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1: 似非デュプレ 02/10/14 17:43
いつもフランス革命スレは荒れてしまうので、楽しくフランス革命のお話をしようという企画。 






18: 似非デュプレ 02/10/14 18:35
それじゃ、話題振りますね。

「フランス革命史上、一番嫌いなやつ」

革命史のなかで、一番嫌いだと思った人はだれでしょう?
それについて話膨らませましょう。
人の発言にできるだけ文句はつけず、楽しくあーだこーだといいあいませうか。

19: 世界@名無史さん 02/10/14 19:12
嫌いじゃないけど気になる人はタレーランとフーシェ。

20: 世界@名無史さん 02/10/14 19:17
パリ市民
あんたらただ騒ぎたいだけなんじゃないんかと問い詰めたい

25: 世界@名無史さん 02/10/14 19:50
フランス革命っても色々あるから。
とりあえず、ルイ・オーギュスト・ブランキは好きです。
で嫌いなのがルイ・フィリップ

27: アルペンローゼ ◆XBKLFVrvZo 02/10/14 19:59
>>25
フランス革命を幅広く解釈すれば、私はルイ・ナポレオンは嫌いです。

26: 似非デュプレ 02/10/14 19:54
私はミラボー!!汚いし不細工だし(笑)裏切りだから。
それとラファイエット。この人は目立ちたがりやって感じがしますね。

27: アルペンローゼ ◆XBKLFVrvZo 02/10/14 19:59
>>26
ラファイエットは、確かに、調子が良過ぎて嫌ですね。

28: 世界@名無史さん 02/10/14 20:41
おれはマラーが嫌いだな。
エベールは結構好きだけど。

30: 死の大天使 02/10/14 21:39
嫌いな奴ですか。私はタリアン「夫妻」ですね。
フーシェは嫌~~な奴ですが才能は認めざるを得ないし。
タレーランの行動も変節とはいえ国益につながった。今の日本の政治家には彼の外交能力の100億分の1もありませんね。

バラスに関しては語りたくもないです。嫌いとか好きとかのレベルではない。

31: 世界@名無史さん 02/10/15 00:21
総裁カルノーは目立たないが好き。
革命の理想の下ナポレオンの皇帝就任にただ一人反対票を投じた点に男を感じる。

32: 世界@名無史さん 02/10/15 12:03
>>31
フルーリュスの戦いは勝利をもって終わり、最大の功績者サン=ジュストは逝き、対立していたカルノーは恥をさらしたものの、かろうじて生き残ったわけだな。
「英雄」になりたい奴らよ、「ナポレオン」になるのは今だ!

33: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/15 12:56
>>31
カルノーは渋くていいですね。この人を悪く書く人、見たこと無い。(浅学と言わないでね、また荒れるから)
この人、大カルノーと呼ばれますね。息子は数学者と政治家で、孫は大統領。
大カルノーの遺骸をパンテオンに移す儀式は孫が行ったとのことです。

35: 似非デュプレ 02/10/15 16:40
フーシェはやなやつですが、おもしろいですよね。タレーランもそれなりに。シエイエスもまぁまぁ。
ただのやなやつじゃあないんですよっ!頭良いところがただの目立ちたがりやと不細工とはちがうんですよ・・・。
才能ですね、フーシェらは。

↑元僧侶は憎めないんでしょうか?(笑

48: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/15 20:04
>>35
フランス革命を生き延びてナポレオン、王政復古(フーシェは死刑に投票してたんでココで政治的には脱落ですが)まで生き延びてうまくやったのは、坊主あがりばかり。
坊主はしぶといと、桑原武夫氏も感心してます。

45: カメレオンI世 02/10/15 19:44
フランス革命のシンボル、平和のシンボルでもある「自由の木」というのを知ってる?
フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」は有名だけど、この「自由の木」も同じマルセイユの愛国者、ライン軍に関係があるんだよ。年代はテルミドールより少し前になってしまうけど、「自由の木」がはじめてフランス革命史に登場するのは、1792年の5月のことだ。場所は。オリオルというマルセイユから20キロ離れた町。
そして6月29日、ついにマルセイユ市内にも「自由の木」が植えられる。
君の好きなロベスピエールが主催した「最高存在の祭典」でもシャン・ド・マルスに作られた巨大な山の頂上に「自由の木」が植えられ、それから「自由の木」はフランス革命と自由の象徴になった。

