513KznE6DgL







3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/07(木) 17:18:56.29 ID:uvcGeixr0
日中開戦(盧溝橋事件)、日中戦争泥沼化(近衛声明)、三国同盟に仏印進駐(米国との決定的関係悪化)と悉く地雷踏んでるな。
ふーみんは

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/09(土) 02:21:41.83 ID:/oLbzL2u0
近衛に関してはこれに尽きる

近衛文麿か・・・
知性は分からないが出自のゆえか当時妙に国民的人気が有ったのは事実
首相としての事績は定見を持たず当時の政治状況に翻弄されただけという印象
対米戦争に反対だったのはまちがいないがここまで追い込まれた事の自分のこれまでの政治責任には無自覚
戦後の政治行動なんてまさに噴飯もの

東京裁判そのものの法理に疑問を持ってるものだが
文民代表としていわば人身御供にされた
(他の6人はすべて軍人)

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/09(土) 05:00:06.37 ID:K2Wruums0
広田はほんとに気の毒だ。

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/11(月) 04:02:33.64 ID:CkdgmDTY0
詳しい人に質問

近衛が大政翼賛会を作ったのは、事実上政党を1つにして軍部に立ち向かうつもりだったけど
右翼に「近衛は幕府を作るつもりか」と脅されたので
近衛は「いいえ、大政翼賛会は政党じゃありません」と答えるしかなく
以後は軍の言うことを実行するだけの装置になってしまった

という話を高校の頃の教師が言ってたのだが
本当に右翼の人は幕府云々なんて口にしたの?

9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/12(火) 05:41:57.41 ID:+iC17gCe0
>>8
>近衛が大政翼賛会を作ったのは、事実上政党を1つにして軍部に立ち向かうつもりだったけど

そういう意識もあったかもしれないが基本的に政党嫌い(目先の利害で徒党を組む不逞の輩ぐらいに思ってたんでは?)
後段の話は聞いた事は無い
当時は今からすると不思議だが軍も遠慮するぐらい国民的人気が有った

10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/12(火) 13:35:09.76 ID:Lz1S4DqE0
観念右翼や革新官僚、軍部らがドイツ的な体制を目指した新体制運動の集大成が翼賛会であり、そのリーダーとして期待したのが近衛。しかし近衛にその熱意はなく、周辺は落胆した。結局翼賛会は政府の下部組織にしかならず、新体制運動は衰退した。

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/12(火) 17:47:15.61 ID:4UeCv6XD0
革新官僚と観念右翼は目指す方向が反対。新体制運動においては三つの考え方があった。
まずは革新右翼で、ナチス的な一党独裁、及び陸軍統制派が目指す高度国防国家を理想とする。
観念右翼は革新右翼とは反政党政治という点で一致するが、ナチス的一党独裁については幕府的で国体に反するとして『無党』を目指す。陸軍の皇道派が観念右翼に近いが、すでに皇道派は軍部の中での力は失っていた。もう一つは近衛側近グループで、これも既存の政党に反感を持つ点で一緒だが、より強い組織をつくることで軍部に対抗しようという意図があった。
新体制運動は当初は革新右翼と近衛側近グループに主導されたが、だんだん近衛は観念右翼を気にするようになり、結局近衛側近グループの安井英二、風見章を閣外に追い、かわって観念右翼の親玉平沼騏一郎、皇道派の柳川平助らを迎えた。
その後近衛側近の有馬頼寧が翼賛会事務局長をひいて近衛側近グループは壊滅した。
平沼は翼賛会は公事結社であるとして政治活動を禁止し、結局翼賛会は強力な一国一党体制を築くことはできなかった。
ただし平沼らは軍部の言い成りにさせるために翼賛会を無力化したわけではなく、そこは結果論。

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/16(土) 02:29:00.43 ID:acBl0qcC0
国民代表を選ぶ方法は選挙による代議制しかないのは近代国家ならば不可避
当然政党(理想論では政治信条、実際は現実利害の影響の方が強い)が無ければ機能しない
昭和初期の泥仕合(目的のため軍部まで利用しようとした)は経済恐慌が進行する中で国民の失望をかった

「和」を理想とする国民性には(現在でも無党派層が能動的に語られる)違和感が有るのかな?

