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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/09/29(水) 01:14:30 ID:1NkqNcjR0
明治政府を牛耳ったヤツらです








2: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/09/29(水) 01:36:44 ID:A/VF5EFpO
高杉が生きていたらできなかっただろうな

3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/09/29(水) 08:14:11 ID:w9eIoWiRO
でも井上居なかったら明治政府崩壊してるよ。外国からの借金なしで黒字に持ってくなんて奇跡みたいなもん。それをやったんだから。
あと伊藤は権力の亡者ではないよかなりリベラル。新しい考えも受け入れてたし。

山縣についてはフォローできるとこ無いけど。

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/09/30(木) 23:28:39 ID:JnSbY/MGO
日本がバリバリの土人国家だった時代には山縣の強権弾圧は欠かせなかったろ。
現に、山縣が死ぬと日本は10年ともたずにポピュリストの土人どもに食らい潰されてやけっぱちで絶望的な戦争に突入して滅亡しちまったし。
アメリカから理性と豊かさを授けられた現在を基準に評価されては困る。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/01(金) 02:12:04 ID:G9LgVHExO
伊藤が死んだ後も政党にそれなりの利用価値を認め政党内閣誕生やら原の外交にある程度の協力をしたのも山県

宮中の西園寺ごときとは存在感が違う

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/01(金) 05:56:43 ID:clQQjtQwO
伊藤は政治の天才(というか物事の流れを読む力とここぞの勝負運と調整力が尋常じゃない)

井上は財政の天才。この人はまさに天才。何で幕末期からあんなに資本主義理解してるんだろ。留学とかする前から財政感覚凄かったらしいね。

だけど山縣は天才じゃないから評価が低いのかもね。軍事の天才は大村が居たし山田もいた。
山田が陸軍大臣だったらもっと早く文民統制進んでたかもっていうのは否定できないし。

原と山縣が相次いで死んで、なんか色々暴走したから、尚更権力固めしてた山縣のイメージ悪い。

9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/11(月) 22:45:08 ID:v+eF/aCc0
山県は権力と金の亡者
伊藤は女狂いの色キチ
そして両方とも汚かった井上

何が長州の三尊だよ
この三人共人間味があって全然嫌いじゃないけど、真に褒められるべきは清廉潔白の薩摩だろ

14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/12(火) 00:36:49 ID:DvIH4hfx0
司馬の小説の影響のせいもあるね
山縣のイメージの悪さ

地元山口県でも山縣は人気ないけど、大学の学者、研究者には評価が高い。
逆に山口県で人気のある前原一誠の評価は、学者には低い
大学の講義や研究室で盛り上がったよ

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/12(火) 19:59:23 ID:295/rXqG0
山県はイメージ悪いっつっても山城屋事件とか宮中某重大事件とか実際起してるしな

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 21:50:12 ID:xxWmZgj20
伊藤博文の当時の年収、現在の貨幣価値換算で4億8千万
長州の、ほど良いポジションゆえに生き残ったこの連中、吸ったなぁ~甘い汁

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/28(木) 22:50:07 ID:1xfzzICh0
>>25
伊藤なんて明治まで生きていたのが奇跡だし、国益の観点からみると安いもんだ。
無謀とも言われた功山寺決起に高杉晋作に同調した少ない同士。
日露戦争での外交戦略。

山縣は、身内びいきがちと酷いな
でもシビリアンコントロールは、しっかり機能していて睨みをきかせていた。

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/28(木) 08:28:32 ID:ndrTXMgz0
食べること生きることにさえ困窮する農民から搾取し続けて各地で蜂起する一揆もバシバシ鎮圧しながら椿山荘とか素晴らしい日本庭園をいくつも造ってくれてありがと~有朋!

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/28(木) 13:46:31 ID:rLajWR370
有朋をあらゆる時代の権力者名に置き換えてもあんまり違和感ないな

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/30(土) 00:02:32 ID:lI+q0xgT0
>>シビリアンコントロール

山縣が終身現役軍人なので、はたしてシビリアンコントロールと言えるかという突っ込みは置いておいて、枢密院議長にして元老である政治家としての判断を優先していたのは事実

34: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/30(土) 23:15:38 ID:rhWWNbKaO
明治政治外交を専門にしてる京都大の伊藤之雄が、山県をしきりにヨイショしているんですが…

