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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 02:51:45 ID:7HiWpTJy
軍師スレ・・・か?
関連記事
【史実】竹中半兵衛【創作】









3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 11:54:38 ID:rxEbHwiO
過大評価されていると感じる。

266: 人間七七四年 2009/01/27(火) 04:54:43 ID:9zXwZvHb
半兵衛が死んだ時
秀吉のところに出張してる竹中隊を息子は若いという事で弟に引き継がせたりしてるから
武将として活動してたのは間違いないけどね

268: 人間七七四年 2009/01/28(水) 13:07:33 ID:7Wg3Htcu
>>266
弟というと、重矩?

270: 人間七七四年 2009/02/10(火) 18:54:50 ID:GqFcBTWV
重矩って重治(半兵衛)が出てったのか追い出されたのか知らんけどとにかく斎藤から去った時、何してたんだろうな?

271: 人間七七四年 2009/02/10(火) 21:35:20 ID:qUP5AaLF
小説なんかだと、斉藤家から半兵衛が去った時点で当主代行みたいな感じで菩提山城にいたりするが。
で美濃三人衆の寝返りのあたりで一緒に織田に仕えるようになる、ってパターン。
信長が自分の馬廻りにする位だから腕は立ったんだろう
(ひょっとしたら顔も良かったのかもしれないw)

272: 人間七七四年 2009/02/10(火) 21:57:41 ID:faP7jqBW
姉川で「手柄首を取った」と仲間の首を持って織田家本陣に入り込んで来た遠藤直経を討ち取ったのは重矩らしいけど、一時資料に載ってる逸話なんですか?
何か講談のネタっぽいですがw

273: 人間七七四年 2009/02/10(火) 22:47:16 ID:GqFcBTWV
信長公記に有るな。竹中久作(重矩)が遠藤喜右衛門(直経)を討ったとの事らしい。

少なくとも半兵衛絡みの逸話よりは信憑性は遥かに高いw

274: 人間七七四年 2009/02/11(水) 01:47:22 ID:mjEltPpG
猛将で通ってた遠藤を組み伏せれるって重矩って相当強いんじゃないのか?

275: 人間七七四年 2009/02/11(水) 18:07:14 ID:pqoM21De
>>274
そのせいか小説なんかじゃ半兵衛と対照的な猛将に描かれてるよね
(火坂のだと半兵衛そっくりな華奢な美形、と描写されててちょっと新鮮だった)

276: 人間七七四年 2009/02/11(水) 20:25:22 ID:F+g+tUhN
松永久秀・長頼の兄弟みたいに、実は弟の方が出来が良くて目立ってたんじゃないか?
講談やら伝承やらで、何故か後世の評価は変わった感じとか。

277: 人間七七四年 2009/02/12(木) 03:02:55 ID:vYv1EV5c
今となっては良くわからんな。重矩もまた一次史料での目立った出番もそれぐらいだしなんとも・・・

278: 人間七七四年 2009/02/12(木) 22:34:34 ID:3QC1tuR7
親類(従兄弟だっけ?)の竹中釆女の方が史料の残り方や事績という点ではハッキリしてるかもしれんしね。
キリシタン弾圧とか黒田騒動関連だけど
竹中 重義(たけなか しげよし)は、江戸時代初期の大名。

豊後府内藩2代藩主。江戸前期の長崎奉行。豊後国府内藩(大分市)藩主。采女正。父重利の領地2万石を相続。

寛永6(1629)年長崎奉行となり,対外貿易の管理とキリシタン禁制に辣腕をふるった。しかし,長崎代官末次平蔵らに,唐船に対する私的課税,海外渡航証の独断での発給,私貿易船の派遣,収賄などの不正を訴えられ,同10年2月11日,罷免。新奉行による1年間にわたる調査のあと,翌年2月22日,所領没収のうえ,切腹を命じられた。


280: 人間七七四年 2009/02/23(月) 02:29:49 ID:+901sj92
>>278
采女は悪い事績ばっかり残してくれたな。

最期は海外との密貿易がバレて切腹・竹中家改易までやらかした。

279: 人間七七四年 2009/02/13(金) 14:20:21 ID:8JrFB0z0
竹中の人間って何気にいい役ついてたりするよな

281: 人間七七四年 2009/03/28(土) 16:03:12 ID:P0G2kSFR
竹中重治と黒田義孝の右にでる軍師って戦国地代にいる?

