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1: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2012/03/24(土) 22:14:57.88
他力本願で頼みたいが、こういうテーマの記憶がオレにはない。

不安定な時代の地方政権の二代目が40年も帝位を保った事実。

どうせダメな者同士、相手を少しでも称える努力をしてみないか。








2: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/24(土) 22:25:15.26
今までにもこういうスレあったな・・・
部下に任せる度量がある人、で大体結果が出ていたような?

4: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 21:36:05.83
劉禅の良いところ

張嶷の別れの言葉に涙したところ

劉禅

貧家の生まれながら若い頃から士気勇壮な人物として知られ、民から慕われ、知略にも長けた張嶷が、晩年に重病で歩行も困難な状態に陥りながら従軍することとなる。その最後の戦役の出立に際して、張嶷は劉禅に「臣は陛下の恩寵を受けながら、病によっていつ死ぬかわからぬ身となってしまいました。急に世を去りでもして、ご厚恩に背きはしないかといつも恐れておりましたが、今日こうして願いが叶い、軍事に参加する機会を得ました。仮に涼州を平定したならば、臣は外にあって逆賊を防ぐ守将となりましょう。しかしながら、もし不運にも勝利を得られなかったならば、我が命を捧げ国家のご恩に報いる所存でありまする」と別れの言葉を述べ、劉禅はその言葉に涙を流したという。

5: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 21:38:13.38
別に無能じゃなくね

6: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 21:51:41.94
無能には違いないが暴君ではない。
だから長持ちした。

7: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 22:05:10.76
>>1
まず無能だといわれてる部分を挙げれ

8: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 23:12:48.04
正史には無能とは書かれてないよ
いろんな評価があるけど、実際仕えていて、あまり褒めてもけなしてもいけない立場の陳寿の意見が一番信頼できるよ

10: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/25(日) 23:28:49.93
悪くもなく、良くもないとしたら、どう評価すればいいのか・・・

12: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/26(月) 01:10:03.59
劉禅が悪く言われている一番の要因は結局のところ徹底抗戦せずに降伏した点にあると思うんだが
その劉禅に降伏を薦めたのが陳寿の師匠であるショウ周

陳寿の立場上、師匠の進言を受け入れた劉禅を悪く書けないと思うんだが

17: 無名武将@お腹せっぷく 2012/03/29(木) 12:58:40.33
>>12
同じような状況だった劉璋は無能呼ばわりされてはいないけどな

18: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/19(木) 10:58:23.13
ま、陳寿は
「あれほど出兵しながらも、みだりに恩赦などを行わなかった点は、なかなかに賢明である。しかし、諸葛亮が死んだ後の事を考えれば、優劣は歴然としている」と評している
つまり結局は無能という評価

ついでに呉の薛珝という人物も
「主君(劉禅)は暗愚にして己の過ちを知らず、臣下は保身に汲々として罪を逃れんとし、かの地の朝廷に参内いたすも正論は聞かれず、かの地の村野を経過いたすも民衆は色を失っております。軒先に住まう燕の親子が自分たちの安全を楽しんでおるところ、突然に棟木が燃えはじめても、燕は心浮かれたまま災難の到来に気付かない、という話を聞きました。まさにこのことではないでしょうか!」
と評している

26: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/29(日) 22:54:29.96
>>18
治世ならともかく乱世なのに戦争経験がまるでないのはなぁ…
そんな人間に諸葛亮の様な領土拡張政策とれというのは無理がある
何回か親政してれば感覚を掴めたのかも知れんが
諸葛亮も自分の死後も魏と戦うことを考えるなら、劉禅を魏程の強敵ではないにしろ、異民族や反乱者相手に戦闘経験を詰ませておくべきだった

33: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/30(月) 21:24:21.39
>>26
戦争経験がないわけではない
太子時代には反乱鎮圧で出陣も経験してる
15歳か16歳くらいの時にな

36: 無名武将@お腹せっぷく 2012/05/03(木) 07:28:09.21
>>33
あれって確か出撃しようとして止められた話じゃなかったっけ?
どうせすぐに崩壊しますとかいわれて。

