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1: 世界@名無史さん 01/11/03 15:10
についてものすごく細かいことも語り合えるスレッド。








3: 梵阿弥 01/11/15 15:10
遼の初代皇帝の号は「天皇」を含む。

4: 世界@名無史さん 01/11/15 18:21
遼の初代皇帝って太祖・耶律億と思われるが
どこに天皇が付いてくるか知りたい。

5: 世界@名無史さん 01/11/15 18:26
耶律阿保機が916年に契丹諸部を統一して天皇帝と称した云々って話のことでは?

14: 梵阿弥 01/12/11 19:16
>>4
耶律 阿保機の諡号は大聖大明神烈天皇帝でした。

8: 世界@名無史さん 01/11/15 18:44
907年に汗位について、916年に皇帝と「号」し、年号を神冊とした。

9: 世界@名無史さん 01/11/19 17:32
遼の耶律氏とか金の完顔部の子孫って生き残ってんのかな。
めちゃめちゃ迫害されてたりとか。

10: 世界@名無史さん 01/11/19 17:39
「金」と「後金」の皇族に血縁的なむすびつきはあるのでしょうか?

12: 世界@名無史さん 01/11/26 16:50
>>10
金は野人女直、後金は建州女直。べつの部族。

19: 世界@名無史さん 01/12/11 22:49
遼・金って南宋ファンからは悪役、モンゴルファンからは大したことない敵としか見られないっていうのが悲しいところ。
あ、西遼は耶律楚材とかで重要な存在ではあるか。

20: 世界@名無史さん 01/12/11 23:45
耶律楚材は金人ですぜ。

西遼もモンゴルファンには流浪のクチュルクに乗っ取られてモンゴルの馬蹄に蹂躪されるたいしたことない敵のひとつでしょう…。

22: 世界@名無史さん 01/12/14 01:18
金史の哀宗本紀、かなりの名文だと思うけど、どうかな。
読んでいて泣ける。

24: Cavabien 01/12/14 07:08
>>22 
哀宗かあいそう。

…スンマセン。
いや、あの辺はまさに亡国記て感じですね。
金史紀事本末にも殉難者達のページが。

29: 世界@名無史さん 01/12/21 01:36
金の国号の由来は何?

81: Cavabien 02/01/27 19:12
>>29
金の国号の由来について調べていたんですけど、完顔部が勢力を張った按出虎水で金を産出したから、という事が理由のようです。
金史には金が変質せず、壊れず、またその輝く白色を完顔部が尊んでいたため国号とした、ともあります。

53: 朱元璋 01/12/23 23:29
俺は遼に萌え。
皇帝が首都を転々と移動するというところが遊牧民的でロマン。
遼だと真言系密教が大いに流行ってたんだよねぇ。
チベット系以外の密教といったら今では日本の真言宗以外はないから、時代を超えて遼に親近を感じる。
あと、金に国を滅ぼされた後でも、西に逃れてカラ・キタイとして復興する根性にも感心する。

57: Cavabien 01/12/24 00:50
金だと三代に渡る武の名門、僕散(プサン)一族とか居ますね。
なんかモンゴルのスブタイ(今はスベエデイ?)一族みたいです。

ところで昨日東洋文庫のモンゴル帝国史2巻を読んでたら、トゥルイが金に侵攻したとある戦いで、自軍を嘲笑した金の捕虜に対して男色行為を行うように命令した、と書いてあってちょっと面食らった。

59: 世界@名無史さん 01/12/24 03:54
平将門がヤリツアボキの影響を受けたと何かで読んだ気がする。
また、女真族が日本海側のどこかに襲来したことがあったらしいよ。

60: 世界@名無史さん 01/12/24 08:09
>>59
1016年の刀伊の入寇ですね。
北九州でしたっけ?

83: 世界@名無史さん 02/02/04 04:52
戦三板の「チンギスハーン」スレででたんだけど
西遼のクチュルクとチルクって別人なの?

84: Cavabien 02/02/04 07:18
ゲームがどうなってたかちょっと思い出せませんけど、とりあえずチルクは西遼の末王・直魯克の事じゃないんでしょうか。
クチュルクはナイマン族からの亡命者で西遼の簒奪者ですね。

85: 世界@名無史さん 02/02/04 18:55
ゲームではチルクが西遼の国王でクチュルクがトルキスタン地方の在野の人材になってたと記憶。

87: Cavabien 02/02/10 21:52
年表作りしてるんだけど、金の始祖・完顔函普って60の女性を嫁さんにしてるんだね。
年齢的に妊娠・出産が可能だったとは思えないから、長男は始祖の連れ子だったんだろうか。

88: Cavabien 02/02/12 01:50
いろいろ見て廻ったけど不可能じゃないようだ。>60以上の高齢出産
それにしてもニ男一女とは。
嘆かわしいほど健康優良児だったんだろうな。

89: 世界@名無史さん 02/02/12 01:58
モンゴルのダヤン・ハーンは10歳前後のとき30歳年上のマンドフイ・ハトンと結婚したことになってるけど二人の間には七人の息子がいるよ。

90: Cavabien 02/02/13 23:51
世界記録だと60越してるしね。
考えてみれば体の機能的な問題だから個人差はあっても不可能とは言えないか。

按出虎水付近で産出される真珠は「北珠」と呼ばれて珍重されていたらしい。
砂金だけでなく真珠まで産出したのに遼の統制が甘かったのは不思議だ。

91: 世界@名無史さん 02/02/14 03:56
>遼の統制が甘かったのは不思議だ。

遊牧民は伝統的に狩猟民を見下してナメてるふしがあるね。「豚飼い」とかいって。
遼のあと金なのは、北元のあと清が勃興するのと似てるかも。

92: 世界@名無史さん 02/02/14 05:36
>>91
でも、北元は満州は統治してないよ?
女真をナメて力を付けさせてしまったのは明と朝鮮なんだから。
統治が甘かったのは共通と言えるかもしれないね。
森林地帯に入っていくことは困難だったのだろうか?

