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1: kt 2006/04/20(木) 18:04:45 0
中国はひとつの大きな国になったのになんでヨーロッパはあんなにバラバラになったのでしょうか??地形とか関係あるんでしょうか??








4: 世界@名無史さん 2006/04/20(木) 22:32:50 0
中国の周辺国は中国に匹敵する
経済、軍事、政治、文化文明を持ってなかったから。 
かな?


11: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/04/22(土) 21:34:31 0
中国がバラバラだった時期も長いですし、一度統一王朝が出来てその意識が成立していなければ、今に至るまでバラバラだった可能性は?
それと、ローマ教皇の様な横槍(統率?)を入れてくれる存在が不在だった事の影響というのは、どんなものでしょうか。

15: 世界@名無史さん 2006/04/22(土) 23:19:04 0
>>11
小さな国になってると外敵に併合されてしまう。
そこでなるべく大きなまとまりになって対抗する必要がる。
音が違っても意味を理解できる表音文字を使っているのも、中華思想という過度なナショナリズムも、徹底した中央集権でもって国を一つに纏め上げる必要があったからだよ。
外敵がいないと緩やかな小国に分裂する。
より小さいほうが治めやすいからな。

17: 世界@名無史さん 2006/04/22(土) 23:57:20 0
「一つの中国」原則
中国は世界に一つである。
この精神と原則は太古から続く。

23: 世界@名無史さん 2006/04/23(日) 01:37:32 0
>>1
華北が平べったいから巨大中央集権国家が作り易い。
欧州で平べったくて広大なのはロシヤとフランスぐらい。それでも昔は土地生産性が低かったから平野部を統一した上で外征、とはなんなかった。

24: 世界@名無史さん 2006/04/23(日) 02:21:45 0
江南は?

27: 23 2006/04/23(日) 05:45:41 0
>>24
湖北湖南は平野だが、華北ほどではない。江南は全体として山ばっかんところを川がたくさん流れている。政治的に華中華南が華北におされ気味なのはこういうわけ

21: 世界@名無史さん 2006/04/23(日) 00:45:10 0
事実認識がかなり変。
中国は歴史上半分くらいの時期では分裂しているし、
ヨーロッパはローマ帝国が支配していたりEUとして事実上統合しつつあるという実態もある。

22: 世界@名無史さん 2006/04/23(日) 00:54:43 0
EUとして統合しつつあるなんて、マジで言ってるのかなあ。
みんなラテン語で喋ったりする国になるのか?

36: 世界@名無史さん 2006/04/24(月) 01:13:34 0
>>22
>みんなラテン語で喋ったりする国になるのか?

中国でみな北京語喋ったりしているとでも思ってるのか?

39: 世界@名無史さん 2006/04/24(月) 01:53:57 0
英独とかって東京人が鹿児島弁習得するくらいのもんじゃね?

40: 世界@名無史さん 2006/04/24(月) 01:58:05 0
んなこたあない

41: 世界@名無史さん 2006/04/24(月) 02:15:32 0
方言の範囲内って感じがするのは仏、伊、西、葡あたりかな?
おれはよく知らないけどスラブ系諸言語というのはそういう感じらしいが。

英独は分かれたのがかなり前だし、ノルマンコンクエストのせいで英語にフランス語系の語彙が大量に入った関係で、かなり違う感じがする。
もちろん深層構造はよく似てるから機械翻訳は容易なんだろうけども。

43: 世界@名無史さん 2006/04/24(月) 10:56:34 0
英独の文法構造がはっきりとした差異をを示すのは14世紀ぐらいからかな?
あと発音はドイツ語が7、8世紀に大きく変化して、英語は16世紀に発音が変化して今の発音に近い形になった
ラテン語圏でも仏語はフランク王国期に北部でゲルマン人がラテン化する際発音が大きく変化して、他のラテン系諸語とかなり違う感じになった

46: 世界@名無史さん 2006/04/27(木) 10:45:09 0
いずれにしろ中国とヨーロッパの統合度と言語にはあまり関係なさそうだな。

48: 世界@名無史さん 2006/05/01(月) 20:03:21 0
ヨーロッパ統合のチャンスは何度かあったと思ふ。
カール5世&フェリペ2世のハプスブルグ帝国
ナポレオンの大フランス帝国
ナチスのローマ第四帝国
ソ連の共産主義

