31FP3Q973RL



1: アンザック 2005/09/01(木) 19:46:58 0
よく西洋史では、欧州と北米の歴史については取り上げられるが豪州の歴史って余り取り上げられない。しかも地理の時間でもオーストラリアって三学期の最後の時間に取り上げられたり場合によっては割愛されてしまう地域です。
でも最近のイラク情勢などをみればオーストラリアが世界からしかとされるような国ではなく世界に多大な影響力を与える国であることを示しつつありますこの勢いでいけばおそらく近い将来サミットやG8への加盟、国連の常任理事国入りも夢ではありません。
アメリカや欧州、亜細亜の国々が駄目になったあとで躍進していくであろう国のこれまでの歴史について語りましょう。








8: 世界@名無史さん 2005/09/01(木) 21:24:21 0
全区間の内、そのほとんどはアボリジニの歴史である。

26: 世界@名無史さん 2005/09/14(水) 00:44:36 0
オーストラリア史に英雄っています?

32: 世界@名無史さん 2005/09/14(水) 19:39:03 0
>>26
ネッド・ケリー

オーストラリア史上最も有名なブッシュレンジャー(盗賊)。
アイルランド人流刑囚の父と悪名高いクイン一族出身の母との間に生まれ、14歳で中国人を襲った容疑で逮捕され、16歳で3年の強制労働を言い渡される。
25歳頃殺人容疑がかかると逮捕にきた警官を殺し、ブッシュレンジャーとなり銀行強盗などの凶行を重ねた。犯行の際にはいつもバケツを改造したアーマー↓を着けていた。

800px-Ned_kelly_armour_library


最後は警察に捕まって処刑された。

33: 世界@名無史さん 2005/09/14(水) 22:35:48 0
>>26
マッドマックス。

35: 世界@名無史さん 2005/09/15(木) 12:37:55 0
>>33
ヒューマンガス様を忘れるな

36: 世界@名無史さん 2005/09/16(金) 23:37:52 0
とりあえずオーストラリアの英雄は

ネッド・ケリー
マッドマックス
ヒューマンガス

ほかには?

47: 世界@名無史さん 2005/10/20(木) 20:21:09 0
>>36
キャプテン・クック。伝説の航海者。祖国の父。

マッカーサー。厚木のマッカーサーではなく農場主。
流刑囚相手にラム酒を売りまくってめちゃくちゃに儲け、太平洋世界有数の貿易家になったあくどい男。世にいうラム洪水。

パーク。
オーストラリア史上最大の内陸探検家。
最終的に大陸中央部の砂漠で水と食料がなくなって死んだらしいが。

パースだったかも試練。

49: 高橋 2005/10/23(日) 10:19:53 0
私はかつてカナダに滞在していたとき、現地日本語誌で「カナダ人物列伝」というものを執筆していました。
(ホームページ:http://bluejays.web.fc2.com/
現在「オーストラリア人物列伝」執筆の準備をしていますが、資料が手に入らなくて困っております。
さて、>>26で言われているオーストラリア史の英雄ですが…

ハワード・フローリー:ペニシリンの製薬化に成功し、ノーベル賞受賞。

ジェームズ・ハリソン:初めて電気冷蔵庫を発明し、オーストラリアの羊肉をイギリスに輸出して大儲けを企む。成功すれば歴史に名を残せたはずだが、装置が故障して肉が腐ってしまい、破産する。

アラン・ボンド:実業家。アメリカズカップで1983年、アメリカ以外で初めてオーストラリアチームを優勝に導き、国民的英雄となるが、その後不正取引で投獄される。

ヘンリー・ローソン:オーストラリアを代表する詩人だが、国外ではあまり評価されていない。晩年は精神を患う。かつて10ドル札の肖像になった。

メアリー・ギルモア:作家。現在10ドル札の肖像に描かれている。夫とともにパラグアイに移住し、理想郷を作る運動に参加するが、組織が堕落していたことに気づき、夫を残して帰国する。その後旧10ドル札のローソンと不倫関係をもったことは、あまり知られていない。

ファーラップ:オーストラリア競馬史上最強の馬。戦績は51戦37勝、2着2回。

76: 世界@名無史さん 2005/12/03(土) 22:21:51 0
>>49
『ヴォス オーストラリア探検家の物語』でオーストラリア白人のアイデンティティの希薄さ(精神の白夜)を活写したとしてオーストラリア最初のノーベル文学賞作家になった
パトリック・ホワイトは?

38: 世界@名無史さん 2005/09/17(土) 16:21:42 0
人物じゃないけど、大陸横断鉄道のインディアンパシフィック(シドニー~パース間)も英雄といえば英雄。

これに一度乗ってみたい。

39: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 09:37:41 0
首相がイギリスから派遣された総督に罷免されたりする、今も植民地なのに?