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/31(日) 22:07:25 ID:iJgxvsZq0
>>34
確か、歴代総理大臣の列伝風の本でも、「イメージ」のせいで山縣が不当に低い評価を受けているのではと評している人はいた。
とは言ってもその反動で、山縣の過大評価はいけないと釘を刺していた。

47: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/11/28(日) 20:00:46 ID:DLJ2/tbZ0
山縣以外は全員天才と評価されている
でも、山縣もここに名を連ねているから何かあったんだろうな

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/11/28(日) 21:17:08 ID:ea8VPtch0
山縣も部下の人心掌握術に関しては充分天才だろう
奇兵隊に高杉の命令をスルーさせたくらいだぞ

49: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/11/28(日) 23:25:28 ID:Jv9Vrp0+0
山縣がホントに嫌われ者だったらあんな大派閥築けんだろ

50: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/11/28(日) 23:56:56 ID:tpIkbtiM0
山縣は信頼したKP分には任せ、その報酬(人事)も与えたので、派閥ができた
伊藤博文は、自らを恃むところが大きかったので、子分がついてこず派閥ができなかった

60: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/17(金) 18:20:05 ID:ILFuZq5IO
>>50
外遊後の大久保と木戸が丁度そんな感じだよな
大久保や山県のやり方が人心掌握しやすい事は重々承知してるだろうに、結局伊藤も自身が見限った木戸と同じタイプの上司だった訳だ

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/13(月) 19:35:12 ID:ZmwGrPyF0
維新後の日本の舵取りをしたこの3人はもう少し評価が上がっても良いと思う

55: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/13(月) 23:50:18 ID:dbp4oCXW0
山県以外は評価高いんじゃね?

井上は鹿鳴館が有名だけど。あれは評価どうなの?
意味なく税金つかったって批判されてる幹事だけど。

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/16(木) 23:18:54 ID:vQKh3otc0
内務大臣としての山縣は警察というより地方制度というイメージがある
陸軍については、通常の陸軍の三倍政治勢力化した「山縣専用」陸軍閥と化していたのだろう

64: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/19(日) 17:30:12 ID:5RyY5/k50
木戸がもう少し長生きしてくれてればねえ。

73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/23(木) 09:38:04 ID:SQhx1O+G0
井上馨って影薄いけど。調べたら日露戦争の時に首相になるかもって感じだったんだな。
なってたらもう少し扱いが変わってきてただろうに。

この三人の中じゃ一番出自がいいのにねえ。伊藤山県に抜かされちゃって。

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/27(月) 02:26:48 ID:V4Jmas1hO
>>73
井上本人の話でも分かるが衆を束ねるタイプではなかったのとあまりにも打算が利くので耐えるポストには向かない

評判が悪かろうと陸軍を握り天皇を杖の音一つで黙らせる山縣みたいな凄みと忍耐のあるタイプでないと首相は無理。

84: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/01/15(土) 06:52:05 ID:CNR/CmK+0
>>75
晩年の明治天皇が枢密院で転寝した時、山県がサーベルか杖かで床をこつんと音を立てて叩いて起こしたって話な
黙らせた訳ではなく

76: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/12/28(火) 19:45:23 ID:7SUL0p43O
そんな山縣も、幼い頃上級武士に虐められてたのを井上に助けてもらってたりするんだよな。

79: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/01/06(木) 01:10:22 ID:n/R4wUxx0
そういや山縣は人望があったって言うけど今の政治家だってそれなりに人望はあるのいるだろ。でっかい派閥を維持してるんだし、いや本人の無論能力云々は別にして。
それともそんなに山縣の人望はすごかったの?

86: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/01/23(日) 22:23:12 ID:gI0NR2/Y0
あの混沌とした時代にあの寄せ集めを統御できるんだから、何かしらあったんでしょう。
何もなけりゃ他人は掌握できんて。長州藩の顔になる部隊を、しかも中間の出が。

85: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/01/21(金) 12:14:24 ID:RbxrfVCz0
山縣なんて所詮中間の出だし、奇兵隊があったからこそ出世できたようなもんでしょ。

137: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/15(金) 00:07:41.11 ID:BZ2zZ2Pv0
井上馨は金に汚い
山県有朋は権力に汚い
伊藤博文は女に汚い

139: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/17(日) 20:36:15.89 ID:OeQsuSSYO
山縣はともかく、伊藤井上は権力主義ではない。
井上は政治家として綺麗とはとても言えないけど、財界安定させて財界が政治協力することが発展の絶対条件だった明治期はあの人は必要。大蔵より力あったんだよ井上。
井上は伊藤の補佐に徹した感じだ。
財政にかけては天才だし実は外国の要人からの印象も悪くはなかった。