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/26(火) 12:20:38.94 ID:JKHklywv0
選挙の時に右翼を使って対抗候補を殴ったりとかしててよく先進国名乗ってたとは思う>戦前

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/27(水) 16:20:54.08 ID:nRQ2988t0
>>16
アメリカもデモ鎮圧に戦車を引っ張り出す時代だから
現在と比べるのは違うかと

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/06(金) 18:59:29.74 ID:7tBhW1MJ0
6 :日本@名無史さん:04/09/15 11:49:55
国民の絶大な期待と、西園寺公望の絶大な支持によって首相になった。
こいつなら 軍のいい様に使われている内閣を変えてくれるとみんな思った。。。しかし・・・・・・

しかし日中戦争の不拡大方針を破り、第一次近衛声明で蒋介石の「国民政府を対手とせず」と言い、和平の道を閉ざした
さらに、ナチスを手本に新体制運動を推進。

こいつが日本をおかしな方向で導かせた
このおっさんはヒトラーになろうとでもしてたのか

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/06(金) 19:05:36.00 ID:7tBhW1MJ0
16 :日本@名無史さん:04/09/15 22:11:17
【国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56戦争の天才と謀略の天才の戦い
88~93近衛文麿の正体】

近衛は中学生の頃、高貴な華族の家柄であるが故に貧困に喘ぐ下層階級を見て良心の
呵責に苛まれ、弟の秀麿に「社会主義談義」を頻繁に行い、京大学生時代には貧困の問題を研究し、大正三年(一九一四)、近衛は新思潮五、六月号にオスカーワイルドの「社会主義下の人間の魂」を翻訳掲載し(発売禁止処分)、ワイルドの言葉を借りて次のように述べている。

「私有財産が諸悪の根源であり財産と貧困の害悪を断ち切るには社会主義を実現するしかない。」   

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/28(土) 12:53:35.83 ID:ZL2F51ee0
広田と松井はほんとに気の毒だ。

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/29(日) 19:02:53.52 ID:QSSDisqe0
木戸は広田が西洋式の裁判のやり方に応えてたら死刑は無かったっていってるよね
近衛のことはわからないけど

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/29(日) 20:27:16.16 ID:npaG6yAM0
近衛は最低でも終身刑だろうな。
俺様お殿様で脳天気だっただけだけど、翼賛会とか、相手せずとか、実際やったことは酷すぎるから。

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/04(土) 10:00:13.19 ID:mrTw4rOR0
近衛新体制運動は完全な売国行為。
共産主義運動としか言いようがない。

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/05(日) 00:42:52.47 ID:hOsWtuS40
貴族が共産主義のわけないだろ。
共産主義になびくのは、「家」を持たない学生までで、それ以降はせいぜい社会主義まで。共産主義だと家の歴史を全て捨てることになるから。
結局、近衛は親政を自らの手で行うために、トップダウンの政治を好んだに過ぎない。

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/15(金) 23:55:14.69 ID:d+Lbm7Ec0
>>30
レーニンは貴族出身だよ。

47: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/21(木) 07:26:14.83 ID:3UdwYpvm0
>>44 >>30
どこの国でもサヨはリア充だよ。理想の空論にかぶれるのは金持ちの坊ちゃんがおおい。またどこの国でもウヨはなぜか底辺なんだな。

49: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/21(木) 11:39:12.16 ID:7PhXPIRD0
>>47
その傾向は強いけど、欧米強国では富裕者の右派も多いよ。
その典型がブッシュ一族。

