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1: 人間七七四年 2008/07/18(金) 13:59:51 ID:E7ap7d0J
かなり無理があると思うのですが誰か考えてください。








2: 人間七七四年 2008/07/18(金) 14:05:14 ID:E7ap7d0J
当方土佐出身です。確かに四国は全てあわせても国力的に微々たるもので弱小を域をでませんが、当主元親は中央に生まれたらあわやというほども器量の持ち主で、後を継ぐ息子たちもそこそこ優秀(これは他の大名家の二代目、三代目に比べたら程度ではあるが)
そしてなんといっても都から比較的近いという利点があります。
長宗我部に天下取りの機会はなかったのでしょうか?

10: 人間七七四年 2008/07/18(金) 16:53:25 ID:KB6of+Ss
三好の例を考えれば不可能ではないかも知れないが、信長と同時代に生まれたのが運の尽きかな

16: 人間七七四年 2008/07/19(土) 00:30:59 ID:VTQmEZdE
元親に限定しないなら、可能かもね。
いずれにせよ、京を支配下に置く事が大前提。

17: 人間七七四年 2008/07/19(土) 00:52:06 ID:OWwWk3HN
四国から京を目指そうと思えば淡路を押さえて摂津へ進出が妥当なのかな?
本能寺の変で近畿辺りも混沌としていれば少しはチャンスもあったのかな~と思えなくもないけど・・・。
それに兵農分離できていない軍勢というのも問題のような気が・・・。
と一領具足の子孫の俺が言ってみるw

19: 人間七七四年 2008/07/19(土) 11:15:27 ID:lqn1k/Zc
毛利と同盟組めば良かったかも

20: 人間七七四年 2008/07/19(土) 13:35:42 ID:5wLE+BR/
毛利とは事構えないほうがいいだろうな。
毛利とは同盟かなにかして、淡路とって紀伊か美作あたりから本州上陸。制海権を得て摂津経由で京都上洛だろう。

21: 人間七七四年 2008/07/19(土) 14:03:38 ID:ky5XU1ll
四国の豪族が天下を狙う………まんま三好氏だな。 
三好の場合は中央とのパイプ(細川氏)があったけど、長宗我部の場合は明智配下の斎藤利三か…弱いなぁ。

本能寺の変がなくて、明智が織田政権の中枢に居続ける、もしくは本能寺の変後に明智が勝利したなら長宗我部が天下取りに行ける可能性もあるかもしれん。

22: 人間七七四年 2008/07/19(土) 16:42:18 ID:BwKwTQ4w
どれだけ強い水軍をもてるか
いかにして三好を押さえて堺の利権を手中に治めるか
どれだけ上手く紀伊を懐柔できるか
京付近に力強い同盟国が作れるか
京に侵出する場合どのパイプ(大義名文)を選択するか
ifで信長がコケてたとして、上記の事が全部できたらチャンスはある

28: 人間七七四年 2008/07/21(月) 04:11:45 ID:6zq/pfKe
四国って、面積狭くて石高低いけど、一応四か国分ある。(現在でも4県分)
そこを統一したので、評価はできる。が、三好と違って、水軍がない。近畿に進出できなかったな。
三好や長宗我部って、人材はいるから、勢力圏は広く取れた。が、軍事力が四国勢は弱い。一条や西園寺のような公家が大名化して、力を持つくらいだから。知略もいまいち。

優れているのは、人材の登用配置、人材の数の力だと思う。

三好は、阿波、讃岐、淡路、五畿、丹波と9か国抑えたのも、三好四兄弟、松永兄弟、篠原、三好三人衆など、駒が揃っていたから。

長宗我部も、一族、谷忠澄、中島可之助、滝本寺非有など、駒が揃っている。四国全域制覇できるだけの人材はいる。一領具足という根こそぎ動員もあるし。

軍事力や経済力は劣るが、工夫と人材でカバーしている。

29: 人間七七四年 2008/07/21(月) 06:20:01 ID:8rK1Heui
上洛しても中央とのパイプがないのでは、源平の新田が関の山。

31: 人間七七四年 2008/07/21(月) 06:39:54 ID:JlXLtCBr
>>29
元親の妻の兄、石谷頼辰は将軍足利義輝の側近だそうだな。その筋から中央とのパイプ作りしてたんだろ。「言継卿記」にも長宗我部の名前が頼辰を通じて出てくるし。
将軍の死後は頼辰の弟、斎藤利三を通じて信長に接近したわけだな。

