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1: 木梨「スーシーでもターベーニイーコーカ」 2011/10/18(火) 13:01:19.77 ID:RC7W3JjP0
いい人だよね








2: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/18(火) 13:33:59.89 ID:VcVaAJGt0
病弱だった為に語るべき内容が薄そうな人だったと思うけど、初めて神前結婚式を挙げたり(その為、神前結婚式が一般に普及したと言われている)、側室を持たなかったりと色々なエピソードのある人だね。

3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/18(火) 19:25:42.60 ID:UVCTgsmxO

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/22(土) 01:08:37.71 ID:xcDoyTTf0
地味天皇

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/22(土) 01:53:34.48 ID:t54G7fCIO
実務は昭和天皇が摂政だし、ウイキみても逸話が少ないからな

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/23(日) 09:55:55.12 ID:NyVGZVR+0
理想的な立憲君主とも言えるな
大正デモクラシーもあった事だし

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/23(日) 18:48:26.01 ID:oTV0voIG0
原とはうまくいってたらしい。
原の死後、山縣の意向で摂政が置かれる。

9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/23(日) 23:45:35.46 ID:prBaLuY00
昭和天皇から嫌われてた田中義一ともうまくいってた。

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/27(木) 05:37:31.66 ID:ttJ37kR6O
一般国民には、お顔すら知らない人が多くいるんだよね。
何か政治に纏わるエピソードとかあればいいんだけど…。

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/10/27(木) 05:49:45.91 ID:daLOe1SU0
遠眼鏡事件

遠眼鏡事件

「遠眼鏡事件」とは、「大正天皇が進行した脳病により帝国議会の開院式で詔勅を読んだ後、大正天皇はその勅書をくるくると丸め、遠めがねにして議員席を見渡した」とされる「事件」であり、それにまつわるさまざまな風説が流布されており、「大正天皇は暗愚であった」と誤って評価される要因の一つであると言われる。

この種の風説に関して書かれた記事は数種存在するが、記事相互の内容(天皇の行動、「事件」が起こったとされる時期など)はかなり異なっており、信憑性は定かではない。


14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/11/09(水) 23:40:12.35 ID:OlODqasz0
大正天皇とか自立心ありすぎて山縣に厄介視されてただけで、実はけっこうまともだったという説もある。

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/11/11(金) 13:11:27.38 ID:M97XyhDH0
>>14
大正天皇は病弱で病んでたんだよ。

大正天皇が健康だったと言うのは原武史が史料をパッチワークしてつくった蓋然性のない奇説。

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/11/12(土) 22:11:14.78 ID:/Osy0uaa0
健康だったとは書いてたか?
青年期は比較的健康を取り戻していたみたいな記述だったような記憶があるが。

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/11/22(火) 21:29:55.80 ID:VZfaUYd90
もしも大正天皇が心身ともに人並み程度に健康で、60~70歳くらいまで寿命があったら。

大正天皇生誕
1879(明治12)年.  0歳

大正天皇即位
1912(大正. 1)年 33歳

第1次大戦.    
1914(大正. 3)年 35歳~1918(大正. 7)年 39歳

シベリア出兵
1918(大正. 7)年 39歳~1922(大正11)年 43歳

関東大震災
1923(大正12)年 44歳

大正天皇死去
1926(昭和. 1)年 47歳

張作霖爆殺事件
1928(昭和. 3)年 49歳

世界恐慌
1929(昭和. 4)年 50歳

満州事変
1931(昭和. 6)年 52歳

5.15事件
1932(昭和. 7)年 53歳

2.26事件
1936(昭和11)年 57歳

日中戦争開戦 
1937(昭和12)年 58歳

太平洋戦争開戦
1941(昭和16)年 62歳

太平洋戦争終戦
1945(昭和20)年 66歳

講和条約発効
1952(昭和27)年 73歳

大正時代は日本が戦争に明け暮れた暗黒時代、昭和時代は戦後復興から高度成長・バブル景気にいたる日本空前絶後の黄金時代ということになるのか。

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/01(木) 15:42:06.81 ID:XGpf4+LzO
秋篠宮がポロッと口を滑らせるところなんて大正天皇の血なんだろうな
自由人で親しみやすい人と印象

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/09(金) 18:47:20.53 ID:x8zhijxUO
近代の偉人でこれだけ謎に包まれた人もいないな
人物評価が定まってないどころかエピソードすら断片的に語られてるだけだもんな

34: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/11(日) 01:48:24.21 ID:qydY7zU60
このお方の本当のご病名は何だったのかな??

