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1: 曹氏 ◆FFuF8qXBFw 2012/08/02(木) 22:01:59.16
論じてみたい
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2: 蜀漢こそ後漢の正統王朝 2012/08/02(木) 22:04:53.89
漢の忠臣。少なくとも、漢の天下にしようとしていた。

逆臣ではないと思う。

270: 無名武将@お腹せっぷく 2013/02/14(木) 03:24:16.25
劉備が漢王朝を復興しようと目論んでいたのは事実だけど、それは漢王朝への忠義とかなんかじゃなくて自身が劉姓である事を利用した手段としての事
後漢王朝に忠義があったか、なかったかでいえば、劉備には無かっただろうね
もちろん曹操も無かったと思うけど

結局、劉備の行動が正当化されるかどうかは蜀漢が天下統一できるかどうかにかぎられていた
蜀漢が天下統一できれば光武帝と同じように劉備の行動も正当化されていただろう

285: 無名武将@お腹せっぷく 2013/12/21(土) 07:45:20.70
客観的にみて漢から正統を引き継いだといえるのはまがりなりにも禅譲の形をとった魏だけなのは疑いない
理由もまっとうなものがなく何一つ正当性がない呉なんて曹丕が禅譲受けて一時臣下の礼をとってたくらいだし
蜀も呉も魏に対抗して(つーか嫉妬して)負けじと勝手に僭称しただけ

ま、正当性云々を言わないのならば蜀も呉もそれぞれ独立して新たに国を立ち上げたとは言えるかもしれないが皇位の正当性云々を言い出したらそれは漢から正式に禅譲を受けた「魏」以外にはないのは明らか

288: 無名武将@お腹せっぷく 2013/12/21(土) 14:40:26.05
曹操が漢の皇族殺しまくって簒奪の下準備を周到に推し進め、曹丕が実行に移した
わざと何回も断って「仕方ね~な~禅譲されてやるよ~」という茶番に持ち込んでる始末w
曹魏の一連の簒奪行為は当時から現代に至るまで周知の事だもんな

289: 無名武将@お腹せっぷく 2013/12/24(火) 01:30:28.96
茶番でもなんでも大義名分(体面を整える)ってのは大事なんだよな
何よりも大義名分にこだわってた劉備が益州を劉璋から強引に奪ったのは事実だし裴松之にも批判されてる
そういうことしてるから偽善者呼ばわりされてしまう劉備
大義名分を整えられなかった、なんていうのはただの言い訳に過ぎないし弁明の余地はない
漢王朝と関係のない日本人からみれば劉備なんぞはただのええ格好しいの偽善者という印象が強い

>>288
>わざと何回も断って「仕方ね~な~

これって劉備と孔明の「三顧の礼」のそれと同じなんだよね
「駆けつけ3杯」と同じく一種の様式美みたいなもの

290: 無名武将@お腹せっぷく 2014/03/08(土) 10:25:39.88
劉備と曹操ではスタートラインが違いすぎるから、単純な比較はできない。

曹操は敵を武力で圧倒し、屈服させるタイプ。劉備は敵を懐柔し、自分の味方へと変えてしまうタイプ。

どちらのやり方も一長一短あるけど、曹操が成功したのは優秀だった部分よりも、環境や部下に恵まれていた部分が大きい。

野心やバイタリティに関しては、劉備より曹操が圧倒的に上だったと思う。

329: 無名武将@お腹せっぷく 2015/09/23(水) 10:45:54.72
確かに逆臣って訳じゃないが、「忠」の部分(主に劉協に対して)は演義の創作
史実の業績を見てると「使えそうだから使っただけで割とどうでもいい」が正しいと思われる

331: 無名武将@お腹せっぷく 2015/11/23(月) 10:47:40.31
>>329
つか劉協と劉備の関係は、寧ろ無力な劉協側が劉備の武力を当てにして擦り寄った形跡があるよな。

却って危険を呼び込む形になったから、 劉備は曹操の下からさっさと逃げ出したように見える。

343: 無名武将@お腹せっぷく 2016/02/19(金) 21:06:58.04
親族の地盤など何も無い徒手空拳から、戦乱の大国の中で中央に構える最大勢力に逆らう少数精鋭の武装集団として行動して
イレギュラーながら歴史に残る国を建ててみせたというのが、物語的魅力をもたらしている
偉業で言えば徒手空拳から天下を取った人物もいるが、大概は時の最大勢力に拾われ幹部として地盤を固め、やがては取って代わるパターンで、その分英雄性は削がれるからな

