41VCP0ZUdaL (1)



1: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 08:00:02.48 0
ただ読書のみ上品








4: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 11:43:16.02 0
民国成立後ではなく清末に廃止されますた。

6: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 16:05:58.13 0
暗記教育最強

8: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 22:34:24.51 0
>>6
いくつか種別がある中でガチの暗記の方は廃れたんじゃなかったっけ
結局ガチ暗記プラス詩作政策が流行ったような

17: 世界@名無史さん 2018/07/02(月) 22:18:48.83 0
>>8
丸暗記の明経科は北宋の時代で終わったね。
残った進士科は論文と詩だから,丸暗記ばかり得意でも合格は出来ない。

59: 世界@名無史さん 2018/07/08(日) 00:46:24.09 0
>>17
むしろ、詩の作成こそ丸暗記必須というのが、中国語という言語世界だったりする。
文言というのは、古典のフレーズをパッチワークのように繋いで作るのが正統とされる、かなり特殊な「言語」で、自然言語(母語としての白話各方言)を話せるからといって、文章を紡げるものではない。
ここに加えて、詩文だから韻律を揃えなければならない。それも口語とは全く違う音で揃える必要がある。
このへんは、
「詠み人の気持ちが乗れば、三十一文字なんて自然に出てくるはずだ」という日本語の詩歌論とは、全く正反対の言語文化がひろがる。

詩文作成を課すことで、さらに丸暗記にかけるべき労力は多大になった。

76: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 13:19:04.14 0
>>59
それはいつの時代のどこの国でも公文書作成には必須の能力だけどな。
依頼なのか下命なのか通達なのか,内容によって決まった言い回しと特定の用語を使う。つまりパッチワーク。
それがちゃんと出来るかどうかを見られるんだから,科挙で詩を出題したのは正解だろう。

10: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 02:13:40.15 0
そういや武官採用試験の武科挙てのがあったっけ

28: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 20:50:33.40 0
>>10
あった。清では一時期,旗人の文科挙受験資格に「武科挙の騎射に科目合格しておくこと」というのがあって,その時期の旗人は大変だったと思う。

11: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 02:25:01.93 0
中国文化の影響を受けた沖縄でもおこなわれてた科挙
ttps://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-41313.html

18: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 01:24:21.80 0
明経科:30歳で受けてたら爺さん扱い(「まだ受かってないの」みたいな感じか?)
進士科:50歳で受けても若者扱い
だっけ

19: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 01:57:52.91 0
>>18
科挙から明経が無くなって,超難関の進士だけになって当時の中国人は困らなかったのかね。
もっとも胥吏や幕友から正式の官僚になるルートもあったようなので,どうしても官員になりたい人はそういうルートを使ったんだろうか。

5: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 11:45:27.99 0
袁世凱は科挙に数回落ちたけど科挙とは違う方法でリベンジを果たした

7: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 21:03:28.51 0
映画「敦煌」の主人公は科挙に落ちて西夏に流れ着きますた
この時の科挙の問題が「西夏に対する政策を書け」

12: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 22:21:34.72 0
詩人・李賀は父、李晋粛の晋と進士の進の発音が同じであることに言いがかりをつけられて科挙を断念したんだっけ。

16: 世界@名無史さん 2018/07/02(月) 18:45:21.92 0
科挙に落ちてカルト教団つくって反乱おこした洪秀全

20: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 02:28:50.97 0
科挙に何度も落ちた人が宦官や軍人になったりってのもあったりして

21: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 11:50:36.00 0
科挙には受かったもののポストに空きがなかったんでやむなく帰郷した人が
こぞって飛びつこうとしたんかな>幕友
ttps://kotobank.jp/word/%E5%B9%E5%8F%8B-113878

22: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 12:50:03.50 0
>>21
科挙ってのは資格試験であって採用試験じゃない(現代日本の国家公務員総合職も同じ。但し国家総合職合格は3年で失効するが,進士は終身有効)から「無い内定」も発生したらしいね。

23: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 23:42:48.89 0
明清になると別に官職着けなくても科挙資格さえ有れば紳襟、郷紳地主層としてやっていけたんじゃね?
生員は言わずもがな、挙人が終身資格になったせいで地方に挙人が余りまくったと聞くし

