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1: 人間七七四年 2007/07/16(月) 01:43:41 ID:5Z1rbv3W
なぜ秀吉は毛利に勝ちきれなかったのか
なぜ和睦を持ち出して泣きついたのか

滅亡寸前に追いやられた武田や上杉と違い、織田の侵攻を唯一跳ね除けた毛利の強さの秘訣を教えてください








5: 人間七七四年 2007/07/16(月) 05:00:55 ID:E9WpDK09
信長が援軍として行ってたら毛利は滅亡してるだろ
光秀に討ち取られたから叶わなかったが

10: 人間七七四年 2007/07/16(月) 18:00:03 ID:go9oLjbc
秀吉が苦戦してる以上に毛利が苦戦してるだろ
一時は大坂湾にまで勢力が及んだ毛利氏は旧山名領を失い、備中にまで後退している

11: 仙台藩百姓 2007/07/16(月) 18:28:03 ID:S2KHYOPN
苦戦も糞もないおね( ´ω`)
むしろとっくに毛利は終わっていたお
羽柴軍を皆殺しにするぐらいじゃなきゃ無意味
織田は毛利だけを相手にしているわけではないお
北陸、関東、中国、四国などと戦線を拡大し
それでいて毛利の総力以上の余力があったお
日増しに織田の勢力が増してるのに
防戦に明け暮れているだけの毛利に勝てる要素などないお
いつまで持ちこたえて滅びるか
若しくはどれだけ上手く降伏できるか
ぐらいしか選択の余地はないお( ^ω^)

13: 人間七七四年 2007/07/16(月) 18:54:04 ID:biLxq0bO
そもそも信長は毛利を滅ぼす気はなかったでしょ
適当なところで降伏させて四国攻めに加勢させていたはず
丹羽勢だけじゃあ少ないし

14: 人間七七四年 2007/07/16(月) 19:14:25 ID:Wrcs0SlV
あの頃は余り動かなくなった信長が自ら赴くぐらいだし
むしろ徹底的に潰す気だったんじゃないか?
今までも大大名を許した事は一度もないし
まして余裕ができたあの時期に毛利を生かしてやる必要があるとは思えない

16: 人間七七四年 2007/07/16(月) 19:55:46 ID:TTc1LEsM
そもそも織田の一軍団=毛利という状況でアウトだろ。
信長が援軍送ればおしまい

19: 人間七七四年 2007/07/16(月) 23:16:31 ID:ioZhEcvZ
秀吉が援軍を求め、信長が自ら大軍を率いて出陣しなければならないくらい
織田は追い詰められていたともいえる

22: 人間七七四年 2007/07/17(火) 00:16:48 ID:sce/TP7k
その信長の直属の大軍が本当にいたのか疑問だと思う。
毛利に対するはったりか?
約1万の明智軍団の他に残りの5万は誰の軍団?
司令官はいたの?
信長が直接指揮する軍団って1万ぐらいじゃないの?
なぜ、本能寺には息子の軍含めて0.2万ぐらいしかいなかったの?
あとからよいしょの作家がかいた文献が本隊5万としただけであれば
実は織田軍ははったりのおれおれ詐欺師だった可能性もある。
それも戦術ではあるが今の信長、秀吉、家康のイメージからしたらせこすぎる・・・

23: 人間七七四年 2007/07/17(火) 00:32:42 ID:SvBrO0Zy
畿内から根こそぎ動員すりゃいけるんじゃね?
織田は招集をかけてから実際に軍勢が編成されるまでが他の大名と比べて明らかに早いだろう
むしろ毛利が高松城の援軍に間に合わないのは遅すぎ

24: 人間七七四年 2007/07/17(火) 00:33:29 ID:sce/TP7k
100歩譲って、織田本隊の軍が本能寺から離れたところにいて毛利攻めに備えていたとしても、秀吉軍よりはるかに光秀の近くにいたはず、それも毛利攻めのための重装備で(毛利は上杉や武田よりもはるかに鉄砲装備率が高かった。織田軍とはどっこいどっこい。ただ、織田軍は折り紙つきの弱兵毛利方は鬼吉川の精鋭はじめとした強兵と中くらいの強さの兵との混成部隊)
なぜ、織田本隊の5万で光秀のどう見ても2.5万以下の軍団に攻撃をしなかったのか?実は本隊5万?ははったりだけで存在しなかったのではないか?

