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1: 世界@名無史さん 2015/02/16(月) 11:26:51.84 0
本邦日本では一度も自ら考ええなかった「社会的弱者の保護」の歴史を世界史規模で考えてみるスレです。

ちなみにその起源はマケドニアのアレキサンダー大帝が征服した中東に設置された古代ギリシャの医療都市アスクレピオンであるとされ、そこでは病気になったものは誰もがただで治療を受けることができた。








3: 世界@名無史さん 2015/02/16(月) 15:43:18.95 0
贖宥状の売上げを施療院の運営資金にしていたが、ルターの贖宥状の攻撃の余波で崩壊する。

5: 世界@名無史さん 2015/02/16(月) 19:09:14.11 0
近代社会保障システムはドイツ第二帝国、ビスマルクの時代じゃないの?
ユンカーという保守層を代表とするビスマルクが、下層民の社会主義化を防ぐ為に導入した"上からのアメ"という風に理解しているんだけど。

ヨーロッパ近代は3つの国によって開かれた
イギリス産業革命
フランス国民国家革命
ドイツ社会保障革命

9: 世界@名無史さん 2015/02/18(水) 03:41:57.35 0
江戸時代、年貢を追加で徴収して飢饉の時にお救い米として配っていた

11: 世界@名無史さん 2015/02/19(木) 11:07:27.25 0
エジプトでも食糧配給とかあったようだが。

後、ピラミッドは失業対策の面もある。

12: 世界@名無史さん 2015/02/23(月) 20:36:40.70 0
歴史的に日本は福祉よりも年貢の軽減とか借金の棒引きとか
民衆に施すよりも民衆の負担を軽減する方向の施策が多い。

16: 世界@名無史さん 2015/03/05(木) 00:25:25.03 0
>>12
年寄が多いから減免するとかはない。
田畑はあるけど耕作できないから減免はあるけど。
村の内部で何とかしろ、五人組で何とかしろ。

14: 世界@名無史さん 2015/03/01(日) 16:18:48.39 0
中国だと社倉。配給じゃなくて貸与だけど。

義倉

義倉(ぎそう)とは、災害や飢饉に備えて米などの穀物を一般より徴収し、または富者から寄付を得て、これを貯蓄するために国内の要地に設けた倉庫。万一に備える一方で穀物の腐敗の防止と義倉の維持のために古い穀物を安価で売却(出糶)し、また一般に低利で貸し付ける(借放)事も行われていた。

社倉

これに対して、地域の役所あるいは民間が主体で義倉と同様の事業を行ったものを社倉(しゃそう)と呼ぶ。義倉が衰退した南宋期の中国において朱熹によって義倉に代わるものとして提唱されたと言われており、日本に朱子学とともに伝来した。


13: 世界@名無史さん 2015/02/27(金) 21:09:42.43 0
修道院をぶっつぶした英国で、救貧法とともに救貧税が生まれるが、救貧税の支払いが下層労働者の負担になった。
累進課税制とセットでないといまいちだった。

19: 世界@名無史さん 2015/03/08(日) 11:16:26.41 0
老兵と負傷兵のためのアンヴァリド
予備役的な動員にも利用されていた

オテル・デ・ザンヴァリッド

オテル・デ・ザンヴァリッド、通称アンヴァリッドは、パリの歴史的建造物の一つ、旧・軍病院。廃兵院もしくは癈兵院とも書く。1671年にルイ14世が傷病兵を看護する施設として計画し、リベラル・ブリュアン設計の指揮をとり1674年に最初の傷病兵たちが入った。


15: 世界@名無史さん 2015/03/05(木) 00:08:12.89 0
日本だと小石川養生所が政府による福祉の最初かな?
それ以前にこの類のものってあったっけ、当道座あたりは多少近いかもしれんが

小石川養生所

小石川養生所(こいしかわようじょうしょ)は、江戸時代に幕府が江戸に設置した無料の医療施設。将軍徳川吉宗と江戸町奉行の大岡忠相の主導した享保の改革における下層民対策のひとつ。幕末まで140年あまり貧民救済施設として機能した。

23: 世界@名無史さん 2015/03/22(日) 20:40:13.09 0
>>15
奈良時代に施療院・施薬院なるものができているので、公営病院はこちらの方が先だろう。

施薬院

施薬院(せやくいん/やくいん)は、奈良時代に設置された令外官である庶民救済施設・薬園。

天平2年(730年)、光明皇后の発願により、悲田院とともに創設され、病人や孤児の保護・治療・施薬を行った。諸国から献上させた薬草を無料で貧民に施した。東大寺正倉院所蔵の人参や桂心などの薬草も供されている。また、光明皇后自ら病人の看護を行ったとの伝説も残る。


17: 世界@名無史さん 2015/03/06(金) 22:49:04.57 0
一揆は首謀者の首と引き換えに年貢の減免が基本だったし、暴動を抑えるために徳政令という借金の棒引きも行って事態の収拾にあたっている。

20: 世界@名無史さん 2015/03/09(月) 08:32:28.31 0
>>17
一揆で減免したから福祉というのも微妙
徳政令も経済政策に近く福祉なのかという気がする

18: 世界@名無史さん 2015/03/06(金) 22:52:14.89 0
為政者が施す前に為政者の吸い上げが抑制された。
為政者による施しも元本は為政者が吸い上げたものだから、吸い上げの減免や借金の棒引きの方が手っ取り早い

21: 世界@名無史さん 2015/03/11(水) 20:32:50.48 0
そもそも福祉は庶民から取り立てた税が元本なんだから、庶民の借金や税負担を減らせば庶民の活力も出てきて社会が回るようになるんじゃね?