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/21(火) 00:04:34.66 ID:fwIs+9h+0
国難の時代に血統で人を選んで失敗。
国難の時代に学歴で人を選んで失敗。

門閥と学歴以外の指導者の選び方も考えないとね。

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/22(水) 20:22:53.13 ID:q6xYxD2T0
というかブレーン集団の昭和研究会自体が共産主義団体

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/28(火) 22:21:59.78 ID:wSCj+suE0
近衛が駄目だと言っても当時の腐った政党やマスゴミの人間よりは真剣に日本のことを考えていたと思う。

40: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/02(土) 06:14:15.83 ID:KmThLcl70
国のことを考えていた~で過ちが正当化されることはないんだよ

41: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/11(月) 20:02:35.53 ID:Jy3zAibz0
近衛新体制運動もやはりダメだった。
どうして東京帝大蹴って京都帝大へ進んだ奴がこれほどまでに頭が悪かったのか。

42: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/12(火) 00:02:55.20 ID:0y2z9NN20
頭が悪ければもっと謙虚になっただろうけど、本人からしてみれば、頭が良すぎて困っていた状態だったのでは?周りがバカに見える症候群というか。実際は自分がバカなんだけど。

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/12(火) 06:34:49.49 ID:OkK+PfMj0
近衛も日中戦争が泥沼化してさすがに当初の方針(短期決戦で撃破)では駄目だという自覚が生じ陸相、外相の交代をした(この時期には珍しく首相主導)
でもその後がいけない・・・
宇垣は政治器量は首相級の人物でプレッシャーを感じたのではないかな?
陸軍と外務省の対立にあまりにも冷淡なのはそのせいか?

45: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/21(木) 07:08:30.79 ID:MTvpLqxs0
広田は気の毒だよ。軍人が文官と統帥事項で共同謀議するなどありえない。南京大虐殺に関しても外務大臣は軍の行動に影響力を持たなかった。つまり、検察官も裁判官も日本の統治システムの特殊性に考慮を払わなかった。

46: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/21(木) 07:23:47.33 ID:3UdwYpvm0
>>45
統帥権独立なら大元帥陛下も戦争責任を問われたはずだが実体がなかったと判断されたのかな。政治側の首相にあたるポジションが軍事側にないんだ。
自衛隊の統合幕僚長にあたるポジションがなかったので大元帥が陸海軍を直接別々に指揮していたことになる。よくこれで戦犯を逃れたものだ。

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/21(木) 11:37:09.76 ID:3jyQm9K+0
>>45>>46
首相の一人は自殺してるし、もう一人は天皇に責任ないって証言してるんだから、(さらに、反論する人間が日本側にはいない)内閣にそれなりの権限があることにしないと仕方ないわな。実態がどうであれ。広田は天皇に追求が行かない裁判戦略の犠牲でしょ。

松岡洋右が独自性発揮していたのも影響大きいだろうな。
あれは軍部寄りだから許されたんだが。

50: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/22(金) 00:42:00.52 ID:ZeBcApme0
>>45
>広田は気の毒だよ。軍人が文官と統帥事項で共同謀議するなどありえない。

統帥大権と外交大権は一応並立的なモノだったんだから、陸海軍の行動を外交大権を行使して掣肘しなかったという「不作為責任」を追求されたんじゃないのかな。

まぁ、ぶっちゃけ国務大権や統帥大権が並立(悪く言えば乱立)している日本の政治形態で、君主無答責という建前が存在していることが異常と云えば異常。

本来なら、全ての権限をとりまとめてその上で決断を下す(責任を取る)主体を置かなければならなかったのに。


当時の日本をその辺のスーパーマーケットの店舗の状況に例えると、

商品仕入大権保持者:1人前パックで3000円くらい取らないと元が取れない高級マグロを仕入れました。
店頭販売大権保持者:値段が高くて客が買わないんで1パック500円で販売します。
品質管理大権保持者:この暑さで腐らせちゃったんで廃棄しました。
人事管理大権保持者:仕事がないんでパート・アルバイトを全員自宅待機にしました。
会計経理大権保持者:金庫にお金がないんで、闇金から金を借りてきました。

