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1: 人間七七四年 2007/04/13(金) 18:12:23 ID:fUCZ4ArY
司馬遼太郎「国盗り物語」をはじめ、戦国時代の「策士策に溺れる典型の貴族趣味の暗君」として、評価される事が圧倒的に多い足利義昭

対信長戦争の結果は最悪なものとして終わったが、しかし、室町幕府の将軍としての権威を背景に、諸大名に号令を発し信長包囲網を作り上げ、信長に対抗しようとしたことは狡猾で愚かなことだったのか

結果が伴なわなかった為、最悪の評価を受けやすい足利義昭について、結果論、先入観を抜きにして考察するスレ








254: 人間七七四年 2008/08/19(火) 10:52:13 ID:Vprr5iLP
これ以上ない逆境の中、亡き兄の志を継ぎ、名門の意地とプライドをかけて足掻き抜いた人生


と、書けばかっこいいかもね

255: 人間七七四年 2008/08/22(金) 01:56:29 ID:k8Bc6ZgJ
生まれたのが豪華絢爛な泥船だった

258: 人間七七四年 2008/09/15(月) 01:00:38 ID:vIS71618
義昭は殺されず生き抜いて秀吉から1万石を与えられた。
そこを評価すれば暗君ではない。最終的にこの戦国時代にトップが生き抜いたというのは凄いと思う

259: 人間七七四年 2008/09/15(月) 01:36:51 ID:M1nJot/K
昨今の研究では、豊臣政権の時代ですら、義昭は将軍権威を保っていたらしいな。

260: 人間七七四年 2008/09/15(月) 22:28:13 ID:WVC8bN5o
形だけのね。

265: 人間七七四年 2008/10/02(木) 18:36:19 ID:NiNkU956
義昭は賢いけど器の浅い人物だったってあたりか・・・
でも信長が死んだのは間接的に義昭の執念が実ったものだと思う
信長は過小評価しすぎたね

267: 人間七七四年 2008/10/19(日) 10:26:15 ID:hrKOY8rC
賢いけど器の浅い人物ってのはその通りだと思う
信長が傀儡将軍として求めたものは能力がずば抜けて高く客観的に自分の立場を理解できる人物か無能なうつけ者かのどちらかだろ
義昭はうつけで過ごすには能力がありすぎたし事をおこすにしては自分の立場を理解して慎重に行動するって事ができない浅はかさもあったってあたりじゃないの?

271: 人間七七四年 2008/11/23(日) 10:40:24 ID:q1CYuqrd
鞆まで御伴した家臣
上野秀政、畠山昭賢、槇木嶋昭光、武田信景、小林家孝、曾我晴助、六角義堯、柳沢元政、等。

272: 人間七七四年 2008/12/01(月) 18:44:30 ID:SfUz80Qk
>>271
柳沢元政の「元」は、毛利輝元からの偏諱かな?

276: 人間七七四年 2008/12/06(土) 23:19:54 ID:bDeUjR8F
>>272
この人、もと公卿柳原家だったんだよね…。いつから武士になったのか謎だな。たぶん、幼い頃は牛車とか乗ってたんだぜ

285: 人間七七四年 2009/01/05(月) 22:35:54 ID:EEyKiB40
この人は意外に時節や人物が見えていたのかもしれないなあ・・・
朝倉は上昇志向は足りないが、御しやすいと考え、織田は上昇志向はあるけど、御しづらいと端から考えていたんじゃないかなあ。だから最初は織田に仕事をさせて、足をすくってから自分のやりやすいようにと考えたならやってることの辻褄が合うんだよな。武田や上杉にしても織田とはタイプが違うし。
で、自分が地盤から追放され、時代が信長から秀吉にと移ったら自分の出番はもはやないと考えたとするなら、このスレで語られてることの辻褄はあうと思う。
意外と時節が自分には向かなかったのも悟ってたのかもしれないな。
最善の手段を尽くしてもダメなものはダメなときもあるからなあ。