自由のシンボルとフランスの国歌を生んだ町、マルセイユ。
フランス革命というと、パリで起こった事件ばかりとりあげられるけれど、マルセイユもすごいんだぞ! という話でした。

46: 世界@名無史さん 02/10/15 19:49
自由の木とはポプラなのか楡の木のことなのか判然としないが、内の庭にも植えてみたい。青い目のフランス人たちは想像もしないだろう。
この極東アジアの地に革命精神を継承する「自由の木」の植樹者がいたことを。

47: 世界@名無史さん 02/10/15 19:54
ところで楡の木ってなにかを象徴してるの?
フロンドの乱の時も楡の木同盟ってのが結成されてて自由な気風が出来上がってたそうなんだけど。
伝統的なものなのかな・・

49: カメレオンI世 02/10/15 20:20
1792年の5月、マルセイユのジャコバン・クラブ系の雑誌「ジュルナル・ド・マルセイユ」に「5月の木」という題の論説が載った。「5月の木」というのは、ヨーロッパの古い祭りで用いられてきたシンボルなんだが、記事にはこんなことが書いてある。

「5月」Maiの名称は、この月に供物が捧げられる女神Maiaの名称に由来している。
そしてマイアという名称はそれ自体は、偉大なる女神であり、大地の別称でもあるMagna〔マグナ・マーテルすなわちキュペレー〕の愛称にほかならない。彼女の娘であり、草花の花を咲かせる魅惑的な女神フローラのために、人々は5月のはじめ、祭りを行なった。祭りの日、ローマの若者たちは近くの山や、ティベル川の両岸に広がる森の中にはいっていき、木を選び出し、緑の葉の繁った枝を切りとる。
彼らはそれらの枝で、祭壇や、市民の尊敬を集めている元老院議員の家などを飾る。
ときとしては、意中の女性が住まう家の戸口などに枝が置かれることもあった。

つまり、ローマにおいては「自由の木」そのものは、緑の豊かな木であれば、何の木でもよかったらしいね。ポプラは語源がラテン語のポプルス=人民なので、フランス革命ではポプラが「人民」の象徴になったらしいけど。

51: カメレオンI世 02/10/15 21:56
「平和」と「豊かな実り」を象徴していたはずの「自由の木」は、いつのまにか「民衆裁判」、「民衆の暴力」の象徴となることになる。

1792年7月14日の革命記念日には、マルセイユの4つのメインストリートの交差点上に「祖国の祭壇」が置かれる。その後ろには「自由の木」がそびえ立っている。
「祖国の祭壇」の4つの側面には次の標語が刻み込まれている。
(1)裏切り者に不幸あれ。フランス人は救われた。
(2)市民諸君。祖国は危機に瀕す。更に警戒せよ。
(3)専制君主たちよ、民衆の怒りを恐れよ。
(4)市民諸君、自由か、しからずんば死の誓いを忘れるな。

52: カメレオンI世 02/10/15 21:57
いったいいつから「自由の木」が「恐怖」と「テロル」の象徴になってしまったのだろう。
フレイザーの『金枝篇』(永瀬卓介訳・岩波文庫)には「木」に関する様々な事例があげられている。その中でフレイザーは、とりわけ「樹木の精霊を殺す」儀式について、興味深い1章を書いている。それによると、冬と春の境目の時期、冬もしくは年老いた精霊の擬人化である「王」が広場に引き出され、5月の木の下で、首をはねられる。
何故殺されなければならないか。「この精霊は年老いて衰弱したたがために、殺されて若々しく新鮮な形として生かされることによって更新されなければならぬ」(28章「樹木の精霊を殺すこと」)。年老いた精霊は、殺されることによって再生する。
復活のためには、儀礼化された暴力が必要だった。

「自由の木」又は「5月の木」に象徴されていたものには、本来、「民衆による暴力」をひきおこす要素が含まれていたのではないだろうか。

53: カメレオンI世 02/10/15 22:22
あんまり「自由の木」のことばかり書いていると、「恐怖時代」に逆行してしまいそうだから、ナポレオンのこと、話そうか?
ナポレオンがジョゼフィーヌにはじめて会ったのはいつか知ってる?