このぐらいあちこちの部署がむちゃくちゃをやっている状態だった。

それぞれの人間は「店長への報告はちゃんとしている、だから自分には責任はない」と主張していて店長の方は「俺はそもそも責任持たないよ」といって、部下の報告を聞いても明確な決断もしなければその判断を咎めてやり直しを命ずることもしなかった。

結果どうなったかというと、莫大な負債を出して倒産したという当たり前の現象が起こった。

52: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 00:28:30.77 ID:PJ6ug01R0
広田弘毅のことをとやかく言う人がいるけど、自分は広田弘毅が好きだし尊敬している
↑のレスで書かれてあるように広田自身にも失態があったのは否めないが東京裁判の時の広田は本当に立派だったと思う
近衛文麿と同レベル扱いされるのはあまりにも酷だよ

53: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 01:49:08.73 ID:LdRdIDJ40
人格的に尊敬できる人であったり、裁判の場で立派な態度をとった人だったというのは否定しない。

けれども、政治家として、外交官として無能であった。
または誤った選択を行って国の進路を危ない方向へと進め、多くの国民の生命を危険に晒したという意味では非難されるべきだろう。

私たちが鉄道なりバスなりの公共交通機関を利用する際に、その運転手に対して求めることは、適切な状況判断が出来、円滑な操作・操縦を行って安全に車両を運行してくれることだ。

少なくとも、運転手の人柄や人格が尊敬できるモノであるとか、裁判の場で立派な振る舞いをしてくれることを期待して電車やバスに乗るわけでないし、居眠り運転で追突事故を起こしたり速度超過で脱線事故を起こすような運転手を、そうした理由で擁護できるだけでもないよ。

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 02:19:32.88 ID:YosKElOJ0
>>53
陸海軍は統帥権が独立して政府の統制下に無いのに外相の広田に何が出来たと?
おまえが外相だったら何か出来たのか?

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 02:42:40.10 ID:LdRdIDJ40
>>54
>陸海軍は統帥権が独立して政府の統制下に無いのに外相の広田に何が出来たと?

外相は外交大権を管掌している。

陸海軍が統帥権を持って独立しているのと同じように、これは天皇に直属している大権で、陸海軍といえどもこれに容喙することは出来なかった。
広田三原則の提示、軍部大臣現役武官制の復活、盧溝橋事件後の支那事変拡大の容認(追加派兵の決定)。

いずれも広田が外交官・政治家として行った決断だけれども、このときの広田の判断が違ったモノであれば、あの悲惨な戦争には突入しなかったんじゃないかというモノばかりだよ。

>おまえが外相だったら何か出来たのか?

歴史上の問題を論じているときに、「おまえが○○だったら何か出来たのか?」という問いかけほどナンセンスなモノは無い。

関ヶ原の合戦の時の石田三成の行動、鳥羽伏見の戦いの時の徳川慶喜の行動などを論じているときに、「おまえだったら何が出来たのか」と問いかけることにどういう意味があるんだ?

講談や小説の世界の話しをしているときならば、「俺だったらこの場面ではこうするね」とかの空想を得々と語ることにも意味はあるのかもしれないが、史実に基づいて歴史を語るという場面においては何の意味も持たない問いかけだよ。

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 18:02:17.88 ID:B4hZxKM80
>>57
> 軍部大臣現役武官制の復活

これは二・二六事件で軍を追い出された皇道派が陸軍大臣にならないようにと
まあうまいこと統制派に騙されちゃったんだな。

二・二六事件の処理は本当にまずかったよなあ。
天皇もキレちゃってたんだから、あの時文官が頑張るべきだった。

73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 06:58:29.93 ID:PJ6ug01R0
>>53
>けれども、政治家として、外交官として無能であった。

あれ?外交官では有能だったんじゃないか?
そのおかげで首相に推薦されたんじゃなかったっけ?
広田本人は拒み続けたらしいけど

74: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 10:19:33.91 ID:LdRdIDJ40
>>73
>外交官では有能だったんじゃないか?