344: 無名武将@お腹せっぷく 2016/03/06(日) 16:31:38.58
実在した劉備一行の行動がやたら面白かったから、中国史の中でもこの時代が特異点に挙げられ
正当論に四大奇書、聖人化・神格化で廟が立てられるまで展開したのは間違いない

354: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/10(日) 13:04:41.17
まあ二十年も負けて流れて、それでも自分の旗を掲げ続けて一国を為したんだから並大抵ではない

355: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/10(日) 17:04:20.62
大勢力の目まぐるしい覇権争いの中で、勝てる分は勝ち、必敗の戦況からはとっとと逃げて拠点や交渉先の変転も厭わず、長年無視できない戦闘集団を維持したのが大きいな

357: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/10(日) 19:05:41.28
良くも悪くも劉備という人は機会主義な人だから、単純に善悪とかの基準では捉え難い。

358: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/10(日) 23:20:37.73
短期の利益が至上、情勢次第で誰を伏し拝んでも構わないのが機会主義者だけど劉備の場合、機会主義と断じるには自分の色を主張し過ぎてんよ
特に黄河流域こそが中枢で、大陸南部は開発が進まず弱体だったあの時代に中原の覇者となった曹操との敵対に拘り過ぎだわ
ただ劣勢が続いても信頼を寄せる味方が居るのは、機会主義者には無縁の幸福だわな

359: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/11(月) 01:56:04.18
曹操暗殺計画に巻き込まれたから、敵対せざるをえなかったかも

360: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/20(水) 01:52:29.18
計画に巻き込まれた=嫌でも敵対せざるをえなかったと考えるのは早計では?
暗殺を完遂できる連中でないことは明らかで劉備は袁術討伐に託けて都を離れたが献帝などに遠慮せず実権を握る曹操に持ち掛けられた計画をバラして共に董承を討ち更に腹心としての信頼を高めた方が事はずっと簡単だったはず

361: 無名武将@お腹せっぷく 2016/04/20(水) 12:29:19.65
>>360
「劉姓」で且つ無視出来ない程度の軍事力を持っていた以上、董承の件で董承を売っても厳しい監視下に置かれただろうからその選択は出来ないだろうよ。

368: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/04(水) 15:42:49.59
裸一貫からのし上がる立志伝に貴種流離譚テイストを混ぜ込んだおいしい人

369: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/04(水) 19:29:48.73
というか司馬氏が結果うまくやれなかったから「アイツが勝ってれば」という妄想が生まれたんだろうな
呉だと司馬衷や劉禅が神レベルの名君に見えるやつらが出るからろくな妄想になりゃしないし

375: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/29(日) 20:20:34.15
忠臣か逆臣かの二択なら間違いなく逆臣でしょう
そもそも劉備が漢のために働いたのは黄巾のときと後は一時期曹操の下に身を寄せていたときくらい
曹操の下を逃げ出した後は袁紹や劉表といった漢からの独立を志向する勢力にしか与してない
後は曹丕が禅譲を受けて漢が無くなるまでずーーーっと漢軍と戦い続けたのが劉備だから

379: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/30(月) 19:50:49.69
まず劉備が掲げた「漢朝再興」はあくまで自分が皇帝になることが大前提であることを忘れちゃいけない
たまたま自分が劉氏だったから皇位簒奪の野望がイコール漢朝の再興という旗印になり得たというだけのこと
曹操や孫権より余程野心家だよ劉備は

380: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/30(月) 20:57:58.58
野心あれど一応、漢の血脈を継ぐ大義名分はあるよね

381: 無名武将@お腹せっぷく 2016/05/31(火) 11:25:33.22
漢という「国」を保とうとした点では忠臣
「時の皇帝」からすれば自分を追い落とそうとする完全に逆臣

忠を捧げるべきは国か帝か

384: 無名武将@お腹せっぷく 2016/06/04(土) 21:31:14.30
>>381
和気清麻呂は時の帝の怒りを買ったが忠臣といわれていることに似ている部分がある

391: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/05(水) 04:46:53.15
三国志演技より蒼天航路の方が実際の劉備に近いのかね?
蒼天航路は本当に衝撃的だったw

