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1: 世界@名無史さん 02/11/25 17:02
貨幣の事なら何でも、、、、








514: 世界@名無史さん 2007/01/07(日) 11:06:59 0
参勤交代の時に、支払いのために、金と銀と銅の3種類持っていくというのがある。国は、全国統一しているのに、東西で、金銀の違いがあり、庶民は銅という所が凄い。

515: 世界@名無史さん 2007/01/07(日) 20:51:31 0
江戸三貨体制のことだな。
銅というか銭(江戸後期は鉄銭もあった)は要するに小額貨幣で、高額貨幣として金と銀があった。

銭(渡来銭)は室町時代には各階層の財産として普及し、流通してた。高額の取引を大量の小額銭でやっていたのは宋代あたりの中国といっしょだ。

やがて主として武家政権が金を商人が銀を財産および高額貨幣として扱うようになり、小判や丁銀が流通するようになった。
で、金、銀、銭の間に交換レートが発生し、両替商が発生した。

江戸幕府はまず、3貨の公定レートを決めて、最低限の交換を保証した。
次に小判と銭は自分で発行した規格で統一している。
公的機関が金を、上方商人が銀を好んだのは事実。
公定レートはあったが、これは保証額で実際の取引は変動相場だった。

だから金額も、金3両、銀2朱、銭16文などと表した。
今でも金1000円などと書くのは「お金」ということではなく、円が両の後継の金貨の単位だったから。

貨幣間は変動相場だったが相互関係は全国統一で保証されていたのがこの体制の世界的にも進んだところだった。

516: 世界@名無史さん 2007/01/07(日) 21:39:14 0
江戸後期以降は、幕府が銀貨を金単位貨幣(一分銀など)に作り変えまくったため、市場から秤量貨幣としての銀貨(丁銀など)はほとんど姿を消していた。それでも西国で銀単位の取引が成立していたのは、高額取引では銀は重過ぎるので既に手形による信用取引が主流になっていたため。
手形を正貨に変えるときには、その時々の相場に従って金単位通貨で払っていたようだ。

ちなみに、天保一分銀の発行額は約二千万両。天保丁銀・豆板銀の発行額は約二十万貫で、銀一貫が金十五両(銀約六十七匁=金一両)とすれば三百万両程度。金貨を考慮すれば、正貨としては金単位貨と銀単位貨とでは1桁以上の流通量の差が出ていた。

517: 世界@名無史さん 2007/01/08(月) 06:44:38 0
×手形を正貨に変えるときには、その時々の相場に従って金単位通貨で払っていたようだ。
○手形を正貨に変えるときには、正銀がない場合はその時々の相場に従って金単位通貨や銭を取り混ぜて払っていたようだ。

521: 世界@名無史さん 2007/01/30(火) 21:35:38 0
>>516
それもあるけれど、金貨の額が大きすぎて使いづらかったことと、金貨に信用が無かった。
改鋳の度に純度が落ちてゆく幕府の金融政策に信用が無いために手形や為替は既に殆ど市中に流通していない(仮想通貨となった)慶長小判にて計算される始末。
対して、銀は、長崎の貿易や石見や生野から直に地金で入ってきたので、信用が高かった。

522: 世界@名無史さん 2007/02/02(金) 18:26:58 0
>それもあるけれど、金貨の額が大きすぎて使いづらかったことと、金貨に信用が無かった。
 
金貨銀貨は高額取引用通貨だから、額が大きくて使いづらいというものでもなかろう。
銭は全国的に通用していたわけだし、永銭1貫文を金1両とする永銭勘定という仮想単位もあったわけだし。「金3両2分2朱永銭32文2分」とか。これなら3.6572両ってことで計算はあってるかな。


>改鋳の度に純度が落ちてゆく幕府の金融政策に信用が無いために手形や為替は既に殆ど
>市中に流通していない(仮想通貨となった)慶長小判にて計算される始末。

 
手形の額面はどの改鋳段階の貨幣かは明記されないから、両替商など金融業関係者の協定によって取り決められていたんだろうけど、江戸と上方で同じ扱いだったんだろうか。
同様に、銀単位手形の扱いは? 銀貫匁単位だけはその時々の品位の秤量銀貨で換算?