逆に中国がバラバラのままなチャンスも
秦の始皇帝の不登場
漢楚の争いの際に韓信が割拠し3国鼎立になって韓による統一が遅延・・じゃなくて成立しなかった。
とか

49: 世界@名無史さん 2006/05/01(月) 21:29:18 0
>>48
ローマ帝国時代はヨーロッパは統合されていた。
未開の辺境を除けば。

51: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 15:35:13 0
>>1
ヨーロッパには多様性を愛する強い伝統があるから。
近代ヨーロッパの知識人は、ヨーロッパが統一された帝国になることに反対する人間が多かった。
たとえばモンテスキューは、ローマの退廃はローマが帝国になったときから始まったと考え、ルイ14世がヨーロッパにおける覇権を獲得するのに失敗したことを喜んだ。
カントは国際連盟の提唱者として有名だが、諸国家がひとつに統一されれば、人間の活力が失われると思っていた。
デイヴィッド・ヒュームも、普遍帝国は害悪であり、それゆえ勢力均衡を高く評価していた。

54: 世界@名無史さん 2006/05/24(水) 16:50:44 0
ヨーロッパが統合しなかったのは森だらけな地形のせいだって
当時のヨーロッパはほとんどが森で伐採しないと街も道も作れないかったんだよ
だから小さな村が点々としてるだけだったし、猛獣うようよしてる危険な森通らないと王様が領主に使者送る事もできないし、中央集権政治は不可能だった
中国が簡単に統合したのは広大な平原が広がってるだけで森を伐採する必要がなかったから

64: 世界@名無史さん 2006/07/18(火) 10:38:35 0
>>54
んなこといったら、中国だって華北平原以外は、
山!川!森!谷!岩!砂漠!荒地!じゃん。

69: 世界@名無史さん 2006/07/19(水) 20:16:32 0
ヨーロッパは遊牧民勢力の脅威を中国ほど受けなかったのが大きい。

71: 世界@名無史さん 2006/07/19(水) 22:19:26 0
>>69
フン族は?

75: 世界@名無史さん 2006/07/20(木) 00:38:08 0
ヨーロッパに直接脅威を与えた遊牧勢力はフン族とモンゴルぐらいで、中国のように恒久的に遊牧民と対峙していたわけではない。

79: 世界@名無史さん 2006/07/20(木) 21:54:45 0
「人類の大部分にとって、そしてまた歴史の最も長い期間にわたって、帝国が典型的な政府の形態であったからだ。帝国は国際システムにはなじまない。なぜなら帝国はそれ自体が国際システムになろうと欲するからである」

「西ヨーロッパにおいては、教皇と皇帝の間の潜在的な、時としては実際の対立が、結果として新しい民主主義のもととなる立憲政治や権力の分離のための条件をつくり出した。またそれは、さまざまな封建的支配者達が対立する皇帝と教皇の両方から譲歩を引き出すことにより、彼らの自治権を高めることを可能とした」

by ヘンリー・キッシンジャー

80: 世界@名無史さん 2006/07/20(木) 23:02:55 0
帝国を永く維持するには大量の人が移動できないと無理。となると船と馬。
中国の場合は内陸から延々と続く二本の大河。これに尽きると思う。
大河の道が幹線で、馬が支線。現在の中国の地図を見ると、大河周辺に清の発祥地である満州とウイグル自治区とチベットをくっつけた感じがはっきり見てとれる。
支線の馬を幹線に使ったのがモンゴル。でも、結局彼らだけだった。

83: 世界@名無史さん 2006/07/22(土) 02:10:44 0
やっぱ大河流域説と遊牧民対抗説の古典的2説を推す。

98: 世界@名無史さん 2006/08/28(月) 03:02:21 0
>>83
大河説と遊牧民説は有力だね。

大河説に関してはヨーロッパにもライン川とドナウ川という二つの大河がある。
実際、ローマ帝国の国境になっていた。
しかし大河だけでは統一されないのもヨーロッパをみれば一目瞭然。
実際、中国も秦の統一までは分裂していたし。

中国にあってヨーロッパに無いもの。
それは恒常的な遊牧民の圧力だね。
ロシアはそれに対抗するために帝国化した。
中近東も支配されて帝国化しつづけた。

86: 世界@名無史さん 2006/07/27(木) 22:05:11 0
西洋人は独立心が強いのか自治権を求める、今でも独立を訴えてる地域がある
中国なんてアレだけの民族が居るのに独立の志がない

87: 世界@名無史さん 2006/07/27(木) 23:15:58 0
国民国家じゃないからじゃないの?
ヨーロッパでも全国的に国民意識ができあがったのはナポレオン戦争以降だし。