科挙って砕けて言えば「徳のあるだーれだ試験」でしょ
官職につけなくても徳が有ることは変わらないと

24: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 01:48:51.44 0
袁世凱の死後、各地で発足した軍閥は郷紳地主を自分トコの要職につけるなどして彼らの協力を得るのに懸命だったんだっけ

26: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 06:09:14.15 0
>>24
協力を得るのもあったろうけど,事務を執ってもらう人材として活用したかった面もあると思う。
事務自体は胥吏だった人なんかでも可能だろうけど,管理経営は名士のほうが向いているだろう。

27: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 20:48:37.30 0
ベトナムで1919年まで続いてた科挙。
ホー・チ・ミンは科挙合格者じゃなかったのね。

29: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 20:54:33.59 0
>>27
きっとベトナムでは昭和末期までは合格者が存命だったろうな。
因みに以前「やる夫が科挙を受験するようです」というスレで,最終合格者が記念写真を撮るシーンがあった。
「実際に撮った合格者が存在したかは不明」と註釈があったが,朝鮮で1894年,中国で1905年,ベトナムで1919年まで実施してたんだから,記念写真撮った合格者は絶対実在すると思う。

30: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 21:47:15.93 0
1986~1988年に100歳で亡くなった場合(科挙とは関係ないけど同国のヴォー・グエン・ザップ将軍も100歳あたりまで生きてたっけ),
生まれたのが1886~1888年。

科挙廃止手前の1910年代後半当時は30前後だったのね。


31: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 21:58:39.59 0
科挙試験には理系科目が無いのが痛いな。
文章の美味さ、古典の知識の豊富さが優劣の条件で、土木や経済、医療など実務的なことはいやしいこととされていた。

39: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 22:17:27.67 0
科挙の試験科目や出題内容は誰が決めてたんだ?

40: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 23:24:09.62 0
>>39
現地の試験官
電信も電話もインターネットも無い時代に天下各地で一律の同じ出題なんて不可能やからな
中央で作成した出題を各所に送ってたら試験実施前の漏洩もまず防げない

41: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 23:47:23.97 0
問題流出は厳罰だったんだろうか?
地方で不正やってても誰も気づけなさそうだけど

50: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 14:17:56.29 0
>>41
監察御史という皇帝直轄の視察官が監督してるから無理
そもそも地方の権力がそこまで強いのなら中央集権自体成り立たないでしょ

42: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 00:01:41.65 0
地方での一次試験を不正で乗り越えたとして
中央での2次試験に受かるとは思えんな

44: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 00:15:07.11 0
>>42
郷試に合格(挙人)するだけでも現地ではかなりの社会的地位を得られるし塾を開いてやって行ける程度の学力的権威は得られる

54: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 21:51:14.76 0
>>44
自分が果たせなかったことを弟子に託したり、弟子を教えながら自らも殿試を目指したりって感じなんかな。

56: 54 2018/07/07(土) 21:58:45.54 0
注:郷試にはとおったけどその後落ち続けた人ね

55: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 21:55:52.78 0
殿試に受かって長年官僚やってた人も引退・帰郷後にひらきそうではある
(むしろそっちに弟子があつまりそう)

83: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 12:15:24.73 0
>>55
官僚をやってりゃ賄賂を受け取らない清廉な人ですら大金持ち。
塾の先生なんかやらないだろう。あまり尊敬されなかったらしいしな。

86: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 04:05:00.36 0
>>83
実際に塾で教えてた進士は居るらしいよ。
一旦は任官したけど官僚があまり好きではなくて田舎で隠棲した人とか,合格は合格だがビリのほうだったから任官しなかった人(してもあまり出世できない)とか。

46: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 00:45:17.23 0
清朝崩壊後の民国で実務を担った官僚だけど清朝時代の科挙(殿試)合格者と外国留学経験者との対立・抗争って激しかったんやろか?