30: 人間七七四年 2008/07/21(月) 06:22:20 ID:JlXLtCBr
元親は出発点が不利だね。
信長、信玄、謙信、長慶、義久等有名な武将は大概先代が戦国大名としての地盤をある程度築いている。
土佐七守護の中でも最も小さい長宗我部三千貫の領主だからな。

32: 人間七七四年 2008/07/21(月) 14:01:49 ID:7Mb+BgwI
国親の代で四国統一、近畿上陸してればチャンスはあったかも。

34: 人間七七四年 2008/07/21(月) 19:22:18 ID:cH+9CE95
>>32
それはつまり元親が天下統一する可能性は全くなかったという訳か

35: 人間七七四年 2008/07/21(月) 21:31:04 ID:SAyaxiuI
信長や秀吉よりも年下で土佐の一豪族の出身だからね。
元親が家督をついで二十年ぐらいで四国を席巻したけど、その頃には秀吉が柴田勝家破って中央を抑えてて時間切れ。
その後は秀吉に尽くしつつ、家康にも石田にもつかず微妙な立ち位置維持したまま関ヶ原の前年に病没。能力あるのに色々タイミングが合わない人だな・・・。

37: 人間七七四年 2008/07/22(火) 00:37:22 ID:W8bAD8M5
近畿や東海にいたら埋没しそうな感じ

48: 人間七七四年 2008/07/22(火) 22:56:27 ID:KSQt3AHT
>>37
逆に司馬さんは、この男が東海道などの便利な所に生まれていれば天下の行方はどうなったかわからないとさえいえるほどの器才、とか書いてるけどなw

45: 人間七七四年 2008/07/22(火) 18:34:31 ID:+zwFl+nO
伊予方面は毛利、阿讃方面は三好と信長の圧迫受けて衰えたとはいえ大大名相手に戦って勢力伸ばしてるんだがな
勝つときはいつも謀略と兵数優位であまり強いイメージはないけど

49: 人間七七四年 2008/07/22(火) 23:44:53 ID:Bp18b2n9
>>45
調略=情報戦と動員力=兵站能力は現代においても強い軍隊には欠かせない要素だが。

47: 人間七七四年 2008/07/22(火) 22:19:32 ID:xu//w7IE
小牧・長久手が長引いて、事態が混沌としてくれば。

64: 人間七七四年 2008/07/23(水) 03:46:07 ID:HllRHaEl
スタート時点でのハンデは、毛利元就・最上義光と同じ程度かな

織田が近畿圏を抑えるまでに勢力を拡大する時間があった分だけ毛利が躍進
伊達という厄介な縁戚がいた最上に比べると、一条がヘタれてた分だけ元親は楽だった
最大の敵だった三好は内部分裂した揚句、織田と争ってくれたしね

そんなわけで、勢力拡大の実際はハンデに比例して、毛利>長宗我部>最上という結果に
土佐の一豪族からスタートした者の覇業としては、誰がやっても時間的に四国統一が限界
(土佐にいたのが武田信玄だったとしても同じことになっただろう)


今川の人質から始まり、信長の子分として東海(+甲斐)を任されるだけだった家康
本能寺の段階に至って、ようやっと薩摩大隅日向の統一が成った島津
婚姻を武器に影響力を強める戦略が集権化を遅らせ、結果的に地方の盟主に留まるしかなかった伊達
(政宗の代になって無鉄砲な拡張政策を始めたけど、時すでに遅し・・・)
関東の西半分は押さえたものの、次第に守成へと傾き、関東全体を統一するには至らなかった北条

結局、どの大名も地方の覇者が限界で、幕府と朝廷を押さえ「天下統一事業」を進めた信長~秀吉ラインのエネルギーには敵わなかったってことだ

68: 人間七七四年 2008/07/24(木) 00:12:22 ID:bL7qg/VS
元親の一領具足の運用って、動員に結構時間を掛けてるよね。
十分でない国力を振り絞るわけだから、元親は戦を始めるのもかなり慎重。
やはり国力の余力の少なさが勢力拡大の歩みを遅くしている。

70: 人間七七四年 2008/07/24(木) 21:30:39 ID:BpxOOKr6
事実上父の代からスタートしたに等しいし、息子の初陣後死んでるから、父子二代の勃興としては大したものだよ。

71: 人間七七四年 2008/07/26(土) 22:45:48 ID:7V7jQG9g
国親の時は一時期滅亡状態やったからね
そこからやし、かなり行った方やろ