88: 世界@名無史さん 2006/07/28(金) 01:59:58 0
>>87
そうかな
ヨーロッパはスポーツでも都市でチームを作り対抗してる
日本は州制度も求めないし
地域意識が弱すぎると思うが

89: 世界@名無史さん 2006/07/28(金) 02:11:54 0
インドや中東地域との比較はどう?
インドはマウリヤ朝によって一時全土統一までいきかけたけど長続きしなかったし、デリー・スルタン王朝でもいきかけた王がいたよね。中東は大帝国が発生しやすかったようにも思える。
実際、ここは中国やロシアと並んで大国が現代まで現存する可能性があったのでは無いかと思うのだけど。

90: 世界@名無史さん 2006/07/28(金) 02:39:10 0
>>89
オスマン帝国がうまく立ち回って現代まで現存するとか……まあ可能性は薄いだろう。
一番のネックは帝国内部の各民族・宗派のナショナリズムをどう抑えるかだよなあ。
中東一帯は、圧倒的な武力を背景としつつ各勢力の慣習法を極力尊重して自治を認めるというやり方でないと、長期にわたって統治するのは難しそうだ。(たとえばオスマン帝国のミッレト制度)
だがそのやり方だと慣習の壁に阻まれて、近代化の徹底は極めて困難になるという罠。
ミレット制(ミレットせい)は、主にオスマン帝国内で設けられていた非トルコ系、非イスラム系住民を保護、支配する特殊な宗教自治体のこと。ギリシア正教、アルメニア教会派、ユダヤ教の各教徒は納税を条件に習慣と自治を認められた。

92: 世界@名無史さん 2006/08/27(日) 15:24:03 0
ヨーロッパはもともと東ローマ帝国とイスラムなどの先進文明に寄生する貧乏な地域として出発したからな。それまであったローマ帝国の遺産も維持できる実力すらなかった。まあそのおかげで遊牧民の侵入もなく、中世を通じてほとんど孤立した状態を保てていた。この点、東アジアで孤立地域だった日本と通じている。

中国は逆に古来から先進文明だったので、遊牧民の影響を絶えず受け続け孤立とは無縁だった。

対比としてはヨーロッパ⇔日本、イスラム⇔中国の方がしっくりくると思う。

111: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 14:27:55 0
>>92
>遊牧民の侵入もなく、中世を通じてほとんど孤立した状態を保てていた。
>この点、東アジアで孤立地域だった日本と通じている。

ユーラシア大陸の東と西の端っこ(辺境)で封建制が生まれたのは偶然ではないってこと?
でも辺境なら、サハラ以南アフリカでも封建制が生まれてもよさそうにおもえるけどな。
未開の部族社会にイスラームという高い文明が入ってきたところなど、ヨーロッパや日本と共通しているように思える。

112: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 15:51:12 0
>>111
サハラ以南だと間接的にも優れた文明の影響を十分に受けないから、難しいと思う。それなりに手本がなければ模倣もっできないし、模倣がなければオリジナルも作れない。
孤立とは言ってもヨーロッパも日本もイスラムや中国の影響を受けている。
ただ、受けていながら、それがビザンツの東ヨーロッパや朝鮮半島などのように社会構造にまで影響がいかなかったから、ゆっくりと自分なりの模索ができたのだろうと思う。

113: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 16:13:48 0
>>112
東南アジア諸国の場合どうなの?
中国・インド・イスラームなどの高度な文明が流入している。
タイやビルマあたりに封建制が出現する可能性はなかったのかな。

114: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 18:37:16 0
>>111
封建制と呼ばれるものはアメリカを除けば世界中にあったが、その実態は全く違う
古代中国の周や日本の封建制は、原則として土地は最高権力者のもので、あくまでそれを借りているという形だった(日本も、後世崩れるけど)
どっちかというと、イスラームのティマール制と近いんじゃないか(やっぱり後世土着化が(ry)
ヨーロッパの封建制は主従とはいえ、契約で結ばれた対等な関係
つまり、無数の小国家が互いに同盟を結んでいる状態
だから伯爵が王の命令を拒絶できるし、伯領内では伯爵が絶対権力者だったと、大学で習った記憶がある

116: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 19:40:14 0
>>114
確かにそういう建前はあったんだけど、実質日本の朝廷には私有土地をいちいち取り締まる常備軍事力がなかったから、自分の所領を守るために朝廷や幕府に寄り添っていたと言った方がいいと思う。鎌倉武士も、幕府と朝廷の二股かけていて、ケースバイケースで公家法と御成敗式目とを使い分けていたみたい。
これはイングランド王とフランス王の間を行き来したプランタジネット朝のノルマン貴族(彼等はイングランドとノルマンディーの両方に所領を持っていた)やイタリア国内の皇帝派と教皇派の対立の状況と似ていると思う。