26: 人間七七四年 2007/07/17(火) 00:51:59 ID:SvBrO0Zy
織田は三河勢のような強兵ぶりをアピールするようなエピソードはないが、そんな織田軍に名立たる大名家が滅亡させられ、上杉氏と毛利氏は守勢から劣勢へと追い込まれている
兵の強弱なんて不明瞭な要素を挟むのは良くない

織田本隊が5万の大軍を動員できたか否かについて疑問があるのは分かる
しかしこの時点で細川・筒井・信雄などはそれぞれ畿内の本領にいた
畿内で万単位の軍勢を動員することは可能だっただろう
ただ少なくとも本能寺勃発時点では、軍勢の形を呈していなかっただろう

38: 人間七七四年 2007/07/18(水) 20:42:36 ID:6YQaE5JW
むしろ信長は毛利に上手く備中高松におびき出されそうになっていたと言える

39: 人間七七四年 2007/07/18(水) 22:27:58 ID:opPHYA9i
>>38
備中高松城に援軍にやってきた毛利軍は、輝元を入れても1万数千程度だぞ?
元春なんて、南条の押さえがあるから、それこそわずかな手勢だったらしい。

毛利が備中で信長と、一戦交えようとしていたとは思えない。

42: 人間七七四年 2007/07/18(水) 23:48:18 ID:oi4p6PPw
>>39
厳島みたいに1戦で相手の総大将の首を取る作戦って事なんじゃない?
可能かどうかは別として・・・。

43: 39 2007/07/19(木) 00:20:21 ID:65qMaz9i
>>42
そうであれば、幾らなんでも兵が少なすぎる。
そして毛利が織田軍と本当に勝負しなくてはならなかったのは、(絶好の機会は)上月城合戦の後だと思う。元春の主張どうり戦うべきだった。
戦って織田本隊を叩き、毛利家だったら織田と互角に戦えることを近畿の豪族、小大名にアピールすべきだった。それをしようとしなかったから、(できなかったから)近畿の豪族、小大名たちを味方にする事ができなかったし、結局宇喜多、南条らにも見捨てられたんだと思うよ。

47: 人間七七四年 2007/07/19(木) 07:19:02 ID:PhR6T1hf
実際そんなゲームみたいな単純脳だと戦国武将として失格だと思うがな
毛利方の兵はうん万がどうとか(笑)その他いろいろな要素がある

兵の多寡で確実に勝敗は決まらないよ。わかってないと思うけど兵が多いと言っても一度に運用出来ない。部隊戦で制されると相手に降るのも居るしそれに漬け込んで尾ひれを着けた偽報だって流される。

ま、要はわかんないってこと、やってみないとね

48: 人間七七四年 2007/07/19(木) 11:30:08 ID:UVrxUCLh
戦が兵の多寡ではない?
勝敗の大部分は兵の多寡で決まるのは常識
寡兵を持って大軍を破るなど、古今東西の例が多く残っているからそんな誤解をする
寡兵が勝利を得るには、機を見る鋭敏な目と勝機を作り出す智謀と天佑が揃わなければならない、毛利にそれらが備わっていたと思うか?