1795年の秋のある日、マダム・タリアンのサロンに、みすぼらしい格好をした背の低いやせた軍人が、バラスに連れられてやってきた。バラスはもちろん、あのバラスだよ! 軍服の肘のところにあいた穴を見せながら「新しい軍服用のラシャの手配をして頂けないでしょうか」とマダム・タリアンに頼んだ男こそ、ナポレオン・ボナパルトだったんだ。でも、驚いたことに、ジョゼフィーヌは、このころ、バラスの愛人だったんだよ!(もう別れてたかもしれないけど)

ああ・・・、愛人とか書くと、よい子のフランス革命じゃなくなっちゃうかな。

91: のんべ 02/10/18 02:15
フランス革命は哲学者のジャン・ジャック・ルソーで始まりナポレオンのナポレオン法典で完結すると思われる。
ルソーの「人は生まれながらにして自由である。しかし、至るところで、鉄鎖のもとにある」って言葉は有名だね。
その人の自由を具体的にしたのがナポレオン法典だね。
なぜ法典が自由と結びつくかは自分で考えよう。

92: 通りすがり 02/10/18 02:30
>>91
フランス革命は現在も進行中とも言われてるが。

93: アウストラロピテクス 02/10/18 02:32
進化もね

94: 通りすがり 02/10/18 02:35
まだ完結はしてないと思われるが。
歴史的事実だけでなく、そこから派生した理念と制度。

96: のんべ 02/10/18 12:51
うむ、もちろん自由と平等の理念の実現は途上にあるね
だけどそれは人類の永遠のテーマだからね(笑)
それをいったらきりがないっておもうが(笑)

98: 似非デュプレ 02/10/18 18:45
あ、そういえばひとつ質問が。
本に「不具の狂信者、クートン」ってあったんですけど。どっか悪い人なんですか?クートンは。

102: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/18 20:21
>>98
クートンは革命前からリューマチを患っていたようですが、段々悪化して車椅子に乗っていました。車椅子が専門的に製造・販売されてた時代じゃないから、安楽椅子に車をつけたものだったようです。王政復古時代のものを読むと「足の無い狂信者」とかで、化け物扱い。
テルミドールのときの、クートンの言葉はいいですね。
「この死体を川に投げ込もう」と相談しているのを聞いて「ちょっとまってくれないか、シトワイアン、私は、まだ、死んでいないのだが」と。

103: 死の大天使 02/10/18 20:55
>>102
クートン、ミシュレの記述がすごく痛々しいんですよね。
ぼこぼこにされても穏やかさを失わない姿勢にホロリ。
車椅子って当時あったの?と不思議だったんですが、成る程、そういう椅子なんですか。
映画「ナポレオン」と「ダントン」でどんな椅子か注意深く見ましたが、後者のほうはわりとハイテクな椅子に見えました。にしても、車椅子じゃ色々仕事に支障があったでしょうね・・・
登壇とか大変だったのでは。マクシムの下宿部屋は2階なのにどう上がってたんでしょう。
こんな事いちいち気にするのは私だけでしょうな・・・

105: 似非デュプレ 02/10/18 21:06
車椅子、パリ美術館に現存してるそうですよ。本には「車つき椅子」とかかれてます。だからきっと今みたいなイイやつじゃないんでしょう。まだ車椅子ともいえないような感じの・・・。

110: カメレオンI世 ◆qBS27nfd8c 02/10/19 11:24
フランス革命に登場する女性の中で、俺が一番美人だと思うのは、テロワーニュ・ド・メリクール! 
英語の伝記を持ってるけど、彼女の若いころのポートレートが超美人だったので、どの時代の人で、何をした人かも知らずに古本屋で買ってしまった一冊。中身はほとんど読んでない。
最後の方に年老いた彼女のポートレートがあって、がっかりして放り出してしまった。