287: 人間七七四年 2009/05/30(土) 21:02:18 ID:rEqSiNFW
つーか半兵衛を軍師って言う事自体江戸期の創作だし。
良くも悪くも秀吉の寄騎武将だ。

289: 人間七七四年 2009/06/02(火) 21:43:25 ID:1C4a6Y8L
内政を秀長がやって、外交を蜂須賀と黒田がやって、竹中はプランナーみたいなイメージになってしまうんだよな。
そもそも蜂須賀が外交官ってのも武功夜話の創作だろというのはおいといて。

291: 人間七七四年 2009/06/22(月) 04:42:30 ID:z9VOiktW
まあ実際の半兵衛は、単純に優秀な寄騎部将ってだけだっただろうね。
軍師云々は甲陽軍鑑の山本勘助に影響を受けた竹中家が、つい勢いで創作してしまっただけの話で。

294: 人間七七四年 2009/07/25(土) 13:42:35 ID:dR+Gme4B
各人の経歴や立場を考えれば、蜂須賀・前野・竹中・黒田あたりが外交(折衝)をやってもおかしくはない。当初の秀長はまだ役立たずに近かったし…

308: 人間七七四年 2009/10/18(日) 11:49:20 ID:p1Pl6Gzh
秀吉は竹中半兵衛が直接信長の家臣になるのを嫌がったので自分の与力としたって事に従ってるけど本当かな?
一緒に稲葉山城乗っ取った義父が信長に降ってるのにそれは無いと思う。
有力家臣が少ない秀吉にむしろ信長が付けてあげたのだろう、ひょっとしたら秀吉のこと監視させてたかも。

309: 人間七七四年 2009/10/20(火) 20:44:32 ID:uzJWl35Y
半兵衛の信長嫌いにせよ、織田ではなく秀吉に仕えることを望んだという秀吉寄りの捉え方にせよ、同時代の理解だったのか後世生まれた解釈なのかは断定できないってことだ
文献に残らない人間の意図の部分は幅広く解釈できるからこそ面白い

310: 人間七七四年 2009/10/21(水) 20:52:12 ID:16+ulZD6
>>308
> 秀吉は竹中半兵衛が直接信長の家臣になるのを嫌がったので自分の与力としたって事に従ってるけど本当かな?

嘘だよ。そもそも半兵衛は信長の直臣だし。

312: 人間七七四年 2009/10/24(土) 19:07:41 ID:HEKZlHGh
信長が秀吉にが勝手なことしないように付けた目付けだよ。
勝家についた佐々や前田のように。

313: 人間七七四年 2009/10/26(月) 03:37:16 ID:mpUr/cPi
だいたい黒田長政を保護出来たのも、信長の直臣と言う立場があったから。
秀吉の家臣なんて立場じゃあんな事無理。

ある程度の好意は持っていたかもしれないが、基本的には仕事上の同僚(上司と部下)
って考えるのが一番いいと思う。

ちなみに秀吉と竹中は主従になった事は一度も無いぞ。

315: 人間七七四年 2009/11/08(日) 23:19:05 ID:qGa1I2BO
姉川では安藤守就と一緒に行動してたって記述を時々見かけるんだが出典はなんだ?

331: 人間七七四年 2010/07/20(火) 20:06:26 ID:cn14WS6w
>>315
竹中旧記

323: 人間七七四年 2010/03/11(木) 23:57:04 ID:B4bbvj9k
半兵衛の実績って何があるんだろ。
稲葉山城奪取?
あんなの味方だからできた芸当で斉藤家の者でなければ城の中にも入れないで終了。
敵対勢力の難攻不落の城落とすのとは雲泥の差があるからそんなすごくないし実戦で部隊率いて活躍したわけでも無い。
ゲームじゃいっつも知略90以上あるけど大したこと無いよね。

324: 人間七七四年 2010/03/12(金) 00:03:49 ID:5nMX2nJB
半兵衛の城奪取の話を聞くたびに尼子経久や北条早雲の話と被るなと毎回思う。少数で不落の城を盗るってところや何かに化けて入るとか。

325: 人間七七四年 2010/03/12(金) 00:58:26 ID:Z1tQNtci
黒田長政を救ったのが功績といえば功績

実際のところ、長政が信長の人質になったこと自体がもともと半兵衛の献策によるものなので単に善意でしゃしゃり出たというよりは
「やっべえこれ殺されたら俺のせいじゃん」
という計算が働いていた気はする

