遊牧してるだけの民でそれが彼らの本来の姿
劣勢、支配される側になっても支配する勢力が遊牧民出身が作った国ってのは有りがちな話

あと中東なんかのステップ地帯が支配されることはあるけど
ユーラシアの北ほうにあるステップ地帯の大部分は近代以前は1度も非遊牧民からの強い影響下、支配されたことないが
英露のグレートゲームの経過とともにロシアが19世紀になって版図、影響下に治めて遊牧民の時代が完全に終わった
それでもロシアの下に活躍したのは遊牧民だけどw

27: 世界@名無史さん 2016/07/04(月) 02:22:28.44 0
平時の遊牧民は大人しいけどひとたびヒャッハー暴徒化すると手がつけられない

34: 世界@名無史さん 2016/07/11(月) 03:36:59.98 0
>>27
匈奴は平時は非常に人々の平和を重要視していた
ふだんは刀を一尺抜いただけで反平和行為とみなされ、重罪とされ死刑にされた
それほど普段は平和・安寧が尊ばれた

28: 世界@名無史さん 2016/07/04(月) 04:02:08.87 0
ゲルマンを西に押し出したのも騎馬民族フンが大きな要因だしな
ゲルマンもフンのヒャッハー文化に感染してしまったのか欧州でヒャッハー祭りを開催した
同じくフンに押し出されたのかヴァンダルは欧州と北アフリカを舞台に元祖ダカールラリー選手権を開催し走破した

30: 世界@名無史さん 2016/07/04(月) 19:44:06.24 0
>>28
ゲルマンは元からヒャッハーだよ
フン到来のずっと以前からキンブリテウトニ連合による西欧蹂躙の旅とかやってる
ただし当初はローマがあんまり強すぎてそうした動きのすべてが頓挫する
さらに逆にローマのほうが侵攻してきてゲルマンがヒャッハーされてしまう側だったり

そんで3世紀以降からゲルマンがヒャッハー再開したのはその今まで抑えこんでいたローマが内紛や経済崩壊などで自滅して弱まったからってのもある

31: 世界@名無史さん 2016/07/04(月) 20:06:41.25 0
2世紀までは西や南の地中海側は最強期ローマがガッチリ固めていたため
周縁地域は逃げ場のない部族が密集していて緊張感もたかまってた
また逃げられる場所にいる部族もその方向は東しかなく
初期のゴートもヴァンダルもこの時代はウクライナのほうへ移動してる

でも3世紀からローマが内輪もめでグダって弱まるとそうした事情もかわって
ゲルマンはまた西と南に積極的に手をだすようになる
そして4世紀になるとフンがやってきてゲルマンのケツを蹴り
その流れが爆発的に加速する
38: 世界@名無史さん 2016/07/14(木) 03:36:47.86 0
ローマの盛期である紀元前1世紀末から2世紀については、戦例を総合的にみるとゲルマンのほうが圧倒的にヒドイ目にあってる。 

ではなぜそういう戦例を実際に見ながらもローマ人自身が、「ゲルマンに対する防御」とさも劣勢のように述べていたのかというと、それは紀元前2世紀におこったキンブリ・テウトニ戦争のトラウマか、あるいは軍を引き締めさせたり民衆を煽るための大義名分。 
この時代のパワーバランスの実態に沿ったものではない。 

この時代は同じことをパルティアに対してもおこなってる。 
さもローマ世界を揺るがすかのように脅威を過大に煽りまくって、2世紀の3度にわたる一方的な侵略を正当化してる。
32: 世界@名無史さん 2016/07/05(火) 00:42:20.51 0
歴史に残る最初のヒャッハーはマデュエス率いるスキタイがオリエントに侵入した時。

暴れまくったスキタイだが、メディアのキャクサレスが宴席においてマデュエスを謀殺すると、スキタイは散り散りになって逃げ帰った。

遊牧民の強弱は指導者の能力に依存している面が大きく、有能な指導者が居ないとただの烏合の衆になってしまう。

33: 世界@名無史さん 2016/07/05(火) 09:49:46.66 0
メディアも遊牧民出身が支配層の国だった可能性が高い
遊牧民はただ単に都市部、定住地に侵略するだけじゃなくて
指導層がいかにそこの土着民を手懐けて土着できるかというのが課題だったな

42: 世界@名無史さん 2016/07/26(火) 01:58:34.13 0
馬は元々北アメリカ大陸原産だが氷河期に馬が絶滅してしまった
インディアンの馬は欧州人が連れて来た馬だ
絶滅していなかったら歴史は変わってたかもしれんが
ただロッキー山脈が邪魔だな
大陸での文明の発展には定住地と遊牧民の相乗効果が不可欠

対してウクライナ辺りの馬は蹄で雪を掻き分け草を食べる習慣を覚えたから絶滅しなかった
そして最初は食用だったが牧畜化広がっていきユーラシア文明の原動力になっていった

45: 世界@名無史さん 2016/07/26(火) 04:35:34.77 0
しかし項羽を完全に滅ぼした劉邦も完敗した匈奴騎馬軍団すごいわ

47: 世界@名無史さん 2016/07/26(火) 05:40:40.36 0
匈奴の時代よりかなり前から、シナ北西方には犬戎や厳允のような強力遊牧部族は居た

48: 世界@名無史さん 2016/07/28(木) 00:05:48.13 0
殷の時代はまだ遊牧文化は成立していなかっただろ

51: 世界@名無史さん 2016/09/01(木) 23:27:07.92 0
テュルク最強
戦闘力ならモンゴルに劣るが征服後の統治まで成功する遊牧民はテュルクくらい

59: 世界@名無史さん 2017/03/15(水) 19:29:11.48 0
元寇でモンゴル騎兵をボコボコにした鎌倉武士こそ最強
モンゴル騎兵の戦術は軽装で相手を挑発して追ってこさせて追撃してくる敵を騎射で射抜くものだったから、和弓を使う武士には射程外から一方的に射抜かれて歯が立たなかった

64: 世界@名無史さん 2017/03/24(金) 19:26:25.26 0
元側の「汎海小録」だと鎧と騎兵の運用の見事さ、刀の鋭さに言及する一方、「弓は遠くに及ばず」と酷評
高麗史でも「倭兵、突き至りて中軍を貫き、長剣左右に交わる。」と刀の威力を強調する一方、弓にたいする言及は皆無

引用元: ・中世中期まで世界史最強は北方騎馬民族でいいよな?




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