38: 無名武将@お腹せっぷく 2012/05/03(木) 13:17:06.41
>>36
親衛隊と一緒に出かけてる
鎮圧の指揮そのものは配下の将軍にやらせてるけど

20: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/23(月) 00:55:14.39
神輿の有能さを論じるのはあまり意味がない気がする

そもそも何もしてないんだから評価のしようがない
孫皓みたいに好き勝手やったのなら評価できるだろうがやったことといえば降伏ぐらい
優秀な臣下に丸投げっていうのも処世術としては賢いと言えまいか?
諸葛亮が死んだあとってのは要は姜維に歯止めかけれなかったってことを暗に言いたいんだろ?
それを無能評価の原因にするのは後付けって言われても仕方ない

21: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/25(水) 00:43:32.68
>>20
劉禅は何もしなかった
何もしないというのは無能と同じこと

優秀な臣下に丸投げとはいうが、四相は劉備の代から仕えていたわけで劉禅自ら人物を見極めて任せたわけじゃない
逆に劉禅自ら選んだ唯一の人物はあの黄皓だ
人を見る目は君主として重要だ、駄目な人物に権力を与えれば国がガタガタになるからな

22: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/29(日) 18:34:49.37
そもそも黄皓は董允の後継者である陳祗の推薦なんだが。(董允は遠ざけたがったが)
黄皓自体は政治に参加し始めて10年程度は大過なく治めていたし、陳祗亡き後に政権を担える人材自体がもう他に残っていなかったんだから仕方ない。その黄皓専権で一番悪い最後の5年間ですら反乱らしい反乱起きてないし。

人材については荊州失陥~夷陵の戦いで失う必要のなかった大量の人材を失った劉備や、街亭での無意味な大量処分や部下同士の対立をまったく調整せずに自身の死後内乱に近い形で人材を失っていった諸葛亮よりよっぽどマシかと。

23: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/29(日) 19:59:24.74
積極的に失わなかったが、抜擢も育成もできなかった人物を失敗があっても、人材登用もでき、死後も人材を残した人物よりマシって言われてもなあ

司馬氏を登用して乗っ取られる原因を作った曹丕よりマシってなら分かるが

劉禅無能は反対するが、いくらなんでもそりゃ無理あるだろ

29: 無名武将@お腹せっぷく 2012/04/30(月) 03:14:47.82
人を見る目についてはあんまないけど壊滅的に悪いわけじゃないと思う
黄皓重用しちゃったのはアウトだけど、人を見る目があったエピソードもある。

諸葛亮並の葬儀をした陳祗の息子である長男:陳粲と次男:陳裕のうち、陳裕の方を重用し、晋で蜀の中から使える人材として選ばれたのは陳裕だったりする。

降伏及びその後に当たっても、姜維孫綽の主戦派より譙周郤正の降伏派の言を受け入れてる。保身のためと言われるが、棺桶背負って出て行った以上、死は覚悟しての判断と思われる。

まあ本人はもっと早く郤正を取立てるべきだったと後悔して見る目のなさを嘆いてるけど。

46: 無名武将@お腹せっぷく 2013/05/06(月) 14:09:49.05
蜀は劉備のカリスマ性と孔明の辣腕でなんとか保ってた国で、これを魏相手に保持するのは二代目としたらあまりに条件が悪い。
しかし、親らの遺産を食いつぶした形になったとはいえ、40年も国を保持し、しかも国を荒れさせることなく魏に降伏し、天寿を全うしたんだから、有能じゃないにしても無能でもない。
君主として中くらいのレベルを下回ることはないレベルだろ。

47: 無名武将@お腹せっぷく 2013/05/10(金) 01:23:56.37
劉禅が優秀だとは思わないが、歴代中国皇帝の大量の有害な君主どもみてたら諸葛亮存命中は特に問題起こらなかっただけでもマシな方だと思う。