Theroigne


テロワーニュ・ド・メリクール(1762年8月13日 - 1817年6月8日) は、フランス革命前期の1789年 - 1793年にかけてパリを中心に活動した、娼婦出身の女性革命家。乗馬服に幅広帽子という男装に身を包んでパリの街を闊歩し、革命のシンボルとして「自由のアマゾンヌ」ともてはやされた。


114: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/19 12:33
>>110
もったいない。
少女の頃イギリスの金持ちに気に入られて連れ帰られ、イギリスでも有数の高等娼婦になって、財産ができると歌手の勉強にイタリアに行き、革命勃発の知らせを聞くとフランスに帰って、みずからデモの先頭に立つとともに全財産を投げ打ったと言う波乱の人生ですよ。
ジョセフィーヌやタリアン夫人よりずっときれいです。
レカミエ夫人よりはちょっと落ちるけど、こちらは、画家が一流だからなあ。

111: 死の大天使 02/10/19 12:00
テロワーニュは壮絶で惹かれますね~
ただ私はルバ夫人やリュシル・デムーランみたいな「可愛い平凡な女性」のほうが共感しやすいかな。
テロワーニュの晩年は悲しい。あれパリのおかみさんにお尻をひどくひっぱたかれて発狂したと言われてますが、実際は梅毒に脳を侵されたせいでしょうね・・・

116: ラボアジエ 02/10/19 21:29
「ベルばら」を信じてよいのでしょうか(特にルイ14世とアントワネット妃の王子のところ)?

117: 似非デュプレ 02/10/20 09:28
ベルばらにはルイ14世はでてきませんよ?15世か16世の間違いでは?デュバリーと張り合ったのは本当ですよ。あれで反オーストリア派と宮廷が二つにわれたとか。まぁ、一方的に王妃がデュバリーを嫌ってたんでしょうけど。
アントワネットの王子というのはルイ・ジョゼフのほうですか?あの子は本当に死にましたよ。脊椎カリエスで。神経質な子だったそうです。
お葬式が出せなかったから宮廷のものをうったってのは本当かどうかわからないんですけど、まぁまぁ信用していいところもありますよ。
アニメより、原作のほうがまだ事実に近いと思われます。

107: 死の大天使 02/10/18 21:10
ルバはデュプレ家の次女(あれ?末っ子だっけ・・・?)
エリザベトの夫です。革命下の夫婦愛の逸話は数あれど、個人的にはこの夫妻の愛が一番感動的です。
夫達を裏切るようにテルミドリアンにせまられて、「貴様らの施しは一切受けぬ」って血文字で書くような奥様。
オウムにマクシムを称える言葉を教え込むような奥様。
泣ける・・・

118: 似非デュプレ 02/10/20 19:37
>>107
エリザベトは末娘じゃなかったですか??
泣けますね!!!!感動・・・。オウムにそんなこと教えれるんですか?そのオウムはテルミドール反動のあとどうなったんだろう(((´Д`)))ガタガタ・・・

119: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/20 19:51
>>107
たしか、エレオノール、ソフィ、エリザベトの順でエレオノールが長女だったかエレオノールの上に革命勃発の時はすでに結婚してデュプレ家にはいない姉妹がもう一人いたかのどちらかのはずですが。
オウムは可哀相だけど餓死したんじゃないかな。エリザベトは生まれてまだ1ヶ月あまりのフィリップを連れて牢屋入りしてますから。家族全員逮捕です。
職人さんで逮捕されなかった人がいれば面倒見てくれたでしょうが。

121: 死の大天使 02/10/20 20:39
オウムの逸話はテルミドールより何十年も後のことなんですよ。
老ルバ夫人の隣に住んでいた医者の話が元になってます。
ルバ夫人は「マクシミリアン秘蔵のオウム」と誇っていたそうですが、まあマクシムのペットではないでしょう~。
「テルミドール9日!」と言えば「不吉ノ日!」、
「聖者マクシミリアンはどこに?」と言えば「キリストノ元ニ!」と返事するように仕込んだそうな。医者は「ジャコバン的な鳥ですな」と苦笑してたそうです。