普段どんなに真面目に仕事をして周囲からの評価を得ていたとしても、肝心要のところで道を踏み誤ってしまってはなんにもならない。

東京電力の幹部達は3月11日以前であれば、「優秀な企業人」として周囲から評価されていただろうけど、原発の危機という事態に際して手をこまねいて様子を見ているうちにとんでもない状態にさせてしまったという意味で、無能と批判されるようなことになった。

広田もそれと同じ。

55: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 02:24:33.51 ID:YosKElOJ0
だいたいマスコミが悪いわけで、責任を一部になすり付けて批判だけしてる戦後の無責任国民に比べれば広田は尊敬する人物にに値する。

56: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 02:30:24.36 ID:YosKElOJ0
日中戦争は国民全部が支持したのだから民主主義のルールに従えば、内閣の一員である広田はそれを認めざるをえないし、それを曲げる権限も与えられていない。
広田に何の罪も無い。

58: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 02:53:56.88 ID:LdRdIDJ40
>>56
>日中戦争は国民全部が支持したのだから

張作霖爆殺事件や満州事変が、関東軍の自作自演の犯罪行為で、それを理由にして中華民国に対して武力行使していたという事実が明かされていたら、果たして国民が支持していたかね。

「放射能は漏れてません、メルトダウンも起こってません」って報道しかなされておらず、現場の実情を報道しようとしたら軍から圧力を加えられたりテロの危険に晒されるとかで、報道が自粛されていたとしたら、今でも原発を推進して「原発は安全です」っていう政府公報の主張がまかり通っていたかもしれんね。

61: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 03:03:59.76 ID:YosKElOJ0
>>58
議会が存在する国で、議会が承認しなけれが政府も軍部も戦争を継続できない。
議会がそれだけの大きな権限を有していたのだから、国民にも当然、その責任がある。

63: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/23(土) 03:20:59.93 ID:LdRdIDJ40
>>61
議会が存在する国で、議会が選んだ首相を5・15事件や2・26事件などのテロ・クーデターで殺害して自分たちの意見を通そうとしたのが戦前の陸海軍軍人たち。

そもそも日中戦争開戦直前の昭和11年2月20の総選挙で、国民が選んだ政党は国際協調主義の理念の元に幣原外交を展開した民政党(127議席→205議席)で、逆に議席を減らしたのが軍部と共鳴して国体明徴運動や天皇機関説排撃を主導していた政友会(242議席→171議席)だ。

民意は明らかに戦争・ファッショ体制を否認し、国際協調と反戦主義を支持している。
その民意を踏みにじったのがその直後の起こった2・26事件だ。
これでなぜ国民に責任があるのか、皆目理解出来ん。

84: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/24(日) 22:44:42.49 ID:NkuAKueG0
同じ首相でも東条英機や広田弘毅には同情できても近衛文麿には同情できない

87: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/27(水) 16:20:02.71 ID:YVmg1uTO0
マジな話、近衛の政治的なライバルって誰だ?木戸幸一?