失行、記憶障害、失語が徐々に進行していたのは記録上、間違いない。
摂政を立てて葉山で静養しておられた時期のご様子の断片的な記録では、晩年には知的障害にまで進行した可能性も大きい。

何らかの緩徐進行性の脳神経疾患を患っておられた、という所までは想像できるが・・・
「1リットルの涙」で有名になった脊髄小脳変性症とも少し違うようだ。
アルツハイマー病とは全然違うし。ピック病でもないし。まして(当時噂になった)梅毒でもないし。
では何だったのか・・・

ご幼少の頃のご様子を読むと、どうやら多動性学習障害だった疑いがあり、色々とご病弱だったのも間違いないが、後年の脳疾患との直接の関係はないだろう。

当時の公式発表では、ご幼年の頃の脳膜炎との関係を推察しているが、かなりピント外れな感じだ。あれはあの当時の最高の医学の結論だろうが、まあ時代の限界か。

緩徐進行性の脳神経の変性疾患といっても、ネット上の情報を見ると現代医学でも最先端の(未解明の部分が多い)テーマのようだ。

現段階ではご病名の結論を出すのはまだ無理、ということか。

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/11(日) 11:54:50.24 ID:sshiHnJm0
単純に脳腫瘍じゃねえの

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/11(日) 22:34:43.56 ID:lW07u1/Q0
もしも大正天皇の晩年の病因が幼少時以来の先天的な虚弱体質によるものではなく、何らかの後天的な疾患によるものであって、もしかしたら回避できていたのかもしれなかったのだとすれば、 >>23のような仮定にも意味が出てくるのか?

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/11(日) 23:48:02.25 ID:qOLOhBfHO
晩年は脳を患ったけど、若い時はかなり冴えてたんでしょ
馬術や漢詩の実力はかなりのレベルだったらしいし

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/14(水) 19:34:24.46 ID:tO8dIMWXO
皇太子時代は結構国民には愛されてたったって話だよね
公務で地方に行った時は毎回気さくに国民とコミュニケーション取ってたみたいだし、当時の新聞でも好意的に伝えられている

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/31(土) 15:35:11.23 ID:g8zobRzY0
>>39
> 公務で地方に行った時は毎回気さくに国民とコミュニケーション取ってたみたいだし

映像メディアが発達した今だったら、そのやり取りが
「洒脱な嘉仁殿下、女子学習院にて一日漢詩教授!」
「ダンディ嘉仁、ムーディ勝山と大いに語る!」
みたいに、意外とテレビ的にウケていたかも知れない

41: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/12/28(水) 13:54:45.02 ID:JffhG2Ss0
望遠鏡代わりに丸めて隣の侍従をポンとたたいたようだ。
いまでいう三笠宮みたいな破天荒人を思い浮かべる。

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/01/09(月) 23:39:54.14 ID:QaqJd7L40
皇太子時代は積極的に巡啓を行って気さくに国民に話しかけてたそうだな
おいタバコ吸うか?とかなw
大正天皇が葉山御用邸で葉巻を吸われている画像があるがかっこいいぜ
訪韓時の集合写真もキリッとしてる
Yoshihito_in_korea_1907
1907年(明治40年)、訪韓時の皇太子・嘉仁親王一行。前列右より 韓国皇太子・英親王(李垠)、皇太子・嘉仁親王、韓国皇帝・純宗、有栖川宮威仁親王、後列最左は伊藤博文



61: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/09/12(水) 22:21:01.89 ID:WF8EQ4Ii0
脳を病んでゐたことと,書や漢詩が立派だったこととは,両立しうることだ.
思無邪(おもひよこしまなし)で清々しいことではないか.
作者を知らずに立派な作品をみて感動し,実はそれが大正天皇の作だとあとで知らされて
二重に感動する.そんな経験をした人も少なくあるまい.

「立派な書や漢詩を残したのだから,知的障害はなかったにちがひない」などといふのは
まったくつまらぬ俗論だ.

62: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/09/16(日) 16:14:05.78 ID:gaobuJQU0
>>61
画家の山下清のような例もある。
でも大正天皇は普通に話しをされていたそうだし。
知的障害とは、どういう症状なのだろうか?

63: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/09/16(日) 22:02:07.55 ID:meYIP+oYO
>>61
高い教養と知性、大衆を魅了した人格的魅力は前提として考えるべきだと思う。これらを兼ね備えていて、精神を病む事はままある。
正常な人間が異常な事態に暴露され続けて異常をきたすのもまた正常な反応だ。

文学者は精神疾患を抱えた者の率が多い職業だ。人間関係を持つ事に障害があっても従事する事が可能だからだ。しかし強度の知的障害があれば従事する事は不可能だ。

65: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/09/24(月) 07:22:53.98 ID:qYrCOb0Z0
完全世襲制を採っている以上、今後 知的障害者が即位する可能性が大いにある。
それもよしとしている制度だ。

66: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/09/24(月) 09:21:09.63 ID:Y4x9dshiO
>>65
天皇の皇位の世襲は、神武を祖とする父系出自集団の一部を天皇と皇親からなる皇室とし、次代は皇親のなかから選ばれる世襲。皇位の継承は財産の相続ではないので、良かれあしかれ問題のある人物の排除は可能。
大正天皇の場合は摂政を置く事になったが。

71: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/11/18(日) 13:00:06.95 ID:XelSNehg0
在位年数の短さもあってか、明治・昭和に比べて影が薄いね
大正天皇を知ろうとしたら、とりあえず、どの本を読めばいいの?