122: 死の大天使 02/10/20 21:01
でもオウムって長生きするんですか?本当にマクシムのペットならすごい・・・彼の鳥好きは有名ですしね。犬も好きだったような。
セレブリャコワの本にもありますが、マクシムもルバ夫妻の子は可愛がっていたようですね。赤ちゃんの世話をするロベスピエールやサン・ジュスト・・・想像すると和みます。

130: 似非デュプレ 02/10/21 17:40
>>122
ロベスピエールにはブラウンっていう犬がいたんですよねw
あぁ~・・・。萌え。幼子を可愛がるロベスピエール・・・。
政治面とのギャップがなんともいえず、萌え。

133: ブラド・マクシミリアン 02/10/21 19:01
>>130
ル・バの犬は「シルシャン」だ。
ル・バの妹、アンリエットとの仲をめぐって、サン・ジュストと気まずくなった時、「シルシャンだけが無心に彼(サン・ジュスト)に甘えていた」という記述がある。
たぶんル・バ夫人の日記に書いてあったんだろう。

134: 似非デュプレ 02/10/21 19:15
>>133
シルシャン・・・。可愛い名前だすなぁ!!!!
ルバ夫人というとエリザベトのことですかね。
なんだか、つながってるなァと思う今日このごろ。

128: カメレオンI世 ◆qBS27nfd8c 02/10/21 10:39
モニク・ルバイイ『ギロチンの祭典』(ユニテ)より、デムーランの妻の最後の言葉。

市民デムーランの妻はディヨンの言葉をさえぎった。
「では、私の顔が慰められる必要のある女の顔かどうか見てください」と叫んだ。
「一週間前から、私はもうただひとつの願いしか抱いてはおりません。つまりカミーユにまた会いに行けるという願いです。この願いは叶えられるでしょう。
私を有罪にした人々を憎むことがなければ -だってあの人たちはこの世で最も誠実な、最も正しい人を殺したのですから憎むのは当然でしょ- でも、あの人たちが、今日は私の役に立つのですから、私はあの人たちを祝福するかもしれませんね」
そのあと彼女はディヨンに別れを言ったが、やがて再会することがわかっている友人から別れる女の陽気さをそなえ、感情を取り乱した様子はなかった。

157: 死の大天使 02/10/24 01:31
「ギロチンの祭典」、ものすごく好きな本なんですが意外と図書館じゃ見ない・・・

今気になるのは「フランス革命と家族ロマンス」という本です。誰かお読みになりました?

158: カメレオンI世 ◆qBS27nfd8c 02/10/24 01:59
>>157
『ギロチンの祭典』、図書館にないのは、帯の文句がよくないからかな。
「血塗られた恐怖政治下のパリの狂宴!」じゃ、中高生にはよくないかと思うよ。
サンソンは、結構、思いやりがあるヒューマニストって感じだよね。
死の大天使さんは、サン・ジュストが、断頭台に上る前、クートンを抱きしめ、ロベスピエールに「アデュー」と言うところが好きなんだろうな。
「フランス革命と家族ロマンス」は知らないな。

159: 死の大天使 02/10/24 18:03
>>158
やはり教育の場に置くには少し内容が残酷ですかね、「ギロチンの祭典」は・・・
サンソン一家は呪われた職業を課せられながらも、ごく平凡な一市民(むしろ王党派?)であったことが手記から感じられますね。
サン・ジュストの最期の描写は好きどころか、眠れないくらい感動しました。
一番近くで彼らの死を見た人間が残した描写なわけですから、リアルでもう泣けました。
まあ冷静に考えれば、車椅子のクートンが厄介だから一番目に処刑されたという説のほうが信憑性があるような気もしますが・・・^^;
とにかくロベスピエール派の同志愛は、こんな逸話を残すほどに強いものであったことは間違いないでしょう。

「家族ロマンス」は多分新しいものだと思います。
国王殺し=父親殺しという観点から書いたものだそうで・・・
有名な人物の名前が出てこないからあんまり買う気にはなれないんです^^;