>対して、銀は、長崎の貿易や石見や生野から直に地金で入ってきたので、信用が高かった。

 
丁銀の類も小判などの金貨と同様、改鋳による含量の上下動はあったから、銀の地金が安定供給されていること自体は、銀相場の安定化には寄与しても、品位が劣悪な時期の丁銀の信用向上にはつながらないだろう。

530: 世界@名無史さん 2007/05/14(月) 00:18:37 0
円形の銅に四角い穴の銭はなぜ廃れたんでしょう?
製造の手間が大変なのかな?
ああいう銭を最後まで使用してた国はどこ?

今の10円銅貨より昔の銭のほうが見栄え良いと思うんですが。
またどこかの国であんな銭を発行しないかな?

531: 世界@名無史さん 2007/05/14(月) 06:37:24 0
>円形の銅に四角い穴の銭はなぜ廃れたんでしょう?

円形方孔貨は鋳造によって作られるが、19世紀あたりの技術では、鋳造では重量を厳密にそろえることが困難なため、西洋式の打製に切り替えられた。

532: 世界@名無史さん 2007/05/14(月) 23:45:28 0
>ああいう銭を最後まで使用してた国はどこ

民国初期に発行された民国通宝か福建通宝かなあ。
グエン朝の保大通宝はどんな形状だったんだろう。
円形方孔貨ならば1945年まで流通していた可能性もあるんだろうか?

534: 世界@名無史さん 2007/05/15(火) 16:42:50 0
>>532
福建通宝は厳密には丸い穴だけどね。

533: 世界@名無史さん 2007/05/15(火) 01:21:10 0
保大通寶は円形方孔の打製銭だったと思う。
保大21年(1945年)までは流通貨だったはずだが流通実態は心細い。

最後まで流通したのは多分、法定も実質もわが国の寛永通寶。

法定は実に昭和28年まで。現行の五円玉や十円玉とかぶってる。

いつごろまで実際に流通していたかは諸説ある。
オレはばあちゃんから貰った寛永通寶(文銭)を1枚持ってるが後年ふと気になって親父に入手経路を確認してみたがばあちゃんが古銭として入手したとは考えられないとのこと。どうやら流通銭として入手したものらしい。(2枚持ってた)
明治45年、山形生まれのばあちゃんが若い時分には田舎ではまだ小銭としての流通があったのは事実らしい。


535: 世界@名無史さん 2007/05/29(火) 08:26:25 0
そんなわけで10円銅貨なんかさっさと廃止して平成通宝を発行してほしい。
いまの技術なら重量を揃えるくらいできるだろうし、どうせ硬貨なんて使ってればどんどんすり減って行くんだから厳密な重量なんかこだわってもしかたないだろう。

538: 世界@名無史さん 2007/05/30(水) 00:57:12 0
記念金貨鋳造が流行ったころ、「いっそ大判や小判を」っつー案もあったが「あれは幕府のもんだから」つー理由で却下との説も。

まー大判小判は日本オリジナルだわな。
中国だと金貨はなくて円形方孔銅銭以外には「銀錠」(馬蹄銀)かね?
あ、でもそういや紙幣は中国起源か。

540: 世界@名無史さん 2007/05/31(木) 00:25:46 0
円形方孔の金貨や銀貨は日本オリジナル?
開基勝宝とか和銅の銀銭みたいなのは同時期の中国ではあんまり知らないんだが。

543: 世界@名無史さん 2007/05/31(木) 23:42:32 0
そういや円形方孔の金貨なんて開基勝寶くらいだな。

奈良市伏見出土_金銭_開基勝宝


銀銭は中国にもあったはずだが和同銭同様ちゃんと流通しなかったような。
中国ではなぜか貴金属貨幣が発達しなかったからね。
高額取引を唐宋は大量の銅銭、元明は紙幣、清ぐらいになってようやっと馬蹄銀という妙な変遷を辿ったのが中国貨幣史だ。