392: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/05(水) 14:43:50.15
蒼天劉備は司馬遼劉邦の影響受けまくってるからあんまりアテにはならないかと
劉備はあれで若いころから中央に勉強留学に行ったり官職に就いたりしてるんで蒼天で描かれているような無頼ではないし
性格はちょっとやんちゃみたいだけどな

397: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/06(木) 11:03:47.75
最初に劉備を物語の主人公に据えた人が偉い
日本人の発想にはない

399: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/06(木) 20:16:41.65
>>397
非統一期の中国では北伐を目指す南朝が
同じく北伐からの統一を国是としていた蜀漢、特に諸葛亮を神聖視していたしな
その流れで蜀漢正統論→劉備が主人公となっていったそうだ
東晋時代に既にその流れが始まっていたらしい
統一されていた時代の方がずっと長い日本にはない考え方なのは確かかもな

405: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/08(土) 02:17:21.02
日本の判官びいきみたいなものかな
でも大元は諸葛亮の忠誠心と公正で誠実な働きぶりが
これが臣下の鑑みたいな扱いから始まってるんだよな

407: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/10(月) 03:15:41.64
諸葛亮も人間であって聖人じゃないんだから実際には性格とかにも欠点あってもおかしくないし
腹黒いところだってあっただろうな

408: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/10(月) 04:50:43.70
馬謖寵愛したり全くないわけじゃないだろうけど
記述があれだけある中では極めて粗の少ない人物だと思うよ
超人だと思われるのも仕方ない

416: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/22(土) 16:52:38.53
この人かなりゲリラ屋的に戦争うまいのに戦ベタ扱いだよな

なおイリョウ

417: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/22(土) 17:10:29.55
夷陵は単に陸遜が上手だっただけで劉備がそこまで大きくミスったわけでもないんだけどな
なぜか曹丕の評のせいで劉備が大ポカしたみたいな雰囲気になってるけど曹丕なんて劉備とは比べるべくもない戦下手なのになんでその評をみんな信用するんだろうか

424: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/26(水) 03:56:49.06
夷陵の戦いだって孫権にごめんなさいさせるだけなら戦術的にも戦略的にも特に間違ってなかった
講和受け入れていればその時点で勝ち

425: 無名武将@お腹せっぷく 2016/10/28(金) 19:01:32.13
隆中策の提言からしても関羽の失地を回復できなければジリ貧だからな
三峡の拠点を軒並み手放した事で陸遜には味方の批判が集まっていたし
後は孫桓の堅陣さえ抜けば優位な講和にも臨めたんだろうが
そういう時の守勢は余程国情が内から揺らいでない限り一筋縄では抜けないものだ

431: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/05(土) 09:51:12.89
>>425
まあ荊州確保しても呉と遺恨残すだろうな。
劉備が死んで荊州問題が呉の帰属で確定したからこその呉蜀同盟。

436: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/18(金) 14:16:08.56
逆に言えばカリスマだけだ
戦に強いのもカリスマで将兵の士気旺盛だからだろうし
劉邦と違って下手に軍事通なせいで配下に丸投げしなかったのが欠点

439: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/18(金) 18:13:04.09
>>436
劉邦のようにしなかったのが欠点というのはおかしくないか?
劉備が配下に丸投げでは荊州で謀臣を得て蜀を獲りに行く遥か前に殺されてたろう

劉邦は秦の統一事業が簡単に瓦解して楚を盟主とする反秦軍に参加してみると覇王を名乗る項羽は粗暴で人望がなく取って代われるぞと時流に乗れた側だ
失態や壊滅を重ねても項羽の狼藉と配下の活躍で何度でも立て直せる状況に恵まれた

劉備は逆に後漢を曹魏が滅ぼす時流にあえて逆らった側で
時代の寵児とそれに抗う者とでは英雄として問われる資質がそもそも違う

442: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/19(土) 06:20:13.11
>>439
劉邦がズブの素人だったのに対して、劉備は軍事に関しては相当の自信と拘りがあった事を指摘してる。とにかく陣頭指揮が好き。戦が好き。
確かに劉備に軍才はあったのだろうが、例えば曹操のような綿密さや機敏さに欠ける。当代一流ではない英雄が背伸びした限界が蜀漢じゃないかな?