294: 人間七七四年 2009/04/13(月) 21:27:59 ID:Ozy0/SvG
義満在世中はロボットに甘んじて、義持の代になったら一転強気に出る後小松上皇のしたたかさがあればねえ

297: 人間七七四年 2009/05/05(火) 13:38:41 ID:GjOO7UGx
ある辞典に大学教授が「足利義昭は織田信長に尾張の斯波家の家督を許した」
ってあったけど本当なの?。
足利将軍家が好みの家臣に足利一門の家を継がした前例はあるけど・・・
もし本当なら斯波信長だよねえ。
信長が辞退したとして息子が尾張美濃守護斯波信忠・・・
ありえないではないけどそれなら教科書書き直さなきゃ。
斯波信忠なら足利家別流として征夷大将軍を継ぐ大義名分もあるよね
今川より家格上だし

298: 人間七七四年 2009/05/09(土) 21:28:48 ID:3pT16Tv1
細川京兆家とも親戚関係を望んで実現させたし河内畠山とも親密w
信長って管領斯波氏の後継者(のつもりで)きどり
で天下布武をしようと思ったんじゃないのw
まあ長尾が上杉を継承出来た時代だし
織田が斯波を継承出来たとしても
なーんも不思議じゃないけどw

299: 仙台藩百姓 2009/05/09(土) 22:15:17 ID:/JiAuc7R
名跡を継承したのではなく尾張の守護職を継承したと言う意味でしょお( ^ω^)

301: 297 2009/05/11(月) 18:42:57 ID:4tloEnVO
>>299
いや、はっきりと織田信長に斯波家の家督を許したと書いてあった。
だから鮮烈に覚えてるの。

304: 人間七七四年 2009/05/21(木) 12:25:05 ID:ls+60zbD
許したけど
断られた

じゃね?

310: 人間七七四年 2009/05/24(日) 22:25:00 ID:ut7qiAsW
斯波家って散々足利からみりゃ一族筆頭なのに散々幕府を引っかき回した家だし斯波からみりゃ一族筆頭なのに管領まで身を落としてしまった怨みがあるしであんまり互いにいい風に思ってない感じがw

311: 人間七七四年 2009/05/24(日) 23:56:12 ID:cv8S2gap
「他はどうでもいいが斯波義廉だけは許さない」by足利義政

318: 人間七七四年 2009/06/03(水) 20:41:24 ID:gGe2QCpO
ほんの数年だが信長と対等以上に戦ってるわけだから、かなりたいしたもんだと思うけどな。しかも武器は、権威、だけで。

ちょっと言いすぎだが、信玄があんなタイミングで死ななかったら、もしかしてた、ぐらいだったとも思うし。
せっかく挙兵して信玄待ってて、来ない、とわかった時はショックだったろな。

326: 人間七七四年 2009/06/06(土) 10:37:31 ID:uu4gRCKo
兄弟揃って空気の読めない馬鹿
もっと弁えてればよかったのに

331: 人間七七四年 2009/06/12(金) 13:02:15 ID:huF/EsL8
傀儡として楽に生きるか
将軍のプライドを持って戦い続けるか

お前らならどっちなんだよ

335: 人間七七四年 2009/06/17(水) 00:21:52 ID:Zn7CQX8a
義昭は義輝の政治路線を継承している
信長に下克上されるまでは。
幕府を完全に復活させた将軍であるのに義昭の幕政は省略されることが多すぎると思う。

336: 人間七七四年 2009/06/21(日) 05:37:34 ID:NNY5mlET
義昭は、普通に足利の職制のままを継承したんでしょう、それで希代の傑物の信長なんてのをとりあえず五分には押さえかかっていたんだからたいしたもんだと思うけどね。

信長の、五箇条とか十七のうんたら、とか、いかにもらしくなくて、義昭の土俵にのっかっただけ、あのあたりでは完全に義昭ペ~ス。
あれを、信長が将軍を相手に恫喝、さすが信長、とか、いかにも結果論で面白い論評とは思う。