41: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 19:58:37 0
>>39
だから、イギリスからの官憲へのレジスタンスで、アウトロー人気が強い。

42: 世界@名無史さん 2005/09/23(金) 22:05:10 0
豪州って今でも英国への帰属意識って強いの?

43: 世界@名無史さん 2005/10/05(水) 19:33:36 0
まさかw
共和国になりたがってるくらいだよ

63: 世界@名無史さん 2005/11/12(土) 03:45:56 O
オーストラリアってイギリスの囚人が集まってできたって本当?

64: 世界@名無史さん 2005/11/12(土) 06:46:59 0
本当

ただし、ある時期から自由人の植民者が増えた

67: 高知少将ジーモン土佐守ジョーカー 2005/11/12(土) 23:40:46 O
19世紀初期・半ばに自由移民と流刑囚の子孫との間に対立が起きた。
流刑囚の大半は窃盗犯など軽犯罪者と浮浪者と反抗的アイルランド人。

俺はシドニーとメルボルンにしか行ったことがないから知らんが、オーストラリアの北部・内陸部は蝿の数が凄いらしいね。

俺はオーストラリアが連邦共和国に移行したら移住・帰化したいが、やっぱしシドニーかメルボルンに住みたいな。

68: 世界@名無史さん 2005/11/13(日) 01:23:39 0
オーストラリアを旅すると、行く先々で見知らぬ人々がみな気軽に手を振ってくれる、
ああ、オージーはフレンドリーなんだなあ、と感じ入っていたら実は眼前のハエの群れを手で払っていただけだった
ってな笑い話があるくらいだしなw

77: 世界@名無史さん 2005/12/09(金) 09:31:58 0
蝿って駆除とか出来ないのかな。
きれいにしたら自然にいなくなる気もするんだけど。

79: 世界@名無史さん 2006/01/02(月) 22:38:31 0
>>77
大量発生の原因はウシとヒツジによる膨大な量のフン。
花形産業が畜産だからどうにもねえ・・・
蠅が好物の鳥でも放せばたちどころに・・・解決とはいかないんだろうなあ。

86: 世界@名無史さん 2006/01/23(月) 20:28:47 0
豪州ネタは本当に早く尽きてしまう・・・
ガセでも釣りでもいいから
アボネタ希望。

87: 世界@名無史さん 2006/01/23(月) 21:10:35 0
アボリジニは、現存する人類の中で最古と言われており
その免疫力の高さと、空間暗記力の高さが注目されている

88: 匿名希望 2006/01/23(月) 22:47:32 0
タスマニア人の最後は悲しいというか白人の人種感の極地だろう。

最後の男女は博物館で保護。
女は死亡後、皮を剥がされ館長のタバコ入れに。
男は先祖代々の墓地に埋葬希望するも、死後すぐに心臓を何者かに抜き取られ、
骨格標本にされ、コレクションのひとつとなる。
ブラック・ウォー

ブラック・ウォーは、ヴァン・ディーメンズ・ラント(今のタスマニア)で1800年代前半に起こったイギリス植民者とタスマニアン・アボリジニーの争いである。タスマニアン・アボリジニーは小島に移住させられ、1876年には最後のタスマニアン・アボリジニーが死去した。


89: 世界@名無史さん 2006/01/24(火) 00:38:18 0
>>88
悲しい話ですよね。
でも完全に滅亡したのではなく、混血の人は結構残っているんですよね。

94: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/01/28(土) 19:00:55 0
>>89
主にフリンダース島に居住しています>タスマニア先住民の末裔
タスマニア島の1%ほどは「返還」されたそうです。

95: 世界@名無史さん 2006/01/29(日) 11:34:03 0
>>94
「返還」の意味がよく解りませんでした。
詳しくお願いします。

105: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/01/31(火) 23:18:58 0
>>95
連邦政府は80年代からアボリジニへの土地返還政策を進めています。
歴史的・信仰的に重要な地域がその対象となっています。
(エアーズロックことウルルが有名ですね)
アーネムランドあたりではアボリジニオンリーの地域すらありますが、タスマニアでは対象者が少なく、その地域の権利も複雑(農地だったり植林地だったり)なのでタスマニア州の1%(国立公園内の一部)しか「返還」されていません…。

92: 世界@名無史さん 2006/01/28(土) 01:39:13 0
なぜ豪州南部に住んでるアボもニュージーのマオリも、寒冷なカナダやチリの先住民も南アのズールーも肌があんなに黒いのでしょうか?
肌が白くなるほど長い期間、寒冷で日光の弱い地域に住んでなかったからでしょうか?