上の奴等が施しだ、慈悲だ、とか言って税をそのまま搾り取り続けといては「福祉」とか気取っても社会全体が活性化するには不十分。

22: 世界@名無史さん 2015/03/11(水) 20:52:48.52 0
本質的にはそうだよな
せいぜい病人・障碍者など生産活動にたずさわれない者への救貧策くらいだ、意味あるのは

24: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 19:34:05.39 0
仁徳天皇の年貢3年間免除の方が施策としては優れている

26: 世界@名無史さん 2015/04/03(金) 20:33:20.98 0
西欧の権力者って貧者への慈悲とか施しは好きだけど
絶対に借金の棒引きとか税の免除とか債権や徴税権の行使は手放さない。

27: 世界@名無史さん 2015/04/09(木) 19:50:50.91 0
借金って私人の契約だろ公が介入する方がおかしい
経済の混乱も招く

税の免除は普通にある。
都市住人の税金の最下層クラスは無税なんだがw

29: 世界@名無史さん 2015/05/10(日) 17:24:17.59 0
政府が借金の棒引き命令とかする方が普通政治レベルが低いよな。

33: 世界@名無史さん 2015/05/13(水) 00:36:04.25 0
>借金って私人の契約だろ公が介入する方がおかしい
>経済の混乱も招く

徳政令が出てる段階で既に経済が回ってなくなってるって。

37: 世界@名無史さん 2015/05/27(水) 22:08:02.12 0
徳政令ってそもそも福祉政策じゃないだろ。

38: 世界@名無史さん 2015/06/07(日) 05:31:58.43 0
しかし民間の活力を活性化するのには福祉よりも効果的

39: 世界@名無史さん 2015/07/20(月) 15:09:53.77 0
徳政令のマイナス面も見なきゃな。
基本的に政策の不備を繕う緊急避難的処置だし。

40: 世界@名無史さん 2015/07/20(月) 19:45:45.20 0
言い方は悪いが徳政令はばら撒きの一種だが、福祉よりもばら撒きの方が社会の活性化に効果はある。

42: 世界@名無史さん 2015/08/13(木) 17:49:51.93 0
徳政令は債務で身動き取れなくなった困窮した支配層の踏み倒し策
救貧策ではない

46: 世界@名無史さん 2015/10/22(木) 16:56:22.63 0
現代のデフォルトと徳政令を一緒にするのは異議があるけど、徳政令では民間はむしろ抑制されたな
金を貸すのは儲けて富を持ってる商人だったり金貸しで、借りてたのは主に国側だから
商人が損をすれば民間の経済も冷え込むだろ

47: 世界@名無史さん 2015/10/22(木) 21:12:18.82 0
長期的に見れば、焦げ付く分を想定した利子になってる気がするなぁ
大名貸とか今から見ればクソ高い金利だけど、やっぱそういうことじゃないの

43: 世界@名無史さん 2015/10/11(日) 11:10:37.97 0
フッガー家がアウグスブルクに作った福祉住宅
1682-93年に14番家にはモーツァルトの祖父の名前が見える

48: 世界@名無史さん 2015/10/23(金) 02:35:04.85 0
>>43
モーツァルト「私は何のために音楽を習っているのでしょう、お父さん」
モーツァルト父「金のためだよ、何言ってんだ」

49: 世界@名無史さん 2015/10/23(金) 03:13:40.87 0
借り主は、曾祖父だね。祖父も住んでいたはず。
初期の計画福祉住宅とも言われる。
貧民用に建設されたが、間取りは結構大きい。台所+3部屋。
構造は5-6軒繋がった長屋形式。5-6戸建て住宅。
町全体の住所はないがフッゲライ14番という住所を持つ。
家賃は「年間に永久にグルデンにする」と規定され現在も守られている。

曾祖父 石工・石積工
祖父 製本工
父 宮廷作曲家

55: 世界@名無史さん 2015/10/30(金) 13:51:16.49 0
ヨーロッパだと、農村では落ち穂拾いシステムが20世紀初頭でも動いている。
1900年頃のフランスの寒村で小学生が50-100kgほど回収している。

豆など「落ちない」ものは、落ち穂拾いの鐘が鳴るまでの時間制限取り放題。

56: 世界@名無史さん 2015/10/31(土) 18:12:35.13 0
中世イギリスでは農奴の家屋と農具はほとんど領主からの借り物で維持費もすべて領主が負担してた
ある意味究極の福祉国家だな