畿内への攻勢をかけるも失敗し、機を見い出せず形勢を逆転させること叶わず、守りに徹するのみでいたずらに時間を浪費し、織田との差は一方的に開くばかりとなり、諸々の勢力の離反・降伏によって孤立していき、いまや領国は周防・長門・安芸・備後・石見・出雲に削れてしまった


毛利が劣勢であることは明らかであり、いずれは織田の軍門に下るのは間違いない

毛利が形勢を逆転できるのは、
1・織田軍の本隊を壊滅させ、戦力を多いに削ぐ
2・織田信長とその諸将を一戦で多数討ち取る
3・織田の中枢である畿内を迅速に制圧できる

この3点を全て満たさなければならない

形勢逆転を軽々しく口にしてしまうのは歴史を物語か何かと勘違いしてるからだよ

50: 人間七七四年 2007/07/19(木) 13:24:46 ID:F/Mqt201
>>48
まあ政治戦略状況ではもう詰みですよね本能寺直前の毛利は。ここからの逆転は、それこそ桶狭間か沖田畷のように戦術で大名を討ち取るくらいのことはしないと。もっとも、当主を討ち取ったくらいでは侵攻はストップできても勢力の逆転までは不可能。今川も竜造寺もそれで侵攻をやめて国内体制の守りに入ったけど、勢力が衰退したのは跡を継いだ二代目の問題だし。
仮に奇襲で信長を討ち取れても、信忠が健在なら本能寺のような織田勢力瓦解とはならんでしょうね。何年かは体制を固めなおすために侵略が停滞する可能性はあるけど。その間に毛利が周囲を侵略して織田以上の勢力を築く?無理無理。

52: 人間七七四年 2007/07/19(木) 21:01:58 ID:UufPV9/d
直家は毛利を見限って織田家についたが、その時点で見限られていたのでは無いか?
秀吉は詰んでいる戦だが花を持たせるために信長の軍を呼んだと言う説もあるが・・・

58: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2007/07/29(日) 19:15:26 ID:y+Zz0Wqx
当初は毛利が一時は織田方になった中間地帯を侵食していった。
播磨の別所氏や織田の直属の荒木村重などなど、1578年の上月城攻防戦時では織田方に対して圧倒的な戦力差を見せたものの毛利方はアピールのみに終始した、これで織田方をビビらせ攻めてこないようにしたなるべく戦いを避け天下を望まなかった毛利 ならではの防御戦略だった。秀吉はその後、毛利との本格的対決を避けた。
Wikipediaの「上月城の戦い」の「熊見川の戦いと羽柴軍の撤退」を参照。
その後、宇喜田の離反などあり、中間地帯で少し圧されていただけ。毛利のもともとの領にはまだぜんぜん達してなかったけど・・・・・・
毛利の本領に行けば、出雲には月山富田城に吉川元春が、備後には三原城に小早川隆景が根拠地としている。総兵力も5~9万のため。いくら織田ががんばってもそこで止まってしまうだろう。
両兵とも、尾張や摂津の兵より格段に強かったとされているし、装備も織田が過去戦ったどんな勢力よりも優れていた。

59: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2007/07/29(日) 19:32:17 ID:glbQ5UL+
毛利が9万とかありえないし、織田と毛利の力の差をまるで理解できてない

62: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/07/29(日) 20:46:23 ID:FeNgSmoQ
5万も動員したら、毛利氏の領土は1年も経たずに荒廃しまくるだろうね。

70: 人間七七四年 2007/07/29(日) 22:58:56 ID:9W9r+cKn
毛利は十ヶ国時代でも120万石で多く見積もっても総兵力は四万程度だね。
それと宇喜多か何かの記録で織田の兵は体もデカく具足や武器も高等だが、毛利の兵は小さく防具武器の質も低いと。

78: 人間七七四年 2007/07/30(月) 08:50:59 ID:4g6KGps3
上月城の毛利軍は連合軍であって、毛利単独の兵力では無い。
ただ、毛利を100万石クラスの大名と見るのは少し違うと思う。
長州藩は幕末時点で実高100万石は在ったし、毛利の豊臣政権時代の動員力は100万石クラスの大名では賄い切れない大規模なものだ。
西日本は流通が発達しており、米より金の方が重要(例えば武田などは米が不足しており、米価が高く見積もられていた)だったのだと思う。
故に米の作付面積だけの石高表記で動員力を考えるのは不十分である。