義昭、ハナで笑ってたろうな、イナカモンでおじゃる、って。

341: 人間七七四年 2009/06/26(金) 23:26:25 ID:70HvRFHg
細川政元のクーデター以降の幕府では、将軍個人の資質が優れていようとそうでなかろうと、正直あんまり関係ないよね。

342: 人間七七四年 2009/06/27(土) 09:19:15 ID:J1tq8pW2
そうそう、だからこそ久々に現れた足利の系譜で個人の力量で当時の世を動かしていける人物が出た、とも言える
と思うんだが、相手が悪かった・・

お寺に入ってて普通ならそういう天下の歴史には名が出てこないんだが、いきなり現れてそれなりの実力を見せたという点では義教によく似てる。
尊氏、義満、の血はひいてるんだろな、さすがというか。

343: 人間七七四年 2009/06/27(土) 18:04:46 ID:LiReoi7i
将軍家が戦力も財力も封じられた状況じゃ、いくら義昭が非凡だったとしても、できることはたかが知れてる。
例の織田が包囲網が成功していれば、もしかしたら義昭の在職中には幕府が滅びないという可能性もあったかもしれないけれど、だとしても、結局、他に専横を極める人間が出てきただろ。傀儡となることに抵抗し続けたら、最終的には、お兄さんのように殺されたか、義稙の様に追放されたんじゃないの。

義昭が100年以上前に生まれて、義政の代わりに義8代将軍だったら面白かったのかもしれないなw

351: 人間七七四年 2009/06/28(日) 22:52:45 ID:5ZghXCRl
もし義昭が信長の操り人形の地位に満足していたら、足利幕府は織田政権の隠れ蓑として続いてたのかな。

そうなった場合、信長の対抗勢力が義栄の子供を担ぎ出したり、信長は信長で、北畠や神戸にやったように、自分の息子をムリヤリ義昭に養子に押し付けたりして。

352: 人間七七四年 2009/06/29(月) 01:24:36 ID:7ZjrE09l
>>351
幕府の機構や利権を穏便に織田政権に譲りつつ、義昭本人は高位高禄で厚遇を受けつつ隠居状態、あたりが妥当じゃないか。
息子を信長の猶子にするとか、逆に娘を嫁にやるとかで足利家も吸収していくんでしょう。

355: 人間七七四年 2009/07/01(水) 14:20:58 ID:dgbnecXR
>>352
ただ、義昭自身が信長をナメきってたようなところもあるから、隠れ蓑、ってのも現実的ではなかったろうね。
もう少し時代がずれて、義昭がすでに信長には対抗できないような状態になってたら、そういう作戦をとってたかもしれないけど
まさに不思議というぐらい、このあたりの人物は生年が微妙に重なり合ってる。

372: 人間七七四年 2009/08/23(日) 18:24:20 ID:uOoIsDkd
信長の傀儡として生きる他なかったかな…義昭。
武力ないしな。

373: 人間七七四年 2009/08/24(月) 23:53:58 ID:9kroXUFn
>>372
信長は、いつまでも傀儡にはしておかなかったのではないだろうか?
信長よりも長生きだし、信長の死後も将軍だったし、亡命して良かったのでは?

387: 人間七七四年 2009/10/07(水) 16:34:06 ID:cfV+u5IN
最近でこそ違うが以前は信長に京から追放されたときに将軍を辞めさせられたと書いてるのが多かったな。
もし「前将軍」なら信長討伐の御教書など効果はないのに(将軍でもなかったが)。

396: 人間七七四年 2009/11/08(日) 09:54:18 ID:rXJkQVQA
戦国時代の足利って腹立つ
長慶に擁立されたのに、裏切って長慶を攻撃したり
負けそうになると仲直りして、また裏切る
義昭も信長に同じ事したよね
有力者に取り入ったかと思えば、陥れようとしたり
人の足引っ張ってばっかり
何がしたいの?