72: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/11/19(月) 15:26:50.43 ID:85e1BdQ2O
大正天皇実録

79: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/09/06(金) 00:24:39.29 ID:BkI3DtQG0
女官にお菓子をあげる際、逃げられないように女官の手をギュッと掴んで離さなかったとか。
今の時代やったらセクハラですねw

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/09/19(木) 01:30:46.69 ID:6wBA2X2w0
お小さい頃まっすぐ歩けなかったらしく公的な場所に出る時の為に側近が傘の骨の先に鈴をつけて傘を回し(すると鈴の音がするので)それを見てまっすぐ歩くように練習させた

という話を聞きましたが本当かな

83: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/18(金) 12:40:49.57 ID:3C29ydTQ0
皇太子時代に韓国を訪問し、韓国皇太子と会われている。
日韓の皇太子同士の会見だった。
これ以来、韓国に親しみを感じられ、おん自ら韓国語の勉強をなさったりもした。

即位後、朝鮮半島で「3・1 万歳事件」が起こる。
さぞやショックだったのではないだろうか?
側近を呼びつけ、
「これはいかん!半島は独立させるべきだ。お前たちすぐに手配しろ!」
と命じられたかもしれない。
それで、「陛下、ご乱心!!」とばかりに病室に監禁された・・・

という出来事はなかっただろうか?

85: spotswood 2013/11/23(土) 08:49:34.67 ID:fZeFOQKM0
大正天皇は全国を巡察されていた事がある。
ある日、船の上からトカラ列島を御覧になっていた天皇は、「あの島に学校はあるか」と側近にお尋ねになった。
この御下問がきっかけになり、トカラに初めて小学校ができたという。

「村落共同体崩壊の構造: トカラの島じまと臥蛇島無人島への歴史」によると、トカラ列島に小学校令が施行されたのは、昭和5年(1930年)のようです。
>>85のソースをご存知の方は、コメント欄によろしくお願いします。


86: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/12/01(日) 19:51:16.56 ID:NmP6svxbP
この時代に、大正帝が望んだような開かれた皇室が実現してたら、歴史は変わってたかなあ?

87: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/12/02(月) 18:06:24.33 ID:sV/l3c0q0
大勢は変わらなかったと思う

88: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/01/06(月) 18:55:06.74 ID:15eqbjnai
遠眼鏡事件で池沼扱いだけど本当は普通の人だよ

89: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/01/06(月) 20:07:22.50 ID:CvokBuDo0
>(議院の)開院式に臨御された陛下が詔書を朗読されたあと、それを丸めて紫の袱紗をおいた三宝の上にお置きになった。どうも陛下は病気が進まれてからは指先が不器用になっておられたし、うまく詔書がまけなった。
陛下は、うまく巻けたかどうかと、もう一度それを手にとられた。やはり心配だったのだ。そして、ちょっとすかしてご覧になり、すぐに元の位置に戻された。
この何気ない一瞬の仕種が、下段の議員席から見上げると、まるで遠眼鏡で陛下が覗かれたように目に映ったのである。
原武史著「大正天皇」


98: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/05/29(木) 22:15:31.54 ID:wsadshQ40
原武史の本では資料引用しつつ学習院ではちゃんと椅子に座ってられなかった、いわゆる多動だったと書かれていた
今だったらADHDとか診断されるのかなーと思った
敬宮愛子さまは大正天皇の遺伝を色濃く受け継いでしまったのでしょうか

99: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/05/29(木) 22:37:35.42 ID:DpwwfILp0
一言多かったり突発的な行動をする所は秋篠宮様が引き継がれてるな
天才タイプ

90: 風老児 ◆ZPG/GcTAlw 2014/01/22(水) 04:08:04.47 ID:8DKsAI080
大正天皇 

漢詩に造詣の深かった人

91: 風老児 ◆ZPG/GcTAlw 2014/01/22(水) 04:14:30.38 ID:8DKsAI080
>>90 続き 

1367首作られたという 
歴代天皇の中ではダントツ 
私的な感情をゆったりと詠まれたものが実に多い

92: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/01/26(日) 20:13:53.94 ID:IamKowAQP
今の天皇に近い雰囲気だったのではないかな。

引用元: ・大正天皇について語ろう



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