335: 人間七七四年 2010/09/06(月) 11:43:41 ID:TSoPmB+H
>>325
自分の作戦のせいで罪の無い黒田親子が犠牲になった挙げ句
己の疑心暗鬼で人質を殺して信長と秀吉の面目が丸潰れになるという
それこそ最悪の事態を回避したわけか
自分の犯した失敗の責任は自分で取るとは実に立派じゃないか

328: 人間七七四年 2010/03/31(水) 21:16:36 ID:nCA7W/Xp
まぁ、表に出ることを嫌う人物だったら今の情報の少なさも納得出来ないことは無いが、
本当に活躍しなかったとしても今の情報の少なさは納得だからな
どちらとも取れるので、楽しむしかないな

330: 人間七七四年 2010/07/05(月) 13:00:14 ID:joEPUywG
実際のとこと小物だったんだろうな
一族も大した禄貰ってないし
調略だと蜂須賀さんの方がたくさん記録残ってるし
どこをどうなって天才軍師像みたいのができたんだろうか
その経緯が気になる

339: 人間七七四年 2011/01/04(火) 17:59:55 ID:DJmOBh3V
実際は近江の調略でちょろっと活躍したくらいで
ほとんど活動の程がわかっていない人物なのになあ

345: 人間七七四年 2011/01/05(水) 10:27:01 ID:lxSbNtBI
表立った活躍が不明なのは、この人に権力欲が無かったからじゃないか
一方で、知謀湧き出るが如くという表記があり、人々の尊敬を集めていたことは分かる
「天下は天下のための天下。一人のものにあらず」
権力より、もっと先にある真理を見ていた人だったのだと思う

346: 人間七七四年 2011/01/05(水) 12:59:18 ID:1qAaSIVv
禄が少なくても、それなりの功績がある人物ってのは史書に記述が残るんだけどね。
可児才蔵なんか、ただの1兵卒だし

>知謀湧き出るが如くという表記があり


だから、それ羽柴・竹中家の軍記以外で?
誰だって自分の先祖はよく書くもんだよ

348: 人間七七四年 2011/02/26(土) 10:01:57.84 ID:2DJSP5xd
半兵衛の具足ってどこに展示されてるんだっけ

349: 人間七七四年 2011/02/27(日) 09:01:42.35 ID:QsQ9W54S
展示されているかは解らないけど竹中重治の甲冑は林原美術館にあるよ



350: 人間七七四年 2011/02/27(日) 15:17:32.78 ID:SE1swwFN
あの魚のか

351: 人間七七四年 2011/03/08(火) 03:30:46.50 ID:TO6ti5I/
あの甲冑は肖像画に描かれてる有名なやつより個性的で好きだなぁ

いつか生で見てみたいもんだが、展示されてないのか・・・

354: 人間七七四年 2011/06/02(木) 16:58:04.62 ID:n+K10cPg
センゴクでは大変、魅力的な人物だったな
秀吉とは信頼関係、ゴンベイには優しいし
播磨灘物語では、秀吉の嫉妬も早死にの一因だったよな

358: 人間七七四年 2011/10/15(土) 12:22:38.88 ID:vvanhLAw
いい話スレとかに出て来る逸話見ると少し変わった人って印象だね
偉い人の前でも手足ぶらぶらさせるの止めない、人と違う方向に刀を置く
友人が自慢する手紙を唐突に焼く、重いから甲冑を着込まない
ゴーイングマイウェイと言うか独自の理論でのみ行動するタイプというか

364: 人間七七四年 2011/10/27(木) 13:24:10.85 ID:/TB3wnkW
秀吉と半兵衛って仲良しな扱いを受けることが多いけど本当にそうだったのかな?
なんか反りが合わなさそうなイメージ・・・

366: 人間七七四年 2011/10/27(木) 22:51:38.20 ID:d0J8D+nm
>>364
性格の反りが合ったかどうかは流石に知る由もないけど
成り上がりの木下組には古い武家のインテリはめっけもので気に入らない上司を追い出したりする面倒な評判がついた男には実力さえあれば問題ない良い職場だったんじゃないかと思う
半兵衛が長生きしてたら分からんけど、それなりに上手くやってたんじゃないかね

382: 人間七七四年 2012/05/29(火) 01:06:19.63 ID:U/o4nMVX
竹中家の通字は代々「重」なのん?