81: 人間七七四年 2007/07/30(月) 21:50:50 ID:dirA4HBn
>>78
江戸期の実高百万石と戦国期の実高は全然違うよ。
あれは江戸期に入ってから多数の家臣を養うための開発によるもので戦国期に関してはほぼ太閤検地とおりでしょ。

92: 人間七七四年 2007/07/31(火) 17:17:42 ID:BcRzB8Ui
>>78
毛利の場合は、瀬戸内海や日本海の湊による交易や石見銀山に代表されるような鉱業をある程度加味しないと。

93: 人間七七四年 2007/07/31(火) 17:28:07 ID:A5zya+uz
毛利が10万も動員できるわけないだろ
10万動員するには400万石必要なんだぞ
中国地方全部合わせても400万石には全く届かん せいぜい200万石
仮に毛利が北九州争奪戦に勝っていても、その後九州北部を取っていても400万石に届くかどうか・・

98: 人間七七四年 2007/07/31(火) 20:22:56 ID:t62HyF9y
>>93
毛利の所領は120万石。
一説によると1万石で300人動員できる。

99: 人間七七四年 2007/07/31(火) 20:59:58 ID:WUJHxLVZ
>>98
所領あたりの動員兵数を云々したところでより大きな織田の方が有利、という結論に達するため毛利家への援護射撃にはならんのだな。

100: 人間七七四年 2007/07/31(火) 21:56:37 ID:cqNqTzBc
>>99
やはり交易や鉱業の利益を考慮しないと。

101: 人間七七四年 2007/07/31(火) 22:01:34 ID:00IPdiWx
だよな
銭の面でも織田に大敗してるもんな

103: 人間七七四年 2007/07/31(火) 22:37:50 ID:cqNqTzBc
>>101
織田家は堺と京都、大津という畿内の大商業圏を抑えてしまったんだから負けるだろう。だから瀬戸内海交易や朝鮮半島との交易だけでは毛利にも限界があるだろう。何より朝鮮半島や瀬戸内海各地の交易で得た特産品の大消費地は畿内なわけでそこの市場に入り込めないと貿易の価値は半減する。
上杉謙信だって中央政界との交流を重視してるのも資金源だった越後産出の繊維の販売ルートを維持する目的もあった。

102: 人間七七四年 2007/07/31(火) 22:11:36 ID:SRRTyVQ0
但馬の生野銀山も織田にぱくられちゃったからな

103: 人間七七四年 2007/07/31(火) 22:37:50 ID:cqNqTzBc
>>102
毛利には石見銀山はまだ残ってたんでないの?生野銀山は秀吉の天下取りの財源になったみたいだが。

148: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/08/10(金) 02:01:04 ID:G9xMBZHd
毛利の最大動員兵力についてだが、備中兵乱三村氏討伐の際の毛利軍は、
「周防長門安芸備後備中備前美作因幡伯耆出雲隠岐総勢8万余…」と言われている。

実際はその半分以下だろうが…

108: 人間七七四年 2007/08/07(火) 11:43:22 ID:zdgU1sFx
割譲した五カ国なんて別に毛利の本領じゃないし、痛くもかゆくもない

120: 人間七七四年 2007/08/08(水) 06:17:49 ID:AXq6B1IE
>>108
そのとおり、その五カ国は毛利領というより毛利に従う豪族たちの領地でいわば毛利の勢力圏といったとこだし。割譲してもいたくない。

121: 人間七七四年 2007/08/08(水) 06:29:34 ID:UgtpijHR
そういうこと言い出したら毛利の本領である安芸以外どこを獲られても痛くないって話になるんじゃないの
五ヶ国割譲で毛利にとって不幸中の幸いだったのは五ヶ国いずれも既に秀吉軍が侵入してて、近い将来に完全に織田領になるのがわかりきってたことじゃね

122: 人間七七四年 2007/08/08(水) 07:51:31 ID:CRica8Yl
一代で成り上がった毛利に本領とか関係無いだろ。
織田勢が迫ればほとんどが靡くよ。