小判が日本オリジナルな関係で、小判と円形方孔銭を足して2で割った造形の天保銭も日本オリジナルの形だな。あと朱単位の金や銀みたいな直方体の小タブレットも類例はなくはないがオリジナルではあるな。
さすがに丁銀や豆板銀になるとデザイン以前の問題だが。

江戸日本の貨幣経済は孤立して独自に高度な段階まで発展していたので流通貨幣のデザインもオリジナル度は実は非常に高かった。

545: 世界@名無史さん 2007/07/14(土) 14:09:28 0
長方形の紙幣は、かつては縦使いが主流だったんですよね。
横使いになったのは欧米の紙幣にならって横書き主体にしたせいですかね。

縦長だとまさしく「お札(おさつ)」は「お札(おふだ)」のように見えてくる不思議。
まさしくありがたや、だw

547: 世界@名無史さん 2007/07/15(日) 16:17:25 0
自販機に差し込むときは縦長のほうが自然だわな。
ATMは横向きだが。

591: ききたぁい事 2008/05/06(火) 22:12:04 0
分からないので教えてくださぁい

室町時代に日本でお金を作らずに他国のお金を輸入するのはなぜですかぁ?
又、そのころの綿布の使い方を教えてください

592: 世界@名無史さん 2008/05/07(水) 01:34:17 0
当時は国内で銅の調達があまりできなかったから。
江戸時代頃になると各地で銅山が発見されて日本は世界第一位の銅輸出国になる。

677: 日韓のマネー革命史 2008/10/26(日) 08:15:16 0
1.15世紀の朝鮮、ハングルを作った国王世宗の治世。中国で貨幣が流通していることを知った世宗は中国から貨幣を輸入して、「貨幣を使わない者は処罰する」という法律まで作って、貨幣を流通させようとしたが、結局失敗している。それは農民と官僚が主体の社会で、物々交換が行われていたからである。(世宗実録より)

2.12世紀の日本、平家の治世。平清盛は周囲の反対を押し切って、中国から貨幣を輸入して、流通させようとしたら、爆発的に大流行したという記録が残っている。世宗と清盛を比較する人はいないが、やろうとしたことは全く同じである。

3.15世紀の世宗の治世。朝鮮から役人が来日して、漢文の見聞録を書き残している。それによると、当時の日本(室町時代)は社会の隅々にまで貨幣が浸透していて、乞食でさえ米を欲しがらず金をほしがる様子に驚いている。さらに有料の宿屋、渡し舟、馬まで用意されていて、日本では金さえ持っていれば旅ができるので驚いているのである。(老松堂日本行録より)

678: 日韓のマネー革命史 2008/10/26(日) 08:16:31 0
4.17世紀、江戸時代初期の日本。米などの物資が集積するのが大阪で、巨大消費地が江戸になったため、代金をいちいち運んでいては不便で危険であった。そのため、手形で決済する仕組みが成立した。さらにそれが発展して、18世紀初頭には米が収穫される以前に権利を売買しておく、いわゆる先物取引市場が大阪堂島に世界で最初に成立するのである。(NHK出版「マネー革命」より)

5.19世紀末の朝鮮。イギリス人女性イザベラバードは、日中韓を旅してそれぞれ旅行記を書き残している。当時の朝鮮半島の様子を、ソウルとその周辺で銅銭が流通しているのみであり、地方に行くとそれさえも流通しておらず、物々交換が行われていると指摘している。(朝鮮紀行より)

682: 世界@名無史さん 2008/11/09(日) 00:55:08 0
>>677
日本では、711年、初めて鋳造した和銅開宝の流通促進のために、蓄銭叙位令という法令が出ている。
貯めた銅銭を朝廷に納めたら官位をつけてやる、という政策。
有力者が貯めるばかりで市中に流通しないという弊害があって廃止になった。