383: 人間七七四年 2012/05/29(火) 01:19:24.06 ID:TwedIGzX
たぶん通字

384: 人間七七四年 2012/05/29(火) 03:59:50.35 ID:TwedIGzX
重氏、重元、重光、重行、重治、重矩、重門

385: 人間七七四年 2012/05/29(火) 04:22:50.70 ID:He7hYtUo
幕末に編成された幕府の近代化部隊(何と呼ばれてたか忘れたが)の偉いさんに竹中姓の人がいたが半兵衛かその一族の子孫だったのか?

387: 人間七七四年 2012/07/01(日) 08:11:12.91 ID:SVlSyARz
竹中半兵衛の子、重門は関が原直前に、岐阜城が落城するのを見て、西軍から東軍へ鞍替えし、関が原の合戦に参加、後片付けなどをしています。その子孫は、代々寄合旗本として幕府に仕え、養子などを交えて、14代重固の時維新を向えます。
重固は陸軍奉行として鳥羽伏見の戦いで戦い敗戦、その後、会津などで戦った後、榎本武揚とともに蝦夷に渡り、函館戦争で降伏しています。その後は静岡藩にお預けになったそうです。
重固の子孫の詳しい事は分かりませんが、雛人形作者「鶴屋半兵衛」さんが、竹中家17代らしいです。

388: 人間七七四年 2012/07/03(火) 20:31:12.74 ID:dgF/S4Es
竹中半兵衛という人はとにかく資料が少ないから実態がよくわからないよね……
逸話とか見る限りは自身の経験に基づいた武辺に並々ならぬ誇りがあるように思う。

稲葉山乗っ取りも西美濃の諸将の協力に基づいて行われたのだろうし、その後も姉川合戦で安藤守就と行動してる。
秀吉の与力に付けられたのも、樋口、堀の調略も地理的な要因だろうし、世間一般に膾炙してる評価は過大と言わざるを得ないね……

389: 人間七七四年 2012/07/10(火) 23:30:05.75 ID:zq4R/w1N
実はあの有名な上月城落城秘話における数百人にも上る女子衆の磔串刺し晒し刑を命じたのが何を隠そう半兵衛なのだ。

390: 人間七七四年 2012/07/17(火) 22:49:12.82 ID:BJDZhdpE
あれも、史料によって本当にあったのか、誰が進言したのかてんでばらばらなんだよ
漫画の「センゴク」では、なぜかクロカンが進言して磔にしてたけど、当の黒田家の記録では、城主・上月十郎以外、城内の全員を秀吉が助命したとあるわけで

394: 人間七七四年 2013/09/16(月) 21:03:03.45 ID:ow4RNPvp
黒田の嫁に比べると空気な半兵衛嫁
何の話も残ってないよね

395: 人間七七四年 2013/09/17(火) 08:33:11.85 ID:ZRobTGGP
>>394
別居生活が長かったからなぁ
史実に残ることも少ないのだろう

396: 人間七七四年 2013/09/17(火) 13:08:32.51 ID:rn9DGqe6
重門出来たのも結婚して10年後くらいだっけか

397: 人間七七四年 2013/09/17(火) 20:37:57.73 ID:POLuSa9B
短い夫婦生活の中で子孫をきちんと残したのだから役目は果たしたと言える

417: 人間七七四年 2016/10/27(木) 11:15:57.83 ID:Y7zHxZ9u
ウィキペでさあ、信長の美濃進行妨害に多大な貢献があってたびたに織田軍を追い返した、みたいな記述があるんだけど(十面埋伏の計を駆使して・・・とか)
ほとんど美濃時代に貢献するような戦功も立場もなかったよね?
せいぜい対浅井戦の調略で少々動いたくらいで、あとはほんど実績ないと思うんだが
稲葉山乗っ取りの件だけで天才軍師のイメージ盛りすぎじゃね?

419: 人間七七四年 2017/04/10(月) 02:53:20.42 ID:LyZG3rHE
十面埋伏がうんぬんってのはなんか竹中家の軍記とかに記述があるの?
よくみかけるけど何が出展なのかしら

引用元: ・竹中半兵衛



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