93: Cavabien 02/02/14 22:44
遼が国家として目を向ける方向が西(ウイグル商人達が西夏を避けて利用した内モンゴリア経由の交易路)、南(宋)に偏っていた事も一因みたいですね。

あと、生女真は遼の商人と取引する時には交易所まで出て行ってたうえに遼の商人に大抵手玉に取られていたようなので、わざわざ奥地まで出向いて威令を及ぼさなくても良いと思われていたのかも。
なるほど、確かにナメられてる(苦笑。

金の年表を作る以上は遼史も読まなくちゃなと取り掛かってみたんですが、なるほど正史のうちでも随分粗漏と言われるだけあるような…。
でも基本文献としてはこれしかないのかなあ。

94: 世界@名無史さん 02/02/15 00:13
>>93
『遼史』も『金史』も粗漏きわまりないからねえ。
『契丹国史』もありますが、大して内容が増えないしね。
『三朝北盟会編』も使えると思いますよ。

95: Cavabien 02/02/16 15:19
>>94
あ、どもでっす!
『契丹国史』はどこかでテキストデータになっているという話を聞いた事があるから探してみよう。

何気に西遼の事も書いてあるんですね、『遼史』に。少しだけだけど。

97: 94 02/02/21 01:03
『全遼文』はあまり使えないかも…。
『資治通鑑』『続資治通鑑長編』も不可欠でしょうね。

100: Cavabien 02/02/26 20:04
遼といえば南面官、北面官だけど、これって実際にはどういう方法でお互いのテリトリーを分け合ってたんだろう。
漢人でも契丹人でもない人がよそから流浪してきたらどっちの担当になったんじゃろか。
漢人と契丹人の混血児は?
遼について概説書でザッと読んだ時にちょっと疑問に思いましたです。

101: 世界@名無史さん 02/02/28 01:06
土地に属する定住農耕民か、部族に属する遊牧民かのちがいでしょ。

102: Cavabien 02/02/28 01:16
>>101 
戸籍もなかろうし、実際にはそうしてたんだろうなとは思ったけど今ひとつ自信が無くて…(笑。

遼の王族には金に取り立てられて活躍した人がちらほらいるけど、金の王族って元代にはどんな待遇だったんだろうか?
根絶やしにされてしまったのかな。

その辺について何か書いてないかなと思って『明代女真史の研究』給料から資金をひねり出して買って見たんだけど、完顔の「か」の字も出てこなくて少々ヘコんだ。

104: 94 02/02/28 06:06
>>100-102
概ね「土地に属する定住農耕民か、部族に属する遊牧民」と判断してよいです。
所謂「二重統治体制」ですね。でもどうも例外の人々もいそうなのですが。
あと北面官・南面官の分け方も『遼史』自体間違ってる部分が指摘されてます。
島田正郎氏の研究が大きいのですが、まだまだ足りない部分がありそう。

戸籍は一応あります。
漢籍に入っている=漢人 契丹籍に入っている=契丹人 扱いです。
奚人は契丹籍、渤海遺民の高麗人は漢籍に入ったと記憶します。
肝腎のほかの渤海遺民については記憶が曖昧。生活形態によって違う、かな?
スマソ

108: Cavabien 02/02/28 20:41
>>104 

…つーか、戸籍はなきゃダメだよな(苦笑。
書き飛ばしで我ながら恥ずかしかったので島田正郎の『契丹国』など読み直しておりまする。
戸籍で便宜上分類して統治していたって事か。
それにしても北方の遊牧・狩猟民達が南下して立てたどの王朝も異民族の統治に苦慮してますねえ。

190: 世界@名無史さん 02/04/03 02:43
遼って皇后も直属の軍隊を率いていたって本当?
部族軍の集合体のようだが、宋朝の軍制とは大分違いそうだ。

191: 世界@名無史さん 02/04/04 01:11
>遼って皇后も直属の軍隊を率いていたって本当?

チンギス・ハーンの四大オルドと同じことじゃない?

192: 190 02/04/04 01:33
名義上は皇后が部隊長で、実際上は皇后が指名した(のかな?)
野郎の軍人が指揮を執ったっていうのが理に即しているような。
たんなる想像だが。
でも時には自ら采配を振るう皇后様もおられたのだろうか。

193: 世界@名無史さん 02/04/04 02:28
阿保機の皇后述律氏は自ら軍を率いて出陣したり
留守を守って叛乱を鎮圧したりしたそうな

194: 世界@名無史さん 02/04/06 02:42
>>193
聖宗の母ちゃんモナー

引用元: ・遼・金




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