129: 人間七七四年 2007/08/09(木) 01:34:59 ID:eFUxY+LI
毛利の滅亡は時間の問題だったでしょ、だから5カ国割譲案に飛びついた。

130: 人間七七四年 2007/08/09(木) 01:37:58 ID:YmXrSBHl
あのまま戦ってたらどこかで国人の大量離反が起きて武田や朝倉みたいな展開で滅亡という可能性もあるからね

132: 人間七七四年 2007/08/09(木) 02:13:56 ID:kDsEOeGF
1573年
長府毛利家文書
輝元が穂田元清に当てた手紙。

信長には強気な態度をとることが寛容である。
次は宇喜多直家に注意せよ。信長が敵となれば直家を先鋒として戦わせれば問題ないだろう。
兎に角毛利が織田を気にかけていることは絶対に直家には知られないように。

\(^o^)/全部裏目とは流石輝元おぼっちゃまだぜ!

134: 人間七七四年 2007/08/09(木) 07:37:47 ID:vzgjjlFf
よく清水宗治は裏切らなかったよな
こいつが秀吉に寝返ってたらその時点で毛利は崩壊して滅んでたんじゃないか?

135: 人間七七四年 2007/08/09(木) 08:03:32 ID:NcZkFJkR
小早川隆景は戦い前に宗治を呼び出して内通したい者は卑怯とは思わないから内通して身を立てろと言い
籠城中には宗治に手紙で降伏を促したが、宗治は従わず結局隆景の意図しない時期に勝手に切腹した。

136: 人間七七四年 2007/08/09(木) 08:09:31 ID:VJ60QOV0
後に生き残った清水宗治の息子も秀吉から独立の大名にしてやると言われたが 毛利の配下がいいと言って断ってる、ここら辺が毛利のすごさだ。

137: 人間七七四年 2007/08/09(木) 09:37:28 ID:P3j7OF67
大名として独立すると毛利からの庇護が受けられなくなり
秀吉や家臣によって好きなように取り潰される恐れがあるから
家を存続させるためには独立しないほうがいいよね

138: 人間七七四年 2007/08/09(木) 09:40:45 ID:nsWIQCYw
というか秀吉の毛利弱体化政策(小早川とか安国寺のような)の一つであり、それに気づいた宗治の息子本人か毛利宗家が「だめ、絶対」って思ったんだろ。

145: 人間七七四年 2007/08/10(金) 00:46:54 ID:haRA90Ss
実際のところ自分ひとりでは勝ち目が無いと思ったから秀吉は信長に援軍を求めたんだろ。

147: 人間七七四年 2007/08/10(金) 01:13:31 ID:9JckF6DB
最初は苦戦したけど本能寺のころにはもうボロボロだよな

149: 人間七七四年 2007/08/10(金) 18:38:12 ID:lmtj4zJl
光秀の部隊の他に池田が1万前後の兵で援軍の準備してたしな。
四国の方は別に後回しでも構わなかったのに、同時に平行して攻撃準備にかかってたのは相当に織田の余裕を感じるよ。

150: 人間七七四年 2007/08/10(金) 18:44:24 ID:lmtj4zJl
よく考えると伊賀攻めなんぞに6万も動員できるんだから当然か。

160: 人間七七四年 2007/08/12(日) 00:23:27 ID:+1jrBxRB
宇喜多と南条が裏切らなければ毛利はまだ持ちこたえていた・・・。
まあその報いか関ヶ原後に改易くらったからよしとするかw

165: 人間七七四年 2007/08/12(日) 12:26:52 ID:e0dgXTu4
長宗我部がどこまで持ちこたえられるか・・・・
四国が織田に制圧され側面からも攻撃を受ける様になれば毛利もどうがんばっても支えきれんよ。

上杉も武田が滅び越前と川中島方面の両方から織田に脅かされるともう身動き取れなくなった。

167: 人間七七四年 2007/08/12(日) 13:25:36 ID:8LJocjMf
500万石の領地と大阪・堺に機内一体の海運を完全掌握する事による途方もない財力。
織田の一方面軍に過ぎない秀吉軍でさえ毛利を圧倒する力があったのも当然。