397: 人間七七四年 2009/11/08(日) 20:44:25 ID:w2zEx2to
足利将軍家は隙あれば、名実共に武家の棟梁の権力と権威を確立したいだろ
擁立する側でも足利将軍家の権威を否定するまでのパワーを信長まで持ち得なかったんだし
冷酷な信長でさえ義昭を追放こそしたが抹殺できなかったんだし

398: 人間七七四年 2009/11/09(月) 16:38:30 ID:GROSHPZc
主君が足引っ張られ続けるの見てぶち切れて殺っちゃった弾正の気持ちが、足利にイラっときてる俺には解る

404: 人間七七四年 2009/11/27(金) 17:38:25 ID:Vlk1ZbJL
朝倉家でも義昭が出て行って「せいせいした」って言ってんだよね。
よほど事情を考えず上洛上洛幕府再興うるさい迷惑な人間だったんだろうな。

405: 人間七七四年 2009/11/27(金) 20:33:12 ID:+5OoxZFr
朝倉は京に軍隊を置いて三好・松永・六角あたりと張り合う意思も能力もなかったんだろ。
義昭個人の人格などはさほど関係なかったんじゃなかろうか。

407: 人間七七四年 2009/11/28(土) 13:21:17 ID:SbQGfEQO
朝倉は義昭を奉じて上洛しない選択肢はある意味正解じゃないか
上洛しても複雑な畿内情勢にかかわるのは体力減らすだけだし
ただ、義昭が将軍になったときに信長の上洛要請に完全無視を決め込んだあたりは政治音痴だわな
自身が上洛しなくても代理に一門、重臣あたりを上洛させればよいものを

409: 人間七七四年 2009/11/28(土) 22:16:50 ID:NtZ7D49a
朝倉+浅井+六角で連合軍ができれば、上洛も可能だったかもね

410: 人間七七四年 2009/11/29(日) 23:26:54 ID:yTYPKCgQ
浅井と六角は共通の敵でもあらわれないと手は結ばないわな

412: 人間七七四年 2009/12/02(水) 00:49:34 ID:EWMZa8kQ
黙って信長に従ってればずっと足利将軍家は続いていたのかね?
信長はどんな政権構想持ってたんだろ
一生足利を形だけの将軍にしておくつもりだったのかな

413: 人間七七四年 2009/12/02(水) 01:55:11 ID:JSxcdVsZ
わからんね
義昭を追放した時点では足利将軍家を否定するだけのパワーを持って無かったんだろうけど
本能寺の前の朝廷からの三官推任の頃には将軍権威を否定できただろうし
かといって、足利将軍家を推戴して統一事業をしてたら将軍家のレジームが高まることになりそうだし

414: 人間七七四年 2009/12/04(金) 12:36:34 ID:Y9fzRp72
足利義昭が槙島城から若江城に放逐されるときに義昭が差し出した子供を手元に置いて傀儡にする選択肢はなかったのかな?
まあ、鎌倉将軍と執権北条氏との関係のようにいづれ対立することになるんだろうけど

441: 人間七七四年 2010/08/20(金) 17:42:20 ID:6AAv1mPO
信長公の傀儡政権じゃだめだったのかな もうそのうち殺されると思ったのかな

443: 人間七七四年 2010/08/20(金) 23:32:42 ID:zI9DoNBt
信長が義昭を殺さなかったのが謎だ。
既に延暦寺の焼き討ちとか平気でやってる男が将軍殺しを恐れる謂れなどないし。
つうか生かしたら生かしたでまた暗躍されても厄介だし殺すないし自分の手元で幽閉すべきじゃないのか?