48: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 12:02:11.53 0
どうなんだろう
科挙の廃止後ってどんな官吏登用試験だったっけ

51: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 15:11:44.93 0
科挙の進士合格は四年に3~400人だったらしいから当時の支那の人口で割るとだいたい本邦の全国模試100万人分の20位以内くらいの合格率となる。これは日本の国家公務員試験で主計局に登用されるような連中かね。
ただ科挙は成人男子であればほぼ全員参加できるので母集団は大きいが、科挙を受けることができるような立場もそんなにないのでそこまで過酷だったかは不明。

53: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 21:15:14.14 0
>>51
割り当て人数の人口比やら土地の豊かさなど地方によって難易度が変わるだろうしね
先進地域ならまだしも落伍した地域なら殿様と変わらないんじゃね、と思ってしまう

73: 世界@名無史さん 2018/07/08(日) 22:27:57.73 0
科挙に受験資格の制限ってあったんですか

74: 世界@名無史さん 2018/07/08(日) 23:28:49.01 0
>>73
郷試合格が会試の受験資格
童試合格が郷試の受験資格

78: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 15:37:38.78 0
>>74
童試=郷試の受験資格ってのは明清の話だな
確か唐宋だと天才児に科挙を受けさせてみようぜって試験だったはず
代わりに明清だと特に優秀な人物を地方官僚が推薦して飛び級で郷試受験が出来るようになってたりする
なんて名前の制度だったかな

90: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 13:46:13.86 0
朝鮮の科挙は、試験場に従者を連れ込んでもよかった

だから従者に扮した替え玉や家庭教師が…

91: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 16:46:42.46 0
>>90
まあ朝鮮の人口、経済規模じゃ全部真似するの無理だろうし……

94: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 12:53:39.54 0
宋以後の中国社会では身分制度は消滅してる
「進士」も「士大夫」も世襲身分ではない
朝鮮社会はまだまだ身分制度が健在で「両班」も世襲身分になってしまってる

世襲身分のある社会なら、高貴な者が従者も無しで一人でどこかに出向くなど屈辱になってしまうだろう

102: 世界@名無史さん 2018/07/18(水) 17:56:23.45 0
科挙って王族は受けなくても良かったんだよね?
あんまり血縁が薄くなるとそうも行かなくなるんだろうけど

104: 世界@名無史さん 2018/07/18(水) 19:11:25.06 0
>>102
まあ時代が唐→宋と下ると貴族の力が弱くなるからずっと栄えた家で居たいなら結局受けなきゃならなくなる
ただ清の中盤辺りまでは満州貴族は受けちゃいけなかった
漢化しちゃうから
ただ大した戦争もなく時代が過ぎ、科挙も受けられないから文人官僚として功をあげる事も出来ない、と言う八方塞がりな状況になってしまって皇族ですら没落してしまった

103: 世界@名無史さん 2018/07/18(水) 18:12:34.90 0
科挙みたいなものの重要さって試験そのものより
それが世間に浸透して学歴社会みたいな価値観が受け入れられるだよね

105: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 05:12:13.56 0
>>103
民主国家じゃないんだから世間は関係ないんじゃない?

108: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 18:08:45.10 0
>>105
学歴の威信が民衆に認められれば武力や血統で統治する必要が無くなるわけだから関係ありあり、まあ科挙の場合は儒学の徳の概念とかが関わるから一概に学歴云々とは言えないんだけれども

106: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 10:13:50.38 0
今でいう少数民族も科挙は受けられたの?

107: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 11:50:48.47 0
>>106
少数民族どころか外人でも問題無し
日本人の進士も居る

115: 世界@名無史さん 2018/07/20(金) 07:32:29.20 0
>>107
阿倍仲麻呂が科挙に受かってたって話はどの程度信憑性があるんだろう?
他に清末に受かっていた日本人がいるらしいが。

124: 世界@名無史さん 2018/07/21(土) 01:49:40.06 0
>>115
清末の服部宇之吉はもともと東大教授で科挙廃止後に大学堂に招聘されて帰国時に進士の称号もらっただけで科挙には合格してない

109: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 18:12:06.65 0
>>106
少数民族は知らないけれど、職業や戸籍等によってたまに制限がかけられてた筈
上記の清代満州族とか明代の軍戸とか

111: 世界@名無史さん 2018/07/19(木) 23:23:35.79 0
軍戸でも科挙は受けれる
明代の歴代の兵部尚書の軍戸出身率は36%と人口比(2割)に比べて倍の数値
民戸出身者より優先的に任官できる仕組みになってたっぽい
満州旗人も八旗科挙とか翻訳科挙とかそれ専用の科挙試験があったぞ
受けないもしくはどこにも受からないと自動的に武官職になる

引用元: ・科挙の歴史



科挙―中国の試験地獄 (中公新書 (15))
宮崎 市定
中央公論新社
売り上げランキング: 9,462