99: 世界@名無史さん 2006/08/28(月) 03:07:51 0
大河と強大な敵が存在する地域は帝国化しやすい。
中国=黄河、長江 北方遊牧民
ロシア=ヴォルガ、ステップ遊牧民
中近東=ユーフラテス、トルコ系遊牧民
北インド=ガンジス川、インダス川、トルコ系遊牧民

ヨーロッパは大河はあるが遊牧民の圧力なし
日本は大河も外圧も無しw
だから分裂したままでいられた。

117: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 19:57:15 0
多分ね、ヨーロッパ大陸に対してヨーロッパ島(ブリテン島)が近すぎた事にあると思う。
英国の政策が昔からそうなのかは知らんが、ヨーロッパ大陸に巨大な国家を作らせないと言う戦略があった。イングランドが古代ローマの版図の中に入っていたように、英仏間はドーバー海峡と言う区切りがあるけど豪く近い。
対照的に東アジア大陸(つまり中国)と東アジア列島(つまり日本)は朝鮮半島と台湾・沖縄島によって引き離されているから、互いに影響を与え難い・・・。
イングランドは古代ローマの版図の中に入っていたのに、東亜列島(日本)が中華帝国の版図に加われなかったのがその証拠。

118: 世界@名無史さん 2006/08/29(火) 20:03:03 0
日本の場合、東アジア大陸に巨大国家が出現しても脅威とはなり難く、対照的に英国の場合、ヨーロッパ大陸に近すぎるから、ヨーロッパ大陸に巨大国家が出現すると危機に晒されてしまうんだな。

国家戦略に地政学と言う部門があるが、ヨーロッパ島がヨーロッパ大陸に近すぎたが故にヨーロッパ島の海軍力がヨーロッパ大陸に対して影響を与え、ヨーロッパ大陸を寸断させているのだと思う。
対照的に東アジア大陸は東アジア列島から朝鮮半島・台湾沖縄島の存在によって互いに話されている為、東アジア列島の海軍力が東アジア大陸まで影響を与え難い。

半島・台湾沖縄島の存在によって東アジア大陸・列島が引き離されている為、互いに深い影響を与えられず、巨大国家が出現しやすくなっているのだと思う

123: 世界@名無史さん 2006/08/30(水) 00:26:07 0
帝国になると権威と権力が集中する。
それが停滞につながる。

124: 世界@名無史さん 2006/08/30(水) 03:17:35 0
帝国というより専制国家といった方が適切だと思う。
「帝国」という呼び名は後世がつけた呼称に過ぎない。細かい社会構造はローマ帝国と中国王朝とはかなり異なる。

ローマはローマ市民権を同盟都市にばらまいて膨張していき、結果ローマ市民権だけでつながった風習の異なる同胞をまとめていくかという目的から権力が集中した。逆に価値観の異なる同胞をたばねるには宗教的な権威よりもローマ法で十分だった。これが変わるのはディオクレティアヌス帝以降。

中国の王はもともと「天」のご意向を伺う神官であり、「帝」という文字はもともと「天」を指していた。それゆえに周王朝が春秋戦国と生き残ったのはこの宗教的権威をたばねていたからであり、その時代には諸子百家が乱立して思想的な広がりあった。しかし秦の始皇帝が統一すると権力と権威が集中して焚書坑儒が起った。

決定的な違いは歴史記述や古典の扱い方だろうと思う。
以来中国の歴史は時の指導者を正当化するためになり、古典の読み方ひとつにしてもその記載されている事柄よりもいかに時の指導者に都合のよいように解釈する注釈の方が多くなっている。

125: 世界@名無史さん 2006/08/30(水) 10:01:52 0
>権力と権威が集中

そういう意味では立憲君主制というのはそんなに悪くない制度なのかもな。
権威=君主、権力=首相と分散されているから。

141: 世界@名無史さん 2006/08/30(水) 23:33:28 0
中国はヨーロッパ(カトリック圏)よりもビザンツ帝国と比べたほうがいいのでは?
政教一致であることや、“ローマ帝国”“中華思想”というイデオロギーを実態に関係なく信奉し続けたところなど。

206: 世界@名無史さん 2006/09/03(日) 01:23:15 0
EUの場合、もし統一して帝国になっても、神聖ローマ帝国みたいに
なるだろうな。

引用元: ・中国とヨーロッパ




クイズ:国の地理
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