少なくとも霊廟を作るたびに人民にぶち壊されるほどひどかったとは思わん。

49: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/17(月) 20:37:04.94
蜀の劉禅や陳の陳叔宝は暗君と言われているけど、乱世において無事に天寿を全うしたという意味では勝ち組なのかもな。
つか劉禅は敢えて司馬昭の前で暗愚の振りをしているように思える。
逆に伏見城で家康に会った秀頼は「こいつは優秀だ」と思われてしまったがゆえに・・・

50: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/17(月) 22:16:07.81
蜀に帰りたいとか言って、反乱を起こす気でもあるのか!?なんて警戒されても立場が悪くなるしな
暗愚の振りも大変だぜ・・・とか本音では思ってそう

51: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/17(月) 22:23:56.20
或いは暗愚とか演技とか抜きで、ほんっきで蜀が嫌いだったのかも知れぬ

52: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/17(月) 23:49:38.75
>>51
嫌いかどうかはおいといてもう60の爺さんが一回気概折られたらどうなるかってこともあるしな

55: 無名武将@お腹せっぷく 2013/11/19(火) 18:38:20.15
安楽公って名前がもう・・・・・・
何と言うか嫌みを感じる。

58: 無名武将@お腹せっぷく 2014/01/20(月) 15:35:45.83
伯ヒみたいにこいつクズだから殺すか、ってなる可能性もあるのに、暗愚装うなんて事する筈ないだろう。
都合よく考えすぎ

62: 無名武将@お腹せっぷく 2014/04/30(水) 23:52:16.67
極端な無能説は、やっぱり劉備という物語の結末を委ねられ、それを民衆の理想通りに帰結させられなかったからだろうな。
無為に犠牲を出さず降伏しても、その行為は後の評価に任せるしかない。
とにかく、劉備のアイデンティティーがあらゆる意味でデカ過ぎた。

64: 無名武将@お腹せっぷく 2014/05/02(金) 20:52:11.07
劉禅何気にすごくね?
平時ならまだしも乱世において曲がりなりにも在位40年だぞ
万暦帝などとは訳が違う

66: 無名武将@お腹せっぷく 2014/05/02(金) 22:08:56.57
>>64
その安定政権を構築出来た理由は劉禅がすごいんじゃなくて一見鬼畜なやり方でも劉封を殺して後に予想される禍根を潰し
諸葛亮にあえてとって変わっても構わんよと言い、その動向を牽制した劉備の判断力に依る部分が大きい

67: 無名武将@お腹せっぷく 2014/05/03(土) 06:20:25.47
結局劉備が集めた人材が健在なうちはそれなりに保っていただけの話なんだよなぁ…

68: 無名武将@お腹せっぷく 2014/05/04(日) 01:59:59.40
>>67
孔明ら荊州閥の面々が益州人材の登用を閉ざしていたから新たな人材が集まりようがないがな
禅はそれを黙って見てただけだから何の言い訳にもならんが

74: 無名武将@お腹せっぷく 2014/05/22(木) 04:44:19.95
40年の治世があの薄っぺらい劉禅伝ですか…
孔明がいる間は恩赦や改元をしなかったとか松の字も突っ込んでたけど陳寿が無理やり捻り出したお世辞にしか見えないんだよなぁ…

76: 無名武将@お腹せっぷく 2014/10/21(火) 10:04:24.95
ていうか、魏の実質的支配者で、いつでも簒奪OKな司馬昭に

「蜀を思い出されることでござろうな」

と訊かれて劉禅は

「ここの暮らしは楽しいので蜀を思い出すことはありませぬ」

と答える胆力だけでも凄いのに、もしも

「はい、いつも思い出しております」

なんて答えたら、殺されているよ。

有能な者が朝廷に仕えれば、讒言で殺され、仕えなかったら仕えなかったで、それを理由に殺された時代に。狂人のフリをしたりしてまで生きなくてはならない時代に。
だから後に晋をダメにした「清談」が出来た理由の一つだし。
出仕して出世した人もいるけど。

79: 無名武将@お腹せっぷく 2014/10/24(金) 23:11:16.73
無能かどうかは分からんが、無気力な怠け者であることは確かだろう

引用元: ・今更劉禅無能論を覆してみたい



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