91: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/28(木) 05:14:08.38 ID:Di9kDDeX0
>>87
ヒトラーなんじゃないの

少なくともチョビひげでは対抗意識満々。

92: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/28(木) 17:29:43.15 ID:v09LDR2G0
>>87
天皇を含めて日本に俺のライバルなんていないと思っていたのが近衛さんの抱える問題。
チャーチルやルーズベルトと並ぶ人間と本人は考えていた。現実と乖離しすぎ。

93: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/28(木) 20:26:25.67 ID:L5fZ6Vts0
むしろ、彼自身は終生、居心地の悪さを感じてたように思うな
楽しかったのって京都の学生生活くらいじゃ。

95: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/31(日) 10:30:55.90 ID:ciqj6f4h0
まあ普通の感覚だったら終戦後とはいえ国務大臣を受けたりしないよな・・

「俺が宮様(東久邇宮)内閣を支えるんだ」とか
「ここをうまく務めればGHQの自分への印象が良くなる」とでも思ったか

100: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/07(日) 21:38:56.27 ID:vS/zqjir0
広田は情状酌量の余地があるが
近衛は全くなし
増しては自分の所業を棚に上げて戦争責任を天皇や陸軍のせいにするとは


101: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/07(日) 21:48:16.86 ID:vEAO7crB0
近衛は自分自身は国際的な教養があるくせに自分の内閣時代にやらせた神懸り軍国主義教育について何の罪悪感も感じていなかったようだな。

俺はそこが許せない。

102: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/07(日) 22:03:25.02 ID:JbZUnlE80
公家は自分の血筋を破壊するようなリベラリズムを身につけられないからね。
いくら若い時は共産主義に熱中してても。

127: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/13(火) 22:22:20.82 ID:woTjoRyu0
インテリのワカモノがマルクスに傾斜するのは当時当時なら至極当然、、

一般に流布されてる平和への努力家、優柔不断の日和見主義、とは全く違う事やって来てるよね、
日華事変にいきなり予算つけたり相手蒋介石政府との対話自体拒否する宣言したり41年9月の御前会議時点で対米戦争決定したり

コミンテルンに加担した、との筋で考えると色々納得いく不思議
が、共産国になってどんな国体を目指していたのか
日本を共産主義の国にして五摂家筆頭の自分が書記長になるとか、、、

いずれにしろ戦陣訓に生きて虜囚の辱め、、、をいれたくせに自分は自決失敗したヘタレ軍人東条と比べると腹が据わってるなぁと思う

130: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/16(金) 01:18:31.95 ID:V86UEpAD0
近衛は平和の努力家ではないだろw

131: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/21(水) 02:32:30.18 ID:em4M2smoi
そうかな?東条ばかりクローズアップされたからかな
敗戦後の手記は責任が自分になかったような書き方してる(努力した)
戦争体験した物書きが近衛よりも陸軍の派閥抗争による暴走の視点で書いてるし(暴力装置の背景のない近衛では引きずられてもしょうがなかった)
世論的にも人気あったし(支持率あればずっと高かったんじゃなかろうか)

なにより法廷に引きずり出されるの回避してる

132: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/22(木) 00:37:35.17 ID:/YZwbPUzO
近衛は和平派だったのは、自分で言ってるだけだろ
実際は総理の才覚がなく、右往左往したんだよ

133: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/22(木) 11:46:01.93 ID:E0OguNu20
三国同盟に積極的だったし
ナチスを意識してたところもあったしな

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/09/22(木) 18:04:47.99 ID:AO6kfNPr0
まあ本人はヒトラーよりも、自分はチャーチルやルーズベルトと同格だと思っていたみたいだが。

親米派の山本五十六も有名な「一年だけならば」の対談で、近衛は非常に高飛車な態度だったって、知人への手紙で漏らしてるね。
はっきりとは書いてないんだが、その手紙を読むと、近衛は「ああ海軍は軍隊なのに対米戦争できないんですか」みたいな態度だったと思われる。

138: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/11/05(土) 01:37:50.01 ID:9QFmD+mrO
近衛が偉人なら戦争は回避できたかもな

163: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/02(金) 14:20:44.74 ID:sHucGJIR0
近衛や広田は確かに決定的な役割を演じてしまったが
ミクロな点で彼らが違う決断をしていても、日本のマクロな方向性は変えられなかったと思う

引用元: ・【A級戦犯】近衛文麿・広田弘毅【大政翼賛会】