伊藤の政治力と新しいこと始めていく力は不可欠だし。自分で政党作ってるんだし権力には淡白っぽい

山縣はまさしく権力主義だけどね。フォロー出来ない。

141: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/22(金) 17:23:19.81 ID:GCTYYlnP0
伊藤や井上は代わりになる人物を思いつかないが、山縣の席に山田顕義が座っていたらどうなっていたかという興味は正直禁じ得ないw

144: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/26(火) 00:51:14.49 ID:781MPccV0
山縣は好きではないが組織者としては天才的
陸軍(徴兵制度による国民皆兵)、官僚組織、地方制度などは彼の手になるもの
軍は消滅したがそれ以外は現在でもその残照はある
軍事指揮官としては大村と比べればたいした事は無いが

146: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/04(水) 10:50:25.36 ID:EvXXIXkN0
伊藤博文って明治時代は人気あったらしいね
そりゃお札にもなるぐらいだから想像つくが
戦後、エンタメ的にもアンタッチャブルな存在になったのはやっぱり最後の件が影響してるのかな

147: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/05(木) 06:53:02.71 ID:7qmAn7RT0
伊藤と山縣は本人達の自覚と別に日本の近代化(法治国家の確立)に貢献したと思う
政党(伊藤は議会を開設する以上政府を支持する政党の存在は許容)に関しては山縣は頑なだった
晩年原敬を認めるようになったが・・・

149: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/05(木) 23:07:56.77 ID:Y75AqPFG0
いや自覚はあっただろ
自覚なけりゃ伊藤があんだけ憲法制定に力入れるわきゃない
生前の木戸にもさんざん吹き込まれてただろうしな
そして地方自治に関しては山縣の力が大きかった、そうとう力を入れてた
そんで地方自治が先か憲法が先かで伊藤ともめたけどw

150: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/06(金) 22:51:14.51 ID:n6UZKUvX0
山県が「地方自治」を整備したのは飽くまで自由民権運動を抑え込むためだった事に留意すべき

151: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/07(土) 04:04:03.10 ID:cI4s2VlI0
山縣の政党嫌いはどこから来るのかな?
(明敏な人だから議会を開設すれば政党的なものが出来るのは必然なのは分かってたと思う)
私利私欲の徒党とみて第一次内閣の予算を反対派を買収して通したという経験からでは?

この人は陰性だけど思慮は深い

152: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/07(土) 11:12:30.64 ID:0yE7aju/0
幕末明治維新当時
日本人のほとんどが攘夷派(海外知識外国知識の無さが原因)だった。
欧米式の選挙議会制などやろうものなら、多数決で攘夷戦争可決になる。

明治初期
日本人のほとんどが依然として攘夷派だった(多少開国派も増えたが)。
朝鮮相手に戦争する”征韓論”だけでも紛糾するほどだった。議会制による攘夷戦争可決の恐れが大だった。

明治中期
日清日露の戦いになんとか勝利した日本。その戦果はマスコミによって過大に宣伝された。
ロシア相手にギリギリの逃げ切り勝ちだったのだが、国民達は賠償金が取れなかった事で不満が広まり戦争継続を唱え始めた。
そしてそれが攘夷”対欧米列強”戦争になりかねなかった。

153: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/07(土) 11:16:10.89 ID:0yE7aju/0
結論
「愚民が多数決という絶対権力を握ってしまう」事を最も恐れたのが山県であり伊藤だった。
当時の思想家達の中でも”議会(多数決)の独裁政治化(矛盾する表現だが)”を恐れ、議会制及び政党制導入は早すぎると政府に申し入れてもいる。

155: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/08(日) 00:34:26.76 ID:6KbfbBr80
木戸あたりは「だからこそ教育優先! 国家を担える人民作り!」とか「議会制導入のためにまず身近な地方議会からやらせて人民を慣れさせ育てよう」とかいってたんだよなあ…実際その方向で動いていたし。
もうちっと健康であと10年力入れて取り組んでたらあとあと違ったかもな。

156: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/08(日) 22:21:51.03 ID:xLMs3xtQ0
結局は全て教育に尽きるよな
身も蓋もねぇケド

157: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/05/10(火) 17:39:43.37 ID:llnSTcmg0
民衆の反対一揆があっても学制を行ったのは明敏だったな

引用元: ・【権力の】伊藤博文・山縣有朋・井上馨【亡者】



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