初めに土佐統一した状態からやったら近畿には進出してたかもね

つか元親の爺さんがなぁ

72: 人間七七四年 2008/07/27(日) 10:07:47 ID:gwJFvh17
まあ本能寺の変の後、後継者が出現せず、そのどさくさまぎれに畿内進出堺を手に入れ、そこからやな。どこまで土佐の土豪から脱皮できるか、できるなら茶の湯など都の文化にも造詣を深めればなおよろし。

74: 人間七七四年 2008/07/27(日) 14:23:09 ID:kjqiKUtC
本能寺から10年後、天下を取ってる可能性を考えたら
明智光秀、豊臣秀吉、柴田勝家
徳川家康、三法師、織田信雄、織田信孝
丹羽長秀、滝川一益、足利義昭、毛利輝元、
北条氏直、上杉景勝、長宗我部元親

12番手グループくらいかな

75: 人間七七四年 2008/07/27(日) 14:58:34 ID:VWD6cbfA
足利義昭や越後一国も掌握できていない上杉景勝よりかは可能性高いと思うぞ

78: 人間七七四年 2008/07/27(日) 17:39:35 ID:kjqiKUtC
本能寺後に細川、筒井がついて、大返しが無かったら『明智』
賤ヶ岳の戦いに勝てば『柴田』、その後次第で『信孝』
小牧・長久手の戦いに勝てば『徳川』、その後次第で『信雄』
賤ヶ岳が起こらず、織田家臣団が健在なら『三法師』
賤ヶ岳で秀吉、勝家が共倒れして漁夫の利を得る『丹羽』
関東管領として北条を倒した『滝川』
『義昭』を旗頭に秀吉軍を追撃する『毛利』
織田の旧領を丸ごと飲み込む『北条』
小田原征伐のすきを突いて『上杉』が突撃

小牧・長久手が長引く隙に四国を統一した『長宗我部』は満を持して畿内に上陸したものの、戦いは決着のつかぬまま収束し、秀吉には毛利、上杉が付き、反秀吉大名と二極化される。
窮地に立った秀吉は得意の謀略と譲歩により長宗我部元親を調略する事に成功。名目上三法師を立て、後見役の秀吉を中心とし、毛利、上杉、信雄、前田、長宗我部の五大老制に。

豊臣家は島津家を軍門に下し西日本を勢力圏に治めるが、三法師が元服したことにより家中が割れる。信雄が再び家康と結び、軍を畿内に引き入れる。北条が上杉に攻め込み、島津が九州を攻め上がる。
混乱する畿内。長宗我部は嵐の海を乗り越え、電撃の如く大坂城を攻め落とす。

88: 人間七七四年 2008/07/29(火) 22:34:22 ID:33Nfjn1P
長曾我部じゃ天下は無理だろ
でも秀吉に「お前じゃ無理」って言われたという逸話は好きだ

92: 人間七七四年 2008/07/30(水) 02:36:26 ID:/vs6bwKP
>>88
「殿下(秀吉)と同じ時代に生き合わせたゆえに天下を取りそこねました」つって秀吉立てつつ見得を切って見せたアレか。
禁酒令の話といい、元親はなんか人間くさい逸話が多いな。

99: 人間七七四年 2008/07/30(水) 23:24:41 ID:aTJCLq9k
天下に一番近かった、四国勢の三好が近畿のごたごたで結局滅亡することになったのだから、土佐の田舎領主では近畿に進出しても、5年と持たないんじゃない?

103: 人間七七四年 2008/07/31(木) 11:49:20 ID:lu1heXXz
長宗我部が畿内に進出した後は、まずは天皇を政治的に利用して、畿内での勢力基盤が安定するまで他の大名に侵されないようにする必要があるな。

110: 人間七七四年 2008/07/31(木) 23:20:09 ID:oa8HJZrp
>>103
天皇の綸旨がどれだけの効力を持ち得たかは怪しいな。

104: 人間七七四年 2008/07/31(木) 12:42:39 ID:69wUF1Dz
やっぱ足利義助を奉じて上洛しないとな
一条も討てないヘタレには源氏の力に頼るのが精一杯

105: 人間七七四年 2008/07/31(木) 15:16:17 ID:nAAflDXh
その世話になった一条氏を滅ぼした長宗我部を将軍家が信用するとも思えんが。

114: 人間七七四年 2008/08/01(金) 00:11:03 ID:sz4Uz9wM
>>105
京都一条本家の承認を得て兼定を追放したんだろ。
戦国大名化して本家より自立傾向のある土佐一条氏を快く思ってなかったんだな。
しかも妹婿の安芸国虎と結んで元親に敵対行動とってるしな。

111: 人間七七四年 2008/07/31(木) 23:25:19 ID:+AYkaLI4
そもそも元親に機内進出の機会があったならそれはいつだろう?