57: 世界@名無史さん 2015/11/02(月) 18:34:43.04 0
農地・家・耕作用の家畜の貸出し、
羊や豚などの家畜提供
種まき用の種子の提供
だと収穫・家畜1/2(いわゆる折半小作)
納入輸送経費は小作負担

必要経費小作負担だと1/3(いわゆる分益小作)
生産性が悪い土地だと、引き受け手が居ないので、1/4,1/5とどんどん下がる。

中期には古典的折半小作に移行して賦役がどんどん消えて農奴で無くなるが
羊や豚などの家畜1/2提供
種まき用の種子の1/2提供
など経費も1/2になっていく。

58: 世界@名無史さん 2015/11/15(日) 00:00:08.32 0
落ち穂拾いを指揮する女性は、一部の地域で落ち穂拾いの女王と呼ばれていた。

59: 世界@名無史さん 2015/11/15(日) 00:11:12.66 0
成年男子は正規の農作業があって参加しないよね、女子供のリーダーだからまぁそう呼ばれるかもね

60: 世界@名無史さん 2015/11/15(日) 05:34:40.46 0
女子供も普通に正規の農作業に参加してたが専業主婦もいなければ学校もない時代だし
つうか近世に入るまでヨーロッパには「子ども」という概念自体がなかった
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子供の生活史


62: 世界@名無史さん 2015/11/15(日) 17:18:07.71 0
アフリカなどでは、村の子供は貧乏人でも平均的な食事にはありつける。
自分の家の食事が貧しければ、隣家の家で食事をする。拒否されることもまず無い。
もちろん、村全体が貧しいということもよくあるが。
このためフィールドワークでは子供の食事を追尾するのが難しい。
何せ自分の家で食事をするとは限らない。

64: 世界@名無史さん 2015/11/16(月) 21:59:15.34 0
古代イスラエルだと落ち穂拾いが認められたのは寡婦と孤児だけ
新約聖書見ると使徒が落ち穂拾いやってる場面があるけど

65: 世界@名無史さん 2015/11/24(火) 10:30:02.05 0
同善会
寄付を集めて2/3を貧民救済、1/3を施棺、一期3か月の活動。
他に放生会、普救堂、育嬰堂などの種々の同善会が沢山ある。
明末清初から盛んになった理由はよくわからん。

66: 世界@名無史さん 2015/12/12(土) 17:01:28.59 0
天地会も武侠小説の影響や現在のマフィア組織の起源になってることから
歴史ドラマでは国家転覆を目論む武術家集団みたいに描かれがちだが実際は>>65の善同とい一緒で単なる扶助組織だったりする

67: 世界@名無史さん 2015/12/12(土) 21:35:57.79 0
ヨーロッパより動きは遅いが構成員の出自が均一でないなどよく似た構造をしている。
農村部で全くないわけではないがコミュン内部の助け合いですむからだろう。
イタリアの場合は街区などの地区単位になることが特徴的。もちろん施療院とか捨子院とか有るけど。

71: 世界@名無史さん 2016/01/08(金) 23:05:47.67 0
アテナイでは戦没者の遺族の子弟は成人に達するまで国費で養育される

77: 世界@名無史さん 2016/04/29(金) 20:25:23.91 0
障害者差別で脛に傷持つ偉人は多いな
ナイチンゲール、グラハム・ベル、平塚らいてうとか

82: 世界@名無史さん 2016/06/12(日) 20:16:36.35 0
>>77
日本では新婦人協会が優生学を推し進めていたことは今ではなかったこと扱い
当時の刊行物見ると発展途上国の女を「劣種」と表記したり民族主義臭丸出しですごい

87: 86・訂正 2017/03/04(土) 22:48:41.43 0
聖ヨハネ騎士団は巡礼者のために療養所を開設してたっけか。

72: 世界@名無史さん 2016/01/11(月) 23:51:30.71 0
近世初期にギルドの規定が厳しくなりパンの大きさや形が固定される。
品質と流通の効率性は上がるが技術的発展性が疎外されることになった。
しかし、貴族・領主の結婚式で参加できない下層民など配るパンや貧者へのパンは、規定対象外でアイデア勝負だったり、紋章に因むなど意匠をこらした。

89: 世界@名無史さん 2017/03/06(月) 16:31:10.01 0
パンなどがキルドの規定において規格外で仕上がった失敗作は、貧民・寡婦用に割引価格で売却される。

日本ではパン屋がサンドイッチ用で切り落とした耳が一袋30円とか50円とかで売っていた。
おばあちゃんが砂糖をまぶして御菓子を作ってくれた。

101: 世界@名無史さん 2018/01/26(金) 08:54:30.68 0
ジャガイモ飢饉の際に、寄付するのは不道徳的として不必要な機能を有さない意味がない建物・構造物(フォリー)を建設させて対価として賃金が支払われた。

引用元: ・【介護】 福祉の歴史 【生活保護】



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