460: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/24(木) 11:30:00.16
呂布がボロカスに書かれ、劉備が正義の味方に描かれるのが中国の価値観。
やってることは大して変わらん。

462: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/24(木) 13:01:32.98
>>460
董卓の誘いに乗って主の丁原を殺しその俄かな権勢を大いに助けて養父としながら王允に誘われ侍女との密通等の不都合もあり養父董卓を殺してその権勢を奪う
まず主を二度殺しその一人は義理とはいえ父だったのだから忠孝いずれにも叛いている

しかしそうまでして奪った権勢も董卓配下だった涼州軍を支え切れずに失い各地を流転
曹操を裏切って濮陽を奪い劉備を裏切って徐州を奪うもいずれも支え切れず遂には殺された

劉備とは比べ物にならない程裏切れば中央の権勢を我が物にする機会が転がり込みその都度欲望のままに牙を剥きながらすぐに砕かれ何も残せずに一代で滅びたのだから乱世の英雄としても劉備に劣る

呂布と劉備を大して変わらないと捉える方が余程大きな偏見を要するのでは?

467: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/25(金) 11:45:35.66
曹操は裏切ったというか劉協に曹操暗殺の勅なんてもの押し付けられて泣く泣く離れざるを得なかったという感じだけどな
あと劉璋は最初から蜀を奪うつもりで懐に潜り込んだわけだけどそれでも裏切りって言うんかね

468: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/25(金) 14:15:48.54
劉協が生きてるのに皇帝に即位したのが最大の裏切り

470: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/25(金) 14:57:26.65
劉協が実際は生きていたにせよ漢が魏に滅ぼされたのは事実だからな
後漢の成立も劉秀は景帝の末裔だからということで通してるし
緊急手段として断固認められないとも言えないだろう

呂布の行動はそういった疑義にも及ばないもので
たちまち自分がいい目にあうならと他人の誘いに安易にただ乗り続ける
それこそ戦に依存して何のビジョンも持たず何もかも裏切るだけの男だった

471: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/25(金) 15:37:38.52
そもそも劉備って最初っからあんまり劉協に協力的じゃなかっただろ

495: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/27(日) 17:26:26.02
やっぱり諸悪の根源は劉協のような気がするなぁ
曹操暗殺計画に劉備を引きこもうとなんてしなければ劉備は曹操の下で遺憾なく力を発揮しただろうし袁紹亡き後は曹操に対抗しうる勢力もいなくなって早い段階で統一も成ったろうに

497: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/27(日) 18:19:39.65
まあ劉備や孫権達は茨の道を歩む破目になったが
三国時代魏との鼎立の為に苦心された南方開発は南北朝時代の布石にもなったし劉協が曹魏による統一など望んでなかったなら結果的にそれは叶ったことになる

大人しくしてても暗殺計画発覚前から近臣はじわじわと排除されてたし
伏皇后や皇子の処刑にしても曹操の娘達が後宮に入って間もないタイミングで昔の手紙などなくてもなんとでも理由をつけてやはり断行されていたはず
そのまま統一事業を果たした曹魏に堂々と禅譲させられた日には終始唯々諾々と従うばかりだった我が身が許せんだろう

499: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/28(月) 01:55:47.60
劉協は196年の時点で退位を言い出してんだけどな
それのおかげで曹氏による簒奪はかなり遅れた

500: 無名武将@お腹せっぷく 2016/11/28(月) 03:02:11.04
皇帝として尊重する気がないならいっそ今すぐ降ろせってやつね
易姓革命を演出する地固めどころかまだ最大勢力でもないのに簒奪なんて自殺行為だから
合理主義者の曹操は形だけ恐れ入って見せて勿論スルーしたが

525: 無名武将@お腹せっぷく 2016/12/08(木) 11:26:00.97
二袁抗争時代の劉備は明らかに袁術閥なんだが、どうも旗幟鮮明じゃないんだよなあ。
この時期には既に風見鶏の劉備の本質が表れてる

526: 無名武将@お腹せっぷく 2016/12/08(木) 14:30:44.87
劉備が風見鶏ってどういう理論だ

528: 無名武将@お腹せっぷく 2016/12/09(金) 13:18:31.62
>>526
悉く風を読み間違いながら一応皇帝に上り詰めた風見鶏。
逆風を向く風見鶏。

529: 無名武将@お腹せっぷく 2016/12/09(金) 15:50:29.42
>>528
なんかカッコええ

引用元: ・【漢の忠臣】劉備という人をどう思う?【逆臣】




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