679: 世界@名無史さん 2008/10/26(日) 09:31:38 0
中国の貨幣制度
古代、青銅器が、貨幣化して、刀幣や、馨幣,蟻鼻銭、が作られた。
それより、古くは、宝貝がそのまま流通していた。
それらの幣制を統一したのが、秦の始皇帝だ、
彼は初めて丸い貨幣を作らせた。今に続く貨幣の形である。
唐の開元通宝は折からの東西交易で、世界に広まった。
宋銭は日本にも流通した。
当時、日本は中国銭に頼って、自国では鋳銭しなかったのだ。
元のころ、おそらく世界で始めて、紙幣が作られた。
巨額の取引で、銅銭を大量に運ぶのは大変だ、
それで,交易手形として、作られた。
さらに、銀が、主軸通貨だから、
切銀や、馬蹄銀も作られ始めた。
馬蹄銀は、明、清と、作られて大きな取引に使われた、
小額は、銅銭で事足りた。
馬蹄銀は多くは鋳潰されて当時のものは、残されていない。
今残るのは、清末期のころの粗悪なものばかりだ、
そもそも馬蹄銀は、民間の、銀炉が私鋳したものであり、
政府のものではない。
であるから本来ニセも本物も無い、
ただし、今できの土産品がヤフオクなどに余りに横行しているのが、現状だ。
民国成立後は各種の銀行券や、銀円(銀貨)が作られた。
それはとんでもないくらいの種類に及ぶ。


689: 世界@名無史さん 2008/12/10(水) 01:12:02 0
硬貨を円盤状にする必要はないかもな
麻雀の点棒みたいな硬貨でもよくね?

690: 世界@名無史さん 2008/12/10(水) 08:18:39 0
磨耗・破損しやすくなるじゃん。

692: 世界@名無史さん 2008/12/11(木) 06:49:55 0
破損、変形、磨耗に強いと言うのであれば確かに球形が優れているが保存や使用するときに厄介だよ。硬貨がパチンコ玉だったらどういうことになるか考えてごらん。
財布の中がどうなるとか、レジスターの中身がどうなるかとか支払いの時、どんな惨劇が起こる可能性があるとか

硬貨として使用するに当たって、具合がいいのは円形であるというのは別に変ではないと思うよ。絶対に円盤でなければいけないというわけでもないがなぁ
日本でも一分金や一朱銀は長方形だ。
ただ、点棒形状だと>>690が言うように変形・損傷しやすくなるし円盤と比べると容量を取るし持ち運びに不便だ。

702: 世界@名無史さん 2009/05/25(月) 09:43:46 0
朝鮮は李朝時代に何という単位のどのようなお金を使っていたのでしょうか?

703: 世界@名無史さん 2009/05/25(月) 21:49:50 O
1401に紙幣

1464に朝鮮通宝ていう銅銭を鋳造とあるが、庶民は米や綿布を貨幣代わりにしたみたいだな。

704: 世界@名無史さん 2009/05/26(火) 04:52:55 0
かの国は中国に次ぐ文明国を自認していながら、経済システムは驚くほど原始的だったんだよな。

司馬遼太郎は農本主義を企図して意図的に行っていたと書いているけど、あの時代に書かれたものは中朝ソ偏重主義だからどこまで信用してよいものやら。

722: 世界@名無史さん 2010/02/14(日) 01:40:14 0
子供の頃は、日本や中国の貨幣しか興味なかったが、今はヘレニズム時代の貨幣が好きだなあ・・・。
貨幣の表面に刻まれる国王の肖像彫刻がいいんだよね。

723: 世界@名無史さん 2010/02/14(日) 01:58:28 0
円形方孔の銭を発行してほしい。
やっぱり伝統文化は尊重てくれよ造幣局さんよ。

そして中国や韓国や越南にも同じこと言いたい。

引用元: ・      貨幣総合スレ