447: 人間七七四年 2010/08/22(日) 10:04:04 ID:j69z3NeI
>>443
三好三人衆や松永久秀が兄の義輝を殺して顰蹙を買った教訓を生かしたのだろう。
信長といえば独裁的とか革命的、反対する者は皆殺しというイメージがあるが、そういう見方は信長を特別視しすぎ、ということがこの件でもわかる。

444: 人間七七四年 2010/08/21(土) 05:59:32 ID:7dHy7qCC
どっちとも余計な恨み増えそうな気がする
命は取らず追放がベスト

453: 人間七七四年 2010/08/27(金) 12:05:49 ID:/Mqnwng1
当時の義昭には手紙を送るくらいしか出来る事なんかなかったろ。
「包囲網は各勢力が自分の利害で信長を攻撃しただけ」と言っている人もいるが、義昭はそれを理解した上で、彼等に信長討伐の名分を与えただけじゃないか。

何となくだが、義昭は信長を除いた後、包囲網形成した武将達を率いて幕府再興などとは考えていなかった様に思う。ただ天下人に一番近い人物を除き、混沌とした状況に戻したかったのだろう。そういう状況でこそ、将軍の権威が「御輿」として役に立つし、一発逆転のチャンスもある。
信長を殺せば「幕府再興が成る」のではなく「幕府再興のチャンスが出来る」「スタートラインに立てる」と考えたのではないか。

結局包囲網は失敗に終わり、追放&信長が死んでも混沌には戻らなかった訳です
が。

457: 人間七七四年 2010/09/19(日) 19:58:02 ID:hiy2zPho
命令できることと、その命令がきかれるかどうかは別だけどね
将軍の命令がきかれるのなら、そもそも戦国時代になんてなってない

492: 人間七七四年 2011/01/12(水) 20:58:28 ID:AysUEqvW
ここのすれ住人は、将軍に強い権威が全くなかったか事を前提に話をしている。
将軍に権威はあったよ。

499: 人間七七四年 2011/01/13(木) 00:05:07 ID:bhDaIb8/
>>492
明応の政変以降の足利将軍に権威があったとしてその権威を支えるものってなんだろう?
血統も、直轄軍も持ってないわけだから……官位の推薦ぐらいか?

500: 人間七七四年 2011/01/13(木) 00:33:06 ID:nMIbu8Uq
>>499
明応の政変後でも政元、高国が譲歩せざるを得ない場面というのがしばしばあったし、京を追われる直前の段階ですら義昭は京都の町衆を防衛のために動員する権限を持っていたりする。
将軍を擁立し、そのもとで実権を握るという構図は一見すると擁立している側が一方的に操っているようにみえるけど、実際のところは相互補完的な要素が強いわけだし。

506: 人間七七四年 2011/01/14(金) 22:04:13 ID:bsZU2rrE
>>500
政元、高国が譲歩したのは将軍家に権威があったからではなくて単純に畠山氏の反撃や内衆との力関係によるものだと思うんだが
動員する権限を持つことと、実際に動員できるかどうかは別だし

566: 人間七七四年 2013/02/22(金) 18:03:18.56 ID:dPQHrqXC
人間としてどクズだったのは間違いないね
信長のおかげで将軍になれたくせに、実権が自分に無いと知ると(当たり前だ)、あの手この手で嫌がらせを繰り返し、いらん戦火を起こす…
こいつが居なければ信長の時代で天下統一は済み、太平の世はもっと早く訪れてたんじゃないか

571: 人間七七四年 2013/05/15(水) 12:39:18.33 ID:iE87FkzI
義昭は歴代放浪将軍の中ではかなり優秀だったよなぁ。
島津や毛利や上杉など全国レベルで
あそこまで諸勢力を統合して包囲が築けた将軍はいなかった。

572: 人間七七四年 2013/05/15(水) 12:52:54.02 ID:VeF6cR1i
優秀ねえ…
包囲網つったって義昭主導で初期から参加してたとしてもほんの1,2年だし、それ以外で諸勢力を統合なんてできてないし。
天庵さんが優秀だというのと同じレベルでの優秀だな。

引用元: ・足利義昭は暗君だったのか稀代の謀将だったのか




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