93: 世界@名無史さん 2006/01/28(土) 12:28:54 0
まあ、南半球のほうが北半球の同じていどの緯度よりも紫外線は強いけどね。
もっともこれが主原因ではないだろうけど。

100: 世界@名無史さん 2006/01/31(火) 20:38:50 O
あれだけ国土が広いのに何でオーストラリアは人口が少ないの?
何で移民が増えなかった?
アメリカのようになれなかったのはなぜ?

105: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/01/31(火) 23:18:58 0
>>100
アメリカ西部同様、ゴールドラッシュの時に一気に人口が急増しましたよ。
気候的なことと、白豪主義が人口がを横這いにさせた原因では。
まあ、今はアジア系を中心とした移民がかなりの割合になっていますが。

143: 世界@名無史さん 2006/04/02(日) 19:27:16 0
まだ西洋人がこの地にやって来て間もない時代に
「オーストラリア大陸の内陸部に内海(広大な湖)が存在するのでは?」
という仮説が盛んに語られ内陸探検はそれに当てられ熱気を帯びた。

なんて話を聞きかじった事があるけど詳しく知ってる人いませんか?

146: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/04/15(土) 21:58:12 0
>>143
「これぐらい大きい大陸なんだから、内海があるだろう」
というさして根拠の無い話でしたが、スタート探検隊は船を持って行ったとか…。

結局は、乾燥地帯なのでただのお荷物にしかなりませんでしたが。

171: 世界@名無史さん 2006/08/24(木) 10:11:21 0
オーストラリアの歴史を題材に映画を作るとしたら、どの時代のどんな出来事がいいでしょうかね。
あまりメリハリのない歴史という印象があるが・・・

太平洋戦争のダーウィン攻撃くらい?
ほかは「南の虹のルーシー」のような開拓伝になるのかな。

172: 世界@名無史さん 2006/09/09(土) 20:27:19 0
どっちも面白そうにないな
カンガルーを主人公に有袋類と外来生物の戦いにしたらどよ

174: 世界@名無史さん 2006/09/24(日) 15:01:59 0
開拓時代後期に幻の中央湖めざす話とか割とドラマチックだと思う。
でなきゃ現代のヒツジの毛早刈り大会ベースを熱血青春モノ仕立てで。

179: 世界@名無史さん 2006/10/22(日) 21:14:27 0
オーストラリアは乾燥大陸なので、開拓時代馬の代わりに駱駝が持ち込まれた。
自動車が普及した今、彼らは自然繁殖しているが、中近東で駱駝が用無しになって数が減っている今、ヒトコブラクダが一番たくさん居る地域は豪州だという。

184: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/10/23(月) 23:22:11 0
>>179
野生化してて中東に輸出までしているとか。

180: 世界@名無史さん 2006/10/22(日) 22:24:56 0
オーストラリアって何で黒人奴隷を入れなかったの?

184: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/10/23(月) 23:22:11 0
>>180
メラメシア地域から先住民を強制徴用して、サトウキビ農園で働かせていました。
(ブラックバーディング)
少しは賃金を支払っていたり故郷に返したりはしているだけマシといえばマシです。

185: 世界@名無史さん 2006/10/25(水) 20:31:58 0
あまりアボリジニを使役したとは聞かないね

194: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 20:24:33 0
タスマニアの言語って少しは資料が残ってるの?

195: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/11/04(土) 20:35:53 0
>>194
ほとんどなかったかと。
言語地図をみるとアーネムランドが細かく分化していて東南部はだだっぴろいですし。
アーネムランドは定住歴史が一番古く、アボリジニ人口が多いからでもありますが。

196: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 21:45:00 0
>>195
そう考えるとやはりアボリジニはニューギニアからきてその地の近くに人口が多かったということでしょうか?
確かにあまり西部のアボリジニの話を聞きません。

197: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 23:51:33 0
1万2千年前まではニューギニア島とオーストラリア大陸は地続きの「サフル大陸」だったので、現在アラフラ海になっている区域にも居住があったと考えられています。(海底に大河と大平原の痕跡あり)

それを含めてもなお、ニューギニアとオーストラリアの言語って共通点が乏しすぎるという不思議。

198: 世界@名無史さん 2006/11/05(日) 01:09:14 0
>>197
オーストラリアやニューギニアは孤立言語が多いですよね。
特にオーストラリアは資料が散逸してしまったせいか、言語系統やどの言語が有力だったとかも良く解らなかったみたいですよね。