112: 人間七七四年 2008/07/31(木) 23:36:32 ID:QL+srxvZ
本能寺の変じゃね?

113: 人間七七四年 2008/07/31(木) 23:55:37 ID:69wUF1Dz
いや小牧長久手合戦のときじゃないかな
本能寺変後は後ろ盾を失った三好を討つのが精一杯
制圧したときには明智は山崎の露と消えていた

116: 人間七七四年 2008/08/01(金) 01:32:12 ID:oZdFl2lL
>>113
というか、明智と連動が出来なかった時点で、最適な機会を失したと思うね。
本能寺後に畿内に出て来れていたら、それこそ明智との連立政権も可能だったのに。

118: 人間七七四年 2008/08/01(金) 03:24:26 ID:r6ZgDe9q
畿内に進出するとしたらどこからかね。手引きする勢力が無いと厳しそうだ。
三好ごと乗っ取るくらいの勢いが必要か。

畿内じゃなく備前方面とかは可能性あるかな。でも激戦地だからなあ。

119: 人間七七四年 2008/08/01(金) 10:38:18 ID:m1LL2TjX
っていうかいきなり畿内に行けるものなのか?
まずは淡路の勢力を制圧なり懐柔なりしなきゃ畿内へ行くことすらできない気がするんだが。

120: 人間七七四年 2008/08/01(金) 17:23:44 ID:cjfyHmsa
紀州からなら行けそうだけど・・
本能寺のときならまだ雑賀衆が壊滅寸前とは言えいたんだからそいつら懐柔すれば何とかなったかも

123: 人間七七四年 2008/08/01(金) 19:29:26 ID:ofQ1e43z
まぁ小牧長久手が長引いてたら畿内上陸もありえたんじゃないの

124: 人間七七四年 2008/08/01(金) 21:28:58 ID:T5FxRD3q
山崎が長引いてたら、連動して明智派の一角に加われていた。
小牧・長久手が長引いていたら、畿内に乗り込んでひと暴れ出来てたかも。
関ヶ原が長引いていたら、活躍の場もあったかも。
大坂は長引いたけど、だめだった。

127: 人間七七四年 2008/08/01(金) 22:50:42 ID:viJtL0Fr
三好討伐だけなら1582年に終わってるし四国統一より畿内進出を優先できれば上陸のチャンスは十分あった
実際は伊予に向かって四国統一をして終わったわけだが

131: 人間七七四年 2008/08/02(土) 00:44:08 ID:tp479zLQ
そもそも元親は四国統一(は完全にはしていないけど)の時点で天下取りなるものを考えていたのでしょうか?

132: 人間七七四年 2008/08/02(土) 00:54:54 ID:Ar6XmYLf
ただ領土をおっきくしたかっただけじゃね?
武田北条島津その他と同じ

133: 人間七七四年 2008/08/02(土) 07:23:08 ID:QGaIFYU2
天下の帰趨が定まりつつある情勢では、いやでも考えないはずがない。
自分の所の力や領土を相対的に見る思考実験は、戦国にあっては情勢見る初歩だろ?まして四国をあっという間に席巻したいくさ働き、明智との血縁、常に畿内と連動していた阿波や讃岐、信長による長曽我部無視の新方針・・・。

あるいは本能寺さえ、利害が絡むという点では容疑者の一人とまで考えられるから
ね。

134: 人間七七四年 2008/08/02(土) 09:21:35 ID:QwgH301c
阿波・讃岐が常に畿内の動きに影響されていたのは細川・三好の領国だったのが大きい
両者が没落してからは、それほどでもないよ

島津・長曾我部・伊達あたりは戦国最末期に急速に所領を拡大しているけど、それは天下取りなどを意識してのことではなく、いずれ起こるだろう織田や豊臣の来襲に備えるためと、既成事実を積み上げて戦後の自家の領土を少しでも広く認めてもらうためじゃないかな

135: 人間七七四年 2008/08/02(土) 09:40:16 ID:QGaIFYU2
そういう計算もあるのが普通。

ただ、信長の横死や信玄、謙信の死のように、何が起こるかわからないのが戦国だから、自分の天下という夢もそこにないことはないと思うよ。
元親だって四国制覇の夢が夢でなくなったんだから、次も見ざるを得ない。

引用元: ・長宗我部元親の天下取り