186: 人間七七四年 2007/08/13(月) 23:53:10 ID:vjeEmswO
あのまま本能寺の変がなくて、高松に信長が着陣してたら毛利はやはり滅亡してたのだろうか?
そして明智は石見と出雲が確実に手中に出来たのかも。あの講和条件だと信長はあと石見と出雲を毛利に差し出させて毛利の存続を認めるというのが微妙なラインと思うけど。


191: 人間七七四年 2007/08/14(火) 00:55:00 ID:QN9ZsiX/
毛利は本家・吉川・小早川の所領安堵なら降伏もアリだろ
この3家の所領自体はそこまで大きくないし
残りの国人連中は家臣化してる途中だ
最悪安芸・備後さえ確保できれば良いだろう

192: 人間七七四年 2007/08/14(火) 01:19:41 ID:ffu+dVJi
馬鹿いうなよ
安芸備後安堵の降伏条件を飲むくらいなら、むしろ徹底抗戦だろ
せっかく手に入れた(または入れつつある)中国地方各地の利権をそう簡単に手放すことなんかできやしない
輝元をはじめとする毛利首脳陣が納得しても重臣レベルが反対するだろう
組織というものは急激に収縮することを拒否する

195: 人間七七四年 2007/08/14(火) 16:23:21 ID:S/EmOrb4
>>192

だから小早川隆景は講和条件で自分の領地がある備後まで割譲しましょうと「自己犠牲」を演出してるのかと。そうなると重臣も納得するしかないし吉川も「小早川がそうなら漏れも出雲を出すよ」折れるしかない。
結局毛利側としては講和=織田へ臣従は周防・長門・安芸の3国維持が御の字だったと思われる。あと四国征伐の先方に狩り出されてたかもしれん。

198: 人間七七四年 2007/08/14(火) 21:57:26 ID:l0UEysKx
講和の経緯がわからんのだがどっちが先に切り出したの?
それに備後や出雲まで割譲する覚悟はあったの?

199: 人間七七四年 2007/08/14(火) 22:59:58 ID:4EJolO+t
>>198
講和は小早川の方が切り出したみたいだぞ。秀吉が信長に直接の出陣を要請出馬とかいう
可能性が出てきて、信長の出馬=毛利滅亡が現実味を帯び始めたから。

>それに備後や出雲まで割譲する覚悟はあったの?

ただの領土割譲ならそれくらいなら武力で奪取できると信長に講和を一蹴されてたかもしれんが、それが備後や出雲という毛利家の本貫地も差し出すとなると秀吉とかの仲裁で何とかなったかもしれん。あと足利義昭と荒木村重の身柄引き渡し・四国征伐の補助という条件もつけられた可能性はあるが。如何せん尋常な講和条件だと信長が拒否してた可能性が高い。

201: 人間七七四年 2007/08/14(火) 23:20:35 ID:l0UEysKx
秀吉はなんで高梁川で妥協したんだ?

三原城や月山富田城は流石に力攻めだと難しかっただろうな

204: 人間七七四年 2007/08/15(水) 00:19:31 ID:yXPjO8dY
>>201
そりゃ本能寺の変があったからだろう。でなきゃ信長が来るぞと秀吉は条件を吊り上げてたと思うぞ。秀吉にすれば勝手に和議=毛利の降伏交渉を進めるなんて「越権行為」をしてる以上好条件でのそれでないと信長の雷が落ちるしタダでは済まされなかったかと

202: 人間七七四年 2007/08/14(火) 23:30:58 ID:QN9ZsiX/
秀吉がしたように毛利を九州・海外出兵の先兵として使い倒せるなら信長も講和に納得したんじゃないかな
実際、毛利勢は九州や朝鮮で活躍してるしね

引用元: ・秀吉が大苦戦した中国戦線【対毛利・吉川・小早川】



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