203: 世界@名無史さん 2006/12/07(木) 21:54:19 0
日本はオーストラリアとも戦争してたんだよね。
意外とみんな知らない。
オーストラリアは軍事力は最低限度しかないから日本軍に攻められたら案外あっさり適当な休戦協定結んでしまうかもしれなかったんだよね。
そうなればオランダもイギリスも適当な所で休戦してドイツに集中する方針を選んだろう。そうなればアメリカもフランスも手を引くし。案外真珠湾攻撃までやる必要はなかった、ということになる。

206: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/12/10(日) 22:11:04 0
>>203
とはいえオーストラリアそのものは第一次大戦時以来から反日感情が高かったですけどね…。

拠点陥落はできても全面占領は無理ですし徹底抗戦になっていたやも。

218: 世界@名無史さん 2006/12/19(火) 23:50:51 0
>>206
オーストラリア全土の占領はそりゃ無理だよ。
そもそも真珠湾攻撃だってハワイ占領するつもりでやったわけじゃないし。
でも当時の世界情勢的にはイギリス>(アメリカ)>オランダ>オーストラリアは全部根っこのとこでつながってる兄弟的な国家群だから末っ子のオーストラリアがやる気がなければオランダもイギリスもドイツだけで手一杯だからエエワ、になるだろうし、そうなればアメリカが(真珠湾のことさえなければ)ムキになる理由はない。
いわゆるABCD包囲網も簡単に崩れるしフランスもさらにそれどころじゃない。

豪休戦→米英蘭あきらめ→南方資源確保→対中戦争に本腰、適当なところで手打ち

というシナリオもあり得なかったわけではない。

222: とてた ◆0Ot7ihccMU 2006/12/21(木) 23:21:07 0
>>218
いくつかの架空戦記で取り上げられている流れですね。
とはいえ、史実ではダーウィン空襲や一部上陸工作程度でしたから
せめてポートモレスビー攻略とかをしていなければ無理だったのでは。

245: 世界@名無史さん 2007/04/17(火) 07:15:57 0
江戸時代土佐の漁師はオーストラリア(木曜島)まで漁にいってたって本当かね

246: とてた ◆0Ot7ihccMU 2007/04/27(金) 22:41:50 0
>>245
バンディーメンズランド植民地(タスマニア)に加賀の銭屋五兵衛がやってきていたそうですが…さてはて。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD%E5%B1%8B%E4%BA%94%E5%85%B5%E8%A1%9B
銭屋 五兵衛(ぜにや ごへえ、安永2年11月25日(1774年1月7日) - 嘉永5年11月21日(1852年12月31日)は、江戸時代後期の加賀の商人、海運業者。「五兵衛」は銭屋代々の当主が襲名する通称だが、この項では最も著名な最後の当主(三代目)について説明する。

銭五は、外国との密貿易を行っていたということでも有名である。もちろん当時は鎖国体制下、外国との交易は厳禁されていたが、金沢藩への献上金への見返りとして黙認されていたと言われる。

銭五は本多利明の経済論や、からくり師として名を知られた大野弁吉などに影響を受けていたと言われ、海外交易の必要性を痛感していた。蝦夷地や択捉島ではロシアと通商し(礼文島には「銭屋五兵衛貿易の地」の碑が建てられている)、樺太ではアイヌを通じて山丹貿易を、また自ら香港やアモイまで出向いたり、アメリカ合衆国の商人とも交易したといい、オーストラリアのタスマニア島には領地を持っていたともいう(同地には銭五の石碑があったという。現在は紛失[1])伝説すらある。これらの「銭五伝説」の中には信憑性に疑問があるものも少なくないが、ある程度までは事実であったと思われる。


247: 世界@名無史さん 2007/04/28(土) 11:06:41 0
>>245
アーネムランドのアボリジニ壁画に、赤フンに丁髷、モリを持った日本人漁師の姿が描かれたのがあるが、いつごろ来たんだろうな。

337: 世界@名無史さん 2008/03/12(水) 19:05:21 0
アボリジニ以降オーストラリアにはじめて到達したのは中国人だったっけ
それ以前に外界から人が来たことはなかったのだろうか
元の海外遠征隊があのあたりまで来て、数百年早くオーストラリアが発見されていれば欧州人がくるまえに中国人が入植・・・というのはさすがにないか

339: 世界@名無史さん 2008/03/15(土) 19:19:43 0
>>337
元はインドシナ半島の入口まで来て太平洋進出をあきらめちゃったからね。
中国人が始めて豪に到達していたというのはいつ頃の話なの?

341: 世界@名無史さん 2008/03/16(日) 16:33:31 0
>>339
俺の記憶では16世紀ぐらいだったかな・・・?

引用元: ・【未来の】オーストラリアの歴史【大国】




物語オーストラリアの歴史―多文化ミドルパワーの実験 (中公新書)
竹田 いさみ
中央公論新社
売り上げランキング: 143,345