160: 似非デュプレ 02/10/24 20:02
ギロチンの祭典・・・、図書館にあったかも??
いや、なかったかなぁ・・・??
「アデュー」て、永遠の別れの時につかう「さようなら」ですよね。けど、なにかの本で読んだか誰かに聞いたか忘れたんですけどね、昔は「アデュー」を「オールボワール」のように、普通に「さようなら」の意味でつかってたそうなんですよね~。
これはほんとですか?(昔ってのも中世あたりのことかもしれませんし・・・)

今日読んだ「ロベスピエールとフランス革命」に、ロベスピエールはメガネをかけている・・・っていう文があったんです。彼はメガネなんてかけてたんですか!?
肖像ではかけてないので、ついかけてないのかと思ってました。
それに、演説の途中でメガネを額まで押し上げるんですよね(それで演説終わりかと思われるし)。普通はずすと思いますが^^; 昔のメガネって目の間の押さえみたいなのついてたんでしょうか?
風采のあがらない男っていうイメージは昔からあったんですけど、そこまでやさ男ですか。
肖像で一番彼自身に似ているのはどれなんでしょう。

161: 死の大天使 02/10/24 20:21
「アデュ~」は日常で使えば「お前の顔なんて見たくない」という意味だそうですが、死を前に言えば「神の御許で会いましょう」という意味だと聞きました。

マクシムは眼鏡をかけていたというのが定説ですね。
眼鏡を額に上げてある肖像があります。
(パリのレストラン「ロベスピエール」の入り口に掲げてあるやつ)
やさ男だったんでしょうね~虚弱でダントンがつつくと倒れそうなイメージがあります(なんだそりゃ)
身長149センチって説があるし・・・ちっちゃい・・・

164: 世界@名無史さん 02/10/26 15:43
ナポレオンは美男子だけど髪の毛が危うい

165: 似非デュプレ 02/10/26 21:27
ナポレオンは禿げなんですか?(身長が低いってのは聞いたことありますが)

166: 世界@名無史さん 02/10/26 23:28
ナポレオンの身長について質問なんだけど、ナポレオンの身長って168cmだよね。
よく「チビ皇帝」とバカにされていたらしいけど、当時のフランス人としてはむしろ大きいほうだったのではないかと。
100年くらい前のフランス人の成人男子の平均が163cmくらいだったと聞いているので、ましてや200年も前ならもっと平均が下がるはず。

なのに、何で「チビ皇帝」と呼ばれてたの?

175: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/28 11:48
>>166
ナポレオンの遺体はミイラ状態で保存されています。
身長は162.5cmとのことです。
これは、学術調査したときの報告だから、信用してもいいでしょう。

176: おサル ◆85KeWZMVkQ 02/10/28 13:41
ナポレオンの背は168~ 162.5かあ・・
ジョゼフィーヌも163センチ。
フランス人って英国人よりは小柄だよね。フランス旅行中も日本人の私(167センチ)
より小柄な女性ってざらだったし。

189: 似非デュプレ 02/10/29 17:32
あ、そういえば・・・。江戸時代、日本の浅間山噴火で飢饉がおこりましたよね。
その煙がもくもくとヨーロッパへ流れていって、フランスでも凶作があったんですよ!それがフランス革命を誘発したってのはほんとですかね??ま、それだけが理由ってわけじゃないのはわかってますが。学校でつかう歴史の資料にのってました。

193: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 02/10/29 22:45
>>189
天明の大飢饉がフランス革命の直前ですが。
1980年の夏は、冷夏で雨続きで、どこかの大学の先生が天明の大飢饉のときよりひどい異常気象で、昔だったら大凶作で大飢饉だと言ってました。
その年の異常気象の原因は忘れました。
しかし、異常気象は世界規模のものなんだそうで、なにかあったんでしょう。
何年か前フィリピンのピエツボ火山が噴火した時は、世界的に天候異変でしたね。

196: 世界@名無史さん 02/10/29 23:13
あと、フランス革命は浅間山の天明噴火以外にアイスランドのラキ火山の噴火も原因らしい。

引用元: ・よい子のフランス革命



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